【17501】
内田樹のツイッター 2010年12月21日 投稿者:馬の骨 投稿日:2010年12月22日(水)22時13分5秒
「週刊現代の取材終了。お題は「メディア論」でした。国民の過半を均質的なマスメディアの言説空間に回収し、国論の射程を狭隘にとどめおくことで日本はそ
の経済的繁栄と政治的安定を確保してきたのではないか・・・という「一回ひねりのマスメディア擁護論」を語りました。
問題はこのマスメディアの提供する微温的な言説空間から離脱する人々はどんなふうなふるまい方をするかということです。例外的に質の高い情報を相互に共有
し合う「情報貴族」の集団が形成される一方で、新聞に書いてあることも理解できないレベルの「情報難民」が発生する情報階層社会が・・・
ネットの世界は「質の高い情報」(その人以外には発信できない種類の情報)を持っているか「質の低い情報」(誰でも言いそうなこと)しか持たないかによっ
て、現実の社会以上に急激に階層が構築されつつあります。この情報階層社会は現実の格差社会よりさらに排他的に階層化する傾向がありそうです。」
【17502】
明けましておめでとうございます 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月 6日(木)02時07分51秒
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
先ほど酒を飲んでいて、頭に浮かんだものを少し書いてみます。
○ 音づくり → イメージづくり → 受像器
これは練習の手順のモデルです。モデルですが、すでに素読舎で稼働しているものです。
素読舎は「音づくり」を最初にやります。これが、素読舎が行っている「英語のレッスン」のほぼ実質部分です。
もう何度も書いてきたことですが、素読舎の「音づくり」は単語単位のものではありません。いつも文単位のものです。そして、「音づくり」はレッスン可能
なものです。
○ 音づくり → イメージづくり → 受像器
二番目の「イメージづくり」はレッスンできません。これは生徒さんが自分でやっていただく以外にはありません。
普通、イメージを「物質化」することは、「作品化」することです。これは造形作家など美術関係の人や、文学関係の人がやっています。
素読舎の「イメージづくり」はそれとは違います。意識の「外に」物質化する行為ではありません。「イメージづくり」はその語の通り、イメージを作り、イ
メージをイメージのまま、意識に持つことです。それは広い意味で「思う」という行為によってもたらされます。
「イメージづくり」は意識で行われ、イメージは「意識にのみ」存在します。意識の外に物質化されることはありません。
芸術行為ではなく、語学だからです。
「イメージづくり」をレッスンで扱うことができないのは、イメージは物質ではないからです。
「物質」というものを「意識から外在化するもの」と言い直すとわかりやすいかもしれません。語学における「物質」は、「音」と「文字」の二つです。この
二つは意識にとって「外在」しています。ですから、「音」と「文字」はレッスンで扱うことができます。
イメージは意識に「内在」する、というより、念じるようにして作られたイメージは、瞬間的に意識の全幅を占めることがあります。意識の全内容となること
があります。それは「思う」ということによってのみ起こることです。
「思う」ことはレッスン不可能です。
○ 音づくり → イメージづくり → 受像器
レッスンで「音づくり」を行います。作られた「音」は、生徒が自分で「イメージづくり」によって作った「イメージ」と合体させます。
レッスンの「音づくり」は、文単位で行われますが、生徒が「イメージづくり」を行う場合は、単語単位でやっていただきます。最初に、「音づくり」で文単
位で扱ってありますので、生徒は、文における(いくつかの)単語の「イメージ」をそれぞれはっきり作ればいいことになります。単語単位で扱って下さい。
「音づくり」、文単位、レッスン可能。
「イメージづくり」、単語単位、レッスン不可能。
こういう基本的な性質があります。非常に大事なことなので、よく理解して欲しいと思います。
○ 音づくり → イメージづくり → 受像器
「受像器」とは何のことでしょうか。
「音づくり」によって作られる「音」は、「イメージ」と合体させる「価値のあるもの」でなければなりません。
合体させる価値のある「音」とは、しゃべることに使ったときに「通じる」音のことです。日本で行われている英語の練習では、9割以上が「イメージと合体
させる価値のある音」が確保されていません。ほぼすべての学校英語で、これが確保されていません。その延長で、受験英語でも確保されていません。
○ 音づくり → イメージづくり → 受像器
いつまでも「受像器」の説明になりませんが、何度でもこの簡単な図式を眺めていただきたいと思います。
大学受験の受験生でも、「イメージづくり」はやっているのです。しかし、そこに「イメージと合体させる価値のある音」がありません。そうすると、「受像
器」ができないのです。
「受像器」が「できない」と言いましたが、その言い方で正確なのです。「受像器」は「作る」ものではなく、自然に「できる」ものです。
「イメージと合体させる価値のある音」がイメージと合体すれば、自然に「受像器」ができます。
「イメージと合体させる価値のある音」がなければ、いくらイメージを作っても、「受像器」はできません。
机の上で辞書や用例を参考にして作る語の「イメージ」は、実際に英語を使う場面で出会う「イメージ」と大きくずれていることがあります。
辞書は用法や用例を採録したものです。しかし、用法や用例は辞書がカヴァーしきれるものではありません。辞書には、用法、用例のごく一部分しか載ってい
ないと考えてさしつかえありません。そして、語学の領域にいる限りでは、練習は辞書に大きく依存します。
辞書が持つ制限の「内側を生きる」行為が語学です。
しかし、語学の外で実際に言葉を使ってみれば、その「制限の外側」が広がっているのがすぐにわかります。言葉の生態は、辞書に従うことなどありません。
むしろ、辞書的用法を絶えず踏み外していくのが、言葉というものの本能です。
きわめて初歩的な語が、きわめて高度に使われる場面にでくわした時など、「なるほど、この語が、こんなふうに使われるのか」と非常に驚くことがありま
す。
その時、机上の「語学的イメージ」と、語学外の「実際の使用におけるイメージ」との間にある断層がはっきりと姿を現します。そのことによって、ひとつの
語が、新たなイメージと合体します。
「実際の使用におけるイメージ」を受容することのできる基体をさして、ここで仮に「受像器」と言っているのです。
ですから、「受像器」がはたらく場所は、語学の外、「実際の使用におけるイメージ」を受容する場所です。
語学ではなく、言葉を生きる場面、「生活」の場所です。
日本の学校英語、受験英語でつくられる英語では、「受像器」ができません。
だから、「実際の使用におけるイメージ」にあい渉ることができません。その根本に学校英語、受験英語で「音づくり」がまともに行われていないという事実
があります。原因は、きわめてはっきりしています。
どこに原因があるのかを正確に言った言葉が、かつてありませんでした。
「イメージと合体させる価値のある音」を確定する作業が、まるで手つかずのままだったのです。
素読舎は、日本で最初にその作業を行ったのだと自負していいと考えています。
「英語ネイティブと同じ音」という妄想を排し、「イメージと合体させる価値のある音」を確定する作業を素読舎は継続してきました。
このことは、素読舎が初めて行ったのです。
「イメージと合体させる価値のある音」という考えそのものが、素読舎が最初に提示したものです。
そして、その実質となるものを生徒の体に実現させてきました。
しかし、スピードラーニングだとかなんだとか、相変わらずバカなハウツウが流行してはすたれることの繰り返しが繰り返されています。
そして、素読舎はいつまでもまともに評価されることはありません。私のレッスンに空き枠があり、それが埋まらないという一事をもって、この国における
「方法の軽視」は語り尽くせるものと考えます。
馬鹿みたいな英語フリークが踊る国においては、もっともっと、いつまでもずっと、素読舎は無視され続けるべきなのです。
少数の眼を持つ人たちだけが素読舎を支えてくれています。
それが素読舎の栄光なのだと考える他にはないのでしょう。
(2011年、年初に記す)
【17503】
『脳の発見』抜粋・1 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月15日(土)02時14分50秒
「「快傑ハリマオ」の読者には、松岡祥男さんから送付してもらっている人と、私から直接送付している人がある。私から送付している人の一部には、前回
「塾はどこまで行くのか」という素読舎のパンフレットを同封させてもらった。パンフレットを読んでくれた中島暁夫さんが、角田忠信『脳の発見』(大修館書
店)という本を蔵書の中から探しだし「読んでみたら」ということで私にプレゼントして下さった。
この本が言っていることをもっとも簡略に言えば、「ポリネシアの人々と日本人の脳の働きだけが世界の中で特殊だ」ということになる。
科学的(医学的)実験を積み重ね結論や推論を導き出しており、各種の実験の過程もきちんと読まなければならないのであろうが、その部分は専門的な用語が
多く、読んでもよくわからないことが多い。結局、実験結果だけを拾い読みするような読み方をした。
後に参照して役に立ちそうなものをピックアップしておこうと思った。おそらく、「大風呂敷」の読者の方々にも参考になるものが含まれるはずである。
ちょうど風邪をひきこんで、体がだるく、今日で3日ほど炬燵にばかりあたっている。読んだ本の中から、ピックアップするくらいなら、風邪をひいていても
できると思い、作業にかかることにする。
※印のついている部分は、私の覚え書きやコメントである。
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ひとつにはこれまで殆ど注目されなかったことであるが、脳の中には左脳と右脳とに分かれる手前に非常に精緻なスイッチングというメカニズムがあって、それ
が外来刺激の物理的特性に自動的に応じて左右に振り分けている
(p.8)
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聴えに重大な故障がある場合、例えば全聾という生まれつき耳が聴えない人の場合には、喋る方のメカニズムはちゃんと健常に残っていても外来刺激が入らない
ために言葉が学習できない、正常なループを作ることができないということになる。自分が音声を出して同時に聴くということは、話し言葉によるコミュニケー
ションの基本になっている。
(p.25)
※「正常なループ」とは、自分が音声を出して、それを自分で聞くというループであり、音読・素読が使っているのもまさにこれと同じものである。
ここで、「話し言葉によるコミュニケーションの基本」と言われれているものは、「最小のループ」とだと言える。コミュニケーションは、自分の言っている
ことを自分の聴覚で聞くことではなく、自分の言っていることを、相手(他者)が受け取り、相手が言うことを自分が受け取り、受け取ったものに応じて自分が
再び話すというのが「通常のループ」だからである。「最小のループ」が壊れていたら、「通常のループ」は形成されないと角田は言っているのである。それは
その通りだろう。
語学論から言えば、この「最小のループ」は語学に属するが、「通常のループ」はすでに言語使用であり、語学「以前」、「以後」あるいは「以外」のもので
ある。
【17504】
『脳の発見』抜粋・2 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月15日(土)02時41分0秒
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ホルマントとは、肺からの呼気で声帯の振動で生じたパルス波が声道を通り、舌、口唇などの構音器で狭められて共振して、ある周波数を中心として各母音に
特徴的なパターンをつくることを言い、これが母音の認識に非常に大きく関係している。短く切った音であっても、こういうホルマントがあることが、左半球優
位になる基本的理由であって、フィルターのかけ方によって音の認識に差があらわれる。
(p.38)
※「左脳」「右脳」「左耳」「右耳」の相互関係は、左耳で聞いた情報は右脳で処理され、右耳で聞いた情報は左脳で処理されるのだそうである。「左脳」と
「左半球」、「右脳」と「右半球」は同じものを言っているらしい。
「左半球優位になる基本的理由」は、引用部分だけではわからないが、「日本人(ポリネシア人)の脳において」という語を補って読む必要がある。ポリネシ
アの人々と日本人以外は、母音に応じるのは「右半球」であるというのが角田の実験が明らかにしたことである。ポリネシアの人々と日本人だけが、母音を「左
半球」で処理しているという。
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一九七一年に現在ハスキンズ研究所長のリーバーマン(A.M
Liberman)教授が来日した。彼は日本に来る前に研究所のスタッフから、ある方法を使って母音だけを使った場合には右半球優位という結果が得られて
いることを、角田に会ったら伝えてくれと言われてきたと言う。(略)私はそれを聞いて非常にびっくりしたと同時に当惑もした。なぜなら、言語の差によって
脳の機能差が違うなどということは考えてもいなかったからである。
(p.44)
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子音と母音の組合せでできた音節は左半球が優位である。これは日本人でも西欧人でも共通する。(略)検査条件を日本人にやったように厳重にすると、日本人
は母音ははっきりと左半球優位、西欧人は右半球優位であるということが明確に証明できる。
(p.47)
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日本人と西欧人で得られた母音の優位性の差とは、人種差ではなくて言語の差だということがはっきりした。この場合九歳まで日本語で育ってそれから外国へ
行った人の場合には、完全な日本語型であって、二次的に覚えた英語の影響は全く受けないこともわかった。
(p.48)
※音の差というものは、方言にある「訛」を考えれば、同じ日本語の内部にさえあるのだし、あらゆる個別言語はその言語特有の音を持つのだから、言語によっ
て脳の反応が違うとすれば、音によってではなく、シンタックスの違いによるのだろうと考えてきた。
シンタックスの違いで言語をグループ分けすれば、SVOグループとSOVグループに大きく分けられるのではないか、と。
角田の方法は科学的であり、従って計量化できるもの、パターン化できるものしか根拠にしない。科学の方法としては当然である。「音」に関して言えば、
「物理的特性」というつかまえ方がそれである。
このあたりまで読んだときに、じゃあシンタックスはどうなるんだ、音には音の構成(音のシンタックス)があるはずだろうという疑念を持ったが、続けて読
んでいくうち、角田は音のシンタックスまで考慮に入れていることがはっきりした。
そうなると、「シンタックス以前」、音の物理的特性の段階で、音は左脳に振り分けられたり右脳に振り分けられたりしているという理論に説得され続けるこ
とになった。
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もう一人の例はペルーから来た二七歳の人で、九歳のときに鹿児島からペルーに渡って、それ以降向こうの学校に行っていたという。スペイン語しか話せないと
いってもいいくらいなのに、母音の優位性の型は完全な日本語型で、西欧語の影響を受けていない。従って、九歳までの言語環境が決定的に大事であって、それ
から後は外国語で生活しても影響を受けないことを証明している。
(p.51)
※9歳頃に、脳が一つの言語を決定的に選択するということは、幼児英会話などに浮かれている日本人がよくよく考えなければならないことである。角田の論理
を突き詰めれば、脳が二つの言語を選択することは「ない」。何か一つが元になる。こばたま式の言語遊郭に通わせ、その後、小学校1年から3年くらいまで、
「英語の磁場」がある学校に通わせれば、日本人の脳は日本に住みながら英語を選択するようになるということである。(角田によれば、脳が一つの言語を選択
する場合、家庭の言語ではなく社会の言語になるそうである。)9歳以後も日本語の磁場で生活を続けた場合、9歳頃脳が英語を選択してしまった子供はどう
なっていくのか。
パンフレットに掲載したメールにあるように、結局日本には住めなくなるのか、極度に日本が住みにくいところになり、新種のオタクが増えていくのか。そこ
まで行かなくても、やたらそわそわする人間が増えるのか。
いずれにせよ、九歳以降の子供の負担は並ではないはずだ。
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これまでの検査は英語だけでなく、西欧語圏---スペイン語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、スエーデン語、ノルウェー語、ハンガリー語、フィンラン
ド語、ギリシア語、イスラエル・アラブ語---を対象にしてきたが、先進国の中では日本語だけが特徴的であった。さらに、朝鮮語、中国語(方言を含む)、
東南アジアのベトナム、インドネシア、カンボジア、タミール語を含むインド諸語などを調べてみても東洋の中には左脳優位になる日本語型というのは見出せな
かった。
(p.53)
※脳の反応という一点から見れば、日本人は完全なマイノリティであるということである。世界で、ポリネシアの人々と日本人が特殊なのだと言っている。これ
は、掲示板で東風平さんに指摘されるまで、私が勘違いしていたことである。ただし、角田の説に照らせば、ということである。私は、角田の実験結果が示す限
りでは、「ポリネシアの人々と日本人が特殊」という説に説得された。以後、有力な参照事項として、語学論で使うことになるかもしれないと思っている。
【17505】
『脳の発見』抜粋・3 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月15日(土)03時12分57秒
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日本語の母音が他の言葉と比べて変わった点を調べてみると、「ア」「イ」「ウ」「エ」「オ」それぞれに意味がある。すなわち、「ア」唖、「イ」胃、意、
医.....、「ウ」卯、鵜、「エ」絵、餌、「オ」尾、男、などがあげられる。
(p.53)
※「あ」吾、「い」猪、胃、意、「う」鵜、「え」餌、柄、絵、「お」尾、緒、など、一音だけで独立して意味を成す語を例示する方がいいと思ったが、これは
瑕瑾である。
しかし、それよりも、日本語のすべての単音(「ん」を除く)が、伸ばせばことごとく母音に変わってしまうことに注目した方がいいのではないかと思った。
「た」を伸ばして「たー」と言い続ければ、「あ」に変わってしまう。つまり、日本語のあらゆる音のベースに母音があるということである。日本語では、子音
は母音から切れていない。つまり、乳離れならぬ、母音離れをしていない。
例えば、英語の t
音は伸ばすことができない。tを発音することは瞬時に終わる。子音が子音だけで独立している。日本語はあらゆる音を引き延ばすことができ、そうするとあら
ゆる音が母音に変わってしまう。「母音優位」ということを言うのであれば、そっちに注目すべきではないのか。
しかし、角田のこれだけの記述でも、角田の中で音のシンタックスが無視されているわけではないことはわかったのである。
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日本語には、母音だけの組み合わせからなる有意語が非常に多いことも指摘できる。「いい」、「あい」、「あう」、「あお」、「いいえ」など、いろいろな言
葉がある。
(p.53)
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母音の意味のある言葉が多い上に、「アカ」のようになるとVCVという、母音・子音・母音と、子音を中にして母音で包むような、ちょうど英語などで、子音
があって母音を包むようなCVCという音節とは反対の組合せが多くかつ意味のある大事な言葉がたくさんある。これも日本語の特徴の一つと言えよう。
(p.54)
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日本語という言語が特異であることはたしかだが、母音の扱い方で日本語と似ている言語には、ポリネシア語がある。母音が「アイウエオ」の五つであって、
単独の母音は有意語であるが、「アア」「アイ」「アウ」「アエ」「アオ」などの母音の組み合せには例外なく意味がある。
(p.54)
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ポリネシア語には固有の文字が無いから彼等の示す日本語型の脳の特徴は耳で覚えた話し言葉のなかから生まれたことを示している。
(p.55)
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日本語で育った人達の場合には、母音のもっている僅かな周波数の揺らぎに対応するようなスイッチの特性をもって育つけれども、日本人以外の人は、子音の破
裂音のようなはっきりとしたFMが加わった場合に、それを言語脳の方に振り分ける、そういうスイッチの特性をもっている。
(p.67)
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言語音と言葉でない音を同時に使って競合させると、言語音の方が明らかに言葉でない音よりも三〇dB位優勢であるという原則(言語情報最優先の原則)のあ
ることがわかる。
(p.73)
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スイッチ機構には二種類あることがわかる。両半球に分かれる手前にあって音の種類がわからなくても音の物理的特徴によって選別する低位のものと、話し言葉
や読書のように意味レベルで働く上位のスイッチである。
(p.75)
※英語という言語のシンタックス(構文)が理解できても、自分で使いこなせるほどにはなかなかならない。英語のシンタックスが日本人の体に根付きにくい、
あるいは根付いたものがすぐに剥げ落ちることの理由を角田の理論が言い当てているわけではない。しかし、言語のシンタックスは明らかに「意味レベルで働く
上位のスイッチ」に関わる。シンタックスが身体化されていなければ、言語が意味になることはない。意味にならなければ、「意味レベルで働く上位のスイッ
チ」が動くわけはない。
問題は、日本語と西欧語でシンタックスが異なる場合、それで脳の働く部位が異なるのかどうかである。
ヒントは、引用した部分以外にある。角田は、西欧語の人では論理は左脳(言語脳)で扱われると言っている。言葉はロゴスだという言い方の通りなのであ
る。日本人は、英語のシンタックス(構文・論理構造)を右脳に持ち込んでしまう脳を持っているのではないか。
p.23 に、優位半球(言語脳・左脳)は「分析的」であり、劣位半球(右脳)は、「合成的」であるという対称項目を含む表がある。
シンタックスが日本人の体に根付かないために、日本人が英語を使おうとすると、本来シンタックスを扱うべき脳の部位まで変わってしまうのではないか。仮
に西欧型の脳を標準とした場合に、日本人は母音の扱いだけでなく、シンタックスの扱いまでが、脳の働きで「さかさま」になるのではないか。ここに、生活習
慣などの言語「外」の要因まで加えると、三重苦になる。日本で作る英語力には、ヘレンケラー並みの「苦」の宿命があることになる。
言葉を使うとき、脳は「合成的」な機能として動かなければならない。しかし、日本人が英語を使おうとすると、脳は「分析的」になる。あるいは、「分析
的」であることと「合成的」であることが、めまぐるしく交互に起こる。そして、そのそれぞれが脳の違う部位でなされている。シンタックスが身体化されない
から、語順を主導するものがないからである。
素読舎の語学論からすれば、「磁場」だけが作る語学的生理とは、シンタックスの身体化にほぼ等しい。
別の言い方をすれば、日本人の場合は、英語を「理解」する脳と、「使う」脳は、部位が違ってしまうということではないか。
この「上位スイッチ」に関しては、単に音の物理特性に依存するのではないので、韓国人、モンゴル人などにも同様のことが起こるはずである。
【17506】
『脳の発見』抜粋・4 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月15日(土)03時34分44秒
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我々の実験でわかったことで重要なことは、日本語型を示す日本人とポリネシア人では、自律神経刺激、嗅覚刺激や、いろいろな情動刺激によって、スイッチが
働いて非言語音の優位性が言語半球の方に変わるという特徴である。
(p.75)
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脳内の言語音と非言語音の競合実験によっても明らかなように西欧語圏の人々は、持続母音は明らかに非言語半球が優位と結論される。
(p.76)
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日本語型の場合、子音-母音の音節、及び持続母音が右耳(言語半球)優位となる。左耳(非言語半球)優位の音は、一〇一〇ヘルツ純音、ホワイトノイズ、及
び西洋楽器音である。次に、西欧語型の場合には、言語半球優位の音は、音節単位の音、または言語音に限られる。持続母音ははっきり非言語半球が優位であ
る。楽器の音、一〇一〇ヘルツ純音、ホワイトノイズなどは右半球優位(左耳優位)となる。つまり、日本語型と西欧語型をくらべると、母音だけが方向がはっ
きり違っているということが明確になった。
(p.80)
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日本人にとっては、こおろぎの鳴き声は明らかに言葉や母音と同じように、右耳優位になることがわかったのである。日系二世及び日本人以外の人達は、例外な
く全て左耳優位という特徴が得られ、まさかと思うような意外な結果になった。
(p82)
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つまり日本語型では、母音や子音+母音だけではなく右耳優位の音の中に、感情音、素人のハミング、虫の音、鳥の声、牛や犬の啼き声、自然界の小川のせせら
ぎ、風、波、雨の音、もっと驚いたことには、伝統的な邦楽器の音まで言葉と同じように左半球優位であることがわかったのである。
(p.84)
※この引用部分のあるページに、角田が日本人の左脳・右脳、西欧人の左脳・右脳が分担するものを非常に簡潔にまとめたものがある。
西欧人の左脳は「理性的(ロゴス)」なもの、右脳は「自然的・感性的(パトス)」なものを分担するという。
日本人の左脳は「心(理性的・感性的・自然的)」なものを、右脳は「もの」を分担するという。
感性的なものの処理部位が西欧人と日本人ではっきり違う。
ここに英語のシンタックスが本当には日本人には身体化されにくいという語学的観点を加えるなら、語のイメージとシンタックスが合体されて意味となる時
に、日本人は脳の別々の部位で、イメージとシンタックスを扱うからだろうという推測が成り立つ。それでは本当の意味では「合体」にならないのではないか。
あるいは絶えず、微細な「時差」を生み出してしまうのではないか。
日本人にとって、語学でやっただけの英語のシンタックスは、ついに「もの」である。語のイメージの発生は言語脳(左脳)で行い、その容器(シンタック
ス)が右脳にあるとき、日本人の脳は右脳左脳(右往左往)する。
語のイメージの継起と、シンタックスの形成は別々のことではない。ネイティヴな話者にとって、これは厳密に同時である。
身体化(内在化)されたシンタックスという型があるから、語はそれにのっとって生起するし、語が生起すれば、シンタックスを外在化させる。
日本人の脳が右脳左脳するとき、同時に起こるべきことが同時に起こらなくなるのだろうと推測される。
角田の実験には、言語のシンタックスという観点はない。「身体化されたシンタックス」というものは、科学的・医学的には計量化もパターン化もできないだ
ろう。それは脳やパルスのようには実在として扱えない。シンタックスという観点をとることができないのは無理もないとも言える。角田は語学屋ではないわけ
だし、この点は仕方がない。
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非日本語で育った人の場合には、あくまでも左脳の分担は理性だけであって、理性以外のものが入り込む余地がない。一方に、理性の左脳があり、他方に自然界
の全ての音と感情的な人間の声、それを処理する右脳がある。理性とパトス・自然とが截然と分かれている。
(p.84)
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現代はひとつの混乱期にあって、日本の学問が向こうから輸入した翻訳によってインパクトを得て新しいことが始まるのが一般であるから、もともとオリジナル
に日本で始めた研究から得られたこのような日本人の特徴を考慮する余裕がない。
(p.90)
※角田はおだやかな人であるから、「余裕がない」としか言わない。しかし、このことは日本の学問の「植民地化」の進行を批判している文として読むことが十
分に可能である。
角田は自分では「オリジナルに日本で始められた研究」を継続した人である。この本にそのことに対する自負ははっきり書いている。私はそう読み拍手する。
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伝統的な邦楽器音は、日本人にとっては言葉のように右耳優位であって、西欧人や他の東洋人にとっては左耳優位であるという非常におもしろい結果が出た。西
洋楽器については日本人も非日本人も左耳優位で差はない。
(p.91)
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パトスは左脳ということがもしあるとすると、日本の近代医学が始まってから百数十年たつからその長い歴史の中に誰かが気づいていてもよさそうなものであ
る。聴覚の場合には、私のが最初だとしても、エモーションということに関しては誰かが何かを見つけているだろうと期待して文献を随分探した。専門の精神科
医、内科医にも聞いたのだが全く情報が得られなかった。
(p.104)
※「パトスは左脳」というのは、「日本人やポリネシア人の場合に」という語を補って読むべきところである。
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【17507】
『脳の発見』抜粋・5 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月15日(土)04時33分20秒
大勢の日本人を調べているうちに、特に大学や研究所のスタッフで知的な職場にいて、特に外国語に依存する度合の強い人や外国語学部の学生は何の負荷もない
普通の状態でありながら、言葉の音だけでなく、同時に非言語音もやはり右耳優位であるような片寄った形をしている人が非常に多いことに気がついた。普通の
人にはないことで、大学で被験者を集めると正常型が得にくいために異様な感じを受けていた。これはどういうことか。どうも外国語の学習と非常に関係がある
のではないか。
(p.106)
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話を聞いたり本を読んだり話したり書いたりしているときに、非言語音が変わるというのは、これは日本語の場合でも起る。母国語ではその使っている間だけ起
り、使い終われば即座に元の左耳優位に戻る。しかし、外国語の場合には使った後、それがすぐには戻らずに長く影響するのである。
(p.107)
※ここで「非言語音が変わる」という場合の「非言語音」として想定されているのは、一〇一〇ヘルツ純音というものである。また、「非言語音が変わる」と
は、音そのものが変わることではなく、脳の処理部位が変わることである。
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リンガフォンの非常に理解しやすい英語会話を三〇分間両耳から聴かせておいて、その意味を理解してもらう。聞き終わってから計ってみると、もう言葉の負荷
はとれた筈なのに、一〇一〇ヘルツの純音が逆転して全部言語半球の方に移動してしまっている。母音は右耳優位のままで変らない、これがあと数時間続くとい
うことが起る。
(p.108)
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日本人が外国語を使う場合、左の脳の負担が非常に大きい。つまり、左脳の開発のためには外国語はたいへんすぐれた道具ともなる。しかし、そのために左に片
寄ってしまって、未知のものを見つけるような、右脳的なことには向かない頭に知らないうちに歪んでいるのかもしれない。大事なのは両方の使い分けである
が、そのバランスをとることが、知的な日本人にとっては非常に難しいことになる。今後、日本人を使って外国人との脳機能の比較研究をしようとする場合に、
日本人を外国で研究することには大きな制約があるということを知るべきである。
(p.111)
※英語をやった人こそ語学論を書くべきだが、英語をやった人に語学論の書ける人はほとんどいない。「未知のものをみつけるような」ことが苦手になっている
のである。脳そのものの働きがそうなっていく傾向があるのだと言えると思う。
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英語を右の耳から聴かせ、左の耳にビバルディの『四季』の弦楽合奏を聴かせておいて、三〇分間英語に注意を集中させても、刺激を終わった後でも殆ど逆転を
示さない。純音は逆転しないで元の左耳優位に止っている。
(p.112)
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その同じ『四季』であっても、琴という日本の伝統楽器で演奏した場合にはこれは見事に逆転が起こってしまう。日本では、バックグラウンドミュージックが非
常に普及しているが、使われる音楽は西洋の器楽曲に限られている。正月シーズンには日本楽器の音を使うことがあるが、非常に疲れるというクレームが多いと
いう。
(p.113)
--------------------------
日本人の二重言語話者は、日本語と外国語を含めて、両方を同時に学習したという人はまれであって、大部分の人は、ある年齢で全く未知か、又は殆ど関心のな
かった第二言語に遭遇するという文化ショックを経験している。
(p.114)
--------------------------
この検査から言えることは、六歳以前の言語環境は優位性の決定に対しては、影響していないということと、情動の局在は聴覚の優位性と平行して発達し八才後
半までの言語環境によって日本語型か非日本語型のいずれかに決定されるということである。
(p.118)
※「情動の局在は聴覚の優位性と平行して発達し」というところが何を言っているのか意味がとれない。
脳はいつでもその時点での「磁場」の言語を主言語としようとする。脳はいつでも選択しており、選択したものを主言語としようとしているはずだ。「決定」
されるのが九歳頃だというだけのことである。
角田の理論には、五歳以前の幼児英会話教室などで脳が英語を「選択」し、九歳で日本語を「決定」するようなちぐはぐが起こった場合、情緒不安定等の害を
もたらす危険についての配慮はまったく見あたらない。「決定」されるのが九歳だというのが医学的に真実だとしても、五歳以前が軽視されていい理由はない。
「決定」の時期だけを見ているから、そちらに配慮がいかないのである。その配慮がない見解が科学的・医学的見解として不用心に受け入れられることの危険
は非常に大きいと言わねばならない。
三つ子の魂百まで、という時の三つ子の魂が、安易な外国語漬けによって根こそぎに揺さぶられることはありうることである。これは「人間の破壊」につなが
る。親が子供の魂を破壊する戦争である。親(国家)が権力によって、子供(民・生活者)の「人間の破壊」をやっている。人間と魂が同じものであるなら。
私は角田のような科学的・医学的な実験結果を持っていない。しかし、断言だけは継続してきた。5歳未満の子供に「幼児英会話教室」のような場所で、生身
の外人と話させることを続けると、情緒の不安定な子供になる危険性は大きい、と。
繰り返す。私には科学的・医学的根拠はない。しかし、磁場に渡って語学の達人となった人たち(米原万里、鳥飼久美子など)は、私と同じことを言ってい
る。この人たちに「磁場」という観点はないが、「磁場」で異言語のシンタックスを身体化した時の異様な混乱の感覚がはっきりと身体に刻まれているのだろ
う。「磁場帰り」という点が私と違う。私は「磁場帰り」ではなく、ただ語学論だけを根拠にそれを言ってきた。その他で二人が私と違うのは、二人とも女であ
ることだろうか。男の達人は私の場合、國弘正雄を思うが、國弘は米原や鳥飼のように警鐘を鳴らすことはない。感覚が鈍いのだと思う。角田も鈍いと思う。医
者こそは、とりわけ脳の研究を深めた医者こそは、この警鐘を鳴らさなければならないはずだ。その場合には、科学的根拠も糞もない。鋭敏な危機意識があれば
足りる。鈍い人に何を言ってもしょうがないと言えばしょうがないということか。
私の生徒にそわそわして落ち着かない生徒がいる。幼児英会話漬けをやらされたせいだろうと私ははっきりと疑っている。この子の場合は、幼児英会話漬けを
やらされ、後に脳が主言語として日本語を選び取った。
【17508】
『脳の発見』抜粋・6 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月15日(土)05時15分27秒
日本で英語教育をやるとしたらやはり九歳以後、日本語型の形が決まって日本語の基礎ができた九歳位から始める方が無理がないかもしれない。ただし、日本語
型がいいとか悪いとかという価値観で言っているのではない。どちらを選んでもいいから、中途半端な、臨界期の六歳から八歳の終わり、九歳まで、その間には
言語環境を変えない方がいいだろうということを言いたいのである。
(p.119)
※日本人が日本語を主言語として生きる予定であるなら、英語教育は九歳以後ということに異論はない。しかし、「日本語型がいいとか悪いとかという価値観で
言っているのではない。」というのは、語学論としてはでたらめきわまりないもの言いである。このあたりで角田が言っていることは、医学の研究というよりは
語学論の範囲にあるものだ。
子供が九歳以後、日本の外で生きるのだとすでに決まっているのならともかくである。今の日本で、九歳に至る前にいる子供が、九歳以後、日本の中で生きる
ことになるのか、日本の外で生きることになるのかは、九歳に満たない年齢で決められることではない。決まるとすれば、親の仕事の都合のような、一切子供の
理由とは関係ないことによってである。それがほとんどすべてのケースである。
日本語を主言語として生きるようになるのであれば、幼児から触れ続ける言語も、九歳で脳が決定する言語も日本語がいいに決まっている。大学教授よ、あん
まりでたらめを言ってもらいたくないものだ。
ここに至って、角田はまともな語学論など持っていないことを露呈してしまっている。いくら専門が違うからといって、大学教授がこの程度の迷妄を垂れ流す
のである。日本にはまだ語学論が「ない」と私が言い続けてきた通りなのだ。
何がこの三流をもたらしているのか。生活言語と語学の言語の区別がなされていないことである。
素読舎の「種のまま持たせる」「芽を出させてはいけない」という理論にしか本当の解決はない。
ここで新たに私が自覚したものがある。素読舎のレッスンは、子供の主言語を日本語とし、副言語として英語を持たせようとする親が選ぶべきレッスンなのだ
ということだ。その選択ができることがまともな親というものではないだろうか。幼児英会話に通わせる親は増えている。素読舎にはごく少数の問い合わせが来
るだけだ。親がまともでなくなってきているのだ。語学論を馬鹿にしていると、英語周りにいよいよ馬鹿が増えるだろう。
「芽を出させる」のは、英語の「磁場」でなければならない。「芽を出させる」時に、次から次へと芽が出るほどの蓄積を、「種として」、「種のまま」持た
せる。それしかない。一切何の害ももたらさない方法は、それしかない。つまり、それが素読の原理である。
学校英語を信用してはならない。それは種の形をしているが芽を出さない。つまり「種として」が成立しない。つまり「しいな」である。それも駄目だ。しか
し、それ以上に駄目なのは、生活言語と語学の言語の区別がついていないことなのである。
角田には英語フリークどもの「生の英語」信仰はないが、しかし、生活言語と語学の言語の区別がついていないことによって、世の人々に大きな害を及ぼすこ
とになりかねないことは自覚すべきである。
六歳から九歳までの間、言語環境を変えない方がいいというのは角田の言う通りだ。しかし、それ以前はなおさら言語環境を変えない方がいいのだ。子供の生
誕から九歳まで、言語環境は一つがいいと言い切れない者こそ、「中途半端な」者なのである。
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低音域の一ヘルツずつの連続的な研究の過程で、四〇ヘルツと六〇ヘルツとその倍数に非常に特徴的な変化を見つけた。四〇と六〇と八〇である。つまり、四〇
ヘルツ、六〇ヘルツ、八〇ヘルツは、その周波数に限って左耳優位になり、その一ヘルツ前後の三九、四一、五九、六一、七九、八一ヘルツは右耳優位という逆
転現象を一ヘルツ単位で示すというおもしろい現象が見つかってきた。
(p.128)
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言葉と関係のない領域だから、これはむしろ生物学的に何か非常に大事な特性をもっているに違いない。日本人も外人も差がないのが特徴的である。
(p.128)
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人間の脳の中には、一秒に対応する正確な検知系があると考えざるを得ない。それは生物学で言うような曖昧なものではなくて、社会的な外部時計と同じ精度の
時計でなくては説明がつかない。生物学的なものではありえない。なぜなら一秒は人間が恣意的に決めたものだからである。
(p.133)
※私には客観的知識の量が少ないので、もしかしたらとんでもない空振りをするかもしれないが、それを覚悟して言うことにすれば、「社会的な外部時計」なん
かに人間の生理における正確な一秒を照合させようというのが錯誤ではないか。
(この本で、一秒というのがどういう意味を担わされているのかが、実は私はわかっていないまま書いている。)
この一秒とは確かに生物学的なものでないかもしれないが、それは生物学がまだ未熟だからであって、一秒は社会においても人間の脳においても「宇宙的なも
の」ではないのか。それは、「人間が恣意的に決めたもの」なんかではないはずだ。秒の集合が分であり、分の集合が時間であり、時間の集合が日であり、日の
集合が月であり、月の集合が年であるとたどってくれば、そこに宇宙の運行というものが現れる。秒だって、「恣意的なもの」ではなく、宇宙の運行に根拠のあ
る単位なのではないか。科学者がまさかその程度のこともわからなくてものを言っているとは考えにくいので、「一秒は人間が恣意的に決めたもの」というのが
どういうことなのか実は本当のところはわからないのである。
年をなぜ12で割って月にするのか、月をなぜ30で割って日にするのか、なぜ31で割ることもあるのか、日をなぜ24で割って時間にするのか、時間をな
ぜ60で割って分にするのか。角田はこれらの数を「恣意的なもの」と言っているのだろうか。私は最初に断った通り、こういうことには無知なので、これらの
「なぜ」に答を出せないが、これらの数字には天体の運行という根拠があるのだろうと思ってきた。地球が太陽の惑星であるという「運命」に根拠があるのだろ
うと思ってきた。そんなことではないのだろうか。もっと高度なことを言っているのだろうか。どうにもそうは思えないのだが・・・。
引用部分の後で、角田は「これを検証するためには時計を持たない者を調べないとわからない」と書いているが、12とか30とか24とか60いう数がもし
も「恣意的なもの」でない場合は、時計を持つ者と持たない者のどちらを調べても同じ結果が出るはずだ。人間の脳が時計なしで一秒を正確に測っているという
のはすごいなと思うが、不思議だとは思わない。(それが不思議なら、私が今ここにいることの方がはるかに不思議だ。)人間の生理が宇宙の運行と呼応するこ
とはあるだろうと思う。私が何かとんでもない勘違いをして、とんちんかんないちゃもんをつけているのだろうか。
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現在、生体時計という概念で多くの研究が行われているが、ヒトの脳には生命の誕生以来、連綿と宇宙の運行と同期して働く正確な年輪システムが存在すると結
論される。このシステムには人種、性、年齢による差はなく、人間は明らかに天体の運行にくみこまれた宇宙の子であるといえよう。
(p.145)
※このあたりまで来ると、語学論と境を接するものは何もなくなるが、言っていることにはうんうんとうなづける。こういうふうに考える人がなぜ、一秒は人間
が恣意的に決めたものだなどと言うのだろうか。やはり、あれらのいくつかの数が「恣意的」だということなのか。
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一九八四年九月一〇日、午後四時から一〇時の間に私を含めて四人の熟練者が言語音は左耳優位、非言語音は右耳優位という、左右が完全に逆転する現象を確認
した。これをきっかけとして、毎日連続的にテストを進めるうちに、このような逆転現象が月齢と関係していることがわかってきた。
(p.148)
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一九八四年九月二五日以降は月齢以外の別の原因と考えられる不規則に持続する異常な逆転現象のために月齢との関係は観測ができなくなってしまった。一二月
八日より常態に戻り、一二月一六日の下弦からは再び月齢に一致した規則的な異常現象が昭和六〇年二月二八日まで続いた。
(p.149)
※このあたりのことは引用しておくだけにする。角田もなぜなのかは「わからない」と書いている。北欧で鳩の帰巣本能が狂ったという事例も書いてある。人間
が勝手にロケットやら宇宙船なんかを飛ばすと、どこでどういう影響が出るかなんて、本当はわかってないままやっているんだろうとは思う。パスカルの言った
ことだったと思うが、「海に小さな石を一つ放り込むだけで、やがて全ての波の形が変わる。」変わった時の波の形をあらかじめ人間が知ることはできない。
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数年前に言語学の指導的立場にいる方に、言語学とは所詮ファッションであって、欧米の新しいことを消化して紹介するのが本道でオリジナルなことを研究する
と損をするといわれたことがあった。それがいまでも日本の社会科学に限らず諸科学の姿勢であるのかも知れない。
(p.159)
※「姿勢」とか歯切れの悪い言い方をしているが、基本的に同感である。語学論が「ない」という事態が当然のこととして続いてきたことから類推するのだが、
日本の諸科学の多くの部分が欧米の植民地なのである。
この部分を読んで、かつて広島大学の柳瀬という教授(助教授?)とネット上で喧嘩したことを思い出した。チョムスキーの「生成文法」という考えの基にあ
る「人間における普遍性」、そこを起点としたアメリカ政治への批判というダイナミズムをまったく無視して、ただ言語学的部分だけを頂戴すれば、大学教員を
やってられるという態度には、知的怠惰というものの典型を見る思いがしたことを思い出す。
風邪で喉が痛いが、炬燵があるので、なんとか抜粋はできた。
途中、三流語学論に腹がたったが、面白い本である。
語学を考えるための貴重な知見がある。
「大風呂敷」の読者諸兄が引用データを活用して下されば幸いである。
本をお譲り下さった、中島暁夫さんに深く感謝致します。
11/01/15 05:14
【17509】
ハリマオの評判 投稿者:馬の骨 投稿日:2011年 1月20日(木)00時55分10秒
「怪傑ハリマオ」について書かれております。
http://ashiya-art.com/yamashita_toru/index.php
【17510】
馬の骨さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月21日(金)21時17分43秒
ご案内ありがとうございます。風邪が抜けず弱っております。山下徹さんのページですね。とても上手なコピーなので、うれしくなり引用したくなりました。
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2011,01,07, Friday
快傑ハリマオ
author : 山下 徹
創刊号が2009年7月15日を希望となっていて、第5号が2010年11月1日になっているから、一年半足らずで5冊発行されている。発行人は根石吉
久。定価「一財産」。中味は濃い。今夜はジンをストレートで何杯もあおってみるか、いやいやそれともいっそ焼酎の一升瓶をラッパのみでもするか、読後、あ
たかもそんなふうに頭がクラクラしてくる。そんな雑誌だ。
毎号、松岡祥男の「ニャンニャン裏通り・出前版」が連載され、根石吉久の日録や語学論、農への思いなどが語られる。この二人の仕事を中心にして、創刊号で
は足立和夫の詩「会社で」、第2号では根石吉久のレクイエム「ゴールデン奥村逝去」、第3号は山本かずこの詩「みえないこえは きこえます」、長谷川博之
の「瀬沼孝彰の詩業」、第4号では根石吉久の力作「鋳物師屋村のにこにこだぬきと同じ穴のむじなたち」、第5号で田中エリスの短歌「一瞬の夕立/おぼろげ
な加害」、足立和夫の詩「巣の骨」。
とにかく、これだけは掛け値なしで言えるんだが、毎号、松岡祥男と根石吉久という二人のとてもアブナイオジさん思想家、いわゆる「快傑ハリマオ」に圧倒さ
れて、あるいは抱腹絶倒、ただし心肺停止の可能性アリ。サアサご賞味あれ。購読希望はこちら。
発行人 根石吉久
長野県千曲市鋳物師屋642-3
電話 090-4181-5912
【17511】
素読舎規約案 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 1月23日(日)02時03分31秒
「ホームページ作成編集室」からの転載です。
皆様のご意見をお聞かせください。
========================
素読舎規約案と案作成の理由 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月23日(日)01時34分55秒
素読舎のレッスンの代金は、枠単位です。「一人一枠」で使っていただく場合も「二人一枠」で使っていただく場合も、一枠12000円でやらせていただい
ています。
一枠12000円の根拠は、素読舎の活動が維持できるかどうかにあります。素読舎の活動は主に三つあります。生徒さんにレッスンをすること、教材を作り続
けること、語学論を展開し続けること。この三つです。いずれも素読舎の存続に欠かせないものです。
素読舎の「スカイプでレッスン」の前身は「電話でレッスン」でした。その頃は、すべての枠が「一人一枠」で、完全なマンツーマン方式でした。
もっともシンプルで基本的なレッスンの形は「一人一枠」です。
「二人一枠」の場合、一人あたりのレッスン効果は、「一人一枠」との比較で、5分の4程度から3分の2程度に減ることが考えられます。効果の減少する分
は、「自立練習」の質で補うことが十分に可能ですので、生徒さんの努力によって「一人一枠」と遜色ないものにすることができます。
レッスン効果を減らさない工夫をこらして、「二人一枠」で使っていただけば、レッスン代金は半分に減らすことができます。これが、「二人一枠」で使って
いただく場合の最大の利点です。
「二人一枠」を作るには、素読舎コーチの側に煩雑な手間が生じますが、今後も練習力が釣り合う二人の生徒さんに声をかけて、「二人一枠」を作る努力を継
続する予定です。
生徒数が少ないと、「二人一枠」が非常に作りにくくなります。
「二人一枠」「一人一枠」の別を問わず、素読舎のレッスンを使っていいものだとわかった場合は、積極的に周りに広めていただくことを希望します。
「二人一枠」で使っている生徒さんたちには、二年に一人くらい、新しい生徒さんを紹介していただくことを希望します。
2011年4月からポイント制を導入します。
2011年4月以降、「二人一枠」を作った時点で、二人の生徒さんのポイントがそれぞれ1ポイント分マイナスされます。
新しい生徒さんを紹介してくださった場合、紹介した生徒さんのポイントに1ポイント分プラスされます。
「二人一枠」を二年続けて使い続け、その間に新しい生徒さんを紹介していただけなかった場合は、1ポイント分マイナスするか、「二人一枠」を解消し、
「一人一枠」で使っていただくか、どちらかを選んでいただきます。
「イントネーションの自己決定力」がよく備わった生徒さんは、「自立練習」で週に二枠分以上練習していただくことを条件に「無料過程」に移っていただ
き、お金を払わずに、素読舎の教材と練習方法を使い続けていただくことができます。これについてこれまでは条件を設けてありませんが、2011年4月以
降、ポイントがプラス1以上であることを条件とします。
無料過程に移った生徒さんは、二年間に一人は生徒さんを紹介していただくことで、ポイントプラス1以上を維持していただきます。ポイントがゼロあるいは
マイナスになる場合は、有料過程に戻っていただくこととします。
2011年1月現在、根石吉久のレッスン枠は、枠数を増やす過程にはありません。枠数を維持する過程にあります。
同年同月現在、村田晴彦のレッスン枠は、枠数を増やす過程にあります。
村田晴彦の「スカイプでレッスン」の生徒は、根石吉久が村田晴彦に預けてある生徒ですが、生徒さんの曜日、時間帯等の都合で根石吉久の枠に戻れない場
合、一枠のレッスン代金の半額を村田晴彦が根石吉久に支払っています。根石吉久は空き枠を埋めてレッスンをしたいにもかかわらず、レッスンができません。
村田晴彦は通常の一枠分のレッスンをしているにもかかわらず、手取額が半額に減ります。生徒さんの都合により、現在はコーチの間で「痛み分け」をしていま
す。2011年4月以降、コーチの「痛み分け」にもポイントを関連づけ、コーチが希望するように枠を移動することができず、それまでの枠を使いつづける生
徒さんのポイントを1ポイント分マイナスします。
生徒のポイント数は、被紹介の生徒がレッスンを継続している限りにおいて有効とします。
生徒さんが直接に周りの人に声をかけていただいたのではなく、素読舎のホームページ、あるいは掲示板の記事を読んでレッスンを始めてくれた人がいた場
合、ホームページあるいは掲示板のどの記事を読んでレッスン受講の決心して下さったのかを確認します。生徒さんが書いた記事によって、新しい生徒さんが
レッスンを始めてくれた場合は、記事を書いた生徒さんが新しい生徒さんを紹介して下さったものとして扱い、1ポイント分プラスします。生徒さんが書いた
ホームページの記事、掲示板の記事を素読舎のパンフレット等に使わせていただいた場合、パンフレットを読んで受講の決心をしてくれた生徒さんが現れたとき
は、掲示板あるいはホームページにある元の記事を読んだことと同等として扱います。
生徒さんが周りに広めていただくのにパンフレットを必要とする場合、素読舎からパンフレットを無料でお送りします。
「二人一枠」を解消し、「一人一枠」にする場合、二人のポイント数の合計が最も少ない枠から解消します。最もポイントの少ない枠が複数ある場合は、最も
長くレッスンを使っている人たちの枠から「二人一枠」を解消します。
【17512】
連絡専用掲示板から転載 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 1月24日(月)20時40分25秒
さっそくですが・・・ 投稿者:ももこ 投稿日:2011年 1月23日(日)19時30分36秒
早速ですが・・・まだじっくり読んでいないのですが、来週から予定が立て込みそうなので書けるうちに書き込んでみます。
まずはじめに、この規約に関する話題は、今後連絡用掲示板で話し合うということでよろしいでしょうか。(まだ掲示板の使い分けがわかっていませ
ん・・・。)
次にこの段落なのですが
村田晴彦の「スカイプでレッスン」の生徒は、根石吉久が村田晴彦に預けてある生徒ですが、生徒さんの曜日、時間帯等の都合で根石吉久の枠に戻れない場合、
一枠のレッスン代金の半額を村田晴彦が根石吉久に支払っています。根石吉久は空き枠を埋めてレッスンをしたいにもかかわらず、レッスンができません。村田
晴彦は通常の一枠分のレッスンをしているにもかかわらず、手取額が半額に減ります。生徒さんの都合により、現在はコーチの間で「痛み分け」をしています。
2011年4月以降、コーチの「痛み分け」にもポイントを関連づけ、コーチが希望するように枠を移動することができず、それまでの枠を使いつづける生徒さ
んのポイントを1ポイント分マイナスします。
AさんBさんのようなな架空人物をたとえに出して「たとえばこういうことです」ということをお知らせくださるとわかるのですが、分かったような分からない
ような感じです。
あと、家族内紹介についてのポイントはどのようになりますでしょうか?
【17513】
連絡専用掲示板から転載 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 1月24日(月)20時42分38秒
ももこさん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 1月24日(月)13時25分47秒
まず、根石さんは、「電話でレッスン」「スカイプでレッスン」を始めました。始める前から、今にいたるまで、レッスンの背骨になる語学論を書き続けていま
す。そして、レッスンのための「巨大な教材」をつくり続けています。根石さんがいなかったら、このレッスンはありません。
次に、現在、「スカイプでレッスン」の生徒さんは、すべて根石さんの生徒さんです。村田の枠の生徒さんも、小川さんの枠に将来入る生徒さんも、根石さん
からあずかっている生徒さんです。コーチは、レッスンを創り上げた根石さんに空き枠が生じないように、あずかっている生徒さんを移動したり、新しい生徒さ
んを紹介します。生徒さんを根石さんの枠に移動しようとしても、生徒さんの曜日・時間の都合で移動できない時があります。私の枠が少ない現在、むしろそう
いう場合が多いです。その結果、根石さんの枠に空き枠が生じます。その場合、根石さんの空き枠の半額を村田が渡すことに決めました。
コーチは自分の枠の生徒さんを増やすことで根石さんの枠に空きがないようにします。生徒さんが増えれば増えるほど、生徒さん同士の組み合わせもその都
度、最良のものができるようになります。
今は、私が自分の枠の生徒さんを獲得している時ですが、私の枠が埋まった時(つまり根石さんの枠もいつも埋まっている時)には、私の後からコーチを始め
る人が、今の私と同じようなことをします。
ポイントについては、家族内でもポイントは有効です。
たとえば、お母さんがお子さんを紹介してくれた時は、お母さんに1ポイント分プラスされます。
【17514】
連絡専用掲示板から転載 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 1月24日(月)20時43分51秒
村田さん 投稿者:Piggy 投稿日:2011年 1月24日(月)19時20分6秒 編集済
村田さんはももこさんの投稿への返答として書かれたのでしょうか。もしもそうでしたら、村田さんが書かれたことは全般的な話としてはよくわかるのですが、
ももこさんが「AさんBさんのような架空人物をたとえに出して『たとえばこういうことです』ということをお知らせくださるとわかるのですが、分かったよう
な分からないような感じです。」と書かれたことへの答えにはなっていないと思うのです。私もわからないのは全般的な話ではなく、具体的な個々の場合につい
てなのです。
このポイント制を実際に適用することを考えた場合に、私が「分かったような分からないような感じ」になることの要因をいくつかあげてみました。
A. 「二人一枠」「一人一枠」「無料過程」という三つがあって、ポイントや都合や力に応じて行き来し、それがペアの相手にも影響を及ぼすこと。
B. コーチが複数いらして、時によってコーチ間を生徒が移動すること。
C.
ペアをくんでいる人はかわらず、コーチはかわらなくても、新しい生徒の都合によって、あるは今いる生徒の枠の移動にともなって、他の生徒の枠の移動が必要
になる場合があること。
このような要因が関わる場合で、私にはよくわからない状況の例をいくつか書いてみます。AとBがペアをつくっているとします。
>「二人一枠」を二年続けて使い続け、その間に新しい生徒さんを紹介していただけなかった場合は、1ポイント分マイナスするか、「二人一枠」を解消
し、「一人一枠」で使っていただくか、どちらかを選んでいただきます。
1.
Aが新しい生徒を紹介できずに「一人一枠」を選んだ場合、Bは自動的に「一人一枠」に移行するのでしょうか。その時Bのポイントはどうなるのでしょうか。
もしもBに既存の生徒の中から適当な相手がみつかって「二人一枠」を新たに組むとき、Bは1ポイントマイナスになるのでしょうか。
2.
Aが1ポイント分マイナスを選んだ場合、Aは(「二人一枠」を使い始めた時の1ポイントマイナスとあわせて)合計2ポイントマイナスになります。その後2
年たっても新しい生徒を紹介できない場合は3ポイントマイナスになるのでしょうか。3ポイントマイナスだと自動的にAは「一人一枠」になるのでしょうか。
>「イントネーションの自己決定力」がよく備わった生徒さんは、「自立練習」で週に二枠分以上練習していただくことを条件に「無料過程」に移っていただ
き、お金を払わずに、素読舎の教材と練習方法を使い続けていただくことができます。これについてこれまでは条件を設けてありませんが、2011年4月以
降、ポイントがプラス1以上であることを条件とします。
3.
1と似た質問になりますが、「二人一枠」で使っているうちのAが「無料過程」に移った場合、Bは自動的に「一人一枠」に移行するのでしょうか。その時Bの
ポイントはどうなるのでしょうか。また、Aがレッスンをやめた場合、Bのレッスン形態とポイントはどうなるのでしょうか。
> 生徒さんの都合により、現在はコーチの間で「痛み分け」をしています。2011年4月以降、コーチの「痛み分け」にもポイントを関連づけ、コー
チが希望するように枠を移動することができず、それまでの枠を使いつづける生徒さんのポイントを1ポイント分マイナスします。
4.
「コーチが希望するように枠を移動することができず」というのは、どんな枠の移動に関しても当てはまるのでしょうか。具体的には、新しい生徒が入る時、誰
かがやめた時、誰かが無料過程に入った時、誰かが生徒を紹介できずに「二人一枠」から「一人一枠」に移行した時、コーチが変わる時に、「二人一枠」のペア
の相手にとどまらず、他の生徒の枠の移動が必要になる可能性があると思います。その時にすべての場合においてすべての生徒が、言われたところに移動できな
い場合はポイントがマイナスになるのでしょうか。
全般的な話ではなく、具体的な個々の場合についてよくわからない、ということの例として申し上げました。細かいことを書き連ねてうんざりさせてしまってい
たら申し訳ございません。今週は忙しいので、お返事いただいても次に書き込むのは週末になるかもしれませんが、お許し下さい。
それからももこさんも質問していらっしゃいましたが、この規約に関する話題は、今後この連絡用掲示板で話し合うのでしょうか。
追記
もう一つわからないことがあるのに気がつきました。
>生徒のポイント数は、被紹介の生徒がレッスンを継続している限りにおいて有効とします。
被紹介の生徒がやめた時点で、紹介者のポイントが1ポイント減ることになりますが、その時点でレッスン形態が即座にかわることになるのでしょうか。たとえ
ば無料過程に入っていた人が、ポイントが減ったために有料過程にもどる、「二人一枠」にいた人が、ポイントが減ったために「一人一枠」にかわる、など。
【17515】
piggyさん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 1月24日(月)21時23分20秒
>
>「二人一枠」を二年続けて使い続け、その間に新しい生徒さんを紹介していただけなかった場合は、1ポイント分マイナスするか、「二人一枠」を解消
し、「一人一枠」で使っていただくか、どちらかを選んでいただきます。
>
> 1.
Aが新しい生徒を紹介できずに「一人一枠」を選んだ場合、Bは自動的に「一人一枠」に移行するのでしょうか。その時Bのポイントはどうなるのでしょうか。
もしもBに既存の生徒の中から適当な相手がみつかって「二人一枠」を新たに組むとき、Bは1ポイントマイナスになるのでしょうか。
> 2.
Aが1ポイント分マイナスを選んだ場合、Aは(「二人一枠」を使い始めた時の1ポイントマイナスとあわせて)合計2ポイントマイナスになります。その後2
年たっても新しい生徒を紹介できない場合は3ポイントマイナスになるのでしょうか。3ポイントマイナスだと自動的にAは「一人一枠」になるのでしょうか。
規約案の一番下に、『「二人一枠」を解消し、「一人一枠」にする場合、二人のポイント数の合計が最も少ない枠から解消します。最もポイントの少ない枠が複
数ある場合は、最も長くレッスンを使っている人たちの枠から「二人一枠」を解消します。』と書いてあります。ポイントが減ったから即座に解消するわけでは
ないことを確認します。
その上で、1.の場合、実際はAさんが「一人一枠」を選ぶのではなく、解消の条件がそろっているため解消するので、AさんもBさんも同時に「一人一枠」に
なります。解消した時には、ポイントに変化はありません。新たに「二人一枠」を組んだ場合は、1ポイント分マイナスになります。
2.の場合、3ポイント分マイナスになるところまではその通りですが、3ポイント分マイナスになることでAさんが自動的に「一人一枠」になるわけではあり
ません。
私が理解しているのはこうです。
続きは後ほど書かせてください。
【17516】
piggyさん 皆様 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 1月25日(火)01時55分31秒
私は規約案の内容を勝手に誤って解釈していました。「二人一枠」の解消の順番はペアの合計ポイントの最も少ない枠からということにとらわれてしまってい
て、規約案を誤解しており、Piggyさんの文章もちゃんと読めていませんでした。
規約案をちゃんと読めばPiggyさんのような疑問が出てくるのが当然だと思いますが、私は規約案も、Piggyさんの質問も全然読めておらず、わけの分
からない文章を書きました。混乱させてしまって申し訳ありません。また、Piggyさんの文章も読めておらず、申し訳ありませんでした。
【17517】
Piggy さん、ももこさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月25日(火)01時58分4秒
>規約案の一番下に、『「二人一枠」を解消し、「一人一枠」にする場合、二人のポイント数の合計が最も少ない枠から解消します。最もポイントの少ない枠が
複数ある場合は、最も長くレッスンを使っている人たちの枠から「二人一枠」を解消します。』と書いてあります。ポイントが減ったから即座に解消するわけで
はないことを確認します。
その上で、1.の場合、実際はAさんが「一人一枠」を選ぶのではなく、解消の条件がそろっているため解消するので、AさんもBさんも同時に「一人一枠」に
なります。解消した時には、ポイントに変化はありません。新たに「二人一枠」を組んだ場合は、1ポイント分マイナスになります。
これこれこうと書いてありますと引用した後の、「ポイントが減ったから即座に解消するわけではないことを確認します。」という文が私には何を言っている
のかまったく理解できませんでした。
「ポイントが減ったから」というのは、誰のポイントが減ったからなのか、枠のポイント合計数が減ったからなのか、「確認します」というのは誰が誰に確認
しますなのか、わかりませんでした。
「ポイントが減ったから即座に解消するわけではない」もわかりませんでした。Piggy
さんはそういうことをきいているのではない。本当に情けないことですが、村田君より Piggy さんの方が私の考えたことを理解していただいています。
村田君によると、これは、最低ポイント数で揃っている枠が複数ある場合に、「長く使っている」ということが作用するのだから、「即座に解消」ではないの
だそうです。「とてもわかっていない」と考えるしかありません。
とてつもなくのんびりされると困るのです。
まるで人ごと扱いです。
案では、「枠のポイント合計数が最低」の枠が一つであれば、「即座に」解消されるのです。案では、「枠のポイント合計数が最低」の枠が複数あった場合
は、もっとも長くレッスンを使っている枠から「即座に」解消されるのです。案ではそうです。
その案がいいかどうかは別問題なので、生徒さんの意見をお聞きしている途中です。村田君は、「案」に過ぎないものを、あたかも決まったことのように扱っ
ていますが、「案」と決定事項を区別できないのかと思います。そうでなければ、「確認します」など、既定事項のような偉そうなもの言いが出てくるはずはな
いと思います。
「案」ではこう考えたんだという前提をすっとばし、既定事項のように扱い、偉そうに「確認します」と言う。これをさして事大主義というのかなあと思って
います。事大主義者は自分の頭は使いませんなあ。
さきほど村田君に確認したら、「確認します」は「村田君が Piggy
さんに確認します」という意味だそうです。わかりません。「案」ではこう考えたんだということを確認「させてください」ならわかるのですが、「確認しま
す」とくるのですから、不調法きわまりないと思います。私は、素読舎の番頭は、Piggy さんやももこさんだと考える方に歩きたいと思います。
「その上で、1.の場合、実際はAさんが「一人一枠」を選ぶのではなく、解消の条件がそろっているため解消する」もまったくわかりませんでした。
Piggy
さんは、Aさんがポイントをマイナスされるのではなく、「一人一枠」を選んだ場合Bはどうなるんだと聞いておられます。これまでの案では、Aが「一人一
枠」を選ぶことは可能です。村田君によれば、実際はAさんが「一人一枠」を選ぶことができるにもかかわらず、「実際はAさんが「一人一枠」を選ぶのではな
く」なのだそうです。いったい何を言っているのだろう。
>「解消した時には、ポイントに変化はありません。新たに「二人一枠」を組んだ場合は、1ポイント分マイナスになります。」
Aが「二人一枠」を解消し「一人一枠」を選んだ場合、Bが「二人一枠」を希望することはありえます。その場合、どうなるんだというのは Piggy
さんに指摘していただき、これまでの案というのは穴だらけだなと思いました。
仮にAが「二人一枠」を解消した時点で、Bが「二年間(案)」生徒さんを紹介してないかどうかはわかりません。Aは二年「二人一枠」を使ったが紹介はな
い。だけど、Bが一年しか「二人一枠」を使ってないというようなことがありえます。
その場合に、A同様にBも「一人一枠」でやらせてくれと希望するのであれば、問題は生じません。問題はAによって「一人一枠」が解消され、Bが「二人一
枠」を希望する場合です。
あくまでも案ですが、こういう場合は、Bにしばらくの間、「一人一枠」で我慢してもらうしかないと思います。その上で、「二人一枠」を作っていく場合の
優先候補とさせてもらう以外にないと思います。
「しばらくの間我慢してもらうしかない」ということが、「二人一枠」を解消する場合に「枠の合計ポイント数」で考えたいということの根拠です。「しばら
くの間我慢」するのが嫌であれば、「枠の合計ポイント数」が最低にならないように(自分のために)周りに広めるなり、自分の英語の変化を掲示板に書くなり
して、素読舎のレッスンを広めて欲しいということです。
「二人一枠」を維持していくのは、本当に大変です。
他にいい案がありましたらご教示願いたく思います。
これまでのところは、酒を飲んで書いています。
飲まずにやってられないということはこの世に確かにあります。
同じ「素読舎」の看板を掲げているのに、片腕をやらない人がいるので、とても疲れます。
どういうつもりで私が作った教材を使っているのか、どうにも理解できません。私が何を犠牲にし、どれだけのエネルギーを注いで作った教材なのかが村田君
に理解できないのだと思います。
村田君の考えはとても単純です。エネルギーを使ったとしても、俺のエネルギーじゃないから、どうってことない。この原理は、「俺のせいじゃない」です。
小乗です。
わけのわからないことを書いて、「俺のせいじゃない」も糞もないのだと私は考えます。多少を問わず、左翼的な、あるいは進歩的なもの言いをする人たちに
共通する病気だと思います。「俺のせいじゃない病」というのがあるのです。小乗だと思っています。
まだ「案」ですが、「案」にするだけで、嫌なことを考えざるを得ませんでした。
その元にあるのは、いずれは、「素読舎を使い、いいものだと思ったら、積極的に周りに広めて下さる人だけを相手にレッスンしたい」あるいは、そういう人
たちに「無料過程」を使ってほしいという思いです。これはそのまま、虫のいい人に対する怒りです。
頭が動かなくなったので、今日はここまでで失礼します。
【17518】
(無題) 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月25日(火)02時13分29秒
素読舎の「スカイプでレッスン」が一枠12000円であることの根拠は、私の生活が最低ラインで営むことができ、そのことによって、素読舎の活動が継続
できるということ以外にはありません。
語学論、教材づくり、レッスンの三つをやっていく場合に、一枠12000円は「最低ライン」だと断言させていただきます。
そのことが村田君にはわからないらしい。
私の枠に空き枠ができていても、「生徒さんの都合だから」「俺のせいじゃないから」、私(村田)はこれまで通りレッスンする、あんたは空き枠を抱えてい
るがいいだろうという扱いを、村田コーチから、私がされました。
「預かっている生徒が、生徒の都合で根石さんの枠に移れません。どうすればいいでしょうか」と村田君が私に言ったのなら、気持ちはこじれなかったと思い
ます。
私の方から、「どうにも承知できない。それでいいのか」と言わなければならなかったことがくやしくてたまりません。
【17519】
根拠 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月25日(火)02時26分31秒
以前、「一人一枠」を12000円で使っておられる方が、「これは高いとは思いません」と言って下さったことがあります。その方は、英会話学校などにだ
まされた経験のある方だと私は思いました。直接は確認しておりません。
村田君はこれまで過去ログを整理することをさぼってきたので、村田君に依頼します。
Julian さんのご意見ですので、過去ログからどういう文脈において、Julian
さんがそう言われたのかが、なるべくわかるように「大風呂敷」に引用して下さい。
本当のところを言えば、私のレッスンは「こんなもん、値段がつけられねえよ」という性質があると思っています。しかし、娑婆に妥協して、12000なら
12000、6000なら6000とするしかありません。素読舎も娑婆にあるからです。
【17520】
過去ログからの引用 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 1月25日(火)04時18分10秒
【9091】
【タイトル】渡米後の状況など
【 日時 】04/07/31 14:22
【 発言者 】高橋
電話でレッスンを始めてから4ヶ月、渡米してから2ヶ月になった高橋です。こちらに来てからは何かと雑事が重なることもあり、なかなか練習する時間がと
れず、それこそ毎回、レッスンのために根石さんからの電話が鳴るまで回転読みをしております。先週、やっと「ゴースト」の20ページに入ることができ喜ん
でおります。なぜかというと、19ページから20ページにかけての歌の部分のレッスンについて、「いい年をした男が二人、土曜の深夜に愛の歌の歌詞を材料
に英語の練習をするというのは、ある意味不気味ね」などとからかわれていたからです。ひどいことをいう奴です。
さて、渡米後の私の英語の状況ですが、英語力がのびたと感じることはなく、相変わらず非常に不自由しております。特に、アメリカ人同士の会話や会議中の
発言を聞き取るには、大変難渋しています。ただ、2週間ほど前から、分からないなりにともかく日本語を聞くのに似た感覚で、英語での会話や発言がすーと
入ってくるように感じるようになってきました。特に、その発言等の内容に知っていたり、語彙的にあまり難しいものでないと英語を聞いているというよりも、
内容そのものを聞く、それに集中するという感覚が生じております。
また、特に渡米後、感じている電話でレッスンの長所と感じているところを三点書かせていただきます。
まず第一に、意識的に英語を練習する時間をとるための枠組みになるということだと感じております。最初にも書かせて頂いたように、自分にとってもしも電
話でレッスンという枠がなければ、あらためて英語を語学として練習することは今以上に難しいだろう、おそらく日々の忙しさにかまけてやらなくなってしまう
のではないかと思うからです。
第二に、電話でレッスンを通じて、ともかく通じる音が出せるようになっているはずという自信をもって英語を話すことができるということです。もちろん、
いつでも通じる音が出せるほど安定しておりませんが、アメリカ人に通じなければ、根石さんに指摘を受けたときと同様に、意識して音を修正すれば何とか通じ
るという自信を持つことができております。もしも、電話でレッスンを受けてなければ、いかに自分で英語を勉強しても、この点についてはまったく改善できて
いなかったのではないかと思います。
第三に、英語を練習する際に、自分に生じやすい他の教材や練習法への浮気心を押さえ、地道な練習に専念できるように働きかけてくれることです。これは、
毎週のテストに合格するための練習をすると、他に手を出す時間がなく、強制的に地道な練習に集中することができているとも言い換えることができるでしょ
う。語学において地道な練習が必要なことは、知識としては知っていてもなかなか実行できずにおりましたが、根石さんがレッスンの時に言われる「とにかく何
回も読み込んでください。練習の量を確保してください。」という言葉に後押しされ、その言葉を信じてレッスンの復習に専念できております。
以上、甚だまとまりを欠きますが、私の英語の現状とあらためて感じている電話でレッスンの有り難いところ等を書かせて頂きました。
【9094】
【タイトル】高橋さん
【 日時 】04/07/31 19:05
【 発言者 】根石吉久
投稿、ありがとうございます。
励まされます。
アメリカ在住の方で英語で苦労されている方がおられましたら、この掲示板をご紹介いただけた
らと、ぶしつけながら考えました。
なお、小川さんが「電話でレッスン」を広めるためのホームページを作成していてくださいます。
それができたら、もっと広くこのレッスンがわかってもらえるようになるのではないかと期待し
ています。
時間がとれませんので、後ほど再度書かせていただきます。ひとまず御礼まで。
【9330】
【タイトル】「電話でレッスン」について
【 日時 】04/11/02 11:28
【 発言者 】高橋
「電話でレッスン」がいかに安いかについて、以下のとおり自分の考えをまとめてみました。少しでもSumieさんのご参考になれば幸いです。
1 「電話でレッスン」は高い?
