1. Fさんからのメール一部転載 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月17日(日)01時27分38秒
拝啓。
久しぶりに懐かしい声を聞いたような思いです。相変わらずのご精進に頭が下がりま
す。かつ、またずいぶんとお便りを差し上げなかった非礼をお許しください。それに
しても、いやあ、あなたは偉い人だとつくづく感じ入りました。もうあちこちで喧嘩
ばかりだ(笑)。冷静に観察して、いずれもあなたのほうが筋がとおっているし、志も
高い。だから最後は相手が誤魔化して論点をはずしてくる。根石流の言葉でいえば
「日本語の磁場」の中に逃げ込もうとする。ここに入れば鋭い攻めが禁止されている
と思っているのでしょうが、どっこい、この「喧嘩」は実は日本語によるディベート
構築の狙いが隠されているらしく、たとえ磁場がどうあろうとも、日本語を使った英
語論理で攻めまくる。読んでいるほうはわくわくしてくる。こうでなくてはね、と思
う。
一刀両断、大いに結構。あなたには日本の英語教育界に巣くっているダメな教育論
(俗流英語教育法)と空想的英会話万能論の邪説を打ち破る使命があるのですから、井
戸端で愚人の話を聞いているひまなどありませんぞ。私はあなたのやり方を支持して
います。愚人とくだらぬ話をするよりもあなたの方法を記した教科書(指導書)を再度、
世に問うべきではないでしょうか。あなたの志は叶うものだと信じております。無礼
の弁は平にご容赦。
(以下、根石)
Fさんは、中京方面の中学校の理科の先生です。
語学論に関して一家言ある方です。
8. 機械翻訳のレベル 投稿者:か 投稿日: 6月17日(日)05時06分52秒
根石さん、ああいうメールを差し上げましたが、勇気を持って書き込みます。
某サイトの掲示板に載せたものをここにも貼ります。多くの方のご意見を
頂きたいので。
言語学者、Randolph Sir Quirkの著書「ENGLISH IN USE」の一節を英和機械
翻訳にかけてみたら面白い結果を得ましたのでご紹介したいと思います。ご紹
介の内容を言い換えますと、機械翻訳の質的レベルはUniversity Professor並
みで結構高いのではないかと言うことです。原文は、
"When we lexicalise a perception or experience, what we are doing is to
impose
an artificial impression of neatness and unity rather arbitrarily on a
whole
general and complex moving scene, with setting and participants."
(語彙化(Lexicalisation)の項)
前置き:
'lexicalise' の訳は「語彙化」で、簡単に言えば「言語化」するという意味です。
犬とか猫といった現実に目で見ることが出来る存在物は「犬」とか「猫」とい
った名称を付与して言語化します。そういうルールにすれば「犬」と発音した
り書いたりしただけで、それを聞いたり読んだりした人は誰でも「ああ、あれ
か」と即イメージが浮かぶことになります。でも抽象的な事柄になると人に伝える
ことはそう簡単には出来ません。例えばfamilyなどの概念は抽象的であり簡単に人に
伝えることは難しい。ではそういう抽象的な考えをどうやって語彙化して来たのか、
ということを英文は簡潔に述べているのです。
さて、ここで3種類の和訳例をご紹介します。
(A):私たちが知覚か経験を語彙にする場合、私たちが行っているのは、セット
と参加者と共に、全体の一般的で複雑な動いている場面に整然と単一性の人工
の印象をやや任意に課することです。
(B):ある知覚や経験を語彙化するとき、われわれがやっていることは、かなり
恣意的に、背景と関与者を伴い広範かつ複合的な進展している場面全体に整然として
調和のとれているような人為的な印象を付与することである。
(C):私たちは認識したことや経験したことを言語化する際、全体として複雑に
展開している ― 舞台背景も役者もそろった ― 現実の一場面をそっくりそのまま簡潔で
纏まりのあるイメージとして作り出し、それを表現として付与するということを、かなり
恣意的に行っている。
コメント:(A)は機械翻訳(某探索エンジンが提供する機械翻訳)、(B)大学教授の翻訳本より、
(C)私の超訳(Quirkは演劇が好きらしいので:敢えて舞台背景と役者としてみました)。
(A)は(B)に迫る勢いだと思うのですが如何でしょうか? (B)の訳が読者を念頭に置いた訳である
とは、わたしにはとても思えないのですが。
9. NHKラジオの英語 投稿者:Duffy 投稿日: 6月17日(日)11時52分40秒
最近ラジオの英語講座をいくつか聴いているのですがとても変に思います。
ほとんどの番組の外国人(ほとんどアメリカ人)のイントネーションが
異常にハイテンションなのです。
聞いていて凄く変です。
なんかお笑いバラエティショーのハイテンションをそのまま
持ってきたような乗りなのです。
なぜ、あんな風になっているのでしょうね。
プロデューサが聴取者受けを狙ってわざと言わせているのか
講師の先生がご指導して言わせているのか分かりませんが。
とにかくとても疲れます。でもあれが普通だと思って聞かされる人は
とても変な英語になりそうで怖いです。
10. こんにちは 投稿者:もっこり 投稿日: 6月17日(日)22時46分28秒
福岡のMです。
Mだと味気ないので、もっこりと名乗ることにします。
さっそくの掲示板、ありがとうございます。
他の生徒の方々ともお話ができればいいな、と思っています。
「ゴースト」を使ったレッスンを始めて、2ヶ月ほどたちました。
私の場合、週1回のレッスンがちょうどよいペースメーカーになっています。
復習テスト部分は、気合いを入れて回転読みをやるのですが、
予習部分は、つい気が抜けてさぼり気味になってしまいますね。
滑らかさに口をついて出てくるようになるまでには、
100回くらいは読み込む必要があるようです。
13. 息子さんのこと。M(東京)さんへ。 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月19日(火)01時27分52秒
M(東京都)様
息子さんの練習がどんな調子か、妻に聞いてみました。
以前、「電話でレッスン」の時に、「同じ調子で5回言える」ためには、5回や10回同じ文を言う程度の練習ではなく、何十回も言い続けて欲しいという趣
旨でメールをさしあげた覚えがあります。
下にもっこりさんが書いておられますが、イントネーション(リズム)に英語という言語のバネを備えつつある段階では、同じ調子で「5回連続」させるため
に、同じ文を100回くらい言う必要があります。この練習は馬鹿らしいものに見え、遠回りのように見えますが、英語のイントネーションを身体化するために
は近道です。急がば回れの方法です。
イントネーションのバネが備われば、必要な回数は減っていきます。
以上が私や妻が行っているレッスンの元にある考えです。
妻が言っていたのは、およそ以下の通りです。
・音はとてもきれい。r の音も l の音も。
・「5回連続」を成立させて、復習範囲になっている部分は、非常になめらかに言える。
・新しい文の繰り返し読み(100回)を嫌がる。
・自分でやっておくべき練習で、いまだ100回繰り返し読みが必要な段階にある。
今、大声で台所にいる妻を呼び、聞いてみました。
「Mさんの息子だけどさ、CDを使えば自分で音を作れる段階には来てるのか」
「それはいくらでもできると思うよ。ただ量をやらないっていうだけの問題だと思うよ」
以上、今夜の夫婦の会話です。
日本は英語の磁場を欠如している場所だから、「回数」とか「繰り返し」が大事なのだということを息子さんが自覚してくれる時は来ると思いますが、まだ中
学2年生なのでその自覚はないようです。
妻と息子さんがした会話は次のようなものだったらしいです。
「あのさ、同じ文を何回も読んでもらいたいんだけどさ」
「読んでるよ」
「何回くらい読んでる?」
「2回くらい」
私が回数や量は大事だよって言っていたと息子さんにお伝えください。
15. 乱暴な! 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月19日(火)03時19分33秒
か様
コンピュータのソフトによる翻訳と、人間の手による翻訳2種を読ませていただきましたが、最初に掲げられたコンピュータの翻訳は、やはり、こりゃ駄目だ
と思いました。しかし、シンタックス(構文)を正確に把握していることには驚きました。コンピュータではどうにもならんことは、一つ一つの word
の語感だと思いました。これは、どうにもならんでしょう。
しかし、技術系英語、学術系英語には今後相当使えるものになっていくかもしれません。それはありうると思います。
下手かどうか、不正確かどうかはともかく、二つの人間の手による英語は、あらかじめ種明かしをしていただくことなく読んで、やはりなんかあったかいと思
いました。
大学の先生の翻訳は下手ですね。特に後半がいけない。
「か」さんのも、「舞台背景」「役者」などの訳語が、読者の理解をさまたげるおそれがあるかとも思いました。
とか、つべこべ言ったら、俺の訳も提示すべきか。
人間が感覚したものや経験したものを言葉にする場合、わ
れわれがやることは、それらの感覚や経験をもたらした全体
状況を単純化することである。全体状況を構成する個々の状
況やその中で動く人間の働き、それがもたらす複雑さや流動
性はかなり恣意的に自分に受け入れやすいものに整えられ、
おとなしい統一性が与えられる。この過程はかなり恣意的な
ものである。しかし、こうすることで、言葉は確定されてい
く。
いやはや、原文のシンタックスの無視の度合いは私のやつがもっともはなはだしい。まあ、しょせん、あっしは乱暴なやつです。
16. あたしゃ、うれしいよ。 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月19日(火)03時43分37秒
Duffy 様
大ヒットだと思いました。
普通の日本人なら誰でも感じることがこれまでに言葉にならなかったのです。
Duffy さんは、すげえ。
変ですよねえ、NHK。っていうか、アメリカンイントネーション。やっぱ変ですよ。
もっと普通にしゃべれねえのかって思っちまうんです。
「せっかち」ってのが、骨身になっちまった国なんでしょう。
余裕がありそうな顔をしたがるけど、「せっかち」なんでしょう、アメリカは。
NHKの講師の先生方は、ああいった「せっかち英語」に、ははあってな具合に土下座状態なんじゃないでしょうか。
恥ずかしいですね。
私もとても変に思います。
17. NHKラジオ講座 投稿者:Duffy 投稿日: 6月19日(火)09時37分53秒
根石様
すみません。私の言っている意味はアメリカ人のイントネーション全てが変だと言っているのではなく、NHKラジオ講座のアメリカ人のイントネーションは
生で聞いたり、AFN(American Forces Network?)のラジオで聞いたりするものに比べて「躁」状態にあるという意味です。
18. 飲まずに書きました 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月19日(火)16時19分13秒
私は中学に入学した年、学校の先生に勧められてNHKの基礎英語を始め、すぐにやめました。英語のイントネーションのハイテンションがいやだったので
す。「母音付きの単音」を単位にしている日本語の音になじんだ私の耳は、英語の子音の連続が作るテンションの高さに違和感を感じたのかもしれません。その
頃はまだテレビが普及しつつある時代で、世の中にやたらに英語の音が聞こえているということはありませんでしたので、とりわけ違和感は強かったです。田舎
でしたから、FENなども聞こえませんでしたし・・・。
一般に、英語という言語の音韻構造がテンションの高い方に向かいがちであるということは言えると思います。そこへ、アメリカの文明の(例えば大量消費
の)「躁状態」なども中学生の私の耳は重ねて聞いていたのかもしれません。
今や、文明のレベル自体は日本も「躁状態」となり、日本語のテンションが高くなりつつあるという感覚が私にはあります。昔の若者はこんな甲高いしゃべり
方はめったにしなかったなと、近頃の若者同士の日本語のイントネーションを聞いている時に感じます。「母音付きの単音」でそれをやるので、現代日本語には
音韻的なきしみが生じているという感じも持ちますが、古い日本語を保存している人間の耳がそう聞いているだけのことだと一蹴されるかもしれません。しか
し、若い人でも、「躁状態」でなくて話しているときは、日本語の基本、「母音付きの単音」で話しています。ハイテンションの日本語を使う人が英語が使える
というわけではないのですが、この背後には、英語という言語の浸透があるのではないかと考えています。日本語にこのハイテンションが現象しはじめたのは、
私の記憶では「帰国子女」たちが若い人の中に混ざり始めた頃からでした。
わたくしごとに戻れば、中学一年生で英語のハイテンションに羞恥を感じた人間が、現在、日本人の英語の「音づくり」なんかをやって母音を削ったりなどし
ているのですから、奇妙なもんです。
私は「音」から英語に入った人間ですが、「耳」から入ったのではなく、「口」から入りました。自分の口を動かして音読し、その音を徐々に英語の音に近づ
けるという過程によって、羞恥心をやわらげていくうちに英語が面白くなりました。これは初心者向きの方法として、誰にも勧められるものだと後で気づきまし
た。羞恥心によって、英語から遠ざけられている人は意外に多いのではないでしょうか。特に大人の男たちに多い気がします。
大人の男たちに、私の「電話でレッスン」はいいんじゃないかと思っておりますが、やはり女の人の方がためらいが少ないですね。異言語に対する羞恥心は女
の人の方が薄い。傾向としてそう言えると思っています。
NHKの講座の音が、実際に使われる生の英語や AFN
の音と比べて、また一段と「躁状態」であるというのは、台本があって、「演じている音」だからという要因があるかもしれません。講師がやらせているという
より、台本の存在がやらせてしまうことかもしれません。同じ台本(シナリオ)つきでも、映画の場合は、「演じている音」を普通に感じさせることのプロ(俳
優・女優)の音ですから、かえって語学の教材にはこっちの方がいいと思っています。初心者向きではないのが難点です。
私の方で大風呂敷を広げてしまったのがまずかったですが、puffy
さんの指摘は重要であるばかりでなく、とても面白いものでした。ありがとうございました。重ねてお礼申し上げます。
20. 具体的な回数 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月21日(木)01時11分18秒
もっこり様
もっこり>予習部分は、つい気が抜けてさぼり気味になって
しまいますね。滑らかさに口をついて出てくるようになるま
でには、100回くらいは読み込む必要があるようです。
滑らかに口をついて出てくるようになるまでには100回、というのは、新しい文についてのことだと理解しました。いい生徒を持てて幸運です。
こちらが1回言ったものを5回繰り返して言っていただく練習を「技法グラウンド」と名付けておりますが、これで一度できるようにした範囲(つまり復習範
囲ですが)、これは何回くらい練習すればなめらかに口をついて出てくる状態が維持できますか。私の経験では極端に減るのですが、もっこり様におかれまして
はいかがですか。
これは、一つの文を構成する語数によっても大きく違うと思うのですが、例えば、10語でできている文と20語でできている文について意識していていただ
き、それぞれ何回くらい、というものを教えていただけたらと思っています。
その回数が明らかになると、大学受験勉強はちゃんとやったが、そのときに「音づくり(音読)」が薄手だった人に関する一つのデータになります。
「音づくり」を始めてしばらくの間は、それぞれの新しい文について100回というのはとても現実的な回数だと思います。自分の練習の具体的な回数の提示
はとてもありがたく思いました。
22. 全体鷲掴み 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月21日(木)01時33分57秒
nobu 様
書き込みありがとう。
夏期講習をやるところは大変ですね。素読舎は、夏期講習も冬期講習もやりません。年がら年中、同じようなことをやっています。受験指導なんかは、近頃の
受験のシステムがわからず、いつも高校生に聞いています。教えてもらってもじきに忘れてしまうのが、われながら情けない。
なんとか時間をみつけて、一つの文を囓る回数を増やしていただきたいと願っています。
皆様
nobu
さんは、英文の全体をわしづかみにする力がすごいです。一見押しが強そうなのですが、すごく素直です。音に関しては、どこかで何か訓練してあるはずです。
しかし、多分、その時、複製音声だけでやられたのではないかと思います。「ア」系列の母音の区別が少し苦手です。
しかし、「全体をわしづかみにする」という大事なコツを最初からお持ちでした。これは日本の平均的な英語学習者にもっとも欠けているものですが、それを
お持ちでした。
28. 気が引き締まります 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月22日(金)03時31分48秒
Fさんからとても勇気づけられるメールをいただきました。
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取り急ぎ一筆啓上。
お返事ありがとうございます。あなたに差し上げたメールはすべてあなたのものです
からご自由にお使いください。あのあと、思い出した書物に『武道の理論』(三一書
房?)/南郷継正 著というのがあります。これは60年代ごろに出版されたもので
すが、筆者は当時空手道場を若くして経営しなければならない羽目になり、「空手と
は何か」と自問自答したあげく、弁証法を駆使して武道の論理を築き上げたというこ
とです。私も若いころにはこの本のおかげでいろいろ勉強させてもらいました。(信
じられないでしょうが私には武道の心得があります)ーー今のあなたにはこの南郷氏
と似たような状況だと思います。よろしければご一読され、あなたの論理をさらに鋭
いものにされる一助にされることを願っております。小生、ただいまは佛教大学の博
士課程に所属しております。博士課程は通信制ではなく通学制ですので毎週京都に通
わなければならず、仕事をやりくりしながら晩学に勤めております。長野であなたが
自分の道を模索されているお姿が私には励みになり、なんとなく戦友のような心境に
なっております。どうぞA氏のごとき小人愚人どもとの実のない喧嘩はほどほどにさ
れ、ただ一筋に日本の英語教育界の指導法の本丸だけを相手に大喧嘩をしてくださ
い。あなたの指導法が日本中のやる気のある学習者にどれほどの喜びを与えるか、考
えるだけでもわくわくいたします。劣等生でも三日やれば三日分の結果が出る方式を
完成させてください。不一。
29. カジュアルモードの英語 投稿者:パクパク 投稿日: 6月22日(金)10時07分35秒
英語の音には、カジュアルモードとフォーマルモードがあります。
日本で発売されている英語教材の本は、わたしの知る限り
1点をのぞき、すべて、フォーマルモードです。
たとえ、ネィティブが吹き込んでいても、フォーマルモードです。
この例外の1点は、明日香出版社から出版されています。
わたしは、漢字の楷書体と草書体の違いのようにおもっていましたが
まったく違います。
つまり、
フォーマルモードの英語で訓練したあと、カジュアルモードの英語は
まず聞き取れないということです。
例)
I don't know.
What is this?
これをカジュアルモードで話されると、TOEIC900点クラスの人でも
聞き取れません。
そこで、これからの英語学習は
カジュアルモードの音声から入ることです。
カジュアルモードの音声からはいれば、
フォーマルモードの音声は楽勝です。
32. 浜谷さんへ(二分割してあります) 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月23日(土)01時59分32秒
浜谷さん。
長いこと書けずにおりました。ごめんなさい。
初心者の定義一つでも難渋しますね。
私>私が初心者と思っているのは学校を出て(中
学、高校、大学どこでもいいです)それから何か
の必要性を感じて英会話(ここが根本的に根石さ
んと違うと思います)学習を再開しようとしてい
らっしゃる方です。私は早稲田大学教授の矢野安
剛先生の「やり直しの英語上達法」での提案をそ
ういう人々に奨めています。(後略)
「学校を出て」ですが、これに大した意味はないと思います。中学の文法が知識段階でなく、センスとして動くようになっているというような言い方なら、一
つのレベルを確定します。一流大学を出ても、先日私が書いた「初心者」のレベルをクリアしてない人はたくさんいます。
本当に、英語に関しては、「学校を出た」などということは意味がありません。学校は多くの人が避けられないので、学校へ行くならしょうがないが、文法で
も発音でもいいが、どれだけまともに身についているかだけが問題です。知識が知識のままにとどまっている間は、「身についている」とは決して言うわけにい
きません。
浜谷さんはあくまで「英会話の初心者」を初心者としておられますが、英語の磁場のない場所(日本)では、「英会話の初心者」は結構ハイレベルな読みの力
を持っているような人になると私は考えています。日本という土地では、フリー・トーキングなんぞはほとんど意味がない。フリー・トーキングが多少なりとも
意味を持つのは、下地を持っている人の場合だけです。
日本では「英会話」をやりたいと思うなら、結局、語学をやることになります。あるいは、語学で下地を作り一定のレベルに達することが必要になります。こ
この認識は、日本人に深く染み込んだ英会話という迷信によって、いまだ一般的には英語学習者が踏まえるに至っておりません。日本の英語がなさけないのはそ
こです。
学校英語、受験英語はまるで語学たりえていない。
浜谷さんは、浜谷さんご自身がなんと言おうと語学をやった方です。
以上のことを踏まえて、「初心者」を定義したかったわけです。
矢野さんという方の本は探してみます。
37. 中間・橋 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月23日(土)02時46分23秒
パクパク様
カジュアル英語とフォーマル英語のちょうど中間にあって、双方に橋渡しをやれるのが
私の「音づくり(音読)」です。
ただの音読ではなく、私が一回言ったものを生徒さんに同じ調子で五回言わせています。
これは最低の回数ですが、10語を越える同じ英文に対して最低でも数十回は自分で音
読しておく必要のあるきつい練習です。
これによって、カジュアルとフォーマルの間が埋まります。双方へ行き来できるように
なります。
45. アーティキュレーション 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月24日(日)01時39分33秒
もっこりさん
イントネーションがどんどん変わりつつあるという感じがします。
わずか2ヶ月ほど前に始められた頃は、ときどきイントネーション(リズム)が盆踊りを踊ることがありましたが、わずかな間にほとんど盆踊りを封じてしま
われました。レッスンの核心的なところをつかんでおられる方です。
英語の練習では、盆踊りリズムは封じられますので、今年の盆には、思う存分盆踊りのたおやかで平坦なリズムを解放してあげて下さい。
レッスンの間とそれに備えるための「机上の練習」においては、盆踊りは禁じ手としておいて下さい。実際に英語を使うときは、通じさえすれば、盆踊りの禁
じ手はゆるめても大丈夫ですが、レッスンと「机上」だけは、稽古場ですから、禁じ手としておいて下さい。
イントネーションが備わるにつれて、アーティキュレーションが弱まりつつあります。
紙の折り目をはっきりとつけるような気持ちで、それぞれの音をはっきりと言おうとすることもそろそろ練習に加えて下さい。
イントネーションとアーティキュレーションの両立は、日本人の口の筋肉の動きにおいては矛盾します。この種の矛盾を両立させうるのは、身体の運動性のみ
です。
イントネーションが備わった文は、よりくっきりと言おうと意識してみて下さい。
48. 学校英語で音作りに励んでいます(その1) 投稿者:Eliot 投稿日: 6月24日(日)13時40分21秒
根石さん、こんにちは。初めてお便りいたします。実は、私は素読舎サイトの大ファンです。
私は私立の中高一貫男子校で英語を教えております。一年ほど前に検索エンジンで面白いサイトを探していたところ素読舎のページを見つけ、以来何十回(もし
かしたら百回を超えた?)と訪問させていただいております。サイトのページは全部読みましたよ。「英語どんでん返しのやっつけ方」も買って読みました。私
は、英語の音作りに関する根石さんの主張に大賛成で、学校英語と塾英語の体たらくをこき下ろすエッセイを「よくぞ言ってくださった。その
通り!」という気持ちで読んでおります。エッセイのいくつかはプリントアウトして、勤務校の若い英語教員に読ませたりもしています。おっしゃっていること
の多くはまさにその通りだと思います。文法の質問を生徒にして、答えられる者が出るまで次々に当てていくことのばからしさは私も常日頃感じていることで
す。
学校英語は滅びる英語。本当にそうです。ほとんどの学校と塾の教室で行なわれている英語の授業は生徒を欺いています。英語を教えると言いながら、その場限りのくだらないことをやっていることが普通です。英語の音作りを激しく、厳しくやっている所は極めてまれだと思います。実際、英語の教員の多くにとって英語の発音は、できれば避けて通りたい弱点です。自分自身が通じるレベルの音が出せない教員がたくさんいますし、そこそこ通じる音を出せる教員もその多くが英語の音作りに必要な知識を体系的にルール化して生徒に教えることができません。例えば、根石さんが示しておられるような、音と音がぶつかり合ったときの音の消失とかいうことも生徒に説明できるような知識としては持っていないのが現状です。
23日の浜谷さんへの文で根石さんは「学校で音読させることはまずない」と書かれていました。「学校なんか消えろ」ともどこかで書かれていましたね。私は
学校に勤めていますので、それが消えてなくなられると家族が路頭に迷います。消えろ、と言われないよう、私は学校というところで、将来滅びない英語を生徒
の中に根付かせる取り組みをやってきました。私は2年前に初めて中学1年生の担当になったとき、周りがどう言おうと、この生徒たちに英語の音を教えようと
決心し、中1の最初から「英語の音作り」を私なりにやってきました。本校はいわゆる「進学校」であり、中学生のときから中高一貫校用の模試などを受けさせ
ては、他校や本校の過去の成績と比較して、あーだこーだと言われるところで、いきおい、授業はハイスピードの詰め込み教育が当たり前です。中2までに中学
校の教科書+文法問題集を終わらせ、中3では高校の教科書をやります。もちろんその過程で英語の音作りはほぼ無視されます。
私は中学1年生の4月〜6月は教科書をせずに、自作のプリントでフォニックス(つづりと読み方のルール)を教え、英語の音を出す練習から英語学習のスター
トを切らせました。この間に「英語の音はカタカナでは書けない」ということを実感させ、英語にフリガナを打たない習慣を確立させました。つづりを見れば英
語の音が出せる、例えば、hat hut hot hurt hard
の中の母音を発音しわけることができるようになるよう練習させました。また、これらの単語を聞いてつづりを書くという練習もさせました。
49. 学校英語での音作り(その2) 投稿者:Eliot 投稿日: 6月24日(日)14時19分51秒
その後は教科書の勉強に入ったのですが、音作りはこれからが本番と思い、授業時間の多くを音読に使いました。授業で英文和訳はまったくしません。文法の説
明も最小限にして、生徒には教科書ガイドと教科書のワークブックを買わせて、各自が自分で読み、問題を解いて内容や文法を勉強するよう指導しました。授業
では教科書の英文に音のつながりや変化が起こるところに印をつけたプリントを配って、それを使った音読練習を繰り返し、最終的には、課文の和訳プリントを
見ながら、まるで英文を読んでいるように英語が言えるまで練習させました。言えるようになったら、和訳を見ながら英語が書けるようにさせました。
既習の範囲から、構文や表現を拾ってきて、大量の和文英訳問題を作って宿題としてさせ、英文を作る中で文法知識の確認をさせました。特に、名詞の数と特
定、不特定、冠詞などについては、常に注意させるようにしました。
暗唱発表もずっとさせてきました。教科書の中の読み物を適宜選んで、暗記課題とし、毎回授業で一人か二人に発表させます。発表のあと、発音が変だったとこ
ろを指摘し、クラス全体にも確認させます。今させているのは500語を超える話ですが、6分の制限時間のうちに暗唱せねばなりません。忘れたり、制限時間
を超えたら不合格で、放課後私の前で音読し、発音指導を受けることになります。
それがどんな価値があるかは別にして、英検3級の試験を中2の3学期に受けさせたところ、2次試験までほぼ全員が合格しました。私にとっては、2次の面接
試験のパッセージの音読の評価が5(最高点)と4がとても多かったことが収穫でした。
現在中3の1学期ですが、高校の教科書を同じやり方でやっています。生徒たちは2年以上同じやり方でやってきており、塾にも行きません(勤務校は全寮制で
す)から、英語の勉強はこんなものと思っており、特に特別なやり方だとは思っていないようです。個人差は相当ありますが、ほぼ生徒全員がすでに「通じる
音」の水準は獲得しており、音感が優れているのでしょうか、中には、モデルの録音を聞かせて練習させると、ほぼ完璧な英語で(モデルが米人ですから米語
で)音読できるようになった生徒が一割程度おります。
これから先、文法の整理や辞書の使用なども勉強に入ってきますし、大学入試という関門もありますが、これまで音作りをやってきて本当によかったと思ってい
ます。これから大量の教材に接していく生徒たちが、英語の文字を見て、英語の音が出せるということは大きな財産だと思います。
50. 学校英語での音作り(その3) 投稿者:Eliot 投稿日: 6月24日(日)14時42分55秒
生徒たちが中1の頃、ある模試を受けさせられまして、フォニックスの勉強の三ヶ月のせいで進度が遅れていたため、英語の平均偏差値が30いくつかというこ
とがありました。その成績の検討会議で私は管理職たちから相当非難されました。そうなるだろうと予想していましたから、私は生徒の音読の録音を用意して
行っておりました。しかし、それを聞かせても、管理職には何の効果もありませんでした。それどころか、英語のできない管理職の一人は「発音は上手になるか
もしれないが、それが何になる」と暴言を吐きました。まあ、多くの人のとらえ方はこんなものなのでしょう。
来年の春から公立の中学校は毎土日が休みになり、英語の授業時間は原則として各学年とも週当たり3時間となります。それ伴い、新しい指導要領に従って作ら
れた新しい教科書が使用されます。新指導要領の英語のキーフレーズは「実践的コミュニケーション能力の育成」です。学校英語は根石さんの「語学」という言
葉からますます離れ、「英語の磁場」を欠いた日本の教室でのコミュニケーションごっこが今以上にさかんに行なわれる様になるでしょう。しかし、新教科書の
どれを見ても英語の音作りは今まで通り、なきに等しい状態です。悲しく、情けない現実です。かくて日本の教室や塾にはこれからも「サンキュー」「ジスイ
ズ、ザットイズ」という音が飛び交うことでしょう。
偶然見つけた素読舎のサイトから私はずいぶんたくさんのことを教えていただき、大きな励ましもいただきました。
ありがとうございます。どうぞ、根石さん、これからもご活躍ください。私も学校での英語の音作りに頑張ります。
Eliot
61. 学校での音読の実践(1) 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月27日(水)07時29分52秒
Eliot さん
本当にびっくりしました。
ありがとうございます。私の書くものを読んでくださり、すでに学校という場所で「音づくり」をされている方がいるなどとは思ってもみませんでした。
世の中は私が思っているよりも広いのだと思うことができました。
サイトに書いたもの、小学館文庫に書いたものをお読みいただきありがとうございました。重ねてお礼申し上げます。
Eliot>エッセイのいくつかはプリントアウトして、勤務校の若い
英語教員に読ませたりもしています。
感謝しています。あんなサイトを作りつづけるのでも、結構孤独なもので、反応らしい反応がないままに続けていくしかないのだと思ってやってきました。
「若い英語教員に読ませたりも」ということは、Eliot
さんは、「若い英語教員」ではないということでしょうか。さしつかえなければ、だいたいのところで結構ですのでお歳をお聞かせ下さるとありがたく思いま
す。日本の英語の状況がどんな状態の時に、何歳だったはず、などと余計な想像をする楽しみができます。
若かろうが年をとっていようが、保身を先だてる先生は、中間・期末のテストに間に合わせるための授業をします。中間・期末に間に合わせる授業をしている
だけで、保身ができて、食いっぱぐれがないのが、現在の学校の教師という職業です。とりわけ、公立の学校は税金泥棒の巣です。点数をはじきだして、順位づ
けなどやってるが、そんなことで生徒に力がつくわけではない。しかし、そんな仕事でも忙しくやっていれば、めでたくも麻痺できて、なにか実質のある仕事だ
と思いこむことができるのかもしれません。「学校」などというものの外側に位置していたおかげで、私は「そんなものに実質はねえよ」と言い続けることがで
きましたが、しかしまあ、放言を続けるのも疲れる。
保身をやる者が先生の多数であるというような事情は、国家資格のあるなしの違いだけで、塾の世界も同じです。
塾のほとんどが受験制度・成績主義にたかる蛆虫です。学校の内でも外でも、受験制度と成績主義にたかっていれば、蛆虫としてなら生きていかれます。決まり
事の「処理」をやり、肝心なことは生徒の「家庭学習」に押しつけるのが、蛆虫たちの特徴です。この根本にあるのは、個々の生徒の能力はあらかじめ決まって
いるという許し難い思想です。そんなことは絶対にありません。こちらがやること次第で同じ生徒がまるで違う展開をみせたりみせなかったりします。
いまや世界的に有名になりつつある日本の駄目な英語教育の中で、Eliot
さんが逆風に向かって歩かれ、成果をあげられたことに私は驚きの目を見張ったのでした。学校はまだ死んでいない。そう思っていいのではないでしょうか。
教育なんぞ殺してやる。むしろ、私はそう思って生きてきたのでした。
「教育は死なず」という本を、昔、私の居住するところに近い篠ノ井旭高校の校長が書きました。その時、友達が、「おめえのやってるのは、『教育は死な
す』だもんな」と言いました。うまいことを言うものだと思いました。
Eliot さんのような方が多くなってくれるなら、私は私のケレン味やエクセントリックな物言いをひっこめることができるのですが、Eliot
さんのような方は「絶対多数」ならぬ「絶対少数」です。
しばらくは、ケレンやエクセントリックをやっているしかありません。おそらく、私の一生はそれで終わるでしょう。
62. 学校での音読の実践(2) 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月27日(水)07時30分57秒
Eliot>実際、英語の教員の多くにとって英語の発音は、できれば避
けて通りたい弱点です。自分自身が通じるレベルの音が出せない教員
がたくさんいますし、そこそこ通じる音を出せる教員もその多くが英
語の音作りに必要な知識を体系的にルール化して生徒に教えることが
できません。(後略)
日本の学校の英語の先生の多くは、日本の学校英語の犠牲者だと思います。学校を出てそのまま学校へ入ってしまうような方がほとんどですから、この方々は
学校英語に取り囲まれてしまって、多分、その外へ出ることがどういうことかわからなくなっているのだと思います。
「囲い込み」というものが、学校制度にはあると思っています。
それが無効であるということが一番見えやすいのが、英語という教科なのですが。
例えばの話、更埴市というところに何人の英語の先生がいるのか知らないのですが、私の友人のウドが経営する酒場で、学校の先生に会うということがない。
たむろしているのは外人が多く、先生に会うとすれば、アシスタント・イングリッシュ・ティーチャーという人たちばかり、つまり外人さんばかりです。千円
ちょっとあれば、酔って、ぺらぺら英語ならぬ、べろんべろん英語が使える場所なのに学校の先生が来ない。なんで出てこないのだ、と思うのです。ウドの店も
あまたある私的な酒場の一つにすぎず、英語の先生だからって是非顔を出さなきゃならんということはないのですが、英語をやっている人にはおすすめの場所だ
と思うのです。しかし、本当に学校の先生には会うことがない。
(この場をお借りして、)更埴市、戸倉町、上山田町、長野市、上田市の学校の英語の先生たちに告ぐ。ウドの店はおすすめだよ。一応、生の英語の磁場が成
立している場所だといっていいのではないだろうか。英語が通用する酒場で英語の先生が酒を飲んではいけないなんていう法律はない。(笑)
文部省(文部科学省)がこれまでやってきた学校英語という囲い込みは、そのありもしないくだらない法律に匹敵すると思うけど、そんな「ありもしない法
律」が機能する学校(英語)の外がもう実在してるよ。
学校の先生たちには、自分が学校英語の犠牲者であることの自覚をまず持っていただきたい。その犠牲を作り出してきたのが、文部省(現在文部科学省)と、
その御用英語学者どもであることを認識していただきたい。
これらの御用学者どもをこそぶち倒さなければいけないのです。
本当に骨の髄から駄目なのは、文部省(文部科学省)というものです。そして、英語の先生たちが、自分の英語が文部省作成の学校英語の犠牲になっているこ
とを自覚してくれる動きが感じらない。学校現場から文部省の方針がただのお題目にすぎないこと、具体的な方策がいつまでも示されることがないこと、「音読
(音づくり)」の場所として学校が機能しないこと、中間・期末テスト(果ては大学入試というテスト)などに間に合わせるテスト用の授業が生徒の英語を駄目
にしていることなどの現場からの批判が声になっていかない。
私はむしろ、生徒(若者)にじかに自分の声を届かせようとしてきました。大学で教員免許に必要な単位はすべてとりましたが、塾をやってきたのはそういう
理由です。学校がどれほどのていたらくであろうと、あるいは、ほとんどすべての塾が受験制度にたかる蛆であろうと、一人の若者が語学の方法を自覚してくれ
れば、語学としての英語は芽を吹く。それだけを信じて、英語塾という仕事をしてきました。
それしかないだろうと思っていたところに、Eliot
さんが、学校という場所を「音づくり」の場所にされていたことを書かれたので、目の前が明るく開けるような感じがしました。びっくりし、また、心強く思い
ました。
63. 学校での音読の実践(3) 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月27日(水)07時32分25秒
発音やイントネーションに自信がない先生がおられましたら、私の映画のシナリオを使う「電話でレッスン」を薦めていただけたらと思います。一人の先生に
レッスンするだけで、数十人の生徒の英語の音に影響が出ます。いや、百人を越える生徒に影響が出るでしょう。私は自宅を自作していますので、なかなかレッ
スン枠を増やすことができませんが、申し込みがあれば、受けられるだけは受けます。
以前、地元の高校の英語の先生のレッスンをしました。現在も英語の先生のレッスンをさせてもらっています。
(もっとも、現在の生徒さんは、発音には何の問題もない方で、発音は私よりもはるかに上手です。)
もしも、学校の英語の先生からレッスンの申し込みが続くようなことがあれば、現在の私の生徒さんからレッスンを受けていただくしかなくなりますが、実際
のところは、まだ現在の生徒さんで、先生を相手にレッスンできる人は少ない・・・。
ともかく、大学の教育学部あたりの英語科教員養成過程がまるで役立たずであることは歴史的にはっきりしていることです。学校英語の根腐れの原因の一つ
は、大学の英語科教員養成過程にあります。大学が、日本は「英語が作る磁場」が欠如している場所であること、日本語は英語とまるでシンタックスの違う言語
であり、欧米人向けの英語教育法が無効になる場所であることを前提とした授業を練り上げることをしない。怠惰です。そこが大学の英語科教員
養成が駄目なところです。
私の生徒さんで、学校の先生のレッスンをするとなれば、山口のMちゃんのお母さんはできるな、大阪のTさんもできるな、ううむ、などと考えました。そう
いう動きが生じたなら、別の掲示板で話をさせてもらっている浜谷さんという方もすぐにでも仕事ができると思います。浜谷さんに時間がとれればですが。(浜
谷さんは、高校卒業という学歴で、独学で英語の「観光ガイド」の資格をとられた方です。これがどれほどの難事であり、浜谷さんがどんな英語の使い手である
か、英語の先生たちなら想像できるはずです。)鵜田さんという英語の「音づくり」に関して非常に優れた方ともメールのやりとりがありますが、鵜田さんがこ
ういう土方仕事をしてくれるかどうか・・・。
文部科学省が馬鹿であることをやめて、私に外人を鍛え込むことをやらせてくれねえかと考えることもあります。
外人に私の「技法グラウンド」という技法を持たせることができるなら、日本の英語はまったく変わると思います。その場合、外人教師の資格としては、「歯
と歯の間に舌を入れて、ひっこめてこすりながら出す、あ、そんなに舌を外にいっぱい出さなくてもいいよ」というくらいの日本語が使えることが絶対に必要な
条件です。(実は高度な日本語です。)
64. 学校での音読の実践(4) 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月27日(水)07時34分08秒
俺にわずかな国家予算でいいから使わせてくれねえかと思うことがあります。
外人を鍛え込むためのプロセスに関してモデルなら今でも作れます。
外人を鍛えることなく、フレンドリーにへいこらする日本人がいるばかりじゃしょうがないのです。
例えば次のようなものです。
「英語の磁場の中で=日本語の磁場を欠いた場所で、日本語の基礎を作ったことがある」ということが望ましい。
それでようやく日本の生徒(日本語の磁場の中で=英語の磁場を欠いた場所で、英語の基礎を作っている)という立場とイーヴンになります。まったくシンタッ
クスが異質である言語を「語学として」扱うことの困難を知っている外人教師が必要です。
だから、文部科学省がいますぐにでも着手しなければいけないのは、英語圏の国に出先機関を作り、そこで日本で英語を教えたい英語ネイティヴに日本語を教
えることです。そこで日本語の基礎を持ったものだけを雇うべきです。
現在の外人の雇い方は、税金の無駄遣い以外のものではありません。
英語圏で日本語を身につけた教師を雇うこと。これが実現すれば、本当の意味で語学的にイーヴンな者同士が向かい合うことができるので、交流というものも
ただのお題目ではなくなるはずです。
こういう外人に、日本人の「音づくり」をさせるのが一番いい。その場合に、日本の音読法の精華としての素読などもきちんと評価されるべきです。(江戸時
代の素読は、例えば現在のニューヨークで日本語を習っているアメリカ人に施しても、絶対に使えると思っています。)
いずれにせよ、外人に日本語を習得させるような文部科学省の出先機関を英語圏につくるべきだということです。
そうでなければ、日本人が欧米型の言語を「磁場を欠いたままに」修得しようとする場合に生じる困難を外人が理解することの糸口すら与えることができな
い。
しかし、これが実現すれば、読み書きだけはできる伝統的な(?)教師の能力だって活きてきます。話せないけど「本当に読める」ような性質の教師は本当は
大事にされなくてはいけない。日本にしかいない非常に珍しい種類の教師であり、もしも「本当に読める」ならば、絶対に大事にされなければいけない。日本が
大事にしなければならないのは、文化の厚みです。この厚みがなければ、乞食も、「読めるだけ」の英語教師も、人の気持ちがわかりすぎるほどわかって人とう
まくつきあえないために生活能力が損なわれるような人間も、生きてはいかれません。こういう人間はみんな「制度の外=文化の厚み」の中を生きていくわけで
す。そして、実はこれらの人たちこそが、文化の基底を形作る人たちです。つげ義春の「無能の人」という作品が、受験校に「音読」を導入するような行為と匹
敵する。
そんな言い方がしかしなかなか通用しない。
「本当に読める」教師も、語学教師に徹する教師も必要です。本当は一人の語学教師の中に統一されて両立されるべきです。
おそらく、受験校に「音読」を導入するに際し、Eliot
さんはまわりから無謀だと言われ、自分でも無謀だと思われたのではないでしょうか。そこを敢えて踏み出してくださったことに敬意を捧げます。
65. 学校での音読の実践(5) 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月27日(水)07時35分50秒
Eliot>私は学校というところで、将来滅びない英語を生徒の中に
根付かせる取り組みをやってきました。私は2年前に初めて中学1
年生の担当になったとき、周りがどう言おうと、この生徒たちに
英語の音を教えようと決心し、中1の最初から「英語の音作り」を
私なりにやってきました。
これを決心されたとき、私のホームページはすでにお読みいただいていたのでしょうか。もしも万が一そうであるなら、私はとても勇気づけられます。
片田舎の一英語塾(私塾)の主張が、学校のいくつかの教室での実践の中に水路を見いだし、活かされたという意味は、私にはとても大きなものです。とにか
く、地元から私に向けられたものは無視に継ぐ無視、無理解に継ぐ無理解でしたから・・・。
私ら家族が生き延びるのも、まったく地獄のような闘いでした。
Eliot>本校はいわゆる「進学校」であり、中学生のときから中
高一貫校用の模試などを受けさせては、他校や本校の過去の成績
と比較して、あーだこーだと言われるところで、いきおい、授業
はハイスピードの詰め込み教育が当たり前です。中2までに中学
校の教科書+文法問題集を終わらせ、中3では高校の教科書をや
ります。もちろんその過程で英語の音作りはほぼ無視されます。
私の現在の「電話でレッスン」の生徒さんにも、この種の進学校の生徒さんがいます。そして、結構大きなパーセンテージの生徒が、この「詰め込み教育」に
従っているらしいのです。こんなに一挙に詰め込んだら、消化不良を起こして、いやになって、ほったらかして、馬鹿くせえと言い出すやつっていっぱいいるだ
ろう? ってレッスンの時に訊いてみたのですが、そうでもないようです。みんな一生懸命やっていますよ、ということでした。暗い気持ちになりました。学校
の勉強のよく出来たやつに感覚が不全なやつが多いのは無理もないと思いました。
進学校の中での「音づくり」の実践は非常に勇気ある行為です。
本当に頭が下がります。
Eliot>つづりを見れば英語の音が出せる、例えば、hat hut
hot hurt hard の中の母音を発音しわけることができるよう
になるよう練習させました。また、これらの単語を聞いてつ
づりを書くという練習もさせました。
これが授業というものです。私がもしも中学のときに、こういう授業に出会っていれば、素読舎が今のようなしみったれたものであることは考えられないとも
思いました。
英語の綴りは、そのまま発音を表している場合が非常に多く、例外を覚えた方がはるかに早いと思います。私は、これらの区別を生徒にさせるとき、手短かに
言葉で説明します。
hat 子音と子音に挟まれた a は口の両端を横(か斜め上)にひっぱる
hut u を「ア系列」で言うときは、口を狭くして弱めに言う
hot 特に注意しません
hurt 「ur, ir, ear」の「ア系列」は口を狭めて、喉から息を送り出す(こもった音)
hard の ar は赤ちゃんが上手に出す音。歯と歯を離す感覚
というような、手短かな説明の「決まり文句」があり、常時使用します。
自分の口の動きを意識して言葉にしてみたのですが、もしも違っているものがありましたらご教示ください。手伝っていただき、練り込めればと願っていま
す。練り込んだものは公開し、学校だろうが塾だろうが英会話学校だろうが、場所を問わずどんどん使ってもらいたいと願っています。
以上のものの他、th, l, r,
など日本語に存在しない音に関する「決まり文句」を追加するだけで、少なくともネイティヴから「英語」として受け取られるだけの音は確保できます。
これらを学校の教室で採用し、生徒が発音する「その場」で常時指摘できるなら、それだけで日本人の英語は今よりもずっと通じるものになります。(「音
読」という「場」が確保されないと駄目ですが・・・。)通じれば自信になり、練習する気にもなります。最大の難題は、一つの教室あたりの人数です。10人
以下にならないと質のいい練習はさせられません。理想的には5、6人です。
66. 学校での音読の実践(6) 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月27日(水)07時37分09秒
Eliot>その後は教科書の勉強に入ったのですが、音作りはこれ
からが本番と思い、授業時間の多くを音読に使いました。
限られた時間の中で、多くの生徒を相手にどんな「音読」の指導をなされたのかに非常に興味があります。さしつかえなければお教え下さい。私は、一人ずつ
「音読」を見る場合は、5人か6人がいいと思っています。どんな技を駆使して、現在の学校制度の中の教室という場所で「音読」を実現されたのか。私に
は???です。
必ず何らかの技があるぞ、とにらんでいます。
Eliot>授業で英文和訳はまったくしません。文法の説明も
最小限にして、生徒には教科書ガイドと教科書のワークブッ
クを買わせて、各自が自分で読み、問題を解いて内容や文法
を勉強するよう指導しました。授業では教科書の英文に音の
つながりや変化が起こるところに印をつけたプリントを配っ
て、それを使った音読練習を繰り返し、最終的には、課文の
和訳プリントを見ながら、まるで英文を読んでいるように英
語が言えるまで練習させました。言えるようになったら、和
訳を見ながら英語が書けるようにさせました。
教科書は何でしょうか。私は最近、「ニューホライズン」という教科書の「教科書ガイド」を詳しく読むことがあったのですが、説明が本質的でなくて困って
います。まるで質がよくない。大量に流通してるものがこんな程度のものかとがっかりしました。文法というものが、外在的に現象的に記述されるだけで、抽象
するという行為がない。
学校の現場についてですが、読めるようになったもの(口がどんどん動くようになったもの)を書けるようにするという、語学的には絶対的な順序でさえ、多
くの学校の教師は無視しており、まだ読めもしないものを、宿題にして何ページ書いてこいなどと無益なことをやらせたりしています。まったく何の意味もあり
ません。記号を写すように、生徒は「音をともなわない字」を大量に書いて宿題として提出したりします。生徒は奴隷じゃないんですが、読めないものを書かさ
れるのですから、奴隷として扱われているのと同じです。語学の練習として評価するならば、まったく無駄なことです。文部科学省に忠実な者どもの保身のため
に、奴隷でもない多くの少年・少女が奴隷にされています。(多分、更埴市近辺の学校だけのことではないと思います・・・)
こんなことがまかり通るような学校なら、行かない方がいい。
公立の学校のほとんどが、英語から見れば、「行かない方がいい」ようなところです。
67. 学校での音読の実践(7) 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月27日(水)07時40分03秒
「言えるようになったら書かせるようにした」ということ、ここにある順序は絶対的なものです。これをひっくり返すようなことを平気でやる語学教師がいま
すが、語学教師としては追放されるべきです。そんなことをやって生きていけるような世の中であってはいけない。
Eliot さんが表に出てきてくれたことを、私は深く感謝しています。
もっともっと、陽の当たる場所で(つまり、この掲示板のような公開の場所で)、学校の先生たちが論議に加わってくれることを願っています。
Eliot さんの授業は、学校の授業という制限のなかでは、ほとんど理想的なものだと思っています。
Eliot>今させているのは500語を超える話ですが、6分
の制限時間のうちに暗唱せねばなりません。忘れたり、制限
時間を超えたら不合格で、放課後私の前で音読し、発音指導
を受けることになります。
「放課後の指導」。これがやれるのが私立の学校の強みです。今の公立の学校では見ることのできない風景ではないでしょうか。
私は、長野県の事情を少し知っている程度ですが、公立の学校の先生というのは本当にかわいそうだと思っています。かわいそうだと思うが同情もしません。
公立信仰の強い土地ですから、彼らは塾を見下すことが容易にできます。ふざけんじゃねえ、蛆どもがと思っても、私は日本人特有の能面のような顔をして生き
ています。
この土地では、生徒が奴隷である前に、先生が奴隷です。くだらない会議の連続で自分で考える時間さえ奪われる。やたらにろくでもない用事だらけで多忙こ
のうえない。平均的なサラリーマンよりずっと忙しいのではないでしょうか。
学校英語の馬鹿げたていたらくは、市立、県立などの公立の学校が強く体現しています。そして、長野県更埴市というところは、これらの駄目な公立の学校し
かないところです。素読舎という「私立」は、腐臭をかきわけかきわけ生き延びてきたと思っています。それでも、収入の半分が「電話でレッスン」で、市外、
県外からのもので、それでようやく生き延びているのですから、ののしってもののしってもののしりきれないほどの恨みを更埴市という土地に
は持っています。
素読舎という「私立」が公立崇拝の土地と取り結んだ関係もまた絶対的です。
ともあれ、私立の学校運営、授業運営の自由度は決して奪われてはならない貴重なものだと思いました。これは同時に真摯な塾の試みが生き延びる場所が奪わ
れてはならないということをも意味すると思います。
「私立」の根は塾にあると思います。塾が持つ「私立」という可能性を理解せず、制度の蛆をやっている塾を私は憎んでいます。
Eliot>それがどんな価値があるかは別にして、英検3級の試
験を中2の3学期に受けさせたところ、2次試験までほぼ全員
が合格しました。私にとっては、2次の面接試験のパッセージ
の音読の評価が5(最高点)と4がとても多かったことが収穫
でした。
あきらかに「価値」の所在を示すデータです。
68. 学校での音読の実践(8) 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月27日(水)07時42分10秒
Eliot>現在中3の1学期ですが、高校の教科書を同じやり方で
やっています。生徒たちは2年以上同じやり方でやってきており、
塾にも行きません(勤務校は全寮制です)から、英語の勉強はこ
んなものと思っており、特に特別なやり方だとは思っていないよ
うです。
うらやましいです。私の「音読」はこれまでに大きな効果をあげてきたのですが、いまだに地元からは「変なやりかた」だと思われており、黒板式授業や、
「正解を言うやつがいるまで当てる」というような学校が作った「授業」というモデルがまともだとされています。ぶあつい迷信でできた娑婆にまみれて生きて
きたので、私はとてもアクの強い人間になってしまい、このアクをあたりかまわずまき散らすので、ますます地元から見放されていきます。それ
で、「電話でレッスン」を考えたわけです。
公立やら国立崇拝の強い土地で、「私立」を貫こうとすると、無視という手段でつぶしにかかる風土病が蔓延してしまっているのが長野県更埴市というところ
です。
いいかげん疲れましたが、まだくたばるわけにもいかないと思い、今夜もまた大量に書いたりしているわけです。
Eliot>生徒たちが中1の頃、ある模試を受けさせられまし
て、フォニックスの勉強の三ヶ月のせいで進度が遅れていた
ため、英語の平均偏差値が30いくつかということがありま
した。その成績の検討会議で私は管理職たちから相当非難さ
れました。
Eliot さんがすごいのはここです。この逆風に吹き流されることがなかったというところです。そして、現実的に成果をあげられたことです。
学校も先生次第だと思いました。どんな先生がいるかによっては、捨てたもんじゃないと思わせられたところでした。
Eliot>偶然見つけた素読舎のサイトから私はずいぶんたくさ
んのことを教えていただき、大きな励ましもいただきました。
ありがとうございます。どうぞ、根石さん、これからもご活躍
ください。私も学校での英語の音作りに頑張ります。
こちらこそ大きく力づけていただきました。ありがとうございます。
この先は、全国の学校の先生たちに向けて、「音づくり」「音読」の効果を知らせていかれてはどうでしょうか。
「音づくり(音読)によるインプット=基礎づくり」です。私もそういう仕事をしていきますが、Eliot さんにも、是非この掲示板を使っていただきたい
と考えています。
まだ見ぬ英語の先生方に向けて、この場をお借りします。
これまでの学校英語、受験英語のていたらくをどうにかしようと考えておられる先生は、この掲示板で「音読」「音づくり」について論議をしてくださること
をお願いします。
あるいは論議以前、質疑応答になるかもしれませんが、それでもまったくかまいません。
どうぞ書いて下さい。
72. 音作りへの道(1) 投稿者:Eliot 投稿日: 6月27日(水)23時50分12秒
根石さん、ご丁寧なお返事に感謝します。
私は40台半ばの英語教員です。元は公立高校に勤務していましたが、数年前から現在の私立校で教えています。
私が最初に行った公立高校はそこそこの進学校でしたから、生徒は中学校の成績はよかった子供たちだったのですが、英語の音があふれている生徒は皆無でし
た。私自身は英語を学び始めた中学のときから英語の音に対する興味が強く、独力で発音を身に付けてきた「音読大好き人間」なので、何とか生徒たちに発音の
勉強をさせたかったのですが、20台の頃の私には、普通の授業をかなぐり捨ててまで、音作りの英語授業をする技能も勇気もありませんでした。ただ、自分は
授業できるだけ正しい発音をするように心掛けていました。
根石さんがおっしゃる「発音は風邪じゃないからウツラナイ」というのはまさにその通りで、授業中にどんなに私が英語の音を出そうが(口を縦に横に広げよう
が、舌先を前歯の間から出そうが)ほとんどの生徒には何の効果もありませんでした。英語の音が体に入っていない生徒にとっては、教員や録音の英語の音は、
その生徒が日本語の音で頭にしまっている英単語を呼び出す合図に過ぎず、fastを聞いても、ファースト、firstを聞いても、ファーストと発音するこ
としかできなくなっているのでした。
次の学校では非常に英語に苦労している生徒たちに多く出会いました。当てられて黒板に英文を書いているときに、一人称の I
を文中で小文字にしているのを人から笑われ、「どうしてさ、文の最初じゃないから、小文字でしょう。ねえ、先生?」と言った生徒や、高校卒業直前になって
もoneからtenまでのつづりを全部は書けないという生徒もいました。多くの生徒は英語など自分にはできないものだというあきらめの気持ちを持っており
ました。
この学校でも私は英語の音作りには腰が引けていました。英語不振者に対する対処療法的な授業や取り組みは、ある程度やりましたが、しょせんその場限りのも
のにすぎないものでした。その後、現在の学校に移ったのですが、そこで最初に受け持ったのは中学2年生でした。彼らは中学1年生のときに音作りをしないま
ま、すでに中学2年の教科書を終えており、私は先輩教員とコンビでその学年を教え始め、結局、発音の徹底的な指導はできないまま、詰め込み+ハイスピード
で高校卒業までその学年の生徒たちを教えました。そして大きな悔いが残りました。
最初にかけちがえたボタンを止め直す勇気も知恵もなかったダメ英語教員だった私は、高校3年生を卒業させた後の4月から中学1年生の担当になりました。
教員生活二十年にして初めてまったくの初心者を教える機会を得たのです。このとき私は決心しました。「今までのやり方でやっても今まで以上の成果を得られ
るはずはない。これからは人がどう言おうが自分が正しいと思う方法でやっていこう。正しい音を教えて、たくさんの英語を聞かせ、大量の音読をさせる。自分
が持っているものを生徒に力一杯ぶつけていこう。6年間あるのだから、あせらずに、すべきことから着実にやっていくことだ。英語は面白い、声を出すのが楽
しい、英語の発音がもっと上手になりたいと言う生徒をたくさん作ろう」
フォニックスには以前から興味があり、数年前に東京にある「松香フォニッス研究所」というところの研修会に参加したりして、かなりの知識も得ていましたの
で、まずフォニックスを教えて、英単語を正しい音で読めるようにすることから始めようと思いました。(その2に続く)
73. 音作りへの道(2) 投稿者:Eliot 投稿日: 6月28日(木)00時21分36秒
「松香フォニッス」ではなくて「松香フォニックス」です。「40台」でも「20台」でもなく「代」です。失礼しました。m(__)m
必死でフォニッスのプリントを作りました。最初は何にもわからない生徒たちですから、ck ch sh th
などが出てくると、混乱もしましたが、だんだん単語が自力で読めるようになり、やる気が出たようです。「町で見る看板のwineを今まではウィネと思って
いたが、ある日それが正しく読めたのがうれしかった」と言う子もいました。何よりも、今まで出したことがない音を色々と自分の口から出すのが新鮮な感動
だったようで、「英語の音を出して練習していると自分が外国人になったようでおもしろい」というような感想を何人からも聞きました。
この頃に sun sum sung とか lack luck / first fast
などの音の練習を通じて、英語をカタカナで書くことは不可能だということをしつこく意識させました。カタカナを書くことは君の英語を殺すことだと言い聞か
せました。効果は十分あり、私が今までに生徒がカタカナを書いているのを見たのは、中1の最初の頃に見た二人だけです。(その3に続く)
74. 音作りへの道(3) 投稿者:Eliot 投稿日: 6月28日(木)21時56分43秒
フォニックスの詳しいことはここでは書けませんので、興味のある方は、松香フォニックス研究所から出ている教材を見てください。私は、フォニックスの学習
は英語を学び始める日本の中学生にとって非常に効果のあるものだと信じています。文字の読み方と正しい音を同時に身に付けることができ、発音記号もカタカ
ナも使わずに英語の音を練習することができるからです。
いわゆる発音記号というものを勉強せねば、英語ができるようにならないとは私は思いませんが、日本の英和辞典にあの記号が使ってある以上、知らなければ不
便だとは思います。しかし、中学1年生で発音記号を導入することには強く反対します。初心者が知らなければならないのは、ouを見てオゥと言えることでは
なく、アゥと言えることです。発音記号では[ai]はアィ、しかし、英語の単語のaid sail painを正しく読むためには、aiを見てエィと反射
的に言えることが必要なのです。英語のつづりのルールと発音記号を同時に学ぶと多くの生徒は混乱します。まずは、英語のづりのルールをしっかりと正しい音
と一緒に身に付けることに集中すべきだと考えます。
私の生徒たちはつい最近まで発音記号はほとんど知りませんでしたが、それでも英語の音で英語を読めるようになっています。フォニックスの学習が終わった
後、教科書の英語を勉強していく際には、新出単語の発音はフォニックスの知識を活かして読めるように、プリントを作って練習させました。例えば、
favorite /FAY-ver-rit/
gymnasium /gym-NAY-zee-uhm/
cucumber /KEW-cum-ber/
のように書いたプリントを配るわけです。「逆さのe」すなわちあいまい母音だけは発音記号を使うのが便利だと思いましたが、ワープロでは打てないので、
uhのつづりを代わりに使いました。生徒はこのプリントを見ながら発音練習をして、単語の発音を覚えます。実際は、プリントでは多くの単語には特に発音表
記をする必要がありません。つづりからそのまま読めるからです。例えば、circle court hurt bounce
などは、習ったフォニックスのルールで難なく読めます。
フォニックスのルールはたくさんあり、あまり細かいことまで覚えさせようとすると、かえって英語に嫌気がさすかもしれません。ですから、三ヶ月弱の間に練
習し、覚えることができるだろうと思ったことだけをさせました。三ヶ月弱でも、英語の時間は週に6時間もありますので、かなりの時間を使ったことになりま
す。
中1の6月の下旬から教科書をやり始めました。何としても、音作りを中心に据えた授業をやろうと、私は作戦を立てました。(その4に続く)
75. 音作りへの道(4) 投稿者:Eliot 投稿日: 6月29日(金)01時27分48秒
その作戦とは次のことでした。
(1)できるだけ何度も英語(教科書の録音)を聞かせる
(2)和訳をして授業時間をむだにしたりせず、生徒に和訳を当てもしない
(3)文法の説明は最小限しかしない
(4)音読の時間を最大限にとる
(5)発音は細かいところまで説明し、練習させる
(6)教科書ガイドを全員に購入させる
(7)教科書の録音CDかカセットテープを全員に購入させる
(8)教科書の課文を暗記させる
(9)必ず読めるようにしてから書かせる
(10)教科書の各課の最後についているコミュニケーションごっこは無視する
(11) 身の回りの語彙を絵辞典で覚えさせる
(12) NHKのラジオ講座、基礎英語1を聞かせない
(1)教科書の指導用録音教材に教科書の対話や読み物を自然な速さで録音したものがあり、中1の教科書の内容を最初から最後まで通して聞いても15分にし
かなりませんでしたので、毎時間全部聞かせました。つまり、生徒たちは、週に4回、中学1年生用の教科書の全レッスンを耳にしていたわけです。(英語の授
業はフォニックスを週6時間だったのが、フォニックスが終わってからのち、週に4時間私の授業を、あと2時間を別の先生の授業を受けることになっていまし
た。別の先生の授業は、文法テキスト・問題集をやっていくというもので、こちらの授業で、私の授業と違って、目一杯文法の説明を受けて、問題をやるという
内容でした。このテキストを使っての授業はうちの学校の中学生は毎年受けているもの、いわば伝統であり、この授業まで蹴散らすということはできませんでし
た。相方の先生が「したい」と言っているのを止めることは無理と判断したからです。しかし、私は、後日、この授業で習ったはずの文法知識はたいして生徒の
力になっていないということを思い知らされることになりましたが。)
生徒は静かによく聞いていました。テレビのコマーシャルと同じで、これれもかこれでもかというように繰り返し聞かせましたところ、自然と相当脳に刺激が
行ったようで、新しい課に入って音読練習を始めるときには、もうモデル録音の声の調子まで頭に浮かんでくるようになっている者が多く、音読練習では、彼ら
は自分の音読を頭の中で聞こえるモデル音読に近づけるよう努力すればよかったわけです。(その5へ続く)
76. 音作りへの道(5) 投稿者:Eliot 投稿日: 6月29日(金)22時10分57秒
(3)和訳をしない、させない
和訳に時間をとられることなく、音読の時間を確保したかった私は、文法訳読授業は金輪際やるまいと思っていました。でもそれは、英文の意味を理解すること
が不要だとか、英語は英語で理解せよ、などという主張ではなく、授業中に生徒に当てて和訳をさせ、教員がそれをあーだこーだといいながら繰り返して、生徒
たちはその和訳をノートに書くという作業を省きたかったということです。
英語の学習作業としての英文和訳の無意味さについては、「「超」勉強法「超」批判」という本(アルベルト湯川 データハウス)の中に次のように書いてあり
ます。
英文和訳の作業はそれをやらされている生徒にとっては、一切英語の勉強になっていないことを、ここで強調したい。これは極論ではない。
英文和訳はそれをやらせる教師の側が生徒が理解しているか否かを知るためだけのものであって、生徒のためには金輪際何も役に立っていないのである。
その理理由を正確に述べよう。日本人にとって英文和訳と和文英訳とは対称な関係にない。和文英訳のなら日本人は和文の意味が分かっているのだから、その
意味を英語の文章構造で表現するための和文英訳は、まさに英語学習の中心的訓練の一つとなる。
これに対し、英文和訳の作業は、例え生徒が英文中の全ての単語の意味を知っていても、その英文の意味を理解できていないとき、日本語を訳せと言われても
当然訳しようがないのである。そういった場合、日本人の生徒のほぼ全員が英単語に対応する日本語の単語をつなぎ合わせて何やら意味の通りそうな文章を必死
に書いてみようとするが、これでは日本語の訓練であって、まったく英語の訓練にはなっていない。では生徒が英語を理解している場合にはどうであろうか。こ
の場合には理解しているのだから、日本語に訳す必要は全くない。つまり生徒が理解していない場合、理解している場合いずれも日本語に訳そうとすること自体
が英語の学習にこれっぽっちも役立たないのである。
今日、学校の英語の授業で一時間中、英文和訳をしたとすると、教師にとっては、どの生徒が現在どのくらいの英語のレベルであるかを知る作業は行なわれた
が、授業に参加した生徒の英語力は一時間の間、ただの一歩も進歩しないまま足踏みをし、彼らは全く無駄に時間を過ごしたことになる。これが今日の日本にお
ける英語教育の現状である。
日本語に訳した上でないと理解できないような癖がついてしまったら、その生徒は終生その外国語を喋れるようにならなくなってしまうことに、重大な警告を
発したい。日本における語学教育はこのような現状だから、中学三年、高校三年、合計六年、そして人によっては大学二年、つまり合計八年の永きに渡り営々と
英語の授業に参加した日本人の生徒は、遂に、「正確に」はおろか、全く喋ることができるようにならない、という、世界に稀に見る惨憺たる結果になるのであ
る。
「英文の意味は自分で考えよ。わからなければ教科書ガイドを読め。※英文復活練習用の和訳プリントを読め。それでもわからなければ質問に来い」で、中3の
今に至るまでやってきました。
※英文復活練習用プリント・・・(8)教科書の課文を暗記させる、の項で説明します。
78. 和文英訳を中学、高校で中心に据えることについて。 投稿者:浜谷 投稿日: 6月30日(土)00時16分32秒
根石さん、そしてこの掲示板のビュウアーの皆様
始めて貴掲示板に書き込みさせて頂きたいと思います。
私は今連載されているEliot様の卓越した英語教育に対する識見とそれを実行に移していらっしゃる実行力に敬意を表させて頂きたいと思います。それは野
にあって同様の識見と実行力のある根石さんと同軸にあり貴重な存在であると思います。その上で、失礼を重々承知しつつも、Eliot氏に質問させて頂きた
い点がありますので、まだ連載の途中ですが以下に書き込ませて頂きたいと思います。その内容について根石さんやその他のビュウアーの方々のご意見も拝聴さ
せて頂ければありがたいです。
Eliot様
貴方様のただ今連載中の英語教育への並々ならぬ熱意、識見、実行力には賛辞を惜しまないものであることを先ずお伝えしたいと思います。その上である点につ
いて私の意見を述べさせて頂きたいと思います。
>和文英訳のなら日本人は和文の意味が分かっているのだから、その意味を英語の文章構造で表現するための和文英訳は、まさに英語学習の中心的訓練の一つと
なる。
この点です。現在先生はどのようにして和文英訳を教えられているのでしょうか?私は中学、高校時代英語が得意だったのですが、これだけは苦手でした。今考
えてみると思いあたることがあります。それはインプットが不足している(中学や高校での満足な量のインプットは不可能だと思います)状態ではどうしても英
語が英語のまま出てくることはまれで、大体は日本語で考えたものを英語に翻訳する作業になると思います。
>日本語に訳した上でないと理解できないような癖がついてしまったら、その生徒は終生その外国語を喋れるようにならなくなってしまうことに、重大な警告を
発したい
とも言っておられますことに鑑みますと、「和文英訳は、まさに英語学習の中心的訓練の一つとなる。」と言っておられるのは中学や高校での和文英訳を中心的
訓練の一つにすることが(日本語で考えたものを)英語に訳すことを容認することになるのでやはり「その生徒は終生その外国語を喋れるようにならなくなって
しまうこと」にならないでしょうか? ちょっと分り難い文章になったように思います。すみません。要するに中学、高校での和文英訳はなるべくなら避けるべ
きだと思うのです。それよりも英文の読み込みにさらに重点を置く、つまり「インプット」に重点を置くべきだと考えますがどうでしょうか。
80. 和文英訳 投稿者:Eliot 投稿日: 6月30日(土)02時43分08秒
浜谷様
拙文をお読みいただき、ありがとうございます。今まで人に聞いてもらいたいと思いながら、機会がなかったのですが、根石さんが掲示板を作られましたので、
まさに「大風呂敷」を広げさせていただいています。
「英文和訳の作業はそれをやらされている生徒に...」から「...世界に稀に見る惨憺たる結果になるのである」までは、私の文章ではなく、アルベルト湯
川氏の本からの抜粋です。私は中高の英語学習での和文英訳練習を否定するものではありませんが、湯川氏のように「和文英訳は、まさに英語学習の中心的訓練
のひとつになる」とまでは思っておりません。理由は浜谷さんがおっしゃっている通り、和文英訳は日本語からの直訳を招き、不自然な英語を誘発することがし
ばしばあるからです。
英語を書くということは「アイデア⇒英語」であるべきであり、「日本語⇒英語」の直訳では奇妙な英語が生まれます。私の生徒たちの最近の誤文の例をあげる
と、「今日は疲れた」⇒Today was tired.とか「もう雨は降らないでほしい」⇒I want not to rain
more.「昨日のぼくの小テストはよくできなかった」⇒Yesterday's my small test couldn't do
well.などです。正しくは、I was tired today. I don't want it to rain any more./I
don't
want any more rain./I hope it won't rain any more. I didn't do well on
yesterday's quiz.などでしょう。
私は生徒に大量の和文英訳練習をさせますが、それはインプット作業を通して覚えた文法項目や表現をほんの少し違う文の中で使わせる練習や、時制を正しく
使ったり、名詞の単数・複数や可算名詞か不可算名詞か、特定か不特定か(=aかtheか無冠詞か)を判断して正しい英語を書くための練習問題ですから、妙
な直訳が生じる危険性は少ないと思います。問題の日本語文のほとんどすべてが、私が生徒の知っていること、練習してしてほしいことに基づいて自作したもの
ですので、無理な英訳を強いるものではありません。例えば、生徒が教科書の課文の中で What do you like best about
England?を覚えたら、「君は東京のどこが一番気に入っていますか」「君がぼくの詩のどこが一番気に入ったか教えてください」「彼女は中国旅行のど
ういうところが一番気に入りましたか」などの文を作って与え、英語で書かせるわけです。その際には、poemとかtrip to
〜とかいう英語も既習のものの中から適宜組み込むようにしますが、生徒は、tripをthe tripかher
tripにせねばならないということを考えて英文を書かねばなりません。
インプットに重点を置くべきだというお考えに賛成です。しかし、中学範囲の文法や語彙を学習するまでは、絶対的に英語の知識が不足するため、適当な読書材
料が得にくく、多読も多聴もままなりません。私の生徒たちは現在高校用英語Iの教科書を数課進んだところです。やっと色々な読み物が利用できるようになっ
てきました。和訳せずに読み進むことができるものとして、Penguin BooksやOxfordなどのgraded
readerや、各社の中学校三年生用の英語教科書の中の読み物などをどんどん読ませようと計画しているところです。まずは今度の夏休みの課題としていく
つかやらせます。
83. pike のイメージ 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月30日(土)03時14分23秒
妻がひげおやじさんを相手にシナリオの『ボディ・ガード』を使ってレッスンしているが、テキストに piker
という単語が出てきたそうだ。妻が『アンカー』という学習用の辞書で調べたが、pike
という項目に「矛(ほこ)」「カワカマス」「有料道路料金徴収所」というのがみつかったが、piker は見つからなかったそうだ。
パソコンに入れてある「光の辞典」(講談社パックス英和辞典)で調べたら、
pi´ker【pa´ikэγ】 [名]〈話〉用心深くけちな賭博師.
と出た。にらんでいるうちに、イメージの古層は「とがったもの」だろうと思った。だから、「矛」が古層にあるイメージによく重なる具体的イメージだろ
う。そして、きっと「カワカマス」は口の長くとがった魚だ。
この魚は、穴やものかげに隠れていて、目の前を通る小魚をとがった口を突きだして食う習性があるのではないだろうか。このイメージは、「有料道路料金徴
収所」のイメージから逆算したものだ。イメージの(歴史的な)生成順序としては、当然「有料道路料金徴収所」が一番最後に来るだろうが、辞書はただ訳語を
羅列するので、イメージを逆算することが語学では成立する。
魚の形状として口が「とがっている」が古いイメージだが、その魚の動作、つまり、泳いでいる魚を「横からとる」動作が、流れている車を止めて、「横から
(金を)とる」「有料道路料金徴収所」のイメージと重なったのではないか。
piker
が「用心深くけちな賭博師」となるのは、おそらく「カワカマス」が自分は身を隠してじっとしているくせに、ちょいちょい長い口を突きだして小さな利益(小
魚)をとる動作から来ているのではないか。
つまり、一見相互に繋がりがないように見える「矛(ほこ)」「カワカマス」「有料道路料金徴収所」は、「とがったもの」というイメージが、「カワカマ
ス」の「習性」のイメージに変質した時期があるのだろうと見れば、イメージの変容過程として脈絡がつく。
すべては推察にすぎない。何の証拠もない。
私は「カワカマス」という魚を見たことがないし・・・。
しかし、pike と piker
に付されたいくつかの日本語の単語をにらんでいると、「カワカマス」がどんな形の魚なのか、どんな習性を持つのかが想像できる。間違ってしまうかもしれな
いおそれはいつもあるが、この想像や推察自体は楽しい。
イギリス(あるいはアメリカ?)にいる「カワカマス」がどんな魚かご存知の方がおれらたら、私の想像がどの程度あたっているかお教え下さい。
この種の想像や推察は、私が小学館文庫で書いた主張、「いちいちの日本語の訳語を覚えるな、核となるイメージをつかめ」に照応します。「核となるイメー
ジ」を持っていればさまざまに応用がききます。いちいちの訳語を覚えようとする人は、いちいち英語を日本語に置き換える癖がつきます。ここのところは、実
は大事な大事なポイントなのです。たまたま妻が piker のことを言い出したので、今日は「カワカマス」さんに登場していただき、「核とな
るイメージ」とは実際にどんなものかを書きました。
85. O(札幌)さんから 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月30日(土)04時08分14秒
塾の先生から、「電話でレッスン」の申し込みがありました。
申し込みのメールに書かれていたことに、語学論めいたお返事を書きましたので、許可をいただいて、相互のやり
とりを転載いたします。
----------------------------------------------------
O(札幌)様から
----------------------------------------------------
素読舎 根石吉久様 2001年6月24日(日)
「電話でレッスン」をぜひ受けたいと思います。その申し込みのメールを送ります。
私は札幌市に住むOと申します。一年ほど前から、根石様のホームページを興味深く拝見しております。私は、まさに、「使えない英語」しか持ち合わせてお
りません。以前は、それでどうということもなく、英語を習得しようという意志もありませんでした。しかし、最近になって英語をものにしたいという欲求が生
まれました。
その最初のきっかけは、根石様のHPです。根石様の方法論で、自分の英語がどれだけ鍛えられるのかを試したいと思いました。また、日本にいながら英語を
習得することは困難であるけれども、そこから「日本の英語」が生まれてくる、という考えに共感を覚えました。ヨーロッパ文化圏にすむ人間の優位性に腹立た
しさを感じ、なぜ英語を使わなくてはならないのか、と思っていたわたしのわだかまった気持ちに一つのけりをつけてくれました。
また二つめは、仕事で、英語を習得しなければならなくなったということがあります。私は塾の講師をしております。その塾で、個別指導として中学一年の生
徒に英語を教えることになりました。定期テストでは、問題がないものの、こんないい加減な英語を教えるのは苦痛です。また、この二人の生徒に対しては、教
える方法については自由であり、それならば、定期テスト対策のような不毛なものはやりたくないと考えました。
学校文法は受験の時にやりましたので、一通りは「頭」で理解しています。
単語量は中学生レベルだと思います。
聞く読むは、ほぼ初心者です。
時間は土曜日の午後11:40−0:10を希望します。
86. O(札幌)さんへ(1) 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月30日(土)04時13分05秒
ホームページをお読みいただき、ありがとうございます。
また「電話でレッスン」のお申し込みをありがとうございました。
ご希望の土曜日は問題ないのですが、時間帯を、10時50分〜11時20分に早めていただくことができますでしょうか。駄目なら、ご希望通り、11時
40分〜0時10分でやらせてただきますが・・・。
開始は7月からでよろしいでしょうか。
ご返事をお待ちします。
また、しばらくは私がお相手しますが、途中から、現在の私の生徒さんの中で、上級に属する方にレッスンをお願いすることが生じるかもしれません。その時
は、またメールなどでよく相談させていただくということで開始させて
いただきたくお願いいたします。
「日本にいながら英語を習得することは困難であるけれども、そこから『日本の英語』が生まれてくる」というのは、まさにその通りで、『日本の英語』とい
うのは、「英語の磁場」を欠いた場所「でこそ」育つ性質のものになるはずです。だから、初級、中級のあいだは、ごつごつした感じがすごくするものです。
逆流をさかのぼる語学が「日本の英語」の基本の性質で、これはヨーロッパ系言語で育った人が獲得する英語よりも何十倍も苦労の量が違います。決して2倍
や3倍の苦労ではないのです。同じ「泳ぐ」という行為でも、例えば、ドイツ語で育った人が英語をやるのは、流れと共に泳ぐとか、同じ場所にとどまるために
鰭を動かし続ける程度の泳ぎであるのに、対して、日本人がやる英語は必ず流れに逆らって、上流に向かって泳ぎ続けるような激しい行為になります。
語学として同列に論じることのできないようなものが、日本の英語です。日本語と英語の「関係」がもたらす特殊性というものは、絶対にあると私は考えてい
ます。
O>
ヨーロッパ文化圏にすむ人間の優位性に腹立たしさを感じ、なぜ英語を使わなくてはならないのか、と思っていたわたしのわだかまった気持ちに一つのけりをつ
けてくれました。
私が英語をやってわかったことは、「英語でしか言えないことがある」ということであり、つまりこれは「日本語でしか言えないことがある」ということをも
意味します。
「ヨーロッパ文化圏に住む人間の優位性」というのを私は宙づりにしてあります。英語をやる人には、これに対して無自覚に「なびく」人が多いのですが、私
は宙づりにして疑っています。迷信だろうと疑っているのです。
ヨーロッパ文化の優位性が確実にある分野は多々あります。それはその通りです。しかし単に「優位である」とだけ言ってしまえば、それは本質規定になって
しまいます。こういう愚劣な本質規定を、ヨーロッパ人もアジア人もやります。とりわけ、日本人がやります。口で言わないだけで、日本人にはたくさんいま
す。いくら英語をやっても、私はそれだけはやりたくありません。
欧米の文化は大事です。それを認め、それとつきあっていくということは大事です。しかし、それ以前に「へつらう」とか「なびく」という日本人の心の性質
が私は嫌いです。英語をやる人に多いタイプですが、特徴的なのは、この人たちは日本語を大事にしないということです。
私は自分の日本語を鍛えるために英語をやっているといってもいいような一面を持っています。英語を鍛えるのなら、それと同じように日本語も鍛えていきた
いと願っています。
Oさんがおっしゃっている「優位性」は「優位な立場に立ってるくせに」ということであればよくわかります。しかし、それならば、いまや日本もそう言われ
てしまう国です。
87. O(札幌)さんへ(2) 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月30日(土)04時15分18秒
O>
また二つめは、仕事で、英語を習得しなければならなくなったということがあります。私は塾の講師をしております。その塾で、個別指導として中学一年の生徒
に英語を教えることになりました。(略)定期テスト対策のような不毛なものはやりたくないと考えました。
中学一年生の一年間は、本当は非常に大事な一年です。
私の掲示板「大風呂敷」で、「音読」を奨めています。
是非、音読をやっていただきたいと思いました。
そのためには、「先生」がまともな「音」を持つことは肝要であり、前提にもなりますから、「電話でレッスン」を受けていただくことは大いに意味のあるこ
とです。
個別指導というのは何人を相手にされるのでしょうか。5,6人までの教室でしたら、ただちに「音読」が導入できます。
音読には極端な即効性はありませんが、しばらく時間がたてば、知識を知識としてとどめてしまうような「授業」とは比べものにならないほど、いわゆる「中
間・期末」のテストにも強くなります。基礎の基礎がしっかりするためです。
私の仕事も、「使える英語の基礎を作る」ことと「テストで点をとれるようにする」ということに引き裂かれている仕事です。この両立は実は人々の迷信を切
り裂いて、前に進むような仕事になります。
塾の乱立の中で生き延びてこれたのは、「両立」させた実例を作ってきたからです。
単に受験制度やテスト体制の中で「点をとらせるためだけの塾」ははっきり申し上げますが、実害があります。使える英語を作るために実害があるのです。
塾の仕事としての本筋は、「両立させる」ところにあると思います。
結構つらい仕事です。
メールの内容を読ませていただいて、映画のシナリオを使った「電話でレッスン」より、中学の教科書を使う方がいいのではないかと思いました。生徒に読ま
せる教科書の文で「音づくり」していただき、ただちに生徒さんの音として反映させていただく方がいいと思いました。
この点に関してもお返事をお待ちします。
レッスン開始以後も、質疑応答は「掲示板・大風呂敷」で行えます。
個人情報は伏せていただいて結構ですので、どうぞご利用下さい。
英語の扱い方に関しては公開の場でやっていきたいと考えています。
いただいたメールも、O(札幌市)さんからいただいたメールとして掲示板の方に掲載させていただきたいのですが、ご許可いただきたくお願い申し上げま
す。
私の方法をただちに試せる場所は、多くの小型の塾、小型の英語教室だと考えています。そういう仕事をしておられる方々にお読みいただきたいと考えている
ためです。どうぞご許可いただきたくお願いいたします。
88. O(札幌)さんから 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月30日(土)04時21分40秒
根石吉久様
丁寧なご返事どうもありがとうございます。メールになれていないせいか、ホームページや「どんでん返し」の作者の方とこのように身近に通信ができること
をうれしく、また、不思議に感じています。
開始日の件ですが、7月の第一週目は私用により家を空けてしまいます。こちらから、土曜日を希望したのに申し訳ありません。7月の第一週は、1日(日)
から6日(金)の午後11時以降に振り替えていただけないでしょう
か。
第二週以降は、土曜日で大丈夫です。時間は、午後10:50からでかまいません。
>また、しばらくは私がお相手しますが、途中から、現在の私の生徒さんの中で、上級に属する方にレッスンをお願いすることが生じるかもしれません。その時
は、またメールなどでよく相談させていただくということで開始させていただきたくお願いいたします。
了解しました。
「ヨーロッパ文化圏にすむ人間の優位性」というのは、文化が優位であるという意味ではなく、「英語」が世界共通語になっていることに対していったもので
す。世界共通語を習得する上で有利であるという意味です。この事実は動かしがたく、どんな代替案も有効ではないということへのいらだちです。しかし、この
現実を受け入れ、そこから、自分の日本語を見つめ直すことに利用できるなら、そして、日本人の使いやすい英語を作っていくことができるなら、学習するかい
があるというものです。
札幌に「自由学校ユウ」という、市民講座を開く団体があります。そこではさまざまな語学講座が開かれていて、当然英会話の講座も開かれています。でも、
普通の英会話学校とは違って、講師は欧米以外の人々なのです。つまり、英語はすでに、「英語圏」の人々だけのものではなく、さまざまな英語があるのだとい
うことをアピールしているのです。おもしろい企画だと思いました。
個別指導の生徒は2名です。現在のところ、本文・単語の暗記を行っています。声に出して読み、書いて覚えることです。
自らの学習としては、毎日、30分ほど、本文の録音テープを聴き、くり返しまねて、暗記してしまうことをやっています。一年生の教科書がようやく終わ
り、最近二年生の教科書に入りました。
教科書は、ワンワールド(教育出版)を使用しております。
>メールの内容を読ませていただいて、映画のシナリオを使った「電話でレッスン」より、中学の教科書を使う方がいいのではないかと思いました。生徒に読ま
せる教科書の文で「音づくり」していただき、ただちに生徒さんの音として反映させていただく方がいいと思いました。この点に関してもお返事をお待ちしま
す。
英語のシナリオを素読するというのは、すごく興味をそそられてるのですが、やはり、趣味より即効的な実益です。中学の教科書でお願いします。
私のメールは転載していただいてもかまいません。差し障りのあるときは、その旨を書きます。
今後ともよろしくお願いします。
追伸 私の勤めている塾のホームページアドレスです。機会がありましたら、ご覧下さい。
http://www.aunet.ne.jp/~eues/
89. O(札幌)さんへ 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月30日(土)04時22分37秒
ご返事遅れまして申し訳ありません。
6日(金)への振り替えの件ですが、現在、金曜日は午前0時まで埋まってしまっています。時間がとれず、私のホームページの欠員情報を書き換えてありま
せん。申し訳ありません。
少し慣れてきた頃に、土曜日10時50分から1時間やるというようにストックしておくことではいかがでしょうか。
O> 自らの学習としては、毎日、30分ほど、本文の録音
テープを聴き、くり返しまねて、暗記してしまうことをやっ
ています。一年生の教科書がようやく終わり、最近二年生の
教科書に入りました。
生徒さんは、中学一年生が二人でしょうか。私とのレッスンですが、1年生用の教科書からやった方がいいでしょうか。二年の教科書からがいいでしょうか。
来年教科書が変わるということらしいですが、二年の教科書をやられてもその文を来年の二年生は使わないということになりそうです。
私の方で教科書を用意しておく必要がありますので、お知らせ下さい。
また本は注文してもなかなか届かない(東版・日版というずうたいだけでかく役立たずな流通のせいです)ので、始めるところから最初の20ページ程度をコ
ピーして送っておいていただくと助かります。
ひとまず中学の教科書で始められるとして、やってみて、これはシナリオを使っても大丈夫な人だと判明した場合(つまり、ダイレクトに教科書を扱わなくて
も、教科書の読みの質は確保できると判明した場合)、シナリオに切り替えることがあります。映画の音は、語学用に整えられていないので(煙草の煙にむせな
がら発音していたりする、など)、かえってあるレベル以上の方には、語学用として適しています。
シナリオへの切り替え案を用意しておくのは、日本人は謙遜が激しく、実はけっこう力があるのに、自分をまるで初心者みたいに言う人がままおられるためで
す。
いずれにせよ、実際にレッスンを始めてから決めさせていただきます。
ご連絡をお待ちしています。
掲示板への転載をご許可いただきありがとうございます。
現在、非常に興味深いことを Eliot さんが書かれています。
どうぞお読みいただきたく、こちらもお願いいたします。
91. 和文英訳について 投稿者:浜谷 投稿日: 6月30日(土)06時09分12秒
Eliot様
早速レスありがとうございます。それにしても午前2時半に書いてらっしゃるというのは!根石さんもそうですがどうかご自愛ください。すごくまともな英語教
育者であるお二人には誰よりも長生きして欲しい、そして一人でも多くのまともな英語を使える人を創造していって欲しいと思うからです。
さて、どんな返事を頂けるかな、と期待と不安の入り混じった思いで起きがけに掲示板をのぞきましたら、期待していたとおりのレスが頂けてほっとしていま
す。アルベルト・湯川氏の英文和訳についての考え方は的を得ているので、おかしいなと思いました。その本を読んでみたいと思っています。先生の和文英訳の
指導のしかたは実に的を得たものだと感心しました。実は私はある会社を準定年で退職した後英会話の先生になりたくて米国の大学の入学予備科に行ったことが
ありますが、スピーチをしなければならないことがあって原稿を書くとき英作文がどうしても和文英訳になってしまうので困ったことがあります。自分の考えを
フルに伝える為には欠かせない作業だからでした。入学予備科では入学したあと受講するに必要な能力をつけるための学科で、TOEFL得点の上位の者は本科
の科目を2コ受講できるのですが、その1コでの出来事だったのです。旧得点で520の段階でしたがその段階では現場での英作文に翻訳作業が入るのは仕方が
ないんだろうと一人で慰めていましたが・・・。ですから、先生の教え方には諸手をあげて賛成です。ぜひその教え方が中学、高校での英作文の主流になって欲
しいと思いました。
94. 大学入試の和文英訳問題 投稿者:Eliot 投稿日: 6月30日(土)21時01分48秒
私が困ったものだと思っているのは大学入試の和文英訳問題です。まるで日英翻訳家の検定試験か何かと勘違いしているのではないかというむずかしい問題があ
まりに多すぎます。日本人の高校生はあのような水準の翻訳ができるような英語力はないのが普通ですから、まともな英訳を作れる受験生はほとんどいないはず
なのに、受験者を選別するためにやたらに難しいテストをしているのです。高校で教えている英語教員でさえ困るような和文英訳問題を出すから、ろくに英文の
ストックがない高校生が入試対策としてあーでもないこーでもないと、奇妙な直訳英語を書くことに時間を費やすはめになります。
私は大学入試の和文英訳問題を見ると無性に腹が立ちます。自分で言うのも何ですが、私は自分の言いたいことはたいてい英語で書くことができます。しかし、
先に日本語を作ってそれを翻訳するのではありません。最初から英語で書きます。その私が(威張ってすみません。これでも一応、英検一級合格、TOEIC
975点ではあります)、大学入試の和文英訳問題を英訳しようとすると相当ストレスを感じます。翻訳家としての訓練を受けていない私には荷が勝ち過ぎるか
らです。そんなものを高校生に教えるなんてだれができるのかなあと思ってしまいます。
95. 難解な入試の和文英訳問題は日本人の英語を駄目にする元凶だ! 投稿者:浜谷 投稿日: 6月30日(土)21時43分38秒
Eliot様
本当にそうですよね。生徒にやる気をなくさせている元凶といってもいいのではないでしょうか?
充分な語彙と英文のストックのないところからどうやって正しい語彙と英文をひっぱりだせというのでしょうね?
英検一級、TOEIC975の先生が仰るのですから説得力があります。後に英会話の学習に取り組むとき受験勉強で苦しめられた記憶が
traumaになってつい日本語で考えて英訳するという習慣から抜け出せなくなってしまうのだと思います。日本中のこころある英語教育者の方々の奮起を今
こそ期待しいと思います。どうしたらその正論が為政者に受け入れられるのかをみんなで考え、少なくともインターネットを通して声を大にして呼びかけましょ
う! 根石さん始め掲示板ビュウアーのみなさんどう思われますか?