「電話でレッスン」を高いと感じる理由は、様々だと思いますが、その一つとして「音読ならば自分一人でもできる」というものがあると考えます。
音読を続けることは、確かに個人ででもできます。そして、音読の教材を準備するには高くても数千円程度ですみます。また、英語上達に励まれた方の体験記
の中でも、独学による音読の積み重ねということがよく書かれています。従って、音読の重要性を強調する「電話でレッスン」の月額費用1万2千円は高いので
はないかと感じる方は多いと思います。
2 「電話でレッスン」は安い:その三つの理由
しかし、私は「電話でレッスン」は以下の理由から安いと考えています。
第1に、個人では解決するのが難しい発音の問題を、「電話でレッスン」はうまく解決することができるからです。英語上達の体験記には、音読の重要性を説
くと共に、正しい発音についても強調します。具体的方法としては、テープやCDなどを利用してお手本となる発音を何度も聞き、また、自分の発音を録音して
直していくという方法がすすめられます。しかし、この方法は、時間と労力を要し、なかなか継続して行うのが難しいものです(私も何度も挑戦しては、挫折し
ていました)。また、時間と労力の問題だけでなく、発音に自信のない人の場合、お手本の発音と自分の発音を聞き比べて、違いがあることが分かっても、何を
どう修正したらよいのかがまず分かりません。また、どの程度の発音ができるようになればひとまずよしとして良いのかも分かりません。このような修正の方法
や修正の程度に関して、個別の指導を受けることができる点が「電話でレッスン」の優れた点であると考えております。
第2に、「電話でレッスン」は、音読の質を維持しつつ音読練習を行っていく環境を安価に用意してくれます。このレッスンには「技法グランド」というテス
トが組み込まれており、質を維持しつつ音読を重ねていかないと先に進むことはできません。逆に行くと、「技法グランド」に合格しつつ先に進んでいくことに
より、質を維持しつつ音読を継続していくことができます。個人の努力による練習の継続が必須なのは当然ですが、それには学習者が行っている努力が正しいも
のであるかどうかチェックし、間違っていれば正しい方向に導いてくれるコーチが必要です。「電話でレッスン」により、学習者はまさに質を維持するために必
要なコーチを得ることができます。
第3に、「電話でレッスン」を利用することにより、どこにいても電話さえ通じる環境にいれば、コーチを受けることができるからです。この点は、非常に画
期的なことではないかと感じています。発音の問題については、多くの本が教師から直接指導を受けることを薦めつつも、実際にはなかなか直接指導を受けるこ
とができないため、便法としてテープ・CDの使用をあげています。「電話でレッスン」は、英語を学ぶ上で大きな障害であった直接指導を受けることの困難性
を克服しやすくしたという点で、画期的だといえるのです。実際「電話でレッスン」がなければ、私が根石さんやSumieさんから指導して頂くことはまず不
可能であったと思います。どこにいても的確な指導を受けることができるという点で、「電話でレッスン」は本当に安いと思います。
以上です。
なお、上記中「音読」としたところは「回転読み」や「素読」とすべき等、用語等で不適切な部分があると思いますが、自分自身まだうまく使い分けができて
おらず、特にこだわらずに書かせて頂きました。
自分の考えをまとめてみて「電話でレッスン」の安さを再認識しました。どうか、根石さんが「確かに安すぎる。値上げしよう!」とお考えになりませんよう
に・・・。
【17521】
ひとまず途中ですが・・・ 投稿者:ももこ 投稿日:2011年 1月25日(火)13時18分52秒
時間が取れるときにまたも斜め読みで失礼します。
私が読み取ったことと、それに伴う素朴な疑問を書き連ねてみます。
<<素読舎の活動>>
・生徒へのレッスン
・オリジナル教材作り
・語学論の展開
<<レッスンについて>>
・一人1枠 マンツーマンレッスン
・二人1枠 2対1のレッスン
・無料過程 生徒同士の自立練習のみ
の3パターンがある。
→マンツーマンレッスンから無料過程に進むときはやはり二人1枠を作るということが条件になるのでしょうか。
○無料過程に進むためには
・イントネーションの自己決定力が良く備わっているとコーチに認められる
・自立練習を週2枠分以上行うことができる
・2011年4月以降はポイントがプラス1以上であること
ことが必要
○2人1枠のメリットデメリット
メリット
・レッスン費用が半分になる
・レッスン効果が4/5〜2/3に減ることも考えられるが自立練習で補うことが可能
デメリット
・自立練習をしっかり生徒が管理する必要がある。
・レッスン進度を揃える必要がある。
<<ポイント制について>>
2011年4月よりポイント制導入
二人1枠を作った時点でポイントが1ポイント減る
以後2年間に生徒紹介がないと(その都度?)
・1ポイント分マイナスするか
・一人1枠で使うか
どちらかを選ぶことが必要になる。
→ということは「二人そろってポイントをマイナスする」という選択肢を選ばない限りその都度枠の移動が行われるということですか?
これってどちらかが一人1枠で使うことを選んだ場合、枠をもうひとつ用意する必要があると思いますので、コーチ側の仕事が増えるような気が・・・。
たとえば「空き枠が発生している場合に限り」ということにしておけば、
「一人1枠移行リストにリストされ、空き枠発生時に解消してもらう」ということにもできるかなぁと思います。
その空き枠を根石さんの枠だけにするか、村田さんの受け持ち枠まで拡大するかによってもいろいろと変わってくるとは思いますけれども・・・。
それに一人1枠にした方でご紹介者が見つかった場合二人1枠を希望されるということも考えられますよね・・・。
・ポイント数は被紹介の生徒がレッスンを継続している限りにおいて有効とする。
→紹介した生徒はやめてしまって、紹介された生徒がレッスンを継続されている場合で、紹介した生徒が戻ってきた場合
(簡単な例でいうと私が娘にレッスンを紹介して、私が一旦やめています。その私が今後戻る場合)ポイントの扱いはどうなるのでしょうか。
無料過程の方は二人1枠の方と同じ様に
以後2年間に生徒紹介がないと(その都度?)
1ポイント分マイナスする?
その結果ポイントが0かマイナスになった時点で有料過程に戻ってもらう。(?)
→有料過程に戻ったときは
通常の二人1枠レッスンになり
さらに紹介がないと
ポイントマイナス
もしくはマンツーマンレッスンに変更
ということもありえるのでしょうか?
ポイント数が増えたら無料過程に戻るのでしょうか?それは二人1枠利用の場合片方だけで?それとも両方そろってから?
なんだか頭のなかがぐるぐるしてきました。ポイントをはずしていたらスミマセン。
読めば読むほど深みにはまりそうなので、頭をクールダウンします。
【17523】
ももこさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月25日(火)22時47分27秒
<<レッスンについて>>
・一人1枠 マンツーマンレッスン
・二人1枠 2対1のレッスン
・無料過程 生徒同士の自立練習のみ
の3パターンがある。
→マンツーマンレッスンから無料過程に進むときはやはり二人1枠を作るということが条件になるのでしょうか。
「一人一枠」と「二人一枠」は同じカテゴリーになります。
「無料過程」に対しては、「有料過程」があります。
ですので、
<<レッスンについて>>
・一人1枠 マンツーマンレッスン(一人12000円)
・二人1枠 生徒二人、コーチ一人のレッスン(一人6000円)
・有料過程 コーチが生徒に対してレッスンを行う。
・無料過程 生徒同士の自立練習のみ。「二人一枠」で行う。
※ 「無料過程」は「二人一枠」で行いますが、「有料過程」には、「一人一枠」と「二人一枠」の二種類がある。
としたいと思います。
【17524】
ももこさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月25日(火)23時00分22秒
○2人1枠のメリットデメリット
メリット
・レッスン費用が半分になる
・レッスン効果が4/5〜2/3に減ることも考えられるが自立練習で補うことが可能
デメリット
・自立練習をしっかり生徒が管理する必要がある。
・レッスン進度を揃える必要がある。
「レッスン効果が4/5〜2/3に減ることも考えられるが自立練習で補うことが可能」が、メリットであるかどうかは人により考えが違ってくることかもし
れません。メリットは、「レッスン費用が半分になる」とし、付け加えるなら、「『自立練習』をレッスンのペアのままで始められる。」とするのがいいかと思
います。
デメリットについては、次のようにさせて欲しいと思います。
デメリット
・自立練習をしっかり生徒が自主管理する必要がある。
・組んだペアで練習力の釣り合いを維持する必要がある。
書き直した全体としては、以下のようになります。
メリット
・レッスン費用が半分になる。
・『自立練習』をレッスンのペアのままで始められる。
デメリット
デメリット
・自立練習をしっかり生徒が自主管理する必要がある。
・組んだペアで練習力の釣り合いを維持する必要がある。
追記
「自立練習をしっかり生徒が自主管理する必要がある。」というのがデメリットなのかと考えなおしてしまいます。これは、いいことじゃないかと思います。見
方によってはメリットにもなります。これを削除し、
デメリット
・組んだペアで練習力の釣り合いを維持する必要がある。
とすることを案として提出させて下さい。
【17525】
ももこさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月25日(火)23時39分43秒
ポイントが減ることにしか言及されていませんので、ポイントが増えることも併記したいと思います。(その都度?)に関しては、カッコを外して書かせてい
ただきます。
<<ポイント制について>>
2011年4月よりポイント制導入
・2011年4月以降、二人1枠を作った時点で、二人の生徒のポイントがそれぞれ1ポイント減る。
・「一人一枠」の場合は常時、新しい生徒さんを紹介することによりポイントが1ポイント増える。「二人一枠」の場合は、枠形成後2年の間に新しい生徒さん
を紹介した生徒のポイントが1ポイント増える。
・「二人一枠」形成後、2年の間に生徒紹介がないと、その都度、1ポイント分マイナスするか、一人1枠で使うか、どちらかを選ぶことが必要になる。
※「二人一枠」形成後、「二年の間」の二年についてですが、例えば、枠形成後6ヶ月で生徒さんを紹介して下さった場合は、その時点で1年6ヶ月の余裕が生
じることとしたいと思っています。こうすると、紹介して下さった時点(6ヶ月後)で、「二年」はリセットされ、そこに1年6ヶ月プラスし、3年6ヶ月はポ
イント等の変更なしに「二人一枠」を使い続けることができることになります。
※「ポイント制」が何にどう作用するかですが、ポイントが増えても減ってもレッスンの内容には影響しません。ポイント数は、ただ「無料過程」への距離だけ
を意味します。マイナスの数値が大きいほど、「無料過程」への距離が大きくなります。
>→ということは「二人そろってポイントをマイナスする」という選択肢を選ばない限りその都度枠の移動が行われるということですか?
「枠の移動」というのは、「二人一枠」を解消すれば、「一人一枠」が二つできるということを言われたのでしょうか。
どちらかの生徒さんか、お二人ともレッスンをやめるのでなければ、そういうことになります。
今後は「二人一枠」を「標準」とすることはやめ、村田君の枠数が増えるようにやたら努力することもやめ、
いずれは、素読舎を使い、いいものだと思ったら、積極的に周りに広めて下さる人だけを相手にレッスンする、あるいは、そういう人たちに「無料過程」を使っ
てもらう、という方向に歩こうと考え始めているということです。
>これってどちらかが一人1枠で使うことを選んだ場合、枠をもうひとつ用意する必要があると思いますので、コーチ側の仕事が増えるような気が・・・。
何度も書いておりますが、私はレッスンの枠数を増やすつもりはありません。私が受けきれない場合は、村田君に生徒さんを預かってもらうということが継続
できればそうしたいと思っています。ですから、ご心配下さったことは解決すると、今は考えています。
【17526】
ももこさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月26日(水)00時23分14秒
>たとえば「空き枠が発生している場合に限り」ということにしておけば、「一人1枠移行リストにリストされ、空き枠発生時に解消してもらう」ということに
もできるかなぁと思います。
これはいい考えです。そうしたいと思います。
今後も練習力の釣り合う人がいて、「空き枠」を作らずに済む場合は、「二人一枠」は作りつづけるつもりです。
昨日も書きましたが、「二人一枠」の一人の都合により、「二人一枠」を解消する場合、すぐにペアの相手がみつからない場合は、「一人一枠」でしばらく我
慢していただくこともお願いすることになります。
提示したものを書き直したものは以下のようになります。
・「空き枠が発生している場合に限り、『二人一枠』を解消する」。空き枠がない場合は、「一人一枠、あるいは二人一枠への移行候補者リスト」にリストされ
る。
※その場合、「有効期限残」(6ヶ月目に紹介あれば、1年6ヶ月の「有効期限残」が生じる、など)やポイント数をリストに併記したいと思います。「一人一
枠への移行リスト」ではなく、「一人一枠、あるいは二人一枠への移行候補者リスト」としていいと思います。リストは「二人一枠への移行候補リスト」として
も使いたく、「有効期限残」とポイントを勘案し、リストから「二人一枠」へ戻る人「も」決めたいと思います。これまでの案では「2年間」というのが1ポイ
ントに相当していますので、24を分母とし、有効期限残を、有効期限残「月」数に直し、その数字を分子とした分数に1を掛ければ、小数点以下のポイント数
が得られますので、「有効期限残」もポイントの数値に換算できます。どの人に「二人一枠」へ戻ってもらうか、どの人に「一人一枠」に移ってもらうかが正確
に決められると思います。
先に、ポイントは「無料過程」への距離を表すと言いましたが、ここまで考えてくると、「「一人一枠」への移行、「二人一枠への移行」にもポイント数は影
響することになります。
これまでの流れは、村田君に整理してもらうつもりです。
てめえでまともな文章が書けないなら、せめて整理くらいしろ、と私は村田君に言ってきました。もう何年も前に、過去ログを整理しろ、読者が語学論を読み
やすくなるし、俺が語学論をやりやすくなると言ったのですが、小乗の人ですので、そういう作業の価値をリアルなものと思えなかったらしく、今日に至るまで
さぼり続けています。
ホームページを立ち上げるときは、過去ログの整理は棚上げにしていいというようなことも言ったと思います。一挙に短期間にやろうと思っても無理だ、毎日
20分とか30分とか決めて続けないと無理だとも言ったと思います。そこまで世話してやっても、やりゃしないのです。
私の手元に空き枠ができて埋まらず、がたがたしたりすることがありますが、私は村田君には「あんた、自分の枠を増やす段階になってるんだ、あんたの仕事
を作る段階に来ているんだ、俺の名前をダシに使ったり、過去ログに蓄積されたものを使ったり好きにやっていいよ。でたらめなやり方じゃなければ好きにして
いいから、自分でどんどん働いて、自分の仕事を作ればいいんだ」と口を酸っぱくして言ってきました。どうも、村田君はそういうものを「自分の仕事」だとは
感じられないようです。ですので、すぐにどうこうするのではありませんが、「拡張」の方向をやめたいと考え始めています。鈍くて感じられない者のために、
なんで俺が「拡張」など考えて苦労しなきゃならねえってのか。
こんなことは愚痴であり、素読舎の恥ですが、あたしゃ、この種の恥なんぞ晒すことは平気です。こちとら大乗でやろうとしてるんだ。生きている間にできや
しないだろうとは思うものの、本気で、例えば「学校の駄目な英語の扱い方」を滅ぼしてやろうと思っているんだ。アメリカから帰ってきて、英語ペラペラやる
ような者が無条件にでかいつらのできるような日本の空気をもっと風通しのいいものにしてやろうと思っているんだ。てめえの食い扶持だけ考えてるような野郎
とは違うんだ。
えーと、何でしたっけ。
記事を改めます。
【17527】
皆様 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月26日(水)00時28分54秒
4月以降は、「二人一枠」は「標準」でなくなる可能性があります。まだ本決まりではありませんが・・・。
これは、素読舎側が無理をして「二人一枠」を作ろうとすることをやめるということです。
これに関連して、4月以降は、「二人一枠は標準ではない」ことになりましたら、生徒さん各自、連絡用掲示板に、「二人一枠」を希望するか、「一人一枠」
を希望するかを申告していだだくことになります。各自の所持ポイントも意識していただきたく、枠の種類の希望を申告していただく際、自分の所持ポイントを
併記していただきたく思います。
【17528】
ももこさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月26日(水)00時40分12秒
>その空き枠を根石さんの枠だけにするか、村田さんの受け持ち枠まで拡大するかによってもいろいろと変わってくるとは思いますけれども・・・。
私の枠が埋まっていて、新しい生徒さんが現れた場合、あるいは、私に一枠の空きがあるために、「二人一枠」を解消し、一枠分余ってしまった場合などに、
村田君に預かってもらうことは、ひとまず、これまで通り続けたいと思っています。
生徒を預けてあり、私に空き枠ができているにもかかわらず、「自分だけ現状維持」を続けることでヘーキな顔の蛙のつらには、小便をかけてやろうと思いま
す。つまり、素読舎の恥として、天下に公表し続けようと思います。
エート、つい、恥の方に矛先が向き、困ってしまいます。自称弟子にどれだけ痛めつけられれば済むのかわからないので、ついそちらに矛先が向きます。
無理をせず、村田君に預かってもらえる生徒は、今後も村田君に預かってもらおうと思っています。
この村田君という人は、番頭としてはまるで駄目ですが、コーチとしては10年ほど仕込んで、使えるようにしてあります。
【17529】
ももこさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月26日(水)01時18分48秒
>それに一人1枠にした方でご紹介者が見つかった場合二人1枠を希望されるということも考えられますよね・・・。
そういう場合、ポイント数を優先するのか、練習力の釣り合いを優先するのかという問題があります。これは、練習力の釣り合いを優先します。練習力の釣り
合いがとれなければ、「二人一枠」のレッスン自体が成り立ちません。これに関しては、私の独断で「練習力の釣り合い優先」を決めます。
・ポイント数は被紹介の生徒がレッスンを継続している限りにおいて有効とする。
→紹介した生徒はやめてしまって、紹介された生徒がレッスンを継続されている場合で、紹介した生徒が戻ってきた場合
(簡単な例でいうと私が娘にレッスンを紹介して、私が一旦やめています。その私が今後戻る場合)ポイントの扱いはどうなるのでしょうか。
一度レッスンを離れたが戻って来られた生徒さんのポイント数は、紹介して下さった生徒さんがレッスンを継続しているなら、元のポイントを復活させること
で解決すると思います。
連絡用掲示板の過去ログも必要になります。こんなことも自分で考えて、村田君が作ってくれてもいいものだと思っていますが、すでにどこかにあるのでしょ
うか。私は、作ったと聞いたことはないような気がしています。
過去ログがあれば、レッスンを離れた年月日で検索すれば、元のポイントを復活させることは容易にできます。
>無料過程の方は二人1枠の方と同じ様に
以後2年間に生徒紹介がないと(その都度?)
1ポイント分マイナスする?
その結果ポイントが0かマイナスになった時点で有料過程に戻ってもらう。(?)
「その都度」にしたいと思いますが、無料過程の人は「三年に一度」くらいのゆるやかなものにするか、「一年に一度」のきついものにするかというようなこ
とも考えられます。「三年に一度」とすれば、「有料過程の卒業に近いもの」と考えることになりますし、「一年に一度」とすれば、「無料で使うんだから、教
材を作成した素読舎に対して、強力に協力してくれ」という考えになります。
有料過程と同じように「二年に一度」とすることも可能です。
有効期限残(6ヶ月目に紹介、残は1年6ヶ月、「猶予」は3年6ヶ月となる)というものを有効にすれば、「有料過程」の生徒さんと同じく「2年に一度」
という基準でもいいと考えています。
根石>いずれは、素読舎を使い、いいものだと思ったら、積極的に周りに広めて下さる人だけを相手にレッスンする、あるいは、そういう人たちに「無料過程」
を使ってもらう、という方向に歩こうと考え始めているということです。
※先日、兄弟3人で申し込まれたケースがありましたが、三人ともお子さんです。お母さんがホームページの記事を読んで、是非子供にやらせたいと決断された
そうですが、読まれた記事をお聞きしたところ、私が書いた記事でした。
生徒さんが「素読舎を使い」「いいものだと思ったら」、ご自分で積極的に掲示板に記事を書いて欲しいと願っています。英語の変化、感覚の変化を書くこと
はなかなか難しいことですが、やって欲しいと願っています。生徒さんが書いた記事を読んで受講を決めた生徒さんが現れる都度、どの記事を読んで決意したの
か、掲示板に書いていただくことも依頼しようと思っています。記事自体を引用していただくこともできます。もし、生徒さんが自分の英語の変化、感覚の変化
をどんどん書いてくだされば、素読舎は「日本語の塾」でもあることになります。
今考えたことですが、無料過程の生徒には週2回以上の「自立練習」の他、語学論あるいは体験談などを、週に1度くらいは書いてもらうことを要請したいと
思っています。
私たちは、日本語を主言語とし、英語を副言語としようとしているのだと考えています。先日、この掲示板に書いたように覚えていますが、素読舎は、日本語
を主言語とし、英語を副言語とすることを可能にしようとする人たちのための塾です。
>→有料過程に戻ったときは
通常の二人1枠レッスンになり
さらに紹介がないと
ポイントマイナス
もしくはマンツーマンレッスンに変更
ということもありえるのでしょうか?
無料過程の人が有料過程に戻ったときには、素読舎は「なるべく」二人一枠」を作ろうと努力します。練習が進んだ人ほど、ペアを組む相手がみつかりやすい
ので、まず大丈夫だと思いますが、「二人一枠」がどうしても作れなければ、練習力が釣り合うペアの相手が現れるまで「一人一枠」で我慢してもらうしかない
と思います。
有料過程に戻った人の扱いは、有料過程しか知らない人の扱いとまったく同じでやらせていただきたく思っています。
>ポイント数が増えたら無料過程に戻るのでしょうか?それは二人1枠利用の場合片方だけで?それとも両方そろってから?
これは難しいですね。無料過程の「二人一枠」は、そのペアが二人ともやめずに残ってくれれば、有料過程で同じメンツで、「二人一枠」は作れます。しか
し、片方の人が「紹介あり」、一方の人が「紹介なし」の場合、「紹介あり」の人まで有料過程に戻らなくてはならないとなると、すっきりしないものが残りま
す。これはなるべく避けたいとは思うものの、さて、実際にどんなテがあるのか。
「自立練習」はもともと生徒だけでやる練習なので、本来的に「無料」の性質があります。ですから、「紹介あり」の無料過程の生徒さんには、無料過程にと
どまってもらい、有料過程の生徒さんの中で練習力が釣り合う人にペアを組んでもらい、「一人は有料過程、もう一人は無料過程」という「二人一枠」を作るこ
とができるかと思います。
ひとまず今日のところは、以上にしたいと思います。
質問していただくと、考える契機をいただけます。ご協力に感謝しています。
【17530】
村田君 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月26日(水)01時36分2秒
私は、恥も、規約の成立過程もみんな公表し明らかにしていく所存です。
規約なら規約が「できる過程」「作った理由」など、すべて記録するのがいいと考えています。
ですので、規約関係のもので意味のあるものは漏らさずに整理して下さい。
ひとまず、生データを連結して一つのテキストファイルにするようなことをして下さい。
そのうち、村田君の書いたものは「意味がない」ので、削除して下さい。
この種の「恥さらし」は、過去ログの生データの集積の片隅に眠っていればいいものです。
ただし、私が村田君の文章を引用して批判したものに関しては、残しておいてください。
規約を作る理由の一つには、あなたのテイタラクというものが確実に作用しておりますので。
【17532】
ももこさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月26日(水)14時01分58秒
>ポイント数が増えたら無料過程に戻るのでしょうか?それは二人1枠利用の場合片方だけで?それとも両方そろってから?
これについて方角違いで考えたものを書いてしまいました。
私が考えたものは、一人の人の「無料過程」が解消された時、もう一人はどうなるかでした。それに関しては、昨日のものをそのまま提示しておきます。
ももこさんが考えたのは、いったん有料過程に戻った後に、どのように無料過程に戻るのか、です。元の「無料過程・二人一枠」と同じメンツで、戻ることは
難しいと思います。二人が同時期に「プラス1以上」になることはなかなかないだろうと思います。
また、「無料」→「有料」→「無料」という動きの中での、「有料」→「無料」の動きは、こちらが意図しなくても結果的には絶えず優先されることになると
も考えています。ポイントの動きは、「条件」ですが、「イントネーションの自己決定力」は、「条件以前の大前提」ですので、一度無料過程に入った人は、初
めて無料過程に入る人より「イントネーションの自己決定力」は強いはずです。しかし、無料過程での練習の質にもよります。無料過程で練習の質を落とした人
は、いったん有料過程に戻った後、無料過程に戻るのに「コーチの意図と無関係に自動的に優先される」ことが成り立たなくなることも、純理論的には考えられ
ます。しかし、実際はそんなことはめったにあることではありません。それだけの「ボロ」を作るのには、「10年くらいの注意深い放置」が必要というくらい
なもので、あれば珍品です。それほど、「イントネーションの自己決定力」というものは、逆行しにくいものだと思っています。進行するのは、「音」の劣化に
よるものだけです。
「ある一定」のレベルだけを考えますと、そのレベルを成立させる(英語力を作る)のは時間もかかりエネルギーも大きなものが必要です。しかし、それを
「維持する」だけなら、大した時間もエネルギーも要しません。言うなれば、大幅な「省エネ」で、維持は可能になります。
「継続さえしていれば」、それが可能になります。
「ある一定のレベル」から「高次な次のレベル」に移るには、再び大きな時間とエネルギー量が必要になります。それをやるかやらないかを決めるのは、生徒
さん一人一人です。やると決めることがありうるのであれば、とにかく空白を作らず「継続」していることが前提になります。普通は、「僧侶の毎朝のお勤め」
「空手家の型の保持」「剣道の素振り」のような日々の「練習に伴走する」機能、そういう練習のペースメーカーとして機能するものは世の中にありません。そ
ういうものは「各自のこころがけ」にまかされています。
素読舎の無料過程は、無論、「各自のこころがけ」にほとんどをまかせてしまいますが、「二人一枠」を継続することによって、ペースメーカーとして機能す
るだろうと考えています。
村田君の元で練習していた英検一級保持者が最近レッスンをやめられたそうです。「新しいレベルに挑戦する」のだそうです。素読舎の「随伴する機能」「底
支えする機能」「ペースメーカーとして働く機能」を外して、「英検一級以後」の「新しいレベル」がどう実現するのかに対して、考慮の薄い人だと言わざるを
得ません。おそらく「新しいレベル」は決して「新しいレベル」と呼べるものにはならず、元のレベルに毛の生えたものになる可能性が高いと考えています。
「随伴する機能」「底支えする機能」「ペースメーカーの機能」を確保したうえで、つまり、無料過程での練習を確保し、「易しいけれど毎日続ける」という基
盤を保持した上で、やるならやるべきです。この人の前途が明るいとは決して言えないと言わざるを得ません。上級者でも、こういうことがわからない人はたく
さんいます。
話が逸れた気もしますが、それほど逸れてもいないかもしれません。
中級後期から上級者の英語力を「維持する」という機能を確保するのに、素読舎の無料過程ほどいいものはなかろうと思っています。といいますか、これに類
するものは絶無だろうと思っています。しかし、原則は「面々のおんはからい」です。素読というものを理解しない人を追うつもりは素読舎にはまったくありま
せん。
素読舎に「有料過程」の他に「無料過程」があるのは、実は素読舎に語学論があるせいです。語学論を備えた英語練習機関など素読舎の他にどこにあるという
のでしょう。「論」と「方法」が融合したものがどこにあるというのでしょうか。NHKの語学放送、全国の学校の英語の授業など、みんな「それっぽいことを
やっているだけ」のものであり、「論」と「方法」の融合という一点から見れば、全部でたらめです。一度でいいから、NHKよ、論を提示してみせてくれ。何
も持っていないくせに、「それっぽい」だけのことではないか。
規約の「有料過程」と「無料過程」の間を一方向的でなく、双方向的な行き来にしようというのも、素読舎の語学論に基づきます。「維持する」という一語が
どれほどのことを意味するのか、理解している人はごくまれです。
本当は、「・・大学卒業」も「英検・級」も意味はありません。それは、その人のピーク時の力を示しはしますが、「維持」され、ゆるやかに醸される力は何
も表しません。
作ろうとしている規約の基にも実は語学論があります。
【17533】
根石さん 投稿者:ももこ 投稿日:2011年 1月26日(水)21時46分6秒
私の素朴な疑問にこんなにも丁寧にお答えいただきありがとうございます。
以前も掲示板に書き込みをしたのか、直接根石さんにお話したのか忘れてしまいましたが、掲示板への書き込みはやはり言葉を育てているなと感じます。(と
いってもいつもつたない文章だったり、文章になっていなかったりですが・・・)
規約作りを大風呂敷で行うことも、最初は「?」と思っていたのですが(かといって連絡掲示板でもないだろうなぁとも思っていましたが)なるほど〜と思って
います。
それと同時に書き方はヘンですが、「こんなにオイシイこと、村田さんから横取りしちゃっていいのかしら」とも思っています。きっと村田さんもいろいろとお
考えだと思うんです。でも結局のところ発言しちゃったモン勝ち・行動しちゃったモン勝ちみたいな側面もあるので村田さんには申し訳ないなぁと思っていま
す。
そして根石さんはなんだかんだ言っても村田さんがかわいいんだなぁって感じました。親心のようなものを感じます。
この規約づくりを通して、今まで分かりにくかったものが色々と分かるような気がしてきました。今妊娠7ヶ月なので、どこまでご協力できるか分かりません
が、私もいろいろと学ばせていただこうと思います。
とりいそぎお礼のみで失礼します。
【17534】
連絡専用掲示板から転載 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 1月27日(木)12時49分14秒
私からも規約ではないのですが... 投稿者:ミキ 投稿日:2011年 1月27日(木)01時37分6秒
お世話になっています。
少し前から思っていた事なのですが、空き枠を回単位で買える事にするのはどうでしょうか?
私は今Uさんにペアになってもらってレッスンを受けていて、これにはとても満足しています。でも、マンツーマンの濃〜いレッスンも魅力的です。以前聴講さ
せていただいたレッスン(ペアの方がお休みで、きりさんお一人でした)、野球の100本ノックみたいで、「すごいな〜、これで1回あたり3000円は安い
な〜。」と思ったものですから...。
ペアレッスンもマンツーマンレッスンも、と欲張りなのですが、常時1ヶ月18000円は私のお小遣いを考えるとちょっと辛いので、臨時レッスンの形でチャ
ンスがないかな、と思っていました。(又はミニ枠15分、とか)
また、マンツーマン枠であらかじめ<生徒側の事情で>お休みする、つまり空き枠になるとわかっている回についても、根石さんと他の生徒の間で折り合いがつ
けば、1回3000円(暫定)で臨時レッスンしても良いのではないかと思うのですが...。年末にお休みが多かったという事で、「もったいないな〜。」と
思っていたもので。
もちろん、これで空き枠がない状態が常に続くとは思えないし、大した収入増にも繋がらないとは思いますが、検討していただけると嬉しいです。(根石さんに
事務的、時間的負担がかからないように、出来るだけ生徒側でアレンジする.という条件下で。)
私の場合時差があってなかなか時間調整が難しいのですが、チャンスがあれば是非マンツーマンレッスンも受けてみたいのです。
素読舎を広める事について
私はもう日本に家族がいない為、知り合いの絶対数が少ないという事もあるのですが、なかなか紹介しにくいのです。正確に言うと、素読舎「を」紹介し難いの
ではなく、素読舎「に」紹介し難い。その時の気分で「1ヶ月6000円ならやってみるか」程度で始められて、ペアを探したりテキストを用意したりさせて、
そしてすぐに「や〜めた」では申し訳が立たない。変な人を素読舎に紹介したくないと思うと、人物の選択が結構難しいです。
体験談について
レッスンを付けてもらうようになって10ヶ月ほど経ちます。大満足です。今迄も体験談を書くべきだったのでしょうが、私は日本語で生活していなく(英語で
もありませんが)、皆さんとは状況が少し違うし、「素晴らしいですね!!」等書くのは胡麻を擂っているみたいで嫌なので書きませんでした。でも、最近、
「根石さん、少し弱気になっておられるのかな」と思われる様な書き込みをみて、どれだけ他の方の役に立つかはわからないけれど、自分は満足しているという
事は伝えるべきだろうと思い、少しずつでも書き込みしていこうと思います。
悪癖で、自分の考えを書くと、私が「間違っている」と思う考えを持つ人に対する言葉が辛辣になる事があり、これは社会人としてはレベルが低く、女としては
可愛げがない...らしい...ので、言葉を選び選び書かねばならず、時間がかかるかと思いますが、必ず書きますので待っていてください。
素読舎のレッスン、なんと言うか...「正しい」です。
【17535】
ももこさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月27日(木)18時47分29秒
今日、車を運転していて考えたことを書きます。
「営業」めいたものには一切触りたくない、自分の英語の力をつけるだけでいい、という人もいるはずだなと考えました。そういう人が、何年かレッスンを続
けてから、「これまでは『営業』なんかやらないと思っていたが、これは人に薦めるべきものだ」というふうに考えることがないとは決められません。
「営業」なんかするつもりはないという人は、要するに、「電話でレッスン」(「スカイプでレッスン」の前身)の頃と同じようにレッスンを受けていただけ
ばいいわけです。「電話でレッスン」の頃は、すべての枠が「一人一枠」でした。この頃は、「雑務」が少なく、私は楽でした。
「営業」めいたことはしないが、レッスンは受けたいという人には、「一人一枠」で受けていただく。その場合、「無料過程に移るには、プラス1以上のポイ
ントが必要である」という項目を削除しないでおきたいと思います。「電話でレッスン」の頃には、「無料過程」は存在しませんでした。つまり、「無料過程」
へは、「二人一枠」から「のみ」移行できるということにしたいと思います。
「営業」めいたことはしないというのでも、レッスン自体は支障なく成立します。「一人一枠」で使っていただくということと、いくら力がついても「無料過
程」で使うということは「ない」ということだけ承知していただけばいいのです。
その筋は一筋はっきりとつけておくべきだと思いました。
【17536】
ミキさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月27日(木)19時01分56秒
お書きいただきありがとうございます。
村田君が「番頭としてはまるで駄目だが、コーチとしてなら使える」と書いたことを裏付けて下さる記事だと思います。
イタリアからでも、掲示板にどんどん書いて下さることは可能ですので、書いていただきたく思います。
確かに、疲れ、気が弱っていました。
ミキさんの記事を読んで、少し元気が出ました。
評価して下さる方がいるのは、大変うれしいことです。
【17537】
「二人一枠」を組む時の基準 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月27日(木)20時42分47秒
「二人一枠」を組むときの基準を、「練習力の釣り合い」だけにしたらどうなるんだろうと考えました。
基準を「練習力の釣り合いだけ」にしてしまえば、「無料過程」の人と「有料過程」の人とで組むことができますし、「ポイントがマイナス」の人と「ポイン
トがプラス」の人とでも組むことができます。どちらのケースでも、「自立練習」はレッスン時のペアでやることができます。
今後も「空き枠」がなく、生徒さんが希望する場合は、「二人一枠」を作り続けていくつもりですので、「二人一枠」を組むことに作用するのは、「練習力の
釣り合いだけ」として考えていきたいと思います。
村田君へ。
ここまでの分を生データのまま連結することと、廃案を廃案とし、整理する作業をして早めに掲示板に掲載して下さい。案の中で、これとこれは両立しないと
いうものがあったら、矛盾の指摘もするようにして下さい。
【17538】
ミキさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月27日(木)20時50分55秒
>少し前から思っていた事なのですが、空き枠を回単位で買える事にするのはどうでしょうか?
これもいい案ですが、事務が非常に煩雑になります。私はやることができません。例えばですが、「無料過程」の人に事務をやってもらえるとかであれば、可
能だと思います。
事務に使う書類の雛形に、考慮すべき項目で漏れたものがなければ、村田君でもできると思いますが、これまでの村田君を見てきた限りでは、不安がありま
す。
【17539】
生徒の皆さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月27日(木)20時56分28秒
この場合はこうなる、別のこの場合はこうなるというように、生じうるケースを考えられるだけ考え、それぞれのケースについて、一応の規約を作るべきだと
考えています。
生じうるケースについて、生徒さんが「この場合」というものを提示して下さることを願っています。
【17540】
根石さん 皆様 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 1月28日(金)00時01分31秒
これまでの生データを連結したものです。
昨日連絡専用掲示板にアップしたものに今日の分を加えました。
http://www.sodokusha.com/kiyaku_an.html
整理は早急にやります。
【17542】
ここまでの流れ 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 1月29日(土)21時57分11秒
(すいません。まだPiggyさんの分が整理できていません。)
==========================================
素読舎規約案と案作成の理由 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月23日(日)01時34分55秒
素読舎のレッスンの代金は、枠単位です。「一人一枠」で使っていただく場合も「二人一枠」で使っていただく場合も、一枠12000円でやらせていただい
ています。
一枠12000円の根拠は、素読舎の活動が維持できるかどうかにあります。素読舎の活動は主に三つあります。生徒さんにレッスンをすること、教材を作り続
けること、語学論を展開し続けること。この三つです。いずれも素読舎の存続に欠かせないものです。
素読舎の「スカイプでレッスン」の前身は「電話でレッスン」でした。その頃は、すべての枠が「一人一枠」で、完全なマンツーマン方式でした。
もっともシンプルで基本的なレッスンの形は「一人一枠」です。
「二人一枠」の場合、一人あたりのレッスン効果は、「一人一枠」との比較で、5分の4程度から3分の2程度に減ることが考えられます。効果の減少する分
は、「自立練習」の質で補うことが十分に可能ですので、生徒さんの努力によって「一人一枠」と遜色ないものにすることができます。
レッスン効果を減らさない工夫をこらして、「二人一枠」で使っていただけば、レッスン代金は半分に減らすことができます。これが、「二人一枠」で使って
いただく場合の最大の利点です。
「二人一枠」を作るには、素読舎コーチの側に煩雑な手間が生じますが、今後も練習力が釣り合う二人の生徒さんに声をかけて、「二人一枠」を作る努力を継
続する予定です。
生徒数が少ないと、「二人一枠」が非常に作りにくくなります。
「二人一枠」「一人一枠」の別を問わず、素読舎のレッスンを使っていいものだとわかった場合は、積極的に周りに広めていただくことを希望します。
「二人一枠」で使っている生徒さんたちには、二年に一人くらい、新しい生徒さんを紹介していただくことを希望します。
2011年4月からポイント制を導入します。
2011年4月以降、「二人一枠」を作った時点で、二人の生徒さんのポイントがそれぞれ1ポイント分マイナスされます。
新しい生徒さんを紹介してくださった場合、紹介した生徒さんのポイントに1ポイント分プラスされます。
「二人一枠」を二年続けて使い続け、その間に新しい生徒さんを紹介していただけなかった場合は、1ポイント分マイナスするか、「二人一枠」を解消し、
「一人一枠」で使っていただくか、どちらかを選んでいただきます。
「イントネーションの自己決定力」がよく備わった生徒さんは、「自立練習」で週に二枠分以上練習していただくことを条件に「無料過程」に移っていただ
き、お金を払わずに、素読舎の教材と練習方法を使い続けていただくことができます。これについてこれまでは条件を設けてありませんが、2011年4月以
降、ポイントがプラス1以上であることを条件とします。
無料過程に移った生徒さんは、二年間に一人は生徒さんを紹介していただくことで、ポイントプラス1以上を維持していただきます。ポイントがゼロあるいは
マイナスになる場合は、有料過程に戻っていただくこととします。
2011年1月現在、根石吉久のレッスン枠は、枠数を増やす過程にはありません。枠数を維持する過程にあります。
同年同月現在、村田晴彦のレッスン枠は、枠数を増やす過程にあります。
村田晴彦の「スカイプでレッスン」の生徒は、根石吉久が村田晴彦に預けてある生徒ですが、生徒さんの曜日、時間帯等の都合で根石吉久の枠に戻れない場
合、一枠のレッスン代金の半額を村田晴彦が根石吉久に支払っています。根石吉久は空き枠を埋めてレッスンをしたいにもかかわらず、レッスンができません。
村田晴彦は通常の一枠分のレッスンをしているにもかかわらず、手取額が半額に減ります。生徒さんの都合により、現在はコーチの間で「痛み分け」をしていま
す。2011年4月以降、コーチの「痛み分け」にもポイントを関連づけ、コーチが希望するように枠を移動することができず、それまでの枠を使いつづける生
徒さんのポイントを1ポイント分マイナスします。
生徒のポイント数は、被紹介の生徒がレッスンを継続している限りにおいて有効とします。
生徒さんが直接に周りの人に声をかけていただいたのではなく、素読舎のホームページ、あるいは掲示板の記事を読んでレッスンを始めてくれた人がいた場
合、ホームページあるいは掲示板のどの記事を読んでレッスン受講の決心して下さったのかを確認します。生徒さんが書いた記事によって、新しい生徒さんが
レッスンを始めてくれた場合は、記事を書いた生徒さんが新しい生徒さんを紹介して下さったものとして扱い、1ポイント分プラスします。生徒さんが書いた
ホームページの記事、掲示板の記事を素読舎のパンフレット等に使わせていただいた場合、パンフレットを読んで受講の決心をしてくれた生徒さんが現れたとき
は、掲示板あるいはホームページにある元の記事を読んだことと同等として扱います。
生徒さんが周りに広めていただくのにパンフレットを必要とする場合、素読舎からパンフレットを無料でお送りします。
「二人一枠」を解消し、「一人一枠」にする場合、二人のポイント数の合計が最も少ない枠から解消します。最もポイントの少ない枠が複数ある場合は、最も
長くレッスンを使っている人たちの枠から「二人一枠」を解消します。
=========================================
ももこさんからの疑問と提示案
<<素読舎の活動>>
・生徒へのレッスン
・オリジナル教材作り
・語学論の展開
<<レッスンについて>>(根石さんからの提示案)
・一人1枠 マンツーマンレッスン(一人12000円)
・二人1枠 生徒二人、コーチ一人のレッスン(一人6000円)
・有料過程 コーチが生徒に対してレッスンを行う。
・無料過程 生徒同士の自立練習のみ。「二人一枠」で行う。
※ 「無料過程」は「二人一枠」で行いますが、「有料過程」には、「一人一枠」と「二人一枠」の二種類がある。
========
(根石さんから)
「営業」めいたことはしないが、レッスンは受けたいという人には、「一人一枠」で受けていただく。その場合、「無料過程に移るには、プラス1以上の
ポイントが必要である」という項目を削除しないでおきたいと思います。「電話でレッスン」の頃には、「無料過程」は存在しませんでした。つまり、「無料過
程」へは、「二人一枠」から「のみ」移行できるということにしたいと思います。
「営業」めいたことはしないというのでも、レッスン自体は支障なく成立します。「一人一枠」で使っていただくということと、いくら力がついても「無
料過程」で使うということは「ない」ということだけ承知していただけばいいのです。
○無料過程に進むためには
・イントネーションの自己決定力が良く備わっているとコーチに認められる
・自立練習を週2枠分以上行うことができる
・2011年4月以降はポイントがプラス1以上であることことが必要
・「二人一枠」でレッスンを受けていること。(根石さんから追加案)
・語学論あるいは体験談などを、週に1度くらいは書いてもらう。(根石さんから追加案)
○2人1枠のメリットデメリット(根石さんからの提示案)
メリット
・レッスン費用が半分になる。
・『自立練習』をレッスンのペアのままで始められる。
デメリット
・自立練習をしっかり生徒が自主管理する必要がある。
・組んだペアで練習力の釣り合いを維持する必要がある
<<ポイント制について>>(根石さんからの提示案)
2011年4月よりポイント制導入
・2011年4月以降、二人1枠を作った時点で、二人の生徒のポイントがそれぞれ1ポイント減る。
・「一人一枠」の場合は常時、新しい生徒さんを紹介することによりポイントが1ポイント増える。「二人一枠」の場合は、枠形成後2年の間に新しい生徒
さんを紹介した生徒のポイントが1ポイント増える。
・「二人一枠」形成後、2年の間に生徒紹介がないと、その都度、1ポイント分マイナスするか、一人1枠で使うか、どちらかを選ぶことが必要になる。
※「二人一枠」形成後、「二年の間」の二年についてですが、例えば、枠形成後6ヶ月で生徒さんを紹介して下さった場合は、その時点で1年6ヶ月の余裕
が生じることとしたいと思っています。こうすると、紹介して下さった時点(6ヶ月後)で、「二年」はリセットされ、そこに1年6ヶ月プラスし、3年6ヶ月
はポイント等の変更なしに「二人一枠」を使い続けることができることになります。
※「ポイント制」が何にどう作用するかですが、ポイントが増えても減ってもレッスンの内容には影響しません。ポイント数は、ただ「無料過程」への距離
だけを意味します。マイナスの数値が大きいほど、「無料過程」への距離が大きくなります。
→ということは「二人そろってポイントをマイナスする」という選択肢を選ばない限りその都度枠の移動が行われるということですか?(ももこさん)
========
(根石さんから)
「枠の移動」というのは、「二人一枠」を解消すれば、「一人一枠」が二つできるということを言われたのでしょうか。
どちらかの生徒さんか、お二人ともレッスンをやめるのでなければ、そういうことになります。
今後は「二人一枠」を「標準」とすることはやめ、村田君の枠数が増えるようにやたら努力することもやめ、
いずれは、素読舎を使い、いいものだと思ったら、積極的に周りに広めて下さる人だけを相手にレッスンする、あるいは、そういう人たちに「無料過程」を使っ
てもらう、という方向に歩こうと考え始めているということです。
これってどちらかが一人1枠で使うことを選んだ場合、枠をもうひとつ用意する必要があると思いますので、コーチ側の仕事が増えるような気が・・・(ももこ
さん)
========
(根石さんから)
何度も書いておりますが、私はレッスンの枠数を増やすつもりはありません。私が受けきれない場合は、村田君に生徒さんを預かってもらうということが
継続できればそうしたいと思っています。ですから、ご心配下さったことは解決すると、今は考えています。
たとえば「空き枠が発生している場合に限り」ということにしておけば、
「一人1枠移行リストにリストされ、空き枠発生時に解消してもらう」ということにもできるかなぁと思います。(ももこさん)
========
(根石さんから)
・「空き枠が発生している場合に限り、『二人一枠』を解消する」。空き枠がない場合は、「一人一枠、あるいは二人一枠への移行候補者リスト」にリスト
される。
※その場合、「有効期限残」(6ヶ月目に紹介があれば、1年6ヶ月の「有効期限残」が生じる、など)やポイント数をリストに併記したいと思います。
「一人一枠への移行リスト」ではなく、「一人一枠、あるいは二人一枠への移行候補者リスト」としていいと思います。リストは「二人一枠への移行候補リス
ト」としても使いたく、「有効期限残」とポイントを勘案し、リストから「二人一枠」へ戻る人「も」決めたいと思います。これまでの案では「2年間」という
のが1ポイントに相当していますので、24を分母とし、有効期限残を、有効期限残「月」数に直し、その数字を分子とした分数に1を掛ければ、小数点以下の
ポイント数が得られますので、「有効期限残」もポイントの数値に換算できます。どの人に「二人一枠」へ戻ってもらうか、どの人に「一人一枠」に移ってもら
うかが正確に決められると思います。
先に、ポイントは「無料過程」への距離を表すと言いましたが、ここまで考えてくると、「一人一枠」への移行、「二人一枠への移行」にもポイント数は
影響することになります。
その空き枠を根石さんの枠だけにするか、村田さんの受け持ち枠まで拡大するかによってもいろいろと変わってくるとは思いますけれども・・・。(ももこさ
ん)
========
(根石さんから)
私の枠が埋まっていて、新しい生徒さんが現れた場合、あるいは、私に一枠の空きがあるために、「二人一枠」を解消し、一枠分余ってしまった場合など
に、村田君に預かってもらうことは、ひとまず、これまで通り続けたいと思っています。
それに一人1枠にした方でご紹介者が見つかった場合二人1枠を希望されるということも考えられますよね・・・。(ももこさん)
========
(根石さんから)
そういう場合、ポイント数を優先するのか、練習力の釣り合いを優先するのかという問題があります。これは、練習力の釣り合いを優先します。練習力の釣
り合いがとれなければ、「二人一枠」のレッスン自体が成り立ちません。これに関しては、私の独断で「練習力の釣り合い優先」を決めます。
========
(根石さんから2)
「二人一枠」を組むときの基準を、「練習力の釣り合い」だけにしたらどうなるんだろうと考えました。
基準を「練習力の釣り合いだけ」にしてしまえば、「無料過程」の人と「有料過程」の人とで組むことができますし、「ポイントがマイナス」の人と「ポイン
トがプラス」の人とでも組むことができます。どちらのケースでも、「自立練習」はレッスン時のペアでやることができます。
今後も「空き枠」がなく、生徒さんが希望する場合は、「二人一枠」を作り続けていくつもりですので、「二人一枠」を組むことに作用するのは、「練習力の
釣り合いだけ」として考えていきたいと思います。
・ポイント数は被紹介の生徒がレッスンを継続している限りにおいて有効とする。
→紹介した生徒はやめてしまって、紹介された生徒がレッスンを継続されている場合で、紹介した生徒が戻ってきた場合
(簡単な例でいうと私が娘にレッスンを紹介して、私が一旦やめています。その私が今後戻る場合)ポイントの扱いはどうなるのでしょうか。(ももこさん)
========
(根石さんから)
一度レッスンを離れたが戻って来られた生徒さんのポイント数は、紹介して下さった生徒さんがレッスンを継続しているなら、元のポイントを復活させる
ことで解決すると思います。
(連絡用掲示板の)過去ログがあれば、レッスンを離れた年月日で検索すれば、元のポイントを復活させることは容易にできます。
無料過程の方は二人1枠の方と同じ様に
以後2年間に生徒紹介がないと(その都度?)
1ポイント分マイナスする?
その結果ポイントが0かマイナスになった時点で有料過程に戻ってもらう。(?)(ももこさん)
========
(根石さんから)
「その都度」にしたいと思いますが、無料過程の人は「三年に一度」くらいのゆるやかなものにするか、「一年に一度」のきついものにするかというよう
なことも考えられます。「三年に一度」とすれば、「有料過程の卒業に近いもの」と考えることになりますし、「一年に一度」とすれば、「無料で使うんだか
ら、教材を作成した素読舎に対して、強力に協力してくれ」という考えになります。
有料過程と同じように「二年に一度」とすることも可能です。
有効期限残(6ヶ月目に紹介、残は1年6ヶ月、「猶予」は3年6ヶ月となる)というものを有効にすれば、「有料過程」の生徒さんと同じく「2年に一
度」という基準でもいいと考えています。
→有料過程に戻ったときは
通常の二人1枠レッスンになり
さらに紹介がないと
ポイントマイナス
もしくはマンツーマンレッスンに変更
ということもありえるのでしょうか?(ももこさん)
========
(根石さんから)
無料過程の人が有料過程に戻ったときには、素読舎は「なるべく」二人一枠」を作ろうと努力します。練習が進んだ人ほど、ペアを組む相手がみつかりや
すいので、まず大丈夫だと思いますが、「二人一枠」がどうしても作れなければ、練習力が釣り合うペアの相手が現れるまで「一人一枠」で我慢してもらうしか
ないと思います。
有料過程に戻った人の扱いは、有料過程しか知らない人の扱いとまったく同じでやらせていただきたく思っています。
ポイント数が増えたら無料過程に戻るのでしょうか?それは二人1枠利用の場合片方だけで?それとも両方そろってから?(ももこさん)
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(根石さんから1)
これは難しいですね。無料過程の「二人一枠」は、そのペアが二人ともやめずに残ってくれれば、有料過程で同じメンツで、「二人一枠」は作れます。し
かし、片方の人が「紹介あり」、一方の人が「紹介なし」の場合、「紹介あり」の人まで有料過程に戻らなくてはならないとなると、すっきりしないものが残り
ます。これはなるべく避けたいとは思うものの、さて、実際にどんなテがあるのか。
「自立練習」はもともと生徒だけでやる練習なので、本来的に「無料」の性質があります。ですから、「紹介あり」の無料過程の生徒さんには、無料過程
にとどまってもらい、有料過程の生徒さんの中で練習力が釣り合う人にペアを組んでもらい、「一人は有料過程、もう一人は無料過程」という「二人一枠」を作
ることができるかと思います。
========
(根石さんから2)
ももこさんが考えたのは、いったん有料過程に戻った後に、どのように無料過程に戻るのか、です。元の「無料過程・二人一枠」と同じメンツで、戻るこ
とは難しいと思います。二人が同時期に「プラス1以上」になることはなかなかないだろうと思います。
また、「無料」→「有料」→「無料」という動きの中での、「有料」→「無料」の動きは、こちらが意図しなくても結果的には絶えず優先されることにな
るとも考えています。ポイントの動きは、「条件」ですが、「イントネーションの自己決定力」は、「条件以前の大前提」ですので、一度無料過程に入った人
は、初めて無料過程に入る人より「イントネーションの自己決定力」は強いはずです。
【17544】
規約暫定案 1月30日 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月30日(日)01時36分25秒
素読舎のレッスンの代金は、枠単位です。「一人一枠」で使っていただく場合と「二人一枠」で使っていただく場合があります。「一人一枠」で使っていただ
く場合は、一人12000円。「二人一枠」で使っていただく場合は、一人6000円となります。
一枠12000円の根拠は、素読舎の活動が維持できるかどうかにあります。素読舎の活動は主に三つあります。生徒さんにレッスンをすること、教材を作り続
けること、語学論を展開し続けること。この三つです。
素読舎の「スカイプでレッスン」の前身は「電話でレッスン」でした。その頃は、すべての枠が「一人一枠」で、完全なマンツーマン方式でした。
もっともシンプルで基本的なレッスンの形は「一人一枠」です。
「二人一枠」を作り維持するには、素読舎の側に煩雑な手間が生じます。そのほとんどが生徒さんの中に英語力を作る仕事からすれば、「雑用」です。
「二人一枠」には生徒さんの金銭の負担が少ないという大きなメリットがあります。「自立練習」を作りやすいというメリットもあります。練習力が釣り合う
二人の生徒さんに声をかけて、「二人一枠」を作ることは今後も継続します。
「二人一枠」の場合、一人あたりのレッスン効果は、「一人一枠」との比較で、5分の4程度から3分の2程度に減ることが考えられます。効果の減少する分
は、「自立練習」の質で補うことが十分に可能ですので、生徒さんの努力によって「一人一枠」と遜色ないものにすることができます。
レッスン効果を減らさない工夫をこらして、「二人一枠」で使っていただけば、レッスン代金は半分に減らすことができます。これが、「二人一枠」で使って
いただく場合の最大の利点です。
生徒数が少ないと、「二人一枠」が非常に作りにくくなります。「一人一枠」を基本とし、「練習力の釣り合う人」が二人いる場合に限り、「二人一枠」を作
る作業に入ります。
根石の枠が埋まっており、なおかつ、「二人一枠」を作ることによって空き枠が生じない場合に限り、「二人一枠」を作る作業に入ります。空き枠が埋まって
いて、なおかつ「二人一枠」を作れない場合には、村田コーチに生徒を預けます。
素読舎のレッスンを使っていいものだとわかった場合、「二人一枠」の生徒さんには、積極的に周りに広めていただくことを希望します。
「二人一枠」で使っている生徒さんたちには、二年に一人くらい、新しい生徒さんを紹介していただくことを希望します。(これを「2年のチャージ」と呼び
ます)
継続的に「一人一枠」で使いつづけることを選ぶ生徒さんには、「2年のチャージ」はありません。臨時に「一人一枠」で使い、「二人一枠」を希望する方の
場合は、「ポイント」制、「2年のチャージ」を適用します。このどちらを選ぶかは、あらかじめ、生徒さんから知らせていただくこととします。
継続して「一人一枠」でレッスン受講を希望される生徒さんが、「自立練習」も希望される場合は、掲示板上で、ご自分でペアの相手を募集していただきま
す。
ちょうどいい人が簡単にみつかる場合は、素読舎が世話をすることもあります。
2011年4月からポイント制を導入します。
新しい規約は、2011年4月以後のポイント等に適用されます。それ以前のポイントには影響しません。
「二人一枠」の形成時、ポイント数より、「練習力の釣り合い」が優先されます。
2011年4月以降、「二人一枠」を作った時点で、二人の生徒さんのポイントがそれぞれ1ポイント分マイナスされます。
新しい生徒さんを紹介してくださった場合、紹介した生徒さんのポイントに2ポイント分プラスされます。
(これまでの案では、1ポイントプラス。暫定案として2ポイントプラスを考えている。)
根石に空き枠が生じた場合、村田が預かっている生徒が根石の空き枠に移れない場合、根石の空き枠が埋まり村田の枠数が減少した場合などに、「二人一枠」
を必要数解消します。この場合、村田の枠から根石の枠に移れない生徒さんのポイントを1ポイントマイナスします。
「二人一枠」を二年使い続け、その間に新しい生徒さんを紹介していただけなかった場合は、次の二つのうちのどちらかを選んでいただきます。
1.チャージ切れの方のポイントを1ポイント分マイナスし「二人一枠」を継続して使っていただく。
2.「一人一枠」で使っていただく。
(チャージ期間の残があり、「二人一枠」を希望するにもかかわらず、それまでの「二人一枠」を解消されてしまう生徒さんは、「候補リスト」の人たちと掲示
板上で話し合っていただき、曜日・時間帯の都合がつけば、「二人一枠」を形成します。この場合、チャージの「残」をポイントに換算し、ポイントの高い人か
ら候補になります。)
※チャージの「残」。2年のチャージがなされ、例えば、6ヶ月経過した時点で新しい生徒さんを紹介して下さった場合、2年のうち1年6ヶ月の「残」があり
ます。被紹介者の新しい生徒さんが練習を始めた月から、紹介者の2年のチャージはリセットされ、「残」の分がプラスされます。チャージ期間は合計で3年
6ヶ月となります。チャージの「残」はポイントに換算することがあります。
1ポイントのマイナスを選び、「二人一枠」の解消をしなかった枠は、「二人一枠解消候補枠」にリストされます。
素読舎は空き枠が生じた時点で、「素読舎連絡用掲示板」にそれを告知します。
空き枠が生じて一ヶ月たっても埋まらず、「二人一枠解消」を希望する枠がない場合、「二人一枠解消候補枠」のうち、枠の合計ポイントの少ない方から「強
制的に解消」されます。
ポイント合計がもっとも少ない枠が複数ある場合は、もっとも古く形成された枠から解消します。
ポイント数、枠の新旧で解決できない場合は、「イントネーションの自己決定力」の弱い枠の方が保護されます。(「イントネーションの自己決定力」が強い
枠を解消します。)
「一人一枠」で練習している生徒さんのうち、「二人一枠」を希望される生徒さんは、あらかじめその意思を明らかにしておいていただきます。「二人一枠希
望者リスト」にお名前を記し、根石の手元に空き枠を作らないことを条件に、なる早めに「二人一枠」を作ります。
◎「二人一枠」を使ってきて、一人の生徒さんが、「1ポイント分マイナス」ではなく、「一人一枠」を選んだ場合。
○もう一人の生徒さんも、「一人一枠」を選べば、「一人一枠」を二つ作ります。
(「二人一枠」の相手に影響が出ない場合は、いつでも「一人一枠」を選ぶことができます。)
○もう一人の生徒さんが「二人一枠」を希望される場合、練習力の釣り合う人を素読舎にお問い合わせいただきます。素読舎は候補を提示します。以後、曜日・
時間帯の都合を生徒さん同士で合議していただき、合意が形成され、それが素読舎側の都合と合えば、新しい「二人一枠」を形成します。それによって、「一人
一枠」でやらざるを得ない場合は、ポイントの最も小さい人に、臨時で「一人一枠」を使っていただきます。ポイントが同数の場合は、「チャージ期間残」の
もっとも少ない人に、臨時で「一人一枠」を使っていただきます。臨時に「一人一枠」を使う場合で、「二人一枠」を希望される場合は、その旨を素読舎側にお
伝え願い、「二人一枠希望者リスト」にお名前を加えます。
○「二人一枠希望者リスト」にお名前のある生徒さんは、なるべく「二人一枠」で練習できるように調整します。それまでの間は「一人一枠」でレッスンを継続
していただきます。ポイント数より「練習力の釣り合い」が優先されますので、ポイント数の少ない人がポイント数の多い人をまたぎ越して、「二人一枠」に進
むことがあります。その場合は、「二人一枠」形成で1ポイント、「またぎ越し」で1ポイント、合計2ポイントがマイナスされます。
○新しく申し込まれた生徒さんに限り、練習力が釣り合う相手がすぐにみつかった場合は、「二人一枠希望者リスト」にリストする必要がありません。従って、
ポイント数の多い人を「またぎ越す」ことがありませんので、マイナスポイントが生じません。
他の枠の移動をともなわず、abcd教材ではレッスン開始後1ヶ月以内、「ゴースト文法解析」では、レッスン開始後2ヶ月以内に、別の新しい生徒さんと
「二人一枠」を組むことができた場合は、「二人一枠」を組むこと自体でのマイナスポイントも生じないこととします。これは、素読舎の側に「雑用」が生じな
いためです。
ひとまず「一人一枠」で開始された生徒さんにとって、「二人一枠」を作るに際しての「特典」は、abcd教材で「開始後一ヶ月」、ゴースト文法解析教材
で「開始後二ヶ月」だけです。以後は、「練習力の不釣り合い」が生じやすく、「二人一枠」の形成が難しくなります。しばらく「一人一枠」で使ってから、希
望があれば、「二人一枠希望者リスト」にお名前を列ねます。
生徒数が少ないと、調整は非常に難しくなります。ポイント数が多くても、練習力が釣り合う相手がいない場合は、「二人一枠」は作ることができません。こ
のことをあらかじめご承知おき願います。
◎「二人一枠」を使ってきて、「チャージ切れ」により、一人の生徒さんが、「1ポイント分マイナス」を選んだ場合。
空き枠がなければ、継続して「二人一枠」を使っていただけます。ただし、この枠は、「二人一枠解消候補枠」となり、「空き枠」の発生により強制的に解消
されることがあります。
「イントネーションの自己決定力」がよく備わった生徒さんは、「自立練習」で週に二枠分以上練習していただくことを条件に「無料過程」に移っていただ
き、お金を払わずに、素読舎の教材と練習方法を使い続けていただくことができます。2011年4月以降、ポイントがプラス1以上であることを条件としま
す。
※「イントネーションの自己決定力」が備わったかどうかは、ゴーストの音読で、12ページをコンスタントに10分以内に片づけることを一応の目安にしま
す。
※
・有料過程 コーチが生徒に対してレッスンを行う。
・無料過程 生徒同士の自立練習のみ。「二人一枠」で行う。
無料過程に移った生徒さんも、二年間に一人は生徒さんを紹介していただくことで、ポイントプラス1以上を維持していただきます。ポイントがゼロあるいは
マイナスになる場合は、有料過程に戻っていただきます。
2011年1月現在、根石吉久のレッスン枠は、枠数を増やす過程にはありません。枠数を維持する過程にあります。
同年同月現在、村田晴彦のレッスン枠は、枠数を増やす過程にあります。
生徒のポイント数は、被紹介の生徒がレッスンを継続している限りにおいて有効とします。
素読舎のホームページ、あるいは掲示板の記事を読んでレッスンを始めてくれた人がいた場合、ホームページあるいは掲示板のどの記事を読んでレッスン受講
を決心して下さったのかを確認します。生徒さんが書いた記事によって、新しい生徒さんがレッスンを始めてくれた場合は、記事を書いた生徒さんが新しい生徒
さんを紹介して下さったものとして扱い、1ポイント分プラスします。生徒さんが書いたホームページの記事、掲示板の記事を素読舎のパンフレット等に使わせ
ていただいた場合、パンフレットを読んで受講の決心をしてくれた生徒さんが現れたときは、掲示板あるいはホームページにある元の記事を読んだことと同等と
して扱います。
生徒さんが周りに広めていただくのにパンフレットを必要とする場合、素読舎からパンフレットを無料でお送りします。
家族内での紹介では、ポイントの譲渡ができます。
例.
お母さんが二人の娘さんにレッスンを薦めてレッスンが開始された。お母さんが持っている2ポイント分を、「無料過程」への候補になっている上の娘さんに
譲り、「無料過程」に送り出す、など。
「二人一枠」の生徒さんが、2年のチャージが切れた時に、1ポイント分マイナスを選んだ場合、(「二人一枠」を使い始めた時の1ポイントマイナスとあわ
せて)合計2ポイントマイナスになります。その後2年たっても新しい生徒を紹介できない場合は3ポイントマイナスになります。
マイナス3ポイント以上の場合は、基本的に「一人一枠」で使っていただきます。(ただし、ポイントよりも「練習力の釣り合い」を優先する原則により、素
読舎側から「二人一枠」を組んでいただくことをお願いする場合もあります。この場合は、必要な期間が終わったら、「一人一枠」に戻っていただきます。)
「イントネーションの自己決定力」がよく備わった生徒さんは、「自立練習」で週に二枠分以上練習していただくことを条件に「無料過程」に移っていただき、
お金を払わずに、素読舎の教材と練習方法を使い続けていただくことができます。これについてこれまでは条件を設けてありませんが、2011年4月以降、ポ
イントがプラス1以上であることを条件とします。
「二人一枠」で使っているうちのAが無料過程」に移った場合、Bは自動的に「一人一枠」に移行するのかどうかについて。
無料過程は、「二人一枠」でなければ成立しませんので、そのままで、レッスンを継続していただきます。一人は「無料過程」の生徒、もう一人は「有料過程
の生徒」の組合せで、「二人一枠」を継続します。
Aが無料過程に移る際に、Bよりも適する生徒がいる場合は、Bに「一人一枠」で使っていただくこともあります。
「二人一枠」のAがレッスンをやめた場合で、Bに「2年チャージの残」がある場合は、なるべく「二人一枠」を作ります。この場合もポイント数より、「練習
力=イントネーションの自己決定力」を優先し「二人一枠」を作ります。この場合には、「二人一枠」から「二人一枠」へ移るだけ(ペアの相手が変わるだけ)
ですので、ポイントは変化しません。
生徒さん同士が話し合っていただき、規約に従って複数の枠の移動が生じることによるポイントの移動はありません。
被紹介の生徒がやめた時点で、紹介者のポイントが1ポイント減ります。この場合、レッスンの形態が変わる場合と変わらない場合があります。
例。
無料過程を継続するには、ポイント1以上であることが条件になります。無料過程にいる人が紹介して下さった生徒さんがレッスンをやめた場合、ポイントが
ゼロになれば、有料過程に戻っていただくことになります。
「二人一枠」を希望するにも関わらず、「二人一枠・候補枠」で「しばらくの間我慢してもらうしかない」ということが、「二人一枠」を解消する場合に「枠
の合計ポイント数」で考えたいということの根拠です。
「しばらくの間我慢」するのが嫌であれば、「枠の合計ポイント数」が最低にならないように(自分のために)周りに広めるなり、自分の英語の変化を掲示板
に書くなりして、素読舎のレッスンを広めて欲しいということです。
規約の元にある考えは、「素読舎を使い、いいものだと思ったら、積極的に周りに広めて下さる人に「二人一枠」や「無料過程」を使ってほしいという思いで
す。
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【9091】
【タイトル】渡米後の状況など
【 日時 】04/07/31 14:22
【 発言者 】高橋
電話でレッスンを始めてから4ヶ月、渡米してから2ヶ月になった高橋です。こちらに来てからは何かと雑事が重なることもあり、なかなか練習する時間がと
れず、それこそ毎回、レッスンのために根石さんからの電話が鳴るまで回転読みをしております。先週、やっと「ゴースト」の20ページに入ることができ喜ん
でおります。なぜかというと、19ページから20ページにかけての歌の部分のレッスンについて、「いい年をした男が二人、土曜の深夜に愛の歌の歌詞を材料
に英語の練習をするというのは、ある意味不気味ね」などとからかわれていたからです。ひどいことをいう奴です。
さて、渡米後の私の英語の状況ですが、英語力がのびたと感じることはなく、相変わらず非常に不自由しております。特に、アメリカ人同士の会話や会議中の
発言を聞き取るには、大変難渋しています。ただ、2週間ほど前から、分からないなりにともかく日本語を聞くのに似た感覚で、英語での会話や発言がすーと
入ってくるように感じるようになってきました。特に、その発言等の内容に知っていたり、語彙的にあまり難しいものでないと英語を聞いているというよりも、
内容そのものを聞く、それに集中するという感覚が生じております。
また、特に渡米後、感じている電話でレッスンの長所と感じているところを三点書かせていただきます。
まず第一に、意識的に英語を練習する時間をとるための枠組みになるということだと感じております。最初にも書かせて頂いたように、自分にとってもしも電
話でレッスンという枠がなければ、あらためて英語を語学として練習することは今以上に難しいだろう、おそらく日々の忙しさにかまけてやらなくなってしまう
のではないかと思うからです。
第二に、電話でレッスンを通じて、ともかく通じる音が出せるようになっているはずという自信をもって英語を話すことができるということです。もちろん、
いつでも通じる音が出せるほど安定しておりませんが、アメリカ人に通じなければ、根石さんに指摘を受けたときと同様に、意識して音を修正すれば何とか通じ
るという自信を持つことができております。もしも、電話でレッスンを受けてなければ、いかに自分で英語を勉強しても、この点についてはまったく改善できて
いなかったのではないかと思います。
第三に、英語を練習する際に、自分に生じやすい他の教材や練習法への浮気心を押さえ、地道な練習に専念できるように働きかけてくれることです。これは、
毎週のテストに合格するための練習をすると、他に手を出す時間がなく、強制的に地道な練習に集中することができているとも言い換えることができるでしょ
う。語学において地道な練習が必要なことは、知識としては知っていてもなかなか実行できずにおりましたが、根石さんがレッスンの時に言われる「とにかく何
回も読み込んでください。練習の量を確保してください。」という言葉に後押しされ、その言葉を信じてレッスンの復習に専念できております。
以上、甚だまとまりを欠きますが、私の英語の現状とあらためて感じている電話でレッスンの有り難いところ等を書かせて頂きました。
【9094】
【タイトル】高橋さん
【 日時 】04/07/31 19:05
【 発言者 】根石吉久
投稿、ありがとうございます。
励まされます。
アメリカ在住の方で英語で苦労されている方がおられましたら、この掲示板をご紹介いただけた
らと、ぶしつけながら考えました。
なお、小川さんが「電話でレッスン」を広めるためのホームページを作成していてくださいます。
それができたら、もっと広くこのレッスンがわかってもらえるようになるのではないかと期待し
ています。
時間がとれませんので、後ほど再度書かせていただきます。ひとまず御礼まで。
【9330】
【タイトル】「電話でレッスン」について
【 日時 】04/11/02 11:28
【 発言者 】高橋
「電話でレッスン」がいかに安いかについて、以下のとおり自分の考えをまとめてみました。少しでもSumieさんのご参考になれば幸いです。
1 「電話でレッスン」は高い?
「電話でレッスン」を高いと感じる理由は、様々だと思いますが、その一つとして「音読ならば自分一人でもできる」というものがあると考えます。
音読を続けることは、確かに個人ででもできます。そして、音読の教材を準備するには高くても数千円程度ですみます。また、英語上達に励まれた方の体験記
の中でも、独学による音読の積み重ねということがよく書かれています。従って、音読の重要性を強調する「電話でレッスン」の月額費用1万2千円は高いので
はないかと感じる方は多いと思います。
2 「電話でレッスン」は安い:その三つの理由
しかし、私は「電話でレッスン」は以下の理由から安いと考えています。
第1に、個人では解決するのが難しい発音の問題を、「電話でレッスン」はうまく解決することができるからです。英語上達の体験記には、音読の重要性を説
くと共に、正しい発音についても強調します。具体的方法としては、テープやCDなどを利用してお手本となる発音を何度も聞き、また、自分の発音を録音して
直していくという方法がすすめられます。しかし、この方法は、時間と労力を要し、なかなか継続して行うのが難しいものです(私も何度も挑戦しては、挫折し
ていました)。また、時間と労力の問題だけでなく、発音に自信のない人の場合、お手本の発音と自分の発音を聞き比べて、違いがあることが分かっても、何を
どう修正したらよいのかがまず分かりません。また、どの程度の発音ができるようになればひとまずよしとして良いのかも分かりません。このような修正の方法
や修正の程度に関して、個別の指導を受けることができる点が「電話でレッスン」の優れた点であると考えております。
第2に、「電話でレッスン」は、音読の質を維持しつつ音読練習を行っていく環境を安価に用意してくれます。このレッスンには「技法グランド」というテス
トが組み込まれており、質を維持しつつ音読を重ねていかないと先に進むことはできません。逆に行くと、「技法グランド」に合格しつつ先に進んでいくことに
より、質を維持しつつ音読を継続していくことができます。個人の努力による練習の継続が必須なのは当然ですが、それには学習者が行っている努力が正しいも
のであるかどうかチェックし、間違っていれば正しい方向に導いてくれるコーチが必要です。「電話でレッスン」により、学習者はまさに質を維持するために必
要なコーチを得ることができます。
第3に、「電話でレッスン」を利用することにより、どこにいても電話さえ通じる環境にいれば、コーチを受けることができるからです。この点は、非常に画
期的なことではないかと感じています。発音の問題については、多くの本が教師から直接指導を受けることを薦めつつも、実際にはなかなか直接指導を受けるこ
とができないため、便法としてテープ・CDの使用をあげています。「電話でレッスン」は、英語を学ぶ上で大きな障害であった直接指導を受けることの困難性
を克服しやすくしたという点で、画期的だといえるのです。実際「電話でレッスン」がなければ、私が根石さんやSumieさんから指導して頂くことはまず不
可能であったと思います。どこにいても的確な指導を受けることができるという点で、「電話でレッスン」は本当に安いと思います。
以上です。
なお、上記中「音読」としたところは「回転読み」や「素読」とすべき等、用語等で不適切な部分があると思いますが、自分自身まだうまく使い分けができて
おらず、特にこだわらずに書かせて頂きました。
自分の考えをまとめてみて「電話でレッスン」の安さを再認識しました。どうか、根石さんが「確かに安すぎる。値上げしよう!」とお考えになりませんよう
に・・・。
-----------------------------------
(暫定案)
「二人一枠」を使う生徒がマイナス5ポイントに達した場合は、強制的に「一人一枠」で使っていただく。
「無料過程」は「二人一枠」で行いますが、「有料過程」には、「一人一枠」と「二人一枠」の二種類があります。
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以上、思いついた順に書いています。項目の順番を入れ替えた方がいいものは、村田君に整理を依頼しておきます。
まだ穴があると思いますので、「こういう場合はどうなる?」という具体例をなるべく多くの生徒さんから提示して欲しいと願っています。
【17545】
暫定案追加 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月30日(日)02時08分47秒
無料過程の生徒と有料過程の生徒を組んで「二人一枠」を作った場合、「有料過程」の生徒のレッスンは素読舎に責任があります。この場合は、コーチ付きの
レッスンになります。
無料過程の生徒さんの分だけ、素読舎は収入が減ります。
収入の減少分を、根石なら根石の、村田なら村田の、全生徒数で割り、レッスン代金の6000円あるいは12000円にプラスして「該当する全生徒さん」に
お支払いいただきます。
不足分が生じる月の前月の月末に、いくらプラスされるのかを、掲示板で告知します。
100円以下は切り上げさせていただきます。
【17546】
お断り 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月30日(日)02時12分38秒
暫定案の中に、現在のお名前でJulian さんの記事があります。
これは、村田君にホームページの「生徒さんの声」に加えるよう指示するために、混ぜてしまいました。
「生徒さんの声」に掲載されたら、もう一度、村田君に暫定案を整理してもらうことにしてあります。
【17547】
お断り 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月30日(日)02時15分6秒
「快傑ハリマオ」の編集作業に入りたい時期にきています。
10日ほどの間、編集作業を行います。
生徒各位には、その間、村田君が整理した「暫定案」を読んで、質問等を書いていただくようにお願い致します。
編集作業が早めに終わった場合は、早めに「大風呂敷」に戻ります。
【17548】
村田さん、根石さん 投稿者:Piggy 投稿日:2011年 1月30日(日)11時47分1秒
村田さん
>(すいません。まだPiggyさんの分が整理できていません。)
私が書いた質問は、「規約暫定案 1月30日」によって解決されたものもありますし、新しい案を読んで必要に応じて再度質問しますので、前回の分を整理し
ていただくことは、私にとっては必要ありません。
根石さん
以前の案を読んだ時は分かったような分からないような気持ちだった点も、かなり具体的に理解できるようになりました。
このような規約作成の難しい点は、大枠しか示されていないと具体的な場合に規約がどうあてはまるのかがわからない、でも全ての考えられる場合を羅列すると
煩雑になりすぎて読んでもらえない、かえって理解されにくい、ということだと思います。
ですからこれからいくつか分からない点を書きますが、これらのことについて、規約に入れていただく必要はないのかもしれません。また、今回の案を拝見し
て、この案では直接は触れられていない状況が生じた場合は、その都度解決していく、ということでよい段階に入ったのではないか、という感想を持ちました。
1.
> 空き枠が埋まっていて、なおかつ「二人一枠」を作れない場合には、村田コーチに生徒を預けます。
> 根石に空き枠が生じた場合、村田が預かっている生徒が根石の空き枠に移れない場合、根石の空き枠が埋まり村田の枠数が減少した場合などに、「二人一
枠」を必要数解消します。この場合、村田の枠から根石の枠に移れない生徒さんのポイントを1ポイントマイナスします。
たとえば村田さんの枠に6人いた場合、6人の内の誰が根石さんの枠にうつる候補になるかは、何を基準に決まるのでしょうか。
その候補が移れなかった場合、村田さんの他の生徒が次々と候補になっていって、根石さんの空き枠に移るか1ポイントマイナスにするかをきかれるのでしょう
か。
その候補になった人が「根石の空き枠に移れない場合」というのは、その時現在の空き枠(何曜日の何時からという枠)そのものに移れなかったら、即1ポイン
トマイナスでしょうか。玉突きのようにして、すでに根石さんの枠にいる生徒が移った後に入る、という可能性もあると思うのですが、それでも1ポイントマイ
ナスでしょうか。
疑問点は、村田さんの枠に入った人は、いつでもどこにでも移れなくてはならないのか、ということです。
2,
>「二人一枠」のAがレッスンをやめた場合で、Bに「2年チャージの残」がある場合は、なるべく「二人一枠」を作ります。この場合もポイント数より、「練
習力=イントネーションの自己決定力」を優先し「二人一枠」を作ります。この場合には、「二人一枠」から「二人一枠」へ移るだけ(ペアの相手が変わるだ
け)ですので、ポイントは変化しません。
この、「二人一枠」のAがレッスンをやめた場合と、次に引用する「二人一枠」のAが「一人一枠」にうつった場合とで、Bへの対応について違うことが書いて
あります。
>◎「二人一枠」を使ってきて、一人の生徒さんが、「1ポイント分マイナス」ではなく、「一人一枠」を選んだ場合。
>○もう一人の生徒さんが「二人一枠」を希望される場合(中略)は、その旨を素読舎側にお伝え願い、「二人一枠希望者リスト」にお名前を加えます。
>○「二人一枠希望者リスト」にお名前のある生徒さんは、なるべく「二人一枠」で練習できるように調整します。それまでの間は「一人一枠」でレッスンを継
続していただきます。ポイント数より「練習力の釣り合い」が優先されますので、ポイント数の少ない人がポイント数の多い人をまたぎ越して、「二人一枠」に
進むことがあります。その場合は、「二人一枠」形成で1ポイント、「またぎ越し」で1ポイント、合計2ポイントがマイナスされます。
相手がレッスンをやめた場合は、残りの人が「二人一枠」を他の人とつくってもポイントは変化しないのに、相手が「一人一枠」にうつった時には、「二人一
枠」にもどるために場合によっては1ポイント、または2ポイント減になるのは何故でしょうか。
Aが村田さんの枠から根石さんの枠に移って、残ったBが「二人一枠」を作り直す場合は、ポイントが減る方と減らない方と、どちらに相当するのでしょうか。
3.
>空き枠が生じて一ヶ月たっても埋まらず、「二人一枠解消」を希望する枠がない場合、「二人一枠解消候補枠」のうち、枠の合計ポイントの少ない方から「強
制的に解消」されます。
>◎「二人一枠」を使ってきて、「チャージ切れ」により、一人の生徒さんが、「1ポイント分マイナス」を選んだ場合。
>空き枠がなければ、継続して「二人一枠」を使っていただけます。ただし、この枠は、「二人一枠解消候補枠」となり、「空き枠」の発生により強制的に解消
されることがあります。
合計ポイントの少ない枠から解消候補枠に入る、あるいはペアの内の一人が「チャージ切れ」を起こした場合、解消候補枠に入るということですが、二人のマイ
ナスポイントがほとんど同じなら問題ないのですが、一人がマイナスが多く、一人はそうでもない場合(あるいは「チャージ切れ」を起こしてない場合)も、あ
てはまるのでしょうか。
主に相手の人のマイナスポイント(あるいは「チャージ切れ」)のために「二人一枠」を解消された人は、この後どのような選択肢があって、その場合にその人
のポイントはどのように変化するのでしょうか。
一蓮托生の考え方は美しいのですが(お互い様、の考え方として)、拒否感を覚える時があります(学校の運動部など)。また、人にひきずられることよりも、
人をひきずること(ペアの相手に不利益をもたらすこと)の方が苦痛であると考える生徒が多いと思います。(話がそれますが、その意味では、自分が無料過程
に入ることで、他の人の月謝が高くなることを選ぶ生徒がいるだろうか、と疑問に思います。)根石さんが理不尽なことをなさるとは思えないので、その時その
時に根石さんが対処なさればよいことのようにも思えますが、一応疑問点として書いておきます。
以上、今回も細かいことを書き連ねてしまいましたが、何かのお役にたつようなら幸いです。
【17549】
(無題) 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月31日(月)01時51分44秒
Piggy さんにお答えしなければならないのですが、その前に書いておきたいことがあります。
村田君が「スカイプでレッスン」のコーチをやりたいと言い出したのは、私が一人で「電話でレッスン」を立ち上げ、その後「スカイプでレッスン」に徐々に
切り替え、「二人一枠」を「標準」にして、ほとんどの枠が「二人一枠」で埋まってきた頃でした。
村田君に「電話でレッスン」を開始した頃にやってみないかと持ちかけたことがありましたが、「やらない」と即座に返答がありました。私はそのときの、村
田君の顔を覚えていますが、いわゆる「けんもほろろ」という顔でした。このあたりは、村田君と私とで、記憶が違っていますが、私は「けんもほろろ」の顔は
覚えています。
ほとんどの枠が「二人一枠」になったというのは、私が収入を20万円程度に抑えて、「それ以上には増やさない、それよりも減れば急にきつくなる」という
一種の崖っぷちを歩いたことも大きな要因だったと考えています。
そうして、ほぼ満員という状態になったときに、村田君はコーチをやりたいと言ったので、「けんもほろろ」だった人がそんなことを言い出したので、私は驚
いたことも覚えています。
この人は「たなぼた」(棚からぼたもち)を考えているんだろうかと思ったことも覚えています。
その後、何人かの生徒を村田君に預かってもらいました。私の枠に空き枠ができたときに、預かってもらった生徒が確かに戻ってきてくれるなら、私のレッス
ンの「つっかい棒」になってもらえるから、私にもメリットがあると考えたからです。
しかし、「生徒さんの都合で戻れない」と村田君が私に言い、生徒が戻らず、そのまま放置されたことがありました。その時は、生徒の都合ならしょうがない
かとも思ったのでしたが、しばらく空き枠をかかえてやっているうちに、やたらに腹がたってきました。
簡単に言えば、私(村田)はこれまで通りレッスンをするが、あんた(根石)は空き枠をかかえていろ、ということです。村田君はそういう言葉で言ったので
はないのですが、私はそう扱われていると思いました。私は、「生徒さんの都合で移れません」と言われただけで、「どうしたらいいでしょうか」と言われたの
ではないのです。
こいつには、崖っぷちというものがわからないのだと思いました。
村田君は、私が作った教材を「スカイプでレッスン」だけでなく、通塾の塾でも無料で使っています。村田君が大学を出てしばらくしての英語力は、そのまま
では使い物にならないものでしたので、一人の生徒と同じ額を支払ってもらうだけで、10年ほど時間をかけて(英語力をつけるだけでなく)、コーチがやれる
ところまで世話をしました。そういえば、村田君が通塾の塾を始めた時に、村田君の家に近い生徒を四人だったか、五人だったか譲ったこともありました。これ
は「預けた」のではなく「あげた」のです。
その間も、私は収入を抑え、崖っぷちを歩き、ほとんどの枠が「二人一枠」になるところまでこぎつけました。
スカイプでレッスンは、そのようにして作ってきたものですが、私の崖っぷちに「空き枠」があっても平気なつらを続けているのを見て、この人はどういう神
経をしているのかとはっきりと思いました。
私が数年前に依頼し、村田君がはっきりと「やります」と言って、今日までやっていないものに、「大風呂敷」の過去ログの整理というものがあります。私は
何度も何度も、過去ログの整理は必要なことだと村田君に言いました。しかし、村田君はやりませんでした。
語学論が自分で書けるならともかく、それができないなら整理をやれと言ったわけですが、村田君はやりませんでした。その時にも、やっぱりこいつは「たな
ぼた根性」の人間なのかと思ったのを覚えています。
先日、私が怒った時に「あんたはいったい何様なんだか言ってくれ」と聞きました。村田君は無言でした。何も言いませんでした。
村田君が何様なのか、私は今でもわかっていません。
世間には、創業者が仕事を軌道に乗せて以後、「椅子に座ってるだけ」みたいなことをやり、「たなぼた」をやる人はいくらでもいます。私は今でも自分で
レッスンをしており、「たなぼた」をやる気はありません。しかし、自称弟子が「たなぼた」をやる。
ひどい世の中です。
【17550】
村田君 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月31日(月)02時03分23秒
柄谷やらなにやら、「思想」めいたものにかぶれる素質があるらしいあなたを思想の地平に引きずり出したいと思っています。
「あんた、いったい何様なんだ」と私にきかれたら、きちんと答えて下さい。それに対して答えることが、思想ってもんじゃないんですか。
【17551】
Piggy さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月31日(月)03時11分55秒
>このような規約作成の難しい点は、大枠しか示されていないと具体的な場合に規約がどうあてはまるのかがわからない、でも全ての考えられる場合を羅列する
と煩雑になりすぎて読んでもらえない、かえって理解されにくい、ということだと思います。
その通りです。規約なんてものは、なるべく数が少ない方がいいんですが、とうていこれではやっていかれないと思うくらいに疲れてしまいました。
>今回の案を拝見して、この案では直接は触れられていない状況が生じた場合は、その都度解決していく、ということでよい段階に入ったのではないか、という
感想を持ちました。
ご協力ありがとうございます。実際の不具合は、規約を使ってみて、再度考えるというふうにするしかないかもしれません。規約は、暫定のまま使い続け、絶
えず生徒さんの意見をお聞きして、改訂し続けるしかないのだろうと思っています。
1.
>> 空き枠が埋まっていて、なおかつ「二人一枠」を作れない場合には、村田コーチに生徒を預けます。
>> 根石に空き枠が生じた場合、村田が預かっている生徒が根石の空き枠に移れない場合、根石の空き枠が埋まり村田の枠数が減少した場合などに、「二人一
枠」を必要数解消します。この場合、村田の枠から根石の枠に移れない生徒さんのポイントを1ポイントマイナスします。
>たとえば村田さんの枠に6人いた場合、6人の内の誰が根石さんの枠にうつる候補になるかは、何を基準に決まるのでしょうか。
これまでは、一人単位でなく枠単位で戻ってもらっています。一人ずつではなく、一枠ずつの「移動」です。
基準は、これまではどの枠でも構わないからとにかく戻してもらうということでやってきました。「曜日」や「時間帯」が、根石の空き枠で都合がつけば戻っ
てもらっています。「基準」というものは、その程度のものです。
「生徒の都合で戻れません」とだけ私は言われました。
「どうしたらいいでしょうか」とは言われませんでした。
じゃあ、村田君の枠は、生徒にとって「不利」なものにしてもいいのかと思いました。それが「村田の枠から根石の枠に移れない生徒さんのポイントを1ポイ
ントマイナスします。」の元にあります。村田君は生徒のせいにし、崖っぷちを歩くレッスンに空き枠ができたのなら、なんとしてでも生徒を戻さなければ、と
は考えなかったのです。
さいわいなことに、これは実施以前の「案」ですので、村田君の根性が改まる可能性があるのであれば、私は引っ込めてもいいと考えています。
その後、考えたいのは、全生徒さんの「均等割り負担」です。
昨日考えたものを、再掲します。
>無料過程の生徒と有料過程の生徒を組んで「二人一枠」を作った場合、「有料過程」の生徒のレッスンは素読舎に責任があります。この場合は、コーチ付きの
レッスンになります。
無料過程の生徒さんの分だけ、素読舎は収入が減ります。
収入の減少分を、根石なら根石の、村田なら村田の、全生徒数で割り、レッスン代金の6000円あるいは12000円にプラスして「該当する全生徒さん」に
お支払いいただきます。
不足分が生じる月の前月の月末に、いくらプラスされるのかを、掲示板で告知します。
100円以下は切り上げさせていただきます。
これは、無料過程の生徒と有料過程の生徒を組んだ場合の素読舎の収入減を均等割りで全生徒さんに負担していただくという案です。
この案を、これから考えていきたいと思います。
無料過程の生徒と有料過程の生徒を組んだ場合だけでなく、村田君から根石に生徒が戻らず、根石が空き枠をかかえている場合にも同じように適用できるので
はないかと考えています。
>その候補が移れなかった場合、村田さんの他の生徒が次々と候補になっていって、根石さんの空き枠に移るか1ポイントマイナスにするかをきかれるのでしょ
うか。
頭が混乱しています。
「空き枠に移るか1ポイントマイナスにするか」を生徒さんが聞かれるのは、これまでのところでは、「二人一枠」を解消する場合の問題だったように覚えて
います。
これは、村田君の根性が改まる可能性があるならば、「生徒のポイントをマイナスする」ということ自体を引っ込めることで解決すると思いますが、まだ穴が
あいているでしょうか。
>玉突きのようにして、すでに根石さんの枠にいる生徒が移った後に入る、という可能性もあると思うのですが、それでも1ポイントマイナスでしょうか。
これはどういうことをおっしゃっているのかわかりませんでした。
>疑問点は、村田さんの枠に入った人は、いつでもどこにでも移れなくてはならないのか、ということです。
そういうむちゃくちゃな気持ちに実際なりました。
私はときどき、「素読舎」なんてものはなくなってしまえばいいんだと思うことがあります。石橋を叩いて渡っておっこちる人を見たりすると、そういう気持
ちになります。崖っぷちがわからない人が、私にはよく理解できません。
いまだに理解できないことが続いていますが、「村田さんの枠に入った人は、いつでもどこにでも移れなくてはならないのか」は引っ込めようと思います。塾
長として、おぼっちゃまの世話をしていると、本当に気持ちがめちゃくちゃになります。
>>「二人一枠」のAがレッスンをやめた場合で、Bに「2年チャージの残」がある場合は、なるべく「二人一枠」を作ります。この場合もポイント数より、
「練習力=イントネーションの自己決定力」を優先し「二人一枠」を作ります。この場合には、「二人一枠」から「二人一枠」へ移るだけ(ペアの相手が変わる
だけ)ですので、ポイントは変化しません。
>この、「二人一枠」のAがレッスンをやめた場合と、次に引用する「二人一枠」のAが「一人一枠」にうつった場合とで、Bへの対応について違うことが書い
てあります。
>>◎「二人一枠」を使ってきて、一人の生徒さんが、「1ポイント分マイナス」ではなく、「一人一枠」を選んだ場合。
>>○もう一人の生徒さんが「二人一枠」を希望される場合(中略)は、その旨を素読舎側にお伝え願い、「二人一枠希望者リスト」にお名前を加えます。
>>○「二人一枠希望者リスト」にお名前のある生徒さんは、なるべく「二人一枠」で練習できるように調整します。それまでの間は「一人一枠」でレッスンを
継続していただきます。ポイント数より「練習力の釣り合い」が優先されますので、ポイント数の少ない人がポイント数の多い人をまたぎ越して、「二人一枠」
に進むことがあります。その場合は、「二人一枠」形成で1ポイント、「またぎ越し」で1ポイント、合計2ポイントがマイナスされます。
>相手がレッスンをやめた場合は、残りの人が「二人一枠」を他の人とつくってもポイントは変化しないのに、相手が「一人一枠」にうつった時には、「二人一
枠」にもどるために場合によっては1ポイント、または2ポイント減になるのは何故でしょうか。
ペアの相手がレッスンをやめる場合は、ほとんどいつも「突然」起こります。コーチも困りますが、残った生徒も困ります。しかし、やめた生徒にどうこう言
うこともできません。この場合に残った生徒は、言葉は適当でないかもしれませんが、「被害者」です。
「被害者」がポイントをマイナスされることはないだろうと思います。
>相手が「一人一枠」にうつった時には、「二人一枠」にもどるために場合によっては1ポイント、または2ポイント減になるのは何故でしょうか。
この場合は、「チャージ切れ」の時点はあらかじめわかっています。「チャージ期間」があとどれくらいで切れるかがはっきりしていれば、切れそうな人も余
裕のある人も対処できます。「二人一枠」を希望しているにもかかわらず、ペアの相手のチャージ切れに対処せず、「一人一枠」に移ったのですから、対処しな
かったことはその生徒の責任であると考えたいです。いきなりペアの相手がやめちゃったというんではなく、「チャージ切れ」の時期はあらかじめわかっていて
「時間の余裕」があるケースですから、扱いは違っていいと思います。
そもそも「たなぼた根性」さえ跋扈しなければ、「2年のチャージ」なんか考える必要はなかったのですが、考える必要が生じてしまいました。残念です。
基本にあるのは、「二人一枠」で使いたい人は、「二人一枠」を組みやすいように、生徒さんを紹介してくれということです。そのことで、自分が「二人一
枠」で練習を続ける権利を確保してくれということです。
こういうことは本当に考えないで生きていきたいのですが、「たなぼた根性」がいる限り、どうしようもありません。
>Aが村田さんの枠から根石さんの枠に移って、残ったBが「二人一枠」を作り直す場合は、ポイントが減る方と減らない方と、どちらに相当するのでしょう
か。
これまで、一人単位でなく枠単位で村田から根石に移っていることはすでに申し上げた通りです。今後は、一人単位を考えることもありうるかと思いますが、
脳味噌がごった煮状態で今は考える余裕が在りません。
3.
>>空き枠が生じて一ヶ月たっても埋まらず、「二人一枠解消」を希望する枠がない場合、「二人一枠解消候補枠」のうち、枠の合計ポイントの少ない方から
「強制的に解消」されます。
>>◎「二人一枠」を使ってきて、「チャージ切れ」により、一人の生徒さんが、「1ポイント分マイナス」を選んだ場合。
>>空き枠がなければ、継続して「二人一枠」を使っていただけます。ただし、この枠は、「二人一枠解消候補枠」となり、「空き枠」の発生により強制的に解
消されることがあります。
>合計ポイントの少ない枠から解消候補枠に入る、あるいはペアの内の一人が「チャージ切れ」を起こした場合、解消候補枠に入るということですが、二人のマ
イナスポイントがほとんど同じなら問題ないのですが、一人がマイナスが多く、一人はそうでもない場合(あるいは「チャージ切れ」を起こしてない場合)も、
あてはまるのでしょうか。
ほとんどのペアは普段から、「自立練習」で二人で練習しています。ただ単に練習するだけでなく、ペアの片方が「チャージ切れ」を起こした場合のことは、
生徒さん同士でいつでも考えて、話し合ってもらえることです。
「二人一枠」のメリットを使いつづけるつもりであるなら、同じ枠の生徒さん同士でよく話し合ってもらいたいと思っています。
ペアの関係、つまり、吉本隆明の「対」の関係は、「共同」の関係とはまったく別物だと考えています。
学校の部活などで、多数が一人を責めるようなことをやる場合とはまったく違うことだと思います。
私が考えているのは、「一蓮托生」というものではないと思っています。
今、決めたことがあります。かつて、「三人一枠」を作ろうと思ったことがありますが、これは金輪際やりたくないのでやりません。
>主に相手の人のマイナスポイント(あるいは「チャージ切れ」)のために「二人一枠」を解消された人は、この後どのような選択肢があって、その場合にその
人のポイントはどのように変化するのでしょうか。
・「一人一枠」を選ぶ
・「二人一枠」を選ぶ。その場合は、素読舎に協力する。
相変わらず沸騰した頭で考えておりますので、ポイントがどうなるのか、また後で考えたいと思います。
>また、人にひきずられることよりも、人をひきずること(ペアの相手に不利益をもたらすこと)の方が苦痛であると考える生徒が多いと思います。
世の中にはそうでない人がたくさんいます。「蛙のつらにしょんべん」という言葉があるのは、そのためだと思います。
>根石さんが理不尽なことをなさるとは思えないので、その時その時に根石さんが対処なさればよいことのようにも思えますが、一応疑問点として書いておきま
す。
私は、「たなぼた根性」を見ると、理不尽なことをしたくなります。
今回、それをやらずに済んだのは、Piggy
さんとももこさんのおかげです。感謝しています。今回起こったことは、いまのところ「たなぼた根性」が娑婆にさらされただけのことです。
規約を作っても、ケースバイケースで対処するしかない場合は、いくらでも出てくると思います。アドバイスありがとうございます。このアドバイスに従って
やっていきたいと思います。
「理系の研究者」の人に、「番頭」をやっていただきました。
重ねてお礼申し上げます。
【17552】
快傑ハリマオ 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 1月31日(月)03時27分36秒
雛形に記事のデータを流し込んだものを見たら、「ハリマオ」は、今回は私が書かなくても済みそうです。
規約を考えるのと「快傑ハリマオ」の編集は同時進行でできそうです。
【17553】
根石さん、村田さん、piggyさん、皆さん 投稿者:ももこ 投稿日:2011年 1月31日(月)09時35分54秒
単純に規約づくりだけでなく、背景にいろいろありそうですが・・・。
妊婦の頭では消化しきれないので、しばらくROMってます。何かかけそうでしたらその都度書き込みします^^;
もしよろしければ、この規約関連に関して今、村田さん個人がどのようなお考えをお持ちなのか、どのように感じているのか伺いたいです。
【17554】
根石さん 投稿者:Piggy 投稿日:2011年 1月31日(月)20時31分35秒
根石さん
お返事ありがとうございました。根石さんからお尋ねがあったところと、私の書き方が足りなかったところについてのみ、手短かにお返事を書きたいと思いま
す。
Piggy>その候補が移れなかった場合、村田さんの他の生徒が次々と候補になっていって、根石さんの空き枠に移るか1ポイントマイナスにするかをきかれ
るのでしょうか。
根石さん>頭が混乱しています。
根石さん>「空き枠に移るか1ポイントマイナスにするか」を生徒さんが聞かれるのは、これまでのところでは、「二人一枠」を解消する場合の問題だったよう
に覚えています。
根石さん>これは、村田君の根性が改まる可能性があるならば、「生徒のポイントをマイナスする」ということ自体を引っ込めることで解決すると思いますが、
まだ穴があいているでしょうか。
これは、案の中で、
根石さん>根石に空き枠が生じた場合、村田が預かっている生徒が根石の空き枠に移れない場合、根石の空き枠が埋まり村田の枠数が減少した場合などに、「二
人一枠」を必要数解消します。この場合、村田の枠から根石の枠に移れない生徒さんのポイントを1ポイントマイナスします。
とあったので書きました。この文章を読んで、村田さんの生徒は「空き枠に移るか1ポイントマイナスにするか」ときかれることと同じだと理解しましたが、間
違っているでしょうか。「生徒のポイントをマイナスする」がなくなれば、この質問にはお答え頂く必要がなくなります。
Piggy>玉突きのようにして、すでに根石さんの枠にいる生徒が移った後に入る、という可能性もあると思うのですが、それでも1ポイントマイナスでしょ
うか。
根石さん>これはどういうことをおっしゃっているのかわかりませんでした。
これも、「生徒のポイントをマイナスする」がなくなれば、疑問点はなくなりますが、以下のような意味で申し上げました。根石さんの枠の金曜日の8時40分
が空き枠になったとして、村田さんの生徒がこの枠に移るように言われたけれども移れない、でも金曜日の9時半なら移れる、と言った時に、根石さんの金曜日
の9時半の生徒が8時40分に移れるので移り、村田さんの生徒が金曜日の9時半に入った時、これを「玉突きのようにして、すでに根石さんの枠にいる生徒が
移った後に入る」と表現しました。これは最初に言われた枠に移ったのではないので、ポイントをマイナスされるのか、それとも結果として根石さんの枠に移っ
たので、マイナスされないのか、という疑問でした。
根石さん>学校の部活などで、多数が一人を責めるようなことをやる場合とはまったく違うことだと思います。
私が「一蓮托生の考え方は美しいのですが(お互い様、の考え方として)、拒否感を覚える時があります(学校の運動部など)。」と書いた時に思っていたの
は、根石さんが書かれた「多数が一人を責めるようなこと」ではありません。たとえば練習でミスをした生徒がいて、全員が居残ってグラウンドを走らされる時
に、(1) ミスをした生徒が全員に対して申し訳なく思う気持ち、(2)
ミスをした生徒は申し訳なく思っているだろうなあ、と思って、全員が(全員でなくても何人かが)いたたまれなくなる気持ち、です。学校の部活を今回のこと
にそのまま当てはめようとは思いませんが、私が感じていたのは、(1)
仕事、家庭、健康状態によって続けられない生徒、チャージ切れを起こした生徒Aがペアの相手Bにかなりの影響をおよぼすことを思って申し訳なく思うこと、
(2) 生徒Aは申し訳なく思っているだろうなあ、とBが思って暗い気持ちになること、はできれば少なくあって欲しいということでした。
でも、そのような事態を避けるためにこのままに放置して、空き枠が生じても何の対策もとることができず、(1)
根石さんと村田さんが暗い気持ちになり、(2) やめる生徒も現在の生徒も、それを感じて申し訳なく思う、というのも避けたいものです。
そこで、今日考えた案があります。それを次に書きます。
【17555】
根石さん、皆様 投稿者:Piggy 投稿日:2011年 1月31日(月)20時43分28秒
案は一言でいえば、以前ももこさんが書かれて、根石さんがお断りになったものと大枠は一緒で、二人一枠の生徒は月謝以外に月1000円を払い、これを二人
一枠を継続して使えるようにするための基金として貯めておく、というものです。(これは「月謝」ではなく、あくまで「基金」です。)
根石さんに即座に却下されそうですが、がんばって書きますので、もう少し読んでください。他の生徒さんのご意見も、簡単でよいのでうかがえたらうれしいで
す。
私は一人一枠から二人一枠に変わった経験があります。はじめから二人一枠のかたは実感されていないでしょうが、二人一枠に変わったことで、私にとっては今
まで不利なことはほとんど(あるいはまったく)ありませんでした。
1. レッスン自体の効果はほとんどかわりませんでした。
2. レッスン以外に、自立練習の機会と相手ができました。
3. Skypeを通じての会話ですが、連帯感を持てる仲間ができました。
4. 年にして7万2千円、払う月謝が減りました。
今度は根石さんの側からみてみます。単純にするために(実際とは違うのは承知の上で)、根石さんの枠は16枠でこれ以上増やすつもりはないが減らせない、
村田さんの枠は現在4枠、全部が二人一枠で有料過程にあるとします。根石さんの生徒は32人、村田さんの生徒は8人、素読舎の「Skypeでレッスン」の
生徒はあわせて40人いるとします。(以下、いちいち「...とします」と書かずに断定の文章で書きます)。
全部が一人一枠だった時は、16人生徒がいれば根石さんの枠は埋まっていました。それ以上の人が希望すれば、待ってもらっていました。今は根石さんの生徒
は32人いないと枠がうまりません。そのかわり、村田さんがいらっしゃるので、32人以上の生徒を受け入れることができるようになりました。
今、都合により4人がレッスンをやめて、根石さんの枠が2つ空きました。村田さんの枠からは都合がつかなくて誰も移れません。素読舎の「Skypeでレッ
スン」は36人いるのに(2人 X
根石さんの分の16枠=32人よりも多いのに)、そして全部が一人一枠だった時は、16人生徒がいれば根石さんの枠は埋まっていたのに、「二人一枠」にし
たばかりに、根石さんは全部の枠を埋めることができません。
根石さんにとって、「二人一枠」にしたことの利点は、素読舎の方法を実践する多くの生徒を持つことができる点、不利な点は生徒の人数は一人一枠の頃よりは
るかに多いのに、空き枠を埋めることが著しく難しくなった点だと思います。
ここで、これを回避するために、ポイント制を導入しようという案が出ました。この案がとおった時に生徒にとって不利な点をあげます。(これは厳密には私に
とって、ということで、他の生徒さんのお考えもうかがいたいです。)最初の二つは先ほどの投稿で書いたこととまったく同じです。
1.
仕事、家庭、健康状態によって続けられない場合、あるいはチャージ切れを起こした場合に、ペアの相手にかなりの影響をおよぼすことを思って申し訳なく思う
こと。
2. ペアの相手に上述のような事情が生じた場合、その相手は申し訳なく思っているだろうなあ、と思って暗い気持ちになること。
そして3つめは、
3.
上記の二つを考えると、私自身ははじめから「一人一枠」にしようかと迷っていて、その場合には月謝が今までの「二人一枠」よりも年にして7万2千円高くな
り、自立練習のパートナーを失い、Skypeを通じたレッスン仲間を失うこと。
以上のようなこと(「二人一枠」にすることで生じる生徒の利益、根石さんの不利益、ポイント制にすることによる、私が考えている範囲での生徒への不利益)
を考え合わせて、次のような提案をします。
1. 二人一枠使用者は、月謝の他に「二人一枠維持基金」として月千円を払う。
2.
根石さんに空き枠が生じて、生徒が動けば埋めることができるのに実際には動けない場合、基金からその枠分の月謝を出すことにより、「二人一枠」を解消しな
いですむようにする。
3.
二人一枠使用者の一人Aが、ペアの相手Bの都合により一人一枠に移行して、Aがあらたな二人一枠を作れない期間が半年を越えた場合、Aが払う月謝1万二千
円の内の2千円を「二人一枠維持基金」からかわりに払う。(「二人一枠維持」のためには、このような事態にも対処できる必要があるので、「二人一枠維持基
金」を使うことに問題はないと思います。)
4.
新しく入った生徒Cが二人一枠を希望する場合、二人一枠を作れない期間が一年を越えた場合、Cが払う月謝1万二千円の内の2千円を「二人一枠維持基金」か
らかわりに払う。(入った当初を逃すと二人一枠を作りにくいことから、3では半年だったものを1年にのばしました。)
5.
「二人一枠維持基金」が月千円では足りなくなったと判断した場合は、二人一枠を維持し続けるか、基金を作り続けるか、金額をどうするか、のすべてについて
見直す。
この案の利点は、
1. 生徒は「一人一枠」の時よりも払うお金が年にして6万円安くなる。
2. 生徒Aが続けられない事情が生じてやめる場合も、ペアの相手Bに(迷惑はかけるけれども現行案ほど)多大な迷惑をかけなくてすむ。
3. AまたはBが、2年間たっても生徒を素読舎に紹介できない場合、あるいは紹介した生徒がやめてしまった場合も、AもBも「二人一枠」を続けられる。
4.
自分のペアの相手Bがやめたために「一人一枠」に移行し、半年たっても新たなペアを組めない場合も、「二人一枠」使用時よりも月3千円多く払えば「一人一
枠」のレッスンをうけられて、現行案(ポイント制)の月6千円多く払うのにくらべて、負担が少ない。
不利な点は、
1. 「二人一枠」使用者は、現行案(ポイント制)のもとでの「二人一枠」使用にくらべて年の出費が1万2千円高くなる。
このような不利な点があっても、今の状況、そしてこの案の利点を考えれば、私はこの案は解決策になるのではないかと思います。
ながながと書きました。はりきってこんなに書けるほど時間の余裕があるわけではないのですが、文章を書き始めると長くなる悪い癖があるので、こうなってし
まいました。次に書くとしても、週末以降になると思います。
皆様お忙しいでしょうから長く書いていただく必要はありませんが、簡単にご意見をうかがえないでしょうか。この案は、最初に提案されたももこさん、そして
私のみが、解決策として有望だと思っているのでしょうか、それとも他の方も賛成してくださるでしょうか。
追記:この案を考えついた直接のきっかけは、根石さんの「その後、考えたいのは、全生徒さんの『均等割り負担』です。」という文章でした。それなら空き枠
ができた時に限らず、常時お金を集めて積み立てた方がよいのではないかと考え、そしてももこさんの提案を思い出しました。
【17556】
規約暫定案 1月30日 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 1月31日(月)20時51分19秒
素読舎のレッスンの代金は、枠単位です。「一人一枠」で使っていただく場合と「二人一枠」で使っていただく場合があります。「一人一枠」で使っていただ
く場合は、一人12000円。「二人一枠」で使っていただく場合は、一人6000円となります。
一枠12000円の根拠は、素読舎の活動が維持できるかどうかにあります。素読舎の活動は主に三つあります。生徒さんにレッスンをすること、教材を作り続
けること、語学論を展開し続けること。この三つです。
素読舎の「スカイプでレッスン」の前身は「電話でレッスン」でした。その頃は、すべての枠が「一人一枠」で、完全なマンツーマン方式でした。
もっともシンプルで基本的なレッスンの形は「一人一枠」です。
「二人一枠」を作り維持するには、素読舎の側に煩雑な手間が生じます。そのほとんどが生徒さんの中に英語力を作る仕事からすれば、「雑用」です。
「二人一枠」には生徒さんの金銭の負担が少ないという大きなメリットがあります。「自立練習」を作りやすいというメリットもあります。練習力が釣り合う
二人の生徒さんに声をかけて、「二人一枠」を作ることは今後も継続します。
「二人一枠」の場合、一人あたりのレッスン効果は、「一人一枠」との比較で、5分の4程度から3分の2程度に減ることが考えられます。効果の減少する分
は、「自立練習」の質で補うことが十分に可能ですので、生徒さんの努力によって「一人一枠」と遜色ないものにすることができます。
レッスン効果を減らさない工夫をこらして、「二人一枠」で使っていただけば、レッスン代金は半分に減らすことができます。これが、「二人一枠」で使って
いただく場合の最大の利点です。
生徒数が少ないと、「二人一枠」が非常に作りにくくなります。「一人一枠」を基本とし、「練習力の釣り合う人」が二人いる場合に限り、「二人一枠」を作
る作業に入ります。
根石の枠が埋まっており、なおかつ、「二人一枠」を作ることによって空き枠が生じない場合に限り、「二人一枠」を作る作業に入ります。空き枠が埋まって
いて、なおかつ「二人一枠」を作れない場合には、村田コーチに生徒を預けます。
素読舎のレッスンを使っていいものだとわかった場合、「二人一枠」の生徒さんには、積極的に周りに広めていただくことを希望します。
「二人一枠」で使っている生徒さんたちには、二年に一人くらい、新しい生徒さんを紹介していただくことを希望します。(これを「2年のチャージ」と呼び
ます)
継続的に「一人一枠」で使いつづけることを選ぶ生徒さんには、「2年のチャージ」はありません。臨時に「一人一枠」で使い、「二人一枠」を希望する方の
場合は、「ポイント」制、「2年のチャージ」を適用します。このどちらを選ぶかは、あらかじめ、生徒さんから知らせていただくこととします。
継続して「一人一枠」でレッスン受講を希望される生徒さんが、「自立練習」も希望される場合は、掲示板上で、ご自分でペアの相手を募集していただきま
す。
ちょうどいい人が簡単にみつかる場合は、素読舎が世話をすることもあります。
2011年4月からポイント制を導入します。
新しい規約は、2011年4月以後のポイント等に適用されます。それ以前のポイントには影響しません。
「二人一枠」の形成時、ポイント数より、「練習力の釣り合い」が優先されます。
2011年4月以降、「二人一枠」を作った時点で、二人の生徒さんのポイントがそれぞれ1ポイント分マイナスされます。
新しい生徒さんを紹介してくださった場合、紹介した生徒さんのポイントに2ポイント分プラスされます。
(これまでの案では、1ポイントプラス。暫定案として2ポイントプラスを考えている。)
根石に空き枠が生じた場合、村田が預かっている生徒が根石の空き枠に移れない場合、根石の空き枠が埋まり村田の枠数が減少した場合などに、「二人一枠」
を必要数解消します。この場合、村田の枠から根石の枠に移れない生徒さんのポイントを1ポイントマイナスします。
「二人一枠」を二年使い続け、その間に新しい生徒さんを紹介していただけなかった場合は、次の二つのうちのどちらかを選んでいただきます。
1.チャージ切れの方のポイントを1ポイント分マイナスし「二人一枠」を継続して使っていただく。
2.「一人一枠」で使っていただく。
(チャージ期間の残があり、「二人一枠」を希望するにもかかわらず、それまでの「二人一枠」を解消されてしまう生徒さんは、「候補リスト」の人たちと掲示
板上で話し合っていただき、曜日・時間帯の都合がつけば、「二人一枠」を形成します。この場合、チャージの「残」をポイントに換算し、ポイントの高い人か
ら候補になります。)
※チャージの「残」。2年のチャージがなされ、例えば、6ヶ月経過した時点で新しい生徒さんを紹介して下さった場合、2年のうち1年6ヶ月の「残」があり
ます。被紹介者の新しい生徒さんが練習を始めた月から、紹介者の2年のチャージはリセットされ、「残」の分がプラスされます。チャージ期間は合計で3年
6ヶ月となります。チャージの「残」はポイントに換算することがあります。
1ポイントのマイナスを選び、「二人一枠」の解消をしなかった枠は、「二人一枠解消候補枠」にリストされます。
素読舎は空き枠が生じた時点で、「素読舎連絡用掲示板」にそれを告知します。
空き枠が生じて一ヶ月たっても埋まらず、「二人一枠解消」を希望する枠がない場合、「二人一枠解消候補枠」のうち、枠の合計ポイントの少ない方から「強
制的に解消」されます。
ポイント合計がもっとも少ない枠が複数ある場合は、もっとも古く形成された枠から解消します。
ポイント数、枠の新旧で解決できない場合は、「イントネーションの自己決定力」の弱い枠の方が保護されます。(「イントネーションの自己決定力」が強い
枠を解消します。)
「一人一枠」で練習している生徒さんのうち、「二人一枠」を希望される生徒さんは、あらかじめその意思を明らかにしておいていただきます。「二人一枠希
望者リスト」にお名前を記し、根石の手元に空き枠を作らないことを条件に、なる早めに「二人一枠」を作ります。
◎「二人一枠」を使ってきて、一人の生徒さんが、「1ポイント分マイナス」ではなく、「一人一枠」を選んだ場合。
○もう一人の生徒さんも、「一人一枠」を選べば、「一人一枠」を二つ作ります。
(「二人一枠」の相手に影響が出ない場合は、いつでも「一人一枠」を選ぶことができます。)
○もう一人の生徒さんが「二人一枠」を希望される場合、練習力の釣り合う人を素読舎にお問い合わせいただきます。素読舎は候補を提示します。以後、曜日・
時間帯の都合を生徒さん同士で合議していただき、合意が形成され、それが素読舎側の都合と合えば、新しい「二人一枠」を形成します。それによって、「一人
一枠」でやらざるを得ない場合は、ポイントの最も小さい人に、臨時で「一人一枠」を使っていただきます。ポイントが同数の場合は、「チャージ期間残」の
もっとも少ない人に、臨時で「一人一枠」を使っていただきます。臨時に「一人一枠」を使う場合で、「二人一枠」を希望される場合は、その旨を素読舎側にお
伝え願い、「二人一枠希望者リスト」にお名前を加えます。
○「二人一枠希望者リスト」にお名前のある生徒さんは、なるべく「二人一枠」で練習できるように調整します。それまでの間は「一人一枠」でレッスンを継続
していただきます。ポイント数より「練習力の釣り合い」が優先されますので、ポイント数の少ない人がポイント数の多い人をまたぎ越して、「二人一枠」に進
むことがあります。その場合は、「二人一枠」形成で1ポイント、「またぎ越し」で1ポイント、合計2ポイントがマイナスされます。
○新しく申し込まれた生徒さんに限り、練習力が釣り合う相手がすぐにみつかった場合は、「二人一枠希望者リスト」にリストする必要がありません。従って、
ポイント数の多い人を「またぎ越す」ことがありませんので、マイナスポイントが生じません。
他の枠の移動をともなわず、abcd教材ではレッスン開始後1ヶ月以内、「ゴースト文法解析」では、レッスン開始後2ヶ月以内に、別の新しい生徒さんと
「二人一枠」を組むことができた場合は、「二人一枠」を組むこと自体でのマイナスポイントも生じないこととします。これは、素読舎の側に「雑用」が生じな
いためです。
ひとまず「一人一枠」で開始された生徒さんにとって、「二人一枠」を作るに際しての「特典」は、abcd教材で「開始後一ヶ月」、ゴースト文法解析教材
で「開始後二ヶ月」だけです。以後は、「練習力の不釣り合い」が生じやすく、「二人一枠」の形成が難しくなります。しばらく「一人一枠」で使ってから、希
望があれば、「二人一枠希望者リスト」にお名前を列ねます。
生徒数が少ないと、調整は非常に難しくなります。ポイント数が多くても、練習力が釣り合う相手がいない場合は、「二人一枠」は作ることができません。こ
のことをあらかじめご承知おき願います。
◎「二人一枠」を使ってきて、「チャージ切れ」により、一人の生徒さんが、「1ポイント分マイナス」を選んだ場合。
空き枠がなければ、継続して「二人一枠」を使っていただけます。ただし、この枠は、「二人一枠解消候補枠」となり、「空き枠」の発生により強制的に解消
されることがあります。
「イントネーションの自己決定力」がよく備わった生徒さんは、「自立練習」で週に二枠分以上練習していただくことを条件に「無料過程」に移っていただ
き、お金を払わずに、素読舎の教材と練習方法を使い続けていただくことができます。2011年4月以降、ポイントがプラス1以上であることを条件としま
す。
※「イントネーションの自己決定力」が備わったかどうかは、ゴーストの音読で、12ページをコンスタントに10分以内に片づけることを一応の目安にしま
す。
※
・有料過程 コーチが生徒に対してレッスンを行う。
・無料過程 生徒同士の自立練習のみ。「二人一枠」で行う。
「無料過程」は「二人一枠」で行いますが、「有料過程」には、「一人一枠」と「二人一枠」の二種類があります。
無料過程に移った生徒さんも、二年間に一人は生徒さんを紹介していただくことで、ポイントプラス1以上を維持していただきます。ポイントがゼロあるいは
マイナスになる場合は、有料過程に戻っていただきます。
2011年1月現在、根石吉久のレッスン枠は、枠数を増やす過程にはありません。枠数を維持する過程にあります。
同年同月現在、村田晴彦のレッスン枠は、枠数を増やす過程にあります。
生徒のポイント数は、被紹介の生徒がレッスンを継続している限りにおいて有効とします。
素読舎のホームページ、あるいは掲示板の記事を読んでレッスンを始めてくれた人がいた場合、ホームページあるいは掲示板のどの記事を読んでレッスン受講
を決心して下さったのかを確認します。生徒さんが書いた記事によって、新しい生徒さんがレッスンを始めてくれた場合は、記事を書いた生徒さんが新しい生徒
さんを紹介して下さったものとして扱い、1ポイント分プラスします。生徒さんが書いたホームページの記事、掲示板の記事を素読舎のパンフレット等に使わせ
ていただいた場合、パンフレットを読んで受講の決心をしてくれた生徒さんが現れたときは、掲示板あるいはホームページにある元の記事を読んだことと同等と
して扱います。
生徒さんが周りに広めていただくのにパンフレットを必要とする場合、素読舎からパンフレットを無料でお送りします。
家族内での紹介では、ポイントの譲渡ができます。
例.
お母さんが二人の娘さんにレッスンを薦めてレッスンが開始された。お母さんが持っている2ポイント分を、「無料過程」への候補になっている上の娘さんに
譲り、「無料過程」に送り出す、など。
「二人一枠」の生徒さんが、2年のチャージが切れた時に、1ポイント分マイナスを選んだ場合、(「二人一枠」を使い始めた時の1ポイントマイナスとあわ
せて)合計2ポイントマイナスになります。その後2年たっても新しい生徒を紹介できない場合は3ポイントマイナスになります。
マイナス3ポイント以上の場合は、基本的に「一人一枠」で使っていただきます。(ただし、ポイントよりも「練習力の釣り合い」を優先する原則により、素
読舎側から「二人一枠」を組んでいただくことをお願いする場合もあります。この場合は、必要な期間が終わったら、「一人一枠」に戻っていただきます。)
(暫定案)
「二人一枠」を使う生徒がマイナス5ポイントに達した場合は、強制的に「一人一枠」で使っていただく。
「イントネーションの自己決定力」がよく備わった生徒さんは、「自立練習」で週に二枠分以上練習していただくことを条件に「無料過程」に移っていただき、
お金を払わずに、素読舎の教材と練習方法を使い続けていただくことができます。これについてこれまでは条件を設けてありませんが、2011年4月以降、ポ
イントがプラス1以上であることを条件とします。
「二人一枠」で使っているうちのAが無料過程」に移った場合、Bは自動的に「一人一枠」に移行するのかどうかについて。
無料過程は、「二人一枠」でなければ成立しませんので、そのままで、レッスンを継続していただきます。一人は「無料過程」の生徒、もう一人は「有料過程
の生徒」の組合せで、「二人一枠」を継続します。
Aが無料過程に移る際に、Bよりも適する生徒がいる場合は、Bに「一人一枠」で使っていただくこともあります。
無料過程の生徒と有料過程の生徒を組んで「二人一枠」を作った場合、「有料過程」の生徒のレッスンは素読舎に責任があります。この場合は、コーチ付きの
レッスンになります。
無料過程の生徒さんの分だけ、素読舎は収入が減ります。
収入の減少分を、根石なら根石の、村田なら村田の、全生徒数で割り、レッスン代金の6000円あるいは12000円にプラスして「該当する全生徒さん」に
お支払いいただきます。
不足分が生じる月の前月の月末に、いくらプラスされるのかを、掲示板で告知します。
100円以下は切り上げさせていただきます。
「二人一枠」のAがレッスンをやめた場合で、Bに「2年チャージの残」がある場合は、なるべく「二人一枠」を作ります。この場合もポイント数より、「練習
力=イントネーションの自己決定力」を優先し「二人一枠」を作ります。この場合には、「二人一枠」から「二人一枠」へ移るだけ(ペアの相手が変わるだけ)
ですので、ポイントは変化しません。
生徒さん同士が話し合っていただき、規約に従って複数の枠の移動が生じることによるポイントの移動はありません。
被紹介の生徒がやめた時点で、紹介者のポイントが1ポイント減ります。この場合、レッスンの形態が変わる場合と変わらない場合があります。
例。
無料過程を継続するには、ポイント1以上であることが条件になります。無料過程にいる人が紹介して下さった生徒さんがレッスンをやめた場合、ポイントが
ゼロになれば、有料過程に戻っていただくことになります。
「二人一枠」を希望するにも関わらず、「二人一枠・候補枠」で「しばらくの間我慢してもらうしかない」ということが、「二人一枠」を解消する場合に「枠
の合計ポイント数」で考えたいということの根拠です。
「しばらくの間我慢」するのが嫌であれば、「枠の合計ポイント数」が最低にならないように(自分のために)周りに広めるなり、自分の英語の変化を掲示板
に書くなりして、素読舎のレッスンを広めて欲しいということです。
規約の元にある考えは、「素読舎を使い、いいものだと思ったら、積極的に周りに広めて下さる人に「二人一枠」や「無料過程」を使ってほしいという思いで
す。
【17557】
おおざっぱ 投稿者:N 投稿日:2011年 1月31日(月)22時52分34秒
この雰囲気の中、おおざっぱ、かつ、乱暴な私の考えを書くのは、気が引けますが。。。とりあえず。
考え方を、すべての人が(有料でレッスン受けてる人)一人ひと枠、15分(くらい)の枠を6000円で権利を持つとする。
いったん、全ての生徒を、この単位でバラして、考え、空き枠にはめ込んでみる。
うまく行っているペアリングや枠はその時間帯で、2人の枠をそれぞれくっつけた形で続ける。
バラの状態の人は15分、個人枠で始める。2ヶ月(?別途考察)で、先生がレベルを判断し、良いマッチングの人をピックアップして、教える。
個人レッスンが良い人は、意思を確認して、レッスン時間を長くしたければ、その枠分を買い増す。
ペアリングは本人同士の交渉。時間等合わなければ、不成立。15分の個人枠を続ける。
同様にペアリングでやっていても、相方がいなくなれば、15分個人枠に戻り、次のマッチングを待つ。
レッスンをやめる時は1ヶ月前の申し出が必要とする。
生徒を紹介した人の特典を、無料のレッスン枠などで考える。
など。。考えてみました。
ポイント制とか、私にとっては、読めば読むほど、わからなくって。生徒を増やさないと、維持が大変なのはわかるのですが、私と、ゆうすけくんのママに関し
ては、一人で、一定の時間を買える、といった様な、単純なシステムの方が、人に紹介しやすいなあ、と思っています。
15分と金額については、コストパフォーマンスを、要検討とは思いますが。
【17558】
Nさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 1日(火)00時23分32秒
>すべての人が(有料でレッスン受けてる人)一人ひと枠、15分(くらい)の枠を6000円で権利を持つとする。
これは無理です。Nさんとキリピーは現在、ゴーストの「音読」をしていませんが、本来はこの「音読」と、私が作った教材とのセットでレッスンをするのが
「標準」です。
Nさんとキリピーが「音読」をやっていないのは、「イントネーションの自己決定力」が弱いためであり、仕方なく、「標準」の形を崩してやっているので
す。いずれは、「音読」は復活させ、それによって、「無料過程」へ移ってもらうかどうかを決めるのに使います。
一枠の30分は、どうしても必要な長さの時間です。
その他の点には、これまでに考えたことと重なるところがありますので、続けて考えてみます。お書きいただきありがとうございました。
【17559】
Piggy さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 1日(火)01時47分20秒
>私は一人一枠から二人一枠に変わった経験があります。はじめから二人一枠のかたは実感されていないでしょうが、二人一枠に変わったことで、私にとっては
今まで不利なことはほとんど(あるいはまったく)ありませんでした。
1. レッスン自体の効果はほとんどかわりませんでした。
2. レッスン以外に、自立練習の機会と相手ができました。
3. Skypeを通じての会話ですが、連帯感を持てる仲間ができました。
4. 年にして7万2千円、払う月謝が減りました。
これを読んで非常にうれしく思いました。
私が「二人一枠」を始めた時に、勘で考えたことが、「不利なことはほとんど(あるいはまったく)ありませんでした。」と書かれたこととほぼ似ています。
しかし、「5分の4から3分の2くらいに「レッスン効果が減る」ということは生徒の現時点の実力によっては、可能性としてはあることなので、そう書いてい
ます。私は「まったく」効果を減らさずに、レッスン代金を半分に減らすことはできると思っています。こんなものは「志ひとつ」です。
「二人一枠」は非常にいいものです。ただし、生徒さんたちが、「二人一枠」の存続を大事にして、素読舎がそれを維持できる限りでの話です。
「二人一枠」は生徒数が少ないとどうにも作りにくく維持が難しいのです。生徒さんは、自分の使っている「二人一枠」のことしか考えないかもしれません
が、私としては、「二人一枠」そのものの維持が可能かどうかを考えなくてはなりません。「空き枠」によって減る収入を埋めるだけではどうにもなりません。
どのようにして、「二人一枠」を維持するための雑務を減らすかが非常に問題です。これらは「一人一枠」でやっていた頃にはなかったものです。
ポイントは二つあります。
ひとつは、生徒数を増やして、「二人一枠」をなるべく作りやすいようにすること。
二つめは、「二人一枠」を組むに際して、誰と誰が可能なのかを素読舎にそれを問い合わせていただき、曜日時間帯等の都合は、生徒さん同士で突き合わせ、
話し合い、調整していただき、コーチの「雑務」「事務処理」を減らしていただく。
これらにご協力いただけない場合は、「二人一枠」は作りつづけることはできないと思います。
「二人一枠」を使っている人たちに、「二人一枠」を作りやすくする、つまりは生徒さんを紹介していただいて、素読舎の総合力で「二人一枠」を維持し続け
る以外にはないと思います。
しかし、この考えも、考える必要がなくなってきたのかと思います。
村田君が、素読舎を離れると言い出しています。
あれだけのことを言われれば、離れるのも当然ですが、あれだけ言われるだけのことを村田君は続けてきました。とりわけ、過去ログの整理をやれと何度言っ
たかわからないほど言ったにもかかわらず、今日にいたるまでやっていません。最初に言ったのは、よく覚えていませんが、6年も7年も前のことです。
私から言わせてもらえば、同じ看板を掲げる関係が維持できなくなるのは当然だと思います。「語学論を書く」→「過去ログ等の整理をやる」→「雑用をや
る」という具合に、私が村田君に期待する仕事が変わっていきました。「過去ログ等の整理をやる」ということが歯止めにならなかったのです。
関係の解消は、必要なだけ時間をかけて残務処理をするしかありません。村田君が今後、塾という仕事を続けていくのもやめるのも自由ですが、塾の「経営の
ために」、私が作った教材を使うのはやめてもらうことにします。
語学論は書けない、過去ログの整理は「やります」と言ったくせにやらない。だったら雑務をやらせておくしかありません。がんがんやらせることに、私に躊
躇はありませんでした。そしたら、「できません」と音をあげたわけです。
そこまでです。人がおとなしく言っている間に、やるべきことをやればいいのです。「何様か」とはそのことです。
>根石さんにとって、「二人一枠」にしたことの利点は、素読舎の方法を実践する多くの生徒を持つことができる点、不利な点は生徒の人数は一人一枠の頃より
はるかに多いのに、空き枠を埋めることが著しく難しくなった点だと思います。
おっしゃる通りです。この通りです。しかし、16人が32人になっても、私は素読舎が「生徒からさえも」認知されたとは考えません。「二人一枠」を使う
人たちが、自分たちの枠を本当に大事にして、それが維持できるように素読舎に協力してもらえるようになるまでは、私は素読舎の「二人一枠」の意味も「無料
枠」の意味もわかってもらったと思うことができません。
>
1.
仕事、家庭、健康状態によって続けられない場合、あるいはチャージ切れを起こした場合に、ペアの相手にかなりの影響をおよぼすことを思って申し訳なく思う
こと。
2. ペアの相手に上述のような事情が生じた場合、その相手は申し訳なく思っているだろうなあ、と思って暗い気持ちになること。
3.
上記の二つを考えると、私自身ははじめから「一人一枠」にしようかと迷っていて、その場合には月謝が今までの「二人一枠」よりも年にして7万2千円高くな
り、自立練習のパートナーを失い、Skypeを通じたレッスン仲間を失うこと。
「暗い気持ち」について少し書かせていただきます。この気持ちが私の日々の気持ちです。「二人一枠」を使っている人は「二人一枠」の利点を知っているの
に、なぜそれを作り維持しようとする私に積極的に協力してくれないのか。
協力して下さる人はいます。しかし、本当に少数であり、多くの人は「使いっぱなし」で口をぬぐっています。生徒を紹介しようと周りに広めてくださってい
るが、いまのところうまくいかない人たちがいることもわかっています。しかし、本当に少数です。
素読舎なんかぶっ壊れて空中分解するんでも構わないという気持ちになるところまで、なぜ村田君は自分の食い扶持だけ考えたのか、なぜ生徒さんたちは口を
ぬぐって、「使いっぱなし」を続けるのか。
生徒数が増えないと、「二人一枠」は作りにくくて仕方がありません。ひとつの枠を作るのに、何人もの人に都合を聞いて、煩雑な手間を費やします。単に、
空き枠の分の収入がうまるかどうかの問題ではありません。村田君がやめるとなれば、「入塾希望者リスト」など、リストを作ってでも生徒数を増やす以外に、
「二人一枠」を維持し続けることはできません。
(小川さんがコーチをやることに本腰を入れてくれれば、「入塾希望者リスト」など作らずに、生徒を預かってもらうことができます。しかし、陶器の絵付け
教室もあることですので、お願いできるものかどうかわからないままでいます。過去ログの整理は私がやるとしても、ホームページの維持はお願いすることにな
ると思います。小川さんは、語学論の書ける人ですので、雑用はやたら言いつけまいと思っています。こんなところに、小川さんのことをいきなり書いて、果た
して小川さんの目にとまるのかどうか。)
基金という考えはいい考えだとは思います。今後も考えていきます。
しかし、それにポイント制を組み合わせなければ、「二人一枠」が作りにくくて駄目だという問題は解決しないと思っております。まずは生徒数が増え、その
人たちが初心者は初心者なりの、中級者は中級者なりの「イントネーションの自己決定力=練習力」を備え始めないと、「二人一枠」は維持することが難しくな
ります。
>
この案の利点は、
1. 生徒は「一人一枠」の時よりも払うお金が年にして6万円安くなる。
2. 生徒Aが続けられない事情が生じてやめる場合も、ペアの相手Bに(迷惑はかけるけれども現行案ほど)多大な迷惑をかけなくてすむ。
3. AまたはBが、2年間たっても生徒を素読舎に紹介できない場合、あるいは紹介した生徒がやめてしまった場合も、AもBも「二人一枠」を続けられる。
4.
自分のペアの相手Bがやめたために「一人一枠」に移行し、半年たっても新たなペアを組めない場合も、「二人一枠」使用時よりも月3千円多く払えば「一人一
枠」のレッスンをうけられて、現行案(ポイント制)の月6千円多く払うのにくらべて、負担が少ない。
4.がわかりませんでした。どういう仕組みで、
「二人一枠」使用時よりも月3千円多く払えば「一人一枠」のレッスンをうけられて、現行案(ポイント制)の月6千円多く払うのにくらべて、負担が少ない。
ということになるのか、頭が沸騰し続けていますので、考えが追いつきません。お時間のあるときで結構ですので、教えていただけるとありがたく思います。
【17560】
根石さん、村田さん 投稿者:Piggy 投稿日:2011年 2月 1日(火)04時23分50秒
根石さん
返答をありがとうございました。取り急ぎお尋ねの件にお答えします。
現在は
一人二枠使用者は6千円払っていて、
何かの理由で一人一枠へ移行した後は1万2千円払うことになり、
(1万2千円ー6千円=)6千円多く払うことで、一人一枠レッスンを受けられることになります。
基金つみたて案では、
一人二枠使用者は6千円の月謝と基金千円、計7千円を払い、
相手の理由で一人一枠へ移行して、新たな相手がみつからずに半年たつと、1万二千円の内の2千円が基金から補われるので1万円を払うことになり、
(1万円ー7千円=)3千円多く払うことで、一人一枠レッスンを受けられることになります。
村田さん
村田さんが素読舎を離れるかもしれない、と根石さんが書かれたことに、とても衝撃を受けています。ももこさんが書かれていたように、村田さんのお気持ちも
うかがいたい気がします。でも今はまだその時期ではないのでしょうか。文字にすることで整理できて気持ちがはっきりすることもあるでしょうし、文字にする
ことで感情が屈折してしまって変化してしまうこともあると思いますので、是非に、とは申し上げられませんが。でも、よければどうぞお気持ちやお考えを私た
ちにもお知らせくださいませ。
mixiからいらした方の投稿を読んで、検索してコミュニティをのぞいてみました。今までそのようなコミュニティがあることを知りませんでした。管理人は
多分村田さんですね。あの中の「素読・音読体験」というトピックの最初の文章は、村田さんが書かれたのだと思いますが、とても興味深く読みました。あの文
章はこちらのホームページでも読めるのでしょうか。あの文章でふれていらっしゃる体験を、あらためて少しずつたどるような文章を、月に1回くらい書かれた
らよいのに、とあれを読んだ時に思いました。
また、以前この掲示板で、Alice in Wonderland
を教材として使っていた頃のことを書かれていたのが、とても印象的でした。(細部は違っているかもしれませんが私が覚えている印象では)、通いの生徒がそ
れぞれに練習をしている塾の片隅で、根石さんを前にしてすわる、(この頃は最終チェックは、テキスト中からランダムに根石さんが読む文章を、テキストを見
ないで繰り返す、ということだったと理解していますが、)充分練習したはずの文章が出てこない、頭が真っ白になって口がつっかえて汗が出始める、その時の
様子を書かれていたように記憶しています。臨場感のある描写でした。あのようなお話もいつかもう少しうかがってみたいと思っていましたし、今でも思ってい
ます。
【17561】
連絡用掲示板から転写 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 1日(火)13時28分32秒
紹介について 投稿者:江戸の母 投稿日:2011年 2月 1日(火)01時22分7秒
レッスンありがとうございました。規約のことで、手が回らない最中かもしれませんが、新しい人に素読舎をすすめるにあたり、思ったことを書きとめておきま
す。
ピッコロさんとの長い雑談で出た意見も書いておきます。
今日私たちのレッスンに新しい方が見学にきてくださりました。
この方が入ってくださるかどうかわかりませんが、せっかく塾長根石さんとオンラインで話せるタイミングであったので、直接、根石さんから、「どうして素読
に興味をもったのか」「どういう英語力をつけようと思っているのか」「何を求めているのか」など、会話してもらったらよかったのではなかったかと思いまし
た。私たちと終了後に雑談しましたが、立場が違うこともあり、答えられないことも多々ありました。
また、スカイプにつないで、見学にきてくださるというだけで、すごいありがたいことなので、私たちの時間を省略してもよいから、新しい方に少しレッスン体
験をしてもらってもよかったと、これは二人共通の意見です。次回、見学の方がいらした場合にご一考お願いします。
ピッコロさんの代理で書きますが、ピッコロさんの目的は「話せるようになる」ことで、人に紹介するにあたり、まだ自分がそこのレベルまでたどりついていな
いので、人に紹介できないとのことです。ポイント制になっても、紹介するのは難しいな〜っと。そういわれれば、私も実践の経験が無いので、1年やってきた
けど、どこまで変わったのか?使えるようになったのか?は、わからないですね。
英語を使う機会が無い私たちが、週に2回も日本人だけで練習をしている。このことがすごいことかもしれないと思いました。根石さんは、素読舎の方法を広め
たいということで「無料過程」を半分くらいにしたいと思っていると思うのですが、利益を求めない、教育活動」ということで、その理念はNPO法人(非営利
団体)のようなものかなとも思いました。(んで、ちょっと調べてみたんですが、NPOになってもデメリットのほうが多く、法人税かかるみたいだし、メリッ
トは少なく実現性ない話ですが)
あと、レッスン生の皆さんの英語状況はそれぞれ違うと思うのですが、普段英語を使う現場にいて、レッスンを受けるようになってから、こう変わったという臨
床例が多くあると、説得力があるかなと想いました。はじめたときの英語の力も、皆さん違いますよね。
あたらしい方に入ってもらうのは、ほんと難しいですよね〜という話で落ち着きましたが。
・・・是非あたらしい方、お待ちしてますよ〜〜〜お試しくださいね♪
【17562】
江戸の母さん、ピッコロさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 1日(火)13時29分48秒
>今日私たちのレッスンに新しい方が見学にきてくださりました。
この方が入ってくださるかどうかわかりませんが、せっかく塾長根石さんとオンラインで話せるタイミングであったので、直接、根石さんから、「どうして素読
に興味をもったのか」「どういう英語力をつけようと思っているのか」「何を求めているのか」など、会話してもらったらよかったのではなかったかと思いまし
た。私たちと終了後に雑談しましたが、立場が違うこともあり、答えられないことも多々ありました。
途中でテキストを送信したりして、レッスンが多少滞りました。スカイプで見学して下さる人には、レッスンですのでお話や説明はできませんと、あらかじめ
メールでお伝えしておきました。その通りやらせてもらいました。私のやったことは実にそっけなく、果たしてあれでどれほどのことがわかってもらえるのかわ
かりません。実際にレッスンを開始して、例えば3ヶ月後に感じること、6ヶ月後に感じることというようなものがあると思いますが、それは「見学」していた
だいても感じてもらうことはできません。しかし、ともかく見てもらうのは結構なことだと思い、今後もレッスンの見学は歓迎したいと思っています。
>また、スカイプにつないで、見学にきてくださるというだけで、すごいありがたいことなので、私たちの時間を省略してもよいから、新しい方に少しレッスン
体験をしてもらってもよかったと、これは二人共通の意見です。次回、見学の方がいらした場合にご一考お願いします。
わかりました。今回はなるべく普段通りのレッスンに支障のないようにさせてもらいました。
>ピッコロさんの代理で書きますが、ピッコロさんの目的は「話せるようになる」ことで、人に紹介するにあたり、まだ自分がそこのレベルまでたどりついてい
ないので、人に紹介できないとのことです。ポイント制になっても、紹介するのは難しいな〜っと。そういわれれば、私も実践の経験が無いので、1年やってき
たけど、どこまで変わったのか?使えるようになったのか?は、わからないですね。
ピッコロさんが今どんどんやるべきことは、「言いながら書きながら思う」です。単語単位でも、語句単位でもいいから、それをやることです。その時に、瞬
発力を作るつもりでやるのが大事です。
「言いながら書きながら思う」の言いながらは、音を扱います。「書きながら」は、文字を扱います。「思う」はイメージを扱います。
レッスンで音を扱う時、私が「強くはっきり」と指示することがあります。この「強くはっきり」というものは、イメージするときにも使う必要があります。
「磁場」にいれば、「磁場」が意識に「強くはっきり」イメージ「させる」作用があります。日本在住のままでは、この作用は働きません。ですから、自分で
「強くはっきり」をやらないと駄目です。
「言いながら書きながら思う」ことによって、坩堝でそれぞれを溶かし、意識にあるものが音でもなく、綴りでもなく、イメージでもないものを作るのです。
「音でもなく、綴りでもなく、イメージでもないもの」とは、音や綴りやイメージが溶解して、「ひとつ」になったものです。言葉で言うとこうとしか言いよう
がありません。
単語や語句単位で、それぞれの「合金」を作るのだと考えてもらうといいと思います。この作業が弱いと、いつまでたっても「使える英語」にはなりません。
そして、この作業は、レッスンでは扱えないものですので、扱いません。生徒さんが各自、自分でやってもらう以外にはありません。
「合金」の中にイメージがしっかりと入っていなければ、「使える英語」にはなりません。
私の教材を長く使ってくれている人で、「話せるようにならない」人がいたら、その人は、「言いながら書きながら思う」をやっていない人です。
一つの文の中の、「初めて出会う単語」とか、「なじみの薄い単語」とかは、音がすぐに「イメージになる」、綴りを見ればそれがそのまま「イメージにな
る」というものではありません。
そういうものを対象に「言いながら書きながら思う」をやり、瞬発力を作って下さい。瞬発力とは、音を聞けばすぐにイメージが動く、綴りを見ればそれがそ
のままイメージになるというレベルで働いている力のことです。
この基礎作業がよくできれば、次にやるのが「切断読み」ですが、それについては別に書きます。
いずれにせよ、もし音を聴いてもイメージが動かない人、文字を見てもそれがイメージにならない人は、「言いながら書きながら思う」をやる必要がありま
す。「強くはっきり」、意識的にやる必要があります。
これをやらない人は、英語を使えるようにはならない、と私ははっきり断言しておきます。
>あと、レッスン生の皆さんの英語状況はそれぞれ違うと思うのですが、普段英語を使う現場にいて、レッスンを受けるようになってから、こう変わったという
臨床例が多くあると、説得力があるかなと想いました。はじめたときの英語の力も、皆さん違いますよね。
そういうことを書いてもらうとありがたいのです。
村田君が素読舎をやめてからは、ホームページの管理をする人がいなくなりますので、生徒さんの記事で残すべきものを、自分でテキストファイルに転写する
くらいな作業は続けるつもりです。今後は、掲示板からホームページへ記事を保存するという流れは止まり、逆にホームページにあるものを引用して掲示板に掲
載するというようなことになると思います。
私が管理するのは、「大風呂敷」だけにしようと思います。
>あたらしい方に入ってもらうのは、ほんと難しいですよね〜という話で落ち着きましたが。
難しいです。このレッスンはやってみなければ、実質部分はわかりません。教材だけ眺めてもわかりませんし、見学してもわかりません。
今回、Mixiで話された方が見学して下さったのだそうですが、こういう紹介の仕方は有力じゃないかと思いました。
【17563】
Piggy さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 1日(火)13時40分8秒
基金つみたて案についてよくわかりました。
もう一度、規約の素案を書いてみようと思っています。
ご協力ありがとうございます。
【17564】
Nさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 1日(火)13時55分21秒
15分の切り売りは、「本レッスン」で使うことはできませんが、「お試しレッスン」でなら使うことができるなと先ほど考えておりました。
今後、素読舎に村田君がいなくなることがありえますので、そうなりましたら、「無料お試しレッスン」はやめたいと考えています。
「音読」をやらないで、「イメージ核受肉教材」だけを扱うのであれば、15分の切り売りもできます。
今のところは案としておきたいと思います。
【17565】
根石さん 投稿者:江戸の母 投稿日:2011年 2月 1日(火)14時12分11秒
メールで送った分のこちらの掲示板への転載部分は、あくまでも私信で送りましたものです。ご本人から、許可御得ていないので至急削除してください。
【17566】
根石さん 投稿者:Piggy 投稿日:2011年 2月 1日(火)14時23分37秒
> 基金という考えはいい考えだとは思います。今後も考えていきます。
> しかし、それにポイント制を組み合わせなければ、「二人一枠」が作りにくくて駄目だという問題は解決しないと思っております。
根石さんがポイント制が必要だとお考えになるお気持ちの根底は、
> 規約の元にある考えは、「素読舎を使い、いいものだと思ったら、積極的に周りに広めて下さる人に「二人一枠」や「無料過程」を使ってほしいという思い
です。
ということだと思います。そこで、二人一枠維持基金の制度と同時に、このようなポイント制度をはじめるのはどうでしょうか。
「通常の二人一枠維持基金」と、「ポイント制による二人一枠維持基金」の二つを組みあわせて書きますので、ややこしいですが、前者は以前投稿した規定にも
とづく基金とお考えください。
1.