96. 大学入試 投稿者:根石吉久 投稿日: 6月30日(土)23時55分50秒
浜谷様
Eliot 様
難解な入試の和文英訳問題は、大学の先生たちのマスターベーションです。
pedant の方々にはキモチイイらしい。馬鹿みたいだ。
大学の入試に、「音読」ってのがあるべきだと思っています。
「音読」させれば、すぐに受験生の力はわかります。どこからどこまでが意味の固まりか、その場でただちにわからないと「音読」はできませんから、文の意
味がとれているかどうかはただちにわかります。
アーティキュレーションのレベル、イントネーションのレベルもわかります。
つまり、音として通じる英語を持っているかどうかもわかります。
これはコンピュータに採点させるような方式と比べれば、はるかに手間のかかる入試になりますが、確実に質のいい学生が集まるはずです。弱点は、客観性に
欠ける点でしょう。
しかし、まったく無視されていいような入試の方法だとも思えないのです。
98. 音と意味の同致 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 1日(日)00時54分10秒
ST 様
今日はオペレーター経由でなく、直通で電話をいただきました。
貧乏性ですので、私の方が電話代が心配になり、レッスンの時にいつもより、あせってテストの文を探したりしておりました。
お暇な時で結構ですから、オーストラリア便りをこの掲示板にお願いします。
語学の英語と生活言語としての英語について、お電話で少しお話しましたが、語学という机上の世界が、生活言語とどうからむのか、英語の磁場のただ中から
報告いただけたならうれしく思います。
町に出かけられるときなど、その前に1時間ほど「回転読み」をなさって出かけられると、語法、単語に磁場の磁力が充電されるのを実感されるかもしれませ
んので、是非試してみていただきたく思いました。
議論で相手をうちまかすなんて言われると、どうも落ち着かなくなります。相手が変なことを言っていて、どうにも納得できないときだけ、私はこれをやりま
す。めったにやりません。いわゆる、語学のためのディベートというのはやったことがありませんし、今後もやる気がありません。
皆様へ
ST
さんは、高校の英語の先生で、英語の音は私よりずっといい方です。音の動きとイメージ(的意味)の動きを同致させるために私のレッスンを受けておられま
す。
これに関しては、私の方法の原則の一つ、「復習範囲を手放さない」というものが、徐々に働きだすと考えています。
英語の磁場を欠く場所に住んでいる私としても、この原則のおかげで、「音」と「意味」が離ればなれになる動きに抗することができているわけです。
101. 身体化による基礎づくり 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 1日(日)01時26分08秒
浜谷さん
浜谷>要するに中学、高校での和文英訳はなるべくなら避けるべきだと思うのです。それよりも英文の読み込みにさらに重点を置く、つまり「インプット」に重
点を置くべきだと考えますがどうでしょうか。
全面的に賛成です。
ここでまた私の定式を書かせていただきます。
「音づくり(音読)によるインプット=基礎づくり」です。
これは暗記というインプットとは別種のものだと思っています。
身体化による基礎づくりと言っていいと思います。
102. 小学校の英語 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 1日(日)03時04分11秒
Duffy様
Duffy>私は小学校で英語を教えるのは大反対なのですが、中止できな
いのであれば、せめて小学校で英語を教える予定の先生に根石方式のト
レーニングを受けさせなくてはいけないと思います。
私は語学の英語と生活言語としての英語を別のものだと考えています。その本質が違うと思っています。
また、学校的知識と生活的知識もその本質が違うと考えています。語学の言語を生活言語に渡らせることが、「音読によるインプット」で実現できるのであれ
ば、学校的知識と生活的知識も「音読(素読)」は結ぶことができるのではないかと考えています。
本当に日本人に英語を根付かせる気があるなら、理科や数学の授業は英語「で」やってもかまわんのかも知れないと、以前もっこりさんとやりとりしたメール
の中で考えたことがあります。これに関しては、実は今も???のままです。
学校的知識はしょせん学校的知識ですから、それらを英語で扱っても、生活言語としての日本語さえ冒されることがなければ・・・、とは思うのです。英語に
よる学校的知識がもしも実現したとして、最後の砦は生活言語としての日本語だと思っています。およそ、英語で飯を食ってきたもののものとも思えないもの言
いですが、そう思っています。
ではその日本語ですが、小学校の教室でやっている「国語」という授業の日本語の扱いかたは相当でたらめなものだと思います。私は中学1年生に、
「ニュー・クラウン」とか「ニュー・ホライズン」という英語の教科書の「教科書ガイド」を音読させることがありますが、中学1年生になって、日本語が読め
ない子供がたくさんいます。生活言語としての日本語に渡る質を学校の「国語」は持っていません。それっぽい解釈なんぞを押しつけているだけです。
「音読」という一項目が抜けています。
小学生にちゃんと日本語の「音読」をさせれば、彼らは日本語の磁場の中に生きていますから、音読がこなれた文は自然に充電されます。生活言語からの充
電、生活言語への放電が交互に自然に起こるのが、日本人の日本語の素読だと思います。
きわめて乱暴なことを言えば、分析的な文法知識(しかも基底のあやふやなニセ文法)を放置して、まずはさまざまな(古典も含めた)日本語に対して「音
読」「素読」をちゃんとやるべきです。再度乱暴に言えば、小学生の間はそれで十分だと考えています。
英語「を」やるのか。英語「で」やるのか。
英語「で」やるのなら、どの教科を英語「で」やるのか。やるなら、小学校教師の失業者が大量に出るでしょう。
英語「で」やれる先生などほとんどいないのですから、英語圏の教師を雇うしかないでしょう。
しかし、そんなものが実現すれば、日本の子供の学力ががたがたになることは間違いないと思っています。私が見るかぎり、公立の小学校の子供の学力は、本
来の学力ということから見れば、今もがたがたです。それが一段と取り返しのつかないものになるでしょう。
こんな現状を横目に見るならば、日本語の「音読」(素読)は小学校の授業の眼目となるべきだと思います。それさえきちんと確保されるなら、それが確保さ
れていると確認できた生徒に対して英語「で」授業をするということは一部で導入されてもいいのかもしれない。しかし、日本語の「音読」(素読)を放置した
まま、英語「で」の授業など導入した日には、がたがたがとりかえしのつかない惨状を呈すると思います。
英語「で」やるのではなく、英語「を」やらせるのであれば、「音読」や「素読」にとどめておくのが一番害がないと思います。素読はなにしろ、意味的には
「からっぽ」のまま音声(表層)だけを完成させてしまうような、ラディカルなところがあります。これは子供に異言語をやらせるにはもっとも害のないもので
あり、将来、意味的に充電されることがあれば、それに確実に備える機能を果たします。意味を迎えるための「受け皿」だけをちゃんと作って
おくというようなことになります。子供は面白がらないかもしれませんが、原理としては、これが一番害がありません。
今後の小学校での英語は単なる「外人慣れ」を作り出すだけで、効果がないから実害もないというようなものになるのかもしれません。しかし、実際は、実害
は生じるでしょう。もしも、「音読」や「素読」だけにとどめるにせよ、しろうと同然の現在の小学校の先生が英語なんぞ扱った日には、日本の英語にまた一段
と悪い癖がつくことは間違いありません。これまで文部省のやってきたことは、どこまでも祟るわけです。
小学校の先生たちのための「音読による音づくり」が習える「先生たちの英語の学校」が早急に必要なのですが、ぼんくら文部科学省は何もしないで、いよい
よ日本人の英語をたちの悪いものにしていくのでしょう。先は暗いです。
106. 根石様 投稿者:Duffy 投稿日: 7月 1日(日)11時23分13秒
なる程日本語の素読とは良い考えですね。
うちの子にもやらせてみようかな。
ところで寺子屋で行われていた「素読」とは
「意味の説明をせずにひたすら何度も音読をする」
ということなのでしょうか。
実は私は辞書の説明ではそこら辺が分からなくてwebをさまよっていたら
根石さんのホームページにたどりついたのです。
107. 和文英訳 投稿者:Eliot 投稿日: 7月 1日(日)13時57分44秒
私は中学3年生のときから高校3年生まで海外文通をしていました。何人もの人と手紙をやり取りしたのですが、3年間続けたのはただ一人、ミネソタ州に住む
同い年のPatricia
Sindt嬢でした。ハイスクール卒業直後に結婚するという彼女の手紙を受け取って文通をやめるまでの3年間、英語で何通も手紙を書いたことが私の英語力
向上に大きな
貢献をしたことは間違いありません。手紙を書く際に日本語で下書きを書いてから英訳するということは一度もしませんでした。
高校二年生のときにとある全国規模の高校生英語弁論大会で二位になったことがあります。自分で書いた原稿をだれにも添削してもらわずに使いました。もちろ
んいま考えると不自然な英語も含まれていましたが、それでもその原稿で二位になったのですから、高校生二年生としてはかなり英語が書けていたという証明で
しょう。このスピーチの原稿を作るときも日本語の下書きなしで英訳をしました。
私が中高を通じてやった勉強は主に発音練習、音読、聞き取りでした。学校の英語の成績はよかったですが、英文和訳や和文英訳を一生懸命にやったという記憶
はありません。しかし、教科書の英文の意味を「考える」ことはしておりましたし、英文の構造を考えることもしておりました。教科書の中の英文を見る際は
「ほう、こういう表現があるのか」とか「うん、この表現は手紙で使えるぞ。よし、いただき!」という姿勢でした。大学生になるまで、等位接接続詞と従位接
続詞の違いを説明することはできませんでしたが、soとbecauseの使い分けを間違えることはありま
せんでした。
高校三年生のときのテストで「彼は一言も言わなかった」という和訳の問題に He didn't say a simple
word.と書いて×をもらったことがありました。何となくそう言うのが正しいような気がしたのです。He didn't say a single
word.という表現が不完全な形で頭に浮かんだわけです。一語一語の英訳をしようとしていたわけではなかったわけです。
英語を話したり書いたりするためには、日本語を直訳するのではなく、「こういうこと内容のことがこういう英語で表される」という知識を多読と多聴と大量の
音読で体に蓄積していくことが必要です。そのストックの中から適切な表現を引き出して使うという作業が英語力向上の鍵だと思います。そのために英語の音を
作ることは不可欠です。音ができていないと多読、多聴、音読のすべてに重大な支障が生じます。
108. 訂正 投稿者:Eliot 投稿日: 7月 1日(日)14時02分16秒
このスピーチの原稿を作るときも日本語の下書きなしで英語を書きました。
109. 「回転読み」のコツ 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 1日(日)17時19分21秒
ねこむすめ様
頭で組み立てるというのではなく、音読(回転読み)の回転の質をあげて、一連の「音で覚える」ようにして下さい。
覚えることより、しっかりと音を作ることを心がけてください。しっかり音が作れたので、「結果として」覚えてしまったということでいいのです。
nobu
さん、M(東京都)さんにも申し上げたことがありますが、自分で練習するときは、「途中で壊れずに10回転」を確保するようにしてみて下さい。
これを実現するのに何回くらいの「回転読み」が必要になるかは、語数が大いに関係してきます。また、その練習者の現在の実力も関係してきます。練習に必
要な回数は、それらの関数になり、実際には千差万別の値になります。
ですから、それぞれの文について、「途中で壊れずに10回転」というような言い方がもっとも現実的です。
初めてやる文は、初めはゆっくりでもいいから「なるべく正確に」をこころがけ、口の動きのウォーミングアップをします。「連続」状態が壊れないように気
をつけて、少しずつ「回転」自体のなめらかさを実現して下さい。この状態で、「途中で壊れずに10回転」を実現してください。
110. 和文英訳 投稿者:浜谷 投稿日: 7月 1日(日)17時48分26秒
Eliot様
今先生の連載の最終近く(と勝手に思ったのですが・・・、そうでなかったらお許しください)で先生が実際に英語を勉強なさった様子を読ませて頂きなるほど
なあと一人頷いておりました。
>高校三年生のときのテストで「彼は一言も言わなかった」という和訳の問題に He didn't say a simple
word.と書いて×をもらったことがありました。何となくそう言うのが正しいような気がしたのです。He didn't say a single
word.という表現が不完全な形で頭に浮かんだわけです。一語一語の英訳をしようとしていたわけではなかったわけです
これが本当の和文英訳だと思いました。英会話の際しょっちゅうこういうことをやっているなあと、思い当たったのです。 相手がネイティブの場合これぐらい
の誤りは話の流れの中できっと理解してくれるでしょう。外国人が日本語を喋っている際常に聞く誤りです。それは外国語を学習する際に避けて通れない関門で
す。もうちょっとの学習でクリアー出来る、しかしその「ちょっと」にかなりの労力と時間を要するということだと思います。
>英語を話したり書いたりするためには、日本語を直訳するのではなく、「こういうこと内容のことがこういう英語で表される」という知識を多読と多聴と大量
の音読で体に蓄積していくことが必要です。そのストックの中から適切な表現を引き出して使うという作業が英語力向上の鍵だと思います。そのために英語の音
を作ることは不可欠です。
音ができていないと多読、多聴、音読のすべてに重大な支障が生じます
そして先生の極め付きの「英語力向上の鍵」がここに集約されていると思いました。先生の連載の結論と言ってもいいような貴重なご意見だと思いました。この
ご意見は英語を教育する人も学習する人も肝に銘ずるべきだと思いました。ありがとうございました。
111. 自然・不自然 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 1日(日)19時03分12秒
Eliot 様
1.日本語の下書きなしで英訳をしました。
2.日本語の下書きなしで英語を書きました。
おそらく「英訳」は「和文英訳」と読まれるおそれがあると思われ、1を2に訂正されたのだと思いますが、1の言い方も私は語学的には変ではないと思いま
す。
「英訳」が、日本語を英語にするという意味ではなく、「考え」を英語にするという意味でなら、それもやはり「英訳」だと思うからです。
細かいことを言えば、ここでこうして私が日本語を書いていることも、「考え」の「日本語訳」をやっているのだと言えないこともありません。
「考え」自体は、日本語でも英語でもなく、しかも、日本語にも英語にもなれるものです。これは、「考え」が「情報」に近い性質のものであるほど容易で
す。
しかし、しっくりする日本語とかぴったりの英語というものとして、実現してしまった後のものを見ていると、実に日本語でしか言えないことがあるし、実に
英語でしか言えないことがあるなあとも思います。
「考え」から「具体的な言語」へというベクトルと逆のベクトルが存在すると思います。「具体的な言語」から「考え」や「考え方」へ、というベクトル。日
本人が日本語で日本的な考え方を身につけるのはこのベクトルによります。私が言っている「磁場」というものの繊維はこのベクトルだと思います。
「もちろんいま考えると不自然な英語も含まれていましたが・・・」ということに関してですが、私は日本人が繰り出すこれらの「不自然な英語」のファンで
す。かまわん、どんどん繰り出せと思います。そこにこそ日本人がいるのだと思うからです。欧米の人は、この種の「不自然さ」を通じてしか、本当には日本に
出会うことができないはずだとさえ思います。この「不自然さ」は、謙虚さを持つ欧米人にとっては本当に貴重な質であり、日本で自然な英語を話すことこそと
ことんおかしな転倒だという考えは、私に抜きがたくあります。だって、ここは英語の磁場じゃないんだから・・・。英語が「自然」であればあるほど「不自
然」になる磁場、それが日本語の磁場です。こっちの「不自然」の方がよっぽどほんとに「不自然」だと思うのです。
こんな考え方のおかげで、私の英語は「アメリカの英語」でも「イギリスの英語」でもなく「俺の英語」です。上達するための道を歩きつづけながらも、不自
然な英語で「かまうもんか」というこの気持ちは日本人に大切です。
私が英語教育界とかいうご清潔な世界で、「悪たれガキ」であるのは、この転倒を転倒とする視線のせいです。このおかげで、私はこの世で金を得ることに関
しても、きわめて不器用なことを続けてきました。転倒だよ、などと指摘していてもお金は入って来ないわけです。悲しい人生です。
Eliot
さんの生徒さんが作った、「不自然な」どころか「荒唐無稽な」英語に関しては、使っちゃまずいと思うレベルのものだと思いますが、私はこの種のものも大好
きです。愛しています。この「荒唐無稽英語」は、コレクションして集大成して欲しいです。私の塾では、ひたすら音づくりとインプットだけやるので、この種
の荒唐無稽英語が採れません。ときどき、報告して下さいませんか。こちらも連載でお願いします。
全国の英語の先生、これらの愛すべき言語現象が多発しているのが学校だと思います。どうぞ、この掲示板にご報告下さい。
112. 音作りへの道(6) 投稿者:Eliot 投稿日: 7月 1日(日)21時03分18秒
授業中に和訳をしないということは、テストにも和訳の宿題は一切出さないということにつながります。定期考査では教科書の課文そのままの和文英訳や、課文
によく似た英語が答えになるような和文英訳問題をたくさん出します。
自分で書ける英文と同じ程度の英文の意味がわからない人はまずいないけれど、英文の意味を言える人がその英文程度のことを英語で書けるとは限らない、とい
うことを考えれば、テスト問題として授業で扱った英文の和訳を求めるより、その英文の和訳を示して英訳問題として出した方がいいと昔から思っています。
(3)文法の説明は最小限にしかしない。
人が考えた説明を聞くより自分の頭で考えた説明の方がずっと効果があります。それはわかっていても、一般に教員はよく説明をします。私は何年か前に、教師
の仕事は説明することではなく、生徒が自分の頭で考えるようにしむけることだと強く主張する塾経営者が書いた本を読んだことがあります。それは「英語これ
ならドンドンわかる」(鵜沢戸久子 明日香出版社)という本で、著者の鵜沢氏は独特の英語教育観を展開しており、私はこの本から多くの示唆を得ました。
いかにコーチが泳ぎ方を黒板を使って長時間くどくどと説明しても泳げない生徒が泳げるようになることはないでしょう。泳げるようになるには水の中で練習す
るしかないのです。同様に、英文法のある項目について教員が説明しても、生徒がその文法ポイントを自分の頭で納得することができるような体験をさせない
と、その説明はまったくのむだになる可能性があります。生徒一人一人の知識や理解力には差があるのですから、一斉に全員に向けた説明では、ある者にはわか
りきったことで、まったく無意味であり、ある者には的外れで、これまた無意味であるということが起こり得ます。よしんば「ほうなるほどそうか」と思う生徒
がいても、実は単にその瞬間にわかったつもりになっているだけということもしばしばです。
私が授業中に説明した主な文法項目は、名詞の可算と不可算と特定と不特定の考え方とそれに伴う冠詞の用法と、be動詞と一般動詞の違いとそれぞれの否定文
と疑問文の作り方、それに関係代名詞の用法、分詞の用法くらいで、他のことは、教科書の実例を通しての生徒の「気付き」を促すよう努めています。
例えば現在完了のことを教えるのには、教科書の課文の実例を通して、まず意味を理解させ、その後、その課文の音読と暗唱をさせ、それから、練習用の和文英
訳をいくつもさせて、徐々に定着させるよう持っていきます。その間に生徒たちは教科書ガイドや教科書ワークブックの説明を読み、自分の頭で現在完了時制と
は何かを考えるわけです。
私が一方的に黒板を使って現在完了時制の説明などはしないのです。
一方、動詞の活用のように機械的に覚えるべきものは、淡々と繰り返して定着をはかります。高校中級程度までに出てくる不規則動詞の一覧表を作って、生徒に
配り、年に数回「強化期間」を設定し、そのときに徹底的にテストを繰り返して覚えさせます。これを2年間くらい継続すれば、たいていの動詞の活用は忘れに
くくなると思います。この作業は現在継続指導中です。(その7に続く)
113. 音作りへの道(7) 投稿者:Eliot 投稿日: 7月 1日(日)23時05分27秒
(4)音読の時間を最大限にとる。
(5)発音は細かいところまで説明し、練習させる。
50分の授業時間の10分〜15分程度で単語テストなどの小テストをやって、その後15分〜20分を使って教科書の録音を聞き、残りの時間を音読に当てる
というのが、中1〜中2の基本的な授業のやり方でした。せいぜい、20分×4回=80分程度が一週間の音読時間ということになります。自宅から通う生徒な
らば、家で声を出して読めますが、全寮制の勤務校では生徒たちは寮の集団学習室で一斉学習をしますので、自習時間に大声で音読することができせん。そこ
で、授業中にできるだけ声を出して練習することを奨励したのです。
音読練習はほとんど私の後について読む、というものです。回転読みや技法グラウンドは使っていません。教員の後について読む一斉読みですから、各人がどの
ような音を出しているかは分かりにくいのですが、一クラス40名では個別にというわけにもいきません。しかし、フォニックスで個々の英語の音は相当練習し
た生徒たちですから、私が出している英語の音をカタカナに置き換えて処理するのではなく、そのまま英語の音として自分の口から出せることができていること
が多く、中1の頃からかなり英語らしく読めていました。それでも、単語レベルから文章の音読への進化は一朝一夕で上達するものではありません。絶え間ない
音読だけがそれを可能にしてくれます。
録音を何度も聞いたことがある課文の音読ですから、生徒たちはイントネーションとリズムは自然とモデル録音のように言おうとする傾向があり、この面の指導
は最小限で済みました。しかし、勢力を注いだのは、個々の音の正確さと単語と単語のつながり方でした。単語と単語のつながり方は別の言い方をすれば、音と
音のぶつかり合いのルールということになります。例えば
He stops Betty.
I stop Betty.
I stopped Betty.
のstops / stop / stopped
の読み方について、細かく説明し、練習をさせます。この三語にそれぞれ含まれる/p/の発音はすべて違います。これは英語ではまったく普通のことなのです
が、それを知っている日本人英語学習者はほとんどいないでしょう。
まず、stopsは/ps/のところは息を強く、鋭く吐き出して、pとsの音をそれぞれはっきりと発音します。しかし、I stop
Betty.では、破裂音/p/の直後に破裂音/b/が来て、「破裂音+破裂音」のぶつかり合いが生じますから、ルールに従って、前の方の破裂音は「破裂
の構えをして、黙っているだけ」で処理されます。すなわち、stoまで発音した直後に唇を合わせ、声と息を遮断し、一瞬無音状態を作り、その直後に/b/
の音を破裂させてBettyと言います。
さらに、stopped
Bettyでは/ptb/という「破裂音+破裂音+破裂音」というぶつかり合いが生じます。この場合は「破裂音の構えで音と息を遮断する⇒そのままの状態
で無音を継続する⇒三番めの破裂音を発音する」という流れで処理されます。 I
stoまで言った後に、唇を閉じて、音と息を絶ち、/ed/のところの[t]の音は完全に消滅し、「唇を閉じた無音状態」に置き換えられてしまい、その無
音状態が作る一瞬の沈黙の後にBettyという発音が続きます。
書くとなにやらむずかしげですが、実際に手本をやって見せれば、だれでも真似できることです。
/ptb/のすべてを破裂を伴う発音でやっても、通じることは間違いありませんが、そういう発音しかできない人は、聞き取りに苦労することになります。
このような音の変化のルールはそれほどたくさんあるわけではないので、音読するたびに、生徒の注意を喚起して練習させていると、自然にできるようになって
きます。私は、文法の説明はあまりしませんが、発音の細かいところにはこだわりと言えるほどの指示を出しながら練習させます。それにはわけがあります。
発音が上達には極めて大きな個人差が生じます。小さなことまで何度も何度も教え、録音を何度も聞かせて音読練習をさせていると、二年間ぐらいで生徒の中に
ほとんど直す必要がないレベルまで達する者が現れる一方、いまだにrの音も不確かな者もおります。教えてやればやるほど上達し、高い水準の音を獲得する者
がいるのであれば、どんな瑣細なことであっても私が教えられることは教えてやりたいと思うのです。そして、あまり上手でない生徒たちも、英語の音に関して
私が教えてきたことを、不十分な形であっても彼らなりに身に付けた結果として、この程度の水準を獲得することができたのであり、もしも私が大雑把なことし
か教えていなかったら、彼らの音はもっと低いところで停滞していたと思うのです。(その8に続く)
114. 音づくりへの道を読んで 投稿者:ST 投稿日: 7月 2日(月)01時00分05秒
音ができていないと多聴、多読、音読の全てに重大なる支障が生じます。というところを読んで全くその通りだと思いました。1時間の授業にどれだけ音読の時
間がとれるのか、15分から20分もとれるとは驚きです。しかし、それが一番の近道であることを先生自身が体験なさっているから、実際にできるのだと思い
ます。あと、授業で説明と音読をして、家でどれだけ生徒が練習するかだと思います。練習シートなるものを例えばつくってできないかと考えています。生徒自
身が自己管理の練習にもなり、それぞれのレベルや興味において、れんしゅうの質や量を調節できると思います。あとは教師と生徒のあいだの信頼関係に基づく
自己評価を学校内のさまざまな制限の中で、どれだけ実現できるかで音読の成果はあるていど計れるのではないかと今、エリオットさんの原稿を読みながら考え
ているところです。
115. そうなんですか 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 2日(月)01時48分24秒
ST 様
Eliot 様
Eliot>音ができていないと多聴、多読、音読の全てに重大なる支障が生じます。
I agree.
ですが、ST さんの「(音読の時間が)15分から20分もとれるとは驚きです」は私には驚きでした。
たった15分から20分。絶対に必要な時間が15分から20分。それさえもとれないとは、テストが授業を律する公立の学校に通う生徒の惨めな学校英語体
験は続くのでしょう。
本当に学校というところは、音読のための「場」にはなっていないのだと思います。
Eliot さんの授業も、語学の本質を把握されているからできるので、多くの先生はテストに律せられているだけでしょう。
116. 転載 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 2日(月)03時59分02秒
古川さんの掲示板に書いたものの転載です。
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akira 様
akira>根石さんのおっしゃっている「音づくり」と同様の意味ととらえて良いかちょっと分かりかねますが、語学学習のできるだけ早い段階で、発音、リ
ズム、イントネーションといったものに目を向けておくと、あとで余計な壁にぶつからなくて良いばかりか、上達の仕方がまるで違うのではないかと思います。
私の「音づくり」は、まさにこの意味です。
私は30音という規定は持ちません。発音(リズム、イントネーションを含めた概念です)では、日本人向けには10余りのポイントが大事だと思っていま
す。それ以外のポイントに関しては、説明するより、「水に入って泳いでもらう」ことで解決すると思っています。(ですから、私はあくまで一対一でレッスン
するのが基本です。)
akira>発音は話すときだけに関係していると思っている人が多いので
すが、それは大きな間違いだと思います。実際発音が上達するにしたが
って、英語の聞こえ方が変化しましたし、耳から言葉を覚えるっていう
ことをやりだすようになりました。
私は小学館文庫「英語どんでんがえしのやっつけ方」を書いてから、ある人に鵜田さんのホームページを紹介されて読みにいきました。鵜田さんのおっしゃっ
ていることのもっともすばらしいところは、akira
さんがここに書かれているまさにこの考えです。「きれいな発音」というような、あるいは「本物の発音」というような考え方が私は大嫌いですが、発音(イン
トネーション・リズムを含む)が上達しないと耳が動くようにならないということはまぎれもないことだと思っています。自分の口をとことん動かした文は、聞
き取る場合に、「一挙に丸づかみ」が成立することを私は自分の体験から知りました。鵜田さんを知る前に私は文庫で次のように書いており、鵜田さんのホーム
ページを読んだとき、うむ、いるんだな、世の中には、と思ったことをはっきり覚えています。鵜田さんは、私と一脈通じることを考えておられた方だったので
す。
文庫>どうしても聞き取れなかったところは、字を見て調べても
かまいません。その後に「回転読み」に叩き込むことがポイント
です。苦手な部分を、自分の口を動かしてインプットしてしまう
のです。リスリングのコツは、やたらに長時間聞くことにありま
せん。苦手な部分を見つけ、「回転読み」でインプットしてしま
うことにあります。私は、これはコロンブスの卵の一つだと思っ
ています。
自分で書いたものを書き写していて、註釈が必要だと思いました。
私の「回転読み」というものは、「音づくり」、「インプット」と一体のものです。
同一の文を言い続けることで「音づくり」をすることが「回転読み」です。このやり方で、音が完成すれば、覚えようとなど思わなくても覚えてしまいます。
つまり、インプットが自然に達成されます。「回転」が必要だということの根拠は、日本には英語が形成する言語的磁場が存在しないということにあります。
「回転読み」に関しては、詳しくは、小学館文庫をご参照下さい。
117. 転載の続き 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 2日(月)04時02分34秒
akira>また、音声は「聞く」「話す」のみならず、「読む」
「書く」にも大切なことだと思っています。私たちが日本語の
文を読んだり書いたりしているとき、意識してみると頭の中に
日本語の音声が響いているはずです。やはり言葉は音声第一な
のです。
語学において、初心者に言う場合に、「音声第一」で100パーセント正しいと思います。
しかし、「言葉」そのものに関しては異議があります。
「言葉」そのものについて言うなら、「イメージ第一」だ「とも」言えるのです。
「音」と「イメージ」の同時化(同致)こそが問題です。
ここで、私は鵜田さんと別れます。
鵜田さんは、現在の日本の英語状況にとっては絶対に必要な方です。もっともっと広く知られなければいけない方法を持っている方です。しかし、鵜田さんの
お弟子さんたちが、あまりに「音」にのみ傾斜されるのは、私は横目で見ています。おいおい、「音」は盆栽じゃねえぞ、と思うことがあるのです。
入れ歯をなくしてしまったが、金がなくて入れ歯が買えず、ふがふがと英語を言っているイギリス人がいたとして、発音はまるで質がよくないが、この駄目な
発音でもイントネーションやリズムは何一つ損なわれていないでしょう。正真正銘の骨の髄からの英語です。とりわけ、「音とイメージの同致」において正真正
銘です。
「きれいな発音」だの、「本物の発音」だのは、信仰の対象にすぎません。
また、「音」がいくら良くなっても、イメージが同時に動くようにならないと、やはりどうにもなりません。これは鵜田さんに対する批判ではありません。鵜
田さんの方法で練習する場合にこの穴に陥る人は多いかもしれないという懸念です。
akira>「俺は新聞だってTIMEだって読めるぞ。それでも出来
てないっていうのか。」みたいなことを言われました。
学校英語、受験英語の犠牲者です。かわいそうな人です。
ずれています。
再度、でも、音が駄目でも、「本当に読みとれる」なら、それはそれでいいのです。その人一人にとってならそれでもいいのです。生身の人間なんかに興味は
ない、俺はこれまでに書かれた最良の英語を読み続けたいだけだというなら、これはこれでいいのです。まったくいいのですが、音が駄目だと、英語を読むリズ
ムが「盆踊り」だと思います。そうすっと、もしかしたら、「本当には読めない」かもしれない。
とにかくこういう人が、生徒を持って、人に英語を教えることだけは「やめて欲しい」と願うだけです。長野県の私の住むあたりでは、このことを「やめてむ
らいたい」と言います。そうすっと、全国の英語の先生の中には「やめてむらいたい」人がうじゃうじゃいて、これは本当に問題です。
私は塾をやっていますが、私の掲示板「大風呂敷」で、まともな授業をしておられる学校の先生が非常に興味深いことを書かれています。是非お読みいただき
たく思います。私のホームページから「大風呂敷」にリンクされています。
akira>気をつけなければいけないのは、個々の文字の発音だけ
上手くなっても、リズムやイントネーションがガタガタでは宝の
持ち腐れになります。
まったく賛同します。
この後です。
同じことを繰り返して言うことになりますが、リズムやイントネーションがそなわっても、イメージの動きが同致しないとやはり駄目です。日本人の英語の最
後の課題は、「音」ではなく、「イメージの動きの同致」だと考えています。これは、しかし、本当には「机上」でしか実現しないのではないでしょうか。日本
の英語の「かまいたち」あるいは「肉離れ」は、何も恥じるべきものではないと思います。日本語の磁場の中での単独者の英語だということを意味しているだけ
で、これを恥じたら日本の英語はいつまでもできません。
だから、私の考えは、「ごつごつした、あるいはとつとつとした英語でかまわん」というものです。私はこれを実践しています。あるいは人にも薦めていま
す。日本の英語というものはそういうものだと思っているのです。日本でアメリカ英語なんぞしゃべるのはとことん馬鹿げたことだとも思っています。(アメリ
カ帰りは得意そうにこれをやりますが、アホかと思っています)
アメリカ英語(イギリス英語その他)は、「机上で」とことん媒介にすべきものですが、媒介物だという自覚が日本人に必要だと思っています。「机上」と
「生活」を混同している人、あるいはこの二つを分けることができない人が多すぎます。英語をしゃべることは、「机上」と「生活」をスパークさせることなの
で、地続きだと考えるのは間違いだと考えます。「地続き幻想」によってエーカイワガッコーが繁盛しています。アホか。
119. 江戸の素読 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 2日(月)04時11分01秒
Duffy 様
江戸時代の素読というのは、想像するしかありません。
絶対に解釈を施さなかったかどうか、それは塾によっていろいろだったと思うのですが、眼目は、解釈をするならするで、その前に必ず「音読としての読みの
完成形を作る」ということだと思います。
素読自体は、解釈なしで成立します。
そして、素読(音読としての読みの完成形)ができたら、後は百家争鳴でよろしいのではないでしょうか。それが文化の活力だと思います。
この掲示板も、百家争鳴めいてきて、あたしゃ、へとへと。
120. (無題) 投稿者:パクパク 投稿日: 7月 2日(月)09時14分00秒
ELIOTさんへ説明
>
He stops Betty.
I stop Betty.
I stopped Betty.
この例は、フォニクッスの世界でしょうか?
それとも、ELIOTさんの観察結果でしょうか?
90%以上の人は、発音記号[p]がすべて同じに発音されると
おもっているとおもいます。
124. 素読(その2) 投稿者:Duffy 投稿日: 7月 3日(火)00時42分57秒
根石様
あのあとwebで素読について書いてあるページを見つけました。
ここに書いてある長島先生というのはとても骨太で根石さんを
彷彿とさせました。
早速小六ぐらい向けに書かれた今昔物語で次男坊に素読をやらせてみました。
自分も子供の時に(日本語の)素読をやってれば良かったのにと思います。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/5868/new_page_18.htm
http://www2.famille.ne.jp/~sai-hsj/taikai/ha022kan.html
121. 音のぶつかりあいのルール化こそ、戦略なり。 投稿者:パクパク 投稿日: 7月 2日(月)09時47分36秒
ELIOTさんへ。
>
勢力を注いだのは、個々の音の正確さと単語と単語のつながり方でした。単語と単語のつながり方は別の言い方をすれば、音と音のぶつかり合いのルールという
ことになります。
まさにポイントはここだとおもいます。
このルール化があれば、中学校の大人数でも、英語の発音教育は十分可能とおもいます。
例)
I don't know.
こんな簡単な英語も、映画ではまず聞き取れません。
映画の音と、シナリオの文字には、すごい乖離があります。
学校英語教材では、この乖離がありません。
この乖離を瞬時に溶かすのが、音声ぶつかりあいのルール化の開示だと
おもいます。
125. 英語教育に本当に必要なもの 投稿者:こうじ 投稿日: 7月 3日(火)11時48分18秒
多くの日本の英語教育の現場で仕事をされている先生方は本当に分かっているのでしょうか?
私は独学でネイティブの英語を100%聞き取れるようになりました.
「英会話ができるようになるには、読み書きよりも聞く話す」が重要だとお考えですか?
私もある程度、「日常会話」のレベルにあがるまではそう考えていました.
しかし、それから上を目指すとなるとどうしてもその理屈だけではネイティブの英語を聞き取ることができないということを実感しました.
「耳からは確かに聞こえているはずなのに、相手の言いたいことがわからない。」
何年も思考錯誤を重ね、「これはいいぞ!聞ける聞ける!」とある方法を思いつきました.
それは「相手を信頼する」という簡単な理屈でした.
「英語を聞き取ろう」とするのではなく、「相手を信頼しよう」とすればいいのです.
リスニングで頭がついていかなくなったらまず相手の顔を真直ぐみて、相手を信頼する。
そうするとどういうわけか、それまで機関銃のように聞こえていた相手の英語が突然ゆっくり聞こえ始める.日本人には一番聞き取りにくい西海岸やテキサスの
アクセントでもはっきり聞こえる。不思議なくらい。「相手を信頼すること」、「人を信頼すること」を子供達に教えなければ彼らの英語でのコミュニケーショ
ン能力はいつまでたっても
身につきません.
もう一度言います。
「読み書きより聞く話すを優先」させたところで、子供達の英語コミュニケーション能力は成人して「日常会話」に何とかついていけるものにしかなりません。
コミュニケーションは「相手を信頼する」ことから始まります.リピートアフターミー方式の授業で自分の言いたいことが喋れるようになっても、TOEFLで
満点を取れるほど単語帳を100冊丸暗記しても、それは「自分の言いたいことを英語で言える」様になっただけであって、「相手が何を言いたいのか分かる」
ようになったのではありません。
現場の先生方へ、子供達の英語教育に今本当に必要なのは、読む、書く、聞く、話す、といったものではなく、「相手を信頼」することです。
たとえば授業の始めに、生徒の一人が落ち込んでいるような顔をしていたら、
「Mr.○○, Are you happy?」
「So. you don't feel happy...why?」
と聞いてみましょう。
必ず、「Because....」
という答えが返ってくる筈です.
これで、小さなコミュニケーションが成り立つのです.
どうでしょう?
126. 不思議な先生 投稿者:こうじ 投稿日: 7月 3日(火)12時29分20秒
中学校一年生の頃、不思議な英語の先生がいました。
授業時間中は英語を一切教えず、自分が外国に行ったときの体験を刻々と生徒に聞かせるのです。毎時間、毎時間。
終了のベルがなる7分くらい前になってからようやくその日覚えなければならない単語を生徒達に読ませ、テキストの意味を説明して終わりです.
家に帰って英語の復習をするときに思い出すのは英語の単語ではなく、先生が話してくれた外国のお話ばかり。でも次の授業では前回やった単語やテキストの分
など、ほぼ完璧に思い出せるのです。不思議な先生でした。ある日、学校の先生のストライキで授業が無いから今日は下校との放送が流れた時、この先生が教室
に入ってきて、ストライキしていた文法の先生の代わりをしてくれました。何があったか事情がよく分からないまま、英語の授業が始まりましたが、この先生、
とっても好きだったなぁ。
127. まったく独創的でおもいつきません。 投稿者:パクパク 投稿日: 7月 3日(火)13時23分53秒
こうじ さん。
相手を信頼する。
たった、これだけで速い英語が聞き取れてくる。
このことは、いままで誰も指摘していません。
質問があります。
カセットテープで学習する者にとっては、
相手が生身の体ではないのですが、
「信頼する」ということは、やはり、有効でしょうか?
128. カセットテープ学習への応用 投稿者:こうじ 投稿日: 7月 3日(火)14時31分02秒
「文章棒読み方」で感情が込められていないテープ教材の場合、おそらく役には立たないでしょう。非常に分かりやすい例をあげます.テレビの地上波で時折流
れる同時通訳を思い出してください。民放のニュースや天気予報の英語同時通訳です.どんなに短い内容であっても、TVを観ている側からは、通訳者が文章を
棒読みしていている場合、内容を十分に理解せずに言葉だけを訳している場合には、何を言っているのかさっぱりわかりません。これはネイティブが見ていると
きでも同じです.
もうひとつ分かりやすい例をあげます。非常に分かりやすい例です.
ウインドウズ系のコンピュータにはテキスト形式で入力した文章を音声で読み上げるソフトが設定されている場合があります。これにTIMEや
NEWSWEEK、または日常会話のテキストを読み込ませ、発音させてみます。コンピュータですので発音記号は正確に発音できます。しかもコンピュータボ
イス様に開発された発音記号を使用しているので、読み込ませる文章により、抑揚やイントネーションが自然に聞こえるように自動的に変化します。でも聞い
てみると?まず何を言っているのかわかりません。このコンピュータボイスにはソフトによって人間が感情をこめて話すのと同じ様に発音できる細かなプロパ
ティの設定ができるものがあります。「こういう文章の時は、この部分を強調して、最後は滑らかな調子で終わる」というような人間の気持ちに近い設定をして
やります。そうすると、下手な同時通訳者の英語を聞くよりは、非常によく聞こえるのです.
テープ教材で学習するなら、内容がドラマ仕立てのもの。ネイティブの俳優をキャスティングしているものを選んでください。なぜなら、俳優が文章を読むとき
には、それがたとえテープ教材という目的でも、「自分の気持ちを相手に伝える」ことを第一に考えるからです。こういうテープは聞いているだけでもその人の
心、気持ちが伝わるように作成されています.相手の顔が心で見えるようになれば、信頼することができます。
値段が高いか安いかは問題ではありません。
129. そうなると、ますます映画の英語が有力 投稿者:パクパク 投稿日: 7月 3日(火)15時31分22秒
こうじさん。
早速のご回答ありがとうございます。
映画の英語は感情がこもっていると
おもいます。
しかし、学校英語教材音の世界から
みると、猛烈にはやくてあいまい音が多いです。
映画のセリフを真似てみることは、いかがでしょうか?
130. 話せるようになるには? 投稿者:こうじ 投稿日: 7月 3日(火)15時38分22秒
ではスピーキングは?
リスニングができたらあとは自分の意見を言うトレーニングということになりますが、
これは簡単、「とにかく喋って口に覚えさせる」ことだと思います。相手がいなければ独り言でも構いません。良く頭では分かっているのに言えないという人が
います。そういう人に限って文章を書かせるとべらぼうに上手かったりします。(書く練習ができているので、手が覚えているんですね^- ^)
ここで面白い実験をしてみましょう。
まずは次の文章を覚えてください.
"There are 100 bottles of beer on the wall.
There are 100 bottles of beer on the wall.
If one the bottles of beer drops from the wall,
there are 99 bottles of beer left on the wall."
では思いっきり息を吸い込んで一息でこれを(見ないで)喋ってください.
(スピードはパンパンパンと手で拍子をうって10〜12拍くらいで文の最後まで言えるくらい。)
言えましたか?では99本のビールが一本棚から落ちると98本残っているという風に一本づつ減らしていってください.でもこれも一息で挑戦.
ボイストレーニングを受けた声量のあるネイティブの俳優であれば、92,1本ぐらいまでは残せます.私の場合は97本まで言えます.
早口言葉のお遊びですが、これは如何にちゃんと自分の気持ちを相手に伝えることができるのかという訓練になります。この文章をただ覚えただけで内容が良く
分かっていないまま言おうとすると途中でつっかかってしまいます。またビール瓶を一本落とすといくつ残るという計算も必要なので、「自分が何を言いたいの
かはっきりわかっている」、「相手に何を言いたいのかがはっきり分かっている」訓練ができていなければこれもまたつっかかってしまいます。
ちなみに私が97本よりビール瓶を落とせないのは、ただ単に息が切れてしまうから。^-^"
みなさんは?
英語のクラスで生徒にやらせてみるのも盛り上がって面白いと思いますよ.
131. パクパクさんへ 投稿者:こうじ 投稿日: 7月 3日(火)16時10分37秒
映画の台詞を真似るのが一番ベストです。
でも時間がたつと台詞数の少ない映画では物足りなく感じるようになるはずです.
そうなればTVドラマに転向して台詞数を増やし、レベルアップできます。
学校教材に利用するのであれば先生がテープに録音した映画を授業の最後5〜7分生徒に聞かせるのが良いかと思われます.(カリキュラムの邪魔にならない程
度に)
確かに学校のLLテープなどと比較すると映画はスピードは速いです。
でも、「速いから聞き取れるはずがない」という思い込みで聞き取れない部分も多いんですよ。
分かりやすくまた例をあげます。
「セサミストリート」は中学英語のレベルで100%聞き取れるものです。
実際台詞を見てみるとそうなっています。
でも多くの中学生は「はやくて分からない」と思い込んでいます.
「ネイティブの英語は速いから分からない」という思い込みです.
でも実際セサミストリートの速さは中学のLLテープとかわらないか遅いくらいです。
また、あいまいな音をパターン分けして覚えようとすると逆効果になります。
正確な音に「感情」が入ることでひとつの単語でも何百通りの音に聞こえます.
やはり「何を言っているかではなく」、「何が言いたいのか」気持ちを読み取る訓練が必要だと思います.気持ちが読み取れればあいまい音でも無声音でもはっ
きりと聞き取れるようになります。たとえば「水曜日」を意味する「Wednesday」。教科書発音では「ウエンズディ」ですが、ネイティブは中間のd,
n,eをはっきり発音します。発音しないのではなく、発音記号では表現できない音になってしまうので書くことができないのです。
どんなもんでしょうか?
132. またまた、衝撃的なご発言! 投稿者:パクパク 投稿日: 7月 3日(火)16時59分06秒
>
「ネイティブの英語は速いから分からない」という思い込みです.
でも実際セサミストリートの速さは中学のLLテープとかわらないか遅いくらいです。
多くの人が、セサミストリートにアタックして
はねのけられたのが、あの速さです。
これを聞き取るのは至難の技です。
しかし、これは、じつは、錯覚であったのかも
しれません。
手品にかかっていたのですね。
種明かしすれば、なぜ、こんな遅いスピードだったんだ!
ということになるやもしれません。
133. パクパクさんへ 投稿者:Eliot 投稿日: 7月 3日(火)17時44分21秒
中級以上の英語学習者が、音と音とがぶつかり合ったときの変化を学ぶための教材として次の二点をお勧めします。
@英語の発音パーフェクト学習事典(深澤俊昭 アルク)
ABetter English Pronunciation (J.D.O'Connor Cambridge University
Press)
@はCD付きの本で、英語の発音について相当詳しい知識と練習が得られます。Aは英語で書かれていますので、高校中級程度以上の英文読解力が必要ですが、
音の変化について詳しい解説があります。イギリス英語の本ですが、音の変化に関する記述は何式英語であってもあてはまることがほとんどです。同じ本が成美
堂からも出ていると思います。
音と音とのぶつかり合いについてフォニックスは何も教えてくれません。上記の二冊の本のように発音の変化を教えてくれる本が初級者用にはほとんど何も存在
しないという事実が、音作り不在の日本の英語教育の証拠です。
134. 音のぶつかり合いのルール(私見) 投稿者:こうじ 投稿日: 7月 3日(火)18時07分19秒
教員の方が現場でいろいろな試行錯誤されているのだなぁという意気込みが過去の書込みを読むと感じられます.
(拍手!)
でもひとつだけ気になった部分があります。
He stops Betty.
I stop Betty.
I stopped Betty.
はネイティブが発音すると確かにpの音はどれも異なって聞こえるはずです。
それを「異なる音で聞こえるのだ」と生徒に説明するのは正しいと思います.
でもそれをルール化してしまうのはどうでしょうか?
大まかなレベルでのルールなら説明されるべきですが、子供達の体力の限界まで叩き込む必要は無いと思います.なぜなら、ネイティブの会話はこのルールに
沿っていないからです。
私の少し前の書込みを見ていただければお分かりのとおり、ネイティブの会話は、単語ひとつの発音でもその時の感情や気持ちで100通りにもそれ以上にも聞
こえます.音のぶつかり合いをルール化することでLL教室や受験のために作られたヒアリングテープは聞き取れるようになるでしょう。なぜなら、学校授業用
に作成されたテープはルール化された英語の発音を聞き取ることを目的に作成されているからです.ではここで質問です.音のぶつかり合いを十分に理解してい
る先生が1000本の映画やTVドラマを見たとき、実際にどれだけの会話を聞き取れているでしょう?なんとなく意味がわかる?大体何をいっているのか分か
る?では言葉を変えて同じ質問をします。聞き取れない単語はどれとどれでしたか? ただしくヒアリングできていれば「なんとなく」ではなく、「あの単語が
わからなかった」と答えられるはずです.また例で説明します.主要5教科テストをうけてどれだけできた?と生徒に聞くと、本当にできている生徒は、あの問
題とこの問題がわからなかったとちゃんと答えられます。あてずっぽうや良く理解できていない生徒は「だいたいできた」と答えるだけではないでしょうか?
英語のコミュニケーションを学習する正しい方法があるとすれば、「ネイティブが生まれた土地で身に付けた方法を如何に期間短縮して身につけたらいいか?」
を模索することになります。
私は実際いろいろな教材を試してみました。英会話学校にも通いました.無料で英会話を教えてくれるアメリカ人の教会があると聞けばそこで洗礼をうけてクリ
スチャンにもなりました。TVドラマの英語をカセットにとって発音の練習をすること8年間。気が付くと巻き取り軸の折れた20台以上のウオークマンが部屋
にころがっていました。
でもただひとつ私の英語のヒアリング能力を飛躍的にのばしたもの、それはFOXニュースのアンカーマン達の英語でした.彼らのニュース原稿を読み上げると
きの目は瞬きせず、しっかりと私の目をみつめていました。 CNNやCBSのキャスターとは全く違う発音。それでいて体全体から自信をもった(まるで食っ
てかかるような)でかい声。「言葉よりも気持ちが先に伝わる英語」これを見れば誰でも最初は圧倒されるに違いありません.まさに目から鱗が落ちる瞬間で
す。討論会では誰かが発言している最中でも自分が違うと感じたらでかい声ではっきり発言する。
自分の意見を通す。何故これほどまでに他局を見ている場合と比べてヒアリングが上達するのか?FOXニュースのコマーシャルでこういう場面があります。
A:討論すればいろんな人が何を考えているかがはっきりわかるんですね。
B:違うよ。そんなのどんな局だってやってることさ。討論なんかで誰も本当に何を考えてるかなんて分からないよ。大切なのは口論することさ。そうすればみ
んな本当の感情がでて本当の気持ちがお互いにわかるんだよ。
A:口論なんかやったら番組の収集つかなくなるよ。
B:じゃあこの昼飯が終わったら君が代金はらってね。
A:ちょっと待って、なんで僕が払うのさ?
B:そう、そう言うことで君の今の気持ちが僕にちゃんと伝わったんだ。
ルールも大切ですが、「感情の受け渡しの訓練」をすることのほうが大切だと実感しているのですが。。。
どうでしょう。
135. 音作りへの道(8) 投稿者:Eliot 投稿日: 7月 3日(火)20時52分25秒
音作りへの道(6)の最初の行の「テストにも和訳の宿題」という部分を「テストにも和訳の問題」に訂正します。
(6)教科書ガイドを全員に購入させる。
公立中学校の生徒の英語の勉強の相談に乗ったことがあります。その男子生徒は中学二年生を終了したところでしたので、二年生の教科書の最後の課を音読させ
てみたのですが、ほとんどまともに読むことができませんでした。英語の音がまったくできていない上、読めない単語の続出で、何度も立ち往生するというあり
さまでした。そこで、彼の教科書を取り上げ、その課のあちこちの文や語句を私が日本語で言って、英語で言ってみろと命じたところ、これも何一つまともに言
えません。彼の英語の成績は4だというし、予習もちゃんとしている、塾にも通っているとのことでしたが、さっぱり英語の力がない。
予習は何をするのかと聞くと、「教科書の課文をノートに書き写し、教科書の最後にある単語欄を見ながら和訳をノートに書く」との答えでした。そして、授業
では先生に当てられた生徒が和訳を言い、先生が説明を加えがら和訳を言い直すので、それを聞いて自分の和訳を訂正する、これが授業の時間の大半を費やす作
業だと言うのです。録音を聞いて読むことも少しするが、みんなあまり声を出していない、塾では文法問題をやっていて、発音練習はまったくない。そして復習
は全然しないとのこと。
和訳を作らせるだけに時間の大半を費やす授業を英語の授業と言えるはずがありません。教員は、二千円で買える教科書ガイドに載っていることを授業と称して
生徒のノートに移しかえることの愚かさに気付かないのでしょうか。いや、和訳だけではないのだ、生徒がよくわかるように説明もしてやっているのだと言うか
もしれませんが、いかに授業中に教員が色々な説明を加えながら和訳をしても、生徒がそのありがたい説明を全部理解したり、即座に記憶できるはずがないのだ
から、そんな授業は結局は教員の自己満足に終わります。
私は自分の生徒たち全員に教科書ガイドを購入させ、課文の和訳と説明は原則として各自が教科書ガイドを読んで理解するよう努めよ、と指示しています。教科
書ガイドの説明や和訳が素晴らしいとはとても言えませんが、他の文法参考書や一般的な教室での教員による説明と大差はないと思います。授業中にできるだけ
録音を聞き、音読をする時間を確保するためです。
(8)教科書の課文を覚えさせる。
(9)必ず読めるようにしてから書かせる。
各課の授業はまず「読み方プリント」の練習から入ります。単語の一覧と教科書の課文のプリントですが、単語の一部には発音をフォニックスのルールを利用し
たつづりで示しており、課文には音と音がぶつかって変化が生じる箇所に+サインと下線が付けてあります。脱落することが多い音は( )に入っています。生
徒たちはこれを見ながら私の後を付けて一斉読みで練習をします。ほとんどの生徒たちが大きな声で読みます。
I told+(h)im that+Mary had+a dog.
授業中に聞かせる録音は今やっている課のものだけではなく、その課を含む前後いくつかを一緒に聞かせていますから、生徒は新しい課の読み練習に入るときに
はすでにその課の録音は何度も聞いたことがあります。頭の中におぼろげながらもその新課の音読の残像がある状態から読み練習に入るわけです。(その9に続
く)
136. RE: 英語教育に本当に必要なもの 投稿者:もっこり 投稿日: 7月 3日(火)22時59分29秒
こうじさん、はじめまして。
「電話でレッスン」を2ヶ月ほど続けているもっこりという者です。
記事をとても興味深く拝見しました。私なりに、「話者が伝えようとする感情を、イントネーションや音のぶつかり合いの変化から汲み取ろうと努めることが、
英語のリスニングを向上させる重要なポイントである」と理解しました。
これは、「電話でレッスン」のために、映画のセリフを繰り返し聞く中で、おぼろげながら実感しつつあることです。登場人物の立場に立ったつもりになって頭
の中でセリフを反芻していると、声の大きさやスピード、イントネーションなどは、話者の気持ちと切り離せないものなのだなあ、と感じられるようになってき
ました。
ただ、こうじさんの記事では、「相手を信頼すること」を教える、「感情の受け渡しの訓練」をする、といった表現を、「アメリカ文化での」「(アメリカ人
の)英語での」という限定付きではなく、「コミュニケーション全般の態度や技能として英語教育のなかで教えるべきだ」というニュアンスで使われているよう
に感じられて、そこだけ違和感を感じました。(誤読ならば、申し訳ありません)
私は、「相手を信頼すること」や「感情の受け渡しの訓練」は、まず母語による育児や教育のなかで形成されるものだと考えています。そして、外国語を学ぶこ
とによって得られるのは、「相手を信頼」していることをお互いに伝え合う「手段」が、国や文化によって異なることを知る、という点だと思っています。
音のぶつかり合いのルール化は例外が多すぎて困難であるというこうじさんの指摘が正しいとするならば、聞き手は、場面ごとにそれらの違いを聞き分け、相手
の感情を推測しなければなりません。そのためには、外国語教育を受けるずっと前、母語や母語文化にどっぷり浸かる幼少期から学齢期に、「相手を信頼するこ
と」や「感情の受け渡しの訓練」の経験を通して、他者に共感し、他者の感情を理解するための基盤を作る以外にないと思うのですが、いかがでしょうか。
139. ルール化も大事 投稿者:パクパク 投稿日: 7月 4日(水)09時24分58秒
こうじさん。
ルール化もだいじだとおもいます。
ただ、駄目ルールが多いのです。
例外のないルールをおぼえておくと
非常に役たつとおもいます。
英語音のばあい、tとdとが想像以上に
変化します。よく、ラ行の音になるといわれます。
これは、駄目ルールでしょう。
そうではなく、tとdとに関するしっかりしたルールを
知れば、いいことです。
音読は、物理訓練なら
ルールは、化学変化です。
知識が入った瞬間にやくたちます。
140. 音をキャッチする能力 投稿者:パクパク 投稿日: 7月 4日(水)10時17分41秒
未知の言語の音をキャッチする能力について。
子供は、生活の場で、自然にキャッチしますが
大人は、文字を見ながら、音をキャッチしようとするので
母国語音韻の干渉が避けられません。
良い方法はありませんか?
141. 英語子音の音声 投稿者:パクパク 投稿日: 7月 4日(水)13時46分23秒
わたしには、子音は4タイプの
発音があるようにおもいます。
例)
Why don't you
I don't
などのdは、特別のdでむしろ
耳に聞こえない。
ただ、舌先のプレスのみがあり
破裂(リリース)がなく、
つぎの母音Oが省略されて、dからnの方に
発声がいくようにおもいます。
ですから、ワイドンチューやアイドントにきこえず
ワニ、アノのような聞こえになると
おもいます。
もちろん、学校教材の英語音では
このようにならず、映画などの
自然音のばあいです。
142. お返事を戴いたみなさんへ、 投稿者:こうじ 投稿日: 7月 4日(水)20時11分36秒
貴重なご意見ありがとうございます。
ぱくぱくさん>
駄目ルールを除いた基本的なルール(例外がないorほとんど例外がないもの)をカリキュラムの基本レベルで設定するというのは私も同意見です。
Why don't you.. I don't が アニ、ワノと聞こえる。
確かにそうですね。
そしてもうひとつ、音のパターン分析をせずに アニ、ワノと発音できる(聞こえる)方法があります。
それは「音に言葉をのせる」方法です.
欧米人はセンテンスを話す場合、「音に言葉をのせて」います。
日本人が日本語を話す場合、実際は「言葉に音をのせて」いるのです。
ここで簡単な実験をしてみます。
たとえば、「んー」という一本の長い音に Why don't you..と「言葉」をのせると
見事にdの音は(ちゃんと発音しているのに)nに聞こえます.