最初は0ポイントからはじめて、2年間新しい生徒を紹介できなければ1ポイント引く。マイナス1ポイントあたりの「ポイント制による二人一枠維持基金」を
月千円とする。二人一枠使用者は、0ポイント、およびプラスポイントの時は、「通常の二人一枠維持基金」の月千円のままとする。臨時の一人一枠使用者は、
「通常の二人一枠維持基金」の月千円は払わないかわりに、「ポイント制による二人一枠維持基金」は払う。 はじめから一人一枠を希望している生徒は、「通
常の二人一枠維持基金」と、「ポイント制による二人一枠維持基金」のどちらも払う必要はないかわりに、ポイント制度の適用を受けず、無料過程に進む権利を
得ることもない。
2.
マイナス3ポイントになったら、さらにマイナスにはしない。「ポイント制による二人一枠維持基金」も月3千円より多くはしない。(月謝、「通常の二人一枠
維持基金」、「ポイント制による二人一枠維持基金」をあわせた額は、二人一枠使用者では月7千円から1万円の間となります。また、マイナスポイントが際限
なく増えると、新しい生徒を紹介できた時に、その恩恵にあずかれなくなり生徒を紹介できた喜びがなくなるので、マイナス3ポイントを下限とします。臨時に
一人一枠を使用している生徒は、維持基金のお世話になっている期間は、月謝とあわせて月1万円から1万3千円の間となります。)
臨時に一人一枠を使用している生徒に、維持基金から月謝二千円がおぎなわれていない期間は、「ポイント制による二人一枠維持基金」の支払いは停止され
る。(この期間はポイントがどうであっても月1万二千円です。)
3. 新しい生徒を紹介したら1ポイントを足す。その生徒がやめたら、1ポイントを引く。
4. 合計でプラスポイントになった生徒のみが、無料過程に進む権利を有する。0ポイントになれば、有料過程にもどる。
5.
無料過程の生徒も「通常の二人一枠維持基金」の月千円は払い続ける。(理由は有料過程にもどった場合に、維持基金のお世話になる可能性があるから、および
次の6の規定により、維持基金のおかげで無料過程にい続ける場合もあるからです。)
6.
無料過程の生徒ができたために、コーチが受け取る月謝が減った場合は、二人一枠維持基金から払う。(5と6は、二人一枠維持基金の方の規定にいれるべきこ
とでした)。
急いで書きましたので、穴があるかもしれませんが、このまま投稿します。
【17567】
江戸の母さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 1日(火)16時04分52秒
おおせの通りに致しましたが、どこが問題なのかわかりませんでした。
今後、掲示板で済むことは、すべて掲示板にお書き下さるようお願いいたします。
メールでなければ駄目だとお考えになったのは、どこの部分なのかお知らせ下さい。
【17568】
Piggy さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 1日(火)18時20分7秒
お忙しいのに、お時間をさいて下さって、申し訳ありません。
今度のシステムは理解できました。
が、規約はなるべくわかりやすいのがいいと思い、昼間考えておりました。
ポイントはお金に結びつけず、単に「無料過程」へ進む権利にだけ関係づけたいと思っています。
その後、Piggy さんの考えて下さったことの一部を取り入れ、ひとまずの新しい案を提示させていただきます。
もし、これで穴がないようでしたら、かなりシンプルなものでやれそうです。
ひとまず目を通していただけたらさいわいです。まったく急ぎませんので、お時間のあるときにお願い致します。
この後、昼間考えたものを掲載致します。
【17569】
2月1日案 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 1日(火)18時39分18秒
空き枠がない時に、レッスン受講希望者が現れた場合は、「レッスン受講希望者リスト」に名前を加える。公表するときは、県名・名字のイニシャルで公表す
る。
一枠、毎週一回三〇分、月額12000円。
「一人一枠」一人月額12000円。
「二人一枠」一人月額6000円。
「一人一枠」が基本だが、「一人一枠」で使う人は、「無料過程」に移ることはない。2年のチャージ、ポイントの増減もない。
入塾者、レッスン受講希望者に「二人一枠」で練習することを希望するかどうかを確認する。
「二人一枠」を希望する人は、「二人一枠希望者リスト」に枠名(?曜?時)と名字のイニシャルを記入し、連絡用掲示板に公表する。空き枠が生じた場合は、
素読舎が「練習力の釣り合い」を基準にペアの相手を紹介するが、曜日、時間帯の都合等は生徒同士の話し合いで決めていただく。
「二人一枠希望者リスト」から、「二人一枠」を形成する場合、最重要条件は「練習力の釣り合い」。練習力が釣り合う相手がみつかり、ポイントの低い人がポ
イントの高い人を「またぎこして」「二人一枠」を形成する場合は、1ポイントマイナスされる。
「二人一枠」を使う人は、レッスン代金の他、「二人一枠維持基金」を月額1000円支払っていただく。
空き枠が埋まらない場合、その分の収入減を「二人一枠維持基金」を取り崩すことで埋める。
「二人一枠」のうちの一人がレッスンをやめた場合、レッスンを継続する人は「一人一枠」を使う。「二人一枠」を希望するにもかかわらず、「一人一枠」でや
らざるをえない間はレッスン代金12000円を10000円に減額する。2000円は、「二人一枠維持基金」を取り崩し、素読舎に支払われる。ポイントの
移動はない。
「二人一枠」で使う人には、レッスンを使ってみていいものだとわかった場合は、周りに広めていただくことを、あらかじめ要請する。
「二人一枠」を使い始める時点で、「2年のチャージ」が生じる。
※2年のチャージとは、「二人一枠」を使う場合は、2年以内に新しい生徒を紹介していただくこと。これを条件に、「二人一枠」での練習が継続される。
※早めに紹介があった場合は「2年のチャージの残」を有効とする。
例.6ヶ月たって、紹介があった場合、1年6ヶ月の「残」がある。「2年のチャージ」はリセットされ、2年プラス1年6ヶ月で、合計3年6ヶ月のチャージ
になる。
※チャージが切れて、そのまま「二人一枠」を使い続ける場合は、ポイントが1ポイント分マイナスされる。
※新しい生徒を紹介して下さった生徒は、ポイントが1ポイント分プラスされる。
※ポイント数は、「無料過程」へ進む際の条件となる。ポイントプラス1以上で「無料過程」に進むことができる。
※2年のチャージ、ポイント数は「無料過程」でも有効。ポイントプラス1以上で、「無料過程」を使い続けることができる。
空き枠を作らないことを条件に、「二人一枠希望者リスト」から「二人一枠」を作る。
「無料過程」に移る条件。
・「ゴースト」の音読が、コンスタントに12ページ10分以内で終わること。
・ 週二回以上、「自立練習」をすること。
・ポイントが1以上であること。
※この条件が整えば、「二人一枠」の枠ごと、あるいは「二人一枠」のうちの一人は、「無料過程」に進めることとする。
「二人一枠」の一方が有料過程、一方が無料過程で使うことはできる。この場合、無料過程の生徒に対してもコーチ付きのレッスンになるので、一人分の
6000円は、「二人一枠維持基金」から充当する。
【17570】
Piggy さん、皆さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 1日(火)18時40分18秒
新しい案についてのご意見をお願いします。
【17571】
いいと思います 投稿者:ミキ 投稿日:2011年 2月 2日(水)00時04分41秒
すごくシンプルになって、安心しました。私はこれでいいと思います。
【17572】
私も賛成です。 投稿者:ももこ 投稿日:2011年 2月 2日(水)00時55分25秒
すっきりしていいと思います
【17573】
ももこさん、ミキさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 2日(水)01時12分11秒
ありがとうございます。
少し気が楽になりました。
【17574】
塾 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 2日(水)01時43分50秒
小刻みに眠り、目が覚める。目が覚めたまま、考えていた。
これらの「恨」の言葉を、あいつの血だとすることはできない。これは間違いなく俺の血だ。
規約ができれば、それはあいつの指ではないか。身体から離れた指ではないか。あいつの血が流れなければならないのは、その後だ。
「俺がやくざなら、お前の指を詰めさせる」と俺は言った。そして、俺はやくざではないから、抽象的な指が飛ぶのだ。
規約の成立。
殺戮において
反応のないことは
手がよごれないということは恐しいことなのだ
(略)
今まで帽子でかくされた部分
恐怖からまもられた釘の個所
そこから充分な時の重さと円みをもった血がおもむろにながれだす
(吉岡実・過去)
俺が教材作りの中で流し続けた種類の「見えない血」が流れるべきだ。
抽象的な指が飛んだのだから、抽象的な血は流れ出すべきだ。
「塾」などやり、受験体制内の知識で金をとるということ。抽象的なものであれ、血を流さずに金を得ること。恥ずべきことではないか。
「過去ログの整理をやれ」と何度も言った。そこに流れるものは「見えない」血でなければならない。流し読みを禁じ、選び出すことの継続は、署名のない
「作品」を立ち上がらせるだろう。血はずっと流れ続けるだろう。何年も。見えないままに。
「確認します」の不始末は、「流し読み」の気楽さがもたらしたものだ。
「てめえの食い扶持だけを考えた者」
それを許す気にはならなかった。
血は指が飛んだ「後に」流れ出す。
そんな順序まで教えてやっては、親切に過ぎるのか。
そういえば、あの時も「確認」という言葉だった。
「確認します」という不明な言葉は、流し読みならぬ流し書きの書き言葉で出現した。
「俺が空き枠をかかえて、お前はこれまで通りやるというのでいいのか」と俺は言った。「半額出せ」、と。
「確認させてください。」と法律事務所の職員のような声であいつが言い、話し言葉の中に「確認」という言葉があった。
ものごとを放置し、「半額出せ」というみすぼらしい言葉を俺に言わせたあいつが、「確認させてください」と法律的な声を出す。考えのみすぼらしい者に、
みすぼらしいことを言ったことの悔しさ。
むしろ、腹の虫がおさまらなくなったのは、その後だったのだ。
あの涼しげな法律的な声。上等そうに「確認」だと。
嫌悪が俺を突き上げた。
何が「確認」か。
最初に「確認」すべきことは、過去ログの整理について、お前がやると言い、今日に至るまで放置しつづけたそのことではないのか。
【17575】
根石さん 投稿者:Piggy 投稿日:2011年 2月 2日(水)06時04分57秒
この案が良いと思う点は、
1. 根石さんのお考えを反映していること。
2. その上で、以前の案よりシンプルになったこと。
3. 基金が、この制度の継続を金銭面で助けることが期待されること。
です。ですから賛成します。
4点、疑問点があります。
1.
>「一人一枠」が基本だが、(後略)。
>空き枠を作らないことを条件に、「二人一枠希望者リスト」から「二人一枠」を作る。
とあることと、
>「二人一枠」のうちの一人がレッスンをやめた場合、レッスンを継続する人は「一人一枠」を使う。「二人一枠」を希望するにもかかわらず、「一人一枠」で
やらざるをえない間はレッスン代金12000円を10000円に減額する。2000円は、「二人一枠維持基金」を取り崩し、素読舎に支払われる。
とあることの釣り合いです。理念の面はともかく、金銭的な面において、この二つは両立しないのではないかと危惧します。「一人一枠」を基本にする制度であ
るにもかかわらず、「一人一枠」でやらざるをえない期間の最初のひと月目から基金を取り崩していたら、基金が底をつかないでしょうか。
2.
新しく入った人が「二人一枠」を希望するにもかかわらず、「一人一枠」でやらざるをえない間についてはいつから基金を取り崩すか(あるいは取り崩さない
か)書いてないように思いましたが、どうでしょうか。
上記二点については、私は1の場合は6ヶ月後から、2の場合は1年後から、という案を考えていました。
3.
空き枠ができたので二人一枠を新たに作らない期間については、「『二人一枠』を希望するにもかかわらず、『一人一枠』でやらざるをえない間」に含まれて、
基金が(空き枠分のレッスン料だけでなく)一人2千円分の支払いにつかわれるのでしょうか。それともこの期間は一人2千円分の支払いはおこなわれないので
しょうか。
「一人一枠」が基本であれば、支払われない方をお考えなのではないか、と推測しました。
4,
現在の案では、「二人一枠」を希望して実際に使いはじめた人は、ペアの相手がやめない限り、どれだけポイントがマイナスになっても、何の影響もなく「二人
一枠」を使い続けることができます。ポイントは単に「無料過程」へ進む権利にだけ関係づけたい、とお昼間書いていらっしゃいましたから、これはこれでかま
わない、ということであれば、このままでよいと思いますが、念のために、上記のような状況が生じることも考えた上で書かれたかどうかをうかがいます。
この案への意見や質問とは別に、申し上げたいことがあります。私はこの案のとおりに決まったら、「二人一枠」を希望しません。
これをあらかじめ申し上げるのは、この案に反対だからではありません。この案の作成に(微力ながら)参加しておきながら、ふたを開けてみたら自分は基金を
払わず、ポイント制を適用されない「一人一枠」に入ると言い出すのはおかしいではないか、と思われるかもしれないので書くのです。しかし、この案の作成に
直接かかわっていない他の方は、この案に対する意見を書かれる時に、「二人一枠」を希望するか否かを表明する必要はないと私は考えます。
>2年のチャージとは、「二人一枠」を使う場合は、2年以内に新しい生徒を紹介していただくこと。これを条件に、「二人一枠」での練習が継続される。
とありますが、私は2年前の2月からレッスンを受けはじめましたが、結局新しい生徒を紹介できませんでした。これからも生徒を紹介できる自信がありませ
ん。ですから「二人一枠」を希望しません。蛇足ながら申し上げると、生徒を紹介できる自信がない生徒は、「二人一枠」を希望すべきではない、と言っている
のではありません。私は、このような形ではこのチャージを引き受けられない性分である、というだけです。
もう一つ、この案とは直接関係ありませんが、一言申し上げます。
私の投稿に対して、「確認します」と村田さんが書かれたことが今回のきっかけであったなら、辛い気持ちです。私自身はその言葉については何も気にしていま
せん。しかし、根石さんには根石さんのお考えがあり、お二人にはこれまでの経緯があるのでしょうから、きっかけだけを取り上げて、私が必要以上に気に病む
こともないと考えて、これ以上は書きません。ただ、お二人も辛い気持ちだろうと思っております。
【17576】
根石さん 投稿者:江戸の母 投稿日:2011年 2月 2日(水)08時58分25秒
「>メールでなければだめだと思ったこと」について、昨日、メールを送りました。読んでください。私も今後気をつけます。
今話題のひとつの「過去ログ整理」の件ですが、私も村田さんに依頼されて整理をしていました。私も一言。
作業は、読みながら、理解できないところとかありますが(そういうところは、全部残す!)、荒れているところとか拝見しながらも、生き生きとしたやりとり
から素読舎の活気が感じとることができる作業でした。
あるとき、村田さんから「「過去ログ整理」はとりあえずやらなくていいから、今のHPのほうを充実させてくれ」といわれました。それでも少しばかり、続け
ていたのですが、作業をやめました。2010年4月頃が最後の「納品」(?)でした。このあたりに、「過去ログ整理」について、村田さん根石さんの間で、
なにかやりとりがあったのではないかと推測しましたが、いかがですか?
追:『過去ログ倉庫』は面白いので、もう少し目立つようにしたほうがいいかもしれないですね。
また、「免罪符」じゃないですが、毎月積み立て基金を支払う代わりに「過去ログ整理」1000件分を「納品」するというのは、考えられませんか?(今思い
つきました(汗))
【17577】
村田さん 根石さん 投稿者:江戸の母 投稿日:2011年 2月 2日(水)13時04分27秒
下記の修正をしたいのですが、修正できないので、新規で書きます。
過去のメールを調べたら、2010年1月に村田さんが過去ログ整理について、「あんまり時間がかかるので、根石さんは過去ログのピックアップに関して僕に
愛想をつかして「止めていい」と言いました。」と書いてありました。村田さんに許可いただけるならば、このメールを全文、引用しまよ。過去ログの替わりに
新しいこと、HP更新、音声ファイル充実等に力をいれていくとのことでした。
小川さんの書き込み、どうして消えちゃったんですか。私も、同じ気持ちです。
【17578】
江戸の母さん、小川さん 投稿者:Piggy 投稿日:2011年 2月 2日(水)13時21分26秒
江戸の母さん
はい、私も小川さんの書き込み読みました。小川さんが書いてくださったことにほっとして、「そうそう、私も同じ気持ちです」と思いました。
小川さん
お考えがあってお消しになったのでしょうが、できたらまた書いていただけないでしょうか。
【17579】
江戸の母さん、piggyさん 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月 2日(水)13時24分22秒
お互いに「折れる」ということも大事だと思うのですが、という趣旨のことを書いたのですが、根石さんと村田先輩の間にどういう経緯があったかなど知る由も
なく、私が口を差し挟むのも空しい気がして。
根石さんのご投稿だけを読めば、確かに村田先輩に非があるように思えます。けれど村田先輩にも素読舎を離れるのにはそれ相当の理由も思いもあっただろうと
お察ししています。
良き先輩を失って、ただただ寂しい気持ちでおります。
【17580】
根石さん 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月 2日(水)13時36分55秒
万が一村田先輩が抜けられたら、誰が雑事全般を引き継ぐのでしょうか。
江戸の母さんやももこさんは「好意」で引き継いで下さるかもしれませんが、生徒さんとして月謝を納めておられる方を雑用にかり出すのは、決して良い事では
ありません。塾長と書生という関係とはまた次元が違います。「生徒さん達に教務の仕事をさせるのか」という話です。
授業料の徴収システムと同じく、ここのところははっきりさせておかないといけません。
【17581】
根石さん みなさん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月 2日(水)15時35分56秒
過去ログ整理を放置したこと、申し訳ありませんでした。
口ではどう言っても、実際に動いていなかったのだから、根石さんを軽んじていたのです。
本当にすみませんでした。
私が浪人の時に「英語のやっつけ方」を読んで、「電圧装置」はやったけれど「回転読み」をほとんどやらなかったことをさして、大学へ受かるための知識を
つけるのに役に立ちそうなところだけやり、無駄だと思うところはやらない、世知辛い根性のやつだ、と根石さんは言いました。そう言われて、はじめて、私
も、そういうことかもしれないと思いました。根石さんの本をちゃんと読めていなかったんです。肝心なところははずしていたんです。
根石さんは、縁がないんだな、とも言いました。最初から考えが違っていたのだから、そしてそのことに私が鈍感なのだから、何度も今回のように根石さんが
激怒することがありました。その度に、私は、変わろうと思って、自分では変わったような気もしていたのですが、全然変わっていませんでした。
同じ看板をしょっている者がすることではないと、何度も言われました。うちの塾の親御さんには、素読舎をブランドとしてとらえている方もいます。もう同
じ看板は下ろすべきだと思いました。
私は最初、自分の英語を鍛え直したくて30歳をこえてから素読舎に生徒として入りました。自分の英語の力は、育てることができました。でも、それを素読
舎に対して本当の意味で返すことができませんでした。いや、しなかった。
素読舎分室の看板は下ろしました。
根石さん、すみませんでした。
【17582】
村田さん 根石さん 投稿者:江戸の母 投稿日:2011年 2月 2日(水)17時46分3秒
>2010年1月に村田さんが過去ログ整理について、「あんまり時間がかかるので、根石さんは過去ログのピックアップに関して僕に愛想をつかして「止めて
いい」と言いました。」
去年1月から根石さんはずっと村田さんに愛想をつかしていたのでしょうか?それとも、過去ログ整理が進まないことについて愛想をつかしていたのでしょう
か?
私は掲示板を読むようになってからまだ日が浅いですが、このHPが整備できてきたのも、村田さんももこさんの力があってこそのことと思います。前は表の
HPもっと読みづらかったです。あとここも、トピックごとに整理したら見やすくなるのでは?といつもピッコロさんが言ってます。このスタイルに慣れてしま
うとあまり感じないんですが、私も最初ピッコロさんと同じこと思ってました。
村田さんの気持ちは、私にはわかりえませんが、いやな感情を生んでしまったでしょうけれども・・・やっぱり素読舎にがっつき、貪欲になってほしい、これま
でとは違った緊張感をもった師弟関係ができるのではないかと思ってしまいます。
私第三者なのでのんきなものですよね。すみません。
ただひたすらかなしいです。
【17583】
Piggy さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 2日(水)17時58分16秒
規約のことについては、少し棚上げさせて下さい。
書かなければならないことが出てきてしまっています。
【17584】
小川さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 2日(水)20時19分40秒
Iについて書いた小川さんの記事が非表示になった理由について書かせていただきます。
今日起きて、掲示板を読み、外に飯を食いに出て、まずいなと思いました。小川さんが書かれた記事の中にIの実名が出ているのはまずいと思ったのです。あ
れは大風呂敷に Iが書いていたときの名前なのですから、小川さんがそれをそのまま使うのは当然ですが、まずいなと思い、村田君に電話しました。
小川さんに電話しようと思ったが、携帯電話に小川さんの番号がないから、村田君から電話してもらいたいことを伝えました。村田君は記事は掲載したまま
「非表示」にできると言いましたので、小川さんに電話して承諾してもらってくれと伝えました。
記事自体は、私がこれから書こうとしていることのきっかけになっているものですので、村田君に再掲してもらうつもりですが、村田君が実名の部分をIに書
き換えることを小川さんにはご承知おき願いたく思います。
「大風呂敷」を地元で読んでいる人は多くはありませんが、誰にでも公開されているものであり、誰が読むかわかりません。また、地元の人が読めば、私が
I
というふうに書いても、どこの誰のことかわかってしまう人はいるとも思いますが、そういう人にはむしろ読んで欲しいとも思っています。Iのお父さんは存命
であり、弟は今他の県で修行中で、いずれは仕事を実家の方へ移す予定があるとも聞いていますので、実名だけはまずいと判断しました。
Iのことは、いずれ書かなければならない時が来るのだろうと思っていました。
死者を鞭打つようなことをしたいとは思いませんし、死人に口なしとも言います。しかし、Iの自殺はいったい何だったのかと小川さんは思っていられるよう
ですから、こういうことがあったということは書いておくべきだろうと思います。これから書くことは、あくまでも私から見た I
の姿であることをあらかじめお断り致します。
私はIの中学時代の英語を見ました。
高校時代は、Iは素読舎をやめています。
Iが再び私の前に現れたのは、東京で勤めをして勤めをやめてからでした。塾をやりたいから面倒を見てもらいたいという話でした。
I自身から聞いた話ですが、東京で勤めていた会社では、行政から注文を受けて町づくりのプランを作るような仕事をしていたらしく、極度に多忙で疲労がひ
どかったとのことです。ある日、会議中に椅子ごとバタンと倒れ、その後昏睡したというようなことも聞きました。
その時は入院したと聞いたようにも覚えています。その後、精神科に通うようになり、仕事ができなくなり、会社をやめたということでした。
ごく普通におとなしくしゃべるので、見た目には普通に見えました。
塾をやりたいと言われても、すぐに何かをまかせられるわけではない。ひとまず、私どもの目のとどく範囲で塾を手伝ってもらい、練習を続けて自分の英語の
力もつけていくしかないだろうと考えました。現金収入はまるでないとのことなので、初めは塾を手伝うことを条件にタダで塾を使っていいから、とにかく自分
の力をつけろと言いました。このタダでいいよ、みたいなところが私の駄目なところかもしれないと今では思うことがありますが、いずれ仕事ができるように
なったらしっかりやってもらえばいいやと考えたと思います。
Iは大学院を出ていますが、蓋をあけて見たら、まるで塾をやるのに使いものになるような英語力ではないのがわかりました。単に素読舎の方法だけを組み込
めば英語力自体はそのまま使えるというようなものではありませんでした。自分が大学院を出たということと、他人の面倒をどこまで見られるかはまったく別問
題で、Iが他人の面倒を見られるのは、甘く見積もって、中学生までだというのははっきりしていました。自分で英語を練習するということと、Iにもやれる範
囲で塾を手伝わせることをしばらくは続けるしかないだろうと私は判断しました。
初めはその程度でいいが、いずれはしっかり仕事をやってもらうというこころづもりでした。しかし、2年経ち、3年経ったころ、だんだんとIは地を見せ始
めたらしく思われます。
キリピーやキリピーの友達と一緒にタイに旅行に行ったことがありました。タイでの滞在の終わり近くなって、Iはぎっくり腰をやり、動けなくなりました。
日本に帰る日、空港まで行く途中で、Iは荷物を一人で持って動けない様子でした。「何やってんだ。肩を貸してやらねえのか。荷物をもってやれよ」と私はキ
リピーやその友達に怒鳴ったことを覚えています。私は自宅自作の途中でぎっくり腰を何度もやっており、そのつらさは知っているが、私自身が腰に爆弾をかか
えているので、自分で肩を貸してやることはできませんでした。私に怒鳴られ、キリピーたちはしぶしぶIに肩を貸していました。日本に帰って時間が経ってか
ら、タイでの話になった時、キリピーから聞いた話では、Iがぎっくり腰になってから、ホテルの部屋でまるで女王様然と、あれをしろ、これをしろとキリピー
たちに言いつけ、キリピーたちはうんざりしていたのだとのことでした。ぎっくり腰になんかなっちゃって迷惑をかけてごめんね、というのではなく、私はぎっ
くり腰なんだ、お前たちが動くのが当然だろうという態度で用を言いつけたということでした。それで、キリピーたちは帰国の日、Iが難渋しているのを見ても
手を貸してやる気にはならなかったとのことでした。
私が掲示板で「あいうえおフォニックス」のことをしきりに書いていた時期がありますが、Iが「あんなのは違う」と言い出したことがあります。綴りで
or は「オー」であるから、「あいうえおフォニックス」は間違っているというのでした。
日本人の耳に「アー」と聞こえる場合、or は「狭いアー」だと私は言っていたのです。しかし、Iは or
は「オー」の方が多いから、「オー」という音だの一点張りを続けました。私が言っていたのは word などの or
でこれは日本人の耳に「アー」と聞こえます。『日本人の耳に「アー」と聞こえる場合』という前提を置いてあるのがわからないのかと何度か私はIに言いまし
たが、or
は「オー」の方が多いから「あいうえおフォニックス」は間違っているの一点張りをまるで改める様子がなく、らちがあかないので、「お前、そんなに俺の言っ
ていることが違うというんなら俺の作った教材を使うな」と言ったところ、「使わねえわ」と口答えが返ってきました。このあたりの土地で、女が「・・ねえ
わ」と言えば、これは相手を唾棄する調子の言葉です。
私は何週間Iと口をきかなかったのか覚えていませんが、口をききませんでした。薬を飲まなければならない病人なんだからというふうに自分を納得させて、
しかし口をきくことはやめました。
ある日、Iが私の仕事部屋に来て、自分が間違っていたと言いました。多分、村田君やキリピーが、おっしゃんに謝らないと駄目だとIに説得したのだろうと
私は推測しました。自分の非を認めて謝るんなら水に流すこともできると思いました。
「俺の教材を使うな」「使わねえわ」のやりとりがあった時に、Iが自宅で塾を始めていたのか、それ以前だったのか記憶にありません。多分、塾はまだ始め
ていなかったような気がします。
私のところに通って、英語を練習するには、私が作った教材を使います。「使わねえわ」と言ったIは、そう言いながら、相変わらず素読舎には通って来てい
ました。私の教材を使わないということは、そのまま素読舎との関係を切ることを意味するはずですが、Iはそのまま金も払わず通塾を続けました。私には理解
しかねることでしたが、精神科に通って薬を飲んでいるんだから、とその時も自分を納得させたのだろうと思います。
その後はしばらく何も起こらなかったのです。私は当時「電話でレッスン」を立ち上げている途中で、通塾の塾の方は女房にまかせっきりでやっていました。
Iとのつきあいも女房がやっていました。「あいうえおフォニックス」事件からまた2,3年経ってからだったように思いますが、女房が困り切ったようにIの
ことを話し出しました。Iが生徒の英語を見るときに、平気な顔で間違ったことを言うというのです。試しに高校1年生くらいを見させると間違ったことをやた
らに言うことが多いと言うのです。この「間違ったこと」というのは、音の間違いとか、文法の間違いとか、語学的な「間違い」のことです。塾が終わった後
で、ある教材について、女房はIに虎の巻を作ってそれを使ってやれと言ったのだそうです。とにかく明らかに間違っていることを平気で言うことを許しておく
わけにはいかないということでした。女房はIに虎の巻を作れと言ったのだそうですが、それは当然ではないでしょうか。Iに英語の力がないために、素読舎が
実害をこうむることはくい止めなければなりません。でたらめを生徒に教えることはくい止めなければなりません。そのための「虎の巻」はIが自分で作るべき
だと女房は判断したのです。Iは「金を払え」と言ったそうです。「いくら出すんだ」と言ったそうです。
自分は薬を飲まなければやっていけないから、迷惑が生じるかもしれない。そういうことがあったら指摘してほしい、というような態度とは正反対のもので
す。
「あいうえおフォニックス」の件や、タイでのぎっくり腰女王を思い合わせ、なるほどなあと思い、私は女房に「切っていい」と言いました。
女房は、「もう今日までにしてくれ」とIに言い、Iは通塾しなくなりました。
それまでの間、村田君はIにもっとちゃんと英語の練習をやれというようなことも言っていたとのことです。Iは自分の力をつけるための練習はほとんどと
言っていいくらいやりませんでした。通塾は、単に「素読舎のやり方」「運営法」を見るためのものだったのだろうと思います。
私が女房に「切っていい」と言った時は、Iは自宅で塾をやっていたので、教材は全部返させました。
ときどき、素読舎が「これじゃやっていかれない」という瀬戸際に立たされるのは、素読舎のどういう性質によるのでしょうか。昔から、世の中の人が相手に
しないような人とか、精神科に通って薬を飲んでいるような人が、私の家によく来るということはありました。私は、精神科医でもありませんし、心理療法士で
もありませんから、そういう人たちが来ても何もできません。まあ、お茶でも飲んでゆっくりしていけくらいなことしか言えません。うちの家族と話したりし
て、少しでも気が晴れて帰れればいいというくらいなことです。
Iの場合も、しばらくは遊ばせておくんでいいやと思っていたのですが、Iは病気にあぐらをかいたと思います。あぐらをかいて、素読舎に実害が生じかけた
時に、私は女房に「切れ」と言いました。
Iに数人の生徒を渡して預けたことがありました。中学までしか見れないので、塾生が高校生になったら、素読舎本部か村田君の戸倉分室に生徒を戻すとIは
言いました。その後に、「虎の巻事件」が起こり、Iは素読舎分室の看板を降ろし、私は教材を全部返させました。
その後もIは塾を続けました。高校生は見ることができないと私が言ったにもかかわらず、Iは高校生の塾生も見ていたようです。これは、女房がどこかから
聞いてきた話ですが、大学受験生が受験で不合格になり、Iはその親からひどく責められていたとのことでした。あんたのところに通わせていたが、何にもなら
なかった。この不合格をどうしてくれるんだというようなことを言われたのかと推測します。この場合、親も親です。Iが高校の英語なんか見れないということ
は、子供が高校在学中からわかってよさそうなものです。この親とIの親がつきあいがあるから、Iに子供を預け続け、不合格になったら、Iのせいだと言い、
Iを責める。見れもしないものを見ていたIもIだが、子供の親も親だと思いました。女房によると、Iが自殺する前のことだったのだと聞いて、私は憮然とし
ていました。
Iが自殺してしばらく、沈痛な空気が素読舎の中にはありました。キリピーや村田君までが、自分が冷たくしたせいではないかと思っていたらしいと女房から
聞きました。
こんなところが私から見たIの姿です。ネット上だけでIにつきあって、愚痴をきいたりしていただけの人はさいわいだったと思います。
死者を鞭打つことはしたくない。しかし、私は濡れ衣を着続ける気もない。いつかは書かなければならないだろうとは思っていました。
Iが自殺したのは、私が「切れ」と言ってから三年くらい経ってからではなかったかと記憶しています。その後のIの心中は私は何も知りません。
私が書いたことで、違っていることがあったら、村田君でもキリピーでもいいですから、指摘して下さい。
【17585】
根石さん 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月 2日(水)20時28分35秒
あの記事を書いた後、用事があって郵便局へ行きました。その道すがら、私もやはりこれはまずいなと思い消去しました。その後、村田さんよりお電話を頂いた
次第です。配慮に欠けておりました。申し訳ありません。
Iさんのことはずっと心にかかっていました。「根石さんのいい分も聞いてみないとわからない」と言い放った私の言葉が引き金になったのかもしれないと気に
病んで来ました。また根石さんがこの件についてなぜ口を閉ざしておられるのだろうかと思い続けていましたが、今その理由がわかりました。お話いただきあり
がとうございます。
【17586】
記事の再掲載について 投稿者:根石さん 投稿日:2011年 2月 2日(水)20時33分23秒
Iさんについての箇所を消去して再投稿したものがあるはずですので、もし必要ならそちらを再掲載して下さい。お願いします。再掲載してくださらずともかま
いませんし。
【17587】
小川さんの投稿の再掲 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月 2日(水)21時21分18秒
小川さんの許可を得て、非表示にしていた文章を再掲します。小川さんが何度か書きなおしておられるので、非表示にした文章をそのまま表示してももとの文章
が表示されないため、村田が改めて投稿します。
=============================
[投稿日時] 2011年 2月 2日(水)11時00分23秒
[題名] 根石さん、村田先輩
[投稿者] Naima
先日村田先輩よりmixiの管理をお願いしても良いかというメールが入り、HPの管理などでお忙しいのだろうから、mixiの管理くらいお易い御用だと
思ってお引き受けしたのですが、昨日は金曜日の自立練習をキャンセルすることになるやも知れないというメールが入りました。どうしたことか、と久しぶりに
大風呂敷を開きました。
思いもよらぬ展開に気が動転しています。
言葉というものは難しいもので、言えば言うほど本当の気持ちとかけ離れて行くこともあり、その時の聞き手の気持ちの有り様で言葉の意味ががらっと変わって
しまうこともあります。事の発端は言葉の行き違いだっただけのような気がしてなりません。失礼ながら、村田さんの言葉の至らなさが第一の原因だったのでは
ないかと勝手に想像しています。少なくとも根石さんのご投稿を読んでいる限り、村田さんに非があるように思えます。
話が飛びますが...
数年前、根石さんがIさんを見限ってしまわれたときのことを思い出しています。あの時、動揺しながらも何も言葉をかけられませんでした。根石さんの舌鋒の
鋭さから察するに、根石さんは相当傷つかれたんだろうと思いました。
それに対しIさんからの反論はありませんでした。Iさんにも相当の理由があって塾長に楯突かれたはずだと思っていました。その間、私とIさんとの間でメー
ルや電話のやりとりがありました。私のようなものにメールで訴えて来られるということは、孤立無援の状態におられるのだろうと感じました。
それなのに私は、何度目かのやり取りの後、Iさんに「一方的にIさんの話を聞いているだけなので、私は何とも言えない。大風呂敷で反論したら」と言い放っ
てしまいました。大風呂敷で書けないからこそ、私なんかに訴えて来られたんだとわかっていたのに、です。
本当のところを言うと、根石さんとIさんの間に挟まってしまうのかと思うと少なからず気が重くなっていたのでした。Iさんからのメールはそれっきり来なく
なってしまいました。年が明けて状況を知り、体の震えが止まりませんでした。取り返しのつかないことをしてしまったと思いました。悔やまれて悔やまれてな
りません。
おもえば私は jackieさんにも同じ事を言ってしまっています。「大風呂敷でやれば」と。
今回も大風呂敷には村田さんからは反論も説明もありません。村田先輩が素読舎を出られるといわれた背景には、相当の理由も思いもあったのだろうとお察しし
ています。
ふらふらと金魚のふんのように根石さんと村田先輩にくっついて来ただけが取り柄の私が、お二人の間に割ってはいることなど出来ないとは思います。そう思っ
てはいますが、私には村田先輩のいない素読舎など考えられません。
深い事情はわかりませんが、村田先輩には「意地をはってしまいました」と頭を下げ、私ども後輩の為にも思いとどまっていただきたいです。根石さんにも「俺
も言いすぎた。戻って来い」と頭を下げていただきたいです。
余計なお節介だ、無神経だ、事なかれ主義だと言われようとも、これが普通のおばちゃんとしての私の気持ちです。「丸くおさめる」ことも必要だと思ってま
す。
【17588】
小川さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 2日(水)21時34分7秒
>万が一村田先輩が抜けられたら、誰が雑事全般を引き継ぐのでしょうか。
誰も引き継がなくていいと思っています。
私は、私ひとりが見れる生徒を見ていくだけでいいと考え始めています。
私のような性分の者には、「拡張」とか「拡大」などをいうことは荷が重すぎます。私は先生でもなければ人格者でもなく、一人の職人にすぎません。
せっかく村田君の塾も生徒数が増えてきている時ですので、私が村田君の塾から教材を抜けば、生徒への実害は大きいと思っています。
私はいいかげんな者ですので、(Iに素読舎をタダで使っていいと言ったようないいかげんな者ですので、)案外気楽です。
しかし、いったん怒りだすと、怒りがなかなかおさまりません。長いこと我慢をするからいけないのだとは思いますが、これも性分です。
村田君が素読舎から切れたいのなら切れるしかないでしょう。
その場合、村田君が塾を続けるなら、私が作った教材は使わせません。教材はテキストファイルですので、いくらでもコピー可能です。ですので、村田君が今
後教材を使わないということについては、いつでも私が村田塾(仮称)の中に立ち、調べていいという書類に一筆入れてもらう予定です。もしも使っていた場合
は、いくらの違約金を払うのかも取り決めておきたいと思っています。
私はIにも村田君にも、コーチを育てるのだから生徒として払う金より多く払えと言ったことはありません。コーチを習うのでも、英語を習う生徒と同じだけ
の金でいいと言い、その通りやってきました。これもやはり、私の駄目なところなのでしょう。
村田君は、コーチはやれます。しかし、私の教材なしでコーチも個人塾もやれないだろうと私は見ています。
「勤めた方がいいんじゃないか」と先日、村田君に言い渡してあります。
昨夜、吉岡実の詩を引用して書いた記事があります。規約は村田の指だという記事です。あそこに書いた「抽象的な血」というものを村田君が理解するのかし
ないのか私にはわかりません。
もしも理解するのなら、そして私にだけでなく、生徒の皆さんにも謝罪するのなら、私は関係修復の方向に向くこともありえます。
その場合は、村田君はただちに「抽象的な血」を流すことを始めるべきです。つまり、「過去ログ整理」にとりかかるべきです。
これ以外の条件で、関係の修復は不可能です。
【17589】
根石さん、村田先輩 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月 2日(水)21時35分38秒
村田さん、再掲載のお手数をおかけして申し訳ありませんでした。
あらためて再掲載された自分の投稿を読み返してみて、村田さんが素読舎の看板をはずされる決心をされた背景には、やはり私などが軽々に口を差し挟む事の出
来ない事情やお気持ちがおありなのだと思い至りました。
ただ後輩としては、大変寂しくまた心細い気持ちでおります。
【17590】
根石さん 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月 2日(水)21時50分49秒
>誰も引き継がなくていいと思っています。
私は、私ひとりが見れる生徒を見ていくだけでいいと考え始めています。
つまりコーチを育てるのも辞めてしまわれるということでしょうか。
【17591】
江戸の母さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 2日(水)22時28分13秒
>2010年1月に村田さんが過去ログ整理について、「あんまり時間がかかるので、根石さんは過去ログのピックアップに関して僕に愛想をつかして「止めて
いい」と言いました。」
これは掲示板の記事でしょうか。村田君からのメールでしょうか。
まあ、どっちでもいいです。私は過去に2度、村田君に「止めていい」と言ったように記憶しています。
最初は5,6年前だと思います。事情は忘れました。
最近のは、江戸の母さんが2010年と書いてくれている時期だったと思います。
2度「止めていい」と言いましたが、しばらくすると、私は「やっぱり、あれは必要だな」と言いました。これは何度言ったかわからないくらいの回数を言っ
ていると思います。
過去ログというのは放っておけば、ごみの山です。今日はお休みしますという生徒さんからの連絡やら、キャンプに行く列車は・時・分に・・駅に着きますの
連絡やら、語学論としてはどうでもいい記事があまりにも多く、そういうどうでもいい記事を除いて、語学論だけ洗い出す作業が「過去ログを整理する」です。
余談ですが、私と村田君はHさんという人から空手を習っています。他にNという人もやっています。あまり本格的なものではなく、空手などというのもおこ
がましいようなもので、まあ、週に一度、男4人がつるんで遊んでいるというくらいなものです。冬は公園の芝生の上で裸足になれないので、里山を歩いたりし
ています。その後、ときどき一緒にラーメンを食べに行ったりします。
Hさんは、村田君を連絡係にすればいいと考えたらしく、今日は雨だから休みとか、今日は空手でなく山登りにするというような連絡は、Hさんから村田君に
入り、村田君が私とN君に連絡するということがいつのまにか成立していました。
その後、村田君が自分の家の玄関で転び、空手ができなくなったことがありました。春、天気次第で、空手をやることになるのか、山登りをすることになるの
か、Hさんの判断次第だという状況の日、村田君から何の連絡もなかったことがありました。私から村田君に電話し、今日はどっちになるんだと聞いたところ、
Hさんから連絡がないとのことでした。その辺から私は怒り出しました。「だったら、(村田から)Hさんに問い合わせて、俺たちに連絡しろ」と私が言ったと
ころ、村田君は、「正式に連絡係」をやらされることがこれまでに決まったわけではないというようなことを言ったのです。
男4人が遊ぶだけのことに、「正式な連絡係」も糞もあるか。Hさんがあんたを連絡係だと思っているんだ。「正式な連絡係」を決めるのに、会議でも開き、
議事録もとるような手続きを踏まなくてはならないっていうのか、と私はどなっていました。Hさんがあんたを連絡係だと思い、あんたのところに連絡が入るの
だし、これまであんたは連絡をしてきたのだから、あんたは連絡係なんだよ、と。
村田君は、自分が怪我をして空手も山登りもできないのだから、もう連絡係はやらなくていいと自分で勝手に決めたらしいことがわかりました。そういうもん
じゃあるめえと、言ったことがあります。
きわめて基本的なことで、話が通じないことがあるのです。
で、この「正式」です。
村田君に、過去ログの整理をしろと言ったり、うんざりして、もういいと言ったり、やっぱりあれは必要だと言ったりを私は繰り返してきました。確かに、も
もこさんの協力を得て、村田君がホームページを立ち上げている間は、過去ログの整理はしなくていいと言った覚えがあります。しかし、いったんホームページ
ができて、日常業務としてあまりにも大きな仕事量ではなくなった頃、私はまた「過去ログの整理」と言い出したと思います。
やれと言ったり、やらなくていいと言ったりしていますが、その時々、すべて「正式」であり、「正式」でないと言えます。正式でないのは、取り決めを書面
で交わすようなことはひとつもしてないという意味です。正式だというのは、やっぱり整理が必要だろうと考え、何度となく言い続けるのは、ほんとに(正式
に)必要だと考えているからです。
自分が怪我をして空手も山登りもできないのだから、もう連絡係はやらなくていいと自分で勝手に決めたのと同様に、かつて「やらなくていい」と言われたこ
とがあるのだから、やらなくていいと村田君は勝手に決めたのだろうと私は推測しています。しかし、やらなくていいは過去に2度、その後は、何度も何度も
「必要だ」と言ったのですが、村田君はやりませんでした。
最初に「やります」と言って、半年たってもやってないことがわかったとき、「どうなってんだ」と私が村田君に聞いたことがあります。その時も、「やりま
す」と村田君は言いました。そして、1年たってもやりませんでした。
要するにグズなのです。大した悪気はないのはわかっているのですが、素読舎の語学論にとって必要なことを、やると言ってやらないことを続けられるのは、
素読舎にとって損失です。やると言ったからには、こっちはアテにする。仕事をそのつもりで予定しても、その予定が壊れてしまう。グズだかなんだか知らない
が、仕事は仕事だろうと言うと、「わかります」と村田君は言うのです。そしてやらないのです。
その繰り返しでした。
私の教材やレッスンの運営が語学論に基づいていることは明らかなことです。素読舎の大元が語学論です。それをごみの山の中から洗い出すということをやら
ない。いったいどういうことなのか。
そりゃ、英語や語学の方法なんかに興味のない人なら、「語学論? それがどうだっていうの」という態度になるでしょう。それに腹を立てることは私にはあ
りません。しかし、村田君は、同じ素読舎という看板を掲げている人間です。その人間が、すぐに実利に結びつくわけではないからといって、なぜ俺が必要だと
言うことをやらないのか、これは今に至るまで私には理解できません。
村田君は、比較的簡単に実利に結びつくことはやります。ビラを作るとか、ホームページを作るとか、パンフレットを作るような、「生徒募集」に類すること
はやります。しかし、語学論というものは、実利にすぐに結びつくようなものではありません。たまに、語学論そのものを読んで生徒さんになってくれる人がい
ます。ありがたいことで、まれなことです。
お答えになっておりますでしょうか。
【17592】
小川さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 2日(水)22時29分50秒
>つまりコーチを育てるのも辞めてしまわれるということでしょうか。
そうしようかと「考え始めている」ということです。
【17593】
根石さん 投稿者:江戸の母 投稿日:2011年 2月 2日(水)23時42分4秒
ありがとうございます。ご事情わかりました。引用の部分は村田さんからの個別メールからです。
Hさんの連絡係のお話を読んで、もしHさんが村田さんの怪我のことを知ってて連絡係にしているのだったら、山に登れない人を誘うのもどうかなと思ってしま
いましたが、そのあたりは当事者同士の絆というかつながりもあることでしょうし、外野はなんともいえませんが。
またもうひとつ質問ですが、以前「素読舎テキスト無料公開」の話が展開されてました。
http://www.sodokusha.com/gogakuron/kyouzai_koukai.shtml
これと、村田さんには「テキストを使わせない」というのは、別な次元の問題なのでしょうか。
>素読舎の大元が語学論です。
確かにそこが、ほかの塾と大きく違うところですよね。今いる生徒の皆さんのうち口コミじゃなくて、HPを見て入会された方は、どの文章を読んで入会を決め
られたのか、知りたくなりました。よかったら教えてくださいませんか。
先日konohanaさんとお話したとき、根石さんの書いた「日本語の酸の強さ」の話をしたかったのですが、うまく伝えられませんでしたのがいまだに残念
です。あ〜まだ私の身についてなかったんだなぁ〜と、自分が試験されたような気持ちでした。紹介は本当に難しいです。そう思うとますますHPにある「語学
論」の吸引力の強さを実感します。
【17594】
村田さん 投稿者:ミキ 投稿日:2011年 2月 2日(水)23時48分55秒
レッスンについてですが、「停止」ではなく「一時休止」という事で待機しますので、焦らずに時間をかけてお考えになってください。
新参若輩者から大変失礼なのは承知で申し上げると、ここが人生の踏ん張りどころかと思われます。このままではもったいないです。
【17595】
Piggy さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 3日(木)00時25分18秒
>根石さんには根石さんのお考えがあり、お二人にはこれまでの経緯があるのでしょうから、きっかけだけを取り上げて、私が必要以上に気に病むこともないと
考えて、これ以上は書きません。
これはまったくおっしゃる通りで、何も気に病んでいただく必要はありません。「確認」という言葉そのものより、
あの涼しげな法律的な声。
と書いた通り、その声の調子が、「ものごとは法律的に処理されさえすればそれで済む」と言っていると、私の耳が聞いたから、気持ちがおさまらなくなった
のです。
【17596】
江戸の母さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 3日(木)00時59分49秒
>これと、村田さんには「テキストを使わせない」というのは、別な次元の問題なのでしょうか。
別の次元の問題です。村田君は、コーチがやれる人です。コーチになるための「特別な金」というものは村田君は私に払っていません。
そんな金は要らないから、自分がやると言った仕事をやれと私は言ってきたのです。
村田君は英語力そのものは身につけました。それに必要な金だけで、私がコーチがやれるところまで育てました。
やると言った仕事をやらず、素読舎を離れ、コーチングの技術は持ち、素読舎の教材をタダで使えるなら、こりゃおおもうけです。
「音づくり」に関してなら、村田君は素読舎の教材でなくても活用できます。素読舎から村田君が得るものは、その程度でいいでしょうと判断しています。
あの教材を、実利だけ考え語学論をおろそかにしたような者に使わせることはありません。実利「だけ」のために使わせることはありません。
教材なんか公開したってちっとも構わないのです。
コーチをどうやるかを知らない人が、あの教材を使えるはずはありません。
一度や二度、参観したところでわかるようなものではありません。
この点については、吉さんと小川さんが「公開しない方がいいんじゃないか」と心配して下さいましたが、私は心配していません。
新しく書き加えた教材をどう更新するかなど、手間にからんできますので、今は公開することに踏み切らないでいます。
公開は、コーチをやるんではなく、あれに載っている例文や説明などを引用してもらうような活用法なら、どんどん活用してくれということにすぎません。
公開については、こんなでかい教材を作ったのか。これは何なんだという興味を持ってもらえるかもしれないという考えもあります。
【17597】
江戸の母さん 投稿者:ももこ 投稿日:2011年 2月 3日(木)01時10分13秒
どこから書き込みをしたらいいのかわからないので、流れぶったギリになりそうですが、江戸の母さんへ書き込みしてみます。
入塾の決め手になったのは根石さんが個人で作られていたHPを見てです。
流れとしては、どんぐり→吉さんのHP→根石さんのHP(現存する一番古いもの。トップに根石さんのお写真があるページです)でした。根石さんのサイトを
全部読んで「ここでダメなら私はもう英語はだめだな」と思ったのを覚えています。
(中学時代のことです。素読ではありませんが、スピーチコンテストの暗唱部門に出る際に徹底的に教科書を読み、先生が発音やリズムなどをマンツーマンでつ
いて教えてくださったことがありました。それがきっかけで英語の学習がとても楽になった記憶があり、感覚としても「やっぱりそうか」と感じる部分もありま
した。
電圧装置に関しては、近いものを英検対策のときに作っていました。でもココまでシステマチックにしていたわけでなく、徹底的に行わなかったためその場しの
ぎでおわってしまいました。
どちらも続けることが大切だったのだと今の私には分かるのですが、そのときは継続する大切さまでは理解しておらず今に至ります・・・。もったいないです
ね。)
具体的には
・受験英語は役に立つ
http://f44.aaa.livedoor.jp/~sodoku/sodokusy/juken.htm
・英会話用シンタックス獲得
http://f44.aaa.livedoor.jp/~sodoku/gogaku/eikaiwdl.htm
・映画でリスニング
http://f44.aaa.livedoor.jp/~sodoku/gogaku/eigadeli.htm
・英語の生き死に「技法グラウンド」について
http://f44.aaa.livedoor.jp/~sodoku/sodokusy/gihougur.htm
根石さんが2ちゃんでやりあっているのもかなり参考になりました。
塾生になって、そして今はお休み中ですが、英語のレッスンを受けている長女、日本語を獲得している途中の次女を見ていると、同じ流れを感じることがあり、
観察しているととても面白いです。英語にしても日本語にしても「中間音」の考え方を持っているのは、子供の言葉を見守る際には大切だなって感じます。そし
て結果ではなく、プロセスにも大切な意味があるということを素読舎では学んだように思います。
英語のレッスンで始めた素読舎ですが、英語以外の副産物のほうが魅力的に感じています。
【17598】
Piggy さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 3日(木)01時46分32秒
今の段階で、整合性がとれないところを書き換えました。
基金を使うに際しては、基金を使う「期限」という考えで書き直しました。もしかしたら、Piggy さんの考えとはまるで違うものかもしれません。
「6ヶ月後からずっと減額」「1年後からずっと減額」とした方が基金が底をつくと思いますが・・・。
もう頭が動かなくなっています。
いったん掲載し、明日以降また考えます。
次の3. のあたりで何も考えられなくなりました。
>3.
空き枠ができたので二人一枠を新たに作らない期間については、「『二人一枠』を希望するにもかかわらず、『一人一枠』でやらざるをえない間」に含まれて、
基金が(空き枠分のレッスン料だけでなく)一人2千円分の支払いにつかわれるのでしょうか。それともこの期間は一人2千円分の支払いはおこなわれないので
しょうか。
>「一人一枠」が基本であれば、支払われない方をお考えなのではないか、と推測しました。
ポイントがずれるかもしれませんが、「基本」というのは、もともと「電話でレッスン」をやってた頃はこうだったというくらいの意味です。「一人一枠でや
れるが」と読んでいただいても結構です。下に掲載する2月2日案では、「一人一枠が基本だが」というところをまるごと削除してあります。この方が読みやす
くなるかと思います。
最大の変更点は、「一年」間は2000円を支払うというように、期限を切ったところです。「二人一枠」を希望する人は、自分で生徒を紹介して欲しいとい
うのは、規約を考え始めた当初から変更はありませんので、これでいいのではないかと思っています。
「一年」という期限を切って、基金から2千円を生徒に支払う(2千円を減額する)ということでやってみたいと思います。
的が外れていますでしょうか。
頭が動かないと言いながら、ここまでなんとかたどりついています。
>この案への意見や質問とは別に、申し上げたいことがあります。私はこの案のとおりに決まったら、「二人一枠」を希望しません。
それは、まったく生徒さん一人一人の自由です。
何の遠慮も要りません。
私は、生徒さんたちの力を借りて、「二人一枠」を維持したいのです。「無料過程」をもっと機能するようにしたいのです。お気づきかもしれませんが、「無
料過程」への敷居は低くしてあります。(「ゴースト」「七年目の浮気」の二冊の音読の質ではなく、「ゴースト」だけの音読の質さえよくなれば、「無料過
程」に移れるようにしてあります。「無料過程」が「有料過程」の「卒業」ではなく、無料から有料に戻ることもありうるんだということを生徒さんに納得して
もらえるなら、敷居は低くしても大丈夫だと思いました。
ひとまず、考えたものを掲載します。
------------------------------------------------------
2月2日案
空き枠がない時に、レッスン受講希望者が現れた場合は、「レッスン受講希望者リスト」に名前を加える。公表するときは、県名・名字のイニシャルで公表す
る。
一枠、毎週一回三〇分、月額12000円。
「一人一枠」一人月額12000円。
「二人一枠」一人月額6000円。
「一人一枠」で使う人は、「無料過程」に移ることはない。2年のチャージ、ポイントの増減もない。
入塾者、レッスン受講希望者に「二人一枠」で練習することを希望するかどうかを確認する。
「二人一枠」を希望する人は、「二人一枠希望者リスト」に枠名(?曜?時)と名字のイニシャルを記入し、連絡用掲示板に公表する。
空き枠を作らないで済めば(新しい生徒が応募してくれれば)、その生徒および「二人一枠希望者リスト」の中から、素読舎が「練習力の釣り合い」を基準にペ
アの相手を紹介する。曜日、時間帯の都合等は生徒同士の話し合いで決めていただく。
「二人一枠希望者リスト」から、「二人一枠」を形成する場合、最重要条件は「練習力の釣り合い」。練習力が釣り合う相手がみつかり、ポイントの低い人がポ
イントの高い人を「またぎこして」「二人一枠」を形成する場合は、1ポイントマイナスされる。
「二人一枠」を使う人は、レッスン代金の他、「二人一枠維持基金」を月額1000円支払っていただく。
一定期間過ぎても空き枠が埋まらない場合、その分の収入減を「二人一枠維持基金」を取り崩すことで埋める。
「二人一枠」のうちの一人がレッスンをやめた場合、レッスンを継続する人は「一人一枠」を使う。「二人一枠」を希望するにもかかわらず、「一人一枠」でや
らざるをえない期間の1年間、レッスン代金12000円を10000円に減額する。2000円は、「二人一枠維持基金」を取り崩し、素読舎に支払われる。
ポイントの移動はない。
新しく入った人が「二人一枠」を希望するにもかかわらず、「一人一枠」でやらざるをえない場合は、レッスン代金12000円を10000円に減額する。
2000円は、「二人一枠維持基金」を取り崩し、素読舎に支払われる。ポイントの移動はない。
「二人一枠」で使う人には、レッスンを使ってみていいものだとわかった場合は、周りに広めていただくことを、あらかじめ要請する。
「二人一枠」を使い始める時点で、「2年のチャージ」が生じる。
※2年のチャージとは、「二人一枠」を使う場合は、2年以内に新しい生徒を紹介していただくこと。これを条件に、「二人一枠」での練習が継続される。
※早めに紹介があった場合は「2年のチャージの残」を有効とする。
例.6ヶ月たって、紹介があった場合、1年6ヶ月の「残」がある。「2年のチャージ」はリセットされ、2年プラス1年6ヶ月で、合計3年6ヶ月のチャージ
になる。
※チャージが切れて、そのまま「二人一枠」を使い続ける場合は、ポイントが1ポイント分マイナスされる。
※新しい生徒を紹介して下さった生徒は、ポイントが1ポイント分プラスされる。
※ポイント数は、「無料過程」へ進む際の条件となる。ポイントプラス1以上で「無料過程」に進むことができる。
※2年のチャージ、ポイント数は「無料過程」でも有効。ポイントプラス1以上で、「無料過程」を使い続けることができる。
空き枠を作らないことを条件に、「二人一枠希望者リスト」から「二人一枠」を作る。
「無料過程」に移る条件。
・「ゴースト」の音読が、コンスタントに12ページ10分以内で終わること。
・ 週二回以上、「自立練習」をすること。
・ポイントが1以上であること。
※この条件が整えば、「二人一枠」の枠ごと、あるいは「二人一枠」のうちの一人は、「無料過程」に進めることとする。
「二人一枠」の一方が有料過程、一方が無料過程で使うことはできる。この場合、無料過程の生徒に対してもコーチ付きのレッスンになるので、一人分の
6000円は、「二人一枠維持基金」から充当する。
【17599】
根石さん 投稿者:Piggy 投稿日:2011年 2月 3日(木)07時09分32秒
根石さん
三つ質問があります。
1.
>「6ヶ月後からずっと減額」「1年後からずっと減額」とした方が基金が底をつくと思いますが・・・。
確かにそうでした。根石さんが2月2日案の中で
>「二人一枠」のうちの一人がレッスンをやめた場合、レッスンを継続する人は「一人一枠」を使う。「二人一枠」を希望するにもかかわらず、「一人一枠」で
やらざるをえない期間の1年間、レッスン代金12000円を10000円に減額する。2000円は、「二人一枠維持基金」を取り崩し、素読舎に支払われ
る。
とされたのに賛成します。質問したいのは、すぐ次の文章に関してです。
>新しく入った人が「二人一枠」を希望するにもかかわらず、「一人一枠」でやらざるをえない場合は、レッスン代金12000円を10000円に減額する。
2000円は、「二人一枠維持基金」を取り崩し、素読舎に支払われる。ポイントの移動はない。
となっていますが、こちらでは、「1年間」と期限を切っていないのは、意図的にされたのでしょうか。
2.
前回の3で書いたのは、以下のような場合です。
「ペアの相手AがやめたのでBは『一人一枠』になり、新しい相手がみつからない。空き枠がない状態だったので、レッスン代金を10000円に減額された。
6ヶ月たっても相手がみつからない。一方その時に、別の枠が空いて、空き枠ができてしまった。1年後に空き枠が埋まったが、その時もBは『一人一枠』のま
まだった」
この場合で私がわからないのは、
>空き枠を作らないことを条件に、「二人一枠希望者リスト」から「二人一枠」を作る。
とあることを考えて、
ア.
空き枠がない期間は、『一人一枠』でやらざるをえない間には入らないので(なぜなら、作る前提が満たされていない期間だから)、7ヶ月目からは減額は停止
する。
と解釈するか、
イ. 空き枠があろうがなかろうが、『一人一枠』でやらざるをえない間にはかわりがないのだから、減額のまま。
となるのか、どちらなのか、です。
アの場合、Bは1年後から再度レッスン代金を10000円に減額され、1年半後までそれが続く、という理解でよいですか。(なぜなら、途中の半年間は補助
を受けなかったからです。)
同様の質問になりますが、新しく入った生徒に関しても、2千円の減額は空き枠がない場合に限る、という理解でよいでしょうか。
3,
前回4として書いたことにお返事がなかったので、念のために再度うかがいます。
現在の案では、「二人一枠」を希望して実際に使いはじめた人は、ペアの相手がやめない限り、どれだけポイントがマイナスになっても、何の影響もなく「二人
一枠」を使い続けることができます。ポイントは単に「無料過程」へ進む権利にだけ関係づけたい、と書いていらっしゃいましたから、これでよいのだと思いま
すが、念のために、上記のような状況が生じることも考えた上で書かれたかどうかをうかがいます。
【17600】
根石さん、村田さん 投稿者:Piggy 投稿日:2011年 2月 3日(木)07時24分27秒
ここのところ、この案に関しての質問を毎日書いていますが、それがかえって悪い方に作用していたら申し訳ないと思っています。具体的には、規約案が固まっ
ていくことが根石さんと村田さんの背中を(悪い方向へ)押して、別れる方向へと強いるようなら、まったく本意ではありません。
「今のやり方では空き枠が埋まらない、とわかっているのに、新しい案が固まらない」という閉塞状況が続くことはお二人にとって決して良い状態ではないで
しょうから、もう少し明るいところに抜け出して一息ついて、新しい気持ちで今後のことを考えていたけたら、と私は思っています。
私もミキさんと同じ気持ちで、結論を急がないでいただきたいです。規約案がまだ「案」であるように、村田さんが素読舎を離れることも、まだ決まった訳では
ない、と希望を持っています。
また、根石さんはお疲れでしょうし、規約案に関しては大枠は固まったように思いますから、質問に対してすぐに返事をしてくださる必要はまったくありませ
ん。私が根石さんのペースを乱しているようなら、申し訳ございません。
【17601】
(無題) 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 3日(木)21時33分39秒
山歩きをして疲れました。少し休ませてください。
Piggy さん、気にしないで下さい。
【17602】
すまじきものは 投稿者:稲村 投稿日:2011年 2月 3日(木)21時43分35秒
村田さん、根石さん
いつもお世話になっております。
I村こと、稲村です。
さて、根石さんが投稿された、「村田さんが連絡係」のエピソードを読みまして、すいません、ちょっと笑ってしまいました。非常に真面目な話題ですので、私
が笑ったことについて不快に感じた方がおりましたら、あらかじめ謝っておきたいと思います。ごめんなさい。茶化すつもりは毛頭ないのですが、まるで、サラ
リーマンの上司が部下に対して、「お前は気がきかないんだよ!」と叱責しているようで、そんな場面を想像してしまいました。
私自身は、サラリーマン、というか宮仕えをやっておりますので、以前読んだ本の「気が利かないことと馬鹿であることは同義である」というサラリーマンの心
得ごとを見かけた際、なるほどなあ、と思ったものです。「気を利かせる」とはつまり相手のことを考えて行動する、ということであり、件のエピソードを読ん
で、私自身が根石さんの立場なら、確かに怒るかも、とも思いました(念のため申し上げますが、村田さんに対し「馬鹿だ」などと言っているわけではありませ
んよ)。
じゃあ、私自身は気の利く人間なのか、というとまったくもってそんなことはありません。先日、上司から資料作りをお願いされ、それを持っていったところ、
ここはもっとこうしてくれ、と上司の指示になかった項目を追加されました。私はそれに対し「そうですね。そのほうがいいですね。すいません、気が利かなく
て」と答えましたが、内心では「最初から指示してくれ、二度手間だよ。文句があるなら自分でやればいいのに」と腹黒く考えておりました。気を利かせるっ
て、結構難しいのです。指示する側としては「そんなこと、言わなくてもわかるだろ」、指示される側としては「しっかり指示してくれないと困る」といったす
れ違いでしょうか。サラリーマンも楽じゃなく、すまじきものは宮仕え、ですね。
最後に、これも念のために申し上げますが、お二人の問題が、ただ単に気が利くだの利かないだの、そういったことではないことも十分に承知しております。そ
して、お二人に対して、ああしてほしい、だの、こうするべきだ、などと言うつもりもありません。ただ、昨夜からの根石さんの投稿を読み、私が今感じている
ことを伝えたいと思いました。長年素読舎にお世話になっているものとして、やはりこういう展開は、とても悲しく思いますし、元の鞘に納まってほしいと心よ
り願っております。ただ、それだけです。
【17603】
ちょっと待って、Playback! 投稿者:Jackie 投稿日:2011年 2月 3日(木)23時46分55秒
どうもみなさん、ご無沙汰です。
このところ、掲示板をROMすることもめっきり減っていました。
それでも時折はきているJackieです。
さかのぼって読んでいたのですけど、
村田さんが辞める?
んー、ちょっとまってPlayback!
村田さん、掲示板に考えていること思ったことを書いてみたらどうです?
みなさん事情がみえなくて当惑してるかも。
それと、素読舎はなれて、スカイプの村田さんの生徒さんたちはどうなるのでしょう??
根石さん、
ポイント制?チャージ?マイナスポイント?
なんじゃそれ???です。
貢献したからポイントあげる、貢献できなきゃマイナスになっちゃうなんて、
生徒さんもあまりいい思いをしないのではないでしょうか?
知り合いに勧めるも勧めないも生徒さんの自由。
自分がよいと思えば人にも勧めたくなるでしょうし。
ポイント制とかチャージとか、セコク感じて嫌なんですよね。規約も読んでみましたがややこしくて・・?。
スーパーのカードとか、ためていたポイントが有効期限切れで使えなかったときのくやしさ、むなしさを思い出してしまうのです。
それなら、新規生徒紹介で、1,2回分のレッスンを無料プレゼント!
とすぐさまキャッシュバック還元!のほうが、うれしい。
*二人でレッスンをは現在受講中の生徒のみにする。
*新規は基本ひとりレッスンとする。力量レベルの合う生徒のマッチングがむずかしい。
*どうしても新規でふたりでレッスンを希望の方は、相方は自分でつれてくる。
ペアの片方が辞めた場合はひとりでレッスンに移行することとを了承してもらう。
二人一枠維持基金も良い案ですけど、面倒くさい気も。事務管理が。
世の中デフレ。よいものとわかっていても、なかなか財布の紐が固い。
固いのでなく財布の中身が乏しいからよいとわかっていても、出せない、買えないという事情もある。
この際
一枠、毎週一回三〇分、
「一人一枠」一人月額12000円→1万円。
「二人一枠」一人月額6000円→そのまま。
と一人1枠のレッスン料金を値下げする。
そうすると、二人1枠の現在の生徒さんも、ペア相手が辞めてひとりになったとしても
レッスン継続にわたって負担が減ります。6千円から1万2千になると倍だから厳しい。
でも一万円なら4000円プラスでプライベートレッスンが受けれる。
何とかなりそうな気がしませんか?
ペアレッスンもいいものですが、一人レッスンの集中もいいものです。
練習相手がほしければ、掲示板で相手を募集すればいいし、
また素読舎会議のときにでも、生徒間交流はできますし。
*二人でレッスン受講の方は貯金箱をひとつ用意して、今から、毎月2千円、「基金」として自分で積み立てておくことにする。
レッスン料金を振り込む日にかならず500円玉4枚を貯金箱にいれる。
あとになると、わすれちゃいますからねー。
月2千円
そうすれば、半年で12,000円たまります。いちねんで24000円。たまります。
ペア解消のとき一人枠にもどるときの自己基金として役にたつでしょうし、
ペア継続ならおこずかいの積み立てになります。
お金に余裕があれば、ひとりでレッスンをうけたつもりで4千円を貯金箱にいれておくと、
年間48000円!あら、なにに使おうか〜〜。
生徒さん方へ。
レッスン料金に関して言えば、
プライベート30分、一回3000円というのは決して高くはないのです。
大手英会話学校で講師をしていたとき、、
1レッスン4人のクラス一回50分で、各生徒一回あたり5千円払ってました。
かのNoVaですら、3人までのクラス一回40分のレッスンで一回2500円の単価だった記憶。
600時間のチケットかえば、1レッスン2000円ぐらいになったかと思いますが
それには、総額120万も払わなくてはならなかったはず。
外人とのレッスンというなのくっちゃべりでね・・。
1レッスン三人で40分、ひとりあたり何分口を動かせているか・・
それから比べれば、しっかりと練られた教材、
そしてコーチについて口を動かしっぱなしの30分、
どちらが力がつくかどうかは、一目瞭然ではないでしょうか。
多くの生徒さんも感じてらっしゃるのでは?
ただねー、デフレですからねー。
新規にはじめるときに1万円だと思い切れても、一万二千円。そこへいって、二千円の差なのですが、敷居がたかいのですよ・・このご時勢。
そして、12,000円だと人に勧めにくくても一万円だと勧めやすい。はじめるほうも始めやすい。継続もしやすい。
と生徒になったつもりで書いてみました。
おいおい、おまえ来るな!と根石さんから声が聞こえてきそうです。
素読舎に口出しするな!
はい仰せのとおり。。
でも長年掲示板にいたもので、
なんとなーく不穏な空気をかんじ、素読舎が空中分解しそうで、
ついつい書き込み、お許しください。
晴れ続き、寒空で星空でもみあげて、深呼吸。
【17604】
気まぐれ意見 投稿者:気まぐれ 投稿日:2011年 2月 4日(金)10時58分9秒
数年に何回かの割で気まぐれ投稿する者です。その都度投稿名を忘れて・・・。
Jackieさんのポイント制に関するご意見、その通りだと思います。わたしは、ジムに通ってますが、そこでもしょっちゅう「友達紹介」というキャンペー
ンをしています。友達を紹介すればティッシュをくれるとか、紹介した友達がメンバーになればTシャツをくれるとか・・。「わたしはここの営業屋じゃない
よ」「いいと思ったら物をもらわなくても紹介するわ」と苦々しく感じています。
でも、素読舎の場合は維持していく上での苦肉の策なのだと理解していました。だから生徒さんからの異論もないのかなと思っていました。Jackieさんの
ご意見を聞くと、やはりもっともなことだと思えます。わたしが生徒だとして、素読舎がすばらしいものだと実感しても、わたしの周りをみて英語を習いそうな
者はいない。生徒さんのなかには協力したくてもそういう方もいるんじゃないかとも思いました。紹介できなければ肩身が狭いような気になられるかも知れませ
ん。
ポイント・チャージ・マイナスポイント・基金、本当にややこしい。
あと、Jackieさんの料金に関するご意見で感じたのですが・・・。わたしは、二人レッスンの料金を上げるのがいいのではないかと思いました。一人が二
人になるのだから単純に半額という価格設定は大ミステーク(申し訳ありません)だったのではないかと思います。根石さんは良心的な方なので二人だから半額
でいいと考えられたのだと思います。
二人の場合は一人8000円くらいの設定がよかったのではないかと思うのですが、いまの生徒さんに2000円上げが難しければせめて7000円と
か・・・。新規の場合は
8000円。それでも安いと思います。一人が二人になっても、努力は必要だが効果はさほど変わらないと書かれていたかと思います。二人レッスンだと何かと
根石さんにとって面倒なことが増えます。その分上乗せがあって当然だと思います。
拾い読みの気まぐれが、気まぐれに投稿しまして申し訳ありません。
【17605】
子供のレッスン 投稿者:N 投稿日:2011年 2月 4日(金)20時15分30秒
うちの子とゆうすけくんで、月曜の19:30から村田コーチのレッスン受けてます。
さしあたって、3日後のレッスンはどうしたらよろしいでしょうか?
月曜の19:30からしか、双方ののスケジュールが合わず、根石先生の空き枠を埋めることができませんでした。
ウチの5年生、6年生と、それぞれ、自分からやりたい、と言ったわけではなく、親が良いものだと思って、なんとか楽しくさせて、続けさせようと思い、色々
努力してきました。
車で20〜30分のところを、わざわざウチに来てもらって一緒にしたり、スカイプ環境のないゆうすけくんのために、ゆっくり母さんのウチに行ってもらっ
て、スカイプをお借りしたり。
ゆうすけくんのママも夜勤のあるシフト勤務の中、雪の中、時間の都合をつけ、がんばってこられて、ようやく軌道に乗ってきたなあ、と思う最近です。
苦労はしても、中学で英語の授業に出会ったとき、ああ!これだったんだ!と思ってくれるよなあ、と、そばでレッスンを聞いて、ゆうすけくんママとも話して
いたところです。
同じ曜日、時間であれば、都合もつくとはとは思うのですが、変更となると調整が厳しいかもしれません。
とりあえず2月、3月、現状で続けることはできるのでしょうか?