でも「言葉(単語)に音をのせて」発音すると、どんなに頑張ってもdはdにしか聞こえません。
私は中学一年生の頃から英語とはそういう風に「音に言葉をのせて」発音するものだと思いこんでいたので、中学2年にあがって先生が音のパターン分けの大き
な表を黒板に書いて説明しているのをみて、「あ、そういえばそうだな。でもそんなややこしいこと覚えなくってもいいのに。」と思っていました.「音に言葉
をのせるとどう聞こえるか」という実践理論には「しかしこういう場合は違って聞こえる」という例外が存在しません。私が今まで8年かかって得たものすべて
(学校のLLテープ、映画、TVドラマ、ネィティブとのやり取り)に適用されます。
FOXニュースは現在、スカイパーフェクトTVの741チャンネルで(24時間放送)見られます.地上波では見ることができません。でも英語のヒアリング
学習としては最高のものです。
他のニュース局と違うところは、やはり放送でどのように映るかを意識せず、自然な英語で自然体で番組が構成されていることです。カメラを意識した気取った
言い回しは全く見られません。「視聴者を決して退屈させてはならない」「他局のどんな報道よりも明確、迅速、かつバランスのとれた説得力のあるソースを提
供する」チューナーと専用アンテナはデパートの電気売り場でセットで売り出されているのを買えば3〜4万くらい。取り付け費用と加入料でプラス一万円前
後、あとは月額500円くらいでFOXニュースが見られます.すべての金額を合
計しても一般の英語、英会話学校よりははるかに安いと思います.
>大人は、文字を見ながら、音をキャッチしようとするので母国語音韻の干渉が避けられません。良い方法は?
TVで映画やドラマを見ているとき、字幕を隠してしまえばいいのです。(とても簡単です.お金もただです.でも効果は絶対です.)
母国語音韻の干渉はさけるのではなく、頭の中に二つの領域をつくって切り替えるようにしたらベストだと思います.日本語を話すときはこっちで英語を聞き取
る時はあっちでという風に.
143. お返事をいただいたみなさんへ 投稿者:こうじ 投稿日: 7月 4日(水)20時12分09秒
もっこりさん>
>「アメリカ文化での」「(アメリカ人の)英語での」という限定付きではなく、「コミュニケーション全般の態度や技能として英語教育のなかで教えるべき
だ」というニュアンスで使われているように感じられて、そこだけ違和感を感じました。(誤読ならば、申し訳ありません)
私は今まで様々な国を見て回りましたが、英語を母国語とする人々でも両親が異なる国というのはそれほど珍しいことではありません。アメリカに限らずシンガ
ポールや韓国、香港、ヨーロッパの国々でもそれは同じです.母国が異なる人々が生活する国はアメリカも含めて「言葉」はコミニュケーションの手段以外の何
者でもありません。現在の英語の発音はそういうものの上に成り立っています.私があえてアメリカと言わなかったのはそういう理由です.コ
ミニュケーションができなければ、いくら言葉を話したところで相手には何を言っているかが通じていないのです.
>外国語教育を受けるずっと前、母語や母語文化にどっぷり浸かる幼少期から学齢期に、「相手を信頼すること」や「感情の受け渡しの訓練」の経験を通して、
他者に共感し、他者の感情を理解するための基盤を作る以外にないと思うのですが、いかがでしょうか。
はい、全く同感です。私達が英語を学ぶのは中学からで既に幼児期も過ぎ学齢期の真中に達しています.でも中学から高校までの英語教育の期間にたとえ1週間
に1時限でもコミュニケーションとして英語を教える時間を作るのなら、子供達のレベルはかなり上がると思います.
>外国語を学ぶことによって得られるのは、「相手を信頼」していることをお互いに伝え合う「手段」が、国や文化によって異なることを知る、という点だと
思っています。
「外国語と異国文化を学ぶ」のが目的なのか「外国語を使って将来何かしようとする」のかではそれを成し遂げようとする人の勉強の仕方が異なります.前者は
「知」に興味を抱き、後者は「成」に興味を抱きます.前者は「知る」ことで満足を得ますが、後者はたとえ千の「知」を得たところで満足はしません。おそら
く私がコミュニケーション教育が必要と考えているのは、後者の部類の人間だからでしょう。^-^
144. 音作りへの道(9) 投稿者:Eliot 投稿日: 7月 4日(水)22時19分04秒
何回も授業中に読み練習をしていると生徒たちは新出単語の発音も覚え、英文をある程度スムーズに音読できるようになります。その段階で授業中に行なう小テ
ストの予告をします。まず一回目は新出単語のテスト。私が読み上げる単語を書き取りなさいというテストです。次の時間は文の書き取りテストで、私が読む文
を書き取れというテストをします。その頃までに「英文復活練習用プリント」を配布しておきます。これは課文をフレーズごとに英語の語順に
日本語にしたものを印刷したプリントです。例えば、The boy who came to see you asked where you
were.という文なら
少年は/彼は来た/君に会いに/尋ねた/どこに君がいるのかを。
トなります。生徒はこのプリントを読んで、英文の各部分がどんな意味で、相互にどうつながっているのかを確認します。英文の音読を繰り返してスラスラ読め
るようになったら、今度は各自がこのプリントを見ながら、英文を言う練習をして、さらにそれを書く練習をします。これが英文復活練習です。この練習は原則
として各自が自分の時間を使ってやらねばなりません。課の仕上げの小テストには、このプリントから日本語の文を出題し、元の英文を書かせ
ます。10文程度を出題し、8割できれば合格で、不合格者は放課後や昼休みに呼び出されて、音読練習をした上、一人ずつ私の前で英文復活プリントを見なが
ら、まるで英文を見ながら言っているようにつまらずにその課を英語で言えればオーケー、言えなければ、再度呼び出しされて同じことをさせられます。
高校の教科書に入ってから、プリントの種類を一つ増やして、次の三つにしました。
@読み方プリント
A同時通訳プリント
B英文復活練習用プリント
Aの同時通訳プリントは音読練習用でもあり、英文の意味の確認用でもあります。
When I was in London,・・ I lived・・ in an apartment・・
ぼくがロンドンにいたとき ぼくは住んでいた アパートに
with a Spanish student.
あるスペイン人の学生と。
というようなものです。このプリントを使えば、英語を音読するのと同時に英文の意味の確認をすることができます。英文が中学の教科書よりも複雑になってき
ているので、文の構造と意味に今まで以上に注意を払わせたいと思って作りました。生徒にはこのプリントを使って音読の練習を最低20回はするようにと指示
しているのですが、成績不振者に限ってサボろうとします。しかし、音読を十分にせずに英文復活小テストの成績が悪いと、結局は呼び出されて無理やりに読ま
される羽目になります。なお、このプリントの最後には1から40までの数字が書かれた音読回数記録欄があって、生徒にはきちんと記録をするようにと指示し
ています。
145. コミュニケーションとしての日本語 投稿者:もっこり 投稿日: 7月 4日(水)22時45分18秒
こうじさん、お返事ありがとうございます。
でも、うーん、ちょっと話が噛み合っていないかもしれません。
私が言いたかったのは、「コミュニケーションとしての英語」以前に、
「コミュニケーションとしての日本語」の意味が大きいのではないか、ということです。
特に、こうじさんの英語習得の体験をお聞きして、その感を強くしました。
日本で、日本語を母語とする両親から育てられていれば、
「感情の受け渡しの訓練」は、日本語でやっているはずです。
隣の部屋の母親が「もっこりー」と呼びかける声が、楽しそうなのか、
怒っているのか、元気そうなのか、不機嫌なのか、を聞き分けてて、
ケーキが出てくるか、学校でのスカートめくりがばれて叱られるか、を予測する、
といった訓練を毎日積みつつ、私たちは成長していきます。
そのように、感情を聞き分けることや使い分けることを、
日本語で習得できるようになっているからこそ、
英語のイントネーションや音の変化から、話し手の気持ちを読みとり、その違いを聞き分け、
自分でも使いこなす道が開けているのではないでしょうか?
その際、Eliotさんがおっしゃるようにルールとして学ぶのか、
こうじさん流に相手を信頼して気持ちを汲み取ろうとする中で身につけるのか、
という違いがあるのかもしれません。
後者のやり方だと、より柔軟で繊細な母語における感情読みとり能力が
要求されるような気がします。
147. 浜谷さんからのメール(1) 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 5日(木)03時14分34秒
浜谷さんからいただいたメールを掲示板に転載することを許可していただいてあったのですが、転載する時間がとれませんでした。以前、浜谷さんに宛てた
メールを転載したような覚えがあります。それと、ここに掲載するものの前後関係が自分でもつかめないほどに手元の仕事が混乱しています。議論の素材になれ
ばと思い、ひとまず掲載だけいたします。
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以下、浜谷さんから
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根石さん
「初心者の定義」についてとりあえずお返事させていただきましたが、あらためてレスさせて頂きたいと思います。
根石さん>そうです。一流大学を出ているとかいうようなこと
は英語の運用能力に関してはほ とんど意味はなく、私が定義
した「初心者」は日本中にいっぱいいます。英語の知識量は、
私なんぞをはるかに越える人がいると思いますが、それでいて
使えないという場合は多々あります。そして、「使えないので」
そのまま英語をやめてしまう人がど れほど多いことでしょうか。
私の「音読による音づくり」、あるいは「音づくりによ る音
読」、あるいは「音づくりによるインプット」、そしてまた、
「イントネーショ ン(リズム)」を備えることによる「理解の
瞬間化」という練習をやってくれれば、 息をふきかえしうる受
験英語の層はぶあついものがあると考えています。
私も頑固者なので、何度でも言いますが、日本の英語の教育機
関はどんなものであ れ、「音読の場」というものを備えないと、
なさけない日本の英語は変わっていくことはないと思っていま
す。これまでのなさけない日本の英語の状況をさして、「日本
全土に英語の死屍累々」だと私は言ってきました。
浜谷>よく分ります。 私の「英会話学習相談室」もその方向でやっていくつもりです。
根石さん> 浜谷さんはあくまで「英会話の初心者」 を初心者
としておられますが、英語の磁場のない場所 (日本)では、「英
会話の初心者」は結構ハイレベルな読みの力を持っているような人
になると私は考えて います。日本という土地では、フリー・トー
キングな んぞはほとんど意味がない。フリー・トーキングが多少
なりとも意味を持つのは、下地を持っている人の場合だけです。
日本では「英会話」をやりたいと思うなら、結局、 語学をやる
ことになります。あるいは、語学で下地を作り一定のレベルに達す
ることが必要になります。
浜谷>そのとおりだと思います。しかし、フリートーキングという遊びごころも必要だと考えます。私が多読で英語の語彙と構文のインプットを図ったのはなる
べく勉強「ごころ」を避け、遊び「ごころ」で興味の持続をはかったことがあると考えています。勿論、根石さんの「音づくり」にも映画のスクリプトを利用す
るという「遊び心」を充分取り入れられているとみています。今私の相談室にはとにかく喋る場が欲しいという人が殆どで、いわば「日本人に
深く染み込んだ英会話という迷信」にとらわれた人々ですが、その「迷信」と思われるものの中には「正しい考え方」すなわち「恥かしがらずに喋る」という考
え方が混在しているように思います。その考え方を肯定してあげると同時に、「音作り」の大切さも認識しなおすように指導したいと考えています。
148. 浜谷さんからのメール(2) 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 5日(木)03時16分03秒
>> 浜谷>結局根石さんと私の間では「初心者の定義」に
大きな差はないと考えますがどうでしょうか?
根石さん> ううむ。
「学校を出ている」とかということは要件として必要ないと思いま
した。「学校を出ているにもかかわらずなお」というなら状況的に
は正確ですが、私は小学生だろうが、大学卒業生だろうが、おかま
いなしです。定義は言葉でなされるわけですから、「気持ちはわか
る」ということではないと思うのです。私の先日の定義も、音の問
題にしか触れておらず、不完全だとは思うものの、音の問題に関し
てなら、「こういう人が初心者」ということを確定できるのではな
いかと思い、提示させていただいたわけです。初級を細分して、初
級の「初・中・上」というものを作れば、初級の「上」あたりで、
「文法が知識ではなくセンスになっている」というようなものも確
定されるべきだとも考えています。この辺に関して、いろんな方に
討議に加わってもらえればと思っているのですが、これで英語に関
する掲示板なのかというくらいに皆さん黙ってしまわれます。日本
ですね。まあ、私がやたらにアクが強いのがいけないということも
あります。
浜谷>確かに学校を出てる出てないの問題ではないのですが、学校を出ていて、喋れない人が多すぎる、ということを問題にしたいと思ったのです。そして、そ
ういう人が、今実際に海外旅行から帰ってきて勉強しなおしたいと思っている。そういう人々のうち、いわゆる「下地づくり」が必要なひとを「初心者」と考え
ています。仰るように「初心者」のなかにもレベルがあり、そのレベルに合わせた指導方法を練り上げたいと根石さんはお考えなのですね?
私は現状の学校英語改善に失望していますので、(改善されるのはこの何十年先と思われ、恐らく私が生きているうちは無理でしょう。)根石さんの地道な地な
らし(学生に学校外で地道に「音作り」を指導するという)作業はその何十年先の学校英語改善に先鞭をつけるものと尊敬の念を禁じえません。「なおいろんな
方に討議に加わってもらえればと思っているのですが、これで英語に関する掲示板なのかというくらいに皆さん黙ってしまわれます。日本です
ね。」と仰っているのは全く同感です。私もその後古川さんの掲示板にいってみているのですが、全くの音なしにはがっかりしています。もっとも私が早く根石
さんへのレスを掲示板にしていないということに責任は感じています。
2−3日見ていないので今から確認のために見に行って、近日中には何らかの書き込みをしたいと思っています。
149. 浜谷さんからのメール(3) 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 5日(木)03時18分29秒
根石さん> 浜谷さんのお気持ちは私は推察できると思っています。
しかし、これまでになかった語学論をぶち立てるためには、原理、
法則とでもいうべきものを踏みしめなければならないとも思っていま
す。それを提示しないと、学校英語のていたらくはどうにもならない
し、受験英語のインポテンツもどうにもならないし、それらのていた
らくやインポテンツを食い物にする英会話学校のハイエナどももどう
にもできない。これらのハイエナ学校に通う人の受講料を、たとえ失
業者に対してでも、日本の国家の税金が負担するなどということは、
「ていたらく、インポテンツ、ハイエナ」の三拍子が揃っている現状
ではまったくの犯罪だと考えています。なんで、ハイエナに人々の税
金を渡すのか。この税金の使い方は馬鹿が考えたものとしか思ってい
ません。
なんで、「音読(音づくり)」の可能性を探求するところは、生き
延びることにこれだけ苦労してこなければならなかったのか。私はこ
の国の英語の扱いに対しては許し難いものを持っています。いつでも
言葉にできるだけのものが、今でも胸に煮えたぎっています。
浜谷> 上に書いたとおりです。私は学校英語の改善は何十年先とみていますが、根石さんの掲示板に出てきた現役教師による批判および、ご自分ができ
る範囲での勇気ある改善努力、こういう輪が根石さんが投じられた水面への一石から広がっていって改善までの期間が少しでも短くなればいいなと祈念していま
す。
根石さん> 英語の駆使能力については、浜谷さんはただちに私の先生
になっていただける人 だと思うのですが、生徒に(初心者に)英語を
持たせる方法に関してなら、私が何か言わせていただけることもあると
思い、先日、ぶしつけなことを申しました。浜谷さんのご都合がついた
時には、私のレッスン枠が埋まっている場合でも、なんとか工面して
(女房に仕事を押しつけるなどして)浜谷さんのレッスンはお受けした
いと思っています。
浜谷>ご配慮重ね重ねあり難いことと感謝しています。先日のメールの通り、私の「相談室」が曲りなりに軌道にのったらぜひお願いしたいと思っていますの
で、その節はよろしくお願いします。
なお、昨日申し上げましたが一連のメールやりとりの根石さんのHPへの掲載は全く異存ありません。 念のために付け加えさせて頂きます。昨日で「相談室」
今週の例会が終わり、今メールを書き終わりこれから、古川さん、根石さんの掲示板へいってみようと思っています。
浜谷俊雄
150. 素読 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 5日(木)04時19分29秒
Duffy 様
素読の効用を説くホームページ、一部読んできました。
まったくわが意を得たりという記事があります。
以下の論は、まったく私が方法の基本としているものと一致しています。
・速読術などが重要視されるようになってきている。素読は、逆で遅読術である。
・素読しているうちに意味が身体で解かってきて、潜在意識に伝わり顕在意識に通じてくるのである。
私は生活の資を得る必要から、素読的方法を英語に適用してきましたが、素読そのものを復活させたいという願いは以前から持っておりました。
確かに素読は潜在意識に働きかけます。
このことに関して、ネイティヴ言語と語学の言語を区別する際に、
・ネイティヴ言語 = 無意識的に意識を作る
・語学の言語 = 意識的に無意識を作る
と区別して考えたことがあります。
この方法が怖いのは、国家権力がイデオロギー注入に使った場合です。
非常に強力な方法なので、使い方次第ではとてつもなく危険な方法でもあるとも思っています。
151. 信頼しない(1) 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 5日(木)06時05分35秒
こうじ様
>私は独学でネイティブの英語を100%聞き取れるようになりました.
私は、日本に生まれ、日本語で育ち、日々日本語を使って生きておりますが、日本語ネイティヴの人々の話が、80%から90%しか聞き取れません。とりわ
け耳に機能的な欠陥があるとも思っておりませんが、話し言葉というもの、とりわけ生な話し言葉というものはそういうものだと思っております。仮構物の場合
では、初めて観る日本映画なんかで、筋をまったく知らないものは、60%くらいに落ちるものもあります。観ることが二度目以降だと、たいてい一挙に95%
以上程度に改善されます。
これは私の独断に属するものですが、日本語ネイティヴでありながら、普段の生の会話で、日本語が80%から90%しか聞き取れない私が、英語をその半分
の40%から45%聞き取れれば、まあ一応意味がないわけではないくらいに考えております。残り半分ちょっとは、わからなければ聞き返して確かめます。そ
れで、ひとまずこれまでの生活では支障は生じておりません。わからなければ聞き返して確かめるということは、日本語を使っているときでも、英語を使ってい
るときでも私はやります。
もっこりさんとのメールのやりとりで、もっこりさんが「聞き取ることは100%をめざしたい。話すことは、自分流でいきたい」と言われ、私はこの考え方
がすごく好きだと思ったことを覚えています。聞き取ることに関しては、私も100%を「めざして」います。この「100%」は、英語をやる上での理念とし
てまったく正しいと思います。しかし、100%聞き取ることは日本語においても、英語においてもいまだ実現していません。
「英語を100%聞き取れる」とは、いったいどういうことを言っておられるのでしょうか。歯抜け婆さんのふがふが英語も100%聞き取れるのでしょう
か。このふがふが英語を英語でないとは言わせません。私が100%をめざすときは、このふがふが英語も射程に入ります。
もっと現代風な意地悪を言えば、英語を100%聞き取れるということは、最低でも、英語の単語を100%知っているということになります。日々新たに生
まれつつあるスラングもすべて知っていることになります。それらすべてで何万語なのか、何十万語なのか、何百万語なのか。100%ということになると、そ
の数字が確定される必要があります。ところが、一瞬、一瞬に新たなスラングは生まれており、この数字はその本性からして、確定できないも
のです。それが言葉というものの生態です。
再度申し上げますが、語法等を除いて、単語だけで考えても、その数字が確定されないと「100%」という日本語が馬鹿げたものになりませんでしょうか。
152.信頼しない(2) 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 5日(木)06時06分18秒
私は、英語の「音の繊維」という言葉で考えることがあります。
(カタカナ読みや、単語ひとつづつを明確に発音する、のべたらで平坦な学校英語と違って、)肝心な言葉だけがくっきりとしていて、他の語は薄闇の中にぼ
けるような言い方が、話がもっとも通じやすい言い方であること、それが英語リズム(イントネーション)で話されること、しかし、英語のシンタックスそのも
のは、その薄闇にこそ横たわることなどは、日本語と英語の「音の繊維」の違いとからまってこんぐらがり、日本人の英語のリスニングを困難
なものにしています。
こうじさんがおっしゃっているのは、単に「音の繊維」のことだと考えました。ただそれだけのことだとしか考えられません。書きぶりから考えて、ああ、こ
の人は英語の音の繊維については俺なんかよりずっと細分化された感覚を持っている人だなとは思いました。
英語の音の繊維に対して細分化された感覚の持ち主であるということは、日本語という言語の磁場を生きる日本人にはきわめて珍しい方だとは思います。ご苦
労様ですというのが感想でした。なんで、日本なんかに居続けてご苦労しておられるのですか。
>「英語を聞き取ろう」とするのではなく、「相手を信頼しよう」
とすればいいのです.
困っちゃうんですね。こういう道徳めいた言い方は。
相手が、初めからだますつもりで英語で話しかけてきている場合も、「相手を信頼しよう」とすればいいのですか。私の娑婆で汚れた感覚は、冗談じゃねえ
よ、と思ったのです。
例えばの話だと思っていただいていいのですが、私はアメリカで、「全然学校で勉強なんかしてなくたって、日本へ行けばすぐに英語の先生になれる」という
ようなことを日本体験者が得々としゃべる現場に居合わせたことがあります。そいつの子分格の連中は、真顔で聞いていました。アメリカなんぞで下積みを繰り
返しているより、日本へ行って先生(実際はウゾウムゾウの英会話学校の雇われ教師)をした方がいい金になるかも・・・、という顔をしていました。どいつも
こいつも大した悪気はないのですが、ふざけんじゃねえよ、なめやがってという気持ちははっきりと私の中に形をとりました。こいつらの誰一人として、「信頼
しよう」という気持ちにはなれないと思ったのです。
冗談じゃねえですよ。何が「信頼」ですか。
もう少し、日本語に気をつけて下さい。
語学の姿勢としては、音にせよ単語にせよ語法にせよ、「受け入れる」という心の姿勢を欠いたらまるで上達しないという基本ならわかります。それはその通
りです。そこからはみ出して、こんな道徳的一般論を言われると、ああ、英語が欲しくてクリスチャンになるような人だから、とため息が出るだけです。
思想も宗教も切れば血が出る生ものだということがわからないような人が、英語が100%聞き取れたからって、それで何がどうしたというのでしょうか。
私は信頼しません。
157. 音作りへの道(10) 投稿者:Eliot 投稿日: 7月 5日(木)18時08分06秒
(10)教科書の各課の最後についているコミュニケーションごっこは無視する
私は職業柄、時々英語教育研究大会という催しに参加する機会があります。全国規模のものや地方レベルのものにもしばしば公開授業と呼ばれる時間があり、会
場の○○ホールまで中学や高校の1クラスを連れてきて、舞台の上に机を並べ、授業をするのです。私が見た範囲では、公開授業の最近の傾向は次の四つです。
(1)ALT(assistant English teacher)とのteam teachingで、
日本人教師とALTが英語を多用する。
(2)日本人の英語教師だけの授業でも教師は極力英語を多用する。
(3)コミュニケーション活動と言われる作業を多く取り入れ、
生徒が英語を口から発するよう仕向ける。
(4)担当日本人教師は英語が上手に話せる。
私はこれら四つには何も文句はありません。すべて結構なことだと思っています。しかし、そういう授業で生徒の口から発せられる音はほとんどすべてカタカナ
英語なのです。英語の音作りがまったくできていない生徒たちばかりなのです。これは大問題です。
授業の後に引き続き合評会があり、授業をした中学校の先生が「この中二の生徒たちは中一のときから私がずっと教えてきました」などと言うのを聞くと、私は
「先生、あなた一人だけそんなに発音が上手でどうする。生徒にちゃんと教えてやれよ」と叫びたくなります。確かに生徒たちは舞台の上で元気に発表したり、
寸劇を演じたりと、一生懸命なのはわかります。にこやかな笑顔で大きな声を出し、カタカナ発音をしています。見ているとかわいそうになります。
度胸(愛嬌?)を付ける訓練をしたり、「アメリカ人のように相手の目をしっかり見て英語を話しましょう」と、植民地精神を植えつけたりするのが、コミュニ
ケーション能力を養成する英語教育だなどと言われても、私はそんなのはまっぴらごめんです。
私は、コミュニケーションごっこにうつつをぬかし、音作りを放棄した授業より、音作りに精を出し、そのための時間を確保するため、どうでもいいようなコ
ミュニケーション遊びは捨てるという道を選んでやってきました。勤務校は私学のため、中学生は週6時間の授業以外に1時間英会話という時間があります。生
徒たちはこの時間にALTと一緒に歌を歌ったり、ゲームをしたり、ペアワークをしたりと、楽しく英語を使って遊んでいます。遊びならコミュニケーション
ごっこも害はありません。
(12)NHKのラジオ講座「基礎英語1」を聞かせない。
理由ははっきりしています。音作りに役立たないからです。この講座は音作りに関する内容はほぼゼロです。中学生に説明、指導なしで英語を少々聞かせててい
てもまず絶対に英語の音を出すように葉なりません。ラジオの講座を中学の時から何年間も熱心に聞いても、それだけで英語の音があふれるようになることはな
いのです。
現在(2001年)担当の日本人講師の発音は一見(一聞?)上手ですが、実は変です。私が耳にした範囲ですが、
この講師は
songをsorng
baseballをbasebore
dogをdug
beautifulをbeautifore
ideaをidear
と発音します。また、誇張した、わざとらしい発音が聞き苦しい人です。
ついでに言うと、基礎英語2の講師の発音はまあまあですが、ときどき複合語のアクセントを間違えます。基礎英語3の講師は、絶対、根石さんの「電話でレッ
スン」を受けるべきです。(その11に続く)
158. 音作りへの道(11) 投稿者:Eliot 投稿日: 7月 5日(木)23時36分51秒
暗唱発表
教科書の中の適当な課(対話ではない読み物の課)を指定し、暗唱発表をいくつもさせてきました。最初は中1の教科書の最後にあった180語程度の読み物を
課題文にして始めました。普通の課と同様に、読みのプリントの練習をへて英文復活練習用プリントへ進み、日本語を見ながら英文を書くことができるよう練習
させます。課の仕上げのテストでは普通の課のテストの倍以上の20文以上の英文を、その和訳文を見ながら書かせます。それからそのテストの点を使ってクラ
スごとに発表順を決めます。点数の一番低い者が最初の発表者、一番いい者が最後に来ることにしています。
暗唱発表は授業の最初に原則として二人ずつさせますが、もし失敗者が出れば、その次の人まで順番が回ってきます。発表者は教壇に立ち、覚えた英文を教室の
後ろまで聞こえる声で暗唱せねばなりません。私は発表を聞きながら、発音のおかしいところをメモします。生徒が忘れて立ち往生しても、一切助け舟は出しま
せん。10秒::以上くらい沈黙が続くと、私が "Time's up."と声をかけます。これは「暗唱失敗」の宣告です。失敗者は発表順の一番最後
に回され、再度挑戦せねばなりません。また、失敗した日の放課後は教室に残って練習するよう命ぜられます。放課後はまず私の前で課題を音読し、発音の指導
を受けます。その後は指示された回数だけ音読をするまで帰れません。
成功裏に暗唱発表が終わると、私が発音が悪かった個所を指摘して、発表者とクラス全体に確認させます。私は同じことを何度も言わねばならないことがありま
す。何人もの生徒が同じ間違いをするので、その都度指摘するのです。
これは相当効果があり、徐々に生徒たちの発音が正確になっていくのがわかります。数週間かけてクラス全員に発表させますから、生徒たちは同じパッセージを
何十回も聞かされます。そして自らも練習して正しい発音でクラスメートに暗唱を披露せねばなりません。上手な発表をすると大きな拍手をもらえますが、失敗
すると恥ずかしい思いをすることになりますから、生徒たちは真剣に取り組みます。「英語を上手に発音できることはいいことだ」ということが生徒たちの間の
常識になっていますので、教壇に立ってでたらめな音を出す者はいません。皆それぞれに一生懸命です。
中学一年生の教科書の約180語の課題から始まった暗唱ですが、現在継続中なのは中学3年生の最後の方の読み物で、語数は500を越えるまでになりまし
た。これが八番目の暗唱課題です。クラスメートの前で500語を6分の制限時間内に暗唱するのはなかなか大変で、失敗する者も多いですが、感情込めて上手
に発表できる者、練習した成果を発表するのを楽しんでいる者もおります。(その12に続く)
161. 抜けてる 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 7日(土)01時54分39秒
Eliot 様
授業で生徒に吹き込ませたテープお送りいただきありがとうございました。
さきほど聞いてみました。
すごいうまい生徒が3人いますね。
生徒全員の音の全体で、90パーセントくらいがアンダスタンダブルな音です。これを学校の教室で実現したことはすごいことだと思います。おそらく、現在
の日本で最高レベルの授業だと思います。現在の日本の学校では、このレベルの授業をやっているところは、1パーセントあるかないかでしょう。
Eliot さん自身の音を聞いて、この音で語学教材を日本人用に作るべきだと思いました。
アメリカの派手で崩れた音より、Eliot さんの音で語学教材を作る方が日本人ははるかに英語の音がよくなると思います。
私は鍛え込まれた日本人の英語の音の方が、アメリカンネイティヴの音よりずっと好きです。アメリカ英語の音を聞いていると、おいおい、どこまで崩してど
こまで標準づらをするつもりだい?と言いたくなるときがあるのです。
ここまで崩して、ここまで標準づらをするか?と思うのです。
Eliot さんは、崩れたアメリカ英語しかしゃべれないアメリカ人に、発音指導をすべきだと思いました。
お送りいただいたテキストを自分で読んで、女房に聞いてもらいました。
Eliot さんの音の方が、「抜けてる」という感想がありました。
「抜けてる」というのは、例えばトランペットなどを練習する場合、初めは濁った音しか出せないが、練習があるレベルに達すると、音が急に澄んできます。
このことを音が「抜ける」と言います。私は学生の頃、皆さんご存知の村上春樹さんとジャズ喫茶でバイトをしていたことがあります。その当時は、私は年がら
年中不機嫌で、村上さんは早稲田の先輩なのに、村上さんに何か話しかけられても、たいていはふてぶてしくもぶっちょうづらをしていました。村上さんは、小
太りの背の高くない人ですが、すらりとしたきれいな女の人が、あっしらがバイトしていると店によく来て、それが村上さんの彼女だったのです。それがあっし
には面白くなかった。村上さんの奥さんという人が写真をとりますが、写真の感じから推測するだけですが、あのすらりとした人と村上さんは結婚したんじゃな
いかと思います。当時は、後にあんな偉い小説家になるとは思ってもみませんでしたが、このジャズ喫茶でときどきやるライブで、スイング・ジャズを聴いてい
たとき、村上さんが、
「あの人のサックスの音は抜けてる」
と言ったことがありました。
その「抜けてる」です。
「だいたいが、お父さん(私のことです)の音は、日本語をしゃべってももごもごしていて聞き取りにくいんだけど、お父さんの英語の聞き取りにくさは、お
父さんの日本語の聞き取りにくさと同じくらいだよ」
それが女房が言ったことです。ほめられているんだか、けなされているんだか。
唇の厚い黒人の英語は、妙にもったりとした感じになります。白人でも、太った人の英語はもったりします。たぶん、私の英語ももったりしています。私は南
洋の血が絶対に混じっていて、頭は天然パーマで、唇は厚くて柔らかいです。英語のように破裂音が多い言語では、唇が厚くて柔らかいのは発音上不利です。練
習すれば、アンダスタンダブルな音は作れますが、作れるんですが、作れて、その上、チビです。(これは発音には関係ないか?)
くやしかったから、唇が厚くて柔らかいのは、英語の音づくりには多少不利だろうが、S・Xのときはいいんじゃないかと酔っぱらったついでに女房に言って
みました。
女房はもじもじしていました。
ああ、くやし。
162. 説明の無力さ 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 7日(土)02時23分57秒
Eliot>私は何年か前に、教師の仕事は説明することではなく、生徒が自分の頭で考えるよう
にしむけることだと強く主張する塾経営者が書いた本を読んだことがあります。それは「英語
これならドンドンわかる」(鵜沢戸久子 明日香出版社)という本で、著者の鵜沢氏は独特の
英語教育観を展開しており、私はこの本から多くの示唆を得ました
この本は私はまだ読んでありませんが、主張にまったく賛同します。
説明がどれほど無力なものかを全国の全学校の全教科の全先生は一度は真剣に考えてほしいものだと思っています。学校が一部のオリコウな生徒のためだけの
ものでいいのなら、あっしらの税金は使わないでね。一部のオリコウな生徒だけが価値があるとでも思っている日本のイチリュウキギョウからとりたてた税金だ
けで学校をまかなってね。
私は本当に説明というものをしません。質問されると、説明というより、自分で考え込んでしまいます。一度、中学一年生に I
は「なぜ」いつも大文字で書くのかと聞かれ、ふうむ、と考え始めてしまいました。これは、キリスト教の God と I
との関係からくるんじゃねえかなあ、とかよたよたと言い始めました。神と「私」は、ヨーロッパでは、絶対的な関係をとりむすぶ。直に向き合う絶対的な関係
をとりむすぶ。大文字で書かれる God と絶対的な関係ととりむすぶ人称が I だからじゃねえかなあ、などとぶつぶつ言っておりました。
塾生は真剣な顔で聞いてくれましたが、納得したようなしなかったような顔をしていました。その後、じゃあ、
「なんで」God は大文字で書くのとは質問されませんでした。
そりゃあ、おめえ、偉いからだよ。校長や大統領やなんかも、大文字で書くことがあるのは、そりゃあ、おめえ、あの手の人物が偉いと人々が思っているから
だよ。
だいたいが、日本には八百万(やおよろず)の神がいるのに、ヨーロッパには、神は一人しかいなくて、日本の八百万の神は、あちらじゃ神として認定され
ず、sprit
というものに格下げされるらしいや。ひとりっきりのそのテの神が偉いと思っているのがヨーロッパ人なんで、こりゃあ、俺らとはえらい違いだ。
そんなふうに、よたつきながらその場で考えながら塾生に話をするということはたまにあります。文法の説明を塾生にすることはありません。説明(無力な手
段)でわからせるのではなく、生徒が考えるための素材をきちんと持たせることをしています。素読というお江戸の技法を駆使しているのはそのためです。
163. 完結したら 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 7日(土)02時43分42秒
Eliot 様
連載が完結したら、掲示板上でお教え下さい。
私としては、私の方法との共通点を拾い出し、相互に確認してみたいと思っています。
また、塾でしかやれないこと、学校でやる場合の利点など、相互に異なる点も一緒に洗い出していただけたらと思います。
一度、浜谷さんと「初心者」の定義をやろうとして、とん挫していますが、そんな議論も再開してみたいと思っています。その種の論議に加わっていただくこ
とを願っています。
全国の英語の先生たちが、素読すべき日本語テキストをこの掲示板を利用して作りたいという野望もあります。英語学習法の憲法みたいなものを作りたいと
思っているのです。その第一条をひとまず提案させていただきます。あくまで素案です。
1.「音づくり」と「音読」を直結すべし。
連載が終了しましたら、是非この企画に加わっていただきたく重ねてお願いいたします。
これは今は単なる提案です。議論を重ねた上で決定されていくのがいいと思います。
仮題も提案させていただきます。
「日本在住英語学習法憲法」です。もっといいのがありましたら、どなたでもいいですから、ご投稿下さい。
第一条、第二条という具合に、ゆっくりゆっくり定めていきましょう。
私の生徒さんたちも、是非この議論に加わっていただきたい。
164. 具体的な説明の言葉 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 7日(土)03時10分29秒
Eliot 様
浜谷 様
Eliot>成功裏に暗唱発表が終わると、私が発音が悪かった個所を指摘して、
発表者とクラス全体に確認させます。私は同じことを何度も言わねばならな
いことがあります。何人もの生徒が同じ間違いをするので、その都度指摘す
るのです。これは相当効果があり、徐々に生徒たちの発音が正確になってい
くのがわかります。
浜谷>特にこの過程がいいと思いました。根石さんの電話でレッ
スンをクラスでやっている感覚ではないかと観ています。
同じ感想を私も持ちました。
同じ注意を何度もしなければならないこと、同じような間違いを何度も何人もの人がすること、ここにこそ、日本語と英語の音韻構造の違いを法則として取り
出すための基底があります。
生徒たちの「間違い」を音韻構造の違いを法則として取り出すための基底だと見ずに、これまでの英語教育界は、「駄目な間違った日本人発音」としてしか
扱ってきませんでした。それは、確かに鍛えられなければならない生の素材ですが、この素材が発する差異こそが、日本人のために日本人が法則を取り出すため
の基底なのです。大事に扱わなければならないものです。
同じ注意を何度でもして、模範の読みを提示し、実際に生徒に口を動かさせる。
これは、まったく私の方法と Eliot さんの方法で共通しているものです。
こんなことはやって当たり前で、やるのが当然です。
しかし、ほとんどの学校の授業は、これをやりません。
先生たちが、生徒の口をどう動かせばいいのかを説明できないからです。
私は文法の説明はしませんが、口をどう動かすのかは絶えず説明します。
同じことを飽きもせず何度でも言います。
Eliot さん、浜谷さん。私が生徒さんにする説明は、ごくわずかなものです。
送っていただいたテープを聞くと、Eliot さんはもっと詳しい説明をなさっているものと推察しました。
私の方でも、私が常用している説明の仕方を公開しますが、Eliot さんのものも公開していただくことはできませんでしょうか。
もちろん、実際には「音づくり」の場で使用し、その場で指摘し、その場で模範を示し、その場で生徒の口を動かすのでなければ、それらの説明用の言葉もあ
まり意味はないのですが、この掲示板をお読みになる方で、その「説明の仕方」を活用できる方が現れることは十分に考えられます。
簡潔で的を射た個々の「説明の仕方」が公開されるなら、それを使う力量をお持ちの方々には福音となるでしょう。それは、日本の英語のていたらくを切り開
く福音ともなります。
以上の提案について、お考えをお聞かせ下さい。
165. 外堀と本丸 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 7日(土)03時31分42秒
まずは、「音づくり」から議論したいと考えておりますが、「音づくり」はインターフェイスづくりにとどまるということも確かです。インターフェイスづく
りであるということは、城内への通路を作る作業であり、つまりは、「外堀を埋める」ということです。
城内には、本丸があり、本丸は、「音とイメージの同時化」だと思います。
これは、磁場の有無がもっとも大きく作用する問題であり、法則化がきわめて困難な問題でもあります。この「同時化」をうながすのは、生活上の「切実さ」
であり、磁場を欠いた場所ではこの「切実さ」があまり切実ではありません。
しかし、いずれはこの問題に攻め込まなければならないと考えています。
170. Fさんから、Fさんへ 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 7日(土)04時29分00秒
F様に、この掲示板に書いていただけないかとお願いしたメールに、以下のお返事をいただきました。この方は、
できる方です。
----------------------------------------------------
拝啓。
お返事痛み入ります。掲示板のご盛況うれしく思います。私はまだ「修行中の身」
(?)ですので、それこそ血腥い迷妄の巷には寄り付くことも出来ないだろうと思いま
すが、時々はお師匠様の目を盗んで紛れ込もうかとも思います(笑)。実は私も語学に
は興味がありますので(ただしうまい下手とはまた別ですが・・・)今のサンスクリット
習得の経験を生かして『50歳からのサンスクリット入門』などという原稿を書こう
かとも思っております。さて、そんなことはともかく、大兄の強みは実践的な英語学
習法を「論理化」して、「システム化」したことでしょう。おそらくは掲示板に登場
される方々の多くが観念的・経験主義的な学習法を声高に述べられるだけで、大兄に
勝負を挑まれることでしょうが、返り討ちにあって最期は何と言って「死んでいく」
(笑)のか・・・。論理の持つ強さを彼らもわかってくれればいいのですがね。(まず
無理でしょうが)--まあ、私の楽しみは彼らの負け惜しみを聞くことでしょうか。ど
うぞ、ご健闘を祈っております。よい好敵手が現れることを祈っております。敬具。
----------------------------------------------------
F様
こんな場所から失礼します。
私は少しですが、モンゴル語に興味があります。昔、「怪傑ハリマオ」というテレビの番組が好きで好きで胸躍らせたことがあります。平原の言語、砂漠を背
にした言語が、日本語とシンタックスが同型であると噂に聞いております。
今月、私は齢50を迎えます。煙草をやめる準備をしています。
煙草をやめて、言語をやるとしたら、朝鮮語かモンゴル語だなとはずっと思ってきました。(それも、自宅自作が一段落したらの話ですが・・・。)
是非、この掲示板へおいで下さい。
現在 Eliot さんが活躍されております。F様とは話が合うのではないかと勝手に推測しているのですが・・・
171. 実践的外国語学習方法論 投稿者:Duffy 投稿日: 7月 7日(土)13時23分04秒
最近議論が盛り上がっているので私も。以前自分のHPに書いたことを転載します。
文中の「フランス語」は適宜「英語」に読み替えて
頂けば良いかと思います。
その1
1. はじめに
最近英語を第2公用語にという議論が新聞紙上をにぎわしています。当然これに対立する議論として日本人には英語不要論というものがあります。このページは
フランス語の学習のページなので英語はフランス語と置き換えて議論したいところですが、さすがにフランス語を第2公用語というのは無茶苦茶すぎて議論にな
りません。とにかく日本人にとって外国語がなぜ必要なのかという議論はいろんなところで議論しつくされているとは思いますが、解決したという話はとんと聞
いたことがありません。
ここでは私なりの切り口であえて議論して見たいと思います。まず、最初の疑問なのですが、日本人はなぜ外国語(英語)がへたなのか。本当はそのまえに「日
本人は本当に外国語(英語)が下手なのかという疑問があります。」私の周りにいる人は英語の上手な人がたくさんいます。しかし、その議論はこの文のテーマ
に直接関わりがないのでまた別の機会に譲ることにします。なぜ下手なのかに戻ります。私はそれは日本がかつてどこの国の植民地にもなったことが
ないからだと思います。アジア諸国でどこの国の植民地にもなったことのない日本以外の国の一つはタイだそうですが、タイの国民が外国語が堪能かどうかにつ
いては良く知りません。
http://www01.u-page.so-net.ne.jp/ga2/miyoshi/
174. ネイティブの英語が100%聞けるということ? 投稿者:浜谷 投稿日: 7月 7日(土)21時07分38秒
こうじ様
>私は独学でネイティブの英語を100%聞き取れるようになりました.
素晴らしいことだと思います。今までの書き込みをすべて見させていただいて、貴方様の英語修得に対する熱意と努力、そしてその結果としてのこの記述には敬
服するばかりです。ただ、私も根石さん同様100%云々というのは信じられません。ネイティブの英語が「不自由なく」聴けるということではないでしよう
か? 不躾な質問でお気に触ったらお許しください。
>「英語を聞き取ろう」とするのではなく、「相手を信頼しよう」
とすればいいのです.
についてですが、どのぐらいのレベルの人がこの姿勢をとることによりどれぐらい聴けるようになるのでしょうか?
例えばTOEIC、TOEFL、英検で言えばです。あまりレベルの低い人がいくら相手を信頼しても極端に言って100%聞けるようにはならないと思います
が?
175. 敬服しない 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 7日(土)21時35分03秒
浜谷さん
私はこうじ様の記述にはまるで敬服しません。
日本語として何を言っているのかわからないようなところが多分にあるためです。
英語に上達する前に、日本語をちゃんとしてほしいです。
あるいは英語に上達することで日本語が虫食いになっていることを自覚してほしいです。
176. th の位置で d の黙音化 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 7日(土)22時57分40秒
Eliot 様
「電話でレッスン」の途中で急いで書きます。乱文失礼します。
And they always said ...
というところをやるとき、and の d にわずかに母音がくっつくのを注意した後、
An(d) they
と d 音が「黙音化」する旨を言いました。その場合に、And の d を「言ったつもりで音を出さない」という指示の仕方をしました。
その「言ったつもり」の時の舌の位置ですが、次に続く they の th の位置(歯と歯の間)で、d
音の黙音化をやってしまってよいと言いました。
本来の位置ではないのですが、これで d 音の黙音化ができるので、他の生徒さんにもこのような指示をしてきました。
私は自分流に言葉を発明して「黙音化」と考えてきました。
Eliot さんは、ここのところは d 音の「脱落」ととらえられるのでしょうか。
また、舌の位置を th にして d 音の「黙音」を作るということはこれでいいでしょうか。
お教え願えれば幸いです。
177. /th/の直前の/t/と/d/ 投稿者:Eliot 投稿日: 7月 8日(日)00時08分40秒
根石様
まず結論から申します。
@/th/の直前の/t//d/さらに/l//n/はすべて舌先を本来の位置である前歯の根元の歯茎ではなく、上の前歯の裏側に当てて発音するのが普通で
す。
AAnd they always
saidのandの発音はanでもandでも構いません。ただし、andと発音しても、/d/は根石さんが生徒さんに説明なさった通りになります。通常の
速度の発話ではこの/d/は脱落させる方が普通だと思います。
私が持っている本に次の記述があります。
In Spoken English, the alveolar consonant sounds /t/ and /d/ are
usually made with the tip of the tongue touching the gum ridge directly
BEHIND the upper front teeth. However, when one of the sounds is
followed by /th/, either within a word or in the next word of a phrase,
it becomes DENTALIZED and is made with the tip of the tongue touching
the back of the upper front teeth.
In Good Speech, dentalization occurs ONLY when /t/, /d/, /n/ or /l/
is followed by /th/.
さらに次のようにも書いてあります。実際は/and//an/の中のaの文字は本の中では逆eになっています。
"And" in its weak form should be spoken as /and/ when followed by a
vowel or diphthong sound, and as /an/ when followed by a consonant sound
/and/ /an/
apples and oranges apples and pears
この本は Speak With Distinction (Edith Skinner著 Applause Theatre Book
Publishers刊)というもので、アメリカの俳優のための発音訓練用の指南書です。(こんな本を持っている日本人はめったにいないでしょうね)
著者のEdith Skinner女史はすでに故人ですが、この方面の第一人者だったようで、本の中で彼女がGood
Speechと名づけた、アメリカ人の俳優が身につけるべきニュートラルな発音を詳しく解説しています。Good
Speechは簡単に言えば、アメリカ英語とイギリス英語の中間のような発音で、テープでお聞きになった私の音読の発音に近いものです。
Spread the tablecloth.
Get the ball.
Ten thieves came.
Kill those cows.
これらの文中のd,t,n,lは舌先を上の前歯の裏につけて発音すればよいのです。
178. ネイティブの英語を100%聴き取れる!!! 投稿者:浜谷 投稿日: 7月 8日(日)00時39分11秒
根石さん
根石さんから私>私はこうじ様の記述にはまるで敬服しません。
日本語として何を言っているのかわからないようなところが多分にあるためです
私からこうじ様>今までの書き込みをすべて見させていただいて、貴方様の英語修得に対する熱意と努力、そしてその結果としてのこの記述には敬服するばかり
です
私は、こうじ様の「英語修得に対する熱意と努力、そしてその結果としての」「ネイティブの英語を100%聞き取れるようになりました」という記述を指して
申し上げましたのですが・・・。私のHPにも書き込んでいただいておりまして、その書き込みについて分らないところがあり、こうじ様にただ今紹介中です
が、そこでも同じ旨の記述がしてありまして、深く感銘を受けたのでした。
記述の仕方(日本語で)については私もあまり上手な方ではありませんので、ご批評する立場にありませんのでご了解願えませんでしょうか?