【17606】
皆様 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 5日(土)03時14分13秒
レッスン終了後、村田君とファミレスで話し、今帰宅しました。
なんとか合意点を見いだすことができました。
村田君の元でレッスンをしていて下さった生徒さんは、これまで通り、レッスンを継続していただけます。
皆様にはご心配をおかけしました。
連日あまり寝ていないので、今日はここまでにさせていただきます。
明日以降、ご報告致します。
【17607】
皆様 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月 5日(土)04時04分53秒
Piggyさん、ももこさん、小川さん、ミキさん、Nさん、江戸の母さん、稲村さん、Jackieさん、そしてみなさん
根石さんと話し合い、私は今後もレッスンを続けさせていただけることになりました。
ご心配おかけいたしました。
私は今、書くことがあまりできないです。いつかきちんと書かせていただきます。
【17608】
過去ログ整理の放置のお詫び 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月 5日(土)04時09分0秒
「大風呂敷」の読者の皆様。生徒の皆様。
私が、自分で「やる」と言った過去ログ整理をやらずにこれまで放置してきたことで、皆様の語学論の理解の妨げになってしまいました。お詫び致します。
根石さん、語学論を書き、深める時に、過去ログがまともに参照できる形になっていなくて申し訳ありません。
過去ログ整理についてよく考え、きちんと形にしていこうと思っています。
【17609】
規約について 投稿者:江戸の母 投稿日:2011年 2月 5日(土)04時22分20秒
根石さん、村田さんが「合意点」を見出したとのこと。ほっとしました。詳細まってます。
Jackieさん!
お久しぶりです〜、久しぶりにJackie節が読めて、わくわくしちゃいました♪もう言葉づかいが素敵!
村田さんにも、こういうふうに自分の気持ちを胸襟ひらいて自分の言葉で書いてほしいなと思いました。
今後、規約がどういう展開になるのか読めない状況ですが、すみませんが私も規約についていけてません。(そもそもチャージという言葉は(電車乗るときの
カード)にお金を貯めておくという感覚しかないので、「2年のチャージ」といった時点で、なんの行為もしてないのに??混乱してしまいました。とほほ)と
にかく周りには英語をやる人はいないし、新規紹介は無理だよなと思っていました。まあ、ずっと続けていられればいいんですけどね。ちょっと今回の騒動で正
直気持ちがゆらいでしまい全然自立練習していないのが、そっちのほうが問題ですよね(^^)
マスコミやお稽古情報誌を通じてアナウンスのほうが有効なのではないかと、連日調べていました。今、フリーペーパーもたくさんありますしね。フライヤーと
いうんでしたっけ。とにかく「素読舎」という名前にひっかかってくれて、HPを見る人が増えたらっと。
ちなみに、西日本新聞だと、「塾の宣伝」という枠になり、5行(1600円/1行(15文字))が最低ラインで、安くありません。「ケイコトマナブ」
(リクルート)のネット版だと、キャンペーン中で半年掲載で、一月5万円。紙媒体だと関東版掲載でこれも半年掲載で、一月一万円。た、高い・・・生徒さん
有志で、これに掲載する募金でも集められないかなと思っていたところでした。
ももこさん、HPの情報、ありがとうございます(^^)興味深いリンクでした!
このメディア掲載案はどう思いますか?
根石さん
模索舎に納品した「ハリマオ」。インターネットで購入可能です。
http://www.mosakusha.com/newitems/mini/mini_2.html
【17610】
内田樹の言葉 投稿者:馬の骨 投稿日:2011年 2月 6日(日)17時21分41秒
内田樹・街場の至言(非公認)
●名無しのひとが集めた言葉です。
http://twitter.com/#!/tatsuruwords
【17611】
内田樹の言葉から 投稿者:馬の骨 投稿日:2011年 2月 6日(日)17時28分54秒
『自分はいったいどんなフレームワークの中に閉じ込められているのか、そこからどうやって脱出できるのか、という風に問いを立てることから初めて反省的な
思考の運動は始まります。「私はどんな風に感じ、判断することを制度的に強いられているのか」これを問うのが要するに「思考する」ということです』
【17612】
村田さん 投稿者:ミキ 投稿日:2011年 2月 6日(日)18時45分11秒
もともと私が素読舎を見つけたのは、子供に第二外国語としての日本語を教えたほうが良いのか、否か、教えるとしたらいつからどのように教えたら良いのか、
英語についてはどうか、などを考えていた時に、「英語を教えない」という風な検索で吉さんのHPを見つけた事がきっかけでした。
日本の親たちが子供達の第二外国語としての英語をどう扱うべきかを考えるように、国外にいる多くの親も「バイリンガルの子供」ということを考え、そしてそ
こに大きな不安、混乱、誤解があります。
素読舎の基本概念、語学論をまとめていく事は、そういった親達の為にもなりますので、社会奉仕だと思って是非よろしくお願いします。
根石さんがこんなにも「過去ログをまとめる」事を『村田さんに』強く言うのは、もちろんお考えがあっての事かと思いますが、もし私がお手伝いしても良い事
があれば喜んでしますので...。
【17613】
経過報告 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 7日(月)00時30分13秒
なぜここまでの激怒に至ったのか。
以下に書く時間の流れは私の記憶にもとづくものである。違っているのがわかる人には訂正をお願いしたい。
「小学館文庫」が出る前後は、私は村田君に語学論を書くことを期待していた。掲示板「大風呂敷」が始まって、次第に、村田君には語学論が書けないのだと
はっきりしていった。
6,7年前、私は村田君に「過去ログの整理をやってくれないか」と頼んだ。半年くらいたって、どうなっているのかと聞いたところ、「やってない」との返
事だった。やってみたところで、果たしてどれほどのものが残るかわからない。やってみた結果が、「なんだ、こんなちっぽけなものだったのか」とわかるだけ
のことになるのかもしれない。それもやってみなければわからない。
村田君が再度「やります」と言い、さらにその半年後聞いてみると、また「やってない」との返事だった。その時も、過去ログの整理は必要だという話をした
のだろうと思う。その時を含め、これまでに何度、過去ログの整理が必要だという話をしたのかはわからない。とにかく二度や三度のことではない。やると言っ
たことをやらないことに対して、いつからか怒ることになったが、怒ったのも二度や三度ではない。
なぜやると言ったことをやらないのかについては、とにかくわけがわからなかった。なぜそういうことができるのか、理解できなかった。
謎の一年の数年後、村田君が理由を言った。理由の具体的なことは、書くなら村田君が書くだろうから私は書くつもりはない。謎の一年より前に、私がたたい
た軽口が村田君をひどく傷つけたことがあったのだそうだ。私は軽口をたたくことがよくある。しかし、その件に関しては村田君を傷つけようとした意図が私に
なかったので思い出せなかった。私が軽口をたたき、村田君が傷ついたのであれば、私が悪いのだから、村田君は「その言い方はないだろう」と私に言えばい
い。それを言わずに、村田君は、恨みにして抱え込み、やると言った仕事をやらないという形に持ち込んだということなのだ。それは、「仕事に私情を混ぜた」
ということになるだろうと私は言った。村田君はそれを納得した。
しかし、その後も、過去ログの整理が進んでいるようには見えなかった。私が過去ログの整理についてはあまり言わなくなった時期もある。それでも断続的に
「やっぱり過去ログの整理は必要だ」とは言い続けたのである。
村田君が改めて取り組むということはなかった。今度は、「仕事に私情を混ぜるのは駄目だ」と私が言ったことに対して、村田君がどう考えているのかが謎と
なった。今回の掲示板上での私の攻撃に対しても、村田君は反応がないが、これまでの私と村田君の関係の中でも、あるべき報告や連絡がなかったり、自分の考
えを言うということがなかった。はっきりわかったのは、長いこと恨みをかかえて、顔に出さずに従うふりをする人だということだった。
その後も何度も、過去ログの整理が必要であることを私が言い、村田君からははっきりした反応のないようなことが繰り返された。ホームページを立ち上げて
いる時は、過去ログの整理をやる時間などとうていとれないだろうと思ったので、その間は過去ログのことは考えなくていいと言った覚えはある。何かを「立ち
上げ」ている間の大変さは身に覚えがあるから、私はそう判断した。ホームページが立ち上がって、やっぱり過去ログの整理は必要だと私はまた言い出したが、
村田君の反応の手応えのないことは変わりがなかった。そのあたりから、私の気が荒れていった。
最初期待したものは、語学論を書くことだった。それはどうやら「できない」ということがわかった。それが駄目でも、過去ログの整理ならやれるだろうと私
は考えた。しかし、それは「やらない」。これは、「できない」ではなく、「やらない」だったのである。「仕事に私情を混ぜるな」の話の後も、「できない」
ではなく、「やらない」が続いた。
私の気持ちは荒れていき、だったら雑用をやらせるしかないと考えた。
「できない」ことを無理にやらせたのならともかく、「過去ログの整理」については、やればやれることを「やらない」ことが本質である。「過去ログの整
理」は歯止めにならなかった。
だったら、雑用だ。次々と用事を言いつけることに私は何も遠慮もしなくなった。どなりつけることの数が増え、村田君も私も、両方で神経症のような状態に
なった。
私なりに節目をつけると、村田君に対する期待は、「語学論を書く」→「過去ログの整理をする」→「言いつけられた雑用をする」というように推移した。三
番目の「雑用」時代に至ると、神経症が多発した。
「仕事に私情を混ぜる」ことが、私どもの「対の関係」を壊した。「仕事に私情を混ぜる」ことが、過去ログが整理されないという形で、私だけでなく、生徒
にも、大風呂敷の読者にも迷惑をかけた。もはや、「対の関係」において解決することは不可能だと判断して、私は村田攻撃を「大風呂敷」上で展開した。これ
も私の神経症の発症の一例なのかどうかは知らない。
この神経症が駄目だ。村田君と俺の関係はどこまで戻れるのか。いまだ語学論は書けないのだから、戻るのなら「過去ログの整理」という時代までしか戻れな
い、とファミレスで話した。
なんでもかんでも用事を言いつけて、躊躇なくこき使うということは止める。双方の神経症には、それでしか歯止めはかからない。
語学論というものが、素読舎の根底である。大元である。俺はそう考える。過去ログというものが「生データの山」であるなら、それが放置されるだけなら、
あれはごみの山だ。それを整理するというのはどういう意味の仕事になるのか、よく考えろと言った。「今すぐ始めろ」とは言わなかった。だから、今すぐ始め
るのでなければ関係の修復は不可能だと大風呂敷に書いたことは、その時点で取り消したことになる。
俺のやり方は、「逆のれん分け」なのだということも話した。
昔ながらの「のれん分け」が今でも行われているのかどうか、私は知らない。とにかく、素読舎では昔ながらのものはやれない。「塾をやりたい」という人
が、現金収入はまるでないというような人であったり、それが大学を卒業したような人であったりする。
盆・正月に数日の休みをもらい、ただ働きを何年も何年も続け、店に十分な利益をもたらした後に「のれん分け」がなされるようなことは、素読舎にはできな
い。身柄そのものを預かり、毎日飯を食わせ、寝るところを用意するようなこともできない。
だから、私が考えたのは「逆のれん分け」である。
ひとまずは自分の英語力をつけるために、一人の素読舎の生徒になること。その金さえない者は、ひとまずはタダで素読舎を使ってもいいが、それに準じて素
読舎の「雑用」を多めに手伝ってもらう。
生徒の練習を見ることができる者には練習も見させる。これで、生徒の立場とコーチの立場の両方に立つことができるが、払うべき金は一人の生徒としての金
だけである。
中学の英語を見ることができるようになった頃から、「素読舎」の看板をあげていいが、その後も継続して一人の生徒として素読舎に通い、自分の英語力をつ
けること、素読舎本部の運営の変化を見続けることを課す。
「逆のれん分け」では、「のれん分け」をしてからも、生徒の身分は続くのである。
つまり、コーチ法などはタダで伝えるが、自分である程度の金がとれるようになったら、それなりに大きめの一仕事を引き受け素読舎のために働いてもらう。
この場合の「大きめの一仕事」は、村田君の場合は、「過去ログの整理」だった。
そして、それなりに金がとれるようになっていたにも関わらず、村田君は過去ログの整理を放置し続けた。
今回の私のぶち切れで、私は娘にしこたま怒られた。「お金をとればいいんだ」と娘は怒った。そんなことを続けているから、塾運営の練習までさせてもらっ
ている者が、なんでもかんでもタダみたいに思うことになるんだと娘は私を怒った。
金がなければ払わなくていい、しかし、金がとれるようになったらちゃんと仕事をしてもらう、ということをはっきりと口に出して言わないできたことについ
ても怒られた。
そんなこと、言わなきゃわからねえのかよ、と私は娘に口応えした。
「わからないんだよ。今の時代の人は。今はそういう人がいっぱいいるんだよ」とまた怒られた。なるほど。
村田君とファミレスで話した夜、家を出る直前に私は次のようなものを、紙に走り書きした。
0〜5万 0
〜10万 1万
〜15万 2万
〜20万 3万
その紙をファミレスで村田君の前に広げた。これは、「教材使用料」という名前にするのがいいと思うが、5万円までの収入では、0円、つまり、金を払う必
要はない。それ以上で10万円までの場合は、1万円を毎月支払う。それ以上、15万円までの収入のある場合は、2万円を支払う、というようなシステムであ
る。
「これでどうだ」と私は村田君に言い、村田君は、「これでいいです」と言った。
英語力をつけるために、通塾して一人分の生徒の金を払ってもらうことはともかく、塾をやるとかコーチをやるための練習には、これまでに私は村田君から金
を請求したことはない。今回考えたものは、一種の「後払い」と言ってもいいだろうが、私としては、「逆のれん分け」と言いたい。
まだ不安が残るうちから、「看板」を掲げさせるのは、自分でやってみないとわからないことがあるからである。身柄を預かり、生活を共にすることで習って
もらうのではないから、早めに「自分でやる」ということを始める。塾をやりながら、素読舎に「生徒として」通塾し続けるなら、吸収すべきものを吸収するの
も早いはずだ。それが「逆のれん分け」である。
収入が得られるようになったら、その一部を素読舎に支払うか、そうでない場合は、「大きな一仕事」をやって、素読舎を支える「大きな力」になってもら
う。
娘に怒られ、納得するしかないことがあった。村田君は、6年、7年にもわたって「過去ログの整理」を放置したので、金は動かないという線はやめることに
した。
0〜5万 0円
〜10万 0円
〜15万 1万
〜20万 2万
というくらいなゆるいものにしたいという考えもあるが、今はとうていその気になれない。ゆるいものにするかどうかは、過去ログの整理が、今の時点に追い
ついてから考えればいいと思う。
金が動かなければ、仕事も動かないのであれば、金を動かすしかない。仕方のないことだ。金を動かさないでやる方法がありうるはずだと考えてきたが、村田
君からは、そういう考えを理解しているという手応えはなかった。
以上、ファミレスでの「合意点」と、これまでの経過報告です。
【17614】
Jackie さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 7日(月)00時44分21秒
「一人一枠」を使うのを希望する人は、「無料過程」に進むことも、ポイント制も一切関係ないという使い方があるのです。
値下げするなどとんでもありません。
Jackie さんにせこく見えることなど、私にはどうでもいいことです。
【17615】
江戸の母さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 7日(月)00時48分0秒
提示していただいたものについては、私の考えはすでに書いてあります。
他の生徒さんから反応があった場合に、基金を集めるだのなんだの、やっていただくことは構いませんが、すべてご自分の責任でやって下さい。
雑誌広告などに素読舎が動くことはありませんので、あらかじめお断り申し上げます。
【17616】
ミキさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 7日(月)00時49分26秒
もし手伝っていただけるなら、村田晴彦を責任者とした仕事に加わっていただくことでお願い致します。
手伝っていただけるなら、有り難いことです。
【17617】
気まぐれさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 7日(月)00時52分21秒
値上げのご提案ありがとうございました。
しかし、「大ミステーク」は今後も堅持するつもりでおります。
【17618】
Piggy さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 7日(月)00時55分54秒
規約づくりを継続するつもりですが、体調が悪く、少ししてから継続させていただきたく思っています。
引き続き、ご協力をお願い致します。
なるべくわかりやすい規約にしたいので、4月発効にとらわれずに練っていきたいと考えております。
【17619】
村田君へのプレゼント 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 7日(月)03時32分32秒
「読者」といった時、それは現実的な読者を指すだけではないことなら、誰でも知っている(わけではないらしいのだ、ほんとうは)。具体的な読者がいて、抽
象的な読者がいる。現実的な読者がいて、可能性としての読者がいる。ひとりの具体的な個人の中に、むすうの読者がいたり、たくさんの個別の読者がひとつの
共同的な読者を形づくったりする。「読む」という事件の現場ではそういうことが起こる。
「高校生のための文芸時評入門」
(高橋源一郎・『文学がこんなにわかっていいかしら』福武文庫)
【17620】
スミマセン、また流れを切っちゃいますが・・・ 投稿者:ももこ 投稿日:2011年 2月 7日(月)07時02分55秒
ふと思いついて、頭から消えそうになっているので書き込みます。
素読をはじめて、日本語でも英語でもそうですが、子供たちに感じることがあります。それは「分からない文章が書いてある本でも躊躇なく読もうとする」とい
うことです。
これは、素読をしていて自分が理解できない文章(英語なら最初は余計理解できませんよね)を無理やり読ませてしまうというところに意味があるんじゃないか
なぁ。とふと思いました。
分からないことを理解するために本を読むということはもちろんあると思うのですが、全く分からないものに手を出して読むということは普段しないと思うんで
す。でも子供たちは年齢を飛び越えたり「これ読んでいて分かるの?」と思うものでもいろいろと読んでいます。分からないものをそのまま一旦受け入れてから
ゆっくり咀嚼しているのか発酵させているのか分かりませんが、そんなことをしているのかなぁってぼんやり思いました。
素読舎のお子さんで、英語のレッスンをしているのに国語の成績も伸びたというような記事か書き込みを見た記憶があるのですが、そういうことなのかなぁって
感じました。
ピントはずれでしょうか^^;本当は英語の効果について書いたほうがいいのでしょうけれども、私がそういうことにばかり気が向いてしまっている状況です。
子供の英語についてはおいおい書いていこうと思います。
【17621】
今後 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月 7日(月)14時13分53秒
私がやるべきことをやっていなかったので、何を言っても重みがないと思います。
今はとにかく、過去ログの整理をやりとげます。
どこにいても手をつけられるように、過去ログ整理専用として安いネットブックを買ってきました。気持ちを切り替える意味もあります。
今後の動きを見ていてください。
ミキさん
助言ありがとうございます。
私はまず、今までの過去ログの中の、語学論とは関係ないものを取り除き、語学論に関係する投稿記事だけが残ったテキストファイルを作り上げます。
そこまで、私一人でやりとげます。
その後、記事のグループ分けをし、目次を作る段階が来ます。その時にはじめて、私は、協力してくださいと言えると思います。
よろしくお願いします。
【17622】
根石さん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月 7日(月)14時22分15秒
高橋源一郎の引用ありがとうございました。
わたしは「抽象的な読者」「可能性としての読者」はまったく想像できていませんでした。
デスクトップに貼っておきます。
【17623】
村田さん 投稿者:ミキ 投稿日:2011年 2月 7日(月)23時42分15秒
了解しました。
【17624】
ホームページ 投稿者:ピッコロ 投稿日:2011年 2月 8日(火)01時03分35秒
今後、HP(掲示板)がより見やすいものになればと思い記載します。
今、大風呂敷にはなんでも記載できるため、これを整理するとなると非常に労力が必要になると感じます。
過去ログを見ましたが、新年のあいさつからはじまり、旅の話などなど、語学論文をピックアップするには、まず、これらを削除して絞り込む作業から始めるこ
とになりそうです。
そのため、今後は、「語学論のみを扱うページ(項目)」を作ってはいかがでしょうか?
かりに、語学論に興味がある方がHPを見に来られたとして、大風呂敷にもぐってその中を探すことはないと思います。折角書いているのに、なんでも書ける
ページに記載しているため、日々の話に埋もれてしまい、日の目を見ずに勿体無いと感じます。HPのTOPページの1項目にしてもよいのでは。
そして、今日のレッスン中に私からふった話題ですが、初めて見学にこられた方などにも、根石さんはここの掲示板に色々(連絡・質問・感想・意気込みなど)
記載してもらうようにとのことでありましたが、外からくる方にとってここは仲間内の掲示板に見えるため、非常に書き難さを感じると思います。
ですので、「初めての方ようの連絡・質問ページ(項目)」を作ってはいかがでしょうか?
塾生が増えることを願って(*^^)v
【17625】
ピッコロさん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月 8日(火)11時25分53秒
>過去ログを見ましたが、新年のあいさつからはじまり、旅の話などなど、語学論文をピックアップするには、まず、これらを削除して絞り込む作業から
始めることになりそうです。
これがわたしが放置していたことであり、今やり始めていることです。
すみません。
>そのため、今後は、「語学論のみを扱うページ(項目)」を作ってはいかがでしょうか?
語学論のページはありますが、まだ充実しているとはいえないです。
これから過去ログの語学論に関係ない記事をふるいわけた後、過去ログ倉庫できちんと分類し、目次をつけていく過程で、ホームページに反映していく形にしよ
うと思っていますが、とにかく過去ログのふるいわけを先にやります。
>ですので、「初めての方ようの連絡・質問ページ(項目)」を作ってはいかがでしょうか?
新しい掲示板を増やすということでしょうか?生徒さんが連絡・質問・感想・意気込みなど書きこむのは「大風呂敷」と「連絡専用掲示板」でカバーできると思
うのですが…。
今まで、「連絡専用掲示板」の方に投稿された文章で、語学論に関係していると思った投稿は私の判断で「大風呂敷」の方に転載させてもらっています。それで
はだめでしょうか?
【17626】
村田さん 投稿者:ピッコロ 投稿日:2011年 2月 8日(火)20時22分56秒
いえ、いえ、責めているわけではございません。
今後、管理していく上で、村田さんの作業が楽になればと思った次第です。
分類し、目次を付けるに賛成です。とても見やすくなると思います。
はい。新しい掲示板を増やすことを考えました。
私も含めて既に生徒さんであるかたは、大風呂敷に語学論以外のことを記載するでよいと思います。
私は、新たに興味を持たれた方について、「大風呂敷」や「連絡掲示板」ですと、仲間内で記載されている所のように感じて、記載しにくいかなと思ったので
す。
考え過ぎかもしれません。。
レッスンを始めた頃に、この大風呂敷を見て、お一人の記載量の多さに圧倒されました。
何かのレポートが出来上がるかもしれないと感じました。
確かに、掲示板をもう一つ増やすことは、管理に一手間掛かってしまうので、「連絡掲示版」に記載して頂くのがよいかもしれません。ただ、「注書き」で『初
めて閲覧し興味を魅かれた方は、「連絡掲示板」に記載してください。』などがあってもいいのかなと思います。
【17627】
Piggy さん、生徒さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 9日(水)17時30分19秒
>>新しく入った人が「二人一枠」を希望するにもかかわらず、「一人一枠」でやらざるをえない場合は、レッスン代金12000円を10000円に減額す
る。2000円は、「二人一枠維持基金」を取り崩し、素読舎に支払われる。ポイントの移動はない。
>となっていますが、こちらでは、「1年間」と期限を切っていないのは、意図的にされたのでしょうか。
意図的ではありません。コピー・ペーストを使って文を書いていたときに、書きもらしたものです。
規約をなるべく単純なものにしたいというところから考えなおし、2000円を動かすことは今回の案ではやめました。
事務が複雑になること、生徒さんにわかりにくくなることを避けたいと考えたためです。
せっかく考えていただいたものですが、活かすことができません。申し訳ありません。
今回の案で、不明点などありましたら、是非お聞かせ願いたく思います。
ももこさん、Piggy さんに提示していただいた「基金」の考えは、活かすことができたと思います。ご協力ありがとうございます。
他の生徒さんからもご意見をお願いします。採用できる場合もできない場合もありますが、なるべくお聞かせ下さい。
規約は素読舎の「私法」ですが、「開かれたもの」にしておきたく思います。
【17628】
規約2月9日案 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 9日(水)17時33分28秒
規約はなるべく簡単でわかりやすいものにする。本来的に規約は不完全なものなので、暫定的なものとし、使いながら改訂を続ける。
素読舎のレッスンには「一人一枠」と「二人一枠」がある。
一枠、週一回三〇分、月額12000円。
「一人一枠」一人月額12000円。
「二人一枠」一人月額6000円。
「二人一枠」は6000円の他に、「二人一枠維持基金」月額1000円が必要。
継続的に「一人一枠」で使う場合は、「無料過程」に移ることはない。ポイントの増減もない。
「一人一枠」で練習するか、「二人一枠」で練習するかは、生徒が自分で選ぶ。
「一人一枠」で開始し、途中から「二人一枠」を希望する場合は、「二人一枠希望者リスト」に枠名(?曜?時)と名字のイニシャルを記入し、掲示板に公表す
る。空き枠を作らないことを条件に、なるべく早めに「二人一枠」を作る。
「一人一枠」での練習は、曜日・時間帯の都合が素読舎側と生徒側で合いさえすれば継続が可能。
「二人一枠」の練習は、曜日・時間帯の都合だけでも、生徒二人、素読舎の三者の都合が合わなければならない。生徒の一人がレッスンをやめたり、「一人一
枠」を希望するだけでも「二人一枠」は壊れてしまう。「練習力の釣り合い」がとれなくなった場合も、「二人一枠」は壊れてしまう。
「二人一枠」は壊れやすい。維持するためには、規約を必要とする。なるべく、一人一人の生徒の希望を大事にするが、すべての希望に沿えるわけではない。
「二人一枠」においては、「素読舎対生徒二人」の関係がある。他にも、「素読舎対生徒一人」あるいは、「生徒対生徒」の関係もある。規約運営においては、
「素読舎対生徒二人」の関係で運営する場面が生じる。
「二人一枠」をどう維持していくかは、生徒同士で話し合うことが必要。
ポイントを数えるときに、「枠使用者の合計ポイント」で算出することがある。
「二人一枠」を使用中に、一人の生徒が「一人一枠」を希望する場合や、一人の生徒がレッスンをやめる場合がある。どちらの場合も、残った一人は、ひとまず
は「一人一枠」で練習を継続していただくことをあらかじめ承知しておいていただく。
「二人一枠」を希望する場合は、「二人一枠希望者リスト」に登録する。「二人一枠希望者」は、枠名(曜日・時間帯)とイニシャルで掲示板上に公表するの
で、なるべく掲示板上で生徒同士で話し合っていただき、「二人一枠」を形成する。その際、素読舎は「練習力の釣り合い」という観点からアドバイスする。
自分の都合で「一人一枠」を使うことになったのではない場合、1ポイントをプラスする。
基本的に、「二人一枠維持基金」は「空き枠」が埋まらない期間、「空き枠」による収入減を防ぎ、語学論の充実、教材の作成に支障がでないようにするために
使用する。他の目的で「二人一枠維持基金」を使用する必要が生じた場合、規約に例外として項目を追加する。
ポイントは、基本的に「有料過程」から「無料過程」へ進む場合、「無料過程」から「有料過程」に戻る場合にのみ使用する。例外が生じた場合、規約に例外と
して項目を追加する。
例外1.「二人一枠維持基金」が底をつき、空き枠が埋まらない場合、枠の合計ポイントのもっとも少ない「二人一枠」を解消する。
「二人一枠」は、生徒数が少ないほど作りにくい。曜日・時間帯の都合がつかないだけでなく、生徒間の「練習力の釣り合い」がとれないことによっても「二人
一枠」が作れないことが起こる。生徒数を増やす以外に解決策はない。
コーチが複数いる場合、幹側のコーチから枝側のコーチに生徒を預ける。幹側のコーチとは枠数を維持する段階に入ったコーチ。枝側のコーチは枠数を増やす段
階にあるコーチとする。
幹側のコーチは、語学論が書けること、教材を作成できること、塾の運営ができることをめざす。
「空き枠」という考えは、幹側のコーチの枠にのみ適応される。
幹側に「空き枠」が生じ、枝側から生徒が戻れない場合については、コーチ間の話し合いで解決する。話し合いの結果は公表する。
レッスン受講希望者が現れ、曜日・時間帯等の都合でレッスンが開始できない場合は、「レッスン受講希望者リスト」に名前を加える。掲示板上には、県名・
名字のイニシャルで公表する。枠を譲っていただくなど、他の生徒と話し合って都合がつけられる場合は、掲示板上で話し合っていただく。
時間帯の調整、枠の移動の調整等は、掲示板上で、なるべく生徒同士で話し合って解決していただく。
空き枠を作らないことを条件に、「二人一枠希望者リスト」の中から、コーチが「練習力の釣り合い」を基準にペアの相手を紹介する。曜日、時間帯の都合等は
生徒同士の話し合いで決めていただく。他の生徒も話し合いに参加できるよう、話し合いの場はなるべく掲示板上とする。
「二人一枠希望者リスト」から、「二人一枠」を形成する場合、最重要条件は「練習力の釣り合い」。練習力が釣り合う相手がみつかり、ポイントの低い人がポ
イントの高い人を「またぎこして」「二人一枠」を形成する場合は、1ポイントマイナスされる。
レッスンを使ってみていいものだとわかった場合は、周りに広めていただく。特に「二人一枠」でレッスンを継続することを希望する人には、積極的にそうし
ていただく。
入塾時、ポイントはゼロ。
2011年4月以降、「二人一枠」を形成する場合は、それぞれの生徒から1ポイントマイナスされる。
「二人一枠」のレッスンが開始されて以後、1年ごとに1ポイントがマイナスされる。
塾生紹介があるたびに、3ポイントがプラスされる。
ポイントの増減は、「二人一枠」解消に直接的に使われることはない。(「二人一枠維持基金」をクッションとする。)
ポイント数は、「無料過程」へ進むこと、「無料過程」から「有料過程」に戻ることを決定する際に使われる。
「無料過程」に移る条件。
・「ゴースト」の音読が、コンスタントに12ページ10分以内で終わること。
・ 週二回以上、「自立練習」をすること。
・ポイントがプラス1以上であること。
ポイントをプラス1以上に維持することで、「無料過程」を使い続けることができる。
基本的には「無料過程」へは「二人一枠」の枠ごと移動する。
一人だけ条件が整っている場合は、「二人一枠」のうちの一人だけが「無料過程」に進むこともできる。
「二人一枠」の一方が「有料過程」、一方が「無料過程」で使う場合、無料過程の生徒に対してもコーチ付きのレッスンが継続されるので、一人分の6000円
は、「二人一枠維持基金」から充当する。
「無料過程」の生徒になった場合も、「二人一枠維持基金」の月額1000円は払い続ける。
「無料過程」で使用する人は、「自立練習」の報告の他、自分の英語の変化等「文章で」掲示板に掲載し続けることを課す。「文章で」の報告は、月に一度を目
安とする。2ヶ月以上報告がない場合は、0.5ポイントをマイナスする。
無断欠席は0.2ポイントをマイナスする。
【17629】
根石さん 投稿者:ノンノン母 投稿日:2011年 2月 9日(水)18時50分18秒
質問があります。
「一人一枠」を利用する場合、自立練習のペア、もしくは復習部分の自立練習のペアをつくることは可能でしょうか。
【17630】
ノンノン母さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月 9日(水)19時00分10秒
>「一人一枠」を利用する場合、自立練習のペア、もしくは復習部分の自立練習のペアをつくることは可能でしょうか。
可能です。
掲示板上で希望していただけば、素読舎から「練習力の釣り合い」がとれる人を掲示板上で紹介します。曜日・時間帯等の話し合いは生徒さん同士でしていた
だきます。
【17631】
根石さん 投稿者:ノンノン母 投稿日:2011年 2月10日(木)00時16分8秒
わかりました。ありがとうございます。
【17632】
根石さん 投稿者:Piggy 投稿日:2011年 2月10日(木)12時20分45秒
最初の案よりも今回の案の方が、私は好きです。そう思う理由は以下の3点です。
1. チャージ制がなくなった。
2. ポイントの増減が、「二人一枠」解消に直接的に使われることはなくなった。
(無料過程へ進む、あるいは「有料過程」に戻る時にのみ関わることになった。)
3. 「二人一枠維持基金」の制度が導入された。
3つ、質問があります。
1.
>「二人一枠」のレッスンが開始されて以後、1年ごとに1ポイントがマイナスされる。
「二人一枠」から一時的に「一人一枠」になり、「二人一枠希望者リスト」に入った期間は、この「1年」の内に入りますか。具体的には「二人一枠」のレッス
ン開始後、10ヶ月で「一人一枠」になり、リストに入ったままで1年を迎えた場合、この時点でポイントがマイナスされますか。
2.
>塾生紹介があるたびに、3ポイントがプラスされる。
以前の案では、その生徒がやめた時には紹介者のポイントは失われていましたが、今回の案ではどうなりますか。
3.
>2011年4月以降、「二人一枠」を形成する場合は、それぞれの生徒から1ポイントマイナスされる。
>「二人一枠希望者リスト」から、「二人一枠」を形成する場合、最重要条件は「練習力の釣り合い」。
練習力が釣り合う相手がみつかり、ポイントの低い人がポイントの高い人を「またぎこして」「二人一枠」を形成する場合は、1ポイントマイナスされる。
そうすると、この場合この生徒は合計2ポイントマイナスされると考えてよいですか。(普通に読めばそうですが、念のための質問です。)
【17633】
Piggy さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月12日(土)02時38分15秒
>最初の案よりも今回の案の方が、私は好きです。
ありがとうございます。Piggy さんの提案には、非常に考えさせらるものがありました。
1.
>>「二人一枠」のレッスンが開始されて以後、1年ごとに1ポイントがマイナスされる。
>「二人一枠」から一時的に「一人一枠」になり、「二人一枠希望者リスト」に入った期間は、この「1年」の内に入りますか。具体的には「二人一枠」のレッ
スン開始後、10ヶ月で「一人一枠」になり、リストに入ったままで1年を迎えた場合、この時点でポイントがマイナスされますか。
次のように書き換えます。
「二人一枠」のレッスンが開始されて以後、「二人一枠」を使い続ける場合は1年ごとに1ポイントがマイナスされる。
2.
>>塾生紹介があるたびに、3ポイントがプラスされる。
>以前の案では、その生徒がやめた時には紹介者のポイントは失われていましたが、今回の案ではどうなりますか。
生徒さんのご足労を考えた方がいいと思いました。次のようにしたいと思います。
塾生紹介があるたびに、3ポイントがプラスされる。紹介した生徒がやめた場合は、2ポイントがマイナスされる。
3.
>>2011年4月以降、「二人一枠」を形成する場合は、それぞれの生徒から1ポイントマイナスされる。
>>「二人一枠希望者リスト」から、「二人一枠」を形成する場合、最重要条件は「練習力の釣り合い」。
練習力が釣り合う相手がみつかり、ポイントの低い人がポイントの高い人を「またぎこして」「二人一枠」を形成する場合は、1ポイントマイナスされる。
>そうすると、この場合この生徒は合計2ポイントマイナスされると考えてよいですか。(普通に読めばそうですが、念のための質問です。)
合計2ポイント分マイナスされます。
【17635】
規約2月12日案 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月12日(土)02時41分57秒
規約はなるべく簡単でわかりやすいものにする。本来的に規約は不完全なものなので、暫定的なものとし、使いながら改訂を続ける。
素読舎のレッスンには「一人一枠」と「二人一枠」がある。
一枠、週一回三〇分、月額12000円。
「一人一枠」一人月額12000円。
「二人一枠」一人月額6000円。
「二人一枠」は6000円の他に、「二人一枠維持基金」月額1000円が必要。
継続的に「一人一枠」で使う場合は、「無料過程」に移ることはない。ポイントの増減もない。
「一人一枠」で練習するか、「二人一枠」で練習するかは、生徒が自分で選ぶ。
「一人一枠」で開始し、途中から「二人一枠」を希望する場合は、「二人一枠希望者リスト」に枠名(?曜?時)と名字のイニシャルを記入し、掲示板に公表す
る。空き枠を作らないことを条件に、なるべく早めに「二人一枠」を作る。
「一人一枠」での練習は、曜日・時間帯の都合が素読舎側と生徒側で合いさえすれば継続が可能。
「二人一枠」の練習は、曜日・時間帯の都合だけでも、生徒二人、素読舎の三者の都合が合わなければならない。生徒の一人がレッスンをやめたり、「一人一
枠」を希望するだけでも「二人一枠」は壊れてしまう。「練習力の釣り合い」がとれなくなった場合も、「二人一枠」は壊れてしまう。
「二人一枠」は壊れやすい。維持するためには、規約を必要とする。なるべく、一人一人の生徒の希望を大事にするが、すべての希望に沿えるわけではない。
「二人一枠」においては、「素読舎対生徒二人」の関係がある。他にも、「素読舎対生徒一人」あるいは、「生徒対生徒」の関係もある。規約運営においては、
「素読舎対生徒二人」の関係で運営する場面が生じる。
「二人一枠」をどう維持していくかは、生徒同士で話し合うことが必要。
ポイントを数えるときに、「枠使用者の合計ポイント」で算出することがある。
「二人一枠」を使用中に、一人の生徒が「一人一枠」を希望する場合や、一人の生徒がレッスンをやめる場合がある。どちらの場合も、残った一人は、ひとまず
は「一人一枠」で練習を継続していただくことをあらかじめ承知しておいていただく。
「二人一枠」を希望する場合は、「二人一枠希望者リスト」に登録する。「二人一枠希望者」は、枠名(曜日・時間帯)とイニシャルで掲示板上に公表するの
で、なるべく掲示板上で生徒同士で話し合っていただき、「二人一枠」を形成する。その際、素読舎は「練習力の釣り合い」という観点からアドバイスする。
自分の都合で「一人一枠」を使うことになったのではない場合、1ポイントをプラスする。
基本的に、「二人一枠維持基金」は「空き枠」が埋まらない期間、「空き枠」による収入減を防ぎ、語学論の充実、教材の作成に支障がでないようにするために
使用する。他の目的で「二人一枠維持基金」を使用する必要が生じた場合、規約に例外として項目を追加する。
ポイントは、基本的に「有料過程」から「無料過程」へ進む場合、「無料過程」から「有料過程」に戻る場合にのみ使用する。例外が生じた場合、規約に例外と
して項目を追加する。
例外1.「二人一枠維持基金」が底をつき、空き枠が埋まらない場合、枠の合計ポイントのもっとも少ない「二人一枠」を解消する。
「二人一枠」は、生徒数が少ないほど作りにくい。曜日・時間帯の都合がつかないだけでなく、生徒間の「練習力の釣り合い」がとれないことによっても「二人
一枠」が作れないことが起こる。生徒数を増やす以外に解決策はない。
コーチが複数いる場合、幹側のコーチから枝側のコーチに生徒を預ける。幹側のコーチとは枠数を維持する段階に入ったコーチ。枝側のコーチは枠数を増やす段
階にあるコーチとする。
幹側のコーチは、語学論が書けること、教材を作成できること、塾の運営ができることをめざす。
「空き枠」という考えは、幹側のコーチの枠にのみ適応される。
幹側に「空き枠」が生じ、枝側から生徒が戻れない場合については、コーチ間の話し合いで解決する。話し合いの結果は公表する。
レッスン受講希望者が現れ、曜日・時間帯等の都合でレッスンが開始できない場合は、「レッスン受講希望者リスト」に名前を加える。掲示板上には、県名・
名字のイニシャルで公表する。枠を譲っていただくなど、他の生徒と話し合って都合がつけられる場合は、掲示板上で話し合っていただく。
時間帯の調整、枠の移動の調整等は、掲示板上で、なるべく生徒同士で話し合って解決していただく。
空き枠を作らないことを条件に、「二人一枠希望者リスト」の中から、コーチが「練習力の釣り合い」を基準にペアの相手を紹介する。曜日、時間帯の都合等は
生徒同士の話し合いで決めていただく。他の生徒も話し合いに参加できるよう、話し合いの場はなるべく掲示板上とする。
「二人一枠希望者リスト」から、「二人一枠」を形成する場合、最重要条件は「練習力の釣り合い」。練習力が釣り合う相手がみつかり、ポイントの低い人がポ
イントの高い人を「またぎこして」「二人一枠」を形成する場合は、1ポイントマイナスされる。
レッスンを使ってみていいものだとわかった場合は、周りに広めていただく。特に「二人一枠」でレッスンを継続することを希望する人には、積極的にそうし
ていただく。
入塾時、ポイントはゼロ。
2011年4月以降、「二人一枠」を形成する場合は、それぞれの生徒から1ポイントマイナスされる。
「二人一枠」のレッスンが開始されて以後、「二人一枠」を使い続ける場合は1年ごとに1ポイントがマイナスされる。
塾生紹介があるたびに、3ポイントがプラスされる。紹介した生徒がやめた場合は、2ポイントがマイナスされる。
ポイントの増減は、「二人一枠」解消に直接的に使われることはない。(「二人一枠維持基金」をクッションとする。)
ポイント数は、「無料過程」へ進むこと、「無料過程」から「有料過程」に戻ることを決定する際に使われる。
「無料過程」に移る条件。
・「ゴースト」の音読が、コンスタントに12ページ10分以内で終わること。
・ 週二回以上、「自立練習」をすること。
・ポイントがプラス1以上であること。
ポイントをプラス1以上に維持することで、「無料過程」を使い続けることができる。
基本的には「無料過程」へは「二人一枠」の枠ごと移動する。
一人だけ条件が整っている場合は、「二人一枠」のうちの一人だけが「無料過程」に進むこともできる。
「二人一枠」の一方が「有料過程」、一方が「無料過程」で使う場合、無料過程の生徒に対してもコーチ付きのレッスンが継続されるので、一人分の6000円
は、「二人一枠維持基金」から充当する。
「無料過程」の生徒になった場合も、「二人一枠維持基金」の月額1000円は払い続ける。
「無料過程」で使用する人は、「自立練習」の報告の他、自分の英語の変化等「文章で」掲示板に掲載し続けることを課す。「文章で」の報告は、月に一度を目
安とする。2ヶ月以上報告がない場合は、0.5ポイントをマイナスする。
無断欠席は0.2ポイントをマイナスする。
【17636】
根石さん 投稿者:Piggy 投稿日:2011年 2月12日(土)11時39分33秒
規約2月12日案で不明な点は、私にはないです。
私はこの案は根石さんの意向を反映していて、考えられる様々な場合にかなりよく対応できて、生徒にとっても最初の頃の案ほど複雑できびしいものではなく、
よいと思います。もちろん、規約などというものがない方が生徒としては気楽です。でも
>「二人一枠」は壊れやすい。維持するためには、規約を必要とする。なるべく、一人一人の生徒の希望を大事にするが、すべての希望に沿えるわけではない。
ということを、あらためて確認しました。このままの状態では続けられないことがわかったのですから、「二人一枠」を維持するためには何かをしなければなら
ないわけで、この規約はそのためにはたらいてくれると思います。そしてもしも不都合があれば改訂することが最初に書かれていることも、生徒を安心させてく
れます。
私個人の唯一の不安は、私は生徒を紹介できるだろうか、このような状態で今後も「二人一枠」を希望してよいのだろうか、このまま「二人一枠」のレッスンを
受け続けたとして、紹介できなかった場合にどうしようか、ということですが、現在ペアを組むHさんとご相談した上で、今回「二人一枠」を希望するかどうか
を決めようと思っています。
紹介できなかった場合でも今の規約では、即座にどうなる、というわけではありませんが、私はそのまま続けるのは後ろめたい気持ちになると思います。でも
「二人一枠」は仲間ができるという点から、とても魅力的なのです。(繰り返しますが、現在ペアを組むHさんと相談してから決めます。先日、私はこのままの
案なら「二人一枠」は希望しない、と書きましたが、その時とは案がかわりましたし、Hさんにも影響がおよぶことですから。)
紹介できなかった場合には、お金を余分にはらってでも「二人一枠」を続けたいと思うのです。先日私が出した案は、私のこのような気持ちを反映したものでし
た。このような気持ちを持つ者がいることについて、根石さんのお考えをおきかせいただければ有難いです。
追記:「根石さんのお考えをおきかせいただければ有難いです」というあいまいな書き方をしてしまったことが気になったので、もう少し具体的に書きます。
1.
「新しい生徒を紹介できる自信がなく、できなかった時に後ろめたい気持ちを持ちたくないので、二人一枠は希望しません」と私が言った場合、根石さんはどう
おっしゃいますか。
2.
私が今回は1のようなことを言わずに二人一枠を希望して二人一枠でレッスンを受けて、数年後に「新しい生徒を紹介できなかったのに、今のところ二人一枠の
ままでレッスンを受けることができています。後ろめたい気持ちがいやなので、余分に払わせていただけないでしょうか。それが駄目なら一人一枠になります」
と私が言った場合、根石さんはどうおっしゃいますか。
【17637】
中原中也賞 投稿者:馬の骨 投稿日:2011年 2月12日(土)21時16分19秒
さきほど、辺見庸の詩集「生首」(毎日新聞社)が、第16回中原中也賞を受賞しました。
【17638】
選考委員のことば 投稿者:馬の骨 投稿日:2011年 2月12日(土)21時20分53秒
高橋源一郎
「中原中也賞の選考会&発表等々終わってホテルに戻ってきました。今年の受賞作は、辺見庸さんの「生首」でした。選考委員全員一致、圧勝です。ふう。六十
六歳の「新人」の誕生ですね。辺見さん、おめでとう。」
【17639】
根石さん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月12日(土)23時55分5秒
規約2月12日案、賛成です。
昨夜、二人一枠希望と言いましたが、私はどちらでもいいです。
コーチ見習いをやるなら二人一枠がいいと思いますが、どうしても枠が埋まらない時で一人一枠があると都合がいい場合、一人一枠でレッスンを受けます。その
時、私の場合は「二人一枠希望者リスト」の順番は最後でいいです。
【17640】
ももこさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月13日(日)01時15分37秒
>「分からない文章が書いてある本でも躊躇なく読もうとする」
これが子供です。大人のようには自分を「限らない」のです。
>理解できない文章(英語なら最初は余計理解できませんよね)を無理やり読ませてしまうというところに意味があるんじゃないかなぁ。
子供の文化への「発情」が理解できれば、「無理やり」ということではないと思います。素読は、そういう子供の「自然」を大事にする思想でもあり、人間と
いう「本能が壊れた動物」(岸田秀)の「自然」に則った方法だとも思います。
>分からないものをそのまま一旦受け入れてからゆっくり咀嚼しているのか発酵させているのか分かりませんが、そんなことをしているのかなぁってぼんやり思
いました。
これは子供が意識的にやっていることではないと思います。
子供の無意識がやっているというのであれば、まったくおっしゃっている通りのことだと思います。
「わからないこと」が子供には面白いのです。
本当は大人だってそうなんですが、大人には世知辛い生活がありますので、そういうことには蓋をして生きているしかないのです。その意味では、大人は全員
がこの世の奴隷です。
>素読舎のお子さんで、英語のレッスンをしているのに国語の成績も伸びたというような記事か書き込みを見た記憶があるのですが、そういうことなのかなぁっ
て感じました。
何がどうなってそういうことが起こるのかは、うまく言えませんが、そういうことはよく起こります。
【17641】
村田君 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月13日(日)01時18分8秒
>その時、私の場合は「二人一枠希望者リスト」の順番は最後でいいです。
そういうわけにもいくめえ。
(せっかく)規約ってものがあるんだから。
【17642】
馬の骨さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月13日(日)01時27分54秒
辺見庸の詩集の選考委員を高橋源一郎がやってるんですか。
ふわあ。
高橋も大変だわ。
しかし、中原中也賞なんかなくても食っていけるモノカキにそういう賞が手渡されるってのは、どうなんかねえ。
俺はつまんねえことだと思うんですが。
例えばですよ、中原中也賞が、中也大好きの足立和夫に手渡されたなら、これは足立さんにとって大いに励みになります。
賞というものは、そういう「可能性」に手渡すべきものです。
辺見庸が中原中也賞?
なんか馬鹿みたいだ。
【17643】
Piggy さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月13日(日)02時00分55秒
>「後ろめたい気持ちがいやなので、余分に払わせていただけないでしょうか。それが駄目なら一人一枠になります」と私が言った場合、根石さんはどうおっ
しゃいますか。
お金を余分に払っていただくことは、私が後ろめたいことになります。そういうお金は、私はいただくつもりはありません。それをシステム化し、規約にする
こともありません。
「二人一枠」は、悪いものではありませんので、使っていただきたく思っています。
もし「二人一枠」をやめる場合があっても、後ろめたく思う必要はありません。それは、一度は素読舎をはっきりと選んでくださった方の自由なのです。
私は「無料過程」というものを本気で考えています。その考えが向かっている理念というものに賛同していただけるかどうかだけのことだと思います。
英語? けっ! そんなもん。練習か?、タダでいいじゃん!
そういうだいそれた(?)考えは間違いなく私にあります。
「タダでいいじゃん!」という場をどう実現できるかだと思います。
村田君がやってきた「たなぼた根性」は駄目なものだと思います。
まあ、そろそろ村田君を「犠牲の子羊」にするのは切り上げたいと思ってもおりますが・・・。
「私に営業なんかできっこない」と決めてしまわないでいただきたいと思います。
私は、お金を払って買ったもので、こいつはいいと思ったものは、ヘーキで人に薦めます。ただそれだけのことだと思います。それで、私にポイントが増えた
りしたら、自分用と他人用の区別なく使うDVDディスクなんかをもらって、ヘーキな顔をしています。この娑婆にへいこらする気はありません。
Piggy
さんはいい文章を書ける方なので、「ヨイショ」をやらないで、自分の英語の変化を書いていただくだけで、素読舎に協力していただけると思っています。
(「ヨイショ」をしたい人の「ヨイショ」もいつでも歓迎していますが・・・)
日本在住のまま、日本語を主言語としたまま、「英語がしゃべれる」というところに道をつけた(言語化した)のは、素読舎だけだと思い上がっております
が、それが私の単なる思い上がりかどうか、Piggy さんの文章は、それを検証するのに非常に適したものだと思っています。
ことさらに、営業営業した営業などやっていただく必要はありません。存分に自由に書いていただくだけでいいと思います。
素読舎の最大の欠点はこれだよと書いていただくのでもいいのです。わかる人には、その欠点の由来まですべてわかると私は信じています。
そうじゃなければ、字なんか書きたくもないのです。
【17644】
清水哲男さんのつぶやき 投稿者:馬の骨 投稿日:2011年 2月13日(日)13時59分45秒
「おはようございます。東京三鷹は氷点下2.2度、無風快晴です。今回の中也賞に、早くもブーイング。若い書き手が報われる賞であってほしいと…。それも
そうだし、中也賞の性格が曖昧模糊としてくるしなあ。」
一色真理さんも、同様なことを言っていて、怒ってます。
【17645】
Piggy さん、生徒さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月13日(日)23時22分39秒
規約が発効になり、マイナスポイントが増えていった場合、その数値は単に「無料過程」への距離を表すだけだとお考え下さい。
マイナスポイントがレッスンそのものに影響が出ないようにしてあります。
使ってみていいものだと思ったら、周りに積極的に広めていただきたいという私の考えは変化がありません。
結果はともかく、「二人一枠」を使う生徒さんにはそれをやっていただきたく思います。
やっていただけさえすれば、そのことが「二人一枠」を維持し、「無料過程」を本当に立ち上げていくには必要なのだと理解していただければいいのだと考えて
います。
後ろめたく思うことは必要ありません。ポイントは「無料過程」への距離を表すだけだと腹におさめていただきたいものです。
しかし、私は口べただからだとか、どうせうまくいかないだとか、あらかじめ決めてしまうことはしてほしくありません。直接に人に話すことが苦手なら苦手
で、自分の英語の変化を掲示板に報告していただきたいものです。その記事がホームページに掲載されて、その記事を読んでやってみようと決める人が現れない
とは限りません。
新しい生徒さんにお聞きして、どの記事を読んでレッスン受講することを決めたのがはっきりすれば、記事を書いて下さった生徒さんの「紹介」として扱いま
す。
Mixi
でもなんでも結構ですが、ネットを通じて素読舎の話をしていただくことはお願いしたいと思います。「スカイプでレッスン」の前身、「電話でレッスン」の生
徒さんは、大半がネット経由で申し込まれた方でしたので。
【17647】
4月から規約発効 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月14日(月)01時59分9秒
2月中、引き続き生徒さんの意見をお聞きします。
3月中に、規約を暫定的に固定し、使うことを生徒さんに知らせます。プリントアウトしたものの郵送を考えています。
4月から発効させる予定です。
【17648】
お休みをいただくお願い 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月14日(月)02時36分52秒
大変疲れました。
「ハリマオ」が出たら、3月初旬に旅に出たいと思います。
少し休ませて下さい。
3月初旬、各生徒さんに一回のお休みをいただきます。
これは、「基本的に月に4回。5回ある場合は5回やる。余分にレッスンした分は後でお休みをいただくことに使わせていただく」という休みです。
しばらくこのことを書いていませんので、改めて書かせていただきます。
【17649】
根石さん 投稿者:ももこ 投稿日:2011年 2月14日(月)03時58分49秒
無意識に、楽しんでやっているので不思議におもっていました。そこでそんな書き込みをしてみました。
上の子真ん中の子ともに児童書も読むのですが、私の書棚の本をこっそりとあさって読み出しているんです。(別にこっそり読まなくてもいいのですが^^;)
「分からないこと」を単純に楽しめる子供っていいなぁと思いながら、「いつから分からないことが面白くなくなっちゃうんだろう。それってもったいない
なぁ」と根石さんのお返事を拝見して感じました。でも分からないことを楽しめる場ってなかなかないなぁとも感じます。だから素読のレッスンは子供たちが飽
きないのでしょうか。上の子も真ん中の子もレッスンがつまらないといったことは一度もないんです。私もつまらないと思ったことはないのですが、シンプルな
繰り返しがどうしてこうも飽きずに続くんだろうなぁって不思議に思います。
考えがまとまらないままの書き込みにお返事いただきあ
【17650】
規約について 投稿者:江戸の母 投稿日:2011年 2月14日(月)12時45分52秒
質問なのですが、子供レッスン(二人一枠利用)にも、当然適応されるのですよね。
【17651】
江戸の母さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月14日(月)18時45分10秒
>質問なのですが、子供レッスン(二人一枠利用)にも、当然適応されるのですよね。
適用されます。
【17652】
規約について/言葉にするということ 投稿者:Piggy 投稿日:2011年 2月15日(火)22時05分26秒
根石さん
お返事をありがとうございました。不安がなくなりました。
>私は「無料過程」というものを本気で考えています。その考えが向かっている理念というものに賛同していただけるかどうかだけのことだと思います。
>使ってみていいものだと思ったら、周りに積極的に広めていただきたいという私の考えは変化がありません。
結果はともかく、「二人一枠」を使う生徒さんにはそれをやっていただきたく思います。
やっていただけさえすれば、そのことが「二人一枠」を維持し、「無料過程」を本当に立ち上げていくには必要なのだと理解していただければいいのだと考えて
います。
私の理解はこうです。自分は良い方法にめぐりあってよかったと思うだけではなく、もう一歩進んで自分を観察して、いわば自分を実験台にして素読舎の方法に
ついて考える。なぜならひとにすすめるためには、考えて言葉にすることが必要であるから。そして考えて言葉にして意識することで、生徒も素読舎も先に進ん
でいくことができる。
言葉にするということはとても大切だということを、最近感じています。そのことを少し書きます。(それと共に言葉にすることの危うさもありますが、ここで
は触れません。)
今回、私は規約に関してずいぶんたくさん書きました。私はもともとは話すのは得意でなく、一日誰ともしゃべらずにいても苦でない性分ですし、ネットの掲示
板に書くことも、ここ以外はこの後で述べる一カ所しかありません。そんな私が今回雄弁だったのは、二つの理由があると感じています。
ひとつは最初に根石さんが規約のことを連絡用掲示板で書かれたのを読み、状況も根石さんの意図もよくわからなかった時のことです。すぐにももこさんが質問
してくださって、それに対する根石さんの答えを読んで、いろいろなことがわかってきました。こうして言葉にして対話することでみえてくるものがあるという
こと、そして自分は質問しようと思わなかったこと。このことはとてもこころに残りました。それで私も根石さんと、この規約について言葉のやりとりをしてみ
ようと思うようになりました。途中で、現在の生徒ではないお二人、Jackieさんと気まぐれさんのご意見が読めたことも、とてもうれしいことでした。
Jackieさんと気まぐれさんのご意見に背中を押されて、私は自分の不安(後ろめたく思うこと)について、根石さんにお話することができたと思っていま
す。また規約に関してではありませんがI村さんの投稿も、宮仕えの身としてうなづきながら読みました。思っているだけではなく言葉にして出すということ
は、自分の考えを整理する良さがあると同時に、対話の相手にも読んでいる人にも何かを投げかけて、何かを誘い出すことにつながるのだと思います。
もうひとつは、最近私があるフォーラム(掲示板)に時々英語で書き込んでいることが、今回の私の「雄弁さ」にどこかで影響していると思うのです。私はどう
しても書きたいこと、伝えたいことがあって、思いきってそのフォーラムに英語で書き込みました。とにかく伝わればよい、伝えるだけでよい、と思って。です
から私の英語はたとえれば、絵を書く絵筆ではなく土を掘るシャベルです。美しい絵かどうか、などと言うレベルではなく、土が掘れればよいのです。まわりの
ほとんどは英語圏の人たち、きちんと絵を描ける人たち、その中で私が10のセンテンスからなる文章を書いたら、30のおかしい表現、間違った言い方をして
いるかもしれません。それでもよい、土が掘れていれば、と思っていました。
ところが最近私は、土を掘る必要がないのに(私でなければ伝えられない情報をどうしても書きたい、という時ではないのに)シャベルを持ち出すことが多くな
りました。気持ちを伝えたくなったのです。あなたの意見に賛成です、あなたの書いたこの部分が良いと思います、あなたがこう言ってくださってうれしい、私
もあなたと同じこういう経験をしました・・・。
私の英語は多分、英語が母国語の人からみたら、間違っているだけではなく、読むのも恥ずかしいような表現やぶっきらぼうな表現、誤解を招く表現も多いこと
でしょう。それでも土を掘るだけなら良いと思っていました。でも今は、とにかくシャベルを手に掘っている私をできるだけみてもらうことで、美しい絵を描い
て私のことをわかってもらうことはできないけれども、私の気持ちを少しでもわかってほしい、と思うのです。言わなくてもわかってほしい、とか、言外の意味
を察してほしいなどとは、少なくとも私の英語ではとても言えないのです。言葉にするしかないのです。だから土を掘る必要がなくても、私は悪意のある人間で
はなく、ここに楽しく参加して満足しているということを言葉で伝えるために、シャベルを手にして掘るのです。
話を元にもどすと、今回私が根石さんとのやりとりで雄弁だった理由の二つ目は、間違っていても何でも、もしかしたらその当座は相手をおこらせたり誤解を招
いたりしても、とにかく言葉にして伝えることで伝わるものがあること、言葉にしないと伝わらないということを、英語でのやりとりで私が感じたからだと思い
ます。実際、相手が気を悪くしたのかと思って、でもここで書くのをやめてしまっては終わりだと思って必死で再度英語で書いて、相手の返事に思わず安堵の涙
を流したこともありました。私は英語を道具として使い始めて、日本語でも、「言わずに伝わるのを待つ」のではなく「言葉で伝える」ということに意識的に
なったように思います。
ところで、英語圏の掲示板に書き込むようなことが自分にできるとは、昨年の今頃は考えてもいませんでした。とても大きな要因は2年前から素読舎のレッスン
をうけはじめたことで、以前もそのことは書きましたが、またおいおいと自分を観察しながら書いてみようと思っています。
最後に少し爆弾発言をします。他の生徒の皆さんは、規約のことをどう思っていらっしゃるのでしょうか?根石さんに直接おっしゃっているのかもしれません
が、少なくとも今までにこの掲示板で読んだのは、私が覚えている限りでは、ももこさんの最初の質問と1000円をためておく案、Nさんの一枠15分の案、
ももこさんとミキさんの2月1日案への賛成の表明、江戸の母さんの意見と広告についての案の他には、生徒さんの規約に関する意見はうかがっていないように
思います(漏れているかたがいらしたら、申し訳ございません)。また、私が今回でしゃばったことは、どう思っていらしゃるのでしょうか。この目立ちたがり
やのおかげで妙なことになった、1000円余計に払うことになった、と思っていらっしゃるのでしょうか。それとも生徒は他には子供さんがほとんどで、掲示
板を見ることも書くこともしない生徒ばかりなのでしょうか。二人一枠維持基金について「皆様お忙しいでしょうから長く書いていただく必要はありませんが、
簡単にご意見をうかがえないでしょうか。」と1月31日に書きましたが、他の方がどう思っていらっしゃるかがほとんど(ほぼまったく)きこえてこないこと
に孤独を感じています。この孤独は、最近の私が言葉で伝えることの意味を感じていることの副作用なのかもしれません。
【17653】
規約について 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月16日(水)01時54分24秒
Piggyさん
ここ数週間、どこが悪いというわけではないのですがどうも体調が悪く気力も衰えていて、何をするでもなくだらだらと過ごしていました。ペットロスだろうと
か自律神経失調症だとか、友人や家族はいろいろ言っています。そんなとこかも知れません、
さて、一連の規約についてのやりとりは読んではいたのですが、どうも頭の中で整理がつかない状態で、なぜこうも複雑な計算になるのかと思っていました。
私自身は下記のようにごくシンプルに考えればいいのではないかと思っています。
受講料は1人12000円が基本。2人枠になれば1人6000円。2人枠でスタートした方がどちらかの都合で1人になった場合には12000円を納入す
る。それだけのことではないか、と。
生徒紹介をした方へのキックバックやポイントはなし。私がご紹介した生徒さん達は1年足らずでレッスンを辞めてしまっています。短期間で辞めてしまわれる
受講者を何人紹介しても、素読舎にとってメリットはないと思いどころか、かえってクラス編制に支障を来すばかりという場合もありますし。生徒さんを紹介出
来ない方が肩身の狭い思いをされてもいけませんし、どなたかがおっしゃっていたようにプレッシャーがかかるということもあるでしょう。教材と授業内容が良
いから口コミで広がるのであって、紹介者への義理で入会するというわけではないと思います。新入会者を引き止めておけるかどうかも、紹介者の努力によるの
ではなく、コーチの力量と授業内容によるものだろうと思います。
受講料については書いておきたいことがあります。一般の英会話学校のプライベートレッスンは、1コマ45分で3,500円〜7,000円くらいです。これ
とは別にテキスト代実費が必要です。もちろん入会金なるものも取られます。私の受講したプライベートレッスンの料金ですが、一つは友人の経営する「英会話
のGET」で1コマ3,500円でテキスト代が2000円程度。もう一つはベルリッツで1コマ6800円、テキスト代が65,000円だったと記憶してい
ます。ちなみにネット上で個人的に生徒募集している「英語でも教えて食いつなごうか」程度の巷のネイティブ講師の場合、1時間2000円〜4000円が一
般的です。
テキストも無料、将来は無料過程に入って自立練習、しかも懇切丁寧な指導を受けられて、月12000円という素読舎の授業は決して高いものではありませ
ん。Jackieさんのおっしゃていた通りです。 むしろ安いです。
私個人的には、受講者の皆さんはどなたも12,000円を覚悟して頂くのが当たり前だと思っています。以前の素読舎では、英語講師が受講する場合は
15,000円という設定でした。指導法まで拾得できるので、私はそれでも安いと思っておりました。
無料教材について:一般の英語講師でも、まともに教材作成しようとすれば大変な労力とかなりな投資が必要です。素読舎の教材のようにどんどん生い茂って行
く教材を作成するのは並大抵のことではありません。それも無料ですから。
一番の問題は生徒獲得をどうするかということだろうと思います。これは受講料とは全く別に考えないと行けないことだと思います。生徒募集は生徒のすべきこ
とではなく、塾側、コーチ側の仕事です。
せっかく固まった規約に水をさすような意見になってしまいましたが...
【17654】
Piggyさん 投稿者:ミキ 投稿日:2011年 2月16日(水)02時30分50秒
今回、Piggyさんやももこさんに生徒代表(?)という形で規約案作りに参加していただいた事、本当にありがとうございました。他の方々もそう思ってい
ると思います。何も言わないのは「了解」という解釈で良いのではないでしょうか。
維持金の1000円については、私は全く異存ありません。もともと1人1枠12000円が2人1枠になると6000円というほうが巷では普通ではありませ
んよね。
7000円なり12000円なりを、「素読舎のレッスンの絶対的価値としてどうか」と評価すると、私にとって2人1枠7000円はOKです。
反応のなさに孤独を感じていられるとの事。私は今後、お互い煩わしくない程度に、何らかの方法で生徒間の横のつながりも広げられていければ嬉しいです。
(掲示板に書き込むのも良いのですが、あまりにも公すぎる為、思ったことを書くのを躊躇したり、言葉に気を使うため酷く時間がかかったりします。で、結局
書かなかったりします。日本語って本当に難しいです。)
【17655】
コーチ見習いの問題 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月16日(水)11時40分28秒
私の問題です。すみません。
YoshieさんとTommyさんのレッスン枠に私がコーチ見習いとして入ったことで、受講料は3等分、各自4000円となりました。しかし、私のコーチ
ぶりは要領を得ず、お二人にもどかしい思いをさせてしまったのではないかと思っています。私の指導の仕方が悪い時には村田さんからチェックが入り、その
間、生徒さん2人は足踏み状態で先へ進むことが出来ません。コーチ見習いの練習台になっているような状態での授業料4000円は高いと言われても仕方あり
ません。
先の投稿で、生徒をつなぎ止められるかどうかはコーチ側の問題と言いましたが、この場合はコーチ見習いの問題でした。コーチ養成は別枠にして、指導を受け
る方がいいのではないでしょうか。あるいは空きのあるコマに見習い生として入り、指導には口出し出来ませんが、いろいろなレベルの生徒さんへの指導方法を
見学して勉強するということも必要かも知れません。もちろん見学は有料です。
コーチが独り立ち出来ると判断された場合には、実習生として空きのあるコマに入るというのはどうでしょうか。その場合も受講料を支払います。2人枠の場
合、片方の生徒さんの都合で1〜2ヶ月休会せねばならなくなり、復帰する場合は同じコマを希望されている場合には、受講料の2割とか3割を納めるというシ
ステムもいいかも知れません。そうすれば、コーチ実習生の負担は減ることになります。
こうすれば、新入会者が獲得できるまでの間、空きを埋めることが出来るのではないでしょうか。
【17656】
小川さん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月16日(水)11時53分37秒
>一番の問題は生徒獲得をどうするかということだろうと思います。これは受講料とは全く別に考えないと行けないことだと思います。生徒募集は生徒の
すべきことではなく、塾側、コーチ側の仕事です。
村田が自分のことしか考えておらず、全然働かないことが規約を作るにいたった理由のひとつになっている、と根石さんは言いました。
規約案が今の形になってくるまでの間、掲示板の記事は全部読んでいましたが、全然頭に入っていきませんでした。規約案作りに参加できる状態ではなく、そん
な自分がとてもだめだと思いました。
今、少し落ち着いて考えてみると、村田が自分のことしか考えていない、と言われてもしょうがなかったなと思います。自分のことしか考えないのを、根石さん
は小乗だと言っていましたね。
生徒募集は塾側がする仕事、これは大前提です。これから、私はもっともっと考え、営業活動をしていきます。
ただ、営業活動するにしても、以前はよく考えていなかった「無料過程」の意味を考えることが大切になってくると思っています。「無料過程」に行く人は、そ
の人自身が無料で素読舎の教材と練習方法を使うことができることにとどまらないっていうことです。「無料過程」に移る人がもっと多くなり、多くの人がお互
いをお互いの力で鍛えあう状況が現実にあったら、新しい「常識」が生まれていくかもしれない。「CD聞いているだけでしゃべれるようになるわけないよ」が
当たり前になっていくかもしれない。そんなこと、今さら言ってるの?と言われるかもしれませんが、今になってそう思いはじめています。そういうことを考え
ながら営業活動をしていくと、やり方も少しづつ変わってくると思っています。
規約案では「無料過程」を考えない「有料過程」のみのコースも設定されています。ポイント制は「無料過程」が用意されている意味を考えることにつながって
いると思います。私は今の時点の規約案に賛成です。
【17657】
村田さん 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月16日(水)14時16分19秒
生徒募集はほんとに大変ですね。素読舎に限ったことではありません。どこでもそうです。
私が英語教室を始めた当初、インターネットもなかった時代ですが、新聞折り込みチラシを6000枚を2回入れても問い合わせが1件もないという状態が続き
ました。それでも、問い合わせがないからとチラシを辞めてしまうとだめなんです。年3回とか4回とか定期的に入れ続けないといけないんです。収穫もないま
ま入れ続けているうちに、「小川さんのところで英語教えてはるで」「あ、そういえば町内に英語教室あったなぁ」と徐々に認知されるようになりました。
大手英会話学校のフランチャイズ教室として登録するようになって、ようやく数クラスが出来るだけの生徒が集まりました。生徒募集は本校の事務局が近畿一円
に一斉広告をやってくれるのです。当然ですがフランチャイズ教室は宣伝広告費の一部を負担しなければなりません。
絵付け教室を始めた時には、ポスターを作って最寄りの駅に貼り出し、折り込みチラシも作り、タウン紙に掲載してもらうなどしました。収入がないのに毎回何
万円もの出費はつらいものがありました。そしてこの時も無反応でした。ホームページで作品の一部を見せて生徒募集をかけましたが、一件の問い合わせもあり
ませんでした。友人の英語学校を手伝って得た収入を広告宣伝につぎ込むというような状態です。まさに蛸足生活です。
コーチも生活費を稼がねばなりません。私も分室を開くことになれば、働きに見合った収入は確保したいです。けれどその前に、財政的に厳しくてもやはり投資
や広告宣伝のための経費は覚悟せねばならないと思っています。コーチとしての勉強の為に授業料を支払うことも必要だと思っています。収入を得る目的なら
ば、それくらいの投資は当たり前のことではないでしょうか。
パンフレットやチラシは自作するとしても、生徒さんも動員して足で稼ぐのではなく、新聞に折り込みチラシを入れるとか、タウン紙に掲載するとかした方がい
いように思います。
宣伝広告費は素読舎と分室で共同負担するのがいいのではないでしょうか。生徒さんからのカンパや勤労奉仕を期待するわけには行きません。生徒さん達は授業
料を支払っておられるのですから、宣伝費はその授業料の中からやりくりすべきだと思います。(NHKのラジオ英語のテキストなどに広告を出すという手もあ
りますが、高いんだろうなぁ...)
もし素読舎が英語学習法の新しい波を巻き起こす運動体ということであるなら、生徒もコーチも一丸となって広めて行けるのでしょうが、それには個々の生徒が
伝導師のような強い目的意識を持って、それぞれがコーチとして立てるくらいにがんばらねばならないだろうと思います。
いづれにしろポイント制は本当に必要でしょうか。多分、まだ良く規約を理解出来てないのかも知れません。すみません。
【17658】
村田さん、皆さん 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月16日(水)16時22分14秒
先の投稿でずいぶん偉そうなことを書いてしまったと反省しています。削除しようと思ったのですが、すでに読んでおられる方もあると思うので、そのままにし
ておきます。
ポイント制の件、もう一度良く考えてみます。
【17659】
村田さん 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月16日(水)20時16分43秒
>規約案が今の形になってくるまでの間、掲示板の記事は全部読んでいましたが、全然頭に入っていきませんでした。規約案作りに参加できる状態ではなく、そ
んな自分がとてもだめだと思いました。
私も同じ状態でした。今夜もう一度しっかり読み返してみようと思います。
【17660】
小川さん、村田さん、ミキさん、根石さん、皆さん 投稿者:Piggy 投稿日:2011年 2月17日(木)00時43分34秒
小川さん、こんにちは。
体調がお悪いのに書いてくださって、私がお呼びたてしたようで申し訳ございません。どうぞ、無理をなさらないで下さいませ。でも私としてはご意見や体験談
をきかせていただいて、ありがたいと思っていますし、偉そうなどとはもちろんまったく思っていません。
「いづれにしろポイント制は本当に必要でしょうか。」と書いていらっしゃいましたね。(その後、「考えてみます」とお書きになったのも読んでいます。)私
はチャージ制が案の中に入っていた頃、これに決まったら私は二人一枠は希望しない、と書きましたし、最新案にポイント制が残った時も、私はポイントがマイ
ナスになったら自分が後ろめたく思うだろう、と迷っていました。(私が恐れていたのは、小川さんが「生徒さんを紹介出来ない方が肩身の狭い思いをされても
いけませんし」と書かれた、その、肩身の狭い思いそのものです。)チャージ制にもポイント制にも、飴と鞭のような性格を感じていました。
でも、根石さんの説明を読んで、今のところ不安はなくなりました。このポイント制は、生徒を営業にかりたてるムチでも、二人一枠のレッスンを受けられるよ
うにするアメでもなく、生徒が素読舎の理念に賛成して、主体的に参加することをあらわす象徴なのではないか、と思うようになりました。(ただ、象徴のみで
はなく、無料過程への近さを決めるものでもあるのですが。)そして、参加の意識を持つことは、(昨日書きましたが)自分を観察し、自分の変化を意識化し言
語化することにつながるのではないか、と。それこそがポイント制の本当の意味なのではないか、と。
でもそう考えると、参加の印のためにこんな規約が必要なのか?という疑問も生じるところです。でも、無料過程への近さを決めるという意味も考えて、ポイン
ト制があってもよいのではないか、と今は思っています。
村田さんが
>ポイント制は「無料過程」が用意されている意味を考えることにつながっていると思います。
と書かれたのと、どこか共通した気持ちのように思います。
ところで、小川さんは
>私自身は下記のようにごくシンプルに考えればいいのではないかと思っています。
>受講料は1人12000円が基本。2人枠になれば1人6000円。2人枠でスタートした方がどちらかの都合で1人になった場合には12000円を納入す
る。それだけのことではないか、と。
と書かれましたが、私もこのシンプルさにもひかれます。これは、規約もない、ポイント制も基金もない、ということですね。ただ、この案は現在の形態とほぼ
同じだと思いますが、現在おきている状況(空き枠が埋まらない)は、他の方法(コーチ見習いが空き枠に入る等)で対処する、という案でしょうか。基金は必
要ない、あるいは反対というお考えでしょうか。
ミキさん、こんにちは。
>何も言わないのは「了解」という解釈で良いのではないでしょうか。
そうかもしれませんね。前回も今回も発言してくださったミキさんに申し上げることではなく、他のかたに申し上げたいのですが、でもやはり言っていただきた
い、と思うのです。言葉にしていただきたいのです。(殿方は、「黙ってないで、おいしいか、おいしくないか、何でもいいから何か言って!」と食卓で迫る女
性を思い浮かべてください。女性のかたは、そんな自分の姿を思い出してください。あ、その逆でもいいです。)そしてミキさんは維持基金1000円につい
て、妥当だと思っていらっしゃることがわかりました。意見をおきかせくださって、ありがとうございました。
根石さん
私が、「二人一枠維持基金について(中略)、他の方がどう思っていらっしゃるかがほとんど(ほぼまったく)きこえてこないことに孤独を感じています。」
と、またもでしゃばったことを書きましたが、
>他の生徒さんからもご意見をお願いします。採用できる場合もできない場合もありますが、なるべくお聞かせ下さい。
>規約は素読舎の「私法」ですが、「開かれたもの」にしておきたく思います。
と根石さんが書いていらっしゃるとおり、この規約は素読舎が決めるものだということ、その上で生徒の意見をききたいと思っていらっしゃることを理解してい
るつもりです。でも根石さんのお気持ちに反した呼びかけをしてしまったようでしたら、お許しください。なお、私は今度こそ静かにしていようと思っていま
す。
【17661】
piggyさん 投稿者:ももこ 投稿日:2011年 2月17日(木)01時03分50秒
こんばんはももこです。妊娠8ヶ月になりました。節入りからひたすら眠さと戦う日々をすごしています。
いろいろお疲れ様です。これだけのことを書いていくのにはすごくエネルギーが要るのが分かるので、いろいろとお疲れになったり、反応が読み取れなくてどう
かいていいのか迷われることもおありだったと思います。
ご一緒にレッスンをしていただけに、やさしくて芯のある声のpiggyさんがこの件でたいそうお疲れになっていないか心配しています。
最終的な案に対して1000円の言いだしっぺの私としてはもちろん賛成です。根石さんがクッション枠と書かれている枠ができるように、ある程度のクッショ
ンになるようなものは費用の面でも必要なのではと思います。
小川さんのほぼ現行のままに近い1枠12000円案だと、空き枠ができてしまったときに対応できなくなってしまうのと、根石さんの目的のひとつである「二
人1枠を増やしたい」「生徒にはなるべく安く使ってほしい」という思いと運営資金面での安定がとりづらいのではと考えますので、基金案については全面的に
賛成です。
ポイントに関してはどうなんでしょうねぇ・・・紹介が絡むからまた難しくさせているようにおもうのですが・・・。どうなんだろう・・・。
継続的に報告を欠かさないという点でポイントをつければいいのかなとも思います。ブログだったら手間がかかるのでその分+してもいいかもしれないとかいろ
いろできそうですし。(根石さんはHP経由での入会が多いとのことを書かれています。それではあれば発信量でポイントをつけてもいいのでは?と思いまし
た。)
最新の規約案と書き込みを見て今感じていることです。
【17662】
Piggyさん 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月17日(木)08時23分1秒
>これは、規約もない、ポイント制も基金もない、ということですね。ただ、この案は現在の形態とほぼ同じだと思いますが、
そうです。ポイント制のメリットもお聞かせいただき、一理あるとは思いますが、やはりプレッシャーを感じる方はいると思います。
>現在おきている状況(空き枠が埋まらない)は、他の方法(コーチ見習いが空き枠に入る等)で対処する、という案でしょうか。基金は必要ない、あるいは反
対というお考えでしょうか。
空き枠が埋める為には、教材と授業内容の良さだけに頼らず、素読舎が宣伝活動に力を入れるのが先決だろうと思います。ご近所にチラシを撒く、生徒さんの口
コミに頼るだけでは、生徒確保は難しいだろうと思います。
コーチ見習い:吉さんは現在どういう状況におられるのか見えていませんが、今のところ、私と吉さんだけだと思います。分室を立ち上げるつもりでいるなら、
空き枠に入って根石さんの指導を見習いながら経験を積むことも必要だと思いますし、その為に投資することも必要だと思います。広告宣伝費なども負担すべき
です。
とにかく素読舎が授業料を頂いている限り、生徒さんに勤労奉仕させたり生徒確保に走らせたりするのは良くないと思っています。
先日村田さんが抜けられるかも知れないということで、根石さんはご自身が面倒みられるだけの生徒数を確保できればいいと思い始めておられるということを
おっしゃっていましたね。それならば、私は今後生徒として素読舎にお世話になるだけですから。
生徒として発言するなら、ポイント制はプレッシャーです。
【17663】
規約について。 投稿者:たけ 投稿日:2011年 2月17日(木)15時55分28秒
お世話になっております。
先日息子がレッスンを受けた際、根石さんから規約のお話があったようですが、
息子の第一声は
「紹介なんて出来ないよ。みんな塾に行ってるんだよ。紹介しないと続けられないの?」
で、ずいぶんと紹介の事を気にしていました。
確かに、私も今までに息子の友人の親数名に素読舎の事を話してみた事がありますが、
現状、高校受験を控えた中学生には、定期テスト対策、受験対策をしてくれる塾が最優先で、
英語だけを習おうと言う子は、中高一貫の私立で、それもトレジャーやらプログレスやらの
検定外教科書のフォローの希望が多く、教科書や学校の進度を離れての英語は考えにくい様です。
大人は、「今更英語?やめておくわ。」と言う人ばかりで、なかなかレッスンに至れません。
そんな中、よしんば「やってみようかな?」という気になった知り合いがいたとしても、
紹介しないとポイントが減って行って…なんていう規約の説明をしたら,
いくら素読舎の良さを語っても,そのポイント云々でまず敬遠されてしまうと思います。
今は私自身が素読舎の良さを知っているので、こういう話を聞いても、
根石さんの目指す所がわかるので「そうなのか」と受け入れられますが、
もし、素読舎を始める前にHPでこの規約のポイントの部分を読んだとしたら、
きっと尻込みして、やらなかったと思います。
そう言う意味で、ちょっとひっかかる部分ではあります。
根石さんが生徒数を増やし、無料過程に生徒をどんどん押上げ、
無料過程の生徒を増やしたいというところからの、今回の紹介ポイント制は理解出来ますが、
折角紹介しても、紹介した人が辞めたら2ポイントマイナスとかいうのだと、
紹介した方も,された方も、妙なプレッシャーの中でレッスンをしなくてはならない気がしますし、
なかなか生徒を紹介出来ないと、レッスンを受けていても、紹介の事、ポイントの事が脳裏をよぎり、
レッスン内容以外の事で、気を揉むというのもいかがなものかと思うのですが…。
【17664】
根石さん 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月18日(金)00時37分54秒
>今は私自身が素読舎の良さを知っているので、こういう話を聞いても、
根石さんの目指す所がわかるので「そうなのか」と受け入れられますが、
もし、素読舎を始める前にHPでこの規約のポイントの部分を読んだとしたら、
きっと尻込みして、やらなかったと思います。
私も今日、たけさんと同じことを考えていました。
>根石さんが生徒数を増やし、無料過程に生徒をどんどん押上げ、
無料過程の生徒を増やしたいというところからの、今回の紹介ポイント制は理解出来ますが、
折角紹介しても、紹介した人が辞めたら2ポイントマイナスとかいうのだと、
これはちょっと理不尽な制度だなぁと私は思います。紹介者に問題があって辞めるというより、コーチ側に問題があって辞める場合や、本人の都合で辞める場合
の方が多いでしょうから、それで紹介者のポイントが減るというのは、どんなもんでしょう。
生徒さんに生徒募集の心配までさせるシステムには反対の立場ですが、百歩ゆずって生徒さんに募集をお願いしたとしても、生徒さん達の知人友人やご近所の人
たちをあてにするだけでは限界があるのではないでしょうか。生徒さんの間では口コミでじわじわと広がっていくのを期待するだけで良しとすべきだと思いま
す。素読舎の小学生の生徒さん達のレッスンの成果が、今はまだ外部には見えて来ない状況ですし。
少し話がそれますが、PRの一環として「中高年の為のやりなおし英語(素読で英語)」のような短期講座 (3ヶ月集中講座のような)を公民館などでやって
みてもいいでしょうか。中学の英語教科書を使用するのがいいと思うのですが。素読舎のスカイプレッスンの為のアンテナ教室というようなものです。以前村田
さんにはチラリと話たことがあります。「それがメインになってしまってはいけないしね」ということになり立ち消えてしまいましたが。
受講料は1ヶ月4回で2000円程度。ほとんど儲けにはなりませんが、素読英語の良さを実感してもらうにはいい方法だと思います。ただ、これも生徒募集が
大変ですが、受付にチラシやパンフレットを置かせてくれますし、広報のようなものを出しているところだと講座の紹介などもしてくれそうです。
スカイプレッスンで本格的に勉強したいという人が出てくれば、素読舎本塾へ直接申し込みしてもらいます。どなたも一度は塾長のレッスンを経験してもらった
方がいいと思うので、塾長の空き枠があればそこへ入ってもらい、空き待ちの方は戸倉分室で受けるということでどうでしょうか。
もし許可を頂けるなら、4月生募集にむけてPRするのにちょうどいい時期なので、最寄りターミナル駅のコミュニティーセンターや公民館を探して部屋を確保
し、MIxiの「教えます」というコミュニティーや新聞チラシやタウン誌やホームペジで募集してみます。私はスカイプレッスンのコーチとしてしっかり自立
できるまで、素読舎の入門窓口として働いてみたいですが。
【17665】
遅ればせながら 投稿者:まつ 投稿日:2011年 2月18日(金)00時38分31秒
ももこさん、Piggyさん、皆さんの投稿のおかげで規約について私自身の理解が進みました。
お忙しいなか他の生徒のためにも時間を割いて書いてくださったのだと思います。
遅ればせながら、ありがとうございます。
Piggyさん、はじめまして。
> 1000円余計に払うことになった、と思っていらっしゃるのでしょうか。
そんなことはありません。賛成です。
私もPiggyさんと同じく、「二人一枠」で受講できていることに感謝しています。
共に練習するお相手の存在が心強く、また励みでもあります。
ですから、仕組みを支えるための1000円にまったく異存ありません。
なお、先日のレッスン後、規約の感想として根石さんに以下をお伝えしました。
・以前よりシンプルになったけれど、それでも自分にはムズカシイです・・・。
・空き枠状況がいつでもわかるようでないと、紹介や問い合わせがしづらいと思います。
・「紹介した生徒がやめた場合は、2ポイントがマイナスされる。」という規約は、紹介する側・される側どちらにも気が重いです。お互いに気兼ねしてしまう
のではないでしょうか。
【17666】
規約について 投稿者:江戸の母 投稿日:2011年 2月18日(金)00時52分8秒
>「無料過程」に行く人は、その人自身が無料で素読舎の教材と練習方法を使うことができることにとどまらないっていうことです。
「無料過程」に移る人がもっと多くなり、多くの人がお互いをお互いの力で鍛えあう状況が現実にあったら、新しい「常識」が生まれていくかもしれない。
村田さん そういうことだったのですか。
「新しいこと」、さらにそれが「常識」になるようなことを生み出すのは、なみなみならぬ力が必要ですよね。今回の規約制定でも、根石さん、Piggyさ
ん、ももこさんらがご苦労されていることに、頭が下がります。
Piggyさんの投稿で、「生徒が素読舎の理念に賛成して、主体的に参加することをあらわす象徴なのではないか」とまとめておられますが、根石さんにとっ
ても、この規約が制定されるかどうかは、この考えを生徒(及び保護者)全員が持ちうるかどうか、挑戦というか賭なのかなと感じてしましました。
それをふまえた上で、矛盾する発言ですが、ポイント制については、どうもしっくりこない感があります。
考えとしては最初のものよりシンプルでわかりやすいのですが、実際運用することを想像すると、競走馬になったような気もしたり、これまで自分の趣味の範囲
でメディアへの広告だとか調べてきましたが、それがポイントに結びつく活動となると、なぜだか気力が衰えてしまうというか、変な気持ちです。
被紹介者がやめるとマイナスポイントになると計算も面倒だし、紹介者へ気兼ねをしないだろうかとか心配してしまいます。
ブログを書くことも紹介につながるとコメントがありましたが、生徒さんがブログを書いてくださっても、そのリンク先を広げていかないと、なかなか多くの人
の目に触れることは難しいのではないかと。
素読舎HPを見て生徒になられた方が多いとのことですが、現在はネット上の情報量が多くなり、素読舎HPへのアクセス量を増やすことも考えていかないとい
けないのではと思います。HPの内容の濃さとは別の問題として、小川さんが「川にえさをまくがごとく」ちらしを撒いたと以前、書かれてしましたが、ネット
においても、どうやってアクセス数を増やすか、素読舎存続としての手腕が問われるとも思います。Yahoo知恵袋や、相談コーナーにコメントして、素読舎
を案内する等これまでとは違ったネットの使い方をしないと、旧来のやり方では拡がらないような気もします。
(Twitterは私、眺めるだけですが)
吉さんのHPからの方も多くいらっしゃるのですよね。どんぐり倶楽部(糸山先生)との相互リンクはできないものだろうかと、未だに考えあぐねています。こ
こがつながればすごく太いパイプができそうです。
素読舎のほかの塾との違う点として「語学論」があることは重々承知ですが、入塾するかどうかは、やっぱりどういう人がやってるか実際に話してみて、心を動
かすこともあると思います。ですので、たとえばmixi経由できていただいた方には、「どうして素読舎に興味を持ったのか」「どういう英語力を必要として
いるのか」を塾長自ら対話してもらいたいなあと思います。生徒としては、ネット等を通じて紹介するきっかけは作れるかもしれませんが、その後どのように展
開するかは、いろんなレベルの方が英語を求めてるので、一人では難しいな〜とも思いました。
また、人を連れてくることだけが紹介となるのではなくて、生徒さんの学校での英語実績が効力を発していると思います。たとえば、○○大学○○学科で学年
トップという実績は、立派な広告塔となっていると思います。これからも、紹介はできなくても、そうした実績が素読舎への信頼を築くことができる方もでてく
るかとも思います。たけさんのお子さんの学校での成果も、カウンターパンチのように効いてきそうですよね。
ポイント制度が負担になるか、楽しみになるか、個々人の立場や捉え方次第で変わりますよね。
私としては、素読舎本体の営業を大きく見直すことを優先して、待機児童ならぬ空き枠待ち待機生徒ができてから適用してもよいのかなとも思います。
【17667】
駆け込みでご挨拶を 投稿者:Piggy 投稿日:2011年 2月18日(金)22時04分33秒
今日のレッスンで根石さんが、掲示板をこのところみることができなくて、まだちゃんと読めていないけれども、規約についてずいぶん書き込みがあるようです
ね、とおっしゃいました。根石さんが今後また規約について書かれるのだろうと思うので、その前に駆け込みで、ちょっとご挨拶をさせてくださいませ。
ももこさん、こんにちは。ももこさんと一緒にレッスンを受けていた頃を懐かしく思い出しました。おからだに無理のない範囲で、ときどきまた掲示板でお会い
できたらうれしいです。そして、お心遣いをありがとうございました。
小川さん、お返事ありがとうございました。小川さんは英語を教わった経験も教えた経験もおありになるので、いつもとても参考になります。
まつさん、二人一枠の良さを感じていらっしゃること、維持基金に異存がないことを私にも教えてくださって、ありがとうございました。
たけさん、自分が中学、高校生の時を思い出して、なるほど、と思いました。
江戸の母さん、素読舎体験記をいつも興味深く読んでいます。営業のこともずいぶん調べていらして、私は知らないことばかりでしたので、参考になりました。
【17668】
Piggyさん 投稿者:たけ 投稿日:2011年 2月18日(金)23時24分15秒
Piggyさん はじめまして。
先だって投稿の際には、ご挨拶もせず大変失礼致しました。
息子はまだ中学1年ですが、素読舎でお世話になって1年になります。
中学英語は、2年生からその出来が分かれてくると言われていますので、
この先息子の英語育成の経過を楽しみにしている母です。(笑)
さて、先日書き忘れましたが、基金の件につきましては私は全く異存はありません。
ただ、ポイント制についてひっかかる部分があったので、書かせて頂きました。
が、代替案も出せずにただ文句を言っただけの様な投稿になってしまって、
申し訳なかったです。f(^_^;)
最近は忙しく、大風呂敷のROMもご無沙汰しています。
ごくごくたま〜に書き込みしていますが、どうぞよろしくお願いいたします。
【17669】
たけさん 投稿者:Piggy 投稿日:2011年 2月19日(土)00時23分37秒
いえいえ、他の方のご意見をうかがいたい、と先日書いたこともあってご挨拶をさせていただきましたが、私は意見の取りまとめ役でも何でもないのですから、
「失礼致しました」などと書かれたのを拝見して、かえって申し訳なかったと恐縮しております。基金についてのご意見を書いてくださって、ありがとうござい
ました。息子さんのこれからが楽しみでいらっしゃるのですね!
【17670】
皆さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)02時34分35秒
ご意見を書いていただきうれしいです。
規約を作るに至った元になっていることを確認しておきたいと思います。
・「二人一枠」そのものはいいものなので、存続させたい。
・これまでは、私の方から生徒さんに薦め、「二人一枠」を作ってきた。
・「二人一枠」を維持するために、やりたい仕事(語学論・教材づくり)を犠牲にしなければならないことが何度もあった。現在も、語学論、教材づくりには手
をつけられない。
・現在、ほとんどの枠が「二人一枠」だが、空き枠が埋まらない状態が続いた。空き枠が埋まらない状態を抱えながら、「二人一枠」を維持する努力をして空し
さによって疲れた。とうていこんなことはやっていかれないと思った。
・かろうじて生活ができる収入でやってきたが、空き枠を抱えつづけなければならない状態が続いた。喩えを言えば、出血が続いていてかさぶたができなかっ
た。
・村田君が「生徒さんの都合で、預かっている生徒が空き枠に移れません」と言った。「どうしたらいいでしょうか」とは言わなかった。後からむかつきがこみ
あげてきた。
・「どうしたらいいでしょうか」の一言があれば、「生徒の都合だからしょうがないだろう」とか、「しょうがないから、痛み分けにするか」と普通に言えただ
ろう。
・「痛み分け」にして、半額を払えとこちらから言わなければならなかったことの悔しさ。「なめんじゃねえ」と思った。
・収入を最低ラインに抑え、語学論や教材づくりに時間を使ってきたことの意味が、同じ看板を掲げている人間に通じない。
・生徒さんにわからなくても無理はない。意識的に収入を最低ラインに抑えていることなどとりわけて強調して書いたことなどはないから。しかし、同じ看板を
掲げる人間にわからないのだと思ったことには愕然とした。
・鈍い。あまりにも鈍い。ぶちきれた。
・この鈍さが恬淡としているわきで、「二人一枠」を維持しようとしながら空き枠を抱えることの空しさに何の意味があるのか。
・経営者が反乱を起こしてやろうじゃねえか。素読舎なんぞ、空中分解でも何でもしてしまうがいい。馬鹿野郎を相手にいったい何ができるというのか。そう
思った。
・今後は、「二人一枠」をこちらから薦めることはしない。それをやっていったら、俺がつぶれる。
・学校や入試や資格の点数の為の英語を笑い、幼児英会話が流行っているさなかに、「芽を出させてはならない。種のまま持たせる」などと、奴隷根性に通用し
ないことを言うような塾は、元来、存立しがたい。流行の波に乗ればもうかりもするのだろうが、いつもいつもその逆をやってきた。通塾用の塾は地元から干さ
れ、ネットで「電話でレッスン」を始め、原理的には「全国」を相手にするようになったが、出会ったものは、地元で出会ったものと同じだった。
・「思想」なんかに価値はない、価値はスキルだ、と。どれほど金があろうが、そういう価値基準こそが、奴隷の根性を証す。
・英語力を作るというところで、あれら奴隷根性と重なるところがあるにせよ、俺が本当に作っているのは、「練習力」だ。
・それは根本が違う。
・英語力なんか本当は誰にも作れはしない。「イメージ」というものは、外から作れるものではない。(それができるのは「磁場」だけだ。日本に住み、日本語
を主言語としている限り、コーチや教師に本当のところは何もできはしない。)
・作れるのは、「練習力」だけだ。まともな音(「磁場」に持ち出して通用する音)を備えて、同じ文をいくらでも(語学的に)まともなイントネーションで繰
り返すことができること。
・俺と他の一切の英語教師・コーチ、磁場帰り達とが違うのは、あやつらが英語力そのものを作れると思っているのに対して、俺は作れるのは「練習力」だけだ
と思っている点だ。
ええと、規約から語学論の方へ移りかけておりますので、ここらで止めます。
出血が止まらず、かさぶたができないこと。
ひとまず、それだけ書ければいいと思って書いたものです。
【17671】
江戸の母さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)03時13分25秒
>根石さんにとっても、この規約が制定されるかどうかは、この考えを生徒(及び保護者)全員が持ちうるかどうか、挑戦というか賭なのかなと感じてしましま
した。
そうですね。「自分のスキル」だけが英語力だと思っているような人は素読舎には縁がないのですが、誰だって最初はそんなもんです。
すでに書きましたが、根本の価値はスキルだと私は考えていません。根本の価値は練習力だと考えています。
学校や英会話学校がでたらめをやってきたのに慣らされて、人々はそこが見えなくなっています。スキルじゃない、練習力だ、というところが。
例えばですが、英検一級保持に何の意味があるのか。
そこには、「娑婆的」な意味しかありません。
英検一級を保持していても、「練習力」が保持されているとは限りません。
放っておけば、英検一級の人の英語力も練習力もぼろぼろになります。
>それをふまえた上で、矛盾する発言ですが、ポイント制については、どうもしっくりこない感があります。
多くの方が言っておられることがこれです。
規約は、ポイント制を外してひとまず発効させることはできますので、そうしようかとも考えています。
疲れてしまいました。
存立しがたいものがいまだ存立しているのだと生徒さん達に自覚してもらえればひとまずはそれでいいのです。こんなもの、いつつぶれたって不思議はないと
思っています。
自分というものが、今ここにいることの不思議と同じくらいに、素読舎というものがつぶれないでまだあることが不思議です。
少数のものが見える人がいるということなのだなと思っています。
だから、素読舎は少数の人を相手にしていけばいいのだとも思っています。
一般的な営業姿勢なんか、どうでもいい。素読舎のイメージが悪くなることなんかも、本当はどうでもいい。実際に、私は素読舎のイメージなんかどうでもい
いやと思ってやってきました。そんなイメージなんか、語学論が読める人にはぶち破ってもらえると信じてやってきました。
誤解が残存しているようなので、何度でも言っておきますが、ポイントの数がいくら減ってもレッスンの内容そのものには何の影響もありません。例えば、マ
イナス20ポイントというのは、私のレッスンを20年使い続けたときのポイントですが、その頃に私はこの世にいないだろうと思いますが、その頃に、もし今
回の規約に則って素読舎をやっている人がいたとして、マイナス20ポイントがレッスンの内容に影響することはないはずです。もし影響するなら、規約が悪い
のではなく、影響させた人が悪いのです。人の痛みがわからないような、根腐れ根性が生きているせいです。
ポイント数が影響するのは、「無料過程」についてだけです。
ここを外した論議は、村田君の斜め読みに類することだと思っています。
ポイント数がこうなったら、レッスン自体をやめろとは私は一度も言っておりません。
元を読まずにつべこべ言っている人たちは、「レッスン自体をやめろ」というポイント数を制定しろとでも言っているのでしょうか。
素読舎がそう言い出したからと言って、別に不思議はありません。
こんな存立しがたいものを存立させる努力は、誰に言われてやっているわけでもありませんので、続けるのもやめるのも俺の勝手にさせてもらうと思っていま
す。
少数のものの見える人がいるので、続けていられるだけのことなのです。しかし、疲れ果てたらやめます。
日本在住の磁場を欠いた英語の「練習力」がきわめて滅びやすいことにほとんどの人は自覚的ではありません。
そういう場所で、素読舎もきわめて滅びやすいものです。
馬鹿野郎ども。スキルだけ見たければ、それだけ見ていろ。そう思っています。
【17672】
まつさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)03時31分24秒
>「紹介した生徒がやめた場合は、2ポイントがマイナスされる。」という規約は、紹介する側・される側どちらにも気が重いです。お互いに気兼ねしてしまう
のではないでしょうか。
最新の規約案では、紹介した人は3ポイント獲得します。
紹介された人がやめて、2ポイントが減っても、1ポイントが残ります。
1ポイントとは、「無料過程」に移れるポイント数です。やめる人が気兼ねする必要はないと思います。
一度紹介して獲得した3ポイントは、紹介された人がやめた場合もそのままにしておけというようなことでしたら、とうてい私の体力がもちません。
レッスンをやってみて、私のやり方に向く人も向かない人もいると思います。向かない人がやめてしまうのは仕方がありません。根本原因はそれなのですか
ら、気兼ねは余計なことです。
私は生徒には親切でありたいと思っていますが、生徒におもねることはやる気がありません。
自分にとっていいものが他の人にとってよいものではなかったとしても、それはしょうがないことです。自分にとっていいものを見つけた人が、それを広める
ことは何もおかしなことではないと思います。
「使ってみていいものだと思ったら」という前提は置いてあります。
入塾費のようなものはいただいていなのですから、いいものだと思わない人はやめていただけばいいのです。いいものだと思ったら広めていただけばいいので
す。
気兼ねが気になるようでしたら、いいものだという確信が持てるようになってから、動いていただくので結構です。
【17673】
小川さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)03時36分56秒
>これはちょっと理不尽な制度だなぁと私は思います。紹介者に問題があって辞めるというより、コーチ側に問題があって辞める場合や、本人の都合で辞める場
合の方が多いでしょうから、それで紹介者のポイントが減るというのは、どんなもんでしょう。
おっしゃっていることがわかりません。
ゼロポイントから2ポイントが減らされるのではありません。
3ポイント増えた後に2ポイントが減るだけです。
2ポイント減っても、ポイントは増えた状態が残ります。
それでも理不尽なのでしょうか。
【17674】
小川さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)03時43分36秒
>生徒さんに生徒募集の心配までさせるシステムには反対の立場ですが、百歩ゆずって生徒さんに募集をお願いしたとしても、生徒さん達の知人友人やご近所の
人たちをあてにするだけでは限界があるのではないでしょうか。
「二人一枠」をこちらから生徒さんにお薦めすることはやめますし、コーチの人に積極的に生徒を預かってもらうよう努力することもやめたいと思います。
その場合、「限界がある」状態でいいと思っています。
コーチが自分で営業努力をするというのならともかく、私が他のコーチのために積極的に生徒数を増やす努力はやめたいと考えています。
【17675】
小川さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)03時46分28秒
>少し話がそれますが、PRの一環として「中高年の為のやりなおし英語(素読で英語)」のような短期講座 (3ヶ月集中講座のような)を公民館などでやっ
てみてもいいでしょうか。中学の英語教科書を使用するのがいいと思うのですが。素読舎のスカイプレッスンの為のアンテナ教室というようなものです。
やっていただいて構いませんが、素読舎の看板は使わずやっていただきたく思います。
語学論が読めるような人にでしたら、素読舎というものがあると伝えていただけるとありがたいです。
【17676】
江戸の母さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)03時55分48秒
>吉さんのHPからの方も多くいらっしゃるのですよね。どんぐり倶楽部(糸山先生)との相互リンクはできないものだろうかと、未だに考えあぐねています。
ここがつながればすごく太いパイプができそうです。
吉さんも素読舎の火急時に発言がなくなってしまえば、縁が薄くなっていきます。
Kとの「自立練習」も近頃はまったく掲示板への報告がありません。
「無料過程」の人に英語の変化等を書いてもらうことを課することを考えたのも、こういう無縁化を踏まえたものです。
どんぐりの糸山という人の「イメージ」というもののとらえ方には私は批判があります。すでに過去ログに書いてありますが、糸山における「イメージ」は理
路におけるイメージだけです。
また、「イメージ」する能力は言葉が作るのだということを糸山は言いません。
文章題を解く力が「イメージ」できる力だと言うのであれば、糸山は言葉を扱うべきなのです。言葉の問題を、解決済みの前提にしてしまっているところが私
の批判点です。
営業的にはどんぐりとつながるのが有利でしょうが、私は糸山の「イメージ」のとらえ方を認めていませんので、こちらからパイプなど作るつもりはありませ
ん。
【17677】
たけさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)04時02分3秒
>なかなか生徒を紹介出来ないと、レッスンを受けていても、紹介の事、ポイントの事が脳裏をよぎり、レッスン内容以外の事で、気を揉むというのもいかがな
ものかと思うのですが…。
そういう人は、「無料過程」を慮外のこととしていただけばいいだけのことです。
【17678】
小川さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)04時07分43秒
>ポイント制のメリットもお聞かせいただき、一理あるとは思いますが、やはりプレッシャーを感じる方はいると思います。
どういうプレッシャーなんでしょうか。いつまでたっても「無料過程」が使えないというプレッシャーなんでしょうか。
繰り返しますが、私は「無料過程」というものを本気で考えています。
プレッシャーを感じるというのは、人に広めることもなく、「無料過程」を使えるようにしろということでしょうか。
それは、世間では虫がいいというのではないのでしょうか。
何度でも繰り返しますが、ポイントによって「レッスン」の内容には影響はありません。
ポイントは「無料過程」を使うことに使われます。
おっしゃっているのは、本当に何のプレッシャーなんでしょうか。
【17679】
小川さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)04時12分13秒
>とにかく素読舎が授業料を頂いている限り、生徒さんに勤労奉仕させたり生徒確保に走らせたりするのは良くないと思っています。
そう考える人は、「一人一枠」で12000円を払っていただき、一切営業に関係なく使っていただくことができるようにしてあります。
私が、人に広めて欲しいと思っているのは、6000円で使っている「二人一枠」の生徒さんたちに、です。
【17680】
Piggy さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)04時31分23秒
>参加の意識を持つことは、(昨日書きましたが)自分を観察し、自分の変化を意識化し言語化することにつながるのではないか、と。それこそがポイント制の
本当の意味なのではないか、と。
その通りです。
日本在住のまま、日本語を主言語としている人の英語の「練習力」がどれほど滅びやすいものかの自覚を生徒さんに持ってもらいたいということです。
「英語力」ではない、「練習力」だというところに目をつけて、それを言語化したのは素読舎ですが、この素読舎というものもきわめて滅びやすいものだと
思っております。「二人一枠」はそれよりももっと滅びやすいものです。
生徒の「練習力」が滅びやすいのも、素読舎が滅びやすいのも、それを囲んでいる状況は同じものです。
語学論をやり、教材を作り、レッスンをやっても20万程度にしかならない。しかも、その20万も、語学論や教材づくりのために、自分で自分にはめた枷な
のだということ。そのあたりのことは、この娑婆の標準形に従順な人にはわからないと思います。
そんなものの何が標準形なのか。なんとなく標準だと思い、とらわれるに至っただけのことではないのかと考えます。
有料過程の人の数より、無料過程の人の数の方が多いのを見てから死んでいきたいという希望のようなものはあります。
「参加」したくない人は「参加」しなければいいのです。
「一人一枠」を使って12000円を払っていただけば、「参加」なんかしなくてもいいようになっています。
どうも基本的なところを誤解している人が多いと思っています。
>根石さんのお気持ちに反した呼びかけをしてしまったようでしたら、お許しください。なお、私は今度こそ静かにしていようと思っています。
とんでもありません。ご尽力感謝しています。
生徒さんにはどんどん書いて欲しいと思っています。
しかし、基本的なところを読めていない生徒さんがいますので、「規約案」は読んでもらいたいとも思っています。
【17681】
皆さんへ ポイント制に関して 投稿者:ももこ 投稿日:2011年 2月19日(土)04時34分2秒
書き込みを拝見して(最近斜め読みしかできていません><)なんとなく頭がまとまりそうでまとまってなさそうですが自分が理解しているかどうか書いてみま
す。
ポイント制については
無料過程に進む予定の方は(無料過程に進もうとおもうくらいですから)素読舎のよさを広める活動をしていただく。そのためにポイント制が存在する。
と私は理解しています。その中でその方自身の語学論のようなものもできてくるのかなぁって感じています。
そこを前提としていればそんなにややこしいことなくなるのかなって思いました。
今の私の解釈はこういった感じですが、皆様いかがでしょう?
二人1枠で使っている方はそのまま使っていって「いいものだ」と思えば広めていき、無料過程への距離を短くしていく。
そうでない(まだわからないとか、自分の成果に説得力がないから=世の中の人にはスキルで話したほうが通じやすいなぁとかお感じの)方はしばらくポイント
がマイナスになっても二人1枠で続けていく。そこで薦められるようになったら薦めていく。
二人1枠だけど、無料過程は雲の上でまだ分からないし、あまり考えていないという方もこのままレッスンを続行(ポイント減はレッスン自体に影響を及ぼさな
いので。)
そんなのメンドクサイよ〜って方は12000円でやってみる。でも「意外といいんじゃない?」と思えば二人1枠を希望する。
掲示板に書き込みをなさっている方は基金案には賛成のようですから、あとは規約の
例外1.「二人一枠維持基金」が底をつき、空き枠が埋まらない場合、枠の合計ポイントのもっとも少ない「二人一枠」を解消する。
を了承なさっていればそれでいいのかなって思います。
現状根石さんの枠は埋まったり埋まらなかったりという状態で、空き枠だらけという状態ではないようですし、根石さんが他のコーチの分までは営業活動をしな
いとおっしゃっているので、分室のコーチの方やこれから分室を開かれる方は、素読舎とつながりながらそれぞれ営業をなさって広げていくということなのかな
と読み取れました。
【17682】
小川さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)04時36分52秒
>パンフレットやチラシは自作するとしても、生徒さんも動員して足で稼ぐのではなく、新聞に折り込みチラシを入れるとか、タウン紙に掲載するとかした方が
いいように思います。
文案を作っていただけますか。
金を使うだけの価値があると思ったら、チラシを入れることも考えます。
私には、そういう方面に才能がなく、「おめえが余計なことを言うと、来る者も来なくなる」とかつて友達に叱られました。まったくその通りなのです。
基本的には、広告に金を使う気は現在はありません。
コーチをやりたい人が営業をするのは当然だろうとは考えています。
【17683】
ももこさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)04時38分40秒
理解していただいた通りのことです。
【17684】
小川さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)04時41分31秒
>もし素読舎が英語学習法の新しい波を巻き起こす運動体ということであるなら、生徒もコーチも一丸となって広めて行けるのでしょうが、それには個々の生徒
が伝導師のような強い目的意識を持って、それぞれがコーチとして立てるくらいにがんばらねばならないだろうと思います。
そうあってくれればいいが、それは先の話です。
今言っているのは、「自分で使ってみていいものだと思ったら、周りに広めてくれ」というだけの単純なものです。
【17685】
小川さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)04時46分30秒
>コーチが独り立ち出来ると判断された場合には、実習生として空きのあるコマに入るというのはどうでしょうか。その場合も受講料を支払います。2人枠の場
合、片方の生徒さんの都合で1〜2ヶ月休会せねばならなくなり、復帰する場合は同じコマを希望されている場合には、受講料の2割とか3割を納めるというシ
ステムもいいかも知れません。そうすれば、コーチ実習生の負担は減ることになります。
これはいい案です。
ありがとうございます。
→村田君
どこかに記録しておいて、取り出せるようにしておいて下さい。
【17686】
ミキさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)04時49分48秒
お書きいただきありがとうございます。
生徒さん同士の横のつながりについてですが、村田君が Mixi で何かやっているようです。
村田君が定期的にそこへの「お誘い」を連絡用掲示板などでやればいいのにと思っています。
【17687】
小川さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)04時56分43秒
>受講料は1人12000円が基本。2人枠になれば1人6000円。2人枠でスタートした方がどちらかの都合で1人になった場合には12000円を納入す
る。それだけのことではないか、と。
それだけのことで済めばいいのですが、それだけのことではありません。
私も最初は「それだけのこと」だと思っていたのですが、「二人一枠」はやってみればおわかりになりますが、実に手間がかかります。
それから、ここに書かれたものには、「無料過程」というものがまったく考慮されていません。「無料過程」は小川さんは考えないものであろうとは思います
が、私は考えています。
12000円を払い、営業めいたものは一切やらないという使い方はできます。その場合は、規約で「無料過程」にも縁がないことにさせてもらってありま
す。
「二人一枠」は「それだけのこと」でやっていかれないので、生徒さんにも、6000円だけでやっていかれないのだと知ってもらわなくてはならなくなって
いるのです。
【17688】
Piggy さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)05時01分23秒
「言葉にすること」についての記事、大事なことが書かれていると思います。
この『大風呂敷』が「掲示板」であるのも、生徒さんに「言葉にすること」をやってもらいたいからです。
私がいきなりホームページに書くのでなく「掲示板」に書くのも、生徒さんに書いてもらいたいからです。
【17690】
江戸の母さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)05時32分14秒
>現在はネット上の情報量が多くなり、素読舎HPへのアクセス量を増やすことも考えていかないといけないのではと思います。
このことは、まつさんが本気で考えて下さいました。
村田君はあまり本気で考えてはくれませんでした。
村田君の生徒が増えるかどうかの問題なので、勝手にしろと思いました。
【17692】
2月12日規約案(再掲) 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月19日(土)06時33分36秒
規約2月12日案 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月12日(土)02時41分57秒
規約はなるべく簡単でわかりやすいものにする。本来的に規約は不完全なものなので、暫定的なものとし、使いながら改訂を続ける。
素読舎のレッスンには「一人一枠」と「二人一枠」がある。
一枠、週一回三〇分、月額12000円。
「一人一枠」一人月額12000円。
「二人一枠」一人月額6000円。
「二人一枠」は6000円の他に、「二人一枠維持基金」月額1000円が必要。
継続的に「一人一枠」で使う場合は、「無料過程」に移ることはない。ポイントの増減もない。
「一人一枠」で練習するか、「二人一枠」で練習するかは、生徒が自分で選ぶ。
「一人一枠」で開始し、途中から「二人一枠」を希望する場合は、「二人一枠希望者リスト」に枠名(?曜?時)と名字のイニシャルを記入し、掲示板に公表す
る。空き枠を作らないことを条件に、なるべく早めに「二人一枠」を作る。
「一人一枠」での練習は、曜日・時間帯の都合が素読舎側と生徒側で合いさえすれば継続が可能。
「二人一枠」の練習は、曜日・時間帯の都合だけでも、生徒二人、素読舎の三者の都合が合わなければならない。生徒の一人がレッスンをやめたり、「一人一
枠」を希望するだけでも「二人一枠」は壊れてしまう。「練習力の釣り合い」がとれなくなった場合も、「二人一枠」は壊れてしまう。
「二人一枠」は壊れやすい。維持するためには、規約を必要とする。なるべく、一人一人の生徒の希望を大事にするが、すべての希望に沿えるわけではない。
「二人一枠」においては、「素読舎対生徒二人」の関係がある。他にも、「素読舎対生徒一人」あるいは、「生徒対生徒」の関係もある。規約運営においては、
「素読舎対生徒二人」の関係で運営する場面が生じる。
「二人一枠」をどう維持していくかは、生徒同士で話し合うことが必要。
ポイントを数えるときに、「枠使用者の合計ポイント」で算出することがある。
「二人一枠」を使用中に、一人の生徒が「一人一枠」を希望する場合や、一人の生徒がレッスンをやめる場合がある。どちらの場合も、残った一人は、ひとまず
は「一人一枠」で練習を継続していただくことをあらかじめ承知しておいていただく。
「二人一枠」を希望する場合は、「二人一枠希望者リスト」に登録する。「二人一枠希望者」は、枠名(曜日・時間帯)とイニシャルで掲示板上に公表するの
で、なるべく掲示板上で生徒同士で話し合っていただき、「二人一枠」を形成する。その際、素読舎は「練習力の釣り合い」という観点からアドバイスする。
自分の都合で「一人一枠」を使うことになったのではない場合、1ポイントをプラスする。
基本的に、「二人一枠維持基金」は「空き枠」が埋まらない期間、「空き枠」による収入減を防ぎ、語学論の充実、教材の作成に支障がでないようにするために
使用する。他の目的で「二人一枠維持基金」を使用する必要が生じた場合、規約に例外として項目を追加する。
ポイントは、基本的に「有料過程」から「無料過程」へ進む場合、「無料過程」から「有料過程」に戻る場合にのみ使用する。例外が生じた場合、規約に例外と
して項目を追加する。
例外1.「二人一枠維持基金」が底をつき、空き枠が埋まらない場合、枠の合計ポイントのもっとも少ない「二人一枠」を解消する。
「二人一枠」は、生徒数が少ないほど作りにくい。曜日・時間帯の都合がつかないだけでなく、生徒間の「練習力の釣り合い」がとれないことによっても「二人
一枠」が作れないことが起こる。生徒数を増やす以外に解決策はない。
コーチが複数いる場合、幹側のコーチから枝側のコーチに生徒を預ける。幹側のコーチとは枠数を維持する段階に入ったコーチ。枝側のコーチは枠数を増やす段
階にあるコーチとする。
幹側のコーチは、語学論が書けること、教材を作成できること、塾の運営ができることをめざす。
「空き枠」という考えは、幹側のコーチの枠にのみ適応される。
幹側に「空き枠」が生じ、枝側から生徒が戻れない場合については、コーチ間の話し合いで解決する。話し合いの結果は公表する。
レッスン受講希望者が現れ、曜日・時間帯等の都合でレッスンが開始できない場合は、「レッスン受講希望者リスト」に名前を加える。掲示板上には、県名・
名字のイニシャルで公表する。枠を譲っていただくなど、他の生徒と話し合って都合がつけられる場合は、掲示板上で話し合っていただく。
時間帯の調整、枠の移動の調整等は、掲示板上で、なるべく生徒同士で話し合って解決していただく。
空き枠を作らないことを条件に、「二人一枠希望者リスト」の中から、コーチが「練習力の釣り合い」を基準にペアの相手を紹介する。曜日、時間帯の都合等は
生徒同士の話し合いで決めていただく。他の生徒も話し合いに参加できるよう、話し合いの場はなるべく掲示板上とする。
「二人一枠希望者リスト」から、「二人一枠」を形成する場合、最重要条件は「練習力の釣り合い」。練習力が釣り合う相手がみつかり、ポイントの低い人がポ
イントの高い人を「またぎこして」「二人一枠」を形成する場合は、1ポイントマイナスされる。
レッスンを使ってみていいものだとわかった場合は、周りに広めていただく。特に「二人一枠」でレッスンを継続することを希望する人には、積極的にそうし
ていただく。
入塾時、ポイントはゼロ。
2011年4月以降、「二人一枠」を形成する場合は、それぞれの生徒から1ポイントマイナスされる。
「二人一枠」のレッスンが開始されて以後、「二人一枠」を使い続ける場合は1年ごとに1ポイントがマイナスされる。
塾生紹介があるたびに、3ポイントがプラスされる。紹介した生徒がやめた場合は、2ポイントがマイナスされる。
ポイントの増減は、「二人一枠」解消に直接的に使われることはない。(「二人一枠維持基金」をクッションとする。)
ポイント数は、「無料過程」へ進むこと、「無料過程」から「有料過程」に戻ることを決定する際に使われる。
「無料過程」に移る条件。
・「ゴースト」の音読が、コンスタントに12ページ10分以内で終わること。
・ 週二回以上、「自立練習」をすること。
・ポイントがプラス1以上であること。
ポイントをプラス1以上に維持することで、「無料過程」を使い続けることができる。
基本的には「無料過程」へは「二人一枠」の枠ごと移動する。
一人だけ条件が整っている場合は、「二人一枠」のうちの一人だけが「無料過程」に進むこともできる。
「二人一枠」の一方が「有料過程」、一方が「無料過程」で使う場合、無料過程の生徒に対してもコーチ付きのレッスンが継続されるので、一人分の6000円
は、「二人一枠維持基金」から充当する。
「無料過程」の生徒になった場合も、「二人一枠維持基金」の月額1000円は払い続ける。
「無料過程」で使用する人は、「自立練習」の報告の他、自分の英語の変化等「文章で」掲示板に掲載し続けることを課す。「文章で」の報告は、月に一度を目
安とする。2ヶ月以上報告がない場合は、0.5ポイントをマイナスする。
無断欠席は0.2ポイントをマイナスする。
【17693】
根石さん 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月19日(土)08時16分41秒
お疲れのところ丁寧にお答えいただきありがとうございます。おんなじことを何度も言わせんじゃねぇよ、と思っておられたと思います。すみません。
私も2月中、素読舎をどう広めていくかについて良く考えてみます。
大風呂敷は、語学論の合間に本音やお家騒動(!)や弱音やが赤裸裸に書かれるので、外野席で観戦していると面白いだろうと思いますが、それが入会してみよ
うか投稿しようと思う方達が「引いて」しまう要因にもなってるんだろうなぁと思います。
ほんとにタフでないとついていけない掲示板です。私もここ数日、根石さんにどやされる夢を見てびっしょり寝汗をかいていました。
2人1枠を維持するために生徒の組み合わせを考えるのは本当に大変なことだと思います。けれどこれはどこの教室でも多かれ少なかれつきまとう問題です。ウ
エイティングリストにずらっと入会希望者の名前が並ぶような状態であれば、ことは簡単ですが、結局これも生徒数を確保しなければならないという話になって
しまいます。
無料過程に入った人については、その人が出来る方法で素読舎に貢献すればいいのではないかと思っています。PR活動が出来る人、生徒勧誘の得意な人、何も
できないという方は教材使用料を支払うなど。
私自身も出来ることを考えて、2月中に形にしてご報告します。
【17694】
小川さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)12時08分38秒
>2人1枠を維持するために生徒の組み合わせを考えるのは本当に大変なことだと思います。けれどこれはどこの教室でも多かれ少なかれつきまとう問題です。
どこの教室が、語学論を備えているのでしょうか。どこの教室が語学論を元に教材を作っているのでしょうか。どこの教室がスキルではなく練習力を作ってい
るのでしょうか。どこの教室が育った練習力に無料で練習方法と練習用の教材を渡すなどということを考えているのでしょうか。そんなものがどこにあるという
のでしょうか。
どこの教室が、語学論と教材づくりのために、自分の収入額を20万程度に限っているというのでしょうか。
どのようにして、それらの教室と素読舎を平準的に並べ、「どこの教室でも」などと言えるのでしょうか。
【17695】
小川さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月19日(土)12時14分45秒
>大風呂敷は、語学論の合間に本音やお家騒動(!)や弱音やが赤裸裸に書かれるので、外野席で観戦していると面白いだろうと思いますが、それが入会してみ
ようか投稿しようと思う方達が「引いて」しまう要因にもなってるんだろうなぁと思います。
それで引く人は引いていればいいのです。
【17696】
根石さん 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月19日(土)17時55分7秒
>どのようにして、それらの教室と素読舎を平準的に並べ、「どこの教室でも」などと言えるのでしょうか。
根石さん、それはおっしゃる通りだと思います。私も言い方が悪かったです。申し訳ありません。
けれど根石さんはそういう厳しい道を選ばれたのでしょう。根石さんについて行こうと思っている生徒さん達も、そういう根石さんの心意気に触れて、出来るだ
けのことはしたいと思っていろいろここで議論しているんです。私だって「もうコーチ養成はしないことになるかも知れない」などと突然申し渡されて戸惑って
はいますが、それでもなんとか空き枠解消の道はないものかと一生懸命考えているんです。
>それで引く人は引いていればいいのです。
根石さんご自身はそういう方針を貫き通されていていいのかも知れません。けれど、ご自身の収入額を20万円程度に限られた場合でも、常時空きが埋まるだけ
の生徒がウエイティングリストにいなければなりません。
そのために方便が必要だと思います。
英語はガイジン講師と楽しく勉強しているうちに身に付くと思っている人たちが悪いわけではないです。そういう売り方をする語学学校や語学講師が悪いわけで
すから、一般の学習者には大風呂敷の語学論にはとっつきにくいだろうと思います。甘い言葉につられて、一言二言ガイジンさんと言葉を交わせたことで楽しい
なあと思っている人たちに、いきなり語学論をつきつけても理解されないことも多いでしょう。火焔につつまれた不動明王みたいな姿で、いきなり語学論を語っ
て入会者をつのるということは難しいです。
大風呂敷は未来永劫このままでいいけれど、それはそれで置いといて、Mixiやらホームページやらブログでは、堅苦しい説明ではなく分かりやすい紹介を
し、素読舎の間口を広げることのも必要なんじゃないでしょうか。解脱できない小川の「アホの考え休むに似たり」だとおっしゃるなら、それでもいいです。
引く人は引いていいというようなことでは、生徒さんの勧誘は出来ないです。新入会者に「感想や疑問があれば大風呂敷に書いておいてください」と突っ放され
ても、大風呂敷に気楽に書ける人は少ないように思います。
大風呂敷の常連の方達は、素読舎の良さも根石さんのやり方も理解しておられます。だから今回の規約もすんなり受け入れられるんだと思います。けれど、新入
会者の獲得という観点から検討してみるとどんなもんでしょうか。初めて素読舎に出会った人たちには理解しにくいんじゃないんでしょうか。勧誘の際も説明が
難しく誤解を生むようなことになりはしないでしょうか。
吉さんがたくさんの生徒さんを素読舎に繋げてくださっているのは、吉さんが大風呂敷の衝撃を和らげてくださっていたからだと思います。根石さんが「それで
引く人は引いていればいいのです」といっておられる陰で、吉さんのような方達が素読舎の語学論を易しく優しく説かれて、生徒をひっぱってこられたというよ
うなこともあるのではないでしょうか。
>「無料過程」は小川さんは考えないものであろうとは思いますが、私は考えています。
無料過程では実際に私も利用させて頂いているので、考えていないわけではありません。ただ無料過程とは言え、教材使用料金は支払うのがいいと思います。1
万行進めば2000円とか3000円とか。どうでしょう。その方がわかりやすくないでしょうか。この場合、分室で無料過程に進む生徒さんも根石さんに使用
料を支払います。私はそれが当たり前だと思います。
無料提供してくださるのはありがたいことなのですが、根石さんがテキスト作成に費やされた時間や労力考えれば、テキストは有料であるべきだと思います。
「ポイント制のマイナスがつくのは理不尽だ」という件:そんな陰の尽力があって紹介された生徒さんが辞めてしまう原因は、紹介者側だけにあるのでしょう
か。
規約がほぼ固まったこの時期に、ねじを反対に巻くようなことばかり書いて申し訳ありません。今度は私が大風呂敷から振り落とされ、ネットの海を宇宙塵のよ
うに漂うよう運命のような予感がしてます。
【17697】
内田樹の言葉から 投稿者:馬の骨 投稿日:2011年 2月19日(土)22時13分18秒
○「困難な決断においてつねに正解を引き当てる」ような能力は私たちには備わってはおらないし、そのような能力は誰によっても育てることはできない。
○全員が満足するような解がみつからない問題については、「全員が同じ程度に不満足なあたりを『おとしどころ』にする」というのが政治の骨法である。
○人々が集まって車座になり、一つの食物を分け合う儀礼を持たない共同体は地球上に存在しない。共同体を立ち上げる基本の儀礼である。
【17698】
規約について 投稿者:I村 投稿日:2011年 2月20日(日)01時35分17秒
規約について私は特に異論はないのですが、せっかくなので感想を書きたいと思います。
小川さんが感じておられるプレッシャーですが、私も実は感じております。まあ、プレッシャーというより、
むしろ「申し訳ない気持ち」なのですが。一体何に対してそんな気持ちになるのかと言うと、
根石さんに対し、なかなか生徒を紹介できないことについて、申し訳ないと感じている次第です。
まあ、私がいくら申し訳なく感じても詮無いことではありますし、私の自己満足以外のなにものでも
ありませんよね。生徒の紹介は、無料過程へ進みたい人が行う当然の協力であり、紹介できない
からといって、別に負い目を感じる必要はないのかな、と考えております。
もちろん、生徒を紹介できないぶん、私がレッスンのよさを掲示板に書いていくという方法もあるので、
そうした形で貢献したいと思っております。一番よいのは、私は今もTOEICの勉強をしているので、
「テストのたびにこんなに点数が伸びました」といったことが書ければいいのですが、現在点数的に
伸び悩んでおりまして・・・。自分の中では、英語の聞き取りがかなりできるようになってきたとか、
確かな手ごたえはあるのですが、まあ、それについてはぼちぼち投稿していくつもりです。
【17699】
小川さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月20日(日)02時24分33秒
まあ、小川さんと喧嘩しててもしょうがないんですが、私は昔から、知識を切り売りしたり、正解を売ったりしているだけの進学塾や、Repeat
after me. しか方法を持たない英会話学校なんかと同列に並べられて素読舎に言及されるとむしゃくしゃするのです。
どっちが高いだの安いだのと言われてもむしゃくしゃします。絶対的な価値に基づく代金などあるわけがないので、他の物価と同じようにあくまでも相対的な
ものですが、仮に、英会話学校が1万円で、素読舎が2万円でも、素読舎が安いと思っています。
生徒の中に起こることが違うのだから、同じ土俵で較べてもらっても意味がない。素読舎は生徒の中に確かに変化を起こすことができるのです。
素読舎が一枠1万2千円で、「二人一枠」を使えば6千円で使えるというのは、私の生活が成り立ち、生徒さんがなるべく使いやすいように設定したもので、
他に理由はありません。英会話学校が1万円なら、それに相対して、素読舎が2万円だって本来はおかしくはないと思っています。
そんな話ではなかった。どこでもやっている雑用が、素読舎の場合には、その圧迫の度が違うということを言いたいだけです。自前で教材を作っているような
塾は、同じ雑用が、出来合の教材を使っている塾に及ぼす圧迫より程度がひどいものになります。そこへ、「そんなことはどこでもやっている」と平準化したも
の言いをされたので、むかついたのです。
>英語はガイジン講師と楽しく勉強しているうちに身に付くと思っている人たちが悪いわけではないです。そういう売り方をする語学学校や語学講師が悪いわけ
ですから、一般の学習者には大風呂敷の語学論にはとっつきにくいだろうと思います。
この辺が、学習者に対して抱いているイメージが小川さんと私とではまるで違います。私は、あんなものにだまされる生徒が悪いと思っています。あんなもの
じゃどうにもならないということが見抜けないのは、認識として「悪い」のです。
語学論が読めないような人が英語をやったところでしょうがないとも思っています。挨拶圏の言葉だけやりたいだけの人は、素読舎には縁がありません。日本
人が挨拶圏の言葉だけ扱って英語をしゃべるようになるなんてことはありっこないからです。(丸覚えの決まり文句だけ言えるというレベルならあります
が・・・)そういう縁のない人たちに向けて間口を広げるつもりはありません。
私の生徒には、英会話学校にだまされた生徒さんがけっこういます。だまされたから素読舎に気づいてくれたという経路があるのです。その経路ははっきりし
ているのに、だまされたんだという自覚がない生徒さんもいます。語学論は、だまされたんだということをはっきりさせることもします。
それから、語学論そのものを読んでレッスンを始めた生徒もいます。私がもっとも信頼している生徒たちです。小川さんもその一人じゃなかったのか?
素読舎は英語フリークや英語病の人のためのものではありません。日本在住のままで、「磁場」を欠いて、英語を「語学」としてやることの意味に気づいても
らうことまで、素読舎のレッスンはカバーしていると思っています。
「語学の自覚」というものを生徒さんに持ってもらう作用は素読舎のレッスンにはあります。とっつき易ければいいってもんではない。そんなもんに媚びる気
はまるでありません。
>大風呂敷は未来永劫このままでいいけれど、それはそれで置いといて、Mixiやらホームページやらブログでは、堅苦しい説明ではなく分かりやすい紹介を
し、素読舎の間口を広げることのも必要なんじゃないでしょうか。
それ「も」必要だと言うのであれば異存はありません。小川さん、ひとつ、やってみてもらえないでしょうか。
>引く人は引いていいというようなことでは、生徒さんの勧誘は出来ないです。
かつてやたらな一般化はよくないと言った人のもの言いとも思えません。「引く人は引いていい」というのは、大風呂敷の記事に関してのものです。語学論に
関して、引く人は引いていいのです。他にどうしろというのですか。語学論は語学論です。
始めたばかりの頃は敬遠していたけれど、レッスンを継続している間に語学論をよく読んでくれるようになった生徒さんもいるのです。語学論そのものを書く
ことでは収入は得られませんし、今はなかなか書けない状態が続いていますが、これは私の仕事の中で第一に位置づけているものです。生徒が集まろうがどうで
あろうが、どうでもいいのです。そんなことと本質は関係がない。
>根石さんが「それで引く人は引いていればいいのです」といっておられる陰で、吉さんのような方達が素読舎の語学論を易しく優しく説かれて、生徒をひっ
ぱってこられたというようなこともあるのではないでしょうか。
それはその通りです。有り難いことだと思っています。
以後はその有り難いこと以後のことです。
吉さんは、コーチの実習をやり、かたさんと「自立練習のみ」をやっていたはずですが、最近はやっていないようです。掲示板に書かれないので、どうなって
いるのか私にはわかりません。そのうちにかたさんの自宅に電話してみようかと思っています。
こういう調子だと、かたさんが私の生徒であるのかどうかさえもあやふやになります。どちらからも連絡がありません。
一方で、吉さんは、自分のホームページで素読舎とは関係なく生徒を募集しています。
おそらく吉さんには、小川さんのようには、素読舎のコーチをやろうなどという気はないのではないかと推測しています。素読舎を切って、やれるもんなら
やってみるがいいと思います。もう一度習わせて下さいなどという言葉は、その時には意味はないでしょう。
吉さんの書かれたものは、私の語学論の一種の「翻訳」だと思っています。翻訳というものをやる方には頭が下がりますが、方法の核になるものに関して、
まったくの誤解になっているものがあります。
「もっとつなげる」という問題に関してですが、まったく的外れなことを言われたことがありました。ああ、わかってないんだな、やっぱり磁場帰りの人には
わからないんだなと思ったことがありました。それに対してはっきり指摘したのですが、吉さんはうやむやにしてしまいました。
それに関連してですが、小川さんに聞いてもらいたいのは、キリピーの最近の音です。小川さんが「下駄履き走法」と見事に名付けられた読みですが、それが
その後どうなったかを聞いてもらうことができます。多少、下駄履きは残っていますが、以前に聞いてもらったものとはまるで違っています。私は「もっとつな
げる」という指示しか出していませんが、その指示で間違いなかったのだとわかってもらえるものだと思います。
>新入会者に「感想や疑問があれば大風呂敷に書いておいてください」と突っ放されても、大風呂敷に気楽に書ける人は少ないように思います。
生徒さんの多くが語学論が書けないのはわかっています。村田君にも書けないのです。生徒さんが書けるのは、「体験談」です。それでいいからどんどん書い
てもらいたいと私が思っていても、大風呂敷は書きにくいという問題は残るでしょう。
だったら、生徒さん用の掲示板を設けた方がいいのかということになりますが、以前、「母の会」のような掲示板ができて、一時的に盛り上がって、今は活気
がないようです。字が小さいので敬遠してあまり読んでいませんが、子供に読み聞かせる絵本の話で盛り上がっていたようです。
生徒さんが「体験談」や自分の英語の変化を書ける掲示板があればいいなと思っています。その中で、言及したいものがあれば、私が『大風呂敷』にコピーし
て言及することもできます。
村田君は過去ログ整理と、ホームページの書き換えなどで忙しいかもしれませんが、掲示板をひとつ開設するくらいなことはやってくれるかもしれません。
その後、小川さんが座長をやってもらえないでしょうか。
>無料過程とは言え、教材使用料金は支払うのがいいと思います。1万行進めば2000円とか3000円とか。どうでしょう。その方がわかりやすくないで
しょうか。
その方がわかりやすいと思います。しかし、私は「無料」ということにこだわりたいです。英語、けっ! という気持ちは私にはあります。素読舎は、英語、
けっ! と思うような人物によって経営されている塾なのです。そんなもの、「やっつけ方」はあるぜと言っているのです。
英語の練習なんかタダでいい。しかし、それをやるためには、「練習力」を身につけないと駄目だから、それを身につける間は有料になるよ、っていうんでい
いと思っています。
しかし、払いたい人を無下に拒絶する必要もありません。『ハリマオ』の「一財産」みたいなもんです。払いたい人は、いくらでもいいですから(つまり、ど
んな微額でも巨額でもいいですから)、ご自分の納得のいく額を「お払い下さって構いません」というスタンスで行きたい。
払わなければ「いけない」というのでは、「無料」過程の意味がありません。
>「ポイント制のマイナスがつくのは理不尽だ」という件:そんな陰の尽力があって紹介された生徒さんが辞めてしまう原因は、紹介者側だけにあるのでしょう
か。
原因が紹介者側にあるなどとは言っておりません。原因がどこにあろうと、「有料過程」で現実に生徒がやめるわけです。ポイントというのは現実の動きに
伴って動きます。「そんな陰の尽力」っていうのはどういうことを言っておられるのでしょうか。「陰の」でもなんでもない。生徒さんを紹介して下さるのは
「表の」尽力です。
短期でやめようと、長く使ってやめようと、今はそれは問わないで、2ポイントマイナスにしてあります。3ポイント分プラスされて2ポイント分マイナスで
はいけませんか。1ポイントあれば、「無料過程」が使えるんですよ。
「どうせ私にはできない」というような最初からあきらめたような気持ちを変えてもらいたいもんだと願っているんです。これ、蓋を開けてみると、すごく簡
単なものが出てきます。「できない」んじゃなくて、「やらない」んだという簡単なものが。
小川さん、よく考えて下さい。生徒紹介について、「どうせ私にはできない」と考える人は、(短期であれ)日本を飛び出して、英語の磁場に交わることに対
してだって「どうせ私にはできない」としてしまうのです。
私は「磁場」の作用に無意識な人は駄目だと思っていますが、一方で、日本人はどんどん「英語磁場」に交わるのがいいと思っています。そうすっと、
チョー・ドラスティックな場で身を切られるような思いをしますですわね。
私は、ボストンの道ばたの花壇を椅子代わりにして人が歩くのを見ていたことがあるのですが、まじめな顔をしてカツカツと音を立てて胸を張って歩く人たち
を見ていて、どうにも笑いがこみ上げてきてどうしようもなかったことがあります。声をたてて笑うのを必死に我慢していた思い出があります。馬鹿らしいとい
うのではないのですが、半分は馬鹿らしいという気持ちもありました。あれは何だったのか。多分、あれも、チョー・ドラスティックな場だったんだと思いま
す。私の身体が、あの「まじめな顔」や「カツカツ」とタイマンを張っていたと思います。なんなら、殺してやろうか、という気も混じっていたと思います。
私にとっては、英語というのは、時に、命のやりとりの場の言語であることがあります。今のところ、大きな問題は起こしておりませんが、英語をどなり声で
使うことは何度もありました。
日本人ニトッテ、英語ハおぶらーとニクルンダこみゅにけーしょんナンカノタメノモノジャアリマセン。
えーとですね。英語がそのチョー・ドラスティックな場に出るための関所越えの言語であるなら、なにが「どうせ私にはできない」なのかと思うのです。そん
なことなら、もみくちやにされて、放りつけられるだけです。必ずそうなると言うのではありませんが、そうなることはいくらでも考えられます。
>規約がほぼ固まったこの時期に、ねじを反対に巻くようなことばかり書いて申し訳ありません。今度は私が大風呂敷から振り落とされ、ネットの海を宇宙塵の
ように漂うよう運命のような予感がしてます。
面々の御はからいです。
私としては小川さんにコーチをやってもらいたいと思っていますが、小川さんの信奉する「標準」に従うつもりもありません。
この世には反逆というものもあるんだぜ、と思っています。
【17700】
I 村さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月20日(日)02時28分34秒
>もちろん、生徒を紹介できないぶん、私がレッスンのよさを掲示板に書いていくという方法もあるので、そうした形で貢献したいと思っております。一番よい
のは、私は今もTOEICの勉強をしているので、「テストのたびにこんなに点数が伸びました」といったことが書ければいいのですが、現在点数的に伸び悩ん
でおりまして・・・。
ありがとうございます。
お願いします。
高得点圏に入れば、そうそう点は伸びません。
ここで必要なのは、「持久」です。
一方で、乱暴にやたら語彙を増やすことだったりします。
【17701】
馬の骨さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月20日(日)02時30分48秒
内田樹の言葉が、やたらタイミングがいいのですが、厳選とまではいかないまでも、よく選んで載せてくださっているのだと思いました。
「陰の力」とはこういうものなのだとも思いました。
【17702】
新しい掲示板 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月20日(日)16時06分51秒
以前、ピッコロさんに提案された生徒さん用の掲示板。その後ミキさんからmixiでは海外からつながることができないとお知らせがありました。
根石さんも書かれていますが、生徒さんがレッスンの体験談や、疑問に思ったことなどを書く場が今必要とされていると思いました。
新しい掲示板で書かれた内容で、「大風呂敷」向きだと思った記事は、転載していこうと思います。
今、無料掲示板を物色しています。(大風呂敷と同じteacupでもいいけれど、頻繁に仕様変更があって面倒な時があります)
掲示板の名前はまだ思いつきませんが、掲示板を立ち上げた時には小川さん、協力していただけますか?よろしくお願いします。
【17703】
新しい掲示板 投稿者:I村 投稿日:2011年 2月20日(日)20時52分29秒
村田さん
海外からつながる、ということであれば流行の「Facebook」でしょうか。
私は登録だけして使っていませんが。
選択肢の一つとしていかがでしょう。
【17704】
村田君 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月20日(日)22時11分36秒
掲示板は少しの間、保留にしておいて下さい。
誰かが座長をやってくれるのなら、始めても続くと思いますが、そうじゃなければ一時的に盛り上がるだけです。
私は小川さんが座長の適任者だと考えています。
【17705】
吉さんのことその他 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月20日(日)23時09分47秒
今日昼間、『快傑ハリマオ』5号の印刷をしていて、吉さんは調子が悪いのかもしれないと思いました。
「自立練習」報告の掲示板を再度見ましたが、吉さんとかたさんの「自立練習」は今月の1日が最終の報告になっています。
今日は20日ですので、3回くらい連続して練習が行われていないことになります。
「先週はわたしの都合で,今週は吉さんのお仕事の関係でレッスンはおやすみになっています。また来週からがんばります!」とかたさんが2月1日に書いてい
て、それが最後の記事です。
調子が悪いのでも、仕事が忙しいのであっても、3回も連続で練習をしないのであれば、連絡くらいはして欲しいものだと思っています。こういうことがある
と、かたさんも吉さんも素読舎から無縁化していきます。吉さんが調子が悪いのであれば、かたさんに連絡を依頼してもらっても構わないのですが・・・。
うちの娘がかたさんと吉さんの「自立練習」に加えてもらっていたことがあるので、今日娘に連絡がないことを言ったところ、娘が次のようなことを言いまし
た。
「吉さんは、ポジティヴじゃなければならないという思いこみがすごく強いんだよ。無理しちゃうんだよ。それで調子を壊しちゃったんじゃないの」
それを聞いて、心配になりました。
かたさんと吉さんの「自立練習のみ」というのは、「無料過程」というもののあるべき形をつかみたいということがあって、モデルケースとして始めてもらっ
たものですが、練習をストップする場合に連絡がないことで、うまくいかなかったケースになってしまいました。スカイプやらネットやらを使う練習ですので、
連絡が最後の頼みの綱みたいなところがあるのですが、それを放り出されると、単に無縁化していってしまいます。
内田樹の言う、「人々が集まって車座になり、一つの食物を分け合う儀礼を持たない共同体は地球上に存在しない。共同体を立ち上げる基本の儀礼である。」
が、スカイプでレッスンというネット社会ではやれないのです。吉さんと小川さんが我が家を訪ねてくださり、庭でバーベキューをやったりしたことはあります
が、普段は「食物」は私の作った教材だけで、車座になれないのです。これが、ネットを通じたおつきあいの最大の欠点です。
------------------------------------------------------
「無縁化」という言葉を書きつけていて、思い出したことがありました。これは、吉さんとも小川さんともまったく関係のない話なのですが、書いておこうか
と思います。
私の塾を使い、その後アメリカ等の英語圏に渡った塾生は何人もいます。そのうちで、日本に帰ってきてから、顔を合わせたのは3人くらいですが、私が「な
んなんだ、それ」と思った共通点があるのです。
3人が3人とも、「あんたの世話になんかなっていない」という態度を示すのです。この3人が、しゃべりや聞き取りに関してなら、私よりもはるかに優れた
スキルを持っているのはわかります。そこまでやるかよってくらいにお見事なのもその中に一人います。
私は語学論の中で、「磁場だけがもたらす作用が絶対にある」と言っているので、彼らのしゃべりや聞き取りのスキルは私が作ったものではないということは
十分承知しています。その一方で、「あんたの世話になんかなっていない」という態度はいったい何なのだとも思うのです。
「音づくり」をそのままインプットの方法にし、それを継続したこと、つまりは「芽を出させない。種を種のまま持たせる」ことを継続したことが、彼らの
しゃべりや聞き取りのスキルにまるで作用しなかったかのような態度は、いったい何なのか。
全部がそうだというのではありません。今、イギリスにいるやつのお母さんは、「素読舎のおかげです。とても感謝しています」と言ってくれました。
しかし、日本で会った「磁場帰り」のかつての塾生は、「あんたの世話になんかなっていない」という態度をとったのでした。私はおべんちゃらを言ってもら
いたいわけではない。しかし、その態度は何なのだと思わざるを得ませんでした。
英語磁場は、もしかしたら日本人にとっての大事な何かを駄目にしてしまうものではないかという疑いを私は持つようになりました。
「あんたの世話になんかなっていない」というのなら、それもよかろう。そういう態度を示す者に対しては、「さよならだけが人生だ」という井伏鱒二の言葉
を噛みしめて、静かに無縁化していくしかないのだ。
英語という言語は、というか、「英語磁場」は、というべきか、これは私に、近代になって朝鮮を馬鹿にした日本というものを思い出させました。朝鮮経由で
日本が学んだものがどれほどあるか知れない。恩のある国をマネごとの近代意識から馬鹿にする日本人。礼儀知らずにも程がある。
日本の近代以後は、とても貧しい。
心が。
【17706】
I村さん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月20日(日)23時26分50秒
facebookは個人のブログみたいなものだと思いますので、やはり掲示板がいいと思っています。
少なくともteacupにはミキさんが書き込みができていますので。
Facebookはおもしろそうですね。チョムスキーも参加しているようです。
…今見てみたら、2月4日付のエジプトのデモについてのインタビューがありました。
http://chomsky.info/interviews/20110204.htm
【17707】
根石さん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月20日(日)23時32分36秒
掲示板のこと、承知しました。
小川さんの返事を待ちます。
【17708】
内田樹の言葉から 2 投稿者:馬の骨 投稿日:2011年 2月21日(月)00時11分5秒
●「どうせオレなんか・・・」というような自虐の言葉はまっすぐにその人を「どうせ」的状況に繋縛してしまうのである。自分の状況を否定的に記述すること
は「自分に呪いをかける」ことである。自分にかけた呪いを祓うことはむずかしい。
●「スキャン」というのはつねづね申し上げているように、「自分を含む風景を上空から俯瞰する想像的視座」に立つ能力である。
●人生はミスマッチである。私たちは学校の選択を間違え、就職先を間違え、配偶者の選択を間違う。それでもけっこう幸福に生きることができる。
●倫理は合理性の前にあるわけではない。むしろ、倫理にかなった生き方のことを「合理的」と呼ぶのである。ことの順序を間違えないようにしよう。
●「自分のオリジナルにしてユニークな適性」や、「その適正にジャストフィットした仕事」の探求に時間とエネルギーをすり減らす暇があったら、「どんな仕
事でも楽しくこなせて、どんな相手とでも楽しく暮らせる」汎用性の高い能力の開発に資源を投入する方がはるかに有益であると私は思う。
●多くの人の羨望の対象であるということは、あなたの「替え」はいくらでもいる、ということである。誰でも自分と「代替可能」であるという自己認識がひと
を幸福にすることはありえない。
●誰もが「自分の仕事」だと思わない仕事は「自分の仕事」であるというのが「労働」の基本ルールである。
●「結婚」することで「私」がどのような快楽や利便を得るか、というふうに問題を立てるからいつまでも結婚できないのである。「私」が参与することで、
「結婚体」のパフォーマンスはどのように向上するか、ということを考えればよいのである。
●「面白そうだったから」とか「暇だったから」とか「頼まれたから」とか「人生意気に感じたから」というような、どうでもいいような理由で仕事をする人
間、ふつうこういう人たちがいちばん「質のよい仕事」をする。
●逃げ場を見つけられず、そのまま不愉快な人間関係の中にとどまっているうちに、やがて「耐える」ということが自己目的化し、「耐える」ことのうちに自己
の存在証明が凝縮されてしまったような人間が出来上がります。
●自分の手持ちの度量衡では、その意味も有用性も考量しがたい「知」への欲望が学びを起動させる。
●「不快な入力」が多い環境にいると、人間は鈍感になる。鈍感になる以外に選択肢がないのだからしかたがない。けれども、それによって危機対応能力は劇的
に劣化する。子どもは、できるだけ快適な感覚入力だけしかない、低刺激環境で育てる方がいい、というのは私の経験則である。
●その人が愉快に生きてゆくためにどれくらい多くの他者の存在を必要としているかが、その人の社会的成熟度の数値的な指標になるということである。
●自分自身の足下が崩れるようなシステム・クラッシュの可能性をつねに勘定に入れる習慣を失った生物は、パニックに際会したときに生き延びることができな
い。
【17709】
根石さん、村田さん 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月21日(月)05時22分48秒
整理しておかなければならないこと、考えなければならないことがいろいろありますので、少しお時間下さい。
【17710】
馬の骨さん 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月21日(月)06時34分56秒
>「私」が参与することで、「結婚体」のパフォーマンスはどのように向上するか、ということを考えればよいのである。
なるほど! 肝に銘じます。
仕事も同じかも知れませんね。
【17711】
2月21日1時頃までの内田樹のツイッタ―より 投稿者:馬の骨 投稿日:2011年 2月21日(月)14時00分43秒
それにしても北アフリカの政変は怒涛のようですね。1年前にこの変化を予測できた人は各国政府部内にはいたのでしょうか。いてもたぶんごく少数だったと思
います。少なくとも日本のメディアで「北アフリカに激動」を予測した記事を読んだ覚えがありません
この取材力の低さについて新聞はどう総括しているのか、最初の紙面審議委員会で訊ねてみることにしますね。別に取材力がないことは恥ずかしいことではあり
ません。でも、「ある」と思っていたら「なかった」のか、「要らない」と思っていたので、「なかった」のか、その点は明らかにしないと。
地殻変動的な変化はいつも「まさかそんなところから始まるとは思わなかったところ」から始まる、というのは歴史のたいせつな教訓です。そして、「まさかそ
んなところから始まるとは思わなかった変化」の前に「盤石と思われた体制」はきわめてもろいということも。
東アジアでも、いくつかの「盤石と思われた体制」も北アフリカの「怒涛」の余波を食らって思いがけない脆さを露呈することになるでしょう。ソリッドなシス
テムほど予測不能の変化に弱い。だから「日本は大丈夫らしい」という推理もできるかもしれません。民主党のみなさんに明後日聴いてみますね。
菅内閣の支持率が20%を切りました。余命にあと数週間というところでしょうか。でも、これに代わる統治者が見当たりません。失政をすべて統治者個人の属
人的無能によって説明してきたため、首のすげ替え以外の解を誰も思いつけない。政党システムそのものが制度疲労を来している。
政治家は公人である、という意識の希薄化が政党政治を堀崩している。公人というのは、「自分の反対者を含めて全体を代表する義務」を優先的に配慮できる人
間のことです。
私の政治的意見は正しい。反対者には屈服か沈黙以外の選択肢を許さないという政治家はどれほど強大な組織を率いていても、「強大な私人」に過ぎません。
今の日本に欠けているのは公人です。
【17712】
根石さん 投稿者:馬の骨 投稿日:2011年 2月21日(月)16時02分46秒
>日本で会った「磁場帰り」のかつての塾生は、「あんたの世話になんかなっていない」という態度をとったのでした。私はおべんちゃらを言ってもらいたいわ
けではない。しかし、その態度は何なのだと思わざるを得ませんでした。
根石さん、内田樹ふうに言うと
「世話になっているのに、世話になっていないって言うのは、事実を隠蔽することだ。事実の隠蔽は、かれらの行く末に、大きな不調をもたらす。あらゆる人間
関係で」
さて、この呪いは解けないでしょう。根石さんに感謝の言葉を言わないかぎり。
【17713】
Facebook 投稿者:I村 投稿日:2011年 2月21日(月)19時55分17秒
村田さん
「海外とつながる」ってそういう意味だったのですね。
私は全然違うことを想像していました。てっきり、海外在住の方に営業をするものだとばかり。失礼しました。
エジプト情勢ですか。エルバラダイ氏が拘束されたというニュースを知ったのはテレビでも新聞でもなく、twitterでした(日本人が現地のニュースをリ
ツイートしたもの)。英語ができれば、そういった情報ももっと身近にかつ早く手に入るのでしょうが、私は未だに英語を読むのが苦痛です。
それはそうと、素読や音読は英語のリーディングにも効果があるかもしれませんね。昨年Toeicを受けた最、あまりリーディングの勉強をしていなかったの
ですが、リスニングの点数はもちろん、リーディングの点数も伸びておりましたので。何で効果があるかはわかりませんが。
【17714】
落とし前をつけていない身分でなんですが、一言。 投稿者:Jackie 投稿日:2011年 2月21日(月)20時33分45秒
掲示板がモノを言いにくい雰囲気になっているなあと外野からみて感じました。
小川さんの投稿に「私も意見を書いてみよう」となってきてよかったですけど。
>よく考えて下さい。生徒紹介について、「どうせ私にはできない」と考える人は、(短期であれ)日本を飛び出して、英語の磁場に交わることに対してだって
「どうせ私にはできない」としてしまうのです
生徒紹介をしないような人は、磁場にいくことも躊躇してあきらめる?