180. /th/の前の/t/と/d/(補足) 投稿者:Eliot 投稿日: 7月 8日(日)01時47分34秒
根石様
「舌先を上の前歯の裏につける」は「舌先を前歯の間にはさむ」と同じことです。/th/の出し方をいずれの説明でするかの違いに過ぎません。
181. わが国の国民が英語に堪能にならないその他の理由? 投稿者:浜谷 投稿日: 7月 8日(日)01時55分52秒
Duffy様
>なぜ下手なのかに戻ります。私はそれは日本がかつてどこの国の植民地にもなったことがないからだと思います。
アジア諸国でどこの国の植民地にもなったことのない日本以外の国の一つはタイだそうですが、タイの国民が外国語が堪能かどうかについては良く知りません。
植民地になった為にその国の国民がその後英語が堪能になった、というのは真理です。では、日本は植民地になったことがないことだけが国民が英語が堪能にな
らない理由なのでしょうか?勿論別の理由もありますよね? 上の書き込みは「その1」となっているのでその他の理由を早く御聞きしたいと思います。すみま
せん、せかせまして。初めての方への不躾、重々お詫びします。「議論が盛り上がっているので・・・」と仰ってますので、お許し願えると勝手に考えました。
182. 2分割その1 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 8日(日)03時49分56秒
Duffy 様
今日の毎日新聞を読んでいて、やたらになんだかむしゃくしゃしました。
沖縄で、女の人が米兵に暴行された事件に関してですが、その暴行の場が駐車場としか記述されておらず、それが米軍基地内なのか、米軍基地外なのかが記述
されていなかったように覚えています。
米軍基地内でのことなら、なんでその女性はふらふらとそんなところに入っていったのかがわかりません。
それが米軍基地外でのことであるなら、身柄引き渡しも糞もない。さっさとこの米兵を「しょっぴく」のが当然だと思います。日本の警察は、米軍基地の中へ
どかどかと入っていって、この男を「しょっぴいて」くるべきです。そうなると、日本の警察の機動隊は米軍とつばぜりあいをやることになるのでしょうか。日
本の機動隊は学生をぶんなぐり、不具にすることはできても、米軍という印籠を出されて、「ひかえおろう」と言われれば、ハハアッってな具合のものなので
しょうか。それなら、日本のことを真剣に考えた学生をぶんなぐって不具者を出したことの落とし前はどこでどうつけるのでしょうか。
日本で女に暴行をした米兵の身柄引き渡しなどをいちいちアメリカにおうかがいをたてなければ「しょっぴけない」ような安保条約だったら要りません。この
男を「しょっぴく」ことができないのであれば、日本の主権などは張り子の虎です。
なんでフェミニズムの論客たちは、騒がないかね。米兵になら犯されても気持ちいいってのが、ニッポンのフェミニズムかね。馬鹿フェミどもが、やってらん
ねえよ。
英語が100%聞き取れるなんてことを麗々しく言い、それも自慢げに言う若いもんが現れるのは、日本という張り子の虎がやらせていることだとも思ってい
ます。(英語が聞き取れる? そんなもの、「それがどうした」で終わりだってこともわからねえのかよ)
「アメリカ軍の元での平和」なんてものはそういうあんちゃんも作り出してしまいます。しょせん、この平和を保証するのは「軍」なんですが、基地外(キチ
ガイ)の暴行は日本での暴行なんですから、日本はそれを絶対に「しょっぴく」べきです。日本が「しょっぴいた」後の米兵の身柄をアメリカが要求するという
のなら話がわかります。
「しょっぴく」ことにアメリカの許可が必要なら、そんなものはまるで「しょっぴいた」ことにはなりません。
こんなことがまかり通るならば、日本の一部に(日本から切断されて)米軍基地があるということではなく、米軍基地の延長が日本だということになります。
冗談じゃねえ、俺はやだよ、と思う次第です。
「安保」というのは「安全保障」ということらしいですが、沖縄の人たちにとっては、「安全保障条約」は「危険保障条約」です。それは、本当は沖縄の人に
限定されたことではなく、私たち日本人一人一人の「危険保障条約」なのです。日本がアメリカの巻き添えになることを保証している条約です。
183. 2分割その2 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 8日(日)03時50分45秒
日本人は、わけのわかるアメリカ人と共に、アメリカに言うべきです。アメリカの憲法が軍隊を放棄すると書けないのは、とことん遅れているんだ、と。日本
の憲法はアメリカ人の手助けによってできた憲法だが、現にあるアメリカの憲法なんぞは足元にも及ばない。なあにが自由。なあにが平等。そんなものは国を単
位に言うようなことじゃない。国を単位に言うなら、まずは軍の放棄に言及せよ。アメリカは軍を放棄してみるがいい。日本の憲法は理念的には、軍の放棄に
よって、この地上のどの憲法をも上回る水準を獲得したのだ、と。
抱き取った理念というものが、どれほどのくやしさを噛みしめているものかを、日本の戦後民主主義者たちは素通りしています。(ちなみに私は昭和26年生
まれです。)
Duffy さんが提示された問題はこのことに結びつく性質のものだと考えます。
日本の主権が本当に確立しているならば(すでに見たようにこれはあいまいなものだと思います)、英語第二公用語もおもしろいと私は思っています。この場
合の英語は(安保条約によって優位を確保している国の言語=)アメリカ語という意味ではなく、(アジア・アフリカをも迎えとるための言語=)世界語として
設定するということになります。
きなくさい話で申し訳ないのですが、日本における英語というものを考えるとこのことにどうしてもぶつかってしまいます。
日本人が英語が下手なのは、日本が植民地になったことがないからだということはその通りだと思います。いくらシンタックスが日本語と英語では水と油のよ
うに異なるとしても、植民地化されて政治的な言語政策をやられれば(そんな場合の媒体はいつも学校です)、日本人は英語をしゃべるようになっていたでしょ
う。私は今の私ではないでしょう。
政治的な言語政策によってではなく、日本人が自主的に判断して英語を公用語にするのであれば、これは世界史上でまったく新しい事態となるでしょうが、す
でに書いたように、婦女暴行の基地外米兵を日本がアメリカの許可以前に「しょっぴけない」のであれば、英語は日本人にとって屈辱言語であるという一面をぬ
ぐうことが、いまだかなわないということです。「世界語としての英語」というものは、日本ではまだ理念の段階にあり、コミュニケーションなど気楽に信じて
いる人々が思っているのとはまるで逆に、私は英語は血腥くもリアルな言語だと思っています。
以上の言説は、沖縄での暴行が基地外であったことを想定しています。
この想定が事実と反する場合は、もう一度考えます。
----------------------------------------------------
いくこへ。
アメリカ人の親切さのおかげをこうむって助けられたことは私にも何度も覚えのあることです。私には善良なアメリカ人の友達(といえば、誰のことかすぐに
いくこにはわかると思いますが)もいます。しかし、世界を睥睨するアメリカ国家というものもまた一方にあります。それを笠に着て、我が物顔をするアメリカ
人というものも確実にいるのです。
184. 事実 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 8日(日)04時15分06秒
浜谷さん
浜谷>植民地になった為にその国の国民がその後英語が堪能になった、というのは真理です。
それは「真理」ではなく、惨めな「事実」です。
シンガポールに誰かいないか。
シンガポールに惨めさをきちんと語れるやつはいないか。
186. 今、英語学習よりも大切なことが 投稿者:浜谷 投稿日: 7月 8日(日)05時08分01秒
根石さん
私からDuffy様>植民地になった為にその国の国民がその後英語が堪能になった、というのは真理です。
根石さんから私>それは「真理」ではなく、惨めな「事実」です。
分りました。「真理」を「事実」と訂正させてください。
Duffy様
上記の訂正に賛成していただけますでしょうか? 「その2」でのその他の理由をお聞かせ頂けることを心待ちに願っています。
根石様
>こんなことがまかり通るならば、日本の一部に(日本から切断されて)米軍基地があるということではなく、米軍
基地の延長が日本だということになります。冗談じゃねえ、俺はやだよ、と思う次第です。
「安保」というのは「安全保障」ということらしいですが、沖縄の人たちにとっては、「安全保障条約」は「危険保障条約」です。それは、本当は沖縄の人に
限定されたことではなく、私たち日本人一人一人の「危険保障条約」なのです。日本がアメリカの巻き添えになることを保証している条約です。
全くその通りです。 我々日本国民はすべて平和ボケしてしまって、、『「安全保障条約」は「危険保障条約」です。』ことに気がついていないとしか考えられ
ません。または気がついていてもマスコミ(文化人と称するTVの各種番組パネリストの方々の多く、いや殆ど)は口を拭って、平然としている有様は第2次世
界大戦前夜のわが国がこうあったのでは、と疑わせます。一面では日本人の人の良さ及び単一民族国民(アイヌの皆様には申し訳ありませんが、私はあなた方が
既に純粋に帰化されたものと考えています。)として多民族を疑うことのないことがこういう状
態を招いていると考えざるを得ません。 今回は参議院選挙でまたまた平和ボケの極みとしか考えようのない事態になっていると肌寒さを感じているのは、私だ
けでしょうか? 比例代表区の議員選出方法でタレントがうじゃうじゃ立候補しています。 中には真面目な候補者もいらっしゃると思いますが、大半は比例区
自党票集めにかりあつめられた方たちではないでしょうか? こんな人達に我々の国家を任せられるとビュウアーの見なさん方は思われますか? この掲示板は
英語学習の為の掲示板ですが、管理人の根石さん自ら先頭にたって、故国の悲惨な状況を憂いて
おられます。みなさん、英語を一時忘れて真面目にわが国の惨状を語りあいましょう。そして、この掲示板からわが国の本当の変革の一石が投じられるよう念じ
ようではありませんか?
188. 実践的外国語学習方法論(その2) 投稿者:Duffy 投稿日: 7月 8日(日)13時42分54秒
浜谷さん
こんにちは、私の発言に注目して頂いてどうもありがとうございます。
浜谷さんの発言
>上記の訂正に賛成していただけますでしょうか? 「その2」でのその他の理由をお聞かせ頂け
>ることを心待ちに願っています。
「真理」であるような気はしますが、真理だと証明を要しますので大変そうです。
「事実」かどうかは私はそれだけの情報収集をおらず、半ば直感で申し上げておりますので、「事実だと思う」ぐらいしか言えません。
まあ、あまり細かい話はこれぐらいにして、その2を紹介させて頂きますが、その他の理由はすぐには出てこないみたいです。
ということで外国語が上手ということはある意味「屈従」を意味するのでしょうか。日本は遠い昔の歴史を振り返ってみるとまず、漢字というものを中国から輸
入しました。日本にはそれまでは文字がなかったとされるのですが、漢字の伝来とともに日本語が中国語で置き換わってしまうということは決してなく、万葉仮
名から始まって平かな、片仮名の発明に見られるように見事に中国のものを完全に吸収して日本オリジナルのものを作り上げてしまいました。
そして遣隋使などは「もう、中国から学ぶべきものは何もない」ということで廃止してしまいました。これは屈従からは遥かに遠い行動であると考えます。
現代で考えてみますと日本は海外から技術を導入するとき、正確なフレーズは良くは覚えていないのですが、「1号機は輸入、2号機はライセンス生産で、3号
機以降は輸出」というような言葉を聞いたことがあります。これにせよ、古代や平安時代にせよ、日本人がいかに海外の文化や技術をうまく吸収し、自己流に発
展する能力を持ち合わせているということの証だと思います。
189. 脱線の続き 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 8日(日)16時47分23秒
浜谷さん
やたらにつっこみばかり入れていると、「大風呂敷」は「漫才掲示板」になってしまいそうでこわいですが・・・
浜谷>この掲示板は英語学習の為の掲示板ですが、管理人の根石さん
自ら先頭にたって、故国の悲惨な状況を憂いておられます。
「故国の悲惨な状況」ってことになると、私は難民か何かってことになるのでしょうか。メタファとしてなら、私が日本在住のまま難民であるというのは「真
理」ですが、メタファとして「故国」という語を使われているような感じもしないので・・・。
英語をやって日本語に対する語感を薄めてしまうことこそ、亡国への第一歩ではないかとも思うのですが・・・。
日本が「故国」になってしまいます。
英語的語感を日本語の方に逆流させ、日本語の語感を強める方向に使用すべきだと思います。英語を強めることが、日本語も強めることになる方法はあると
思っています。私には、英語という語学をやることが、自分の日本語を鍛えることに大いに作用したという自覚があるものですから・・・。
そうしないと、英語という親鳥に向かって、大口開いてピーピー鳴くだけの雛になってしまいます。そんな雛が英語が「100%聞き取れるー」などと、無邪
気そうに言い、餌をもらって目をくりくりさせています。まことに日本の英語フリークはラブリーなピープルです。(これでも、英語塾経営者の発言です)
浜谷>みなさん、英語を一時忘れて真面目にわが国の惨状を語りあいましょう。
いやいや、みなさん、誘惑に負けずに、英語をやって下さい。
基本的には、この掲示板は英語をやっつけるためものです。
管理人が酔っぱらいであるのが問題ですが、真剣に解決に向かおうとはしません。
今後も脱線はありえますが、基本は基本です。
英語をやってください。がんがんと過激な「机上」を確立して下さい。
----------------------------------------------------
Eliot 様
お教えいただきありがとうございました。
この種の細かな話は、私の生徒さんたちにも非常にためになると思います。
今後もよろしくお願いいたします。
現在、酔っぱらって脱線しておりますが、まもなく本来の論議に戻ります。
190. 私の書き込みの抹消をお願いします。 投稿者:浜谷 投稿日: 7月 8日(日)19時07分29秒
根石さん
>いやいや、みなさん、誘惑に負けずに、英語をやって下さい。
基本的には、この掲示板は英語をやっつけるためものです。
どうも済みませんでした。早合点してしまいましたようです。沖縄の少女暴行事件で政府の対応のまずさ、その基底にある私を含めた国民の無力感にいらだちを
覚えていたところで、とんだ脱線をして、貴掲示板を汚してしまいました。私のあの書き込みは抹消して頂きますようお願いします。
今後は英語関係のことだけに限って書き込みいたします。
浜谷俊雄
191. 遠慮なさらずに 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 9日(月)01時22分13秒
浜谷さん
いや、あんまり気にしないで下さい。
「いやいや、みなさん、誘惑に負けずに」というのは冗談です。
実際に誘惑に負ける人が続出し、英語をやらずに掲示板に書き込むことばかりするような生徒が出てきたら、その時に、私はきちんと叱ります。誘惑に負ける
どころか、私の生徒さんはなかなか書いてくれないので、もっと書いてくれえ、と思っているというのが実際のところです。
浜谷さんがこの国の政治的な状況について書きたくてこの掲示板を使われるなら、それはそれでいいのです。私の話も枝ばかり生えてしまい、余計な話といえ
ば余計な話が多くなりがちです。自分でやたらに話に枝を生やしながら、人様に余計なことを書くななどとは、私は申しません。第一、たいてい実際に酔っぱ
らって書いているんです。
浜谷さんが提示された話に興味を持たれた方が応じられ、話が続いていくなら、それは継続していただいてかまいません。いろんな話が入り乱れるような掲示
板の方が活気があっていいと思っています。何の話をしてもらってもいいんです。
英語という言語をやっている私たちに、沖縄で生じていることなどが無関係であるはずはないと考えています。それらを考えながら、英語をやっていくことが
いいと考えています。本来は政治や安全保障条約などは、語学そのも
の、言語そのものとは無関係だと思いますが、しかし、それにもかかわらず、英語という言語は非常に政治的な言語となる場合があります。
英語がしゃべれたらステキ!などと言っている方々は、この辺にはまるで触らないようにしているようです。私は、触ります。私は政治的状況などに触るより
女に触る方が好きですが、英語で人様からお金をいただいて生きている身としては、触りたくないものに触らなければならないこともあると思うのです。
実際の植民地ではないにしても、日本人の英語人口の中に「植民地根性」は結構広く行き渡っていると思うからです。「英語がしゃべれたらステキ!」なんか
も、一皮むいてみると植民地根性であったりします。
Duffy さんが提示された植民地と言語の問題なども、議論が深まることを願っています。
記事の削除に関してですが、一応の方針を書いておきます。
単独の記事で、それに対するコメントがついていないものについて、書いた本人から削除の申し込みがあった場合は削除します。すでにコメントがついている
ものに関しては、コメントだけ残っても読む人が何のことかわからないという場合が生じるだろうと思うので基本的には削除しないことにします。
また、議論が喧嘩になった場合でも、基本的には削除しません。
相当程度の罵倒語が羅列され、同じような罵倒語ばかり読んでても退屈であくびが出るというくらいの沸騰点に達しましたら、以後は削除します。
浜谷さん、あまり遠慮なさらずにこの掲示板を使って下さい。
つっこみを入れたくなったときは、私はまたつっこみを入れます。
私も自分の書くものにつっこみが入ることは覚悟して書いていきます。
おかしなことを言っているなと思ったらどうぞつっこんで下さい。
ざっくばらん、ということでやっていきたいのです。
「貴掲示板を汚してしまいました」などと思っていただく必要はまったくありません。
192. やや大人気ないですね 投稿者:Tackchan 投稿日: 7月 9日(月)01時46分22秒
こんにちは、はじめましてTackchanといいます。
浜谷様とのやりとりを見せていただきました、とても共感させていただくところも
多かったのですが反面??と感じたところもありました。
1、やりとりの中で「松本道弘」のことが上げられていたがあなたは「松本道弘」
の英語をきちんと聞いた上であの発言をしているのでしょうか?
2.SPEED何とかと言う人に対するコメントについて「お前アホか!」などの
言葉を使用していたが成人してた大人の態度としては如何なものか?
余計な事かもしれないけれど万人が見れる場所なのであえて書かせていただき ました。
あなたの本は1度きちんと目を通させていただいた上で今度は本に対する質問
をさせていただくつもりでおります
194. 松本道弘の日本語 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 9日(月)02時50分45秒
Tackchan 様
初めまして。
浜谷さんとのやりとりというのは、私のホームページの記事のことだと思います。それとも、古川さんの掲示板での記事でしょうか。松本道弘のことは、古川
さんの掲示板へ書いたように覚えていますが、私のホームページの記事にも重複していたかもしれません。そのあたり、記憶が確かではありません。
松本道弘という方の英語が駄目だというようなことは私はまるで書いた覚えがないのですが・・・。英語だけを見れば、むちゃくちゃうまい人だろうと思いま
す。
松本道弘さんという人が日本在住のままに(英語用に)口と耳を鍛えあげてしまったことは、この人の著書に、「一度も英語圏に住まずにNHKなんとかなん
とかという講座の講師になった」という謳い文句があり、それで知りました。
私は、この方の外人ハントに秘密があると思っています。外人ハントを繰り返したことはこの人の何かの著書で読みました。普通は、日本に住む日本人には英
語の磁場はまったく欠如するわけですが、松本さんは、小型の磁場は確保した人じゃないかと思っています。
日本に住みながら本当になめらかな英語を使う人は、私の言い方では「磁場持ち」の人だと思います。ほぼ例外はないと思っています。私の昔の塾生で、アメ
リカで結婚して、日本に帰ってきた人がいます。亭主と子供をアメリカから連れてきて、私の近所に住んでいます。この人は「磁場持ち」です。
大型の磁場としては日本語の磁場の中に住んでいるわけですが、家庭では小型の英語の磁場が持続されています。
この家庭ではほとんどのことが英語が話されていますから。
日本在住のままでも、結婚や同棲という形でなら、もっとも小型の磁場ながら英語の磁場が持続されることがあります。この形での磁場を松本さんは持ってい
たのではないだろうかと私は考えています。
松本道弘が駄目なのは、その日本語です。結構この人の本は見つければ買っていたのですが、大御所扱いされるようになって以後のものに、こりゃあひでえや
としか言いようがない日本語がありました。それもひとつや二つではありませんでした。
くだらねえ本だと思ったから、大事にせず、従ってみつかりません。みつかったら、是非ここに引用してみたいと思います。
以上、ご質問の(1)に関してです。
195. 早速のレスありがとうございます。 投稿者:Tackchan 投稿日: 7月 9日(月)03時20分42秒
以下引用させていただきます。
引用開始
浜谷さんが若い頃に通っていた英語道場(正確な名前は忘失)を主宰していた松本道弘さんですが、この人は今、ハワイ大学だかの教授だか助教授をやっている
とどこかで読みました。「ひとりもん」が「磁場持ち」になっちまったわけで、「ひとりもん」としては身を持ち崩したな、と思っています。だいたい、この男
の日本語は時に非常に雑ぱくで、本をどれだけ書き、どれだけなめらかに英語をしゃべったところで、それがなんなんだと思ったことがあります。
そうですね,確かにあなたは「松本道弘」の英語のことについては言及していませんでしたこの点は私の早とちりでした、すいませんあやまります。
しかしあなたはなぜ「この男の日本語は非常に雑ばく」というコメントをされたのですかというよりどの部分が「日本語が雑ばくだから,本をどれだけ書き、ど
れだけ滑らかに英語をしゃべったところで、それがなんなんだ」とまで不快な気持ちにさせたのでしょうか是非,教えてください。
それともう一点、あなたは先ほどの私へのレスの中で「私は、この方の外人ハントに秘密があると思っています。外人ハントを繰り返したことはこの人の何かの
著書で読みました。普通は、日本に住む日本人には英語の磁場はまったく欠如するわけですが、松本さんは、小型の磁場は確保した人じゃないかと思っていま
す。」と書いていますが本当に外人ハントが彼が英語が上手になった秘密だと信じているのですか?
もしそうだとしたらそれはとんでもない間違えであると言わせていただきます。
外人ハントなんかで(英語用に)口と耳を鍛え上げられるはずがないと私は断言できます。
それともう一つ、あなたは「外国にいって英語ができるのは当たり前だ」のような事を掲示板で述べておられたが(それは”磁場がある”とかいっておられた
が・・・)
それも間違いです、外国にいったことだけがその人の英語力を押し上げたのではありません。
その人が努力したからです、したがって外国に行かなくても(あなたの言うところの磁場が外国にいった人より少ない人でも)英語は絶対に上手になります。
これが私の長年の信念ですが,反論をおまちしています。
以上,生意気な意見かもしれませんがすべて本音です。
196. もう一つの質問へ 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 9日(月)03時58分20秒
Tackchan 様
私がこの掲示板を持つ前に、古川さんの掲示板で浜谷さんが本質的なことを書かれているのを読みました。古川さんの掲示板上で、私と浜谷さんと何度かやり
とりがありました。
そこへ、SPEEDなんとかという人が横槍を入れてきて、こんな議論はどうでもいいと思う人が多いはずだから、どこか他でやれというようなことを言いま
した。
私はそれに返事を書き、日本には語学論が払底しているが、それがないからこそこれまでの日本の英語のていたらくがあるのだと書きました。
これは私の基本的な考えの一つなので、浜谷さんとのやりとりを私のホームページ上に掲載するに際し、SPEEDなんとかの文も掲載しました。SPEED
なんとかに対する対応として、私の基本的な考えの一つが書かれたのであり、私の文だけ掲載してもわけがわからないことになるからです。
自分で横槍を入れてきたくせに、私がそれを引用して私のホームページに掲載したら、SPEEDなんとかは、勝手に自分の文を引用するなといちゃもんをつ
けてきました。著作権のようなことを言い出したのです。あほんだら、掲示板などというまったく公開された場所で、人に「からんで」おいて、そのからみに相
手が応じ、からみ返され、からみにからみがからんだ、くんずほぐれつの流れができたその中から、僕の文だけは引用しちゃ駄目!もねえもんだ、この糞おぼっ
ちゃんが。そう思ったので、引用されるのが嫌なら、公開された場所で横槍なんぞ入れるんじゃねえよ、アホか、と私はほとんど一晩つぶしてののしりだけでで
きた記事を書きました。それがあまりに罵倒語の連続だったためか、発端になったSPEEDなんとかの記事までさかのぼり、古川さんの手によってごっそり削
除される憂き目にあいました。
浜谷さんは、SPEEDなんとかが書いていたことにわずかに触れていただけなのに、まともな論議の長文をひとつそっくり削除されてしまい、私と
SPEEDなんとかとの喧嘩の巻き添えを食いました。(浜谷さん、その当時はご迷惑をおかけしました。)
まあ、しかし、SPEEDなんとかというやつの相手をしているのにつくづく疲れていたところなので、ごっそりと削除していただき、いっそさっぱりしまし
た、と古川さんにはお礼を言いました。
(ここで浜谷さんにお詫びします。すみません。ハードディスクに残っているものは、調べてみたらわずかでした。古川さんに消されてしまったために復元で
きない記事がいくつかあります。特に、SPEEDなんとかが消される直前に書いたものが復元できず、弱っています。まあ、実にこましゃっくれた言いぐさ
で、是非引用したいのですが・・・。時間がなくて、残っているものを復元して私のホームページの記事に追加するというお約束がまだ果たせていません。しば
らくお待ち下さい。しばらくして私が忘れているようでしたら、言ってください。なんだか、掲示板を持つとやたらに忙しく、申し訳ありません。)
「お前アホか!」などの罵倒は、時と場合によっては、私は今後も使用いたします。話の通じない者に、懇切丁寧につきあい続けるつもりはありませんから、
もう話を続けたくない場合は、それらの罵倒語によって、話を打ち切りにします。ところが、相手が打ち切りにしてくれないで、おちょぼぐちで反論することが
あるんですね。そうするともう、私は罵倒語の雨嵐は平気ですね。いくらでも繰り出します。
まあ、今のところ、ちょっくら人格者などになる気はないということです。
SPEEDなんとかは、横槍を入れてきたのです。
話の内容につっこみを入れたというのではなく、私と浜谷さん達との話の全体を要らないとぬかしたのです。他人の掲示板にのこのこ出てきて、このテの記事
は要らないとぬかすんですから、まあ、たいてい言われた方は腹はたちますね。
その基本だけは押さえておいてくださいね。
この掲示板の誕生のきっかけとしては、そんなことがありました。
「成人してた大人の態度としては如何なものか?」とか言われたって、そんなもの、よくねえ態度であるに決まってるじゃねえですか。よろしい態度であるな
どと、誰に言ってもらえるとも思っていません。
(ところが、Fさんは「よろしい」と言ってくれたので、私としてはめんくらいました。この掲示板が開設されたときの最初の記事として、私がFさんからの
メールを引用させていただきました。この掲示板の記事数は70までですので、すでに読むことができません。いずれ、消えた分を復元し、私のホームページに
転載します)
本に関しての質問をお待ちしています。
197. 磁場の絶対性(1) 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 9日(月)05時14分06秒
Tackchan 様
松本道弘のどの本だったかはタイトルを思い出せません。今、それでもと思い探してみましたがみつかりません。文庫本だったと思います。出てきたら、例示
することをお約束します。
皆さんの中で、松本道弘の文庫をお持ちの方がおられませんでしょうか。中を覗いてみていただいて、これは日本語としてひでえんじゃねえかというものを見
つけられたなら、お教え下さい。引用していただければ、ああそれだ、とか、いやそれじゃないな、とはすぐにお答えできると思います。
Tackchan>どの部分が「日本語が雑ばくだから,本をどれだけ書
き、どれだけ滑らかに英語をしゃべったところで、それがなん
なんだ」とまで不快な気持ちにさせたのでしょうか。是非,教え
てください。
自分が英語が上手であることを自負する人がひどい日本語を書くのを見ると、私は松本に限ったことではなく、誰にでも腹がたちます。
Tackchan>本当に外人ハントが彼が英語が上手になった秘密だ
と信じているのですか?もしそうだとしたらそれはとんでもな
い間違えであると言わせていただきます。
外人ハントなんかで(英語用)に口と耳を鍛え上げられるはずがないと、あなたがおっしゃることは、まったくその通りです。口と耳を鍛えるのは、実際に口
を激しく動かし、耳を働かせる訓練を自分に課するから実現することです。それを行う場のことを私は「机上」と言っています。松本道弘も激しい「机上」を
持った人です。
私が言っているのは、あくまでも「磁場」のことです。松本は、小型の磁場を絶えず確保する努力を続けていた人ではないかと推測しているのです。それが、
彼の外人ハントだったのだろうと推測しているのです。これは松本道弘という人の「私生活」であり、生活言語のことですから、推測するしかできません。これ
もまた本の名前を忘れてしまっていますが、松本が自分で外人ハントを繰り返したと書いていたことは事実です。
私が言いたいことは、「磁場」だけが形成しうる言語のスキルは絶対にある、ということです。
198. 磁場の絶対性(2) 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月 9日(月)05時15分51秒
Tackchan>それともう一つ、あなたは「外国にいって英語ができるのは当たり前だ」のような事を掲示板で述べておられたが(それは”磁場がある”と
かいっておられたが・・・)それも間違いです、
「磁場」だけが形成しうる言語スキルは絶対にあります。これは、「磁場」を欠いた言語的「ひとりもん」の努力が及ぶことではありません。はるか昔に、吉
田健一という人が、日本人が日本に暮らして英語をどれだけやっても、英語ネイティヴと同じようにしゃべるようになることはないと言っています。これは、
(言語的、文化的、社会的)磁場の有無の絶対性を言っているのです。磁場は個人の言語を、刺激し、育て、維持する客観的な環境です。
日本に生まれて育って、日本語をしゃべっているのは当たり前だと思います。
英語圏で生まれて育って、英語をしゃべっているのも当たり前だと思います。
英語圏で数年暮らして帰ってきて、英語がまるでしゃべれない実例も私は知っています。だから、「外国に行った」という条件ひとつが英語をしゃべるように
させているのであるとは思いませんが、外国に行ってしゃべるようになった人のしゃべりというスキルを支えているものが、「日本に生まれて日本語をしゃべ
る」ことが当たり前であり、「英語圏に生まれて英語をしゃべる」ことが当たり前であることに働いている磁場」の力に大きく支えられていることは間違いのな
いことだと思います。個人の努力よりも、「磁場」の恩恵が大きいのだと考えています。
Tackchan>外国にいったことだけがその人の英語力を押し上げた
のではありません。その人が努力したからです、
もちろんそうです。しかし、「その人が努力したから」というその努力の何倍も、ひょっとすると何十倍も日本で努力しても、日本在住(英語の磁場の欠如)
という条件下からは、ストレスなく、英語が口から出てくることはないと考えています。だから、私は日本人の英語はごつごつしたもの、とつとつとしたもので
いいと考えています。まずは、「ごつごつ」や「とつとつ」を大きく肯定したい。松本なんかとはまるで違う考え方です。
回りから「英語ぺらぺら」とか言われている人も、内心はごつごつしたものを感じながら英語をしゃべっているのだと思っています。そうでない人は、日本語
の磁場を何らかの手段によってスポイルしている人でしょう。
浜谷さん、この点に関してはいかがでしょうか。浜谷さんは、いわゆる「英語ぺらぺら」の方なので、お聞きするのに最適かと思いました。
202. お返事をいただいたみなさんへ、 投稿者:こうじ 投稿日: 7月 9日(月)12時42分16秒
皆様、ありがとうございます。
(企業研修の為、お返事を書くのが遅れてしまいました.)
「100%聞き取れる」発言からいろいろな方の意見がでているようですね。
まず最初にお断りしておくべきだったと思うのですが、私がここでいろいろ述べていたのは「ネィティブと同じ「聞く、話す」力が要求される仕事についておら
れる方、またはこれからそのような仕事をされようとしている方」の英語独学方法であるということです。また、「発音がきれいになりたい」という目的で英語
を独学している方々の参考にもなると思いましたので。
それから「日本語もまともにできないのに、英語ができてどうする?」という厳しいご指摘がありましたが、私は一般の日本の社会人の方と比較すると、漢字の
読み書きができません。でもそういう批判を受けるのを覚悟で英語を勉強しています.私達一人一人に与えられた生活の時間は常に一本で重複することがありま
せん。外国に住みながら日本に住むことは不可能です.日本で英語環境を作ろうとすればその分、日本語環境を削らなければなりません。母国
語ができなければその人は人間として非難されるべきでしょうか?私がこれから働きたいと考えている仕事の環境には、「日本人として」というものの考え方よ
りも「人間としてどう考え、動くのか」の認識が必要とされています。
仕事の環境以外では、他の人たちとトラブルにならないように普通の日本人以上に周囲の雰囲気にとても気を使っています.また英語環境を身につける為にクリ
スチャンの洗礼を受けるのはおかしな事でしょうか? 「知らないこと、まだ見たことのないもの」を知ろう、やってみようとするのはおかしな事でしょうか?
「誰もそんなことはしない」、「人とは違うことをやっている」から非難されなければならないのでしょうか?またクリスチャンになる日本人は「日本人の
心」を忘れた人間でしょうか?私の中には「自己犠牲、他者愛」のクリスチャン精神が形成されていますが、その基盤には「自ら切磋琢磨し、他者を理解しよう
と勤める心」、「和」の仏教精神が存在します.
私たちがここ(この掲示板)に書込みをしているのは、互いの言葉尻をとって他者を批判するのが目的でしょうか?
それとも「帰国子女いじめ」と同じで、日本語のできない日本人を人間として「ばか者よばわりして」阻害するのが目的でしょうか?
「ネィティブと同じように英語が聞けるようになった。これはいい方法だからみんなに教えてあげよう。」と思って折角書き込んでも最初から聞く意思がないの
であれば、もうこの掲示板に書込みをするのをやめようと思います.
それからもうひとつ。
「ちゃんとした日本語ができないからお前は馬鹿だ」といっているような人は、「自らを切磋琢磨」することもせず、「他者を理解しようとする心」が欠けてい
るように思われます.自分が自らの目的の為に英語の勉強を続けて努力しているのであれば、他者を非難している余裕など無いはずです。この掲示板の目的は、
「英語に関する議論」であって「人間に関する議論」では無い筈です.
203. お返事をいただいたみなさんへ、(2) 投稿者:こうじ 投稿日: 7月 9日(月)12時43分22秒
ここでまとめてご質問にお答えします.
@精神面を鍛えるには?
英語でも他のことでも同じだと思うのですが、自分の人生の中で何か計画をたてて最後まで続いたという経験があればそれを思い出していただけると良いです.
腕立て伏せを毎日30回やって1年続けられた人は英語も聞き取れるようになります.自分の場合は高校の頃からウエィトトレーニングをやっていてもう10年
以上になりますが。また、中学の頃は体が弱く、学校から帰るとすぐ疲れてぐったりしていたのですが、これではいかんと思い、主要5教科の参考書を買い込ん
でそれから卒業までの計画をたてて最後までやりとおしたので、最初は学年でビリだったのが、卒業近くには学年で5番を取ったという経験もあります。英語以
外でもなんでも良いのです.趣味でも仕事でも、とにかく長期間に渡って自分が何かを達成できたという経験をつくることが大切だと思います.「わからないこ
とがつづくといやになります。」ということですが、続ける秘訣はこうです。『今日はひとつだけ聞き取れた。だから昨日よりはちょっとだけ進んだ。』『今日
もひとつだけ聞き取れた。だから昨日よりはちょっとだけ進ん.』それでいいと思います.すべてを聞き取ろうとして頭をフル回転させると疲れます.非常に疲
れます.だからすべてを聞き取ろうとするのではなく、頭を使わずに耳だけで聞き流しておいていくつかの言葉の意味が(日本語で訳せずとも)ふっと頭の中に
自然に浮かんでくる。その繰り返しでいいんです。勉強しようとすると疲れます.たとえば"Hello!","Good morning!","How
are you?"などは特に日本語を意識しなくても意味がわかるでしょう。それの繰り返しです.
A英語を書かずに聞いて覚えるの意味。
「ヒアリング」と「単語の意味」を覚えるのは別個の勉強です.
私の独学経験から言うと、単語の意味は知らなくともヒアリングの勉強はできます。
それから、TVを見ていて「新しい単語」がでてきたらその時は聞き流します。
メモも辞書も取りません。そうして、違う日に違うTVの場面で同じ単語がでてきたら、「あ、これは前に聞いたことがある」となんとなく思い出しますが、こ
れも聞き流します。また違う日にその単語がでてきたら、今度はそれが気になって仕方が無いはず、それを頭の済みに置いておいて、TVのコマーシャルが入っ
ている時間に辞書で調べます.
204. お返事をいただいたみなさんへ、(3) 投稿者:こうじ 投稿日: 7月 9日(月)12時45分51秒
B相手を信頼すると何故聞き取れる?
ネイティブの発音は日本語とは違う英語の波があり、この発音の波にのれるかどうかでネィティブの音の波に乗せられた言葉をすべて拾えるかどうかが決まるの
だと思います.よく、プロのサーファーの方が「体を波に預ける」という表現を使いますが。「波を信頼して体を預ける」から「どのような波にも乗れる」よう
になるのであり、私が言わんとしているのはそういう感覚のことです。悪人でも信頼してよいのか?という質問は場違いだと思います.
C音に言葉を乗せる
もう2,3の例をということですが、たとえば、「うー」という一本の音に以下のセンテンスを単語と単語の間を切らずに発音してみます。
手をパンパンと2回はたく間に言えるように練習します。
(1)What are you going to have to do?
(わらやがなはっとどぅ?)
(2)No, I'm not going to want to have to do it.
(のーあむのっごなわんはうとどういっ)
という風にきこえます。
「ビヴァリーヒルズ青春白書」や「キングオブザヒル」をご覧になられた方はご存知かと思いますが、アメリカでは西海岸やテキサス方面でこのなまり(?)が
強いように感じられます.いわゆる「メロメロ」という感じで聞こえる英語ですが。
205. こうじさんへ 投稿者:Duffy 投稿日: 7月 9日(月)13時47分44秒
うーん。根石さんの言っていることはこうじさんにはあと30年ぐらいしないと
理解できないかも知れませんね。うまくすれば20年後には理解できるとは思いますが。
でも発言を無視せずに戻ってきたところを見るとあの一連の発言はこうじさんの琴線
に響くところがあったのでしょうね。
私も10代の頃はこうじさんのようなことをしてましたから、こうじさんの気持ちも
分りますが、今では根石さんの意見を100%支持しますね。
それこそ根石さんを「信頼」すれば根石さんの心の声が聞き取れるかも知れませんね。
あまり根石さんの過激な字面に惑わされない方が良いと思います。
すみません。偉そうなことを言って。でもこうじさんのような人にはぜひこれからの
日本を指導して行くような人になって欲しいので。自分の才能を自分だけのためでなく
人のためにもぜひ使って下さい。
206. ネィティブの英語にこだわる理由 投稿者:こうじ 投稿日: 7月 9日(月)15時38分33秒
私がネィティブの英語にこだわるのは、自分の仕事の分野でそれが、「必要」だからです。
また、アメリカの西海岸の発音にこだわるのは、最低でもそれができなければ仕事がもらえない「職種」だからです。「日本人だから日本人の英語でいいじゃな
いか。」そういう考えではこの仕事を得ることはできません。たとえば外国の政治家はちゃんと自分の意見を英語で話します.でも発音については自国流です.
それはそういう職業だからそれでいいのです。私がこの掲示板でお話してきた英語学習方法は、将来の仕事で、ネィティブと同じ力が必要とされる種類のもので
す。自分とは全く関係ない、自分達の世界とは無縁と思われる方は、「批判」ではなく、ただ「興味が無い」
といっていただければ通じますよ。
209. >英語教育に本当に必要なもの 投稿者:こうじ 投稿日: 7月 3日(火)11時48分18秒
というタイトルで登場されて、
>多くの日本の英語教育の現場で仕事をされている先生方は本当に分かっているのでしょうか?
>現場の先生方へ、子供達の英語教育に今本当に必要なのは、読む、書く、聞く、話す、
>といったものではなく、「相手を信頼」することです。
という批判、指摘をされていましたよ。
その後、Eliotさんの実践へのコメントなどが続いていたので、
「日本の英語教育をどうするか」という文脈を踏まえた上での意見を書かれているのだと、
ずっと私は考えてきました。
現場の教育では、まず母語ありき、ではないかしら、
日本語で「感情の受け渡しの訓練」を十分やっているからこそ、
外国語でもそれが可能になるのではないかしら、という私のコメントも、
当然その文脈に沿った上でのことです。
自分の覚悟と選択で「日本語より英語優先」の人生を歩むのは、
当然、本人の自由に属する事柄です。
議論の足場をご自分の都合でコロコロ変えるのは、ちょっとズルいですよ。
216. ご丁寧にありがとうございます。 投稿者:Tackchan 投稿日: 7月 9日(月)20時57分51秒
根石様
昨日は遅くまでつきあってくださいましてありがとうございました。
根石様のおっしゃりたい事は大筋において理解する事ができたと思います。
ところで、ここで又一つ質問をさせてください。
根石様は、「磁場」だけが形成しうる言語スキルは絶対にあります。」と述べられていますが
この”磁場”というのは”人工的な環境”と言う意味でもよいのでしょうか?
もしそうだとすれば、日本いても勿論言語の習得は可能のように思いますが如何でしょうか?
それともう一つ、このHPで「私はネイティブの英語を100%聞き取れる」と言う発言に対して意見が飛び交っているいるような気がしますが私にすればナン
センスの一言です。
以前、私も「もしかしたら俺ってかなり英語ができるんじゃないの!」と感じた時期がありましたがそれは”錯覚”です。自分が勘違いしているか相手のネイ
ティブが本気になっていないかのどちらだと確信しています。“語学というのはいくつもの壁があり一つの壁を越えると又大きな壁が目の前にそびえている。”
私はこのように考えています。
反論をお待ちしております。
219. 英語がペラペラ喋れるということ 投稿者:浜谷 投稿日: 7月 9日(月)23時13分47秒
根石さん
>浜谷さん、この点に関してはいかがでしょうか。浜谷さんは、いわゆる「英語ぺらぺら」の方なので、お聞きするのに最適かと思いました。
>私は日本人の英語はごつごつしたもの、とつとつとしたものでいいと考えています。まずは、「ごつごつ」や「とつとつ」を大きく肯定したい。
私の英語がどんなものか近日中に私のリーディングのデモテープをお送りします。なんだこんなもんだったのかと軽蔑されそうですが・・・。私は「英会話学習
法フォーラム」というHPを開いている理由はあまりに英会話アレルギーの人が多い現状を打破したいからでして、とにかくネイティブの言っていることがさほ
ど不自由なく聴ければよい、喋る方は極端にいえば筆談や手まねでも構わないということを基本にしています。
もうひとつ付け加えさせていただけば、「あの人は英語がペラペラだ」という場合、一般的に言って、言ってる人の「羨望の感情」という主観が入っていること
が多いように思います。「さほど不自由なくネイティブと喋れる人」を人はそういう風に言うのではないでしょうか? それが「ごつごつ」でも「とつとつ」で
もいいと私は考えています。
根石さん、こんな回答でよろしいでしょうか? 私の「英語ペラペラ」の解釈が根石さんの思ってらっしゃる解釈と違っていたら、ごめんなさい。
220. 「100%聞き取れる」について 投稿者:Eliot 投稿日: 7月10日(火)00時03分16秒
私は日本語を母語としますので、少なくとも通常の話し言葉の速度で発話された言葉の音が聞き取れないということはまずありません。例えば、「あきあかね」
という単語を聞いて、「おきおかに」なのかな、いや「あぎあがね」なのかな、とか思うことはないし、「韓国から来た画家さん」を「監獄から来た加賀さん」
と聞き違えることはありません。「通りの鳥居にいる鳥をお取り」を「鳥居の鳥煮る鳳をお通り」と聞き違えることもありません。「おばさん、聞いて」「おば
あさん、来て」「大場さん、切って」の聞き分けは寝ぼけていてもできます。
「シンヤッケ」「シニャッケ」「シンヤーケ」「シインヤケ」の聞き分けもできるし、とっさに「今おっしゃったシンヤッケって先ほどおっしゃっていたシン
ヤーケとどう違うんですか」などと、相手の発音した通りに発音して聞き返すこともできます。そういう意味では、私は日本語を100%聞き取れると言っても
いいでしょう。
しかし、英語でそのレベルに達するのは日本在住のしがない中学高校英語教師には無理だろうなあと思っております。初対面の人の口から発せられる、彼の名前
と出身地が自分がそれまで聞いたことがない固有名詞だったら、とっさに聞きとるのは極めてむずかしい、いやほぼ絶望的です。
221. はじめてカキコさせていただきます 投稿者:匿名希望み〜ちゃん 投稿日: 7月10日(火)00時27分39秒
これまでロムばかりでもうしわけありません。
はじめて書き込みをさせていただきます。
英語は学生時代とってもできませんでした。
でも、社会人になってから、もう一度英語をはじめようかなと、思いつつもじもじしています。
ネットで根石さんのことを知って、掲示板を見させていただくようになりました。
まえから不思議だなあと思っていたことを書きます。
数学ができなくても、社会科ができなくても、国語やほかの地味な科目ができなくても、そんなに恥ずかしくないのですが、英語ができないと、自分がとっても
どんくさいような劣等感を持ちます。
でも、逆に英語ができる(ぺらぺらしゃべれるとか)ということは、数学や社会や国語やらができるより、かっこよくて鼻が3センチぐらい高くなる感じがして
しまいます。
どうしてなんだろう。
英語は、個人の「プライド」とか「ステータス」とか(横文字書いてて意味わかんなくてすみません)に、とっても関わっているのかな。
その理由は、どんなところからきてるんでしょ。
それから、う〜ん、と思ったのは、アメリカの西海岸の発音じゃなくちゃだめっていう意見です。
英語には、ニュートラルな英語っていうのがあるんじゃないでしょうか。その英語はべつにはずかしい発音でもないし、どこの国の人とも不自由なく話せる英語
です。
たしかに、現地企業にいけば、英語がしゃべれることは第1だと思うし、地元の英語がしゃべれなければ、溶け込めないということもあるんじゃないかなとは思
いますけど。
蛇足ですけど、掲示板にがんがん書き込む時間があったら、いさぎよく学士会館にほんの少しの時間でも、パクパクさんにお会いになればよいのに、、、。仕事
でもなんでも結構できる人って、少ない時間の間でもアグレッシブにスケジュールつめて、なんとかお会いする時間をとってくれると思うんですが。
偏見かな。
失礼しました。
222. 興味ありません。 投稿者:Eliot 投稿日: 7月10日(火)00時36分30秒
私は中学生と高校生に学校を卒業してもほろびない英語の力をどうやって付けてやればよいのかということに一番の興味があります。英語の発音には相当興味が
ありますが、今研究しているのは、外国語として日本人が使う英語にふさわしい、日本人にとっては身に付けやすく、世界のどこの人にも聞き取りやすく、感じ
がいい発音の体系です。
私が教えている生徒の100人のうちの一人も、将来アメリカ西海岸の訛りでアメリカ人のように英語を話し、聞き取らねばならないような境遇に身を置くこと
になる人はいないでしょう。だから、こうじさんのお話には興味ありません。悪しからず。
223. もどきの価値 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月10日(火)02時04分05秒
Duffy 様
Duffy> 現代で考えてみますと日本は海外から技術を導入
するとき、正確なフレーズは良くは覚えていないのですが、
「1号機は輸入、2号機はライセンス生産で、3号機以降は輸
出」というような言葉を聞いたことがあります。これにせよ、
古代や平安時代にせよ、日本人がいかに海外の文化や技術を
うまく吸収し、自己流に発展する能力を持ち合わせていると
いうことの証だと思います。
種子島に鉄砲が伝わってすぐに、日本の鍛冶屋がそれを分解し、どこがどうなっているのかを見て、じきに鉄砲を作ってしまったという話をどこかで聞いたの
か、どこかで読んだのか・・・。
三菱のジープなんかも、ライセンス生産しましたが、途中から、個人の町工場が小型化した模倣品を作り、(現在はスズキの)ジムニーという名機を派生しま
した。私はジムニーに乗っていましたが、仕事で毎週、高速道路に乗る必要があり、小学館文庫の印税をすべて使ったうえ、150万円の借金をしてフォルクス
ワーゲン・ゴルフに乗り換えました。半べそをかきながら、ジムニーを手離したのです。高速を走っているのは退屈なので、高速道路の上で、時々無性にジム
ニーに乗りたくなるときがあります。ジムニーは名器、いや、ごほん、失礼、名機です。
アメリカに「サムライ」とかいう名前でジムニーを輸出したら、アメリカ人は高速でがんがんとばし、急ハンドルを切り、ひっくりかえって事故を起こし、ジ
ムニーは欠陥車だとされたことがあります。そりゃ、ジムニーに乗って高速道路で急ハンドルを切るのが間違いだ。ひっくりかえるアメリカ人がお馬鹿です。
ソニーの小型化技術は、どうにも大型の感性では手に負えないものらしいです。ソニーという会社がアメリカの会社だと思っているアメリカ人が結構いるらし
いですが・・・。ソニー製品は、これはすでに日本のオリジナリティたりえます。この細かさ、小型化は、折り紙、細かい針仕事、(滅びつつありますが)建具
の細かな正確さなど、日本人の手仕事の正確さに根を持つものだと考えています。トヨタの車の品質だって、日本人の職人気質や手仕事の正確
さに根があると思います。
この細かさや正確さは、日本が大陸の文化が吹き溜まる場所だったからだと考えています。大陸の文化は日本にまで伝わってそこで止まる。ハワイまでは行か
ない。止まった場所に次のものがまた伝わってきて、折り重なる。そのために、それらの一つ一つをしまっておく引き出しの数が多くなり、仕訳が細かくなる。
その細かさが日本人の感性になっていると思います。
模倣のうまさは日本は世界一だと思います。これをつかまえて、欧米人は真似ばかりうまくオリジナリティのない者どもだと陰口をたたくと思います。
しかし、模倣こそはすべての文化の根元です。ネイティヴな言語の獲得という、人間が最初に文化を取り入れる場面に必ずこの模倣があります。ヨーロッパの
文化も、根底はこの赤ん坊の模倣で成立しています。文化が存続するためのひとつの根底的な能力であり、それが日本人は世界でもとびぬけているということで
す。
能の世界に「もどき」という技術があると聞いています。伝統芸能はよく知らないのですが、これも本物の真似をする技術だと思います。次郎冠者のまねを次
郎冠者がするとかいうようなことだと思います(不確か)。また、コロッケ(って健在か?)などがやる「ものまね」などの技能がこれほど喜ばれ、大衆に支持
される国は他にないのではないかとも思います。「ものまね」というのは日本では積極的な価値なのです。
「もどき」や「真似」というのは、近代に始まったものではなく、日本の文化の基底にある貴重な価値です。「もどき」や「真似」こそが、日本のオリジナリ
ティだと言っていいほどのものだと思います。このパラドックスは、自分を相対化することの下手な欧米人が理解するのは少々難しいことだと思っています。
「ネイティヴと同じ英語能力幻想」が、最近、この掲示板に踊っておりますが、同じわけがない。もしも、「同じ」だと本当に思っているなら、それこそがに
せものです。クリスチャンになったところで、沢庵をかじるクリスチャンですから・・・。
日本人に欠けているのは、設計思想でしょうか。設計はできるが、設計「思想」があまりない。だから、現在では、積水ハウスなどのプラスチック・ハウスの
氾濫です。壊すときに始末におえない物質の山ができかねません。家づくりでも町づくりでも、設計はするが設計思想がない。これが困ったことです。
224. 歓迎 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月10日(火)03時28分22秒
津田さん
書き込みありがとうございます。メールアドレスが公開されていたので心配になり、私の手で投稿しなおしてあります。最初に書かれたものは残っています。
行が乱れたのは、急いで処理したためですから、お許し下さい。最初のものは、投稿者の名前が私のものになっています。
女房が、津田さんのことをしょっちゅう話します。津田さんは可愛いんだよといつも言っています。女房があんまり可愛い可愛いと言うので、私の中でも津田
さんは可愛い人になっています。また、津田さんの発音が抜群だということを女房がしょっちゅう言います。あんな上手に発音できる人に私なんかがレッスンし
ていいんだろうか、と不安そうな顔をしますので、「ああ、そりゃいいんだ」と私は言っています。
音を「通じるレベル」にするということが、レッスンの眼目の一つですが、津田さんの場合はこのレベルはすでにクリアされています。そういう人の場合は、
「音と意味(イメージ)の同時化」を引き起こすことがレッスンの眼目となります。UTさんの場合と同じです。
いずれ、私の方法の「復習範囲を手放さない」ということが効いてきます。これも、素読という方法から派生した考え方です。
英語の生の磁場を欠く日本では、もうつくづく飽き飽きした、もういいや、っていうくらいに慣れた英文だけが話す場合の文として口に乗ります。これをね
らっている原則が、「復習範囲を手放さない」です。
女房の英語が通じないような英語だったらレッスンをさせることはしませんが、一応じたばたしながら通じておりますのでレッスンをやらせています。また、
私の用語での、「生活」と「机上」のうち、「机上」では女房は真剣にやっています。「生活」での英語では、ありゃまあ、と思うことがないわけではありませ
んが・・・。
そんなことを言い出せば、私の英語もかなり、ありゃまあ、です。
先日、近所のUというやつのところに遊びに行きました。ドイツ語ネイティヴのオーストリア人で、日本で暮らしているくせに日本語が上達せず、ほとんど英
語だけで生活しています。こいつは夫婦喧嘩が絶えない野郎で、こいつから私は piss off を習いました。T always piss me
off. (三単現などは無視してしゃべるようです)とか言うので、なんだ piss off は?って聞いたら、T
(女房・私の昔の塾生)が自分を「ののしる」ってことだと言いました。私が語学の質問をしたので、こいつの夫婦喧嘩の興奮は少しさめたようでした。
この男は、日本の廃屋から、放置してある古い家具を運び出してきて、鉋をかけ、欠けた木を埋め、金具を取り替え、塗料を塗って再生し、フリーマーケット
などで売ったりもします。
先日は、また家具が増えたと言うので、どれ見せてみろと言い、雨がかからないようにしてある古い家具の山を見ました。以前に見たときの倍はありました。
そのとき、私の口から出てきた英語はおかしなものでした。
Double many.
と私は言いました。通じちゃうのでした。
twice as many as (before) とでも言うべきところだと思うのですが、そんな長ったらしいことを言うより、
Double many. の方が私は好きです。通じればいいやっていう英語ですので、発明品をしょっちゅう使います。発明品を作るのって面白いです。
「机上」では正しい英語をやります。生活場面では、発明品をよく作ります。それでいいと思っています。正しくない英語より、正しい英語の方が上等な英語
だということはもちろんですけど、生活場面では、私は正しい英語はどうにも照れくさくてしゃべれません。How do you do?
なんて一度も使ったことがありません。英語を使うときでも、私は悪餓鬼から抜けられません。
体のでかいアメリカの若者が、このUのやってる酒場にいて、私に笑いかけたので、「おっす、big guy.」 と言いました。この大将は、I'm
not so big.
ともじもじしたので、私はこの大将がいっぺんに好きになってしまいました。近くの中学校で教えている英語のセンセーです。ちなみに私はいわゆるチビです。
私の兄弟はみなでかいのですが、私は子供のときに大病したせいか背が伸びません。って、50になる男が背のことを気にしていてもしょうがね
えんですが、なにしろ、アメリカに行くと、このやろ、でけえなあって野郎がごろごろしています。英語塾なんかやってると、背とか喧嘩とか掲示板とかいろい
ろ気苦労があります。
このUのやってる店は面白い店だと思います。長野へ遊びに来られたらご案内します。
225. 手応え 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月10日(火)04時18分14秒
こうじ様
こうじ>私は一般の日本の社会人の方と比較すると、漢字の読み
きができません。でもそういう批判を受けるのを覚悟で英語を勉
強しています.私達一人一人に与えられた生活の時間は常に一本
で重複することがありません。外国に住みながら日本に住むこと
は不可能です.日本で英語環境を作ろうとすればその分、日本語
環境を削らなければなりません。母国語ができなければその人は
人間として非難されるべきでしょうか?私がこれから働きたいと
考えている仕事の環境には、「日本人として」というものの考え
方よりも「人間としてどう考え、動くのか」の認識が必要とされ
ています。
これを読んで、ようやく手応えのある言葉にぶつかったと思いました。
「日本で英語環境を作ろうとすればその分、日本語環境を削らなければなりません。」
この言葉は切実です。私は決して日本語環境を削りませんが・・・。
母国語ができなければその人は人間として非難されなければならないかどうかについてですが、非難はともかく、なさけねえなとは思います。あるいは、母国
語を粗末に扱うような人の英語がなんぼのもんなんだろうと疑います。
だって、日本語で運営されている掲示板に何か書くのであれば、日本語としてまともに読めるもんじゃなかったら、読む人に失礼じゃないですか。
「日本人として」という自覚は、「人間として」という自覚と何の矛盾もしないと思います。自分が日本人であることの自覚を持っている人の方が、余所の国
の人は、「人間として」まともだと考えることは多々あるだろうと思います。
「人間として」というような大風呂敷をひろげていただくことはかまいませんが、その言葉の内実がまるでわかりません。「100%」とかはったりをかませ
ることが「人間として」の行動なんですか。原理的に成り立たないようなことでも、言葉で言うことならできます。
あなたにあだ名をつけて、「100%さん」と呼ぼうかとすら思いました。
私のような悪餓鬼は「人間として」駄目ですか。もしも、駄目なら、私は「人間として」など生きていくつもりはありません。餓鬼にでも鬼にでもなる覚悟は
できております。あなたは博愛づらを続けていくがいいとも思います。
やかましいわ、英語馬鹿がという気持ちは、日本の底流に静かに流れていることは感じていて欲しいものです。
こうじ>英語環境を身につける為にクリスチャンの洗礼を受ける
のはおかしな事でしょうか?
とてつもなくおかしなことだと思います。
キリストが生きていたら嘆くと思います。
227. さすがです 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月10日(火)05時33分31秒
ST 様
ST>生活言語としての英語を使うとき、語学としての英語を忘れるよ
うにしています。しかし、夜一人になったときに回転読みをして語学
の英語をやっています。私はまだ100パーセント根石氏を信じてい
るわけではありませんが、90パーセント信じている者です。
生活言語を語学の英語とすることは、ある意味でとても失礼なことです。これは英語の磁場のただ中におられる
STさんにはすぐにわかっていただけることと思います。
一人の時に、語学としての英語をやっておられること、さすがだと思います。是非、続けて下さい。
90%も信じていただいて、舞い上がるような気持ちです。
私のことをうさんくせえやつだと見る生徒が多い中では、まるで宝石のような意見です。長野あたりの生徒には、ST
さんの「爪の垢を煎じて飲ませたい」と思います。顔が見えない「電話でレッスン」の功徳を感じます。
少し無駄話。
Eliot
さんが言っている「音のぶつかりあい」についてですが、私は「回転読み」の回転を効かせることで、わざと音と音をぶつけさせるのがいいと思っています。
t, d, l, n
などから母音がとれてぶつかりあうと、とても言いにくくなります。言いにくい状態は、日本人の口では普通に生じる状態ですが、その状態になっている人に、
前の音は「黙音化」(Eliot
さんの言い方では「脱落」)、あるいは「気配の音」になるというようなことを言いますと、その場で一発でなおることが多いです。
この言いにくい状態をわざわざかもすのに、「回転読み」は有効です。なぜわざわざそれを「かもす」かと言えば、「一発でなおる」が実現するからです。
ST
様は、すでに発音(イントネーションやリズムを含む)に関しては何の問題のない方で、小学館文庫「英語どんでんがえしのやっつけ方」の「回転読み」「回転
書き」の「回転」ということに着目して下さっているところが私に
はうれしいことです。そして、今後の課題としては、音と意味の同致であると、ご自分ではっきりと自覚されています。そのためのレッスンとして、私の「電話
でレッスン」を選んでいただいたことに感謝しています。
また、「生活言語としての英語」と「語学の英語」との違い、場としては、「磁場」と「机上」との違いなど、きちんと読みとっていただいたこともうれしく
思っています。
同じ文にとどまり、同じ読みを繰り返す「回転」によって、意味の逆流、ごった煮状態、音と意味の剥離を経ての同致、などが生じます。
「回転」ということが必要だと考えているのは、もう一つには日本に英語の磁場がないという理由によります。一度や二度読んだ程度だと、すぐに意識から剥
落してしまうのが、日本でやる英語です。
保存する機能として、「復習範囲を手放さない」ということと「回転」との組み合わせが有効だろうと考えています。
今は、英語の磁場のまっただなかですね。
この掲示板では、重量級の論議が続いていますが、軽いオーストラリア便りもお願いします。
日本は梅雨です。
232. オーストラリア珍道中 投稿者:ST 投稿日: 7月10日(火)16時04分58秒
オーストラリア珍道中
今日は万歩計をつけてCAPE
PATERSONという岬まで歩きました。トータルで2万7千、今までの最高記録です。町で行き先を地元の人に聞いたとき、ついでにヒッチハイクでもした
らと言われました。冗談なのか本気なのか、距離が遠いからそういったのか。わたしには分かりませんでしたが。天気は今日は久しぶりによく、楽しんで歩けま
した。
道沿いには牛、馬、羊がいっぱい放し飼いにしてあり、何度も写真をとりました。デジカメで撮ってあるので、帰国したら根石先生にネットで送れるかもしれま
せん。泊めてもらっている友人の家も2年か3年(少し貯金はあるそうですが、)で支払が終わるとか。先週の週末は芝刈りの手伝いをしました。中古の芝刈り
機を使います。ここオーストラリアでは中古品をとても大切にしているようです。おどろいたのは東芝かどこかの中古テレビ(日本ではとっくにスクラップに
なっているような、がちゃがちゃチャンネルの代物です。それにSOLD OUTのステッカーが貼ってある。一瞬目を疑いました。これ本当の話です。
今日もひたすら歩きながら回転読みを続けました。道中思ったことを書きます。
わたしはまだ中級の入り口程度の力しかありませんが、回転読みをしていてなかなか素読レベルから抜け切れないまま5回連続の技法グランドなるものをやって
いることがまだまだおおいのですが、今日やりながら(今やっている基本英文700選というテキストは2回目か3回目くらいなのですが、)次の3回目か4回
目からは文全体のイメージをつかめてから5回連続で読むようにしようと自分で思いました。練習すれば練習するほどより強固なものにしようと考えてしまいま
すがこれでいいんですよね。
次にこれもSVOほど大きい問題ではないかもしれませんが、Air as well as sunlight is, needless to say,
indispensable to our daily life.(700選391番)という文章の A as well as
Bという表現でさえAとBの順番で混乱している自分がいることに気付きました。関係代名詞、前置詞句、そのほかいろいろのシンタックスをただひたすらとか
しこむことのために回転読み回転書きは絶対必要なものだとあたらめて感じました。
234. どんでんがえしも回転読みしようかな 投稿者:ST 投稿日: 7月10日(火)17時09分21秒
最近、どんでんがえしを何度も何度も読み返しています。そこで考えたことは、これは楽器の練習、例えばピアノの練習にも使えるのではないかということで
す。こまかくなんしょうせつかに分けてとにかく自動的実行が可能になるまで激しく回転する、これぞ回転の醍醐味ですね。国広正雄先生の只管朗読只管筆写と
回転読み回転書きはほぼ同じことを言っておられるとわたしはおもっているのです。最近音読と名のついた英語の参考書が増えたような気がしま
すが、英語をスポーツのようにとらえるのは全くその通りだと思っています。根石先生の回転もイチローが今も毎日欠かさない素振りも同じようなものだと思い
ます。
236. 何故? 投稿者:こうじ 投稿日: 7月10日(火)20時39分00秒
Eliot様
>英語でそのレベルに達するのは日本在住のしがない中学高校英語教師には無理だろうなあと思っております。
「無理だろう」と思う前に何故まずやってみないのですか?
「絶対できないだろう」と思う前に何故やってみないのですか?
私が中学の頃、ある英語の先生は1年間授業を休んでアフリカに行き、向こうの子供達に英語を教えて帰ってきました。
>私が教えている生徒の100人のうちの一人も、将来アメリカ西海岸の訛りでアメリカ人のように英語を話し、聞き取らねばならないような境遇に身を置くこ
とになる人はいないでしょう。
何故ですか?
今の日本では高校の頃から留学して外国で仕事を得る若い人達はそう珍しくはありません。
「医師、会計士、SE、ウエッブコンサルタント、歌手、俳優」
私の場合はたまたま「聞く、話す」の高いレベルが求められる仕事ですが、
それぞれに必要なプロとなるための勉強はやらなければなりません。
私が中学の頃、英語の先生は「人間はなろうと思ったら何にでもなれる。」
「みんなの中から将来世界中で活躍する人がでてくるかも知れない。」
というモチベーションをいつも生徒に与えていました.
238. 言葉より実行してください。 投稿者:こうじ 投稿日: 7月10日(火)21時02分14秒
Tackchanさん>。
>“語学というのはいくつもの壁があり一つの壁を越えると又大きな
壁が目の前にそびえている。”私はこのように考えています。
英語のヒアリングについて私もその考えてきました.
「飛び越えても飛び越えても壁がある」
「昨日は聞き取れたと思ったのに今日はまた聞けなくなっている。」
それを8年繰り返しました。
でも最後には壁がなくなりました。
「100%英語聞き取れる発言」
みんなができるはずがないと言っています.
でも「できるはずがない」と決め付ける前に、やってください.
「できるはずがない」と考えている間、とにかく「続けて」ください。
まず自分でやってみてください。
壁がなくなるまで続けてください。
そうすれば私の言っていることがわかります。
241. こうじさんへ 投稿者:もっこり 投稿日: 7月11日(水)00時38分39秒
「言葉より実行」
そう考えて英語に取り組んでいるのはこうじさんだけではありません。
ここにいるみんなですよ。
みんな自分なりの方法を工夫して、
長い時間とエネルギーをつぎ込んで(私はそこまでいってませんが)
英語をやっつけようとしているすごい人たちばかりです。
私は、Eliotさんの授業実践の記事を読んで、本当に驚きました。
Eliotさんが授業で何を目指し、具体的にどんな教示、指導を行い、
生徒がどう反応し、どこまで目標が達成されたのか、欠点や限界も含めて、
具体的に、わかりやすく書かれていて、目に浮かぶくらいよく理解できました。
何より、ご自分の実践の意義と問題点をしっかりと意識されている点が、
実に誠実な態度だと思います。
こうじさん、
「100%聞き取れる」はテキ屋の口上としてはインパクトがあるのかもしれませんが、
英語の分野では、なんとかリスニングとかなんとかメソッドとかで、
刺激的な惹句は食傷気味です。
それに、「100%」とか「絶対」という言葉には、自ずと限定がつくものです。
酔っぱらいのロレツの怪しい英語も、
喃語からちょっと進歩した1歳半児の英語も、
ビルマ人の英語も、コックニー訛りも、インド人の英語もあるひろーい英語世界で、
どの範囲の英語ならどの程度理解できるのか、その限界を意識することは、
こうじさんにとっても意味があることではないでしょうか。
242. やはり興味はありません 投稿者:Eliot 投稿日: 7月11日(水)00時40分11秒
こうじさん
あなたからとやかく言われなくても、私だって英語はそれなりにできるのです。少なくとも、私の仕事で必要とされる程度以上にできると思います。あなたが
「100%の聞き取り」だとか「西海岸の発音」だとかに一生懸命になられたのは、それがあなたの人生に必要なものだからでしょう。今の私にはそんなものは
必要ないのです。四十代の半ばになって、家庭と仕事に時間を割き、与えられた時間の中で自分のしたいこと、せねばならないことに精力を注ぐ生活をしている
私がなぜ、一日中フォックステレビを見つづけねばならないのですか。
発音だけなら、一般米語、南部訛り、ボストン訛り、BBC英語、オーストラリア英語の真似くらいはできますし、現在も限られた時間の中で英語に耳を傾け、
自分なりに勉強しています。ただし、前に書いたように、母語である日本語でできるような聞き取り能力を「100%の聞き取り能力」と考えるならば、英語で
そのような水準に達するために時間と労力を注ぎ込むことは、今の私にとっては人生の残り時間の無駄遣いです。あなたがご自分の時間をどう使われようがそれ
は自由ですが。
1年間アフリカに行かれた先生の話が私と何の関係があるのですか。
生徒のことですが、私の書いたことをよく読んでから発言してくださいね。私が「私の生徒達は将来たいした職業につかないから、勉強などしなくてもいいので
す」なんて書きましたか。私の生徒達の中から留学する人や、それこそ世界で活躍する人が出て来るかもしれない、いやそうあってほしいと、私も常々思ってい
るし、生徒にもそのような夢のある話くらいしていますよ。教師ですから。
私が言いたいことは、世界で活躍するような人が別に「アメリカ西海岸の発音」でなければだめだとかいうことはないし、アメリカ英語を母語のように100%
聞き取れなくてもいい、ただそれだけです。知らない単語が聞き取れなくても、それ相当に英語力があり、何よりも自分の専門の分野で優れた実績や実力があれ
ば、世界を相手に活躍できないはずはないでしょう。その際、もしかしたらバリバリのアメリカ訛りよりBBC英語の方が尊敬されるかもしれないし、または私
が研究している、国際英語としての日本人発音の方が好まれるかもしれません。だってアメリカ人で満ち溢れているんじゃないですよ、この世界は。日本で、ア
ジアで、またはアフリカで活躍する日本人がアメリカ西海岸発音で英語をしゃべるということの方が不自然ではありませんか。
中学生や高校生は英語ばかり勉強するわけにはいきません。だからこそ、私は、彼らが覚えやすいように発音もルール化できる部分はそうしてやって、限られた
時間の中で最大限の効果をあげられるように指導しようとしているんです。「相手を信頼しろ」「音に言葉をのせろ」とかを英語の時間に言っても効果は薄いと
思います。また、生徒に対して、ウォークマンを8台くらい壊すくらい聞けとか、英語環境を得るために洗礼を受けたらどうか、などと、それこそ「体力の限
界」まで英語の勉強に身も心も捧げよ、というようなことを言えるわけありません。
243. アホか 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月11日(水)00時41分21秒
>壁がなくなるまで続けてください。
そうすれば私の言っていることがわかります。
そんなものわかる必要はねえんだよ。
壁はいつまででもあっていいんだよ。
246. 口の達者なやつ 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月11日(水)01時09分37秒
>「100%英語聞き取れる発言」 みんなができるはずがないと言っています.
俺は俺にできるはずがないと言ってるだけじゃないよ。
あんたにもできないと言っているんだよ。
一度、誰にも納得できるように「100パーセント」ってことを説明してみたらどうだね。
248. わからねえやつ 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月11日(水)01時23分12秒
>でも最後には壁がなくなりました。
それが駄目なんだよ。
249. 中傷か批判か 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月11日(水)01時56分20秒
こうじ>批判とは私の中では「人間を中傷し、馬鹿呼ばわり」する、仏
教で説法に引用されるような言葉での意味合いが強いです。もしみなさ
んの頭の中にある意味と違っているならそのような意味に読み替えてく
ださい。
「読み替えてください」に対するお返事です。
やだよ。俺は日本語を読んでるんだから、日本語として読む。あんたの日本語が普通でなくても、俺はいったんは普通の日本語として読む。
批判というものはとても大切なことなんだ。
仏教が何を言っているかしらねえが、批判というものは大切なものだ。
中傷は中傷であり、批判は批判だ。
俺はあんたを批判したんだ。
中傷されるにあたいする人間かもしれないとも思うが、俺は中傷しただけじゃない。
批判してる。
「批判」という漢字は、俺にとっては、ターゲットを定めて判断するっていう意味で、人間がこの世を生きていく時に、きわめて当然の行為だと思ってる。
あんた、クリスチャンなら、「地の塩」って言葉、知ってる?
251. 根石様へ 投稿者:Tackchan 投稿日: 7月11日(水)02時28分27秒
根石様
先日は遅くまでつきあってくださいましてありがとうございました。
根石様のおっしゃりたい事は大筋において理解する事ができたと思います。
ところで、ここで又一つ質問をさせてください。
根石様は、「磁場」だけが形成しうる言語スキルは絶対にあります。」と述べられていますが
この”磁場”というのは”人工的な環境”と言う意味でもよいのでしょうか?
もしそうだとすれば、日本いても勿論言語の習得は可能のように思いますが如何でしょうか?
252. すごいタイミング 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月11日(水)02時45分47秒
おう、ちょうど返事を書いていたところだよ。
Tackchan 様
> 根石様は、「磁場」だけが形成しうる言語スキルは絶対にあり
ます。」と述べられていますがこの”磁場”というのは”人工的な
環境”と言う意味でもよいのでしょうか?
もしそうだとすれば、日本いても勿論言語の習得は可能のように
思いますが如何でしょうか?
私が「磁場」という語を語学にからめて使う場合、「人工的な環境」のことではありません。人々の日々の生活が営まれている場のことです。英語で営まれる
場もあり、日本語で営まれる場もあり、その他、無数の言語で営まれる場があります。
そのそれぞれの具体的な現地の場のことをさして「磁場」と言っています。
「人工的な環境」ということについては、「疑似磁場」という語をたまに使いました。各種の英語教材を使って、自分を「英語漬け」にするとか、FENなど
を聞き続けてやはり自分を「英語漬け」にするとかいう場合に、そこにできるものは「疑似磁場」だと考えています。これらは、生活そのものではないからで
す。
逆に言えば、「磁場」はあくまで人々の生活とともにあるものであり、むしろ人々の生活が形成するものです。そうして形成されたものは、「場」として客体
になり、生活をすっぽり包み込んでいます。
「疑似磁場」と本物の「磁場」を結ぶものは、意外と「読書」かもしれません。読書によってできる磁場は、書き言葉に対応した想像力が作り出す「疑似磁
場」ではありますが、これによって人々の生活の感覚に直結する語感を養うことが不可能ではありません。書き言葉ですから、書き言葉であることをしっかり自
覚したうえで、名著の乱読などはお薦めしたいと思います。名著は(その作品自体の力によって)ありがたいことに安くて簡単に手に入ります。
このあたりのことは、浜谷さんが詳しいです。
赤ちゃんが飲むミルクが比喩としてはいいかもしれません。
私が言っている「磁場」というのは「母乳」です。
語学教材や英語放送やあらゆる語学的メソッドは、「粉ミルク」です。
もちろん、私の「回転読み」も「技法グラウンド」も粉ミルクです。私の方法は、日本にいて英語をやることは、積極的に粉ミルクをどう使うかということの
自覚のうながしだと思っています。
母乳の成分に似せることはできても、母乳には粉ミルクに含まれていない(もしかしたらまだ名付けられていない)成分が絶対にあると思っています。この世
界は、実は近代的な分析では分析しきれないもので満ちているという感覚が私にあり、それが私に「絶対に」という言葉を使わせています。
磁場だけが作りうる言語スキルは「絶対に」ある、と。
日本にいて、外国語を習得することはもちろん可能です。
しかし、「磁場」(母乳)が作る体質はできません。
そして、再度しかし、この粉ミルクで言語を育てることが語学だとも思っています。
語学とは、偽であることの自覚において偽に徹することです。
徹するということを獲得した場合に、初めて語学は本物になります。
語学の本物は、決してしかし、ネイティヴ言語にはなりません。
しかし、再度、三度、しかし、ネイティヴ言語を大きく活性化できるのは、この偽であることに徹した語学の言語ではないのか、と考えてきました。
「ネイティヴと同じ言語能力」などというものは、その「同じ」という幻想によって、とことんタチの悪いものだと思っています。
254. 楽器の練習と回転読み 投稿者:EIGHTBALL 投稿日: 7月11日(水)02時51分04秒
ST様wrote> 最近、どんでんがえしを何度も何度も読み返しています。そこで考えたことは、これは楽器の練習、例えばピアノ
の練習にも使えるのではないかということです。こまかくなんしょうせつかに分けてとにかく自動的実行が可能にな
るまで激しく回転する、これぞ回転の醍醐味ですね。
私も、楽器の練習に似てると思っていました。私は、高校の時にバンドを組んでいたんですけど、ドラムスがブラバンと兼任の子だったのです。最初の音合わせ
の時に、やたらゆっくり叩くので、こいつ、下手やな、と思っていたんですが、練習を重ねるごとに、まるでレコードに録音されているような演奏をするので、
参りました。ヘタレは、私の方だったという(^^)
彼らの方法は、最初は、ゆっくり、正確に、そして最後は正確に速く演奏する、というものでした。本番では、曲調に合ったテンポでやりますが。今思えば、回
転読みを地でいってたんですね。
読みの練習も、最初から速く読もうとするという傾向ってあると思うのですけど、最初は、筋肉と頭にしっかり正確な運動をなじませることが大事ですよね。
255. ごつごつ 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月11日(水)03時28分32秒
浜谷さん
浜谷>私の英語がどんなものか近日中に私のリーディングのデモテー
プをお送りします。なんだこんなもんだったのかと軽蔑されそうです
が・・・
楽しみにしています。私は英語の音やイントネーション自体で、人を軽蔑したことはありません。あるレベルを獲得した人が、自分が達成者であるという自慢
話をする場合に、それを軽蔑したことは多々あります。それと、自分でろくな練習もせずに、私の方法が駄目なせいだと言う人を軽蔑したこともあります。
語学とは、達成度ではなく、あくまでも過程だと考えています。語学を「過程」として持ち続けることから生まれるプライドを踏みにじる者は許せないという
心は私の中に生きています。
その意味で言うなら英検一級は英検一級という「練習力」を得た人であり、トーエックだかなんだかの何点というものも、その点を獲得できる「練習力」の一
時的な保証にすぎません。(「一時的」というのは、放っておけばじきにその得点レベルは下がるからです。)語学においては、レベルというものの厳密な規定
は、すべて「練習力」によるのがよいと思っています。
Tackchan という若者(?)の「言やよし」と思うものです。
体調やその時々の気分にも左右されるものですが、「ごつごつ」や「とつとつ」については、浜谷さんの内心にあるものをお聞きしたかったです。
私は、「ごつごつ」や「とつとつ」をまるで否定することができません。
この性質が失せたなら、日本は日本でないとすら思っています。
263. 読書により擬似磁場造成を・・・ 投稿者:浜谷 投稿日: 7月11日(水)22時29分51秒
根石さん、Tackchan様、
>「疑似磁場」と本物の「磁場」を結ぶものは、意外と「読書」かもしれません。読書によってできる磁場は、書き言葉に対応した想像力が作り出す「疑似磁
場」ではありますが、これによって人々の生活の感覚に直結する語感を養うことが不可能ではありません。書き言葉ですから、書き言葉であることをしっかり自
覚したうえで、名著の乱読などはお薦めしたいと思います。名著は(その作品自体の力によって)ありがたいことに安くて簡単に手に入ります。
このあたりのことは、浜谷さんが詳しいです。
根石さんのTackchan様宛の書き込みの中でこの文節がありましたので、今日一日考えておりました。 その結果今たどり着いた考えを述べてみたいと思
います。私は主にペーパーバックの多読により、語彙と構文のインプットを図ったわけですが、現在でも毎週月曜日に私が近所で主宰する「英会話学習相談室」
の開催日が迫ってくるとそのミーティングで使用する読書の為に使用するペーパーバックを求めて読みあさりますが、副次的効用として擬似磁場の造成を行って
いる感覚をもっています。 ネイティブの中学・高校生を対象としたPennguin Readers Level 3 等を使っていて読みやすいこともあ
り、表紙の絵などにより面白そうなものを選んでる精もありますが、その内容に没頭できる場合は「擬似磁場」そのものを実感します。反対に面白くない場合、
辛抱して読んでる場合は「擬似磁場」が欠如していることを感じ、そういうものはミーティングに不向きなので除外します。私が自分の勉強の為ペーパーバック
の乱読をしていた頃は、そのようなものでも会話の練習(相手の言っていることが分らない場合を想定して、分ろうと努力する練習)のために読みつづけたので
すが今から考えれば「擬似磁場」が現われたり消えたりしていたんだろうと考えています。
264. 音作りへの道(12) 投稿者:Eliot 投稿日: 7月11日(水)23時49分39秒
英語音読マラソン(English Read-Aloud Marathons)
「國弘流英語の話し方」(國弘正雄著 たちばな出版)という本があります。英語学習者にとって非常にためになる本です。この本の中で國弘氏は自らの経験と
して、中学校の英語の教科書を何百回も音読したと書いています。私は授業で生徒たちに教科書の音読をさせますが、授業時間中には頑張っても十回程度しか読
ませる時間が取れません。
一つの課文をすらすら読めるようにして暗記にまで持っていくためには、それに加えて、生徒が教室外で自分の時間を使って、最低20回は音読をする必要があ
る、と言い聞かせても、素直に実行する生徒は少数派です。そこを何とかしたい、國弘氏のように何百回とまではいかなくとも、100回くらいは教室の外で教
科書を音読させたいと思って始めたのが「音読マラソン」です。通信教育講座の「○○マラソン」にヒントを得て付けた名前ですが、英語では
English Read-Aloud Marathonsと呼ぶことにしました。
さて、第一回の英語音読マラソンは中2の1学期に実施しました。すでに学習し終わっていた中1の教科書を100回音読させることが目的でした。
まず、音読回数記録用紙を生徒に配布して、教科書の裏表紙の裏に糊付けさせます。この用紙には罫線に囲まれた数字が印刷されていて、1〜10までが横一列
に、その下に11〜20というように100まで印刷されています。10回ごとに日付を記入する欄も設けてあります。生徒は、各自のペースで音読して、1回
読むごとに記録用紙に付けていき、10回ごとに日付を書いて、私の検印をもらうというやり方で、夏休み前に100回の音読を達成しようというわけです。
教科書の中のいわゆる本文の部分だけではなく、文法のまとめのページの例文も音読すること、教科書に必ずしおりをはさんで読みかけの場所がわかるようにし
ておくようにも指示しました。加えて、この音読の作業は英語力向上のために絶対必要な作業であるということを理解し、誠実に着実に取り組んで、音読回数の
ごまかしなど絶対することがないようにとも言い聞かせました。
マラソン開始後は、一週間に一度くらい授業中に全員の記録用紙を点検し、音読が停滞していないかと目を光らせ、夏休みが近づいて来ると、回数が足りない者
には放課後残って読めと命じました。中1の教科書を一回音読すると15分〜20分かかりますから、100回音読するには少なくとも25時間以上かかる計算
になります。しかし、あくまで彼らの自己申告ではありますが、最後には生徒の全員が100回読みを達成したのです。(その13に続く)
265. Hey listen to this! 投稿者:Eliot 投稿日: 7月12日(木)00時56分21秒
4月から生徒に週に4回(月〜木)ノートに英語で日記を書かせて、毎朝提出させています。20語以上の英語を使って、何でもいいから書きたいことを英語で
書きなさいと指示しています。毎日生徒一人一人と英語で会話はできませんが、日記なら全員分読むことができるし、誤りを訂正したり、コメントを書いたり、
質問に答えたりもできます。できるだけ毎回全員の間違いを訂正してやるよう、努力しています。
少し前に、大変おもしろいことを書いてきた生徒がおりましたので、その英文を皆さんにご披露します。この子の英語の成績は最近中の下から上の下まで上がっ
てきています。英語学習に興味を感じるようになったことが成績向上の理由のようです。彼の書いたこの英文にはかなり間違いが含まれておりますが、彼が言い
たいことが十分に伝える英文になっています。校名の伏字以外は原文のままです。
When I was in the first year at ○○ Junior High School, I once went to a
juku in the summer vacation.
I studied Math and English there.
And once at English class, an English teacher said, "this is 〜." But he
didn't read "this". He read "Jisu". I didn't understand at all. So I
asked him, "What do you mean?"
Then he surprised to me. "You're kidding! Don't you know the word's
mean?" he said.
"No. I don't know it." I said.
Then he wrote on my notebook "jisu", and said "You know this word don't
you?"
"Yes," I said, "I don't know "jisu", but I know "this"."
On the way home, I thought that English is only for exams to them, and
maybe most Japanese
students call this word "jisu".
This problem is thought by me that accent is very important.
最後の行は I've thought about this problem since then. I think that
pronunciation is very important.くらいの意味でしょうか。
266. オーストラリアでの外国語の評価の一例 投稿者:ST 投稿日: 7月12日(木)06時04分10秒
今日は、日本語をオーストラリアで教えている友達に面白いものをもらったので、皆さんに公開します。ある州では、高校生のある学年に次のような目標を元に
して、次のような評価をしているというものです。
例えば次のような目標に対して
AIM:to be able to exchange infomation, opinions and experiences
評価の観点(それぞれ4点で合計20点)は次のようになっています。
1:Capability to maintain and advance the exchange appropriately and
effectively.
2:Relevance, breadth and depth of information, opinions and ideas.
3:Accuracy of vocabulary and grammar.
4:Range and appropriateness of vocabulary and grammar.
5:Clarity of expression.
わたしなりにいろいろと考えてみて、次の3点が出て来ました。
1:3が語彙と文法の質を4語彙と文法の量を求めている。
日本的な評価では3と4の語彙と文法の観点は分かれていることが 多いが、そのあたりはどうなっているのだろうか?
2:5を音声面ととらえると、2は内容面ととらえることもできるので
はないか。
素読舎は3と5を激しくやることにより、4も伸ばしながら、1も
含めた2への最終的な移行をめざしているのではないか。
3:1はどちらかというとNONVERBALな点である。
このある州における評価について皆さんの自由な発言を期待しています。
268. ありがとうございました。 投稿者:Tackchan 投稿日: 7月12日(木)08時07分42秒
根石様へ
以下、根石様の文章を引用させていただきます。
人工的な環境」ということについては、「疑似磁場」という語をたまに使いました。各種の英語教材を使って、自分を「英語漬け」にするとか、FENなどを聞
き続けてやはり自分を「英語漬け」にするとかいう場合に、そこにできるものは「疑似磁場」だと考えています。これらは、生活そのものではないからです。
逆に言えば、「磁場」はあくまで人々の生活とともにあるものであり、むしろ人々の生活が形成するものです。そうして形成されたものは、「場」として客体
になり、生活をすっぽり包み込んでいます。
この「擬似磁場」と言う言葉ですが私ははじめて耳にしました、が良く考えてみると私も英語を学ぶ過程においてこのようなことをしていたのだと思います。
私は以前,渋谷にあった松本亨先生の学校に通っていましたがこの学校の授業があなたの指摘されている「擬似磁場」を形成していたのでは感じています。
この学校は勿論学内”日本語禁止”で,【英語が音に意味がある】と言う先生の教えのもとに勉強していました、当時は私も夢中で電車のなかでも飲みにいって
も英語で話していました。
確かに今落ちついて考えると異常かな・・・・と思いますがこれも懐かしい思い出です。
この学校の勉強方法については又、折を見て書かせていただこうと思います。
先日は、この掲示板に対して非常に不適切な書きこみをしてしまい申し訳ありませんでした。
私,個人の感想を述べさせていただければ日本では、松本亨先生が唯一日本人としての”壁”を越えられたのではと感じています。
又、この掲示板の中で学校の”教科書を音読”される効用を述べられている方が多くいますが私も全面的に賛成です、”松本亨先生”も学生の時に同じことをや
られた、と先生の本にも書いてありました。
269. ELIOTさんはじめみなさんへ、 投稿者:こうじ 投稿日: 7月12日(木)08時16分49秒
まず、私は中学1年の頃から英語を通常の学校のカリキュラムとは別に、母語を覚えるような方法で独学していましたので、「母語感覚では絶対にネィティブの
ようにヒアリング、発音できるわけがない」と考えておられる先生方にお話をしてもイメージが湧かないと思います.中学生ですので独学中は英語の他に一般教
科、専門教科を他の生徒と同じにやらなければならず、そういう環境でもネィティブと同じに発音できるような勉強法はあるのだということをまず理解しておい
て頂きたいです.私は現在転職の為に、さらに英語を独学していますが、これは中学の時に私が身につけた方法を延長させたものです。まず、「義務教育期間中
であってもネィティブ発音を簡単にマスターできる方法があり、それは授業中であれば1時限につき10−15分程度、家で復習や予習と一緒にやるのであれば
10−15分程度の時間をかければ十分である事実」を受け入れていただかなければ話が前に進みません.先ほど転職の為の勉強中と申しましたが、私も結婚し
ていて家庭をもっています。共働きなのでいくら残業があっても仕事から帰れば家事や洗濯をしなければなりません。年齢は36歳です。そういう人でもネィ
ティブと同じレベルのヒアリングや発音になれる勉強法があるのです。私の書込に対して「俺は一日中英語を勉強しているほど暇じゃない。あんただけが
そうやりゃあいいじゃないか。」とありましたが、最低1日15分あれば足りる勉強方ですので、一日を費やして猛勉強する必要はないのです。会社がお休みの
日は毎日家事をやりながら勉強をしていますので、家の仕事をやりながら掲示板に書き込むことはできても外出してご説明をさしあげるのが困難な状況です。だ
から「〜まで来て説明してください。」といわれても申し訳ありませんとお断りするしかないのですが、その辺の事情はご理解していただきたいと思います。よ
ろしければ明日以降は具体的な内容に進みたいと思いますが。
270. こんにちは 投稿者:Tackchan 投稿日: 7月12日(木)08時20分10秒
"No. I don't know it." I said.
Then he wrote on my notebook "jisu", and said "You know this word don't
you?"
"Yes," I said, "I don't know "jisu", but I know "this"."
On the way home, I thought that English is only for exams to them, and
maybe most Japanese
students call this word "jisu".
上記はEliot様の生徒さんの文章の引用です、大変興味深い内容だと思います。
文章もしっかりしていますね、ただ気になる点が一つだけあります。
"Yes," I said, のところは”No"になるのではないでしょうか?
私はこの生徒さんの英語の間違いを揶揄するつもりはまったくありませんが,私がいままで聞いた範囲でのお話しをさせていただきますと日本人は全般的に”
Yes"と”No"の使い分けが弱いと感じています、これはかなり英語の上手なかたでも間違える点なので・・・・
いや,余計なことを言ってしまいました、お気になさらずに
271. こんにちは 投稿者:Tackchan 投稿日: 7月12日(木)08時34分12秒
浜谷様へ
はじめまして、Tackchanといいます、浜谷様は「読書は副次的な効用としての擬似磁場の造成を行なっている」との事でしたがある意味では私もそうな
のかなと感じています。
私は時間があるときにはなるべく音読するように心がけています、というのも音読してほうが「擬似磁場」への自己移入が形成しやすいと感じているからです。
この点については浜谷様はどのように思われますか?
280. 実践的外国語学習方法論(その3) 投稿者:Duffy 投稿日: 7月12日(木)18時15分00秒
自宅のPCのハードディスクのトラブルが先日起きまして、
毎日少しずつ回復してます。皆さんバックアップだけは取りましょうね。
ということでしばらく空きましたが、その3です。
すると日本人が外国語が下手なのはとりもなおさず、どこの国にも屈せずに、外国の優れたところだけ吸収はするが、必ず消化して完全に日本の物としてしまう
ということが最大の理由ではないかと考えられます。つまり、外国の技術や文化の導入の初期に一部の外国語に堪能な人が必要であるが、その人たちのおかげで
他の大多数の人は外国語を使えなくても全く困らないということです。昔ある台湾の人に聞いたところ台湾の大学院の工学系の授業は英語の教科書を使うとのこ
とでした。日本では全くないとは言いませんが、英語の教科書を使うケースはまれです。大体の場合において既に日本語の良い本が出ているからではないでしょ
うか。
では外国というか西洋のものをありがたがったり、英語ばかり話すラジオのDJやバイリンガルの帰国子女がもてはやされたりするのはなぜだと聞く人がいるで
しょう。私はそれはある種のファッションだと思います。なぜならDJの話す英語が全く理解できなくてもまず、そのラジオ番組の内容を理解するのに困ること
はないからです。
282. Hey listen to this!(訂正) 投稿者:Eliot 投稿日: 7月12日(木)18時56分14秒
Tackchan様
すみません、寝ぼけて書き間違えました。jisuとthisを間違えたので、落ちが台無しですね。生徒が書いた文は次の
通りです。
Then he wrote on my notebook "this", and said "You know this word,
don't you?"
"Yes," I said, "I don't know "jisu", but I know "this"."
289. 日本人が英語が下手なわけ 投稿者:浜谷 投稿日: 7月12日(木)21時32分10秒
Duffy様
>日本人が外国語が下手なのはとりもなおさず、どこの国にも屈せずに、外国の優れたところだけ吸収はするが、必ず消化して完全に日本の物としてしまうとい
うことが最大の理由ではないかと考えられます。つまり、外国の技術や文化の導入の初期に一部の外国語に堪能な人が必要であるが、その人たちのおかげで他の
大多数の人は外国語を使えなくても全く困らないということです。
このようなことを「日本人が外国語が下手な理由」として仰る方は沢山います。そして「大多数の人が英語を使えなくても困らない」と日本人が英語が下手であ
ることを正当化しておられる論理はよく耳にします。本当にそうでしょうか?
>英語ばかり話すラジオのDJやバイリンガルの帰国子女がもてはやされたりするのはなぜだと聞く人がいるでしょう。私はそれはある種のファッションだと思
います。
私は「英語を喋れるようになりたい」という人が英会話学校に群がり、次々と出版される英会話のハウトゥ本に飛びつき、聴くだけで喋れるようになるという新
聞広告を見て何万円もするカセットテープを書斎の隅の肥やしになるだけのために購入している現状を「ある種のファッション」とかたづけることは出来ないと
思います。「英語ばかり話すラジオのDJやバイリンガルの帰国子女がもてはやされたりする」のは英語を喋れるようになりたいと思ってる人がひょっとしたら
それらの放送をきいていて、風邪がうつるように英語が自分にうつって喋れるようになれないかなという願望だと観ています。
翻ってその結果としての日本の政治家を始めとする英語音痴か多いことに起因する日本の国際社会における不利益は計り知れないものがあることを危惧するもの
です。(小泉首相や田中外相はたまたま留学経験があるだけで歴代の首相はほとんどが英語音痴だったと思われる、その他の大臣も押しなべて英語ができたとは
聴いたことがない。宮沢外相⇒首相は折角の堪能な英語力が外相なり首相時に本当に職務に生かされていたのか疑問)Duffyさんの論理で行けば通訳がいる
からいいではないかということになると思われますが、首脳会議の記念撮影の際、他の国の首脳達が親しそうに雑談をしている際日本の首相だけがぽつんと離れ
て写っている写真などをみるとこれでいざ交渉となった場合に上手に相手と渡り合えるのかと不安になります。事実日本の国際社会での政治的孤立的状態は一向
に改善される気配が感じられず不安に駆られるのは私だけでしょうか?
仰るように歴史的には日本が「どこの国にも屈せずに、外国の優れたところだけ吸収はするが、必ず消化して完全に日本の物としてしまう」という優秀な国民を
多く擁したことは確かです。現在もそういう傾向は変わってないでしょう。けれども優秀であっても、国際社会でそれをフルに発揮出来ないとすれば日本にとっ
てマイナスだし、全世界にとっても日本の優秀性をフルに反映出来ないという点でマイナスだと私は考えます。Duffyさんはじめビュウアーの皆様方は以上
の私の考えをどう思われますか?
292. 英語での発言の評価の仕方 投稿者:浜谷 投稿日: 7月12日(木)22時38分36秒
ST様
>2:5を音声面ととらえると、2は内容面ととらえることもできるのではないか。
「5:Clarity of
expression.」は発言の明瞭性だとおもいます。正確な「音声」であることも含まれるでしょうが、それよりも発言している内容が聴いている者に正
確に伝わるかどうかだと思われます。
「2:Relevance, breadth and depth of information, opinions and
ideas.」は内容であることに問題はないと思いますが、発言の内容がどれくらい幅が広くて、深いかを評価の観点としていると思います。
>1:3が語彙と文法の質を4語彙と文法の量を求めている。
日本的な評価では3と4の語彙と文法の観点は分かれていることが
多いが、そのあたりはどうなっているのだろうか?
確かに語彙と文法を一緒に取り扱っている点、日本での評価の仕方と違いますが、語彙と文法が基本的な必須事項というように考えると、それらが「3.正確」
で「4.それぞれ多量にそして適正に使われているか」をまとめて評価しようとしていることは注目すべきだと考えます。日本ではこれら基本的な必須事項を事
大的に別々な項目として評価しようとするため、例えば後者に過度に力点が置かれ勝ちになっているように感じられます。少なくとも両者が公平に評価されるべ
きだと考えます。個人的には「使える英語重視の立場から」どちらかと言えば、前者に力点が置かれるべきで、それも「暗記」としてではなく「使用に耐えられ
るインプット」として多読、多聴により蓄積された語彙としてです。
294. もう少し読んで下さい 投稿者:Duffy 投稿日: 7月13日(金)02時42分42秒
浜谷様
もう少し続きを読んでから議論を始めませんか?
ここまで考えて来て気づいたことは、日本人の外国文化を取り込んだ後外を見ない内向きの面と、ファッションとして舶来のものをありがたがるという外向きの
面です。なぜ一見矛盾するような二つのものが共存するのでしょう。その答えはとても難しそうですが、二つのものは一人の日本人の中に存在するというより、
日本人がそういう二種類のグループに分かれるような気がします。外国にあこがれる日本人と外国が苦手な日本人です。
ちょっと待ってください。いつの間にかファッションとして外国にあこがれるグループと外国が好きな人たちが同一になってしまっていませんか。ええい。
ファッションのことは完全に忘れて外国好きと外国苦手について論じることにします。それがこの文章の本題につながるからです。
次は外国好きの人たちの特徴(私を含む)です。
295. 実践外国語学習方法論(その5) 投稿者:Duffy 投稿日: 7月13日(金)02時44分45秒
外国好きの人の特徴は外国人を恐がらないというのがあります。そう言う人はわざわざ外国人と交われる場に出かけて行って、自分の外国語をぶつけて実力アッ
プをしようとします。いっぽう外国苦手の人は外人が苦手で逃げ出したり外人と出会うと舞い上がってしまい一体どうして良いか分からなくなる人がいるようで
す。例えば、会社で突然英語で電話がかかって来たら自分では何も言わずに外国語得意と言われている人に電話を回してしまったり、相手の状況はお構いなく自
分の習った外国語のフレーズを何がなんでも思い出して言おうとしたりします。実はもう一つ別のタイプの人たちがいます。完全に普通の日本語で外国人に接し
て友達になってしまうという人達です。
296. 実践外国語学習方法論(その6) 投稿者:Duffy 投稿日: 7月13日(金)02時46分57秒
積極的に出て行ける人はこの実践的外国語学習方法論を読む必要はないと思います。完全に日本語だけで用が足りる人たちも、この文章は読む必要はありませ
ん。外国苦手の人で絶対外国人と関わるものかと硬く心に決めている人たちも必要ありません。そうです、あなたです。あまり英語好きじゃないんだけど、会社
でToeic受けろってうるさいしと思っているあなた、外国旅行は好きだけど日本語だけで通す勇気もないしと思っているあなた。外国映画好きでほんとは原
語で理解したいんだけど外国語ちんぷんかんぷんだしと思っているあなた。この文章はあなたのために書いているのです!!!(ああ、こんなに言い切っちゃっ
ていいのかな)
今日はここまで。そろそろ「会話はコンテンツありき」に入ってゆくとします。
297. 実践外国語学習方法論(その7) 投稿者:Duffy 投稿日: 7月13日(金)02時48分11秒
2. 会話はコンテンツありき
一般に外国語の勉強をするとき、現代ではまず、会話ができるようになることというのが、当然の目標と考えられています。英会話学校の電車、テレビ、新聞な
どの広告の数を考えると日本人がいかに英会話を重要視しているかということが分かります。ところで会話をするということは一体どういうことなのでしょう
か。
例えば、マクドナルドでハンバーガを買うときを例に取って考えて見ます。あなたが列の一番前に来ました。そのとき店員 ->あなたへ伝えられるメッ
セージは「あなたの番が来たよ。欲しいものを教えてくれ」」であなた->店員 に伝えられるメッセージは「ビッグマックとポテトのセットとMサイズ
のコーラを一つずつくれ」だとします。するとこの場合の会話の最も重要なポイントは、自分の欲しいものが的確に言えて、相手に理解されることです。私が題
に掲げているコンテンツとはこの「欲しい食べ物」のことです。会話をするためには先ず、あなた
が伝えるべきコンテンツが必要なのです。コンテンツのないところに会話は成立しません。
そんなことは当たり前だから分かっているよとおっしゃるかも知れません。そういう人は多分既に外国語はお上手だと思います。しかし、日々の外国語の勉強の
中で、常にこのことを意識して練習するというのは意外に難しいと思います。なんとなく与えられた教材をなんとなく勉強してはいませんか。
300. 根石先生、イメージがただあるだけなんですね! 投稿者:ST 投稿日: 7月13日(金)06時36分25秒
言葉はイメージだ。イメージが言葉なのだ。日本語も英語も一つの記号にすぎず、頭も含めて体全体でイメージを動かしているにずぎない。その潜在的なイメー
ジを言語という潜在的なフィルターを通して溶かし込む、それが言語の習得なのだ。そこで回転がどうしても必要になる。根石先生だいたいこんな感じですか。
ずれてませんか?私は、上記の根石先生のするどいしてきを91パーセント信用して現在回転読みを激しくやっています。昨日は2時間回転しました。でも少し
のど痛いです。回転書きや切断読みもこれから実践したいと思います。それから電圧装置これは回転読みのために必要なものなのですね。私は電圧装置について
もこれまで真剣にやってこなかったような気がします。今からですよね。英語どんでんがいしのやっつけ方をよんで、学習を自分なりに継続していく勇気のよう
なもが展望のようなものが出て来てうれしいです。
303. Eliot様> 投稿者:こうじ 投稿日: 7月13日(金)14時20分59秒
お答えします.>
@「1日15分〜」を書かなかった理由。
私の10年間の独学人生で一番強く心の中に残っているものは
「TVドラマをテープにとってそれをシャドーイングで8年間続けた」
「FOXニュースを初めてみたとき、他局を見るよりは良い学習になる」
の2点です。
「あなたの英語勉強法を教えてください。」
と聞かれたから私はその2点を答えました。
「1日15分トレーニング」は独学の最初の頃にやっていたもので、
それは確かに基礎となるものですが、ここで考えてみてください。
中国拳法の達人が100人いる場所で
「あなたの訓練方法を教えてください」
と聞かれたらどう答えますか?