そんなことはないと思いますけどぉ。勝手に決め付けないでください。
「この洗剤、鍋とってもいいのよ、いいものってわかってるのなら勧められるでしょ、
え?勧めないの?なんで?できないの?
そんなことだから、何事もだめなのよ」
とはどこぞのマルチや、宗教でよくある会話。
>「どうせ私にはできない」というような最初からあきらめたような気持ちを変えてもらいたいもんだと願っているんです。これ、蓋を開けてみると、す
ごく簡単なものが出てきます。「できない」んじゃなくて、「やらない」んだという簡単なものが。
それを勧めるもすすめないも個人の自由意志。
>●「どうせオレなんか・・・」というような自虐の言葉はまっすぐにその人を「どうせ」的状況に繋縛してしまうのである。自分の状況を否定的に記述するこ
とは「自分に呪いをかける」ことである。自分にかけた呪いを祓うことはむずかしい。
他人に勧めることが苦手な生徒さんは、自分で自分にあしかせをしているわけでなく、
馬の骨さんのこの言葉はあてはまらない。
どちらかというと、根石さんのほうが「いいものだったらすすめられるだろ。どーせなんてかんがえるやつは・・だ。」とのろいの言葉をはいている。
私が生徒だったら・・・引く。いくら、素読舎がその方法がいいものとわかっていても、
ちがった意見をぶったぎろうとするだけでなく、
時に人格さえもぶったぎろうとする言葉の場所の道場へは
友人知人に勧めようにも勧められない。
毎日の生活で「どーせ自分には」とじぶんで自分に限界をつくったら、もったいないけれどね。
そこは吉さんのHPにある、ダイエットのコラム・・だったかな。あたりみたいに、自分を認めほめておだてて、あ、豚もおだてりゃ木に登る!、って形で、リ
ミットを越えていくことができれば。
【17715】
根石さん 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月21日(月)22時46分48秒
>かつてやたらな一般化はよくないと言った人のもの言いとも思えません。
一本とられました。
>始めたばかりの頃は敬遠していたけれど、レッスンを継続している間に語学論をよく読んでくれるようになった生徒さんもいるのです。
私はそこが狙いどころだと思ってるのです。その為に間口を広げなければならないです。単純に「英語がしゃべれるようになったらいいなぁ」と思っている程度
のレベルの人たちでも、素読舎のレッスンの中で啓蒙(あまりいい表現ではありませんが)することが出来るのではないかと思います。それも素読舎の使命では
ないでしょうか。
一本釣り漁法ではなくて地引き網漁法というか... 雑魚やらゴミやらの中に、大物が混ざっているかもしれません...
これもあまりいい表現ではないですねぇ...
最初から根石さんの期待するような生徒さんばかりを集めてレッスン枠を埋めるというのは難しいと思います。かといって根石さんや村田さんは地引き網をなさ
る必要はないんです。広告宣伝費を使うおつもりがないことも了解しましたので。
私の場合のように、TOIECや英検対策講座を自宅で細々とやっていると、その受講者の中から、YoshieさんやTommyさんのように素読舎に興味を
示す生徒さんを送り出すことが出来ます。私が素読舎のコーチとして独り立ち出来るようになるまでは、そういう形で無料過程のお返しをしたいと思っていま
す。地引き網なので、素読舎という名前も看板に使わず、素読舎の教材も使わず、自分のやり方で広告宣伝して生徒募集をし、講座の中で「素読舎のメソッド」
というものを紹介し、生徒さんを本塾に送り込むという方法です。
かまいませんか?
ところで、ゴーストを終了するのに何年かかるでしょうか。個人差もあるでしょうが、2年とか3年とか、期限を切ってしまってはどうでしょうか。欠席が多い
生徒さんや練習量が不足している生徒さんの場合は、1人枠に出すとか、コーチ見習いに預けて自立練習で補習するとか。生徒さんに紹介する場合に、だいたい
2年くらいで無料過程に入れますよ、とか伝えることが出来たらいいなと思うんですが。
>生徒が集まろうがどうであろうが、どうでもいいのです。そんなことと本質は関係がない。
だけど、ペア枠が組めるほどの生徒だけは常に確保しておかねばならない、ってことですね....
座長の件やら、コーチ見習いとして空き枠に入ることなど、2月末にきちんとお返事します。煩悩だらけで、義理やら人情やらで関わったサークルやら習い事で
にっちもさっちも行かなくなってます。これらを整理してしまいますわ。
こうして大風呂敷に投稿している間に、その内の二つはもう切ってしまったんですよ。他にまだあるのか、と突っ込みが入りそうですが、まだまだ、あるんで
す。
【17716】
小川さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月22日(火)04時17分36秒
>>始めたばかりの頃は敬遠していたけれど、レッスンを継続している間に語学論をよく読んでくれるようになった生徒さんもいるのです。
>私はそこが狙いどころだと思ってるのです。その為に間口を広げなければならないです。単純に「英語がしゃべれるようになったらいいなぁ」と思っている程
度のレベルの人たちでも、素読舎のレッスンの中で啓蒙(あまりいい表現ではありませんが)することが出来るのではないかと思います。それも素読舎の使命で
はないでしょうか。
そういうことはやってきていると思います。
レッスン開始時に、単純に「英語がしゃべれるようになったらいいなぁ」と思っている程度の人たちも受け入れてやってきています。
まず変わるのは「音」で、その変化はたいていの生徒さんがはっきり実感すると思いますが、それを書くとなるとなかなか大変なのだろうと思います。生徒さ
んがその変化を書いて下さることはほとんどありません。
素読舎のレッスンを継続して下さる方の多くが、なんらかの自分の英語の変化を感じているのだと思いますが、それを言葉にしてもらえることはほとんどあり
ません。
生徒さんだけが感じることっていうのがあると思うのです。それは私にはわからないのです。そして、それが言葉にならなければ、素読舎は巨大な教材を作り
ながら空き枠をかかえている塾であり続けなければならないのだと思います。
口で周りに広めるのでなくても構わない。先日、I村さんが言って下さったように、自分の英語の変化を書いていただくことがいいのではないかと思っていま
す。それを多くの人に読んでもらうためのノウハウはまつさんが持っておられますし、教えて下さると期待しています。そのためには、「人格なんぞでつべこべ
言われる筋合いはねえ。職人は仕事の質だ」と考える私のような者ではなく、小川さんのようにやたら喧嘩しない人が座長に必要だと思っています。
>一本釣り漁法ではなくて地引き網漁法というか... 雑魚やらゴミやらの中に、大物が混ざっているかもしれません...
これはときどきありますね。
>根石さんや村田さんは地引き網をなさる必要はないんです。広告宣伝費を使うおつもりがないことも了解しましたので。
どういうことでしょうか。なるべく金をかけずに、広告宣伝をやろうとしてパンフレットなどを作る努力はしてきました。村田君は自分の生徒を獲得する段階
に入っているのだから、地引き網でもなんでもやる必要があると思っています。
>私の場合のように、TOIECや英検対策講座を自宅で細々とやっていると、その受講者の中から、YoshieさんやTommyさんのように素読舎に興味
を示す生徒さんを送り出すことが出来ます。私が素読舎のコーチとして独り立ち出来るようになるまでは、そういう形で無料過程のお返しをしたいと思っていま
す。素読舎という名前も看板に使わず、素読舎の教材も使わず、自分のやり方で広告宣伝して生徒募集をし、講座の中で「素読舎のメソッド」というものを紹介
し、生徒さんを本塾に送り込むという方法です。
かまいませんか?
もちろんかまいません。
このことを「地引き網」と言っておられるのでしょうか。
これまで小川さんがやってこられたことに、素読舎との接点を作って下さるということなのですから、そんな有り難いことはありません。
もう受験生を見ることはやっておられないのでしょうか。大学生になったような人に素読舎を薦めて下さると大変有り難いと思っています。大学受験に受かっ
た程度の英語は、まだヒヨコの大きめのやつです。その先でやることがありますので・・・。
一時、英語に熱意を失ったというようなことを言われたことがありました。その後、小川さんがコーチをやりたいと言われたのですが、どのくらいのことを言
われているのかがつかめずにおりました。具体的には、30分の枠でどのくらいの数の枠がやれるのかということです。
二つ三つ「スカイプでレッスン」の枠を持ってみたいというのと、20万を越える収入になるほどの数を持ってみたいというのとでは、私の方で考えることが
違ってきます。
新しい掲示板ができたら「座長」をやってもらいたいと言っているのは、二つ三つでなく、もっと持つことを考えてやってみてもらえないかということです。
私の「空き枠」さえ埋まらないのに、そんなことを言ってみたところで獲らぬ狸のなんとかですが・・・。
生徒さんが書きやすい掲示板を作ること。そこで、生徒さんの声を引き出すような仕事をしてもらえたらと願っています。「座長」という語にそんな希望を込
めています。
>ところで、ゴーストを終了するのに何年かかるでしょうか。個人差もあるでしょうが、2年とか3年とか、期限を切ってしまってはどうでしょうか。欠席が多
い生徒さんや練習量が不足している生徒さんの場合は、1人枠に出すとか、コーチ見習いに預けて自立練習で補習するとか。生徒さんに紹介する場合に、だいた
い2年くらいで無料過程に入れますよ、とか伝えることが出来たらいいなと思うんですが。
これは「音読」のことでしょうか、「イメージ核受肉教材」のことでしょうか。
「音読」では、機械的な計算では106週になります。月4回で計算すると、26.5ヶ月となりますが、年に数回、月5回のことがありますから、もう少し
短くなるはずです。だいたい2年あれば終わることになります。生徒さんの休みがあったり、私が休みをいただいたりしますので、3年みておけばいいと思いま
す。この場合、「終わる」と言っても、最終ページまで届くというだけのことです。私が要求している「練習力」のレベルは、12ページをコンスタントに10
分以内に読むというレベルです。このレベルに達している人は、現在二人います。つまり、「無料過程」への条件の一つを満たしている人ということです。これ
が例えば3年で実現するかどうかは、一概に言えません。
50ページを越えたあたりで、「音読」を中断するケースもあります。その場合は、2,3年は「イメージ核受肉教材」だけでレッスンを進め、その後「音
読」を復活させますので時間がかかります。
「大風呂敷」では鬼のようなことを書いておりますが、私のレッスンは実は生徒にとても優しいもので、そのことを「生徒の繰り返しそのものにつきあう」と
言ってきました。そんなことをやっているところはほとんどないだろうと思っています。しかし、最終的には「脱兎のごとく」を私は要求します。それが12
ページをコンスタントに10分以内に、という基準です。アプローチを相当長くとってあります。
欠席や練習量不足も、なかなか責めることができません。ふざけんなよ、こんなことでどうなるもんかというような低レベルの練習を責めることはしますが、
忙しい人が生活の時間を割いてレッスンを受けてくれていることがわかっているとなかなか責めることができません。その場合は時間がかかるのは仕方がないと
考えてきました。
そういえば、村田君にも小川さんにも、「ゴースト」の12ページ10分以内という音読のチェックをやってきていないなあと今気づきました。村田君とこの
チェックを受けてもらえると、私の空き枠が埋まるのですが、どんなもんでしょうか。本腰を入れてコーチをやることを考えられるのでしたら、このチェックは
受けておいていただくのがいいと思っています。
小学生の枠で「二人一枠」の一人がやめ、「一人一枠」が生じようとしています。この枠でコーチの実習をやってもらうこともご検討願えればと思っていま
す。月曜夜11時から、村田君が同じ実習をやっています。
>だけど、ペア枠が組めるほどの生徒だけは常に確保しておかねばならない、ってことですね....
ほぼあきらめています。
あきらめると村田君の手元に生徒が増えないことになりますので、あきらめないのなら村田君があきらめないってことをやって欲しいと思っています。私は疲
れてしまいました。
>座長の件やら、コーチ見習いとして空き枠に入ることなど、2月末にきちんとお返事します。煩悩だらけで、義理やら人情やらで関わったサークルやら習い事
でにっちもさっちも行かなくなってます。これらを整理してしまいますわ。
襟を正してお待ちしています。
>こうして大風呂敷に投稿している間に、その内の二つはもう切ってしまったんですよ。他にまだあるのか、と突っ込みが入りそうですが、まだまだ、あるんで
す。
アイロンをかけた襟を正してお待ちしています。
(実は、そういうものを着用したことがないのですが・・・)
昼間、「基金」を創設することと、「ポイント制」を始めることは、分けることができるなと考えていました。「基金」と「ポイント制」は有機的にからんで
はいませんので、一方だけでもやれるはずだと思っています。ひとまず「二人一枠維持基金」だけで始めて、1年後なり2年後なりに、どうしても「基金」が底
をついてしまうようなら、切り離した「ポイント制」をジョイントするということもできるなあと考えたわけです。
「ポイント制」はレッスンそのものには何の実害もありません。
しかし、「心理的な負担」があるとある生徒さんが言いました。
「二人一枠」を維持しようとすると、私の側には「心理的な負担」だけでなく、実際的な負担があります。その両方をお前一人(根石)が抱え込んでいればい
いのだということを言いたいのだろうかと疑わざるをえませんでした。
一人6千円でか? やだよ。とは言わずに、これまで抱え込むことをやってはきたのです。自分で生徒に薦めたことなんだから仕方がない。しかし、ことわざ
にありますように「荷に藁一本加えただけで、ロバの膝が折れる」でしたっけ? そういう限界点というものに近づいているのだという感じがします。とにか
く、こちらから生徒に「二人一枠」を薦めることを今後はいたしません。生徒が「二人一枠」を希望することはできる、としたいと思います。
まあ、とにかくちょっと休みたいので、来週、沖縄に行ってきます。
女房が新しい勤め先で正採用になりましたので、連れていってもらうのです。私は金がありませんので・・・。
【17717】
根石さん 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月22日(火)09時45分0秒
>具体的には、30分の枠でどのくらいの数の枠がやれるのかということです。
将来は根石さんや村田さんと同じ数の枠をやろうと思って、週2回確保するためただいま身辺整理中です。2〜3コマくらいを片手間にやるつもりは毛頭ありま
せん。
絵付け教室は週2回なのですが、週1回にまとめてしまおうと思っています。こちらはすぐというわけには行きませんが。
通訳ガイド協会に所属して仕事を受けられる状態にはしているのですが、もともとガイドを仕事にする気持ちはなかったものですから、これが本業になるとは思
えませんし。
受験生を相手にしてもいいんですが、今のところ夜の時間帯を常時あけておくということができません。浪人生なら昼間でもいいでしょうが、たいてい予備校へ
行ってますから。今年夏に夫が定年退職するので、その後なら今より時間の融通がきくと思います。夕食の時間なども6時半とか7時とかに決まってくるでしょ
うし。
>小川さんのようにやたら喧嘩しない人が座長に必要だと思っています。
私もキレそうになることは多々ありますが、喧嘩したら客を逃しますから(爆笑)。根石さんが信濃の職人さんなら、私は浪速の商売人で。振り挙げたくなる手
を胸元で摺り合わせながら、へらへらとお愛想笑いすることも出来ますで。
生徒さんの感想を中心にした掲示板の座長というのはどういうものか、見当がつきませんが、私に出来るならさせて頂こうと思います。けれど、こういう掲示板
は各分室が持っている方が良くないですか? その方が生徒さんの気が楽だということはないでしょうか。本塾のホームページにリンクさせるというのはだめな
んでしょうか。
私が座長を引き受けるかどうかは別にして、コーチ見習い(今のところ私だけですが)が、出来るだけレッスンの見学をして、その後、掲示板で生徒さんに呼び
かけるという手もありますね。「きりぴーさん、以前のレッスンとくらべると、ずいぶんつながるようになられましたが、どれくらい練習されましたか? 何か
気づきはありましたか」など。
>どういうことでしょうか。なるべく金をかけずに、広告宣伝をやろうとしてパンフレットなどを作る努力はしてきました。村田君は自分の生徒を獲得する段階
に入っているのだから、地引き網でもなんでもやる必要があると思っています。
今までも努力をされているのはわかってるんですが、今はスカイプでは全国展開できるんですから、地元周辺だけにチラシを入れているだけでは限度があるって
ことです。今は遠洋漁業です。遠洋漁業。
そういう私もどれくらいの生徒を集めることが出来るかわかりませんが、とにかく出来るだけのことはやってみます。
>そういえば、村田君にも小川さんにも、「ゴースト」の12ページ10分以内という音読のチェックをやってきていないなあと今気づきました。村田君とこの
チェックを受けてもらえると、私の空き枠が埋まるのですが、どんなもんでしょうか。本腰を入れてコーチをやることを考えられるのでしたら、このチェックは
受けておいていただくのがいいと思っています。
私はゴーストは最後の数ページを残したままになっていることもあり、きちんとやりなおしておかねばならないと思っていました。村田さんのご都合さえうよけ
れば、3月よりお願いします。夜遅いコマでしょうから、夫の帰宅などでバタバタする日があるかも知れませんが、なるべく欠席しないように段取りしておきま
す。
ご夫婦仲良く沖縄でゆっくり骨休めなさって下さい。
【17718】
根石さん 小川さん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月22日(火)13時44分43秒
>そういえば、村田君にも小川さんにも、「ゴースト」の12ページ10分以内という音読のチェックをやってきていないなあと今気づきました。村田君とこの
チェックを受けてもらえると、私の空き枠が埋まるのですが、どんなもんでしょうか。本腰を入れてコーチをやることを考えられるのでしたら、このチェックは
受けておいていただくのがいいと思っています。
10分以内のチェックはやっていませんね。
3月からよろしくお願いします。
【17719】
遅ればせながら・・・ 投稿者:江戸の母 投稿日:2011年 2月22日(火)18時21分16秒
>語学論が読めないような人が英語をやったところでしょうがないとも思っています。挨拶圏の言葉だけやりたいだけの人は、素読舎には縁がありませ
ん。
これは、素読舎HP今月の言葉にセレクトしてほしいなと思いました。これだけ頑固な理念を持った塾は無いですよね。唯一無二の塾の運営に今かかわっている
んだろうなと、気持ちのどこかがひりひりしてきました。
>こんなもの、いつつぶれたって不思議はないと思っています。
自分というものが、今ここにいることの不思議と同じくらいに、素読舎というものがつぶれないでまだあることが不思議です。
いろいろ小川さん、根石さんのやりとりを読ませていただきましたが、
ここに感動してしまいました。
そして、村田さんの指を切るだのと比ゆ表現ではありますが、結構びびりまくって
凍り付いてしまっていましたけれども、それが小川さん、根石さんのやりとりを読む中で、
ゆるやかに解けて、また個別に営業をお手伝いしたいな〜と気持ちがわいてきてしまいました。よ。
そして規約(ポイント制)について、もう整理されていらっしゃるようなので、必要ないと思いますが、私が、昨日書いていたものですが掲示板に上げさせてい
ただきます。無視してください。
生徒のみなさん、これまでに友人知人には声をかけてきてると思います。
規約がなくとも、根石さんに頼まれれば、今後もかけ続けるとも思います。
でも、規約ができて、紹介ができなかい状態で、どんどんポイントがマイナスになっていくことに負い目を感じるのではと。せっかくいいものを紹介してやって
るのにと、興味を持たない友人知人を責めるわけはないし、紹介した方が気に入ってくれるかどうかの「ご縁」は「運」まかせのところもあると思います。
素読舎に協力できないのに、「無料過程」が延長にある「二人一枠」にいていいんだろうか?
集客できなかったことを自分のせいにせずにはいられなくならなくならないか。I村さんの書かれたように「紹介できなかったから負い目を感じることはない」
と気持ちをいつも維持できればよいですけど、何分、人ですんで、紹介してる方のポイント表を掲示されたら、動揺してしまうのではないかと。
また、「負い目を感ぜずに「二人一枠」を続けること」がいつか、「集客しなくても、いいんだ」という惰性を生み出し、ただ怠け根性が育つ可能性もなきにし
もあらずという気もしますが、そういう怠惰な精神は、素読舎生徒では「ありえない」と根石さんは生徒を信頼されているのだと思います。
ポイントほしさに、友人知人に「サクラ」になってもらって、いった入ってもらってやめてもらう(+3ポイント−2ポイント=+1ポイント)なんてことを、
素読者生徒は「やるはずがない」と性善説にたたれているだろうとも思いました。
こうして文章にして読み返してみると自分のことしか考えてませんね。
馬の骨さんの紹介してくださった文章を読み返してみます。
どんぐり倶楽部と吉さんの件についても、過去ログをあたりながら考えて見ます。
糸山先生のことも、ゆっくり母さんに紹介され、HPを見ただけで、ご本人の著作などもよく読んでませんので。昨日口頭でいただいた説明では理解するまでに
至りませんでした。
思えば私が素読舎に入ったのはゆっくり母さんが「楽しいですよ。一緒にやりましょう」と背中を押してくれたからでした。そんなきっかけの入門ですが、そう
いうのもあるんだと思います。私もピッコロさんには「楽しいんだよね」となにげにぽろっと言ったくらいでした。
私も小川さんの書かれた地引網にひっかかった小魚ですな。
遠洋漁業(^^)思わず吹いてしまいました。さすが関西人ですね!
【17720】
村田さん 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月22日(火)22時22分16秒
私たちが受講するのは月曜日の午後9時〜9時半の枠でですね。よろしくお願いします。
【17721】
小川さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月23日(水)02時30分38秒
>根石さんが信濃の職人さんなら、私は浪速の商売人で。振り挙げたくなる手を胸元で摺り合わせながら、へらへらとお愛想笑いすることも出来ますで。
大阪の人は、文章の最後の「で」がいいですね。
関西の言葉は、人の気持ちをほぐす力があります。
信濃の職人と、浪速の商売人でよろしくお願いします。
片手間でやる気はないということ、わかりました。
【17722】
I 村さん、江戸の母さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月23日(水)02時33分25秒
改めて、よろしくお願い致します。
【17723】
語学、と論 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月23日(水)03時16分42秒
うたたねして起きしばらくぼうっとした。「かろうじて今ある」という感覚が生じたのは、松坂義晃『空海の残した道』を読んでいる時だった。四国八十八ヶ
所遍路の道中記だが、この本は慶澄さんにもらったのだろうか。覗いた「あとがき」に慶澄さんの名前がある。
歩いて遍路する人はもう少ないらしい。しばらく人の歩いていない道を、マムシと蜂を恐れながら草をかきわけて行く記述があるが、それを読んでいると「文
明以前」の中を行く感覚が遠くでよみがえるような気がした。何か具体的なことがらを思い出すわけではないが、「文明以前」というか「人間界の外」という
か、「生活圏外」にいるときの感覚がよみがえってくるのだ。特に喚起的な文体ではない。むしろ坦々としている。しかし、喚起するものがある。
昼間、姨捨にフキノトウをとりにいった。Jのことを考えていた。あの分散しちらかった文章が、人間の壊れを示しているが、壊れに至った経路は明らかでは
ない。
『大風呂敷』という掲示板には、以前、Sという男が「荒らし」に入ったことがある。この男も壊れていた。
JにもSにも共通するのは、「負けずに言い返す」ことを繰り返すことだ。本筋から外れた筋から言い返してくる。これがもたらすものは、こちらの疲労だけ
だ。
アメリカだと思い、英語と思う。根がそういうものにあるのだとは思わないが、根が、アメリカに媒介され、英語に媒介され、狂いをもたらしている。Jにも
Sにも共通する媒介項は、アメリカであり、英語なのだ。
私もそういう者の一人なのだろうと思うが、私にはアメリカ以前、語学以前がある。それは「里と山」の対立だが、日本民俗学がその対立を形成するものにい
まだ明確な概念を与えていないので、「里の人」と「山の人」は、ただそう呼び分けることができるだけだ。
あらかたの民俗学者にとって、「山人」とは、「里」からの視線によるものにすぎない。柳田国男をもっと読んでみなければならないのだろうか。これまでに
触れた柳田の憑依は、むろん単なる「里からの視線」などというレベルにあるわけではないが、それでも、「里における山への憑依」であるような気がしてなら
ない。
鬼がいまだ鬼とならず、自然のかけらでいられる領域。それを文化は、「子供(時代)」として保護するだろう。一方で共同体はそれを「鬼」として外化する
だろう。(松岡祥男さんに教えてもらってわかったことだが、『大風呂敷』は「有害ページ」として指定されており、図書館などでは読めないそうである。松岡
さんは、「名誉なことだ」と言ってくれた。)
「子供時代」は保護されるので、子供から見れば、大人は鬼であり、大人から見れば、子供は鬼であるという相互関係が成り立ちうる。しかし、外化されて
「鬼」となった者は保護されない。鬼から見て人間が鬼であるということは、絶えずタブーの領域に追いやられ蓋されるだけである。
鬼とは人間の何が外化されたものなのか。例えば、「負けずに言い返す」という気性。その言論という鎧。解体力が解体している対象が、実は「自分」であ
り、結果として「壊れ」が現象する。それはもう、「死んだ鬼」だ。
気がつけば爪が伸びている。爪が伸びるのを見ていることはできない。それはいつも結果としてあるだけだ。「爪が伸びている」という結果として。
根元に新しい爪ができるから、爪の先に「切られるべき爪」ができている。
それは「かろうじて今ある」という命のありようとどうつながるのか。
マムシ、蜂、危険の中を歩くことを読んで、「ひとりであること」の感覚がよみがえり、「かろうじて今ある」感覚がよみがえるが、それが鬼への道を歩くと
は限らない。それが命への道を歩くこともありうるだろう。例えば、四国八十八ヶ所遍路は、鬼への道を歩きかねないものを、命への道を歩くこととして「かた
どる」。それは一つの文化装置である。
同じく文化装置として、アメリカはどうなのか、英語はどうなのか、そして、語学はどうなのか。
「切られるべき爪」の根元にあるのは、命だが、「切られるべき爪」ができていく経過を終始見ていることはできない。「終始見ている」ことを厳密化すれ
ば、まばたきも許されないというレベルが生じる。そこまで厳密でなくていい。人には生活があり用があるから、「終始見ている」ことなどできないという簡単
な事情によって、それは「できない」。
いつの間にか爪が伸びている。
いつの間にか皮膚が垢になっていると言っても同じことだ。
新しい爪が切られるべき爪を作る。新しい皮膚が洗い落とされるべき垢を作る。文明以前に、命がそれをしている。
その命に自分というものを重ねることができない、合体することができない、一体化することができない。「できない」とまで言わないまでも、そこに最大の
困難をかかえる動物が人間である。ここに困難を見いださない人々というのは、文化というサンクチュアリ内に飼い慣らされただけのことであり、この人々から
文化装置が取り去られれば、ただちに惨憺たるものが現出する場合がある。彼等は、マムシも蜂も崖も、本当は知らないのだ。「遍路」を知らない。
岸田秀の言葉によれば、「本能が壊れた動物」というものがあるのだ。
人間は元々壊れているのだ。壊れていなければ人間ではないと逆に言ってもいいくらいに、壊れている。(それが言語の存在を意味している)
文化とは、その「壊れ」に対するつっかえ棒なのだ。
文化装置がつっかえ棒なのだということを、人間は「本能的」に知っているから、語学などという変態行為もあるのだと考えていいだろう。
だが、その「結果」はどうだ。「切られるべき爪」としての現象に過ぎない者たちの群れ。その見えない群れ。結果が、惨憺たるものにならない者がいったい
どれだけいるか。「文化装置」によって、逆に、惨憺たるものと化す者たち。
NHKラジオの語学番組の講師のしゃべりを聞いていて、「ああ」と思ったことがあった。すっかり磨り減った人間の声が聞こえていた。日本語というネイ
ティヴな言語の核がやられているのが直覚された。これが語学の練達者というものなのか。この人には、「主言語」という思想がない。「副言語」という思想が
ない、と言っても同じことだ。無惨だ。
Jに相対しても、Sに相対しても、無惨だという感覚はあった。Jはごく短期間、私のレッスンを受けたことがあるが、ある日、いきなり、Neishi
san, I'm J....! と言い出したことがあった。Who, you said?
という変な英語で私は応じたが、そうしながら、いったい本当にこの人は who
なのかと思ったことを思い出す。掲示板上のJであるかどうかというレベルのことを考えたのではない。この人は、who
という一単語の本当の意味がわからなくなっていると思ったのだ。それは、私の用語での「磁場」がわからないというのと同じだ。おそらく、こんなもの言い
は、JにもSにも通じない。通じないから、「切られるべき爪」となってしまう。
「芽を出させてはならない。種のままにしておかなければいけない。生きた種のまま持たせなければいけない。」
これでわからなければ、素読のことなど何もわかっていないのと同じである。Jは、素読舎が、小学3年にまでレッスンの受け入れ年齢を下げようとしたと
き、「世間一般の小学生英語」と素読舎を同一視し、「小学3年生に英語をやらせるべきではない」と『大風呂敷』上で主張し続けた。それで、後になってわ
かったことだが、Jは自分では親類の小学3年生だか4年生の子供に英語をやらせて「先生」をやっていたのだった。
言うこととやることがまるでさかさまである。私はこの時から、Jの言うことなど何ひとつまともに聞く必要はないと思うようになった。私に謝るだけで済む
ことではない。『大風呂敷』上で主張を続けたのだから、Jは世間に向けて土下座して当然なのだ。
まともな言葉は、「小学生に英語をやらせるなら、素読舎の方法以外では駄目だ」である。YもJもそうは言わなかった。二人とも、素読舎の方法だけが安全
だというところを見破る力はなかったのである。そのことに関しては、YもJも素読舎を世間一般の英語機関や学校と同一視して、素読舎の商売の邪魔をしたの
である。
何が「素読」か。きいたふうな口をきくんじゃない。
アメリカにやられ、英語にやられた人々。気をつけて、見てみるがいい。たくさんいるのだ。
「語学論」とは何なのか。直喩ではなく暗喩で言う。語学論は予防医学だ。
「音」とイメージを重ねるだけでは駄目だ、それは一体化しなければ駄目だと言うとき、一体化させるのは、やはりやみくもに、マムシや蜂の中で、危険の中
でつかまなければならない「技術」であるだろう。それは「歩く技術」だ。
それは、ご本人が解体力を行使したつもりで、実のご本人が解体されるような「技術」であっては駄目なものなのだ。
語学がどれほど危険な行為なのかということをほとんどの人はわかっていない。
だが、一方で、命と自分を重ね、一体化する力と語学は無関係ではない。(これはあてずっぽうだが、空海の力とはそういうものだろうと思っている。私に
とっての空海は、まず何よりも語学の大きな才能である。)
その力こそは、イメージの自在がもたらすものだ。しかし、落とし穴はどこにでもある。who
を失ったイメージの「自在」は、自在どころではなく、「狂い」以外のものではないということが。
JやSに現象したのは狂いだが、やたらに自己開発セミナーなどに出て、ポジティヴでなければならないというオブセッションから抜けられないあの人も、ア
メリカ在住経験に「やられた」のだ。そしてその自覚はない。そう認識すれば、それはネガティヴなものになってしまうから。(だからこそオブセッションなの
だが・・・。)
語学も「磁場」も恐ろしいものである。
「予防医学」がなくて済むと思っているのは、気楽な迷妄に過ぎない。
(足立さん。感謝。内田樹は、大学に属し、合気道「道場」に属し、つまり、「共同体」に属する人だな、とは常に感じるところです。一般には、「会社」に属
し、でも同じです。私は、そうなると、一匹の「鬼」かなとも思います。「一匹狼」と言った人もいますが、そりゃ劇化なんで、「はじかれた者」くらいなもん
です。だけど、この位置は、「語学」に由来するんです。私の十九歳以後は。)
【17724】
根石さんへ 書き直しのお願い 投稿者:Jackie 投稿日:2011年 2月23日(水)09時49分17秒
根石さん
>>昼間、姨捨にフキノトウをとりにいった。Jのことを考えていた。あの分散しちらかった文章が、人間の壊れを示しているが、壊れに至った経路は明
らかではない。
>Jに相対しても、Sに相対しても、無惨だという感覚はあった。
上記のJとは、私のことですよね。
お願いがあります。Jなんて略語にせずに、jackieと書き直してください。
「語学、と論 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月23日(水)03時16分42秒」
今回の投稿記事すべての「J」をJackieと書き直してください。
批判?非難?罵倒?どうせ書くのなら堂々とどうぞ。
それと私が叔母に懇願されて週一回1時間5ヶ月ほど、英語と他の宿題もまじえておしえた従弟の子供のレッスンですが、以前もかいたとおり、終わっていま
す。その当時の敬意やりとりの様子は掲示板に投稿していますし、過去ログに収録されてますので、あらためては書きません。
私が商売の邪魔をしている?
素読舎に対しての思い入れがなければ、今回「ちょっと待って、Playback! 投稿者:Jackie 投稿日:2011年 2月
3日(木)23時46分55秒」
なんて記事は投稿しなかったでしょう。
久々にきてみたら
村田さんが素読舎と物別れしそうで、生徒さんが掲示板でモノ言えぬ雰囲気もなにやら不穏を感じ
もう書くこともないだろうと思っていたこの掲示板に
思わず投稿してしまった次第です。
自由闊達な意見交換があり、古く以前は柴田さん、浜谷さん、恋人ファンさん、SBさん、近年は吉さん、らくださん、まつさん、そのほか多くの英語関係者が
議論参加していたこの大風呂敷、
いまは「素読舎」だけの掲示板になったのですね。
多方面の参加者との対話があってこそ生まれた根石さんの語学論も多くあったと思います。
>JにもSにも共通するのは、「負けずに言い返す」ことを繰り返すことだ。本筋から外れた筋から言い返してくる。これがもたらすものは、こちらの疲労だけ
だ。
アメリカだと思い、英語と思う。根がそういうものにあるのだとは思わないが、根が、アメリカに媒介され、英語に媒介され、狂いをもたらしている。Jにも
Sにも共通する媒介項は、アメリカであり、英語なのだ。
私は、誤解されたままにされるのが嫌だから、反論というか、自分の思いを伝えようと書いてきただけで、それは私の性格であり、アメリカという英語磁場に滞
在していたこととはなんら関係ありません。
根石さんはなにかと「英語磁場」に関係付けたいようですけど。
根石さん、一度英語Naitive圏の磁場に渡ってみたらいかがでしょうか。
一ヶ月ほど、無理なら2週間でも滞在し
ホームステイなり、ユースホステルなりにとまり、教会にいってみるなり、大学のキャンパスにすわり、学生と対話してみるなり、とにかく磁場の人と会話を交
わし、起こる変化。
毎日レッスンに向けての予習、下準備でからっぽの電池を作っている根石さん。
その根石塾長のからっぽの電池がどのように充電され放電されていくのか、
塾長自らの体験記録レポートは、今現在学んでいる生徒さんにとっても励みとなり参考になるのではないでしょうか?
過去にもボストン滞在などされたようですが、かなり以前のことですし、「生」レポートがほしいところ。
きっと生徒さん方も知りたいのではないでしょうか?
根石さんの投稿で、生徒さんにどんどん磁場に交われとおっしゃってます。
>私は「磁場」の作用に無意識な人は駄目だと思っていますが、一方で、日本人はどんどん「英語磁場」に交わるのがいいと思っています。そうすっと、
チョー・ドラスティックな場で身を切られるような思いをしますですわね。
経営が大変でお金がない、暇がない?
根石さんの言葉を引用します。
>「どうせ私にはできない」というような最初からあきらめたような気持ちを変えてもらいたいもんだと願っているんです。これ、蓋を開けてみると、す
ごく簡単なものが出てきます。「できない」んじゃなくて、「やらない」んだという簡単なものが。
【17725】
内田樹の言葉から3 投稿者:馬の骨 投稿日:2011年 2月23日(水)10時54分35秒
●「私は『そんな仕事』のためにここにいるんじゃない」といって腕組みしているような人間は、どんな現場でも使い物にならない。どんな仕事をするのかは自
分で決めるのではない。「これやって」というかたちで負託されるものである。
●若いときは「仕事ができる」ということに焦点化して若い人を評価する。個人の能力を見るのである。しかし、長く集団で仕事をしてくると、「個人の能力」
というのは単品ではあまり意味がないということがわかってくる。
●私たちは自分が欲するものを他人にまず贈ることによってしか手に入れることができない。それが人間が人間的であるためのルールです。今に始まったことで
はありません。人類の黎明期に、人類の始祖が「人間性」を基礎づけたそのときに決められたルールです。
●経済成長が止まったらもうおしまいだとか、人口がこれ以上減ったらもうおしまいだとか、国際社会でこれ以上侮られたらもうおしまいだ、とか「もうおしま
いだ」的なワーディングで危機を論じる人がいる。たいへんに多い。私はこういう語り口は危険だと思う。
●有権者の知性に信頼を寄せる政治の言葉が北アフリカにはあって、日本にはない。信頼というのは、ある種の実存的な賭けでしょう。ぞれができないのはメ
ディアの知性の欠如というよりは覚悟の不足です。読者の知性を信じないで、メディアは誰に向かって何を語るのでしょう。
●「競争に勝つこと」よりも「生き残る」ことの方がたいせつだということを学び知るのが「成熟」の意味である。
●「俺がリスクを取る」と言った人がそのビジネスに関する決定権を持ち、リーダーになるのです。「リスクは負いたくない」といってリスクを取ることを忌避
して、決定権を他人に譲った人間はレイバーを担当するしかありません。
●力の弱い人間が手軽な全能感や達成感を求めると、必ず破壊をめざすようになる。破壊は建設よりずっと容易だからである。
●正直言って、私は日本人がiPadを発明しなくても、YouTubeを発明しなくても、別に構わないし、それをとくに恥じる必要もないと思っている。そ
れより、ふつうの人たちが等身大の自尊感情を持って暮らせる社会を確保することの方が先決ではないかと思うのである。
●「成り上がり貴族」は「自分より下の人間」を探すことに熱中する。「成り上がることを切望しながら、それを達成できなかった人々」こそは、彼らの「恥ず
べき自画像」だからである。それから目を背けたい当のものだからである。
●親子や夫婦の関係のほんとうの価値は、「楽しい時代」にどれほどハッピーだったかではなく、「あまりぱっとしない時代」にどう支え合ったかに基づいて考
量される。
●「オリジネイターに対する敬意」を持たない社会では、学術的にも芸術的にも、その語の厳密な意味における「イノベーション」は起こらない。
●教育というのは、「眠ってる子どもを起こす」ことではなく、「ぐるぐる走り回っている子どもの背中を軽く押して、ドアの外に押し出してやる」ことに近い
のだろうと思う。
●日本社会で家族愛や隣人愛が根づかないのは、「利己心を棄てて支え合う」ことによって回避されるリスクと「利己的にふるまって、他人を蹴落とし/蹴落と
されること」のもたらすベネフィットを比べたときに、後者の方が大であるとみなさんがご判断されているからである。
●辺境民は辺境民であることを否定しようとするわずかによけいなみぶりによって、おのれが辺境民であることを露呈する。辺境民は無反省的に辺境的であるこ
とによって辺境的であり、辺境的でなくなろうとじたばたするによって辺境的である。
【17726】
(無題) 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月23日(水)12時46分35秒
>お願いがあります。Jなんて略語にせずに、jackieと書き直してください。
いやです。
これで、「相対」は最後です。
【17727】
Jackieさん 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月23日(水)15時13分37秒
jackieさんとはメールでのやりとりをすることもあるので、個人的にお伝えすればいいことなのかもしれませんが...
素読舎の語学論が正論であると認めてはいても、根石さんの個人攻撃にプライドを傷つけられたという理由で離れて行った方も多いのではないでしょうか。名指
しで否定された方の中には、正しいか正しくないかより、ご自分の気分が良いか悪いかの方が優先してしまったという方もおられるかもしれませんよ。
また根石さんの個人攻撃は個人攻撃のようでいて、その個人に代表される同類の人々や組織への攻撃だということだと思います。こばたまさんの時のように。敢
えて "J" と書かれたのは、そういう含みがあったように思います。
根石さんは語学論を離れれば、Jakieさんには個人的な恨みもつらみもないと思います。こと語学論に関しては相容れないということで、"J"
と書かれているのかもしれません。
差し出がましいことでした。すみません。
【17730】
語学論 投稿者:I村 投稿日:2011年 2月23日(水)20時49分37秒
以前から質問したいと考えていたことで、
「語学論ってそもそも何ですか」
というものがあります。この掲示板にはよくでる単語ではありますが、辞書には載っておりませんし、とはいえ何となくわかるような言葉ではありましたので、
あえてお伺しなかったのですが。そうですか、「予防医学」のことだったのですか。
私は、今までさぼっていた勉強、つまり、音とイメージを一致させる事を昨年あたりから始めました。しかし、実際にやってみるとこれが非常に困難で、回転
読みのスピードを下げようが、切断読みをしようが,その都度私のイメージの中に日本語が押し寄せ、邪魔をするのです。私は、目をつぶり、眉間にしわをよ
せ、文字通り頭を抱えながらブツブツと音読をしていたのですが、私は職場の昼休みを利用して勉強するので、はたから見れば、完全にアブナイ人だったでしょ
う。今はだいぶ慣れましたが、実に大変な勉強でした。
英語の磁場というものが、強制的に日本語を押さえ込む力があるとすれば、英語を学習する上で、この上ない力になるのは容易に想像できます。しかし、私が
経験したように、母国語を押さえつけることは、非常に苦痛であり、それが24時間強制的に働くなどということは、私にはおそらく耐えられないかと思いま
す。英語を習得する前に、対人恐怖症になるかノイローゼになるでしょうね。「予防医学」はメタファーじゃないかもしれません。
もしかしたら、本場の磁場はもっとマイルドなのかもしれまんせんが、私には素読舎の方法が一番です。私の子供達にもすすめたいと考えております(まだ幼
いので早くても数年先にはなりますが)。まあ、獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすといいますから、子供に英語の磁場を経験させるという方法もあるかもし
れませんが、私自身に耐えられないことを、自分の子供に強いるという覚悟は、私にはありません。
【17731】
たけさん 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月23日(水)20時51分15秒
ど真ん中ですから、ほんとに心配しました。とにかくご無事でよかったですね。
【17733】
小川さん 投稿者:ミキ 投稿日:2011年 2月24日(木)06時21分33秒
以前は冠詞の件でお世話になりありがとうございました。あれから自分でも勉強し直してみて、「今の所はこれで良し」という状態です。
過去ログなどを見ていて気がついたのですが(何故今まで気がつかなかったのか?)、磁器の上絵付けをやってらっしゃるのですね!私も絵付け師なんです。マ
ヨリカ焼きなのでまた違うタイプの絵付けですが...。陶磁器関係のお話も出来たら嬉しいです。
過去ログを読み始めました。あんなに激しい掲示板だったとは...。もし私が初めてお邪魔した時もあれほど激しかったら、気後れして入舎出来なかったと思
います。タイミングが良くて良かった。小川さんが始められた頃もそうだったんですか?母に「あなたは酷く冷たいことを言う事がある。」と言われた事があっ
てからものの言い様に気を使って来た(つもり)なのですが、過去ログを見ていたら私なんて全然大丈夫みたいです。(この間の投稿で、根石さんに対して「お
る」を使ってしまって、「謙譲語だ、間違えちゃった!」とちょっと焦ったくらいです。その後で辞典を見たら、最近は「いる」の尊敬語としても認証されてい
る、とあったので、とりあえず良しとしましたが。)言葉の激しさにかなりビックリしてしまいました。
こんな事は語学論と全然関係ないので、大風呂敷に書く内容ではないとはわかっているのですが、(かといって、連絡事項でもないし)絵付けの事でビックリし
たので書いてしまいました。すみません。
【17734】
ミキさん 投稿者:小川(Naima です) 投稿日:2011年 2月24日(木)06時45分17秒
私は絵付け師というほどのものではなくホビーペインターに毛が生えた程度ですが...
私がNaimaというハンドル名で始めた頃はもっと激しかったです。jackieさんは私の先輩です。私も、素読舎のことも根石さんのこともろくに知らず
に、ずいぶん無礼なことを平気で書いてました。今読み返すと、冷や汗が出て穴があったら入りたいような気持ちになります。
大風呂敷は意外にも懐の深い掲示板ですよ。
あらためてどうぞよろしくお願いします。
【17735】
言葉の力 投稿者:Jackie 投稿日:2011年 2月24日(木)12時30分15秒
Naimaさん
>また根石さんの個人攻撃は個人攻撃のようでいて、その個人に代表される同類の人々や組織への攻撃だということだと思います。こばたまさんの時のよ
うに。敢えて "J" と書かれたのは、そういう含みがあったように思います。
そうでしょうか。
>>昼間、姨捨にフキノトウをとりにいった。Jのことを考えていた。あの分散しちらかった文章が、人間の壊れを示しているが、壊れに至った経路は明
らかではない。
根石さんは昼間ふきのとうをとりにいったときJackieという固体を考えていたのでは_
そして私の文体が「人間の壊れを示している」つまり私が壊れているといっているのです。
ここまで断定される筋合いはありません。
実際に会うと根石さんは優しく穏やかでユーモラスな人だそうですが、大風呂敷の根石さんもまた根石さんそのものです。
Naimaさんも、私が壊れているとお考えですか?
掲示板のカウンターはかなりまわっています。しかし根石さんの私についての言葉に、どなたもなにもかかれないということは、皆さん根石さんと同じく私の人
間の壊れを認識しているということですよね。
だったら、私は本当にこわれているのかもしれない・・悲しみと震えがおそってきて、壊れてしまいそうです。
>>「ポイント制」はレッスンそのものには何の実害もありません。
しかし、「心理的な負担」があるとある生徒さんが言いました。
「二人一枠」を維持しようとすると、私の側には「心理的な負担」だけでなく、実際的な負担があります。その両方をお前一人(根石)が抱え込んでいればい
いのだということを言いたいのだろうかと疑わざるをえませんでした。
一人6千円でか? やだよ。とは言わずに、これまで抱え込むことをやってはきたのです。自分で生徒に薦めたことなんだから仕方がない。
とある生徒さんが、」ポイント制チャージ性にたいしてもつ、「真理的な負担」を伝えただけなのに、
>、私の側には「心理的な負担」だけでなく、実際的な負担があります。その両方をお前一人(根石)が抱え込んでいればいいのだということを言いたいのだろ
うかと疑わざるをえませんでした。
と自分の生徒さんの心を憶測し疑う。
生徒さんはそんなことはいっていないのに、意見を伝えただけなのに、彎曲してとらえて、妄想もいいところです。こんなにかかれては、「掲示板に自由に書
け」「生徒さんの声を引き出すと」掲示板に願っていますといわれても、
伝えたいこと思いを書くのも躊躇してしまうことでしょう。
>素読舎の語学論が正論であると認めてはいても、根石さんの個人攻撃にプライドを傷つけられたという理由で離れて行った方も多いのではないでしょうか。
プライドを傷つけられたから離れていった。ほんとうにそうなのでしょうか。
そこは去っていかれた皆さんにおききしないことには本当の理由はわかりません。
根石さんだけが正論なのですか?
根石さん、
>「もっとつなげる」という問題に関してですが、まったく的外れなことを言われたことがありました。ああ、わかってないんだな、やっぱり磁場帰りの人には
わからないんだなと思ったことがありました。それに対してはっきり指摘したのですが、吉さんはうやむやにしてしまいました。
ほら、また「磁場帰りの人にはわからないんだ」となんでも磁場に関連付ける。
わかってないのは根石さんのほうでしょう。
>「人格なんぞでつべこべ言われる筋合いはねえ。職人は仕事の質だ」と考える私のような者ではなく、小川さんのようにやたら喧嘩しない人が座長に必要だと
思っています。
つべこべというのなら、根石さんが、ここで反論や意見を書く相手につべこべ言ってます。
、言われたみなさんこそ
「そこまで言われる筋合いはねえ」って思ってるはずです。
「自分は教育者ではない、職人だ。」と根石さん。
職人がみんな乱暴なものいいをすると思っていたら、大間違いです。家業仕事柄多くの職人さんを知っていますが弟子を育てようとする職人は
頑固ですが謙虚、自分のポリシーはもちつつ、かつ柔軟に、とつとつと、仕事の質に精進されてる方がおおいです。弟子を、叱咤することもありますが、暴言は
しません。見守り、励まし、弟子を育もうとします。
>アメリカにやられ、英語にやられた人々。気をつけて、見てみるがいい。たくさんいるのだ。
>「語学論」とは何なのか。直喩ではなく暗喩で言う。語学論は予防医学だ。
>語学がどれほど危険な行為なのかということをほとんどの人はわかっていない。
>語学も「磁場」も恐ろしいものである。
「予防医学」がなくて済むと思っているのは、気楽な迷妄に過ぎない。
ここにあるものは、育みではない。俺が唯一無二だ。正しいのだ、従えという姿勢。
以前にも書いたが、去っていったものにかならず、石をなげるような言葉を吐き、意見をいうものに、相手の性格をもあげつらう言葉を多数吐く、こんな言葉の
磁場が、うずまく負の感情が、おそろしくなった。
ここに身をおくことこそ、危険な行為だ。
言葉は人の心をこわすことができる。
人間ですから、愚痴もあれば、非難もします。ええ、私もたくさんの嘆き愚痴をここで語ってきました。
しかし、否定語だけでは人は餓えます。よいところを励まし認め、時にほめる、言葉も発して、伝えねば、人は枯れてしまいます。それは忘れてはなりません。
教えていたときにも、私はそれには気をつけてきたつもりです。
根石さんは「語学論」をかたるのに、その影響に無自覚だ。
降り注ぐ暴言の矢から身を守るには、去るしかない。
英語以前、種をもたせるだけだから安全だ?
素読以外は危険だ?
語学論のない英語はだめだ?
「英語」「語学論」「日本語」「ことば」以前の問題だ。
怨念の言葉が発する磁場に身をおく行為は、危険な行為だ。
この磁場が心身に与える影響は、恐ろしいものである。
やられる前に去らねばならない。
それがはっきりとわかった。
>馬の骨さんの投稿
>●「不快な入力」が多い環境にいると、人間は鈍感になる。鈍感になる以外に選択肢がないのだからしかたがない。けれども、それによって危機対応能力は劇
的に劣化する。子どもは、できるだけ快適な感覚入力だけしかない、低刺激環境で育てる方がいい、というのは私の経験則である。
なにかが私を惹きつけて、長年ここに投稿し、何度か離れ、それでもROMし、また今回、PLAYBACKと投稿し、
今回本当にさよならすることにあいなりました。、
根石さん、コーチの村田さん、時を同じくして掲示板で語り合った小川さん、掲示板でご一緒した、している皆さん
お世話になりました。
ありがとうございました。
【17736】
磁場へ 投稿者:Jackie 投稿日:2011年 2月24日(木)13時08分17秒
根石さん、
>これで、「相対」は最後です。
最後に長年のよしみでひとつ相対してください、
英語Naitive磁場に10日でも一ヶ月でも渡ってください。
根石さんは、「語学論」をもち、しっかりと鍛錬されてるので、「磁場にやられる」ことはないはずです。
どうぞ、磁場にわたって、、自ら、素読の安全性と、英語素読の効果、磁場でおこった変化について、体現してください。
それは、みずからの正当性をあらわすことができるはず。塾長自らの体験は現在の生徒さんにとっても励みとなり、そして素読舎のなによりの宣伝にもなるで
しょう。
それとも、「もう相対は最後といったはず、だから返答はしない」と
>本筋から外れた筋から言い返してくる。
>言うこととやることがまるでさかさまである。私はこの時から、Jの言うことなど何ひとつまともに聞く必要はないと思うようになった。私に謝るだけで済む
ことではない。『大風呂敷』上で主張を続けたのだから、Jは世間に向けて土下座して当然なのだ。
私の言うことはまともにきくことはない、本筋からはずれているからと、言い訳をし、返答せず、
また「磁場での実証」の相対をも避けますか?
I村さん、
せっかく、素読舎でつちかった、英語。
からっぽの電池をつくっているので、根石さん風にいうと、「磁場にやられてしまう」ことはないはずです。
師匠も
> 私は「磁場」の作用に無意識な人は駄目だと思っていますが、一方で、日本人はどんどん「英語磁場」に交わるのがいいと思っています。
とおっしゃっています。
>私がレッスンのよさを掲示板に書いていくという方法もあるので、そうした形で貢献したいと思っております。一
素読舎で培った力、磁場での体験を書くことで、素読舎発展に貢献できることでしょう。
【17737】
内田樹の言葉から4 投稿者:馬の骨 投稿日:2011年 2月24日(木)17時53分10秒
●「成熟した公民」とは、端的に言えば、「不快な隣人の存在に耐えられる人間」のことである。自分と政治的意見が違い、経済的ポジションが違い、宗教が違
い、言語が違い、価値観も美意識も違う隣人たちと、それでもにこやかに共生できるだけの度量をもつ人間のことである。
●その苦痛がどういう理由で私たちに与えられ、苦痛の量は私たちのどういう行動と相関しているのかがわからない場合、心的ストレスは耐えられる閾値を超え
る。
●これから日本が目指すべき目標は「質のよい後退戦」だと思います。年老いて、気力体力が失われてゆくことは個人にとっても別に不幸なことじゃない。それ
が自然の理なんですから。
●「決断」というのは私たちの前にまっさらな未来が開けているということではない。むしろ、私たちの過去のふるまいが清算されることなのである。
【17738】
Jackieさん 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月24日(木)20時02分57秒
>Naimaさんも、私が壊れているとお考えですか?
Jackieさんの問いかけに対する答えになっているかどうか、 はたまた、この投稿をご覧になるかどうか...
素読レッスンを受講され始めた頃だと思います。記憶が定かではないんですが、根石さんがJackieさんの音読をハイテンションであるというようなことを
言われたことがあります。過去ログをさかのぼれば、どう表現されたのかわかるんですが、今はその時間の余裕がありません。
jackieさんはそれに対して、かなり感情的に反論されていたように思います。根石さんがそれを責めておられたようでもなく、なぜ「ハイテンションなの
か」を検証してみようとされてたのではないかと思います。私にはJackieさんが過剰反応されたように見えたんです。それまではずっとユーモアや皮肉を
交える余裕を見せながら、筋道をたてて冷静に書いておられたJackieさんだったんですが、これを境にして変わられたなぁという印象は持ちました。
>掲示板のカウンターはかなりまわっています。しかし根石さんの私についての言葉に、どなたもなにもかかれないということは、皆さん根石さんと同じく私の
人間の壊れを認識しているということですよね。
コメントされないのは、関心がないのか、思惑があってのことなのか、少し考えを纏めてから後で投稿しようと思われているのか、いづれにせよ、Jackie
さんや私の思うようにはならないことです。だから、ご自分の投稿に対して「誰も何も言ってくれない」と嘆いても甲斐のないことです。まして、みな黙ってい
るのは根石さんと同じように思っているのだろうというのも考え過ぎです。少し落ち着いてください。
今回Jackieさんが久しぶりに大風呂敷に投稿されたのは、私の独りよがりかも知れませんが、私を援護射撃して下さる為だったと思っています。私一人で
空回りしているように思われて、見るに見かねてのことだったと思います。感謝しています。
なのにそれが仇になったようで、私はなんというか、ただオロオロするばかりです。
【17739】
Jackieさん 投稿者:I村 投稿日:2011年 2月24日(木)21時02分22秒
>せっかく、素読舎でつちかった、英語。
>からっぽの電池をつくっているので、根石さん風にいうと、「磁場にやられてしまう」ことはないはずです。
激励の言葉ありがとうございます。そうですね。もう少し先になるかとは思いますが、磁場に挑戦したいとおもいます。実は、10年近く前、アメリカ旅行に
行っているのです。4日程度の滞在だったのですが、言葉が全く伝わらないストレス、未だに鮮明に覚えております。今にして思えば、磁場にふれていたんだ
な、と。いつかリベンジしなくてはな、と考えていたところです。今度は磁場になんか負けませんよ!
ところで、ぜんぜん関係ないんですけど、ミスチルの「終わりなき旅」という曲が私は大好きで、レッスン直前にもよく聞いております。
『とざされたドアの向こうに新しい何かが待っていて きっときっとって僕を動かしてる
いいことばかりでは無いさ でも次の扉をノックしたい
もっと大きなはずの自分を探す終わりなき旅』
なんてぐっときますよね。なんとなく語学にも通じますし、私のしょうもない人生を励ましてくれているみたいで。
それで、なんといいますか、自分の思い通りにことが運ばなくてイライラするとか、すごく傷ついたりってことがあると思うんですよ。私は、決して強い人間で
はないので、そういうときはすごく落ち込みます。でも、何日かたって、ちょっと冷静になって考えるようにしています。そういう経験って悪くない、と。だっ
て、そういう辛い経験がないと、向上心と言いますか、何かに立ち向かうエネルギーが沸かないじゃないですか。実際、アメリカでの苦い経験が、私に素読舎の
ドアを叩かせたわけですし。まあ、私の精一杯の強がりなんですけど。
私、Jackieさんの激励がすごくうれしかったので、何か返事をしなくてはと思い、この文章を書きました。今読み返してみると、かなりエラソーな事を書
いてしまった気がするのですが、ま、いっか、と考えこのまま投稿しちゃいます。私の気持ちが少しでも伝わって、ほんのちょっとでも元気をだしていただけれ
ばいいのですが。
【17740】
Jackieさん 投稿者:Naima 投稿日:2011年 2月24日(木)21時59分22秒
今はもう大風呂敷には関わりたくないお気持ちでおられるのだろうと思いますが、またあの気っぷのいいJackie節で投稿される日が来る事を願っていま
す。
【17741】
(無題) 投稿者:ミキ 投稿日:2011年 2月24日(木)23時46分13秒
無関心ではないので投稿します。
過去ログを読み出した所なので今までの経過はわかりませんが、最近の一連の記事から思った事は、「デモクラシー下では、発言権とその共同体に対する責任は
ペアであるべき。(結局は権利と義務。)ということです。ですから、こうして発言させていただくようになった私も、素読舎に対して出来る事はしていく責任
があると思っています。今の所は口コミ宣伝くらいしか出来ませんが...。
北アフリカ関連の報道を見ていても思います。デモクラシーって何でしょうか?
【17742】
Jackieさん 投稿者:Piggy 投稿日:2011年 2月25日(金)00時05分3秒
2月15日に私はこういうことを書きました。
>途中で、現在の生徒ではないお二人、Jackieさんと気まぐれさんのご意見が読めたことも、とてもうれしいことでした。Jackieさんと気まぐれさ
んのご意見に背中を押されて、私は自分の不安(後ろめたく思うこと)について、根石さんにお話することができたと思っています。
直接Jackieさんにお礼を申し上げていなかったので、あらためて書きます。どうもありがとうございました。
私は規約に関するやりとりの時は、この不安については根石さんに申し上げることはしませんでしたが、それは言うのがこわかったからではなく、規約案の全体
像がみえたところで、と思っていたからです。口幅ったいことを言うと、私が規約案のわからない点について質問を投げかけ、それを根石さんが読んで答えてく
ださることで、規約案がある程度形を成していくことを願っていました。それで個人としての不安については、その時点ではお話しするつもりはありませんでし
た。
でもだんだんと、どこでどういうふうに書くか、わからなくなってきていました。そんな時でしたので、お二人の書き込みが、私にはありがたかったのです。言
葉にすることが読むひとに与える影響、というものも感じるきっかけの一つにもなりました。それでお礼を直接お伝えしたいと思いました。
【17743】
根石さん、村田さん、皆さん 投稿者:Naima 投稿日:2011年 2月25日(金)08時55分52秒
本名を晒しての私の投稿を話の種にされたりするようで、家族が嫌がっています。本名を晒そうがハンドル名を使おうが、私だってことはバレバレなんですが。
私の名字なんぞありきたりなものなので、かえってハンドル名の方が私を特定しやすいですのにねぇ。
とはいえ本名で投稿するということは重要なことなので、正直なところ弱っています。
愚痴はこれくらいにして...
座長の件ですが、良く考えてみました。お引き受けすると毎日のように掲示板の管理をしなければならないと思います。3足のワラジを履いている私には到底時
間のやりくりが出来そうにありません。気軽にお引き受けして中途半端なことになるのは目に見えていますので、辞退させて下さい。現にMixiの管理もまま
ならない状態でいます。いづれお引き受けせねばならないことになると思いますが、今の状況ではとても無理です。どうかご理解下さい。
【17744】
Naimaさん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月25日(金)13時00分53秒
mixiの方は、以前のように管理人村田、副管理人Naimaさんでお願いします。
【17745】
村田さん、根石さん 投稿者:Naima 投稿日:2011年 2月25日(金)13時43分14秒
村田さん、Mixiの件、了解しました。愚痴ったりしてご心配おかけしました。もうしわけありません。語学論はやはり本名で書かせて頂こうと思います。
3月からゴースト音読のクラスでお世話になります。村田さんとの自立練習ですが、しばらくは月曜日1:00〜1:45に14万行台ということでもかまいま
せんでしょうか。8万行台はTommyさんが帰国されてから、彼女のレッスン継続の都合も聞いてから時間調整をさせて頂きますので。
【17746】
「英語 愛憎の二百年」 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月25日(金)14時37分32秒
この番組を見た方はおられますか。番組の最終回で鳥飼
玖美子氏が「今必要なのは闇雲にアメリカやイギリスの英語を模倣する事ではない。日本人らしい英語を使いこなして行く事だ」と言っています。
鳥飼氏といえば同時通訳の草分け的存在です。それこそ闇雲に英語の勉強していた頃の私のあこがれの女性でした。氏は番組最後に下記のように付け加えていま
す。録画しておいたものをそのまま書き取りました。
「日本人は様々な試行錯誤を経ながら英語という外国語に取り組んで来ました。特に戦後は、欧米の最新言語理論あるいは最新外国語教授法などを取り入れなが
ら、一生懸命やって来たんですけれども、果たしてそれがうまく言ったかどうかというと、はなはだ疑問のように思います。
そこにはやはり、日本語というこの言語を母語にしているということ、だから欧米の言語をそのまま直輸入しても必ずしも成功しなかったのではないか、そんな
反省もあると思います。これからは私達が日本人の特性を生かしたような英語学習法、あるいは英語教授法を日本人自らが作り上げて行くべき、そんな時に来て
いるのではないでしょうか。
おりしも世界はグローバル世界になっています。英語はもはや単に英米人の言語ではありません。世界中の人が共通語として使う国際共通語なんですね。そうな
るともはや英語というのアメリカ人の真似をする、アメリカ人をモデルにする、そんな時代は過ぎ去っています。もっと私たち自身が自分らしい英語を使いこな
して世界各国の人と思いをぶつけ合う、意見を交換し合う、そんなように自由自在に使っていかなければならない、そんな時代に入っています。英語教育はこれ
から大きく変わらなければならないという風に思っています。」
古くて新しい学習法、素読。実は素読舎は時代を先取りしていたのではないでしょうか。素読舎が脚光をあびる時がもうそこまで来ていると思います。
皆さんはどうお考えでしょうか。
【17747】
西脇順三郎のことばから 投稿者:馬の骨 投稿日:2011年 2月25日(金)21時53分12秒
>詩は望みなき一つの宗教であってその殉教者のみが詩の永遠の真理を保証する。(ひとりで歩く猫)
いま、わたしは、この言葉のそとにいる。
【17748】
Jackieさん 投稿者:江戸の母 投稿日:2011年 2月26日(土)00時42分19秒
まだこの掲示板を見ておられることを祈りつつ。
根石さんとJackieさんの問題(交わされた時間とそれぞれが抱いた思いについても)に、
軽々しく口を出せないと緊張してしまっています。
でも、私からもお礼を述べさせてください。
掲示板で書き込んでくださってありがとうございます。
私も書く勇気がもてました。
時間が経って、お互いの疑問点をもう一度整理し、意見を交わしあえたらと、
期待しています。
【17749】
皆様 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月26日(土)00時47分48秒
私は、『大風呂敷』の座長をやめたいと思います。
皆さんで好きに使って下さい。
【17750】
Naima さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月26日(土)00時49分0秒
新しい掲示板の座長を引き受けていただけなくて残念です。
私は、これからは後退戦に入りたいと思います。
【17751】
語学論について 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月26日(土)00時50分9秒
今後、語学論はホームページの記事として書きます。
「お話」のレベルで書きたくありません。
【17752】
みなさん長文すみません。この書き込みの下に根石さんの言葉があります! 投稿者:江戸の母 投稿日:2011年 2月26日(土)01時13分40秒
果たしてどこから書けばよいのかわからなくなってしまいましたが、2月上旬の村田さん批判を展開させているあたりで、私は自分のことではないのに、気分が
悪くなってしまい、レッスン中にも涙が出そうになったり、素読舎もやめようかとも考えました。でも、村田さん攻撃(?)は「単なる罵倒ではない」「素読舎
を引き継ぐ師匠から弟子への熱意なんだ」と思えるようになってきました。
かっこいい言葉でまとめてしまっているように見えるかもしれませんがこういう気持ちへ落ち着かせてくれたのは、Naimaさんでした。
「大風呂敷以外で、生徒さん達と素読舎のことを云々している方のが後ろめたいですから、公にしてくださってかまいませんよ。匿名でなくてもかまいません。
ハンドル名のNaimaを使ってくだされば、いいです。」とご許可をいただいたいので ちょっと引用しますね。
私は塾生であり、塾を引き継ぐ師弟関係の強さを想像できなかったのかもしれません。もしかしたら、これを公開することでJakieさんはじめ、他の皆さん
のお気持ちの中の不快感や違和感なども、一掃できれば(もうしてるよ〜という方もいるでしょうが)とも期待して、余計なことかもしれませんが。
*あくまでも私の個人的メールに返信していただいたものです。
以下、「>」つき箇所はNaimaさん 無いのは江戸の母です。
>
根石さんの村田さん攻撃の件:村田さんはもう一杯いっぱいだったのかもしれませんね。今回私は村田さんの肩を持ちましたが、根石さんの怒りもわからないで
はありません。「分室長たる者が、片手間に語学をやってんじゃねぇよ」というお気持ちだったろうと思います。なんと言っても一番弟子ですから期待も大きい
でしょうし。大風呂敷の根石さんの言葉だけを見ている者には、村田さんが一方的に責められているという状況ではありましたね。
根石さんはご自身のメソッドと理念にかなり自信があるので、「興味のある人は、自分から質問してくるはずだ」とお思いかとも思います。でも、あの掲示板は
根石さんの脳みそそのもののようで、なかなか新参者には書きづらかったり、気持ちを表明しづらい場所かもしれません。
>
根石さんはあのままでいいと思います。孤高の人でいいんです。問題は村田さんやら吉さんやら私やらがどうとりなすかです。根石さんの難解なガチガチ語学論
を、やさしいわかりやすい言葉で受講者の立場に立って広めていかないといけないと思っています。橋渡し役です。その為にもMixiをやろうかということに
なったんですが。
根石さんに抱いていた尊敬の気持ち崩れかけていて、
今の気持ちはもしかしたらその喪失感からかもしれません。
> ここ10年ほどの間、根石さんの舌鋒の鋭さに大風呂敷の常連さん達はほとんど皆離れて行きました。皆さん根石さんを信奉されていた方たちです。でも皆
さん、離れてしまっても大風呂敷には注目されている方がほとんどだと思います。
>離れてしまわれた理由は、「根石さんにプライドを傷つけられた」というのが本当のところだと思います。プライドを傷つけられたので議論を止めてしまうっ
て、いったいどういうことよ、と私は思っています。ご自分が正しいと思われるなら、徹底的に根石さんに食い下がらんかい、と。根石さんもそれを期待されて
いるはずです。個人攻撃しているように見えますが、決してそうではありません。こばたまの件もそうです。
> 根石さんは尊敬に値する方です。「人格者」を思い描いている方たちはがっかりされることもあるでしょうが、裏も表もない晴耕雨読の好々爺です。
村田さんも語学論をかけないと決め付けてますが、本当にそうなのでしょうか。
>私も村田さんが語学論が書けない方だとは思いません。分室長として語学論を書けよ、という期待をこめてそうおっしゃったのかもしれません。
今までスカイプで話してきたり、2年前くらいの掲示板ではのびのびした発言をお見受けしています。
部下に書けるようにと場を作り、促すのが、上司の役目なのではないか?とも、生意気に思ってしまいます。
> 語学論についてだけ言えば、根石さんも村田さんも対等の立場だと思います。私も未熟ながらコーチ見習いとしての立場で自戒の念を込めて言いますが、語
学論を書くのは村田さんの責任だと思います。塾長がお膳立てしてあげる必要はないと思っています。村田さんが一般の生徒さんならそれでいいと思うんです
が、分室長として授業料を頂いている立場ですから。根石さんが怖くて書けないというなら、村田さんの根石さんに対する信頼関係が弱いってことではないで
しょうか。語学論を書かないのは村田さんの怠慢だと言われても仕方ないと思います。
>生徒確保についてはいろいろ考えてみたいと思っています。また大風呂敷に書きますね。
以上です。
Naimaさん、ありがとうございました。
【17753】
どんぐり倶楽部 投稿者:江戸の母 投稿日:2011年 2月26日(土)01時56分3秒
過去ログをあさって、どんぐり倶楽部についてお話されていたあたりを読み返していました。以外に簡単に見つかりました。この時期を経験された方には、もう
触れたくないと思われる方もいるかもしれません。すみません。私もゆっくり母さんに紹介されてどんぐり倶楽部の「良質の算数文章問題」というのを、週に1
回のペースで子どもたちにやらせています。子どもたちの反応は食いついてくるので、面白いです。(ただ、なかなか答えにたどり着けませんが)
今回、疑問に思った点と発見したことがあるので、書かせてください。
わかるとは「言葉(文字)とイメージが一致した瞬間です。」 ここはお二人に共通のことですよね!!ほっほ〜〜と嬉しくなりました。
でも、「言葉」「イメージ」「繰り返し」のとらえ方の激しい違いがあることがわかりました。
音を聞いて、多様な「イメージ」の中からつかみ取るのが「言葉」と思いましたが、糸山氏には、「音」という概念が抜けているのかもしれないと思いました。
また、糸山氏には「言葉」はなくても「視覚イメージ」で思考を始めるというフレーズがありました。
「言葉を知らなくても「分かる=見える」のです。 」(原文ママ)
これは、最初に根石さんと共通していた「言葉(文字)とイメージが一致」と矛盾するのではないかと思いました。
どうなんでしょう?