「私の先生は南部の出身ですので、私は柔派鍛錬を中心に行って来ました。
私の憲法は形意十二形ですので、陰陽五行に沿っています。私の握の形は他の派とは少し違いますが、これはポン剣の対極訓練で華北派が使用しているものを応
用したものです。陰陽五行というのは。。。。」
と淡々と語らなければならないのでしょうか?
ここで英語教育に関して議論するにはたとえば「シャドーイング」という言葉がでてきたら、
皆さんは「現場のプロ・達人」ですので、最低でもそれがどういうものかを「知っていて」、同じメソッドや似た方法を過去に経験している人たちがいるという
ことが前提ではないでしょうか?
100の技ができる通背剣の達人は100の技ができる形意剣の達人の意見を理解できるでしょう。何故なら、100の技をマスターする為には、自分が鍛錬し
ている派だけの型を知っているだけ、鍛錬しているだけでは駄目で、他派の実践理論を過去に体験していなければできないのと同じことです。
「議論になりませんよ。それじゃ」
とEliotさんのタイトルにありましたが、そう言いたいのは私の方です。
A>私が聞いたことにも答えがありません。そこで再度お聞きしますが、休職してアフリカに1年行った先生の話と私に何の関係があるのですか。
あなたは現在の生活に縛られていてその範囲内で「英語学習法」を研究しようとされていませんか?本当にやる気があるのなら、現在の狭い環境をとびだしてそ
れに食らいつくくらいの気持ちが最低でも必要だということを述べたかったのですが、伝わらなかった様ですね。
本当に自分のやりたい研究があるのなら、「年齢」、「現在の職業」、「既婚、未婚」にとらわれず、やってみるべきだと思います。実際そういう方は沢山い
らっしゃいますので。
そうでなければ、拳法を研究する者が自派の鍛錬、対極訓練を徹底的にマスターしたとしても、他派の初心者にいとも簡単に倒されてしまうのと同じです。
日本人英語の理論が研究者の頭の中で完璧であったとしても、外の世界で通用しないのであればしょうがないでしょう?
Eliotさんが言っているのは最終的に「実践として役立つ拳法をどう教えるかということではなく、健康法としての拳法をどう教えるか」というのと同じで
すよね。
何故なら「健康法の拳法」は「例外」が沢山あり、「実践拳法」は「型が特殊であっても例外という概念では捉えない」からです。それはある程度自分が経験し
ていることであれば「そういう形にもなるね。」ということがわかります。しかしそれはその人の中では「例外」ではなく、既にできているが、「言葉ではそう
いう風に分類できるね。」という確認の認識であって、重要なのは「分類」ではなく「自分がそう動けるかどうか」なのです。
B>100%聞き取りができるというのはどういうことですか。
実際には、ネィティブとの日常、職業会話、TVドラマやニュースの中でアンカーマンや特派員、インタビューされる人のすべて(年齢、職業に関わらず)、す
べての俳優の言葉を単語レベルの発音で聞き取れる、またはその単語の意味はわからなくとも、スペルが聞きとれるレベルです。「単語の意味はわからなくとも
スペルが聞き取れる」とはどういう意味か?小さな子供が両親の会話を聞いていて、「お母さん、今お父さんに言っていた『SEX』ってどういう意味なの?」
というのと同じです。
また相手を『信頼すると聞き取れる』ということは、たとえば、口が正しく動かない身障者の方が自分の言いたいことを相手に伝えようとしているときに、普通
に聞いていたのでは何を言っているのか分からないでしょう?でも口や体をみるのではなく、相手の気持ちの中に自分が入り込んで理解しようと思えばそれは
ちゃんとはっきりとした言葉で聞こえてくるのではないでしょうか?
そういう経験ってありません?
305. イメージの生態 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月13日(金)15時53分07秒
ST 様
オーストラリアという英語の磁場のただ中で繰り返し繰り返し読まれている小学館文庫「英語どんでんがえしのやっつけ方」というやつは、幸せ者だと思いま
す。
「イメージ」の位置づけは非常に大事なことです。
音の問題ばかり議論されると、音が解決すれば英語がものになるかのように考えてしまう人が出てきます。パクパクさんはその気味があります。
音の「矯正」や「音づくり」のためのいい機関は、探せば登場していると思います。パクパクさんが入れ込んでいる鵜田式は、もっこりさんも使ったとおっ
しゃっていたと思います。Eliot さんのフォニックス(でしたっけ)も、Eliot
さんの生徒さんたちの発音を聴かせてもらって、お薦めできると思いましたが、「音のぶつかりあい」をフォローしていないことは欠点です。
津田さんが通われた大阪の学校のことは、学校名とそこでどんなことが行われるのかの記事をここへ書いていただけると皆さんのために共通の知識になります
ので、津田さんに記事をお願いしておきます。
宣伝ばかりが上手な英会話学校なんかへ行くのではなく、「音づくり」「音の矯正」をやる機関をうまく探し、自覚的に使うのはいいことでしょう。
私の「電話でレッスン」にもこの機能はありますが、「電話でレッスン」が他のものと違うのは、最後には「音とイメージの同致」というものをねらっている
ことかと思います。そのための原則が、「復習範囲を手放さない」です。
問題は「イメージ」です。
語学における「イメージ」の問題はこれまでほとんど手つかずの状態だったのではないでしょうか。
人と人が話している場面を外から眺めても、そこにイメージというものは何も見えません。音(声)が聞こえ、人の表情が見え、場の雰囲気のようなものを感
じることはできます。「磁場」においては、「イメージ」は潜在的だということです。
「磁場」において、人が相手にしているものは、人であり、要件であり、議論そのものです。(Duffy
さんの言う「コンテンツ」です。)イメージそのものは、人の意識に潜在し動いているだけです。
しかし、ひとたび「机上」(語学の場)に入った場合は、「意識」こそが真の意味での「場」となります。ここではイメージは潜在的なものではなく、非常に
顕在的なものになります。いや、顕在的なものにすべきです。
目に見える、手で触れるという意味ではありませんが、目に見えるほどに感じられる、手で触れるほどに感じられるというイメージの顕在性を獲得しようとす
べきです。これが顕在的であればあるほど、また「回転」というモメントが激しければ激しいほど、イメージは、無意識にとけ込み、長く潜在するようになりま
す。
私の言っているのは割と単純なことで、語学というものの真の場は「意識」なのだということです。本当は、耳でもなければ口でもない。本物の磁場そのもの
でもない。それらのあらゆる現象(情報)は、「意識」という場に集約され、さらに無意識化され潜在するようにならなければ、使える英語にはならないという
ことです。難しそうに聞こえるかもしれませんが、語学というものを虚心に見ればそういうものだと思うのです。
「意識」が、「無意識化され潜在するようになった層」とコレスポンドするということが起こらない限り、「英語がしゃべれたらステキ!」なんぞは絶対に実
現しないのですが、「ステキ!」なんぞを口走る人たちの無意識化した外国語の層はほとんどの場合、層とも言えないほどに薄いのです。ほとんどの人がおも
ちゃみたいな練習しかしないから、層が薄くて使い物にならないのです。英会話学校の練習などは、90パーセント以上がおもちゃみたいな練習です。
日本語と英語を媒介するもの、そして、さらに大事なことは顕在的な意識と潜在的な無意識の間を媒介するもの、それをさして私は「イメージ」と言ってきた
と考えています。
「イメージ」は英語に化けたり、日本語に化けたりする。あるいは、英語や日本語という具体的な言語は、「イメージ」を強めたり、変容させたりする。このよ
うに、「イメージ」の在り様を述べたところで、さて、それをどう引き起こすのかはまた別のことです。それをどう引き起こすのかは、語学の how to
とならなければなりません。
312. こうじさんへ 投稿者:もっこり 投稿日: 7月13日(金)20時01分53秒
こうじさん、コミュニケーションというものを、安易に考えすぎです。
>口が正しく動かない身障者の方が自分の言いたいことを相手に伝えようとしているときに、
>普通に聞いていたのでは何を言っているのか分からないでしょう?
>でも口や体をみるのではなく、相手の気持ちの中に自分が入り込んで理解しようと思えば
>それはちゃんとはっきりとした言葉で聞こえてくるのではないでしょうか?
相手の気持ちに入り込もうという努力は必須です。それはイロハのイ。
でも入り込もうとするだけでは、駄目です。それでは、独りよがりになってしまいます。
ついつい自分の思いや願望を、相手に投影しようとしてしまうのが人の常。
「聞こえた」と思った相手の声が、実は自分の幻想に過ぎないかもしれないのです。
その危険を回避するためには、「気持ちに入り込む」以外の取り組みが欠かせません。
たとえば、相手の「歴史」を知る、家族を知る、障害のことを学ぶ、相手のサインを注意深く読みとる、自分の言葉や行動のクセを認識しておく、といった作業
です。
残念ながら、「自分は相手の言いたいことが分かる」と信じて疑わない人は、矛盾する情報に目が届きにくいでしょう。
その結果、判断の誤りに気づかないままになってしまう。
こうじさんの英語をめぐる自信満々な言葉からは、同じような危険を感じてしまうのですが、どうでしょうか。
313. 根石先生、ありがとうございます!またまた勉強になりました! 投稿者:ST 投稿日: 7月13日(金)20時57分43秒
今、激しく読んでいる本の著者であり、英語レッスンの先生から直接、解説していただける、、、なんて素晴しい!コンピュータのおかげですね。残念なこと
にあまりコンピュータの調子がよくなく、11人目の方の投稿をまだ2回しか読んだことがありません。大風呂敷の2ページ目をみる良い方法は何かないもので
しょうかねえ。
磁場というのは「生活言語が使われる場」ということでしょうか?その磁場においては無意識にイメージが動いている。一方、机上というのは「語学としての言
語が行われる場」ということでしょうか?その机上においては意識的にイメージを動かす。意識的にイメージを動かすためにSOUNDは
LETTERよりも第1義的であるので、回転読みの意義が大きいのですね。根石先生を92%信じます!最後にまたまた質問です。どんでん返しにもありまし
たが、モメントというのはどういう意味ですか?ずっとどんでんがえしを読み返している時も気になっていました。こういう文脈です。「回転というモメントが
激しければ激しいほど、イメージは無意識に溶け込み、長く潜在するようになります」これが「からっぽの電池」ということになるのでしょうか?
317. できませんでしたああ 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月14日(土)05時24分06秒
古い記事の方からコメントしようと思っていたのでしたが、娘の昔の友達が二人遊びに来て、二人とも女で、可愛いので、何もできずに朝まで酒を飲んでいま
したあ。
今日できなかったことは明日に延ばしますう。
もう、すっかりぐてんぐてんですう。
こうじ、おめえ、磁場持ちだったのか。
そうならそうとはっきり言えってんだ。
磁場持ちなんかの意見なんぞ、役にたたねえんだよ。
磁場持ちにゃあ、磁場がねえまま英語を続けることの意味はわからねえんだよ。
ディベートの技術でわしらまでへこませられると思ったのか、おめえ。
しょうがねえもんだな。
319. 92%は好き。100%は嫌い。 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月14日(土)23時02分23秒
ST 様
>大風呂敷の2ページ目をみる良い方法は何かないものでしょうかねえ。
どうして、「次のページ」というボタンが表示されないのでしょうか。テキスト・ファイルを作り、そこへコピー・ペーストの作業をなさって、こまめに蓄積
されれば、連続したものとして読めるようになると思いますが面倒ですね。
>磁場というのは「生活言語が使われる場」ということでしょうか?その
>磁場においては無意識にイメージが動いている。一方、机上というのは
>「語学としての言語が行われる場」ということでしょうか?その机上にお
>いては意識的にイメージを動かす。
その通りです。
>意識的にイメージを動かすためにSOUNDはLETTERよりも第1義的であるの
>で、回転読みの意義が大きいのですね。
Sound と Letter でどちらが一義的か二義的かという考えは私にはありません。ネイティヴ言語の獲得では、Sound
が一義的だと思います。
Sound
を「通じるもの」として確保しないと、地盤がぐらぐらしたままで建物を建てるようなことになる。それは結果として大損することになる。だから、「音づく
り」は必須であり、絶対に外してはならないと考えているだけです。
日本人の学生や社会人が英語に使う時間、金、労力の総量は想像できないほど巨大なものだと思うのです。この時間、金、労力の総量の非常に多くが、学校英
語が Sound を「通じるもの」として確保しないために、「大損」になっています。
とてつもない損だと思っています。国力を損なうほどの損だと思います。
この大損に non を突きつけるために非力ながら「電話でレッスン」という一項目を私の仕事の中に立ててあるわけです。
「回転読み」は、音を確保することの他に、英語のシンタックスにイメージ、意味、イデアなどを溶かし混むためのひとつの「坩堝」のようなものと考えてい
ます。「回転読み」という坩堝で、知識、イメージ、シンタックス、語法、イデアなどをごった煮にします。ごった煮ですから、ごった煮として「ひとつの状
態」となります。回転の強さ・激しさによって加熱し、この「ひとつの状態」を作ります。
それが冷めて再び、知識、イメージ、シンタックス、語法、イデアなどに戻ったときの、それぞれの知識、イメージ、その他は、「回転読み」に入る以前のも
のとは違っているはずです。そのそれぞれを有機的に結びつけるある種のセンスができているはずです。
320. ST様へ、その2 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月14日(土)23時04分22秒
「モメント」というのは、「回転読み」の「回転」というのは、新機軸だという自負があるものですから、ことさらに使っています。
moment 積率;〔哲〕契機(ある物の側面)(momentum).
6 モーメント.@〔機〕回転偶力.A〔理〕力率,ベクトル積:〜 of inertia 慣性モーメント.
力学の用語で使っているのでなく、哲学の用語の「契機」みたいな意味合いで使っています。「回転」というものを意識せずに練習してきた方にとって、まっ
たく新しい展望を作り出しうるひとつの「契機」になるものというようなつもりですが、うまく説明できません。哲学の用語として正しい使い方かどうかは自信
はありません。また、理学、機械学の方での用法についてはまるでわかりません。用語の意味さえわかりません。Duffy さん、助けていただけますか。
「回転というモメントが激しければ激しいほど、イメージは無意識に溶け込み、長く潜在するようになります」
これに関しては、「回転ということが激しければ激しいほど」と読んでいただいて、練習をする上では何の支障もありません。
>根石先生を92%信じます!
1パーセントずつ増えていっています。うれしいです。しかし、「100パーセント」となるともう信仰ですから、いくら増やしても99パーセントまでにし
ておいて下さい。
私の方法は、「回転」というようなところは独自なものですが、その他の基本になっているものは、多くの先達(國弘さんは先達だと思っています)の方法と
大きく重なるものだと思います。
単純化すれば、うんと読め、うんと書け、強くイメージせよ、くらいに要約されてしまうものです。その入り口に「音づくり」あるいは「音づくりによる音
読」がなければならない、というのは、日本の英語の現状に対してどうしても言わかければならないことです。
なかなか理解されなくて、収入が生活費的にピンチに陥ることを繰り返してきました。
試してみていただいたうえで、確信を持たれたら、生徒さんをご紹介いただきたいと願っております。電話さえあれば、この方法は伝えられます。
あと、もうひとつ独自なものがあるとすれば、「復習範囲を手放さない」でしょうか。これは素読という学習法から派生した考え方だと自分では思っていま
す。
321. 語学的標準形 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月15日(日)00時09分01秒
匿名希望み〜ちゃん 様
コメントが遅れております。すみません。
>まえから不思議だなあと思っていたことを書きます。
数学ができなくても、社会科ができなくても、国語やほ
かの地味な科目ができなくても、そんなに恥ずかしくな
いのですが、英語ができないと、自分がとってもどんく
さいような劣等感を持ちます。
日本では、英語という言語はニュートラルな外国語ではなくて、日米安保条約という政治的な体制の元にある言語だということが関係あると思います。
単に英語が世界語としての地位を確立しつつあるということではないと思っています。
>英語には、ニュートラルな英語っていうのがあるんじゃないでしょうか
これは発音についての発言でした。
これは想定できます。
具体例としては、Eliot
さんから、ご自分の声で吹き込んだテープを送っていただいて、聞いてみたときに、「ニュートラルな英語」というのに相当するような感じを持ちました。
私は「語学的な標準形」というものがありうると思っています。
個々の生活場面では、個々の発語のイントネーションを本当に決定しているのは、感情ですが、机の上で語学をやる場合に採用すべきものは、「語学的な標準
形」でいいのだと思っています。
例えば、私は「電話でレッスン」で映画のシナリオを扱っていますが、一度も映画を見てないものもレッスンします。シナリオで筋を追っていって、内容が把
握できていれば、イントネーションは「語学的な標準形」を作ることが可能です。
発音やイントネーションなど、総じて「音」に関して「語学的な標準形」を作るためには内容が把握できていなければならないので、これはあくまでも一定の
基礎力の上に成り立つものです。しかし、一定の基礎力さえあれば、「語学的な標準形」はできるということです。
初心者が英語をやる場合のひとまずの目標とは、この「語学的な標準形」を自分で作れるというレベルだと思っています。
322. 個人、少人数向け 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月15日(日)00時47分44秒
ST 様
>そのあたりのご苦労(つまり一般の生徒にも素読の良さを理解して
もらい実際に実践してもらうこと)はたいへんなものがあるのではな
いかとおもったのです。実際にわたしも現場に復帰したときに、1時
間の3分の1(いや2分の1でも足りないとおしかりをうけそうです
が)でも回転読みを小教科のチームという制約のなかで(実際わたし
が小教科のチーフとなり他の先生がたを説得できれば一番よいのです
が、)実践するときの説得の方法(生徒への効果的な説得方法、また
教師への効果的な説得方法)を根石先生のご経験から教えていただけ
ないでしょうか?
素読そのものに関しては、ほんとうに無理解に囲まれてやってきました。
小学館文庫「英語どんでん返しのやっつけ方」では、「回転読み」に関して書いてありますが、「技法グラウンド」については書いてありません。
「回転読み」はあくまでも、一人の人が自分に対して行う練習方法です。つまり、「机上」の方法です。私が「机上」という場合、学校のようにずらずらと並
んでいる机を想定しているのではなく、一人の人が一人で練習する(独習・独学する)ための机を想定しています。また、机という具体物に特に固着させて考え
ているわけではなく、一人が自分に対して練習を行う場はすべて「机上」だとも考えています。
例えば、私の車は、エンジンがかかると同時にMDが鳴るようになっています。MDには映画が録音されており、私は車を運転しているときは必ず英語を聞い
ています。これも、一人で自分に対して行っている練習の一種ですから、「机上」だと思っています。
本物の磁場ではなく、擬似的な磁場に潜り込む場所を「机上」というふうに言っていますので、比喩的なものの言い方です。
「回転読み」はあくまで「机上」向けの方法として書きました。
学校の教室に持ち込むのはかなり不向きだと思います。
普段、レッスンのときにやっていただいているやり方。つまり、私が一回言った(読んだ)ものを同じ調子で五回繰り返し言い続けていただくやり方ですが、
これを「技法グラウンド」と言っています。
「回転読み」で一人で練習しておいていただき、「技法グラウンド」でチェックを受けるというのが、私の「電話でレッスン」です。
この「技法グラウンド」の方は、教室に持ち込んでいただくことはできると思います。しかし、私が試してみたかぎりでは、一人の先生に対して生徒の数は、
五人から六人だと思います。ですから、こちらも学校に持ち込むのは現実的には無理ではないでしょうか。
「回転読み」はあくまで個人が一人でやる練習であり、「技法グラウンド」は個人レッスンあるいは、ごく少数の人を相手にやる方法です。現在の学校という
体制の中では無理だと思います。
現在の学校体制におけるテストのための授業、テストのための英語が根底的に変革されない限り、「回転読み」や「技法グラウンド」を学校の授業に持ち込も
うとしても失敗されるおそれが大いにあります。
テストのための授業や、テストのための英語を教えてしまっていて、それになじんでしまっている先生たちは説得されないのではないでしょうか。学校英語と
いう虚妄の信者をやめようとしている先生達が一丸になればなんとかなるかもしれないというようなものだと思っています。
ST さんが学校でやられるには、 Eliot さんが書いてくださった実践の方がずっと役に立つと思います。
私の塾では、中学生には学校の教科書を使った「技法グラウンド」が行われ、それ以後の生徒(主に高校生)には、私が自作した教材が使われています。小学
館文庫に書いた方法をそのままやっているのではありません。あくまであれは、一人でやるべき方法として書いたわけです。
塾でどんなことをやっているのかは、オーストラリアからお帰りになってから、塾を見に来て下さるということですので、その時にお話できると思います。
323. 繰り返し・蒸し返し 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月15日(日)01時59分45秒
>(今やっている基本英文700選というテキストは2回目か3
回目くらいなのですが、)次の3回目か4回目からは文全体のイ
メージをつかめてから5回連続で読むようにしようと自分で思い
ました。練習すれば練習するほどより強固なものにしようと考え
てしまいますがこれでいいんですよね。
その通りです。
「700選」であれ、「ゴースト」であれ、テスト範囲はそのまま復習範囲となります。私の方法は「復習範囲を手放さない」ので、何度も何度も復習するこ
とになります。こうして、「こなれ」を作っています。
しゃべる場面で口に上ってくる文(あるいはその原型)というものは、「こなれ」たものだけです。つまり、もういやんなっちゃった、もうつくづくわかっ
た、飽き飽きした、当たり前のものとしか感じられないというような質を獲得したもの、これが口に上る文(あるいはその原型)です。
この質を獲得するために、「繰り返し」か、その激化されたものとしての「回転」が必要になります。日本には英語が作る磁場がないということが、この「繰
り返し」や「回転」を要請しています。
「回転」はそのまま「繰り返し」ですが、「復習範囲を手放さない」は、むしろ、「蒸し返し」と言った方がいいかもしれません。(私が、古い記事にこうし
てコメントをしているのも、「蒸し返し」ですが...)
いずれにせよ、「飽き飽きした」「つくづくわかった」「もういいやっていう感じ」というような性質を獲得することは、英語を使うためには積極的なプラス
の性質です。
「飽き飽きした」というようになってもまだやるっていうのがコツです。
復習範囲が何度も蒸し返されるたびに、こと新たにしっかり練習して下さい。「音」にせよ、語法への習熟にせよ、意味と音との即時性にせよ、より高いレベ
ルを獲得するように、新しく練習して下さい。本当の「こなれ」を作っていただくためです。
327. 国際英語としての日本人発音 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月15日(日)02時48分42秒
>知らない単語が聞き取れなくても、それ相当に英語力があり、何
よりも自分の専門の分野で優れた実績や実力があれば、世界を相手
に活躍できないはずはないでしょう。その際、もしかしたらバリバ
リのアメリカ訛りよりBBC英語の方が尊敬されるかもしれないし、
または私が研究している、国際英語としての日本人発音の方が好ま
れるかもしれません。だってアメリカ人で満ち溢れているんじゃな
いですよ、この世界は。
まったく賛同いたします。
アメリカ訛は国際英語になるべきではないとさえ思います。あまりにも自己中心的な音であり、崩れています。聞き取りの練習に使うのに媒介する場合には、
どんどん激しく媒介にすればいいと思いますが、自分でしゃべるのに、こんなふうには絶対にしゃべりたくないというような崩れが多いと思います。
非常に興味があるのは、「国際英語としての日本人発音」の研究です。どんなことをされているのでしょうか。これは、授業での「音」の扱いに直結している
研究だろうなとも思っています。
学校は今、忙しい時期でしょうか。
またお時間ができましたら、連載の続きをお願いいたします。
328. うまい! 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月15日(日)03時03分50秒
Eightball 様
>私も、楽器の練習に似てると思っていました。私は、高校の
時にバンドを組んでいたんですけど、ドラムスがブラバンと兼
任の子だったのです。最初の音合わせの時に、やたらゆっくり
叩くので、こいつ、下手やな、と思っていたんですが、練習を
重ねるごとに、まるでレコードに録音されているような演奏を
するので、参りました。ヘタレは、私の方だったという(^^)
彼らの方法は、最初は、ゆっくり、正確に、そして最後は正確
に速く演奏する、というものでした。
うまいことを言ってくれたものだと思いました。
「最初は、ゆっくり、正確に、そして最後は正確に速く」
これぞ、「回転読み」のコツのコツです。
ただし、「音」に関してだけですが。
329. あたりまえのことをやるだけ 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月15日(日)03時42分09秒
ぱくぱく様
>映画など母語そのものです。これなど理解できる方が少々おかし
いと思うぐらいです。
日本語の音韻体系と、映画の英語の音韻体系との間には莫大な距離がありますが、人間というものは結構何にでも慣れてしまうもので、この距離を埋めること
はできなくはないと思っています。それを今やっています。
鵜田さんの理論に私が全面的に賛同する部分は、「自分の口がちゃんと英語の音を出せるようになれば耳も英語の音を捕まえるようになる」というところで
す。
しかし、鵜田さんの方法には、「音と意味(イメージ)の同致」が射程に入っていないと考えています。音がいくら上手になっても、意味が一緒に動かないと
どうしようもないのですが。
私は普段は、一生懸命映画を観るとか、一生懸命映画の音を聞くということはやっていません。映画を録音しておいて、車のエンジンがかかるとMDからその
映画の音が聞こえるようにしているだけです。つまり、車を運転している時間だけ私はリスニングをやっています。車の中に数本のMDを用意しておいて、気分
で映画(の音)をとっかえひっかえしています。
普段は、「回転読み」でシナリオの「音づくり」をやっています。
これは「電話でレッスン」をするための私の側の予習です。
これだけやっていてわかったことは、「音づくり」が終わっているところは、映画のセリフが瞬間的に一発で捕まえられるということです。
多くの方は、シャドウイングなりなんなり、複製音声を聞いて、それと同じように言ってみようという練習をされるのではないかと思うのですが、私の場合
は、聞くときはずっと聞くだけ。「回転読み」で自分の口を動かす時は、そればっかりをやります。まあ、車を運転していて、気に入ったセリフがあると、すぐ
に真似してぎゃははと笑ったりすることもないではありません。(対向車の人は気持ち悪いかもしれません)
自分の口を動かすときは、まだ映画を観ていないものに関しては、「語学的な標準形」でイントネーションやリズムを決めています。
もう一つはっきりしたことは、ある程度英語に耳が慣れて以後は、聞き取れないものというのは、多くの場合、知らない単語や知らない語法を含むものです。
これは断言できると思います。単に音の繊維がわかればいいってもんじゃない。浜谷さんの用語ですが、「聴解」ができていなければ聞き取れているとは言えな
いのですから。
単語や語法を知らないから聞き取れなかったんだとわかれば、対処は簡単です。知らなかったのだから、知ればいいだけのことです。私は電子辞書を使って調
べ、「回転読み」を行うことで、知らなかったものを知る作業もしています。私のやっていることは馬鹿みたいに当たり前のことですが、効果があります。シナ
リオを扱い始めて、耳が変わってきているのを実感しています。
それから、どこかで読んだのですが、ヒアリングという言い方はおかしくてリスニングと言えというようなことが書いてありました。馬鹿な言い方だと思いま
す。
私はリスニングはあんまりやらないのです。普段やっていることは、ヒアリングだと思っています。
リスニングは、「耳を傾けて聴く」ということだと理解しています。
ヒアリングは、聞いていて「一発で全体がわかる」ことだと考えています。
リスニングは面白くないけど、ヒアリングは面白いですよ。
この意味でのヒアリングの下敷きになっているのが、「回転読み」であり、「技法グラウンド」です。初心者は、その他に「電圧装置」や「切断読み」や「回
転書き」が必要になります。
小学館文庫「英語どんでん返しのやっつけ方」を再読していただけるとありがたく思います。
331. 発音訓練について 投稿者:津田 美鶴 投稿日: 7月15日(日)21時26分44秒
私は、村瀬邦子著の「最強の外国語学習法」という本を読んだことがきっかけで、大阪のトマティスセンターで発音の訓練を受けました。
そこでは、各自ブースに入り、ヘッドフォンから流れる音(テープが擦れる様な)をひたすら聞き続けました。ヘッドフォンさえつけていれば寝ていてもいい
のです。いろんなストレスや自己流の聴き方を一度まっさらな状態にした後、今度はヘッドフォンから流れてくる音通りに発音するというものです。この時、
「ウ」の音を少し強調する様な口の形を維持したまま音を出します。最初のうちは10分程で筋肉痛になりそうでしたが、この方法は有効です。
簡単ですが、ただこれだけです。期間は、週3日で2ヶ月間。確実に発音は良くなります。ただ、あくまでも訓練ですから、イメージが残る状態へはもってい
けません。
電話でレッスン後、「七年目の浮気」をビデオで見てみました。すでに内容がわかっているという事もありますが、最初は字幕を見ても単語を拾えなかったの
に、今はクリアに英語の音を捉える事ができる様になっていました。
でも、何とか5回言える程度の英語は耳からもその程度しか入ってこないものですね。
332. トマティスセンター 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月16日(月)02時26分35秒
津田さん
書き込みありがとうございます。
妻が津田さんのレッスンをしていますが、津田さんの発音がとても上手だというので、メールで何か発音訓練を受けたのでしょうかとお聞きしたところ、トマ
ティスセンターという学校名を教えていただきました。皆が津田さんのように上手になるのであれば、これはおすすめの学校だと思いました。
その辺はどうなんでしょうか。音が変化する場合に、個人差は大きいのかどうかということです。
また、私の勘では、津田さんはトマティスを使う前も、すでにかなり英語が上手に発音できていた人ではないかと思っているのですが、その点はどうでしょう
か。
どのくらい変化があったのか、そのあたりを具体的に教えていただけますか。
トマティスを使うまえにすでにどのくらいに上手だったかは言いにくいかもしれませんが、例えば学校の英語の時間に先生にほめられたような生徒だったかど
うかということです。
私はトマティスを使った場合の変化の大きさに非常に興味があります。
ホームページを見てきましたが、いろんなコースがあります。
http://www.tomatisjp.com/
津田さんが使ったのは「聴覚訓練」というものだけですか。
もっと他にも使われたんでしょうか。
総額でおいくらくらい使われましたか。
あくまで聴覚訓練や発音訓練だけを行うのであって、語法の理解や意味やイメージは各自自分で勉強してくれと言われたともメールでお聞きしました。
厳密に言えば、聴覚訓練学校、発音訓練学校ととらえた方がよく、語学学校ではないという感じもしますが、実際に使われた方から見て、そうとらえてかまわ
ないものでしょうか。
いずれにせよ、津田さんがはっきり変化があるとおっしゃっているので、私は興味があります。長野にもあることがわかりましたので、話を聞きにいってみよ
うかとも思っていますが、なかなか時間がとれません。
333. 音読・黙読 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月16日(月)04時03分47秒
>私は主にペーパーバックの多読により、語彙と構文のインプッ
トを図ったわけですが、現在でも毎週月曜日に私が近所で主宰す
る「英会話学習相談室」の開催日が迫ってくるとそのミーティン
グで使用する読書の為に使用するペーパーバックを求めて読みあ
さりますが、副次的効用として擬似磁場の造成を行っている感覚
をもっています。
一度、議論を交わしたことのある問題ですが、ここで蒸し返しておきたいと思います。
英語の多読(読書)は、中級以上の方には是非おすすめしたいのですが、初心者向けではないと思います。
浜谷さんの「多読」は、「黙読」でしょうか。
読書は黙読になることが多いのですが、初心者のレベルの人が黙読をやると、それぞれの単語の読み(音)がわかっていないので、「音」をスポイルしたま
ま、単語を文字の組み合わせ(視覚的情報)として見るか、適当に見当をつけた「音」(通じないものとして固定するおそれあり)を「内部音」として使用して
しまうのではないかと思います。
初心者はまた、イントネーションやリズムが身についていない人が多いので、黙読の読みのリズムが「盆踊り状態」であることも多々あると思います。ですか
ら、黙読での読書は、語彙、構文等について、すでに相当のインプット量があり、イントネーション(リズム)に関しては「語学的な標準形」が自分で作れる人
に適するものだと思います。
浜谷さんはご自分の主宰される教室の生徒さん向けに、テープに吹き込んだものを手渡してあげているとお聞きしていますが、これはどうしても必要だと思い
ます。そちらの開催時間の長さや人数、会場の都合、収入の有無などで、すぐに実現可能なものかどうかはわからないのですが、本当は、「英語の音読教室」そ
のものをやられるのが初心者には一番ありがたいことなのではないかと思っています。
黙読をやるには、その前段階が必ず必要だと考えていますので、私は初心者にはすぐには読書(黙読)は奨めません。初心者に奨めるのは、あくまでも「音
読」です。私の「音読」は複合的で、これは同時に「音づくり」でもあります。「音づくり」をひとつずつ完成させていくことがそのまま「インプット」にもな
ります。この複合性を次の言い方で言ってきました。
「音読(音づくり)によるインプット」
初心者にとって大事な養分はこれでかなり間に合うと思っています。あるいは、これを外してしまうと、知識が知識にとどまり、センスや感覚が伴わない英語
ができてしまい、結局、「使えない英語」になってしまうと思っています。
「音読=音づくり」ですが、この「音づくり」の場面で、私の仕事が生じます。塾にせよ、「電話でレッスン」にせよ、生徒に同じ文を繰り返し「音読」して
もらって、その場で直すべきところを直し、再び同じ文を繰り返し「音読」してもらいます。
初心者の練習では、経済的に余裕があるなら、絶対に先生につくのがいいと思っています。語学的なセンスが優れていて、自分で語学教材を使って、通じる音
の「音づくり」を成立させることのできる人には必要ありませんが、この場面で自己流に口を動かしてしまうために、通じない英語になってしまう例は非常に多
いはずです。
「音読(自己流)によるインプット」
これが日本の英語学習者の大多数だと思いますが、こういう人の場合でも、「電話でレッスン」を一年ほど受けられるとはっきりと音が変わります。多くの人
が、「こんなことは学校では教えてくれなかった」と言います。
「音読(音づくり)によるインプット」をそのまま映画のシナリオに対して行い、ヒアリングに直結させていくのが、ある程度基礎力のある人に対する「電話で
レッスン」になります。
日本の英語の先生が、Eliot
さんのような方ばかりであるなら、私は「音とイメージの同致」の方に専念してみたいものだとも思いますが、現状はそうではなく、絶対に必要であるにも関わ
らず学校がやらないこと、「音読(音づくり)によるインプット」が仕事の多くを占めています。
個人的には私も浜谷さんにならって、ペーパーバックスを読もうとしているのですが、なかなか時間がとれず思うように進みません。
英語での読書では、私の場合は、新しい語彙や構文のインプットをやっているという自覚があまり生じません。むしろ、英語の構文や語彙に触れ続けることに
よって、慣れやこなれを作っているという感じの方が強いです。補強、蒸し返し、保存の働きを余計に感じています。語彙に関しては、見当がつくものは見当を
つけて読んでいて、ほぼ間違いないなというようなところまで持っていっても、なおも辞書を使いません。辞書を使うと読みのリズムが壊れるので、ペーパー
バックスを読むときは辞書は使わないことにしています。
336. イメージ 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月16日(月)06時07分13秒
ST 様
>言葉はイメージだ。イメージが言葉なのだ。日本語も英語も一つの
記号にすぎず、頭も含めて体全体でイメージを動かしているにずぎな
い。その潜在的なイメージを言語という顕在的なフィルターを通して
溶かし込む、それが言語の習得なのだ。そこで回転がどうしても必要
になる。根石先生だいたいこんな感じですか。ずれてませんか?
だいたいそんな感じです。
例えば、具体的に日本語と英語という二つの言語を考えた場合に、その双方を「往来」するものが「イメージ」だというような考え方です。位置的には日本語
と英語の「間」にあるものだとも思います。「間」にあって、二つの(あるいはもっと多くの)具体的な言語に出入りするもの、あるいは、どれか一つの具体的
な言語になって(化けて)表出され、理解されたり理解されなかったりするものです。
言語(その他)によって喚起されるものですが、いったん喚起されて以後は、具体的な個々の言語にとっては、「言語以前のもの」でもあります。
いずれにせよ、「イメージ」は生きている人間の中にだけ成立します。古典や名作の著者が死んでしまってこの世にいない場合でも、古典や名作の言葉がリア
ルなイメージを今も喚起するとき、イメージは生きている人(読者)の中に動くものです。
言語そのものは、固定可能です。辞書が成立する根拠も、言語そのものの固定可能性によると思います。古典や名作も本の形で固定されます。厳密には、固定
作用は文字にあります。あるいは録音装置にあります。今後は、0と1の配列(コンピュータに保存可能な情報形態)にあるということにもなると思います。
これに対して、イメージは生きて動きます。あるいは新しく発生します。イメージが動く「場」はどこまでも、生きている人間の意識だろうと思います。
固定されたものから、生きて動くイメージを立ち上らせるのはいつも、生きている人間の意識です。語学も実はこの規定から外れないものではないかと思って
います。
ある一つの語彙でいいのですが、それに関する辞書の定義のような窮屈なものも「回転読み」の「回転」という動態の中でぐつぐつ煮ると、その具体的な文だ
けで見せる「新しい表情」を浮かべたりします。これがイメージだと思います。
「回転」が必要になる根拠は、おっしゃる通り、イメージを発生させ、潜在意識に刷り込む(あるいは溶かしこむ)ためでもありますが、もう一つの理由とし
て、日本人の英語学習は、多くの場合、英語の磁場を欠いて行われるということにあります。
「回転」によって補強されないと、英文はなかなか無意識まで降りてくれないということがもう一つの大きな理由です。当該の磁場を欠く言語(外国語)は、
浮力があって、なかなか潜在意識まで沈んでくれないのです。
337. トマティスは生理的部分のみの学校なのですか? 投稿者:ST 投稿日: 7月16日(月)06時28分49秒
津田さんにお聞きしたいと思います。いぜん東京に英語教育の研修を受けに行ったときについでにトマティスへ行って体験みたいなのをやったことがあります。
場所が東京と大阪のみだったと思うのと、経済的なこととと、発音の矯正なら、その時自己流でもある程度通じていたので、トマティスを受けることはやめまし
た。根石先生が言われるように聴覚訓練学校、発音訓練学校という感じなら、副次的に英語学習にどのような効果があるのかぜひ体験なさっておられ、発音もき
れいな津田さんにいろいろと教えていただければ幸いです。
339. イメージについて、書いてみたこと 投稿者:ST 投稿日: 7月16日(月)10時22分32秒
球体のような図を書いてイメージなどについて考えています。
1:左に日本語(第一言語としての)と書きました。
2:右に英語(外国語としての)と書きました。
3:上に幻想としての英会話やコミュニケーション論者と書きました。
4:下に根石先生の教え(真の日本における英語学習法としての)と書きました。
5:手前に生活としての言語と書きました
6:その反対側(奥)に。語学としての言語と書きました。
以上の6点を球の端に書き込み私なりに考えました。
1を左に書いたのは、日本語は外国人なら左脳でしかとらえないものまで右脳でもとらえることができ、右脳は左半身とつながっているらしいので左としまし
た。
2を右に書いたのは、英語を第一言語として使う人はとくに論理LOGIC,LOGOSを大切にするので左脳は右半身とつながっているので右としました。
私が技法グラウンドをする時に右手の指を折曲げながら練習している(親指を立てて他の指は折り込むのが1、親指と人指し指とあわせるのが2、親指と中指を
あわせるのが3、以下親指と薬指で4、小指で5いう感じです)ので英語を右にもってきたほうが自分としては理解がしやすかったのです。
左の日本語と右の英語の間、つまり球体の中心にイメージがあります。中心のイメージと日本語や英語などの外国語は常にばちばちとイメージの火花をとばし
ています。
3を上に書いたのは1と2を一緒に考えてしまうことで身につかず上に飛んでいってしまうことをイメージしました。ロケットが燃料不足で大気圏に入れない
ようなものという感じです。
4を下に書いたのは無意識(私のイメージでは無意識は深い深い底にある感じ)の層に沈める効果的な英語学習方法ということです。
5を手前に書いたのは自分のものになっていることをイメージしました。手前に私がいるとイメージしたのです。
自分のものになると生活言語にもなりうると考えました。
6はまだ自分のものになっていない。まだ遠いということで奥に語学としての言語をイメージしました。
6の回転読みとするために電圧装置もしかっりつくり、激しく激しく一人で回転読み書きをするにつれてイメージ(球体の中心)に近づいてきます。またその
延長線上に(つまり手前に)生活言語があるのです。
あくまで私なりに私が勝手に書いたものなので、根石先生には迷惑かもしれません。でもこれを元に私なりに根石先生がおっしゃっているイメージというもの
を時には理論的に考える機会をもちたいと思っているのです。
340. トマティスセンターに通って 投稿者:津田 美鶴 投稿日: 7月16日(月)12時09分33秒
根石先生へ
STさまへ
トマティスセンターでは、私は聴覚、発音訓練のみ受講しましたが、語学に限らず他にもたくさんの講座があるよ
うですね。
料金については、24回(1回2H)でだいたい18万円程です。教育訓練給付金制度を利用すればだいたい4万円強で受講できます。
受講前と受講後の変化は、自分の声で確認できました。入学後、日本語と英語の両方の声をテープに録音し、最終日に聞き比べましたが、英語の音に深さが出
せ、不思議と英語の方が発音しやすくなっていました。
トマティスの活用法ですが、受講後は、音が取れて発音ができる状態ですので、その準備ができていない、又はその時間が持てない方に比べると、数段イメー
ジへの転換が早い!と思うのです。もちろんこういう機関に通わなくても英語の音をつくることは可能ですよね。ただ、発音訓練はどの語学教材も単調でおもし
ろくありませんでしたので、おもいきって受講してみました。
それまでの私の英語の発音についてですが、先生から誉められたこともなければ注意されたこともないという、「フツウの発音」だったと思います。抑揚がな
かったんですね。きっと。トマティスのスタッフの方は、「もともと発音がきれいなので、あまり変化が感じられないかもしれませんね・・・。」とおっしゃっ
ていましたが、自分では、発音がきれいだとは思ったことがありませんでした。学生時代は、sheをseeの音と同じだと思って発音していた事がありますか
ら。これは誰か注意してほしかったですね(笑)英語をきちんと聴いていなかったんですね。
日本の教育では、発音はあまり重要視されていないように思います。それは、指導できる方がまだまだ少ないということも問題かもしれません。そればかりに
こだわることはありませんが、違う音で覚えてしまうと、その音を聞いた時に、せっかく意味がわかっていてもイメージが動かない様な気がします。音の認識が
行われない様に思うのです。
342. ご指名なので 投稿者:Duffy 投稿日: 7月16日(月)13時49分12秒
> 「モメント」というのは、「回転読み」の「回転」というのは、新機軸だという自負があるも
>のですから、ことさらに使っています。
>moment 積率;〔哲〕契機(ある物の側面)(momentum).
>6 モーメント.@〔機〕回転偶力.A〔理〕力率,ベクトル積:〜 of inertia 慣性モーメント.
> 力学の用語で使っているのでなく、哲学の用語の「契機」みたいな意味合いで使っています。
>「回転」というものを意識せずに練習してきた方にとって、まったく新しい展望を作り出しうる
>ひとつの「契機」になるものというようなつもりですが、うまく説明できません。哲学の用語と
>して正しい使い方かどうかは自信はありません。また、理学、機械学の方での用法についてはま
>るでわかりません。用語の意味さえわかりません。Duffy さん、助けていただけますか。
機械工学的な説明をすれば良いのですね。根石さんは車を持ってらっしゃるようなので車のタイヤで説明しますと。タイヤを交換した後、レンチでボルトを締め
ますよね。
レンチの長さが60cmあれば全く同じ力で押しても30cmのレンチのときに比べて倍(60/30 = 2)のモーメントを出すことが出来ます。
このようにボルトを回転させる力は押す力だけでは決まらなくて、押す力とレンチの長さで決まります。それをモーメントと言います。
343. 英語の音読教室のこと 投稿者:浜谷 投稿日: 7月16日(月)23時10分55秒
根石さん
>浜谷さんの「多読」は、「黙読」でしょうか。
意識を集中出来る状態の時は「速読」を意識し「黙読」ですが、本屋での立ち読みや180円コーヒー喫茶店のカウンター式テーブルの片隅で、集中し難い時は
なりふり構わず小声で「音読」しています。
>本当は、「英語の音読教室」そのものをやられるのが初心者には一番ありがたいことなのではないかと思っています。
私も根石さんの「電話でレッスン」方式で「ペーパーバックの音読教室」をやるつもりです。その試行段階として現在英会話サークル(学習相談室)の30分間
のリーディングセッションで進行中のペーパーバックの私の音読テープを初心者の方に渡しています。まだこのサークルがヒヨコの段階ですのでいきなり電話で
レッスンの「商売」に入ることは機が熟していない感想を持っています。本日のミーティングで根石さんの「映画でリスニング」宣伝を中級者の方2、3人にし
ておきました。本来は私がやってから奨めたらいいのですが、今やっているサークル(相談室)の運営に資金の持ち出し状態が続いており、私自身のレッスンは
その状態が改善されてからとなりますのでもうしばらくお預けとなります。その際は前にお願いしましたように良しなにご手配くださるようお願いします。
>「電話でレッスン」にせよ、生徒に同じ文を繰り返し「音読」してもらって、その場で直すべきところを直し、再>び同じ文を繰り返し「音読」してもらいま
す
全くその通りだと思います。ご親切なご指導のお言葉いたみいります。今度私流のペーパーバックによる「電話でレッスン」を始める際の指針としたいと思いま
す。
>英語での読書では、私の場合は、新しい語彙や構文のインプットをやっているという自覚があまり生じません。む>しろ、英語の構文や語彙に触れ続けること
によって、慣れやこなれを作っているという感じの方が強いです。補強>、蒸し返し、保存の働きを余計に感じています。
「新しい語彙や構文のインプットをやっているという自覚」は現在の私にもありません。それは以前多読をしていた際、つまりそういう意識を強制してやってい
た期間にはありました。根石さんが「英語どんでんがえし・・・」で述べておられる「電圧装置」を働かしている状態の期間ともいえるんでしょうか?(2、3
日前に買ってきて読み始めましたが聞きなれない言葉の洪水に戸惑いながら読んでいます。)現在は私も「英語の構文や語彙に触れ続けることによって、慣れや
こなれを作っているという感じ」を大事にし、ミーティングでスムースに取り出せる準備と考えてやっています。「補強、蒸し返し、保存の働き」を念頭におい
てやっていますがそれがきっちり出来ているかどうか確信はありません。単に気休めでやってるだけかも知れません。
>語彙に関しては、見当がつくものは見当をつけて読んでいて、ほぼ間違いないなというようなところまで持っていっても、なおも辞書を使いません。辞書を使
うと読みのリズムが壊れるので、ペーパーバックスを読むときは辞書は使わないことにしています。
私も全く同じです。この方法は多読を始めたときから意識的にとってきました。前に申し上げたことの繰り返しにりますが、私がペーパーバックの多読を始めた
のは会話の際相手が言ったことの大意を瞬時に掴む練習が主な目的でした。ですから少しぐらい語彙が分らなくても気にしないという態度が必要だったのです。
困ったことに今となって英会話以外の英語学習で細かなことに配慮する習慣が欠如してしまっているようなのです。つまり映画のスクリプトのようにスラングの
多い言い回しなどがあっても気に出来なくなってしまっています。面倒なことが出来なくなっているようなのです。だから将来根石さんの「映画でリスニング」
の「電話でレッスン」についていけるか心配です。
>英語の多読(読書)は、中級以上の方には是非おすすめしたいのですが、初心者向けではないと思います。
私が関心を持っている初級者は「英語に再挑戦する」社会人ですので、そのような方には多読がインプットに適切な方法であることを理解していただき、興味あ
る内容を厳選しながらやっていけば出来ると考えています。今進行中の「Horse Whisperer」などは映画化されたものであることもあり、読み物
としてはベストの部類に入ると思います。
以上が私の根石さんの(私宛)書き込みに対するレスですが、根石さんとは議論が一致しているところ、していないところ、まだあるようですね? お返事お待
ちしています。
344. 津田さん、DUFFYさん、ありがとう! 投稿者:ST 投稿日: 7月17日(火)08時22分57秒
DUFFYさん、モメントの解説、たいへんよくわかりました。根石先生の著書のモメントという言葉が何度読んでもわからなかったものですから。助かりまし
た。ありがとうございました。私の理解するに「加速的」という感じですか?