それから、よく根石さんが「いいながら、書きながら、思う」と言ってますが、これが今回過去ログを読むうちに、あっと頭の中にひらめきました。
ピッコロさんが「どうしたら英語をしゃべれるようになるのか?」という問いに答えた根石さんの文章を転載します。
>ピッコロさんが今どんどんやるべきことは、「言いながら書きながら思う」です。単語単位でも、語句単位でもいいから、それをやることです。その時に、瞬
発力を作るつもりでやるのが大事です。 「言いながら書きながら思う」の言いながらは、音を扱います。「書きながら」は、文字を扱います。「思う」はイ
メージを扱います。
磁場にいれば、実際に身辺におこった出来事を通じて
言葉とイメージがその環境において結びついていくけれど
磁場以外ではそれが起きないから、強引に自分で言葉にイメージを
付与していくんだと思いました。
これはもしかしたら著作に書かれておられて、何をいまさらと笑われるかもしれませんが、
改めて、磁場以外で勉強する方法としては、これしか無いのではないか?と思いました。
そして、「瞬発力」ですが、私はヒヤリングをしていて、一瞬聞き取れた音に「お、聞けた」と感動する→「その意味を理解する」に時間がかかり、次の言葉を
聞き取ることができません。速度が追いついていないのですね。
「言葉」(音・文字)と「イメージ」を結びつける作業は、自分がやらなくていけないんだなと思いました。
今日たまたま読んだ小学生から高校生までの「読書感想画コンクール」という新聞の記事で「本を読んだ感動を言葉で表せないけど、絵で表せるかもしれない」
という言葉も、いまだ考えさせられ中です。
どんぐり倶楽部を全否定するわけではありませんが、これだけ人気の教室ですし、「視考力」という造語について、私なりに理解を深めたいなと思いました。皆
さんのご意見を聞かせていただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
【17754】
小川さん 投稿者:江戸の母 投稿日:2011年 2月26日(土)01時59分40秒
「英語 愛憎の二百年」
鵜飼さんは「日本人の特性を生かしたような英語学習法、あるいは英語教授法」をどのようにお考えなのでしょうね。手紙を書いてみたくなりました。また、ツ
イッターで発言したら、鵜飼さんとつながれるのかなとも考えましたが、私はつぶやき方すらわからないのですが・・・
【17755】
もうどうでもいい事なのかもしれませんが...。 投稿者:ミキ 投稿日:2011年 2月26日(土)05時31分36秒
うちの工房の隅に掲げてある文章です。英語版も探したのですが見つからないのでイタリア語版と私の駄訳ですが。
Platone < La Repubblica >
Quando un popolo, divorato dalla sete della liberta, si trova ad avere
a capo dei coppieri che gliene versano quanta ne vuole, fino ad
ubriacarlo, accade allora che, se i governanti resistono alle richieste
dei sempre piu esigenti sudditi, son dichiarati tiranni. E avviene pure
che chi si dimostra disciplinato nei confronti dei superiori e definito
un uomo senza carattere, servo; che il padre impaurito finisce per
trattare il figlio come suo pari, e non e piu rispettato, che il
maestro non osa rimproverare gli scolari e costoro si fanno beffe di
lui, che i giovani pretendono gli stessi diritti, la stessa
considerazione dei vecchi, e questi, per non parer troppo severi, danno
ragione ai giovani. In questo clima di liberta, nel nome della
medesima, non vi e piu riguardo ne rispetto per nessuno.In mezzo a
tanta licenza nasce e si sviluppa una mala pianta: LA TIRANNIA.
(自由への飢えに喘ぐ人民の前に、その自由を酔うほどに浴びせ注ぐものが現れた時、もし統治者がその民の限りなく加速する要求に抵抗するとすれば彼は「暴
君」と呼ばれる。そしてその時、長上に礼儀を示すものがいるとすれば彼は「意気地なし」「奴隷」と呼ばれる。奴隷:怯える父は息子を己と同格に扱い、もは
や尊敬されず、師は弟子を叱咤する事をあきらめ、弟子達は師を嘲笑する。若輩者は年輩者と同じ権利と敬意を要求し、老人は過酷に思われたくないが為に若者
を容認する。この開放感の中では、「自由」という名の下に、もはや何者に対する配慮、いたわりもない。数多くの「権利」のなかに病んだ芽が吹き、蔓延る:
暴虐である。)
Jackieさんはもう生徒ではないとは言え、目下の者からの者の言いようとしては、読んでいる私には少々違和感がありました。師弟関係の強い、狭い世界
にいる私の感覚のほうがずれているのかもしれませんが。でも、根石さんが引かれてしまった今、もう蒸し返す事ではないかも知れません。すみません。
【17756】
小川さん 投稿者:ミキ 投稿日:2011年 2月26日(土)05時35分30秒
鵜飼さんの記事、口コミの宣伝をするのに使わせていただいて良いですか?記事の内容のみです。小川さんのお名前は出しません。
【17757】
鳥飼 玖美子 さん 投稿者:I村 投稿日:2011年 2月26日(土)07時41分43秒
恥を忍んでいいますと、初めて聞くお名前でした。
NHKテレビテキストで「英語 愛憎の二百年」が売られているようなので、読んでみたいと思います。
【17758】
江戸の母さん 小川さん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月26日(土)15時37分57秒
江戸の母さんと小川さんのメールのやりとりの中の2月上旬の根石さんからわたしへの「攻撃」のことですが、根石さんは本気でわたしを切ろうとしていたと
思います。でも、それは掲示板での「攻撃」の時期ではなくて、それよりも前のことだとわたしは思っています。(最初に書いておきますが、わたしもただの
「攻撃」とは思っていません)
根石さんがわたしを切ろうとしていた(だろう)頃、わたしは、根石さんとわたしの空手の先生、Hさんと話をしていました。わたしがmixiの日記で「言
葉」についてなぐり書きしたのをHさんは読んでくれていて、話しかけてくれたのでした。話の中でわたしは、根石さんは近すぎて、うまく距離が取れない、と
言ったと思います。Hさんはわたしに、「書くことでつきあっていくことを考えてみなさい。」「結論にいたってから書き始めてはただの説明になってしまう。
書きながら考えることをしてみなさい。」と言われました。Hさんは、根石さんとわたしがどんな話をしているかは知りません。けれども、根石さんが文章につ
いてわたしにいつも言っていたことと同じことを言われたように思いました。その言葉はすっと腑に落ちたような気がしました。しかしその数日後、根石さんと
わたしの関係は悪化してしまいました。
Hさんの空手教室は、冬の間は、空手ではなく、登山をしています。わたしがHさんと二人で話した翌週は、根石さんとわたしの関係のこじれはすでに表面化
していて、わたしは素読舎をやめると言った後だったので、わたしは登山を休みました。Hさんは根石さんとわたしの関係がこじれていることは知りませんでし
た。登山の帰り道、根石さんがHさんに事情を話した際、Hさんは、村田は変わろうとあがいているようだと、ひとこと言ったそうです。
その数日後、やめる前提で根石さんと奥さんとわたしとで話し合いを持つ予定でした。話し合いの当日、根石さんから電話があり、自分がその場にいると村田
君は何もしゃべれなくなってしまうから、自分は席をはずすので、Hさんと根石さんの奥さんと村田君で話をしてみてくれ、と言われました。実際、わたしはそ
の時期、身体がおかしくなっていて、まともにしゃべれず、まともに判断できない状態でした。しかし、その根石さんのことばで胸が熱くなりました。根石さん
は、Hさんから聞いたひとことに、かすかなつながりを見てくれたのだと思いました。逆に言えば、Hさんのひとことがなかったら、つながりがなくなっていた
のだと思います。
わたしはいつの間にか、根石さんと普通にしゃべれなくなっていました。根石さんからすれば、何を考えているかわからないとしか見えない。しゃべらない、
書かない自分が、根石さんをいらだたせたのは当然かもしれません。
江戸の母さんの言う「攻撃」は、ほんとにきつくて、最初は何も考えられなくて、文字なんか全然頭に入ってきませんでした。でも、何回か読んでいると、決
して「攻撃」だけではないことがわかってきました。「しっかりしろ」と言っているんだと思うようになりました。はためから見ると、きっとよくわかるのかも
しれませんが、当人は、なかなか気づきません。しかし、もしも自分が逆の立場であったらと考えると、はたしてわたしはあそこまでエネルギーを使えるのだろ
うかと思うのです。
小川さんが
> 語学論についてだけ言えば、根石さんも村田さんも対等の立場だと思います。私も未熟ながらコーチ見習いとしての立場で自戒の念を込めて言いますが、語
学論を書くのは村田さんの責任だと思います。塾長がお膳立てしてあげる必要はないと思っています。村田さんが一般の生徒さんならそれでいいと思うんです
が、分室長として授業料を頂いている立場ですから。根石さんが怖くて書けないというなら、村田さんの根石さんに対する信頼関係が弱いってことではないで
しょうか。語学論を書かないのは村田さんの怠慢だと言われても仕方ないと思います。
と書かれているのは、わたしもその通りだと思います。お膳立ては、実はされているのでした。「なぜ書かないのか」「生徒がまともな文章を書いているのに
コーチが書けないなんて恥ずかしくないのか」。
わたしは語学論が書けないのか。今の時点ではまともに書けません。今まで、最高にうまく書けたと思えた文章も、自分の感覚・体験の域を出ていないと根石
さんに言われてきました。「論」は個人を超えて普遍でなければならない。でも、最初から「論」が書けるわけでもない。「論」が書けるようになるために、自
分ができることからやっていきます。
【17759】
小川さん I村さん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月26日(土)15時52分28秒
「英語 愛憎の二百年」
第四回の最後の数分間だけ録画してあったのを見ました。
ちょうどNaimaさんの引用されたあたりです。
>「日本人は様々な試行錯誤を経ながら英語という外国語に取り組んで来ました。特に戦後は、欧米の最新言語理論あるいは最新外国語教授法などを取り
入れながら、一生懸命やって来たんですけれども、果たしてそれがうまく言ったかどうかというと、はなはだ疑問のように思います。
>そこにはやはり、日本語というこの言語を母語にしているということ、だから欧米の言語をそのまま直輸入しても必ずしも成功しなかったのではない
か、そんな反省もあると思います。これからは私達が日本人の特性を生かしたような英語学習法、あるいは英語教授法を日本人自らが作り上げて行くべき、そん
な時に来ているのではないでしょうか。
根石さんがずっと言ってきたことと同じだと思いました。
自分のことばで考え、実践していかんとだめだとも思いました。
I村さん
テキスト出ているんですね。わたしも入手します。
【17760】
(無題) 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月27日(日)00時21分19秒
さて、座長はやめたが、それで何が変わるのだろうと一日考えた。常連の一人として書く必要のあることはこれからも書くことになるだろうが、とにかく座長
めいたことはもうしたくないということである。
私に向けて書かれたものがあれば、それにお返事は書かなければならない。しかし、それもなるべく最小限にさせてもらいたいと思っている。できれば、『大
風呂敷』とは、週に1回程度のおつきあいでやらせてもらいたいと思う。
過去ログを読んでもらえば済むようなことにいちいちお返事していると、本当に仕事にならないのである。過去ログを読めと言ったって、あんな整理されても
いないものは読めないという苦情があったとしたら、それはきわめて当然の苦情だが、文句は村田君に言ってもらいたいと思う。村田君による過去ログ整理の放
置がもたらした損害は決して小さなものではない。
6年も7年も前から、過去ログの整理が必要だと、村田君に何度言ったかわからない。そのたびに村田君は「やります」といい、そのたびにやらなかった。精
神に異常をきたしたのは、村田君より私が先だったと思っている。何度も何度も裏切られた場合、人によっていろいろな対応をするだろうと思う。私の場合は、
激怒になり、ぶちきれたのである。きわめて普通の反応の一つではないのか。
この馬鹿、娑婆にさらしてやらあと思ったのだ。こんなことが通用すると思って生きているのか。こんなもの、ひっくり返してやらあと思ったのだ。ランボー
が書いていたが、「いざとなれば、往来に出てわめきちらしてやる」なのである。
「やります」と言われれば、やるんだと信じて何か悪いですかね。
太宰治は「惚れたが悪いか」と書きましたが、私は「信じたが悪いか」と言いたい。
信頼というものを壊したのは、村田君だと私は思っている。違いますかね。村田君は信頼が弱いのではなく、自分で「壊した」のです。
【17761】
これからの生徒さんに対するお願い 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月27日(日)00時40分4秒
レッスンが始まったら、なるべく1ヶ月以内のレッスンの様子、3ヶ月目くらいの様子、1年後くらいの様子を録音していただくことをお願いしたいと思いま
す。3年後くらいに、その録音ファイルを私にプレゼントして下さい。
今日、I村さんがレッスン開始後、一ヶ月のものと一年後のものを音声ファイルにしてプレゼントして下さいました。久しぶりのうれしいことでした。
これからの生徒さんには、録音をお願いしたいと思っています。
本名は出しませんので、レッスンの様子を公開させていただきたい。
素読舎が言っている「生徒の繰り返しにつきあう」ということが、何をどう変えるのかは、それらの音声ファイルを公開することで、はっきりするはずです。
【17762】
村田君 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月27日(日)00時55分22秒
>しゃべらない、書かない自分が、根石さんをいらだたせたのは当然かもしれません。
「かもしれません」じゃねえっての。
いらだったのは、俺だけじゃねえんだ。
俺は村田君と密通する気はねえですから、言いたいことがあれば、浜田さんが言うように書けばいいんだ。
結論が先にあるような頭だったら、頭が悪いのだと思う。
「一流高校出」で、大学出の、そこが駄目なところだというのは浜田さんの言葉です。
【17763】
規約に関して 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月27日(日)01時02分13秒
ずっと考えていますが、今日、「無料過程」を使うつもりがあるかないかを、生徒さん一人一人に聞けばいいんだと思いました。
なんだ。「二人一枠」を希望するかどうかを聞くのと同じように、「無料過程」を使うつもりがあるかどうかを聞けばいいのだ。
「無料過程」を希望するんなら、ポイントは公開させてもらうということを条件にすればそれで片づくんじゃないのか。
「無料過程」を希望しない、あるいは、判断を保留するという場合は、ポイント数を公開しなければいいのだ。
それだけのことではないか。
【17764】
皆様 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月27日(日)01時07分14秒
「こんなところ」に語学論を書こうとするから、自分で座長のつもりになっていたんだということに気づきました。
私が座長をやろうがやるまいが、『大風呂敷』は建材であり、顕在であり、健在です。
語学論だけ書かなければいいのだとわかりました。
語学論は他でやります。
村田君へ。
この掲示板のサブタイトルの「がちがちの語学論」を外して下さい。
これがこれまで、この掲示板を初めて読む人のための目印だったのですが、もう私はここでやる気がありません。
生徒さんが「がちがち」のものをやる気があるのなら、外さないでおいてもらっても結構です。それは皆さんでお話して決めて下さい。
【17765】
すでに遅いのですが 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月27日(日)01時13分4秒
jackieさんはもう読んでないかもしれませんが、自分に対しての落とし前として書きます。
> マムシ、蜂、危険の中を歩くことを読んで、「ひとりであること」の感覚がよみがえり、「かろうじて今ある」感覚がよみがえるが、それが鬼への道
>を歩くとは限らない。それが命への道を歩くこともありうるだろう。例えば、四国八十八ヶ所遍路は、鬼への道を歩きかねないものを、命への道を歩く
>こととして「かたどる」。それは一つの文化装置である。
>
> 同じく文化装置として、アメリカはどうなのか、英語はどうなのか、そして、語学はどうなのか。
根石さんが「J」さんに書かれたことは、わたしにもあてはまることだと思っています。
jackieさんは、根石さんに対して一度でもいいから「磁場」に身をさらしてください、と書いています。
きっとjackieさんは、「磁場」において、きつい体験をしたのだと思います。「磁場」体験をしたことがないわたしには、推測することしかできません
が。
ただ、根石さんはロンドン留学という形で、「磁場」を体験しています。たとえ、旅人としてでも。
jackieさんが「磁場」体験について身にしみていることは、根石さんも「『磁場』でしか得られないものがある」と、認めています。
その上で、根石さんは「磁場」を相対化しています。jackieさんは「磁場」が至上のものと思っていませんか?
根石さんは、jackieさんが広島大学の柳瀬さんの掲示板になぐりこみに行ったことなどから、わたしなんかよりずっとjackieさんのことをかってい
たと思います。
2月の上旬、わたしが素読舎をやめるかもしれなかった時のjackieさんの書き込み「プレイバック」以後については、その時おかしくなっていたわたしも
ちょっとおかしいと思っていました。
>「芽を出させてはならない。種のままにしておかなければいけない。生きた種のまま持たせなければいけない。
> これでわからなければ、素読のことなど何もわかっていないのと同じである。Jは、素読舎が、小学3年にまでレッスンの受け入れ年齢を下げようと
したとき、「世間一般の小学生英語」と素読舎を同一視し、「小学3年生に英語をやらせるべきではない」と『大風呂敷』上で主張し続けた。それで、後になっ
てわかったことだが、Jは自分では親類の小学3年生だか4年生の子供に英語をやらせて「先生」をやっていたのだった。
まずjackieさんはこのことの落とし前をつけてから話すべきだったと思います。
また、規約についても、ちゃんと読めていないんじゃないかと思いました。わたしは、外野だと感じました。
そのことを、わたしがちゃんと言わなかったから、根石さんに引かせるような発言をさせてしまった。
これはすでに実害として出ています。
「大風呂敷」は、無主の掲示板になってしまいました。
根石さんは、座長のいなくなった掲示板など、やがて朽ち果てていくだけだ、と言います。
わたしは根石さんのような書き方はできないけれど、この掲示板が続くようにしたいと思います。
【17766】
根石さん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月27日(日)01時19分9秒
> 信頼というものを壊したのは、村田君だと私は思っている。違いますかね。村田君は信頼が弱いのではなく、自分で「壊した」のです。
その通りだと思います。
過去ログの整理をやってしまうことは、信頼回復のための一歩だと思っています。
【17767】
村田君 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月27日(日)01時27分52秒
>たとえ、旅人としてでも。
あんたは、だんまりを決め込むかと思えば、余計な一言も書くねえ。
まあ、なんにも隠すことじゃないけどさ。
やっと書けたじゃねえか。
【17768】
「がちがちの語学論」について 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月27日(日)01時55分44秒
わたしは語学論を書けるようになりたいです。いつかは、根石さんレベルのことを書けるようになりたい。「がちがちの語学論」をはずすのは、くやしい。今ま
で書いてこないでこう言うのもおかしいですが。
みなさんの意見を聞きたいです。
小川さんはどう思いますか?
【17769】
根石さん、村田さん、皆さん 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月27日(日)02時04分58秒
根石さんという後ろ盾がなくなってしまっても、村田さんや小川や生徒さん達でいっぱしの語学論を書けるようになりたいですね。「がちがち」を外されるのは
私も悔しいですわ。この機会をいいきっかけにしましょう。
災い転じて福!
根石さん、まあ見ていて下さい。
ミキさん、
鳥飼氏の言葉なので、私の使用許可をとられる必要はないですよ。どうぞ。
【17770】
報告 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月27日(日)02時29分16秒
火曜日に、戸倉分室の塾生が「ABCD」の1000まで終了しました。
現在小学6年生で、約2年と少しかかりました。早いペースだと思います。分室の人数が少ないというのも理由のひとつだと思いますが、好きなだけやっていい
よ、と私が言ったのに応えて練習したのが大きいと思います。時々、泣きながら練習していました。でも練習をやめようとしなかった彼は、えらいです。塾生に
は教えられることがあります。
現在、ABCDの後の
------------------------------------------------------
★ 以下「ゴースト解析」までおよそ高校2年までのレベル(ジャンプ可)
------------------------------------------------------
How long are you staying in the US?
と続く部分をやっています。
【17771】
根石さん 村田さん 投稿者:ももこ 投稿日:2011年 2月27日(日)02時53分41秒
根石さん
・音声ファイルについて
ひとまず、現在のものを録音しようと思っております。半年くらいです。
ぜひご協力したいと思います。どのようなものがよろしいでしょうか?
娘と自主練習しているところでしょうか?
娘一人でpre abcdを読んでいるところでしょうか?
それともレッスン音声でしょうか?
ご意見を伺えるとうれしいです。
レッスンの公開に関しても娘に関してははかまいません(お相手の方にもよりますが・・・)
・規約に関して
無料過程について、「希望する/しない/わからない」で最初に分けてしまえばスッキリしていいなと思いました。
おそらくレッスンが進むまでは「わからない」になる方が多いとは思いますが、それは今レッスンをなさっている方の大半がその時点にいらっしゃるからで、時
がたてば(レッスンが進めば)「希望する」になるんじゃないかと感じています。
無料過程に進む前に有料過程卒業とするために(?)音声を録音されるのもいいかなぁって思いました。
・語学論に関して
以前素読舎に遊びに行った際に私がインタビューして根石さんがお答えになる形で語学論を語っていただくという企画。いつか出来たらいいなぁって今でも思っ
ています。
もし、良かったらご検討いただけるとうれしいです。
村田さん
・サブタイトル「がちがちの語学論」について
そうですね。村田さん・小川さんの語学論拝見したいです。
でもしばらくはみんなで「『がちがちの語学論』を目指す」もよかったりして。なんて思いました。(冗談です。)
【17772】
内田樹の言葉から5 投稿者:馬の骨 投稿日:2011年 2月27日(日)03時45分43秒
●自分の固有名を付した意見をもつものだけが、情理を尽くして語る。それは彼が語るのを止めたら誰も彼に代わって語ってくれない言葉だからだ。人々が耳を
塞いでしまったら、もう二度と誰にも聞き届けられるチャンスのない言葉だからだ。
●『生き終えた自分』という仮想消失点をリアルに想像し、そこから逆算して現在を見ることのできる人間の目にはすべてのものが移ろいやすく、儚く、そして
かけがえのないものに映る
●私は政治家たちに「社会をよくしてほしい」とは要求しない。「これ以上悪くしないでほしい」と願うだけである。それが果たせれば統治者として歴史に残る
ほどに十分な功績だと私は思う。
●自分がなぜ学ばなければならないのか、その理由がうっすらとはわかるが完全にはわからないという「グレーゾーン」に子どもを置くのが学校教育の目的であ
る。そうすると、どういうわけだか知らないけれど、子どもの学力は向上することが経験的に知られているからである。
●弟子は、師は私の知らないことを知っているはずだと想定したことによって、何か(しばしば師が教えていないことを)学んでしまいます。そして、何ごとか
を学び得た後になってはじめて、その学習を可能にした師の偉大さを思い知るのです。
●すべての人がそれぞれの現場で、ちょっとずつオーバーアチーブする。それによって、社会システム全体の質が少しだけ向上して、僕たちは生活の全局面でそ
のささやかな成果を享受することができる。そういう意味では、僕たちはすでに贈与と返礼のサイクルのうちに巻き込まれているのです。
●国家は私的幻想にすぎない。しかし、これをあたかも公道であるかのように見立てることが私たちが生き延びるためには必要だ。
●「いいから、少し頭を冷やせ」というメッセージが政治的にもっとも適切である場面が存在する。そのような「大人の常識」を私たちはもう失って久しいよう
である。
●「敬する」というのは、別に「自分より力のあるもの」に「何かよいもの」を贈ることではない。自分が傷つかないために「身をよじらせて」攻撃を避けるこ
とだ。そのためには、自分より力のある相手とは決して、直接向き合わないことが必要だ。
●服喪儀礼とは、死者に対して礼を尽くすことが目的ではない。死者に対して礼を尽くすことを通じて、「存在しないもの」とかかわる術を学び、人間性を基礎
づけることが目的なのである。
●自分の本性であるとか、自分の能力であるとかいうものは自己評価するものではなく、「まわりが決めてくれること」なのであるから、それに任せておけばよ
ろしい。
●自分の潜在的可能性の「限界を超える」ためには、自分の可能性には「限界がある」ということを知らなくてはいけません。それは愛情と同じです。
●私たちは今あまりに安全な社会に住んでいるために、親族が「生き延びるためのセーフティネット」であるという原事実を忘れている。けれども私たちの「安
全」はそれほ●ど確かなものではない。
●私たちの生きている時代は「自分を愛すること」がきわめて困難な時代である。自分を愛することができない人間が「自分を愛するように隣人を愛する」こと
ができるであろうか。私は懐疑的である。
【17773】
根石さん 村田さん 投稿者:江戸の母 投稿日:2011年 2月27日(日)07時08分4秒
村田さん
書くこととしゃべることは違うかもしれませんが、自立レッスン後雑談のとき「語学論といわれてもわかんないんです」というピッコロさんに対し、ピッコロさ
んのぽろっと言った言葉に「そんなことなんだよ。語学論って」と村田さんが指摘されたのを覚えています。それがなんだったか思い出せず、もやもや中です。
たぶん、3人とも覚えていないと思いますが・・・雑談を録音しておけばよかったです。大事なことは雑談に隠れていたりしますよね。
ももこさん
「そうそうそういうことだよ」というレベルでいいから、お話を展開できたらいいですよね。
根石さん
録音の件ですが、明日が息子の相棒のCちゃんの最後のレッスンになります。録音がそちらで可能でしたらお願いします。私のほうでは、パソコンを通すと雑音
が入るので、カセットデッキででしたら可能です。
ちなみに、私の習い始めの録音(カセットテープ)もあるので、提供いたします。
テープの音を音声ファイルにしてお渡しできるかどうか挑戦してみます。
【17774】
レッスンの録音 投稿者:I村 投稿日:2011年 2月27日(日)09時05分46秒
レッスンの録音は学習用にも最適です。
レッスン中に根石さん(コーチ)が発音したところを繰り返し聞けば、自分だけの音声教材となります。
レッスンの復習のためにも、録音はお勧めです。
【17775】
村田さん 投稿者:Jackie 投稿日:2011年 2月27日(日)09時55分31秒
村田さん、誤解は嫌だったのでひとこと、
>jackieさんは「磁場」が至上のものと思っていませんか?
思ってません。だから長年ここで書いてきました。
過去ここで私がかいてきたことをよんでもらえばわかるはずです。
今回根石さんに磁場渡りについて書いたのは、
根石さんには、遠い過去の磁場で体験したことではなく、それからその後培った、空っぽの電池がどうなるかを、現在の体験として語ることは、みずからの理論
を証明することにもなり、また生徒さんにも
参考になるだろうと重い書いたことです。
規約に関しては、これから、入門しようとしている生徒さんにややこしく映るだろう、
また、現生徒さんの中でも、ポイント制に躊躇しているという、空気を感じて投稿したものです。
村田さんが素読舎を去る?
そしてなによりもちょっとまってよ・・とかきはじめたPlaybackの記事でした。
皆様へ、
お励ましありがとうございました。
しっかし、どなたも
>Jの人間の壊れを示しているが、
については、意見反論をおっしゃってくださらなかったことが、学校クラスなどでもある、
傍観的賛同と同じことに感じました。
Mikiさん、
掲示板では、
目上目下とは関係なく、上下関係?・・?も関係なく書いてきました。
その言葉遣いに厳しいみきさん、言葉がひとの心を殺すこともある・・ということをお考えになったことはないのでしょうか?
【17776】
反芻 投稿者:小川 投稿日:2011年 2月27日(日)11時15分1秒
馬の骨さん
●弟子は、師は私の知らないことを知っているはずだと想定したことによって、何か(しばしば師が教えていないことを)学んでしまいます。そして、何ごとか
を学び得た後になってはじめて、その学習を可能にした師の偉大さを思い知るのです。
弟子道を行く
【17777】
Jakieさん 投稿者:Naima 投稿日:2011年 2月27日(日)12時42分23秒
ミキさんの肩をもつことになってしまいますが...
>掲示板では、目上目下とは関係なく、上下関係?・・?も関係なく書いてきました。
最近のJackieさんは、歯に衣を着せずに意見を言うことと、礼儀をわきまえない言い方とを履き違えておられたように思います。それが根石さんの怒りに
火をつけることになり、こじれにこじれてしまったように思います。あの時、私はJackieさんにミキさんと同じようなことを言ったと記憶しています。
以前のJackieさんのご投稿は、やんちゃではあったけれど気風がよくて好感が持てるものでした。堂々と真正面からぶつかって行かれましたし。あの愛す
べきJackieさんはどこへ行っちゃったんですか。
>しっかし、どなたも
>Jの人間の壊れを示しているが、については、意見反論をおっしゃってくださらなかったことが、学校クラスなどでもある、傍観的賛同と同じことに感じまし
た。
私はコメントしましたが、それについては何も言って下さらないんですか?
ともあれ大風呂敷を見ていて下さってよかったです。少し感情の高ぶりが落ち着いたら、どうかどうか、また昔のようなJackie節で英語学習について語っ
て下さい。
【17778】
Jackieさん 投稿者:ミキ 投稿日:2011年 2月27日(日)18時04分20秒
そうですね。言葉の力で傷つける、殺す、という事もあると思います。
しかし、今回の件(規約についてのやり取りに始まる一件)については、Jackieさんの無防備な暴走エネルギーが根石さんに反射してそのまま跳ね返って
来た、というようにしかとれません。Jackieさんの素読舎に対する思いも理解出来ますが、規約に関しては今素読舎に実際に関わっている人達が、「あー
でもない、こーでもない」と苦心している最中でしたから、あの口調ですと「全く関係の無いヤツに横槍を入れられた」としか捉えられてもらえないのは仕方の
ない事かと思います。
実際根石さんは、規約に関して採用出来ない様な提案や反対意見が出たときも、Piggyさん、ももこさんを始め他の方には、採用出来ない事を伝えつつもお
礼は伝えられているのですし...。
世の中にはJackieさんのように、誰に対しても無防備、OPENである事が人としての魅力になり、ゆえに可愛がられるという方がいるとおもいます。素
晴らしい事だと思います。ただ、その魅力の使い方はコントロールされるべきかと思います。
私は素読舎でお世話になっていますが、根石さんとの接点は「書かれたものを読む」という形でしかありません。根石さんのPRACTICEだけでなく
THEORYを学びたいと思うものにとっては、今回の件で根石さんの掲示板への参加が減るのは大きな痛手です。
また、私も職人ですが、上下関係を保つのはマイナスな面ばかりではありません。目上のものに対して言いたい事、言い返したい事、理不尽だと思う事があって
も、ぐっと飲み込んで自分の中で反芻してみる事で新しい発見があり、自分が成長出来るからです。(そして、私の経験では、その時は理不尽だと思っても、よ
く考えてみると本当に理不尽な事は実際にはそんなに多くないものです。原因は自分がつくったのだった、という場合がほとんどです。)
生意気な事ばかりですみません。今、少しずつ過去ログを読んでいる所ですが、Jackieさんの記事で私の興味を引くものは幾つもあります。いつか少しず
つお話し出来る機会があれば嬉しいと思います。
【17779】
小学校三年生からの英語 投稿者:江戸の母 投稿日:2011年 2月27日(日)22時32分11秒
ひさしぶりにHPの音声youtubeを開いたところ、小学校3年生のレッスンの様子にありがたくもコメントがついていました。「母国語をしっかり教える
ことの方が先決では無いでしょうか。」と。
激しく同感です。
私も公立小学校での英語教育が始まるまでは、まったく知識もなく危機感も持ってませんでした。
でも、この書き込みをしてくれた方に伝えたいです。
素読舎の英語レッスンは、英語というよりも、日本語の練習の要素が強いと感じています。そして母語形成課程の子どもたちに母語形成の邪魔をしない、母語を
壊されていない。このことが大きく他の英語塾と違うと、思います。
youtube画像に偶然たどりついた方もいるかもしれないので、タイトルに「素読舎」と入れたおくのはどうでしょうか?
【17780】
根石さん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月28日(月)15時53分6秒
> 「無料過程」を希望するんなら、ポイントは公開させてもらうということを条件にすればそれで片づくんじゃないのか。
> 「無料過程」を希望しない、あるいは、判断を保留するという場合は、ポイント数を公開しなければいいのだ。
賛成です。
【17781】
Jackieさん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月28日(月)15時54分35秒
>今回根石さんに磁場渡りについて書いたのは、
>根石さんには、遠い過去の磁場で体験したことではなく、それからその後培った、空っぽの電池がどうなるかを、現在の体験として語ることは、みずか
らの理論を証明することにもなり、また生徒さんにも
>参考になるだろうと重い書いたことです。
読み返してみましたが、わたしにはそうは読めませんでした。
わたしもひとのことは言えないでのですが。
Jackieさんは、ご自身でも「まだ落とし前をつけていない」と書かれていましたね。
Jackieさんが思っている以上に「落とし前」は大きいのかもしれませんよ。「落とし前」をつけることを考えると、考え方も変わってくると思います。
それは根石さんにつき従うことではなくて、考えることの前提ですから。
わたしは今「落とし前」をつけている最中ですから、そう思うのですが。
【17782】
江戸の母さん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月28日(月)15時56分11秒
>母国語をしっかり教えることの方が先決では無いでしょうか。
なるほど、youtubeのあのファイルだけを聞けば、そんな感想を持ってしまう人もいるかもしれません。
動画の下の「説明」の欄は、以前はこちらで書いた説明が全部表示されていたので、ホームページの url や「大風呂敷」の url
もすべて見ることができたのですが、今は途中が省略されているので url まで見る人がいないかもしれません。
さきほど、各音声ファイルのタイトルに、「素読舎 http://www.sodokusha.com/」と書き加えました。タイトルが長くなりすぎる
と、youtube の編集画面ではじかれてしまいますので、もとのタイトルが長いものには、「素読舎」とのみ、書き加えました。
【17783】
江戸の母さん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 2月28日(月)15時57分15秒
>でも、素読舎の英語レッスンは、英語というよりも、日本語の練習の要素が強いと感じています。そして母語形成課程の子どもたちに母語形成の邪魔を
しない、母語を壊されていない。このことが大きく他の英語塾と違うと、思います。
つい最近の、ももこさんと根石さんのやりとりを思い出しました。最近流れが早いので、再掲します。
========================================
スミマセン、また流れを切っちゃいますが・・・ 投稿者:ももこ 投稿日:2011年 2月 7日(月)07時02分55秒
ふと思いついて、頭から消えそうになっているので書き込みます。
素読をはじめて、日本語でも英語でもそうですが、子供たちに感じることがあります。それは「分からない文章が書いてある本でも躊躇なく読もうとする」とい
うことです。
これは、素読をしていて自分が理解できない文章(英語なら最初は余計理解できませんよね)を無理やり読ませてしまうというところに意味があるんじゃないか
なぁ。とふと思いました。
分からないことを理解するために本を読むということはもちろんあると思うのですが、全く分からないものに手を出して読むということは普段しないと思うんで
す。でも子供たちは年齢を飛び越えたり「これ読んでいて分かるの?」と思うものでもいろいろと読んでいます。分からないものをそのまま一旦受け入れてから
ゆっくり咀嚼しているのか発酵させているのか分かりませんが、そんなことをしているのかなぁってぼんやり思いました。
素読舎のお子さんで、英語のレッスンをしているのに国語の成績も伸びたというような記事か書き込みを見た記憶があるのですが、そういうことなのかなぁって
感じました。
ピントはずれでしょうか^^;本当は英語の効果について書いたほうがいいのでしょうけれども、私がそういうことにばかり気が向いてしまっている状況です。
子供の英語についてはおいおい書いていこうと思います。
ももこさん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 2月13日(日)01時15分37秒
>「分からない文章が書いてある本でも躊躇なく読もうとする」
これが子供です。大人のようには自分を「限らない」のです。
>理解できない文章(英語なら最初は余計理解できませんよね)を無理やり読ませてしまうというところに意味があるんじゃないかなぁ。
子供の文化への「発情」が理解できれば、「無理やり」ということではないと思います。素読は、そういう子供の「自然」を大事にする思想でもあり、人間と
いう「本能が壊れた動物」(岸田秀)の「自然」に則った方法だとも思います。
>分からないものをそのまま一旦受け入れてからゆっくり咀嚼しているのか発酵させているのか分かりませんが、そんなことをしているのかなぁってぼんやり思
いました。
これは子供が意識的にやっていることではないと思います。
子供の無意識がやっているというのであれば、まったくおっしゃっている通りのことだと思います。
「わからないこと」が子供には面白いのです。
本当は大人だってそうなんですが、大人には世知辛い生活がありますので、そういうことには蓋をして生きているしかないのです。その意味では、大人は全員
がこの世の奴隷です。
>素読舎のお子さんで、英語のレッスンをしているのに国語の成績も伸びたというような記事か書き込みを見た記憶があるのですが、そういうことなのかなぁっ
て感じました。
何がどうなってそういうことが起こるのかは、うまく言えませんが、そういうことはよく起こります。
根石さん 投稿者:ももこ 投稿日:2011年 2月14日(月)03時58分49秒
無意識に、楽しんでやっているので不思議におもっていました。そこでそんな書き込みをしてみました。
上の子真ん中の子ともに児童書も読むのですが、私の書棚の本をこっそりとあさって読み出しているんです。(別にこっそり読まなくてもいいのですが^^;)
「分からないこと」を単純に楽しめる子供っていいなぁと思いながら、「いつから分からないことが面白くなくなっちゃうんだろう。それってもったいない
なぁ」と根石さんのお返事を拝見して感じました。でも分からないことを楽しめる場ってなかなかないなぁとも感じます。だから素読のレッスンは子供たちが飽
きないのでしょうか。上の子も真ん中の子もレッスンがつまらないといったことは一度もないんです。私もつまらないと思ったことはないのですが、シンプルな
繰り返しがどうしてこうも飽きずに続くんだろうなぁって不思議に思います。
考えがまとまらないままの書き込みにお返事いただきありがとうございます。
【17786】
いくつかの言葉 投稿者:馬の骨 投稿日:2011年 3月 2日(水)01時27分31秒
アルベール・カミュ●道徳のない者は世に放たれた野獣である。●当然ながら、政府には良心
というものがない。時折りポリシーはあるが、それだけだ。●最後の審判を待つなかれー
それは毎日、行われている。●反逆者とは何か? ノーと言う人間である。
マハトマ・ガンディー●文明はマイノリティー達の扱いによって判断される。
(本名はモハンダス・カラムチャンド・ガンディー。マハトマとは、偉大な魂という意味)
アラブの諺●誰が話したのではなく、何が語られたかを検証せよ。
【17787】
「がちがち」について 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 3月 3日(木)02時35分7秒
「がちがち」について考えていたけれど、自分は根石さんの実践してきた「がちがち」には書けないと思いました。
ももこさんが書かれていた「みんなで『がちがちの語学論』をめざす」は、自分も同じことを思いました。けれども、「がちがちの語学論」と言い切るのと、
「がちがちの語学論」をめざす、は、あり方が違うと思います。
気持ちは「めざす」だけれど、いったん「がちがちの語学論」は消す。いつか内実が伴うようになったら、「がちがちの語学論」を復活させる。そう思ったので
すが、みなさんどう思いますか?
【17788】
江戸の母さん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 3月 3日(木)02時36分32秒
>書くこととしゃべることは違うかもしれませんが、自立レッスン後雑談のとき「語学論といわれてもわかんないんです」というピッコロさんに対し、
ピッコロさんのぽろっと言った言葉に「そんなことなんだよ。語学論って」と村田さんが指摘されたのを覚えています。それがなんだったか思い出せず、もやも
や中です。
そんなえらそうな言い方はしてないと思いますが…。
たしか、ピッコロさんが、練習をしている時に自分に起きていることを話していたんだと思います。それを書こうとするのは大変だけれど、文章にできたら、
それは語学論じゃないか。そういう流れだったと思います。
>でも、素読舎の英語レッスンは、英語というよりも、日本語の練習の要素が強いと感じています。そして母語形成課程の子どもたちに母語形成の邪魔を
しない、母語を壊されていない。このことが大きく他の英語塾と違うと、思います。
「母語を壊されていない」は素読舎で練習している生徒たちは母語を壊されていない、でしょうか?
日本語の練習の要素が強いと書かれていることは、ももこさんと根石さんのやりとりに通じていると思いました。
ももこさん
>>理解できない文章(英語なら最初は余計理解できませんよね)を無理やり読ませてしまうというところに意味があるんじゃないかなぁ。
根石さん
> 子供の文化への「発情」が理解できれば、「無理やり」ということではないと思います。素読は、そういう子供の「自然」を大事にする思想でもあり、人間
という「本能が壊れた動物」(岸田秀)の「自然」に則った方法だとも思います。
ももこさん
>>分からないものをそのまま一旦受け入れてからゆっくり咀嚼しているのか発酵させているのか分かりませんが、そんなことをしているのかなぁってぼんやり
思いました。
> これは子供が意識的にやっていることではないと思います。
> 子供の無意識がやっているというのであれば、まったくおっしゃっている通りのことだと思います。
> 「わからないこと」が子供には面白いのです。
「わからないこと」が面白い。
高校生の塾生に、日本語の素読として中村雄二郎の「術後集」を読ませたことを以前ここで書いたことがあります。彼は自分で本を読む習慣がなかったので、英
語の練習が終わった後に、余力があれば塾で読んでみないかとわたしが持ちかけたのです。
知らない言葉がたくさん出てきて、最初はほんとにちんぷんかんぷんだったようでした。本人は、最初は国語のテストで点を取りたい、という気持ちから始めた
ことだと思いますが、わかんねえなあ、とか、難しいなあ、と言いながら、とにかく続けていました。わたしは彼が読むのを見ているだけで、何を説明したとか
いうことはありません。あれは「わからないこと」が面白かったのかなと思いました。
【17789】
村田さん 投稿者:ミキ 投稿日:2011年 3月 3日(木)04時47分51秒
>高校生の塾生に、日本語の素読として中村雄二郎の「術後集」を読ませたことを以前ここで書いたことがあります。彼は自分で本を読む習慣がなかったので、
英語の練習が終わった後に、余力があれば塾で読んでみないかとわたしが持ちかけたのです。
私が小学校6年生のときだったかと思うのですが、母に福音館の西遊記を毎日見開き2ページ(4ページだったかな?)原稿用紙に写書するように言われた事が
あります。別に嫌でもなかったので「ハイハイ」という感じで始め、とにかく毎日写し書いて、どのくらいの時間がかかったかはもう覚えていませんが、結局全
巻終えたのは覚えています。とにかく漢字が多くて、「魑魅魍魎」なんては何度書いた事か。でも嫌だと思った事はなかったと記憶しています。
バリバリ勉強する様な意欲のある子供ではありませんでしたがそれなりな成績は持って帰って来ていたので、母が何故そんな事を言い出したのかいまだ見当もつ
きません。そしてこの事で何か変わったのかも皆目分りません。
私の素読ではなく、素写?素書?体験について思い出してしまいました。
「がちがちの語学論」を残すか否かについては、コーチ、先輩方の決定に従います。
【17790】
(無題) 投稿者:ミキ 投稿日:2011年 3月 3日(木)17時38分20秒
あ、でも、西遊記に書かれている事は理解出来ていたのだから素写ではないし、素読との共通点はあまりなさそうですね。
【17791】
「がちがち」について 投稿者:I村 投稿日:2011年 3月 3日(木)20時33分11秒
看板から外すのは寂しい気もしますが、村田さんのご判断にお任せいたします。
【17792】
村田さん 投稿者:江戸の母 投稿日:2011年 3月 3日(木)22時17分49秒
「そんなことなんだよ。語学論って」
そんなえらそうにおっしゃてはいませんでしたと記憶してますが・・・
でも、ピッコロさんも村田さんも覚えていないようでしたので、私の勘違いかもしれません(たまに、ぼーっとしているので。すみません)
ピッコロさんが「語学論に興味ない。ただ外国人と話ができるようになりたい。どうしたらしゃべれるようになるのか?」
というのに対して、「同じイメージを共有しあうことなんだよ」という回答が出てきて「そっか」「そんなもんなんだよ」というやりとりがあったかと思ったの
ですが、これはまったくもって私の夢かもしれません。場所よごしをしてしまってすみません〜〜上記のやりとりは「私の見た夢」(妄想?)ということで、皆
様の胸に収めてください。村田さん、ごめんなさい!
それでも、この「夢」のおかげで、イメージを持つことは大事なんだというのに、俄然目覚めて、単語収集を一人強化しまくってます!
>でも、素読舎の英語レッスンは、英語というよりも、日本語の練習の要素が強いと感じています。そして母語形成課程の子どもたちに母語形成の邪魔を
しない、母語を壊されていない。このことが大きく他の英語塾と違うと、思います。
「母語を壊されていない」は素読舎で練習している生徒たちは母語を壊されていない、でしょうか?
そうですね。
ももこさんと根石さんのやりとり 読ませていただいています。
今後の展開を楽しみにしてます〜〜
「がちがち」は先輩、コーチの皆様にお任せいたします。
【17793】
ミキさん 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 3月 5日(土)01時06分3秒
わたしが小学生の時は国語の時間に「全文書写」をやりました。わたしはこれがいやでいやでたまらず、こんなの何の役に立つんだろう、と思っていましたが、
今になって思うと、身になっているのかもしれないと思いました。
授業中に、教科書のひとつの単元を音読できるようにしてから、新しく出てきた漢字の練習をして、その後、「説明文」だったら内容についてどんなことが書い
てあるかを言いあい、物語だったら読んでみてどう思ったかを発表していたと思います。「全文書写」はその後に宿題として出されていたと思います。これ、
「言いながら書きながら思う」みたいだな、と思います。わたしは嫌々やっていたのでなかなか進みませんでしたが。
西遊記は一度読んでから書いていたのですか?それにしても小学生の時に「魑魅魍魎」なんてよく書きましたね…。
【17794】
村田さん 投稿者:ミキ 投稿日:2011年 3月 5日(土)16時28分29秒
「魑魅魍魎」を何回も書いたんですが、それで覚えた訳ではないのです。その漢字が出てくる度に「あ、またこれだ。」と思い(でも嫌な訳ではないのです)、
「え〜と、鬼へんに〜、蓋があって〜、バツがあって〜...」と写しただけ。
物語は読んでしまっていたので、毎回写す部分を読み返したりはしませんでした。何が書いてあるか説明するとか、感想などを聞かれる事もなかったです。本当
に写すだけ。疲れのため字が少々汚くなっても、それもOKで(明日はもう少し綺麗にね、くらいは言われたかもしれませんが)、それ故に嫌じゃなかったのか
と思います。
考えてみると、母は私が幼い頃から「嫌だと思うから嫌なのよ。」と常に繰り返していたので、「自分が嫌だと思いそうになったら直ぐに心をまっさらに戻す」
を書写を通して学ばせたかったのかもしれません。自分の感情を一旦OFFにして客観的に自分を観察するという事でしょうか。冷静な第三者として事を見つめ
る目を持つ、という事。これはまさしく今素読からも感じている事です。素読をしているときは感情を揺さぶられないので(静の状態と言えば良いのか)とても
楽です。日常のなかに感情のリセットタイムがあるのは良いです。
上手く説明出来なくてすみません。自分が感じている事を文章にするって難しいですね。
【17795】
内田樹の言葉から6 投稿者:馬の骨 投稿日:2011年 3月 7日(月)11時55分20秒
●自立の最低限の要件は「異性のパートナー」「党派的同志あるいは〈兄弟盃〉をかわしたパートナー」そして「顧客または弟子または支援者」の三つのカテゴ
リーの他者に支えられていることである。
●どうしていいかわからないときにも、どうしていいかわかる。それが「現場の人」の唯一の条件だと私は思う。
●ドストエフスキーの『死の家の記録』に究極の拷問という話があります。それは、「無意味な労働」のことです。半日かけて穴を掘って、半日かけてまた埋め
ていく。その繰り返しというような仕事に人間は耐えられません。
●欠けているのは、「自分の持っている知識」は「どのような知識であり、どのような知識でないか」についての認識、自分自身の「知っていること」と「知ら
ないこと」をざっと一望俯瞰するような視点、ひとことで言えば、「自分の知識についての知識」なのである。
●合気道の難しさは武術的な動きの厳しさと「強弱勝敗を論じない」というマインドが背馳するからです。でも、甲野先生がよくおっしゃるように「あちらが立
てばこちらが立たず」という背理的状況こそ武道の常態なのです。
●企業は社会教育のための機関である。学校を出た若者たちを受け容れて、成熟した市民への育て上げることが企業に託された重大な社会的使命である。
●もし、家族のそれぞれが自分以外の家族に対して、外形的・数値的に周囲から容易に評価されるタイプの卓越性を要求し始めたら、家庭は「地獄」に等しいで
あろう。
●社会成員の全員が、自分でコントロールし、自分でデザインできる範囲の社会システムの断片を持ち寄って、それをとりあえず「ちゃんと機能している」常態
に保持すること。私たちが社会をよくするためにできるのは「それだけ」である。
●人は自分が人間的な美質というものを持っていれば、必ず評価されるという、そういうマーケットの現場に身を置くべきです。自分がやったことがちゃんと反
応として返ってくる環境です。
●日本人がこの半世紀で失ったいちばん大きな社会的能力は「負ける」作法とたしなみである。学校教育でも家庭教育でも「適切な負け方」については誰も教え
ない。人々は「勝つ」ことだけを目的にしている。
●共同体が存続するためには、「自己利益の追求と同様の熱意をもって公共の福利を配慮する」存在が一定数存在しなければならない。それが「おとな」であ
る。
●私たちはかつて幼児であり、いずれ老人になり、高い確率で病人や障害者になる。そのときの「弱い私」をフルメンバーとして敬意を以て接してくれるような
共同体を構築するために、「強い」ときに、持てるリソースの相当部分を彼らのために割くのである。
●本来の教育の目的は勉強すること自体が快楽であること、知識や技能を身に付けること自体が快楽であること、心身の潜在能力が開花すること自体が快楽であ
ることを子どもたちに実感させることである。
●自分の潜在的能力を信じている人間は、信じていない人間に比べて、潜在能力が開花する可能性がきわめて高い。
●キャリア・パスのドアのこちら側には「ノブ」が付いていない。ドアは向こう側からしか開かないのである。ドアの前にぼおっと立って開くのを待っている
と、ドアの向こうから「マジックワードは?」と訊いて来る。そう訊かれたら、「知りません。教えてください」と言えばよろしい。そうすればドアは開く
●もし演芸場で国政を議しても、とくに大きな支障がないというような統治システムを私たちが完成させたのだとすれば、それは政治史上に残る達成として久し
く言祝がれるべきであろう。いや、ほんとに。
●私たちは「ダウンサイジングして、かつ生き延びた国」の先行事例をいくつも持っている。けれども、その事例からなにごとかを学ぶことができるし、学ぶべ
きだと言う人に私はまだ会ったことがない。
●非常識妻はどう生きたらよいのでしょう・・・という切なるお問い合わせが相次ぎましたので、お答えいたします。自分のことを「非常識妻」だと思っている
あなたはたいへんに常識的な方ですからご安心ください。真に非常識な女性は自分は非常識かしらなんて一瞬たりとも思いませんから。あ、しまった。
●夫が「常識」を代表し、それからの妻の逸脱行為を「非常識」というふうに規定すると、夫婦は壊滅的な不和に陥ります。でも、逆に妻が「常識」を代表し、
それからの夫の逸脱行為を「非常識」と規定すると、あらふしぎ、妻は夫の非常識を「困ったものね」と見下し目線で眺めながらもこれを放置。
結果的に夫は逸脱行為を重ねれば重ねるほど妻の常識性を補強することに貢献することとなります。つまり、「夫が好き放題するほど妻の威信は高まる」の法則
というものが存在するのですね、これが。ですから歴史上おおきなブレークスルーを果たした男は例外なく恐妻家なのであります
というわけで、志ある男子はすべからく「非常識かつ恐妻家」というものにならねばならぬのであります。おや、そうやって考えると、あの人も、あの人
も・・・
【17796】
「がちがちの語学論」について 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 3月 8日(火)16時13分43秒
「がちがちの語学論」は一度はずそうと思います。
わたしも、ももこさんの書かれた「みんなで『がちがちの語学論』をめざす」気持です。が、自分(たち)で「がちがち」に書けたと思えた時に、ふたたび考え
た方がいいと思いました。
【17797】
最初の壁 投稿者:村田晴彦 投稿日:2011年 3月 8日(火)16時15分53秒
わたしは受験の時に「電圧装置」はやりましたが、「回転読み」はほとんどやりませんでした。
その後、素読舎に入門して英語の練習を本格的に始めたのですが、しばらくたってから壁にぶつかりました。
わたしは中学生や高校生の塾生と一緒に練習しながら、自分が見れる範囲(自分の練習がこなれているところ)で他の塾生の練習を見ていました。
当時のテキスト「ABCD」(中学程度。約70枚)が終わり、「基礎問題集」(中学3年〜高校2年程度)の145枚目にあった例文でつまづいてしまいまし
た。次の例文です。
その列車はちょうど駅に到着した。
The train has just arrived at the station.
当時のテキストは、重要な部分や英文を隠してありました。当時は「技法グラウンド」はまだなく、隠してある部分を瞬時に言っていくやり方でした。
この場合だと、
その列車はちょうど駅に到着した。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
というように、英文が隠してあり、日本語を見た瞬間に、
"The train has just arrived at the station."
と言えなければなりません。ただし、一回言えればいいのです。
(そうなるまでには、自分で何度も何度も繰り返してテキストを読まなければなりませんが)
自分で「言える」と思ったら、コーチのチェックを受けるのですが、その時にわたしは "The train has just arrived at
the station." がどうしてもすっと出てきませんでした。それとよく似た、中学あたりでやった覚えのあるもっと短い例文 "The
train has arrived."
になってしまって、何度もやり直しになりました。学校でやる範囲で言えば、中学2年後半程度のところだったので、その日はかなり落ち込みました。
その5〜6年前に、英検2級を取っていました。ほとんど対策はしていなかったので、大学受験の時の英語力で通ったのだと思います。だからこれは「電圧装
置」のおかげです。言いかえると、「電圧装置」だけでも大学受験や英検2級はパスできるけれど、”The train has just
arrived at the station."
をすらすらと言うことができない。言えないなら聞くことができない。今思うと、聞き取りなんかできてませんでした。(自分ではできていると思っていました
が)
「電圧装置」で知識は持っていたけれども、「回転読み」を欠いていたから、知識が動かなかった。思い返すと、当時はそういう状態だったと思います。
ある程度長い文でもすらすら言えるようになったかなと思えてきたのは、「基礎問題集」を350枚くらいやった頃だったような気がします。
とにかく、たくさん例文を読んでいくことで、新しい例文も早く言えるようになりました。自分でやっている練習は、しらないうちに「回転読み」に近くなって
いました。
その後大きな変化があったのは、もっと後になってからです。パラグラフごとの「技法グラウンド」をやるようになってからです。
【17798】
村田さん 投稿者:Piggy 投稿日:2011年 3月 8日(火)21時25分24秒
こんにちは。わあ、こういうお話がうかがいたかったのです。
これからお話が展開していくのだと思うのですが、今回のところを読んで思ったことを書かせてください。読みすすむ内にみえてくることもあるでしょうから、
お返事いただかなくてもよいです。
当時のテキストは今とは違っていたのですね。前に対談を読んで、「以前は違っていて」ということを話しておられたので想像はしていたのですが、具体的にど
んなだったかがわかるのでうれしいです。
レッスンの方法もずいぶん変わったのですね。今回村田さんが書かれたのは、何年くらい前のことなのでしょうか。
日本語を見た瞬間に英文が言えるようにする、ということは今はやっていないですね。これをやめたのはどんな理由からだったか、ご存知ですか。
これはいわば、文章を単位とした電圧装置であるように思いますが、その理解であっているでしょうか。
「技法グラウンド」もまだなかった、というのにも驚きました。それではコーチからチェックを受ける前は、自分での練習のみだったのでしょうか。
その練習の内容についての疑問です。チェックを受けてパスするまでのことを、「そうなるまでには、自分で何度も何度も繰り返してテキストを読まなければな
りませんが」と書いていらっしゃいますが、根石さんからは、「回転読みをするように」という指示があったのでしょうか。
これらの質問に答えていただかなくても、読むうちにわかっていくかもしれませんので、あまり気になさらずどうぞ書き進めてください。続きを楽しみにしてい
ます。
「がちがち」については村田さんのお気持ちのままになさるのがよいと思います。
【17799】
馬の骨さん 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 3月 9日(水)21時50分40秒
●非常識妻はどう生きたらよいのでしょう・・・という切なるお問い合わせが相次ぎましたので、お答えいたします。自分のことを「非常識妻」だと思っている
あなたはたいへんに常識的な方ですからご安心ください。真に非常識な女性は自分は非常識かしらなんて一瞬たりとも思いませんから。あ、しまった。
これ、おもしろいっすね。
【17800】
素読舎の小学生用の練習 投稿者:根石吉久 投稿日:2011年 3月 9日(水)21時54分15秒
素読舎の小学生用の練習は、日本語の練習の要素が大きいことについて、江戸の母さんが書いておられますので、これにお答えしておきます。
素読舎の語学論は、英語の学習法について論じてきたものですが、実は、英語という個別言語、日本語という個別言語を突き抜けています。
例えば、音とイメージの関連を述べる場合、そのこと自体は、英語にも言えることであり、日本語にも言えることです。ヒンドゥー語にもポリネシア語にもド
イツ語にもフランス語にも言えることです。この地上のどこに住んでいる人にも言えることです。
逆に言えば、学習者にとっての音とイメージの前後関係や相互関連をきちんと把握できれば、そのことは日本語の練習にも英語の練習にもその他の言語の練習
にも「同時に使える」ということです。
そして、そのことこそが日本の小学生の練習にとって必要なことなのではないのでしょうか。音とイメージの間のダイナミクスは、言語の練習だけでなく、学
校の他の科目にも使えるのです。根底にあるのは、「音」と「イメージ」という普遍性ですから、あらゆるところに静かに影響していきます。
しかし、子供の中に音に対応するイメージを作り出すなどということは誰にもできることではありません。
ある具体的な文における一単語の音がどういうイメージを喚起すべきなのか大人がわかっている場合、そのイメージとまったく「同じもの」を子供の中に喚起
する方法は「ありません」。
この場面で、説明というものはまったく無力です。説明してわからせようとすれば、「そのことによって」イメージが「同じもの」では「ない」ものに変わっ
てしまうからです。
大人が説明して子供が持つようになるイメージ。これは、テスト用の知識に近いものです。
子供が誰に説明されたわけでもなく自分でつかんだイメージ。これは、判断力の元になるようなものです。
この二つはすでに違うものです。根底からして違うものです。
大人が子供に対してやれることは、子供が自分でイメージをつかみに行く場合に、「邪魔になるものを取り除いてやる」ということだけです。
素読において「すらすら読めるようにする」ということは、「邪魔になるものを取り除いてやる」をしているのです。
逆に言うと、「すらすら読めない」ということが「邪魔になるもの」そのものなのだということになります。
「すらすら読めない」からイメージがつかめないという場合が音とイメージの間には多くあります。非常に多くの場面にこれがあります。算数の文章問題が解
けない子供にとって何が問題なのか。蓋をあけてみたら、最大の原因が、「すらすら読める」レベルを獲得してないからだったというような事例はごろごろして
いるはずです。「すらすら読める」レベルにしてやったら、子供が面白がって文章問題をやるようになったなんてこともいくらでも起こり得ることでしょう。邪
魔が取り除かれることで、思考そのものが動き出すのです。
(ついでですので言っておきますが、「どんぐり」とやらの糸山とやらいう人が、このような言葉とイメージの関係とか、読みのレベルを獲得することで「邪魔
を取り除く」ことに言及しえていないならば、「視考力」も糞もないのです。文章が読みとれ、抽象すべきものと捨象すべきものがわからなければ、「視考力」
はその初動を得られないからです。)
素読舎で英語の練習をしていたら、他の科目が伸びたというような現象の鍵もこのあたりにあると考えています。
ある難しい漢字について、「私はこの漢字は読みは知らないけど、どういうことなのかはわかる」という場合があります。それについては、そういう場合が
あっても構わないというくらいな位置づけが正しい。もしあらゆる漢字が全部「読みは知らないけどわかる」ものであった場合、その人の日本語能力というもの
は偏ったものになります。例えば、この掲示板に何か書こうとしても、漢字変換ができないというような具合にです。
漢字変換というような例を出しましたので、これで考えてみれば、漢字変換ができない場合に、「邪魔を取り除く」には、その漢字の読みがわかるようにす
る。音に応じてひらがなが書けるようにするというだけのことです。
漢字変換などという局所的なことではなく、広く日本人の子供から「邪魔を取り除く」作用があるものという観点から見れば、もっとも汎用性があるのは、子
供にとって難度を含む文を「すらすら読めるようにする」という練習です。
例えば、学校の音読というものがあります。これは「すらすら読めるようにする」を実際に実現しているかどうかから考えると、実現しているとは言えませ
ん。宿題で何回読んだかなどを問題にして、自己申告させ済ませているだけで、「すらすら読めるようにする」まで、子供の「繰り返しにつきあう」ことはしま
せん。何十人もの子供を相手にそんなことができるわけがないというのが言い訳であり、実際にもそれは無理です。
私がレッスンで、小学生に日本語の文を読ませてみても、学校が子供に必要なことをやらせていないことがはっきりわかります。それが多くの割合を占めま
す。
語彙が抽象的になる場合、日本語の(読み書き用の)シンタックスが身体化されていないと読み書きの障害になっていきます。読み書き用のシンタックスの身
体化を学校はまともにやっていないのです。これは、生徒の個々に対して、「繰り返しそのものにつきあう」ことでしか養うことができません。「身体化」その
ものに自分で面白みを見つけることのできる子供は別ですが、近頃増えている「数学頭」の子供(すぐに近道を探し楽をしたがる頭)は、言葉の身体化を喜ばな
い傾向があります。日本の子供の学力低下の真の原因は、社会のいろんな場面がコンピュータ化され、システム化され、その反映として子供の頭の動きが「数学
頭=コンピュータ頭」になっている傾向のせいではないかと私は疑っています。学校の授業時間数を増やすかどうかなど、本当は何の関係もないことだろうと。
素読舎のレッスンで、「現在進行形:am(are, is)+
現在分詞」などという日本語を小学生が読まされた場合、こんなものにイメージを持つことは「最初は」できません。できなくて当たり前であり、それでいいの
です。
しかし、
I am playing baseball.
などという具体的な文を「すらすら読める」ようにする練習と、「現在進行形:am(are, is)+
現在分詞」を「すらすら読める」ようにする練習は、小学生でもできます。最初は口うつしで言えばいいのですから、小学校の低学年にでもできます。(できま
すが、「スカイプでレッスン」の性質上、回線の品質確保などの問題が生じた時に子供が対処できないのでやりたくないだけです。)そのことによって、子供が
自分でイメージをつかもうとするときの「邪魔を取り除く」わけです。
I am playing baseball.
には、「am(are, is)+ 現在分詞」という約束事が含まれているだけでなく、他にいくつもの文法事項が含まれています。
am は主語が I の場合に限るとか、playing は play という原形に ing
がついたものだとか、動詞には原形というものがあるとか、どれが主語であり、どれが動詞であり、どれが目的語であるとか。こんな簡単な文にも多数の文法事
項が含まれています。
「すらすら読めるようにする」というのは、そのそれぞれの文法事項についての文を「すらすら読めるようにする」ということです。
そうすることで、子供が自分でわかろうとする時のために「邪魔を取り除いておく」のです。いつ本気でわかろうとするのかは子供にまかされています。
日本語の文についても、英語の文についても、「すらすら読めるようにする」という同じ練習が行われます。
その場合に、英語の音として後で困るようなものを排除するということも伴います。これもまた「邪魔を取り除く」です。(これがやれる塾はほとんどありま
せん。)
素読舎のレッスンを始めたばかりの子供はひたすら混乱します。何のことやらちっともわからないという状態になります。それでいいのです。この状態を持続
していないと、一挙にみんなわかってくるということが起こらないのです。
抽象レベルを備えたものを理解する場合には、そういうところを必ず通ります。素読舎を使わない場合(多くの場合)、それをやみくもにやるだけです。そし
て多くの子供が途中で放棄するということが起こります。それが実態です。
以上書いたところは、果たして日本語の練習なのでしょうか、英語の練習なのでしょうか。日本語の練習でもあり、英語の練習でもあると言うのがより正確な
ところなのではないでしょうか。
それよりもむしろ、音とイメージとを連関させるための練習なのだというべきではないでしょうか。しかし、そう言ってしまえば、これは、日本語の練習でも
なければ、英語の練習でもないとも言えます。あくまでも、音とイメージの練習なのだと。
それがもっとも正確な言い方だと思います。
音とイメージの連関というように、日本語やら英語やらの個別言語のレベルを突き抜けたレベルで考え、そこから方法を組み立てているのは、私が見る限りで
は素読舎しかありません。
英語の練習でも、この「突き抜けた」レベルで行うしかないのです。個別言語にとらわれたあらゆる方法は、駄目だと考えています。
これは、「やみくもにやって効果をあげる人」の中に起こっていることを言語化しただけのものなのです。しかし、それが言語化されなければ、方法というも
のにはなりません。言語化される前のものは、もうこの娑婆にいくらでも転がっています。
素読舎の方法は、時に娑婆的には「とんでもない効果」をもたらすことがあります。
高校1年からこの方法で始めた生徒が、長野南高校から名古屋大学に合格したということがありました。長野南高校がどういう高校であるかは、長野県の長野
市に近いあたりの人にしかイメージできないでしょうが、この生徒が名古屋大学に受かったと友達に言ったとき、「それなに?」という反応しかなかったそうで
す。ほとんどの生徒が、美容師関係とか調理師関係とかの各種学校に進むので、長野南高校の生徒には、名古屋大学などというのはこの世に「ないも同然」のし
ろものだったということです。
通常の進学指導などでこういうことは起こりません。
日本語を突き抜け、英語を突き抜け、音とイメージの相互作用という抽象のレベルで激しく混乱するということを避けずに練習を続けたから、このことが起
こったのです。
誰もがそんなことをしなければならないのか。
そんなことはありません。
しかし、学校はいずれそれを要求してきます。学校は「邪魔を取り除く」ということをやらずに、抽象レベルだけは要求してきます。「落ちこぼれ」というも
のは、「学校が作り出しているもの」です。ほとんど泥棒行為に等しいものです。
「邪魔を取り除く」ということをやらないのであれば、学校が本当に作っているのは「落ちこぼれ」だけです。本当の実力をつけた生徒は、学校なんかアテに
しなかった人たちだと私は思っています。
素読舎は学校という「よからぬもの」にどう対処すべきかを提唱しているのだと考えてもらってもかまいません。
単なる「やみくも」だけやって、中途半端に抽象レベルに「さらわれ」、現実対応能力を失ったような大学出がうじゃうじゃいます。学校(制度)に「してや
られた」人達なのです。中間テストや期末テストに「飼われた」人たちです。
言われたことしかできないとか、自分で仕事を作ることができないとか、同じことをするのでも、「自分の仕事にする」ことができないとか。
大人が子供に対してしてやれることは、「邪魔を取り除く」ということだけです。
それをしっかりやらないで、学校制度の中で点をとることなんかに本気になるから、現実対応能力のない大学出なんかの一丁あがりになるのだと考えていま
す。
私はひそかに疑っています。現実対応能力がない人というのは、言葉とイメージが現実に対応できるまでに一致していない人なのではないか。テストだの受験
だのに「さらわれて」、言葉とイメージの一致を「奪われた」人なのではないか。つまり、文学がわからない人なのではないか。
「正解する」ことに価値を見る人(点に価値を見る人)とは、「仮にそうするだけのこと」であることがわからなくなった人のことではないか。制度がやらせ
るものに真実性はないということが見えなくなった人のことではないか。「正解」とは制度的なトリックだということが見えなくなった人のことではないか。
「正解」が置かれるのは、世界から切れた舞台の上であるにすぎないことがわからなくなっているのではないか。そんな知識は、この世に生きるときの「媒介項
の一つ」にすぎないということが見えなくなっているのではないか。
言葉に制度が与えるイメージしか対応させることができないこと。これは、作ることでも産出することでもない。そのことに一生懸命になって、自分がイメー
ジをつかみ、世界を新しくすることを「奪われた」人達。
語学論は、大学出のぼんくらどもを照らし出すこともできるのだと書いていて気づいた。キーワードは「イメージ」だろう。
(これは語学論の一種として書きましたが、一応、江戸の母さんへのお答えでもありますので、ここに掲載致します。)