津田さん、トマティスの貴重な体験談ありがとうございました!
受講後は音がとれて発音できる状態ということですが、大変興味があります。もう少しいろいろと心や体の変化とそれがおとずれた時期的なことも含めて教えて
もらえませんか?
345. 「英語の音読教室のこと」を読んでの感想です。 投稿者:ST 投稿日: 7月17日(火)09時04分27秒
>意識を集中出来る状態の時は「速読」を意識し「黙読」ですが、本屋での立ち読みや180円コーヒー喫茶店のカウンター式テーブルの片隅で、集中し難い時
はなりふり構わず小声で「音読」しています。
*浜谷さんと根石先生の英語に関する議論、いつもたいへん興味をもって拝見させていただいています。今回は恐れながらも私なりの意見を述べさせて頂きたい
と思います。
*SUB-VOCALIZATION(速く読む場合でも内容の難しさなどの理由のために舌や唇がかすかにでも動くこと)がいわゆる、多読や速読(正確には
精読や多読を激しくやった場合に速読という形も自然な形でとりいれることができるようになるのではないかと思っているのですが)のさまたげになるとはよく
言われています。どれだけたくさんの読み物を普段から読んでいる人でも、自分が普段読んでいないものや読み慣れていないもの、基礎知識に欠けるものなどは
いわゆるSUB-VOCALIZATIONは無意識にやっているのではないでしょうか。それはいわゆるREADING
COMPREHENSIONを底辺からささえるものであって、その人の読書にブレーキをかけるものではありません。あくまで著者と対等にたいじするための
知恵だと思います。浜谷さんの「180円コーヒー〜小声で音読しています」の部分はいわゆる無意識にやられていることを意識化して書かれたのではないかと
思うのです。これは私の意見ですが、根石先生の特に初心者に素読や音読(根石先生によると、素読は意味がわからなくてもとにかく音にして読むこと、音読は
意味が理解できた段階での音にして読むこと)を実践させていらっしゃるのは、中級の入り口でいわゆる読書をする段階においても役に立つように文字へ自然な
形で移るための方法ではないかと思うのです。「英語に再挑戦される社会人」の方にこそまず音読が大切ではないかと私は思います。しかし、私のまだ短い10
年前後の教職経験で思ったのは学習方法というのは個人差が意外に大きいということです。基本の部分はある程度は決まってくるかもしれませんが、生徒によっ
てはTOP-DOWN的な理解を得意とし、音の助けを借りずにどんどん難解な文章を読んでいく者もおりますし、また逆にBOTTOM-UP的な理解のアプ
ローチをとる生徒もおります。いちがいに言えない所がこの議論の醍醐味なのかもしれません。お二人の大御所を前にして赤ん坊のたわごととお考えくだされば
幸いです。
346. 「英語の音読教室のこと」を読んでの感想です。その2 投稿者:ST 投稿日: 7月17日(火)09時29分07秒
ペーパーバックの音読教室というアイデアは、同じ音読教室をやるばあいでもCONTEXTがあるという点ですぐれていると思います。さらに会話の際に相手
がだいたいどのようなことを言っているのかを掴む訓練のためにもペーパーバックの音読教室はすぐれているとおもいます。内容をとるか構造をとるかという問
題もあるのではないでしょうか?根石先生の一連の教材や構造的にまとめりのある教材では構造面はよいが内容面でまとまりに欠けます。また内容面は問題がな
いペーパーバックの場合は構造の問題が残ると思います。いずれにしても問題は「回転というモメント」をどう入れていくかだと私は思います。ペーパーバック
でも1文ずつ回転読みをしていき、構造上欠ける文体についてはペーパーバックごとに例文を補充していけば、一挙に問題は解決しそうにも素人考えでは思うの
ですが。。。ともかく私はどんな場合でも素読や音読なくして基礎は身につかないのではないかと思っています。その理由は音無くしては文字も存在しえないと
いう所にあるのではないかと思っています。
352. 成仏せよ 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月17日(火)19時56分13秒
こうじ様
>ここで英語教育に関して議論するにはたとえば「シャドー
イング」という言葉がでてきたら、皆さんは「現場のプロ・
達人」ですので、最低でもそれがどういうものかを「知って
いて」、同じメソッドや似た方法を過去に経験している人た
ちがいるということが前提ではないでしょうか?
どこまでもえらそうなやつだな。
だったら、自分で「シャドウイング」なり、「英語教育」の掲示板を作って主宰したらどうだね。そこで、「最低でもそれがどういうものか」を知っている人
だけを相手にしていたらどうだね。
私は、ここで「現場のプロ・達人」だけに書いてもらおうと思っているわけじゃない。「現場のプロ・達人」にも書いてほしいが、初心者にも書いて欲しいと
思っている。俺はここが「英語教育」に関する掲示板だとはどこにもことわった覚えはなく、「英語に関する議論」と言っている。「英語教育」に関する記事も
もちろん歓迎するが、何かの知識を前提にした覚えはひとつもない。「英語に関する議論」だったら、初心者も初心者として練習しているんだから、自分の練習
に関して考えることはできる。質問することもできる。それに対するアドバイスも得られるかも知れない。それについて、複数の人から異なるアドバイスが生じ
れば、議論が生じることもある。とにかく、あんたみたいに何かを前提にするつもりはまるでない。
だから、「シャドウイング」だかなんだか、何一つ前提にしているものはない。勝手にこの掲示板の性質をあんたが規定するなよ。
私の生徒さんには、「大風呂敷」で自慢をする人が出てきたので、書くのやんなっちゃったという意見もあったのです。
自分を英語世界に「一元化」して、英語に達者になり、英語ができると自慢するような根性が昔から俺は大嫌いだった。その「一元化」が嫌いだった。今も嫌
いだ。
>あなたは現在の生活に縛られていてその範囲内で「英語学
習法」を研究しようとされていませんか?本当にやる気があ
るのなら、現在の狭い環境をとびだしてそれに食らいつくく
らいの気持ちが最低でも必要だということを述べたかったの
ですが、伝わらなかった様ですね。
誰だって「現在の生活に縛られて」生きているんだ。何を馬鹿言ってるんだか。
何様のつもりなのか。
こんなことを他人に向かって言えるあんたこそ、なんで日本なんかにいるんだよ。
ちゃんと「一元化」しちまいなよ。
英語がしゃべれて当たり前の世界に入っちゃって、そこから出てこないのが、あんたの英語が成仏するには一番いいんだよ。あんたは、俺が英語フリークと呼
んで軽蔑してきたタイプの典型例だ。アメリカへ行っちまいなよ。俺が引導渡してやるよ。
356. 英検の面接試験 投稿者:Eliot 投稿日: 7月17日(火)22時47分18秒
15日(日)に実用英語検定試験の二次(面接)試験に行きました。いえいえ、受験ではなくて、面接官としてアルバイトをしてきたのです。午前中に準2級の
20人強、午後は3級の30人弱の面接をしましたが、英語の音で読める受験者はほとんどいませんでした。
過去10年以上の間に中学生、高校生を中心とする千人以上の人の音読を採点してきた経験から、日本の生徒たちの英語の発音は全然よくなっていないと私は断
言します。いかに文部省が学習指導要領を改定して「コミュニケーション能力」を強調して教科書を作らせても、英語の音作りには効果はほぼゼロです。
同じ日に試験会場で25年以上も面接委員をやっているという方に「25年間で受験者の英語の発音がよくなったと思いますか」と尋ねたら、「全然。よくなっ
たのは面接委員へのペイだけです」と言われました。
368. 英語音読教室のこと 投稿者:浜谷 投稿日: 7月18日(水)20時03分30秒
ST様
私の根石さんへの書き込みに関してのコメントありがとうございます。敢えて前置きさせていただきたいことがあります。それは「お二人の大御所を前にして赤
ん坊のたわごととお考えくだされば幸いです。」とされて私を根石さんと同列にしていただいているのですが、私は根石さんの足元にも及ばない者です。私が他
の掲示板で英会話の学習法について書き込みをしていた際、私の書き込みをご覧になった根石さん(この掲示板では根石先生と呼ぶべきかも知れませんが当時お
許しいただいた呼び名で呼ばせて頂きたいと思います。)が「本質的なことを書いている」とされて、議論に加わらせて頂きましたその議論の続きというような
形で書き込みをさせていただいています。もう一つお断りさせて頂きたいのですが、私は前回の書き込みでもチラッと述べさせて頂きましたが、「英語どんでん
がえしのやっつけ方」はつい先日より目を通し始めたところで、まだ、その本の内容を十分に理解するに至ってないということです。従って、ST様の仰ってい
ることも十分理解出来ていないのではということを危惧しており、レスが的外れになるかも知れませんがその節はご容赦ください。また、私のこれからの書き込
みがそのような理由で一部質問形式になると思います。折り返しレス・バック頂ければありがたいです。
>根石先生の特に初心者に素読や音読(根石先生によると、素読は意味がわからなくてもとにかく音にして読むこと、音読は意味が理解できた段階での音にして
読むこと)を実践させていらっしゃるのは、中級の入り口でいわゆる読書をする段階においても役に立つように文字へ自然な形で移るための方法ではないかと思
うのです。。「英語に再挑戦される社会人」の方にこそまず音読が大切ではないかと私は思います。
素読=回転読み ということですね? 私もこの方法の実効性は感覚的に十分あるとみています。回転読みについてはまだはっきり理解しておりません
が・・・。私もその意味で根石さんの「電話でレッスン」を参考にしてペーパーバックの音読教室を電話でやりたいと思っています。
>自分が普段読んでいないものや読み慣れていないもの、基礎知識に欠けるものなどはいわゆるSUB-VOCALIZATIONは無意識にやっているのでは
ないでしょうか。それはいわゆるREADING
COMPREHENSIONを底辺からささえるものであって、その人の読書にブレーキをかけるものではありません。あくまで著者と対等にたいじするための
知恵だと思います。浜谷さんの「180円コーヒー〜小声で音読しています」の部分はいわゆる無意識にやられていることを意識化して書かれたのではないかと
思うのです。
「SUB-VOCALIZATION」という概念は初めて耳にいたしました。そのようなことを私が今まで英会話修得のための読書の中でやってきたかどうか
につてはさだかではありません。私が言ったのは他人の存在を周囲に感じる本屋の店頭とか、喫茶店の片隅でペーパーバックを読む際は、気持ちを集中させる為
に意識的に小声で音読しています。
>いずれにしても問題は「回転というモメント」をどう入れていくかだと私は思います。ペーパーバックでも1文ずつ回転読みをしていき、構造上欠ける文体に
ついてはペーパーバックごとに例文を補充していけば、一挙に問題は解決しそうにも素人考えでは思うのですが。。。ともかく私はどんな場合でも素読や音読な
くして基礎は身につかないのではないかと思っています。その理由は音無くしては文字も存在しえないという所にあるのではないかと思っています。
「ペーパーバックでも1文ずつ回転読みをしていき、・・・」とありますが、まだ回転読みの意義を理解していないので、今後十分勉強して理解できた段階で取
り入れさせて頂きたいと考えております。「その理由は音無くしては文字も存在しえないという所にあるのではないかと思っています。」と仰っていますが全く
同感です。「素読=回転読み?」の必要性については今のところ分りません。
>学習方法というのは個人差が意外に大きいということです。基本の部分はある程度は決まってくるかもしれませんが、・・・
全くその通りです。私は私のかってやったことのある英会話教室や現在やっている英会話学習相談室(英会話サークル)でその大きさを実感していますし、何に
もまして今年の初めからHPを開いたり、掲示板に書き込んだりして日々ひしひしと感じております。基本の部分で一致していることを感じることが出来たとき
は励みになりますし、一致していない場合は勉強になります。
373. 浜谷さん、書き込みありがとうございます! 投稿者:ST 投稿日: 7月19日(木)16時19分23秒
>「SUB-VOCALIZATION」という概念は初めて耳にいたしました。そのようなことを私が今まで英会話修得のための読書の中でやってきたかどう
かにつてはさだかではありません。私が言ったのは他人の存在を周囲に感じる本屋の店頭とか、喫茶店の片隅でペーパーバックを読む際は、気持ちを集中させる
為に意識的に小声で音読しています。
*少し補足をさせてください。SUB-VOCALIZATIONは私の勝手な考えでは、読む内容の難しさだけではなく、浜谷さんも書かれているように、回
りの雑音から音や文字を守るためにも使われているという点です。その他にも構造面で難しいところがでてきた時にもこの方法がとられている可能性もあるので
はないでしょうか。
>>いずれにしても問題は「回転というモメント(このモメントという言葉をまだ私はきちんと理解できていませんが)」をどう入れていくかだと私は思いま
す。ペーパーバックでも1文ずつ回転読みをしていき、構造上欠ける文体についてはペーパバックごとに例文を補充していけば、一挙に問題は解決しそうにも素
人考えでは思うのですが。。。ともかく私はどんな場合でも素読や音読なくして基礎は身につかないのではないかと思っています。その理由は音無くしては文字
も存在しえないという所にあるのではないかと思っています。
>「ペーパーバックでも1文ずつ回転読みをしていき、・・・」とありますが、まだ回転読みの意義を理解していないので、今後十分勉強して理解できた段階で
取り入れさせて頂きたいと考えております。「その理由は音無くしては文字も存在しえないという所にあるのではないかと思っています。」と仰っていますが全
く同感です。「素読=回転読み?」の必要性については今のところ分りません。
*私なりに理解している所によると、回転読みは英語を1文単位で何度も何度も正確に音読していくことであり、その意義は言語のあいだにあるイメージを音や
文字を通して溶かし込むためということです。私は私なりになんどか「どんでんがえし。。。」を読む中で少しずつ少しずつ根石先生のおっしゃることを理解し
てきました。現在は93%くらいは信用しています。最初は、「なんだ、音のことばかりいっておられるのかな」とか「外国語をみにつけるのに外国へいくこと
を全く否定されているのかな?」などかなりの誤解をしておりましたが、読み返すごとに新鮮さのでてくる本だと思います。英語に関する本が氾濫しているなか
でこの本は日本における英語学習に革命さえ起こしうる本ではないかと思っているのです。「音なくしては文字もなし」という点ですが、最近根石先生におそ
わったことによると実際は「音も文字もない」ということらしいです。あるのは日本語と英語の間にある「イメージ」だけなのだそうです。最近少し私なりに理
解をしてきたのですが、そのイメージを深く深く体に(頭だけではないらしいです)染み込ませるために、誰かが作った記号としての音や文字を内在化
(INTERNALIZATION)させるためにどうしても特に中級の入り口くらいまで音読が必要になるのだそうです。単なる音のことをいっておられるの
ではないのです。ところがこの「イメージ」を各人が取り込む過程で体にどんなことが起きているのかは誰にもわからないというのが難しいところかもしれませ
ん。しかし人がいるから言語があるのであって、言語があるから人がいるのではない。人と人の間にあるのは、コミュニケーションの手段としての言語の記号で
はない。心というかイメージが動いているのだ、というあたりの根石先生の記述には本当に感動しました。何か書いているうちにわけのわからないことになって
きたような気もするのでこの辺りで今回は私の勝手は書き込みはやめたいとおもいます。
378. 基礎は音読? 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月20日(金)03時41分03秒
津田さんへ
自分が書いたものにコメントします。
>鵜田さんの理論に私が全面的に賛同する部分は、「自分の口
がちゃんと英語の音を出せるようになれば耳も英語の音を捕まえるようになる」というところです。しかし、鵜田さんの方法には、「音と意味(イメージ)の同
致」が射程に入っていないと考えています。音がいくら上手に なっても、意味が一緒に動かないとどうしようもないのですが。
これは、パクパクさんと言う方へのコメントでした。
鵜田さんという方がおられます。パクパクさんがホームページアドレスをこの掲示板のどこかに書いておられたと思います。「聞き取り実験」のページがある
らしいのですが、私のパソコンは音が出ないようにしてありますし、時間がないので訪れたことはありません。このページにひとまず跳んで、リンクをたどれば
ホームページに行けると思います。非常に有益な記事があります。
口を動かして、耳を働かせるという順序は私と鵜田さんとで同じです。
耳を働かせて、口を動かすという順序は、津田さんの使われた学校が提唱するものです。私はこれはどちらでもいいと思っています。あるいは、両方やるのが
いいとも思っています。そして、津田さんはまさに両方をやっておられるわけです。
まったく白紙あるいは白紙に近い初心者では、「音読」が一番だとも考えています。津田さんは、「音読」の経験は学生時代にお持ちですか。私の勘では、た
くさん「音読」をやられた方だろうと思っています。
379. 七年目の浮気 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月20日(金)03時56分20秒
津田さん、皆様
>ヘッドフォンから流れてくる音通りに発音するというもの です。この時、「ウ」の音を少し強調する様な口の形を維持したまま音を出します。
トマティスの訓練方法ですが、どうして「ウ」の音を少し強調するような口の形なのかおわかりでしょうか。私には見当がつかないのですが。どういう根拠な
のかおわかりでしたら、お教え下さるとうれしく思います。
>電話でレッスン後、「七年目の浮気」をビデオで見てみまし
た。すでに内容がわかっているという事もありますが、最初は字幕を見ても単語を拾えなかったのに、今はクリアに英語の音を捉える事ができる様になっていま
した。でも、何とか5回言える程度の英語は耳からもその程度しか入ってこないものですね。
レッスンを進めていただいて、自分の英語がどう変わっていくかを報告していただけることが、私はとてもうれしいです。他の生徒さんにも是非お願いしたい
ことです。 「クリアに英語の音を捉える事ができる」という場合に、「音」の繊維が聞き分けられるというだけでしょうか。それとも、瞬間的に文丸ごとの
「意味」も成立しているでしょうか。現在の私の関心は、ひたすらその一点にあります。「聞き取れる」ということは、「聴解」できているということでなけれ
ばなりませんから・・・。
「七年目の浮気」は非常に中身の濃いテキストですから、語学的にはお得ですが、どなたにも奨められるというほど初心者向けではありません。この映画が、
「意味」を伴ってたどれるようになれば、ワンランク上の英語の力は必ず備わっているはずです。 ときどき、他の映画で試してみて下さい。
380. 気化 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月20日(金)04時31分10秒
ST 様 >つまり球体の中心にイメージがあります。
イメージ、英語、日本語などの位置関係を立体で思い描くということはやったことがありませんでした。面白い球だと思いました。
「イメージ」というものは、初めは夾雑物を含んでいますが、種々の文脈で同じ単語や語法に出会うことで、純化して「イデア」となる、ということも小学館
文庫「英語どんでん返しのやっつけ方」で書きました。
私が変更を加えていいなら、球の中心にあるのは「命」そのものではないでしょうか。その外側に「無意識」があり、さらにその外側に「意識」があり、それ
に接してイメージが湧いている。そのイメージが気化し、高速を備えたものが球の表層を猛烈なスピードで動く。これがイデアである、と。
実際に英語を読んでいるときなどを考えると、イメージが動いているというより、もっと軽くなって高速化したものが動いているという感じがします。そのも
のを呼ぶ呼び名がないので、あえて「イデア」と名付けたわけです。
イデアは一瞬にして、中心に戻り眠るとも思います。いや、「命」そのものにまで戻るかはともかく、「無意識」の層にまでは戻り、眠り続けると思います。
それが、文字や音に呼ばれて、ただちに活性化する状態が「使える英語」というものだと思います。
こうすると、スタティックな位置関係の他に、語学の動態が表せると思ったのでした。
ST
さんの考えられたことから、私は非常に大きなヒントをもらいました。つまり、語学における「気化」という考えです。「磁場」もそうですが、ひとつひとつ、
このような日本語の「もう一つの用法」をみつけていくことで、私の語学論は成立しているのです。
感謝します。
381. 根石先生御自身が気化状態になられたのを実感された瞬間の体験談を書いていただけないでしょうか? 投稿者:ST 投稿日:
7月20日(金)06時23分29秒
「
気化」の書き込みありがとうございました。命の外側の無意識、さらにその外側の意識の部分でイメージが「気化」しイデアとなる。うーーーん。難しい。それ
にしても難しい。とにかく実践ですね。しかしまだそこに到達していない者にしてみれば、その瞬間を「イメージ」することで、頂上をみながら登山すること
で、やりがいを見い出したいと思うのですが、根石先生御自身のその「イデア」化した瞬間を大ぶろしきに書き込みしていただけないでしょうか?もちろん、そ
んなことは文字ではできないとおっしゃるのならそれまでですが。最近回転読みをしたり、どんでんがえしを読む中で思ったのは、私は電圧装置も本気でやって
こなかったということです。とにかく構造や文法、語彙という基礎段階において、電圧装置を回転読みをやるためにしっかり作ってイメージするということを
やっていなかったような気がするのです。もう一度基本に立ち返り電圧装置をきちんとつくりたいと思います。回転読みと特に回転書きを激しく激しく実践し、
切断読みも視野にいれて実践したいとも思います。あと、少しずつペーパーバックなどの読書を音読のスピード以上でできるようにやっていきたいとおもいま
す。
383. わっはっは、ですね 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月20日(金)16時32分07秒
「根石先生ご自身」はまだ気化せず、うだうだしています。
でも、今日は猛烈に暑いので、もうじき気化するかもしれません。それって、お陀仏ってことでしょうか。
「気化」というのは、やろうとしなくても無意識が勝手にやってくれます。人間が意識的にできることは、はっきりイメージすることです。はっきりイメージし
て、語彙を見ると同時にイメージが動き、イメージが動くと同時に語彙が言える(書ける)状態にしておき、その語彙が、別の文で、少しずついろんな別の顔を
見せる(イメージが変容する)ということを経験するうちに、「気化」し、「イデア化」するのだと思います。
「切断読み」を意識的になさると、この「気化」の瞬間みたいなのを感じることがあります。
これ、express という英単語と同じことをやっているのかもしれないです。 ex (外へ) press
(押す) ということで、イメージから気体状のものが出てくる。それがイデアだと考えてきました。あくまで意識の現象ですから、何を語っても比喩的にしか
言えないところが難しいです。
386. tdln 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月21日(土)05時27分00秒
Eliot 様
以前に教えていただいた th の前の t,d,l,n
ですが、その後、自分の舌の位置を意識してみました。新しく生じた疑問がありますが、お暇なときにお教えいただければと思います。
私は以前から、t,d,l,n
は「歯の裏」に舌をあてると言ってきました。「前歯の根元の歯茎」というよりは、「歯の裏か、歯茎との境目」だと言ってきました。 しかし、自分で今、
t, d, l, n
だけを発音してみると、明らかにほとんどが歯茎に舌先が当たっており、感じとして4分の1か5分の1程度が歯の裏にも触れているという面積比になっている
のに気づきます。だから、結果しているものは、明らかに Eliot さんが言われる通り、「前歯の根元の歯茎」が中心的な位置です。
私が t, d, l, n
について、「上の歯の裏」と言ってきたことには理由があります。歯の裏に舌の先を付けるという言い方で生徒さんに納得してもらって、その後口を動かす練習
をして、慣れて余計な力が抜ければ、自然に舌先が歯茎に大きく触っている状態になると思っているためです。 「前歯の根元の歯茎」というより、「上の歯の
裏」というほうが、生徒さんは簡単に位置が意識できるのが最大の利点です。説明がわかりやすくなるのが最大の利点ですが、説明のわかりやすさは、発音の正
しさにはそのまま結びつくわけではありません。しかし、わかりやすいと、コツがつかみやすく、ひとまずはすぐに通じる音が作れます。慣れて余計な力がとれ
てくると、非常にわずかな「ずらし」で「歯茎主体」の位置と歯先(th)に簡単に移行できます。最初は、基本として「歯の裏」という言い方で納得してもら
い、慣れてもらって、その位置から上にずれる場合と下(というか前方)にずれる場合というふうに派生形を考えています。歯の裏から上寄りにずれるか下寄り
(前寄り?)にずれるかの違いだと思っているのです。
つまり、「歯の裏」を基本の位置としていいとすると、書物にある「本来の位置」の「前歯の根元の歯茎」は、派生形になってしまうのです。「前歯の根元の
歯茎」の位置は、少し力を抜いた(「さぼった、省力化した」)位置だということになります。 all right
のように、「歯の裏」に触ろうと前方に向かった舌先が、実際には触るか触らないかの位置で、一挙に r
の位置に行く場合も、「歯の裏に向かう」という舌の形が一つの派生形になっているのだと考えています。
この考えでいくと、t,d,l,n に th が続く場合も、th
の位置(歯先)が「歯の裏」の基本の位置からのずらし(派生形)であるということになって、t,d,l,n と th とが連絡がつくのです。
「歯の裏」が基本の位置だとすると、「上の歯裏とその周囲」で作る音の規則が一挙にシンプルなものになります。
これはまったく自己流の考えなのですが、どんなものでしょうか。
394. 基本は音読 投稿者:津田 美鶴 投稿日: 7月22日(日)19時30分17秒
根石先生へ
お返事遅くなり申し訳ございません。
早速、音読についてですが、学生時代によくやっていました。一回の練習量は少ないものでしたが、必ず声に出して英文を読んでいました。今は、電話でレッ
スンが私のペースメーカーになっていますので、朝起きてからと夜寝る前の時間で「1日15分を毎日」というルールを自分で作っています。時間のあるとき
は、気の済むまで練習しますが、基本的には毎日朝晩15分ずつです。いろいろな方法を試すのが好きなので、電車の中でも声にならない声?で練習したりしな
かったり。基本は朝晩の15分です。回転が速くなると15分でも充分練習できます。
トマティスの「ウ」の口を強調して発音する訓練方法ですが、理由はよくわかりません。姿勢も正しくないといけないのですが・・・。なぜでしょう
か・・・?
「七年目の浮気」のビデオですが、練習してある部分の英語は音もイメージも同時に動きます。その他のビデオでも、回転をさせている単語などがあれば同じ
現象がおきます。私の場合、発音できる単語は聞き取れる様です。
根石せんせいへ質問があります。以前電話でレッスンをされている生徒さんへアドバイスをされているページがありましたが、今後そのページを書き換えるご
予定はありませんか?生徒さんからの質問や先生からのアドバイスに書かれてある様な事を参考にさせていただいていたので・・・。
397.sheとsee 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月23日(月)01時59分56秒
津田さん 古い記事へのコメントです。 これは他の生徒さんのためにもなると思ったので書きます。
>トマティスのスタッフの方は、「もともと発音がきれいなので、あまり
変化が感じられないかもしれませんね・・・。」とおっしゃっていましたが、自分では、発音がきれいだとは思ったことがありませんでした。
トマティスのスタッフは、受講希望者の平均的な音を知っていて、その平均値と比べて「もともと発音がきれい」と言ったのだと思います。やはり、きれいな
音だったのです。私の勘は当たっていたような気がします。
>学生時代は、sheをseeの音と同じだと思って発音していた事があ りますから。これは誰か注意してほしかったですね(笑)
この she と see
の違いを言葉で説明するのは難しいと思っていたんですが、さっきからかわりばんこに言っていたら、説明方法を発見してしまいました。今の津田さんには余計
な説明だと思いますが、他の生徒さんの役にたつので書きます。
she は、口笛を吹くように口先を丸くすると出る。
see は、口の両端を横にひっぱると出る。(子供がイーッだ、とやるときの口の形)
この説明の仕方を今後使っていこうと思っていますが、この二つを区別するときに、どんなふうに意識したか覚えておられたらお教え下さい。参考にしたいの
で。
399.多読か音読か 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月23日(月)02時29分51秒
浜谷様
>私が関心を持っている初級者は「英語に再挑戦する」社会人ですので、そのような方には多読がインプットに適切な方法であることを理解していただき、興味
ある内容を厳選しながらやっていけば出来ると考えています。
やはり、初心者には、黙読による多読より音読が適するのではないかと思います。この点は、ST さんと同じ意見で す。
「英語に再挑戦する社会人」でも、初心者であれば、音読が必要だと思います。かなり音読をやってからでないと、「興味ある内容」を「興味ある内容」とし
て感じることができないと思います。
インプット自体は、多読でなくてもできます。
401.語数別分類 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月23日(月)02時52分49秒
浜谷様
ペーパーバックスの音読を考えておられるとのことですが、文章となりますと、一つの文がかなり長いものになる場合がしばしばです。ピリオドでないところ
でも、切れば切ることのできる場所がありますから、短めに切る作業を浜谷さんが行うなら、ペーパーバックスでもできるかな、とも思いますが・・・。
私のホームページに「英文語数別分類」というものがあります。これまで、塾や「電話でレッスン」をやってきて、一つの文がいくつの語数で成り立つかが、
音読をする場合の難度をかなり決めてしまうと考えています。必然性を言うつもりはありませんが、蓋然的には、語数で音読の難易度が決まるような気がしま
す。
なかなか使ってくれる人がいないので、語数別分類の作業は現在中断しています。
それぞれの生徒さんが、何語くらいの文で苦労するかを見て、その苦労する語数でできた文を、私のホームページから探し、該当の語数の例文に音読で慣れて
もらえば、それぞれの力に応じた音読が成立すると思います。プリントアウトして、コピーしてお使い下さい。使っていただけるなら、また語数別分類の作業を
継続しようかとも思います。
こういう基礎作業の後で、ペーパーバックスは導入されるのがいいような気がしてなりません。
浜谷さんにも、中学の頃に激しく音読をなさったとお聞きしています。
この前提を欠いている方がたくさんおられるのです。
以前にも書かせていただいたことですが、浜谷さんは、音読で基礎を作られ、ペーパーバックスの多読でブレイクスルーされたのだと思います。ご自分がブレ
イクスルーされた時に有効だった方法が、基礎を欠く方に有効だとは限らないと思っています。
それぞれの生徒さんの力に応じた語数での音読指導が初心者には一番だと思います。
402.外人教師役立たず論 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月23日(月)03時08分21秒
Eliot 様
最近、登場していただけませんが、お忙しいのかと推測しております。
>15日(日)に実用英語検定試験の二次(面接)試験に行きました。
いえいえ、受験ではなくて、面接官としてアルバイトをしてきたのです。
午前中に準2級の20人強、午後は3級の30人弱の面接をしましたが、
英語の音で読める受験者はほとんどいませんでした。
>過去10年以上の間に中学生、高校生を中心とする千人以上の人の音読
を採点してきた経験から、日本の生徒たちの英語の発音は全然よくなって
いないと私は断言します。
なるほど。私が塾をやりながら感じてきたこととまったく重なると思いました。根底にあるのは、学校が「音づくり」をやらない(できない)ことだと思いま
す。
外人教師を雇って、「コミュニケーション」の授業だとかいってごまかしていますが、明らかに税金の無駄遣いだと思います。
問題は、先生がどれだけ発音が上手であるかよりも、生徒にどれだけの発音を持たせることができるかだと思います。外人の教師は、日本人の口をどう動かし
て英語の音にするのかを日本語で説明できないので、役にたちません。
日本人の教師の質をあげるしかないのですが・・・。
403.政治の地平から語学の地平へ 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月23日(月)03時22分50秒
Eliot 様
>「大風呂敷」とは「おおげさな話、ほら話」のことですから、
ある程度の自慢気な話は許してくださいね。
Eliot さんは、自慢するぞっ、って断って自慢するのが、私は好きです。
私なんぞは、日常生活で、妻と子供に向かってやたら自慢するので、妻も子供も私が自慢しはじめると、勝手に自分らで別の話を始めます。
こらあ、ちゃんと聞けえ、自慢してるのにぃ、と思います。
カンにさわるのは、英語という言語が帯びる政治性にまったく気づかず、英語が聞き取れるぞ、などと言い出す自慢です。英語は世界語の地位を占めつつある
かもしれませんが、日本ではとりわけ覇権国アメリカの言語であるという自覚をもった上でやるべき言語だと思います。
覇権国の言語ができるといってでかい顔をするのは醜悪です。
俺はネパール語が100%聞き取れるぞ、と自慢するのなら私は放っておきます。ネパール語であろうが、タイ語であろうが、モンゴル語であろうが、本当は
100%聞き取れるなどということは原理的に不可能です。それでも、ネパール語やモンゴル語だったら、まだ我慢できる。
だいたい、聞き取れる聞き取れるなどと自慢するのは、英語まわりだけです。
欧米語でも、ドイツ語のヒアリングが100%だぜおいら、とか、イタリア語のリスニング100パーセントだせとか、そんなことを人が言うのを聞いたこと
がありません。
英語まわりだけです。人が馬鹿なことを言っているのは。
これが、英語の周囲にたちのぼる「不愉快な湯気」です。
英語を本来の語学の地平に引き戻す必要があります。
415.音読による多読を奨めています。 投稿者:浜谷 投稿日: 7月23日(月)23時47分29秒
根石さん
>初心者には、黙読による多読より音読が適するのではないかと思います。この点は、ST さんと同じ意見です。
音読による多読を奨めています。 今日(月曜日)相談室で根石さんに倣ってリーディングの電話レッスンをやるからと言ってきました。反応を見守っている段
階です。
>何語くらいの文で苦労するかを見て、その苦労する語数でできた文を、私のホームページから探し、該当の語数の例文に音読で慣れてもらえば、それぞれの力
に応じた音読が成立すると思います。プリントアウトして、コピーしてお使い下さい。使っていただけるなら、また語数別分類の作業を継続しようかとも思いま
す。
ご親切なサジェストかたじけなく存じます。上記の通りで、まだスタートしていませんので、何とも申し上げられないのですが、きっとその必要が出てくるよう
な気がします。その時は使わさせて頂きたいと思います。
根石さんの映画でリスニングの電話レッスンに関して私が勝手に私の相談室来室者に宣伝しました件でお気遣いありがとうございます。私は少しでも私の相談室
来室者のためになればと思って奨めさせていただいきました。仰られた方法でのレッスンでいいように思います。一人でも二人でも希望者を紹介できればいいな
と思っています。
>「英語に再挑戦する社会人」でも、初心者であれば、音読が必要だと思います。かなり音読をやってからでないと、「興味ある内容」を「興味ある内容」とし
て感じることができないと思います。
そうでしょうか? 私の相談室で4月より一日当たり30分という短時間ですがリーディングタイムを設けており、私がデモリーディングをやっているのです
が、一応の手答えは感じています。チャット・タイム一時間30分の後の30分でやっていますが、きわめて初心者の方がリーディング・タイムに参加せずに
帰ってしまわれるのが悩みの種ですが、根石さんが仰る「興味ある内容」に感じない人だろうと思います。そういう人には代わりに別のメニューを考えようと
思っています。
いずれにせよ、私にとっては以前普通のやり方で英会話教室をやっていたのに較べれば大きく進歩したと考えています。それはインプットがいかに大切かを来室
者にまがりなりにも伝えることができていると感じているからです。今後とも、しんどくてもそれの大切さを伝え続けることを私の使命と考えてやっていこうと
思います。
>インプット自体は、多読でなくてもできます。
根石さんの「英語どんでんがえしのやっつけ方」でやればできるということですね?私も今読んでいますが、まだピンとこないところがあります。特に「電圧装
置」が非常に骨の折れそうな作業に思えるのです・・・。私がペーパーバックの多読を奨めている背景には極力勉強スタイルを避けるという狙いが基本にありま
す。「英語に再挑戦する社会人」に向く方法だと考えているのですがどうでしょうか? 因みに私が私のHPで推薦させて頂いている6−7冊ぐらいのハウトゥ
本は概ね多読によるインプットを奨めておられます。
431.音作りへの道(最終回) 投稿者:Eliot 投稿日: 7月25日(水)00時11分39秒
音作りへの道に終わりはあるのでしょうか。Better English Pronunciation
(J.D.O'Connor著 Cambridge
University Press)という本の中に次の一節があります。
And make no mistake, your aim must be to acquire a perfect English
pronunciation. You will
almost certainly not succeed in this aim because it requires, as I have
said, a very rare gift;
but unless this is your aim you will not make all the progress of which
you are capable; keep
working towards perfection until you are quite sure that it is neither
necessary nor profitable
for you to continue. Then you will have done yourself justice.
「これ以上続けるのは不要だ、または得るものがないと確信するまでは完璧な発音を目指して練習せよ」と説いています。いつまで、どの水準までの音作りを続
けるかは、学習者各人の判断しだいだというわけです。しかしそのときまではあくまで完璧を目指して練習しないと、自分の到達可能な水準にも届かないよ、と
も言っています。試験で100点を取るつもりで勉強しても、70点しか取れないかもしれません。だからといって、最初から70点でいいやという姿勢で勉強
したら、50点以下に終わる可能性があるということですね。
私はO'Connor氏が言っていることはしごくもっともなことだと思います。教員としての私の立場からこれをまとめると、「完璧な発音など普通の学習者
には無理。しかし練習では完璧を目指して努力させよ。生徒各人が自分なりに納得できる水準に達するまでは」となります。これは、私が生徒たちを相手に2年
あまり取り組んできた英語の音作りの根本にある考え方です。同じ指導者の下で同じ期間練習してきたのに、生徒間の個人差はすさまじく、指導している私も驚
くほど上達した生徒たちがいる一方、少数ながら、絶望的に下手な連中が存在します。しかし、いずれも「完璧な発音」を目指して私が重箱の隅をつつくような
ことまで指摘しながら指導してきた成果なのです。細かな点まで教えたからこそ、完璧に近づいた生徒がいるのですが、あまり上手でない生徒たちも、やはりそ
ういう指導の成果だと考えています。「頑張ったから、やっとこの程度にはなった」という生徒たちに、もし最初から「この程度でよかろう」という低い水準し
か要求しなかったとしたら、はたしてどのくらいの「音」を身につけることができていたことでしょう。
結果として各人が獲得した音が「通じるレベル」であればよいという考え方には賛成しますが、そこに至る過程ではあくまで完璧な発音を目標にさせるべきだと
私は思います。日本の中学生には最低でも2年、もしかしたら3年、完璧な発音を目指して練習させることが必要です。英語の音作りはそれくらい時間と労力が
いる作業です。
433.暑いですね 投稿者:pツp 投稿日: 7月25日(水)11時14分07秒
>戸倉町のYさんが急激に追い上げています。
と根石さんのシナリオについてのコメントがありましたが、私としてはそんなつもりは
さらさらなくただMさんが休んだ為にどんどん順番が回ってきてしまったのだと言い訳
させてくださーい。o(>< )o o( ><)o
又、お誕生日と共にシナリオ「フルメタルジャケット」のファイナルを迎えたむ、、じ
ゃなくってMさんおめでとう〜( ^_^)/□☆□\(^_^ )カンパーイ!
私はシナリオ「E.T」の大詰めを迎えてきている所です。でもまだおぼろげな部分が
あったりするので先生にお願いしての先へ進よりも復習テストの量を増やしてもらって
います。結果的には自分が苦しくなりましたがこの方が前よりも効果的のような気がし
ます.
私は満足な会話がまだできないのですが(だから根石さんの所に来たんですけどね。)
幸せなことに英語を話す外国のお友達がいます。みなさんにとっては当然の事であった
りする言葉もいざとなると慌てて何も思い出せなかったりが本当にしょっちゅうです。
「E.T」や抽出をやり始めて、変った事は一番は自信が前よりも持てるようになっ
たことでしょうか?だから「E.T」や抽出で完全に覚えてる部分なんかが瞬間的に頭に
浮かんで来る事が前よりも増えた(本当に少しですよ。)ように思います.瞬間的って
いうのが私は本当にだめでいつも「あの時アー言えば良かった。」って思うのです。
とにかく進むのみですね。次のシナリオは何にしようかな〜と考え中です。
「E.T」は私にとって思いで深い映画だったのでとってもやりがいがありました。
そうなると「ゴースト」がいいかなーあれも好きなんだよなー。あー「スピード」もいい
なー「逃亡者」もいいていってたなー根石さん夫妻。迷っちゃう〜
なんて言ってる内がいいのかも、、、期待と不安が恐怖が、、、、根石さん〜がんばりまーす。
436.(無題) 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月26日(木)03時51分20秒
素読舎日録
昨日は、KAさんの個人レッスン。「ゴースト」をあと一章残すのみとなった。
今日、中野の日。Yさんは仕事の都合で休み。娘に小学生クラスと中学生クラスの両方を手伝ってもらう。KTのお母さんと、小学生クラスと中学生クラスの
間に少し話した。KTが通知票で「5」をもらったと喜んでくれた。私の頃も5段階評価だったが、また5段階評価に戻ったのか。途中で、評価の仕方が変わっ
たような気がしていたが・・・。まあ、私には学校の英語の評価の仕方にあまり興味がないということだろう。
私は、中学では、英語の評価が「3」か「4」だったような気がする。高校で、「2」か「3」だったような気がする。よく覚えていない。決して英語ができ
る生徒ではなかった。英語がおもしろくなったのは、大学受験の自宅浪人の一年で、「回転読み」を編みだして「音づくり」をやってみたら、急にいろんなこと
がわかり始めてからだ。
だから、私の英語はまったくの野育ちである。更埴市立の学校、長野県立の高校、私立の大学に行ったが、英語に関してはこれらの学校にお世話になったとい
う思いがほとんどない。
中学一年の時、初めての英語のクラスの何度目かの授業で、クラス中で俺ひとりをだましているんではないかと思ったことを覚えている。みんなして、英語を
やっているふりをして、俺にも英語をやっているつもりにさせて、実は英語でもなんでもない変なものをつかませようとしているんじゃないかと思い、異様な気
持ちになったのだった。そのことは学校の生徒であった間、誰にも言ったことがなかった。
今になって思い返すならば、あのときの異様な気持ちがつかんでいたことは、意外と正解だったのだと思う。学校がやっているのは、教科の名前は英語でも、
実際に生徒が持つものは英語でもなんでもないという場合が多いからだ。今でもそうだ。
通じないカタカナ読みで発音しても、OKが出る授業、つまり、「音づくり」がなされない授業が、少なくとも今でも更埴市とその周辺の学校の授業である。
塾のほとんども、生徒に文まるごとをイントネーションを備えた読みで読めるようにさせる力を持っていない。音の問題が、荒野のままに放置されていて、今で
も知識としてだけの英語が量産されている。
中学一年の授業で、俺だけが異様な、おかしな気持ちでいるのかと思っていたが、異様でありおかしなものであるのは、学校の英語の授業の方であることが、
塾という仕事を長年続けてくるうちにはっきり見えた。中学一年生だった私は、何がどう問題なのかはわからないままに、その授業が異様でおかしなものである
ことだけはつかんでいたのだと思う。
438.語学=空しさ 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月26日(木)04時35分51秒
ST 様
>空(くう)にして空(むな)しからず!中途半端がいけない激しくやることが空(くう)につながる!(略)最近回転読みをやっていて空しくなることもある
のですが、その時はこの言葉を思い出してひたすら回転しています。
またまた乱暴なことを言うようですが、語学というのは、あらかた空しい作業ではないでしょうか。楽しんで英語で読書ができる、あるいは、生活言語に渡
り、英語でおしゃべりや議論ができる、あるいは、英語を道具として使い仕事ができる、などのレベルに到達するまでの「語学の過程」では、空しさを激化する
ような作業が実際の作業だと考えています。使う英語に至るまでの英語、つまり語学の英語では、それが実質だと思います。
この巨大な空しさに耐えることがいやな人は英語などやらないがいいと思っています。なあにが「一週間でできる楽しい英会話」か、あほんだら、というのが
私の意見です。本屋に行けば、そんなタイトルの本が並んでいますが、やはり、あほんだらと思います。
原理的に成立するはずのないものを、しゃあしゃあと本のタイトルにしているわけで、英語回りは人だましの汚いあぶくがいつでもぶくぶくと湧き出る場所で
す。
私は、空しさこそが語学の本質だとさえ考えています。
そして、この空しさにこそ、語学の宝は潜んでいると思っています。
先日のレッスンで、声が枯れていたので、練習をしすぎたためかと心配になりました。喉に力を入れて声を張り上げる読み方でなく、口の動き、舌の動きを立
体的にするように口の筋力を使う読み方をなさるようにとアドバイス申し上げましたが、声が枯れているのは、風邪のためだということでした。風邪はなおりま
したか。
439.「知っている」 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月26日(木)04時56分17秒
津田さん
>「七年目の浮気」のビデオですが、練習してある部分の英語は音もイメージも同時に動きます。その他のビデオでも、回転をさせている単語などがあれば同じ
現象がおきます。私の場合、発音できる単語は聞き取れる様です。
「音もイメージも同時に」ということが実現しているというご報告、とてもうれしく思いました。これこそが、シナリオを使った「電話でレッスン」でねらっ
たものだからです。
「電話でレッスン」を媒介にする以前と、現在との違いみたいなもので気づかれたことがありましたら、またご報告ください。
「知っている」という一語がやっかいな語です。
多くの学校英語や受験英語では、「知っている」というのは知識として知っているにすぎません。そして、このレベルの「知っている」であっても、学校のテ
ストや受験問題を相手になら点がとれるのです。
津田さんの報告してくださったことも、「知っているから聞き取れる」と読み替えることができます。この場合の「知っている」は、知識が知識にとどまるレ
ベルを越え出ており、口の動きや耳の働きをいつもともなっているものです。「動き」や「動態」として実現している「知っている」であり、実は本当に「知っ
ている」と言えるのは、こちらの「知っている」です。こちらの「知っている」でなければ、語学では駄目なのです。
また、「発音できる単語は聞き取れる」というのは、津田さんの「音」の質のよさを語っていると思いました。
本道を歩まれていると思います。どうぞ精進なさってください。
440.「知っている」を読んで 投稿者:ST 投稿日: 7月26日(木)08時37分14秒
>多くの学校英語や受験英語では、「知っている」というのは知識として知っているにすぎません。そして、このレベルの「知っている」であっても、学校のテ
ストや受験問題を相手になら点がとれるのです。津田さんの報告してくださったことも、「知っているから聞き取れる」と読み替えることができます。この場合
の「知っている」は、知識が知識にとどまるレベルを越え出ており、口の動きや耳の働きをいつもともなっているものです。「動き」や「動態」として実現して
いる「知っている」であり、実は本当に「知っている」と言えるのは、こちらの「知っている」です。こちらの「知っている」でなければ、語学では駄目なので
す。
*この根石先生のアドバイスを読んで千田潤一さんと鹿野晴夫さんの「TOEIC TEST 英語学習ダイアリー」の前書きの言葉を思い出しました。お二人
は国弘正雄さんの賛同者だと私は理解しています。その12〜13ページの「知識をスキルに変える」という項目です。少し長いのですが、根石先生のおっしゃ
ることと非常に共通点が多いので引用してみます。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
発想を転換して、英語のトレーニングを始める
2 知識をスキルに変える
英語の実力とは、「スピード対応能力」であり、「即応能力」です。ゆっくり時間をかけて考え、英語を日本語に訳すことができたとしても、全てナチュラル
スピードのTOEIC TOEFL では、まったく歯が立ちません。
日本人が英文を訳読しながら読めるスピードは、1分間に75語程度です。これに対し、TVのニュースや、TOEICTOEFL で音声が流れるスピード
(ナチュラルスピード)は、1分間に150〜200語です。文字になったものを処理できるスピードの倍以上で音声が流れるわけですから、理解できなくて当
然なのです。
「スピード処理能力、即応能力」をつけるには、「英語の勉強をする」という考えを捨て、「英語のトレーニングをする」という考えにたつことが必要です。
勉強で、知識としての英語をいくら詰め込んでも、ダメなのです。
「英語をいくら勉強しても、話せない」「TOEIC
TOEFLの勉強をしてもスコアが伸びない」という人は、この違いに気付いていないのです。TOEIC TOEFL
は、英語の運用能力(=できる)を測るテストです。勉強を(=わかる)をいくらしても、これだけでは「できる」ようにはなりません。
同時通訳の神様、国弘正雄先生が提唱されているように、勉強とは、知的記憶(INTELLECTUAL
MEMORY)です。知的記憶をいくら増やしても、これだけでは実際に英語を使う、耳(聴く)、口(話す)、目(読む)、指(書く)は動きません。した
がって、英語が使えない(スピードに対応できない)のです。
英語が使えるようになるには、これらの器官が考えなくても自然に動くようにする運動記憶(MOTION
MEMORY)が必要です。運動記憶のためには、実際に耳口目指を動かしながら体に刷り込む、トレーニングが絶対に必要です。
これまでに蓄積した知識の英語は、決して無駄にはなりません。無駄にしないためにも、知識の英語を、トレーニングでスキルに転換しましょう。
この下に図があり、これもここに載せられるととてもいいのですが、残念ながらここでは不可能です。この英語学習日記なるものは書店で求められます。
発行所は丸善株式会社です。 一応営業部の電話番号を書いておきます。
03ー3272ー0521 ファックスは03ー3272ー0693 です。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
448.危惧 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月27日(金)04時30分28秒
ST 様
>浜谷さんに対する投稿で「インプット自体は、多読でなくてもでき
ます。」というのがありました。根石先生はインプットは回転読みで
やっていくのが一番!と考えておられるのか、それとも「多読でなく
ても」ということは多読であってもある方法でやればインプットに効
果的な方法があると考えておられるのでしょうか?
浜谷さんは、インプットをペーパーバックスを使って行ったと言われている方で、非常に珍しい方だと私は思っています。しかし、最初からそうなさったので
はなく、中学・高校の頃はきちんと「音読」をなさっていた方であることは、この掲示板が出来る前にメールのやりとりをして教えていただきました。
浜谷さんが初心者の方に奨める方法として、ペーパーバックスの多読(黙読)を提唱しておられ、インプットの方法として多読(黙読)がよいと考えておられ
るのを知り、初心者にはそれよりも音読がいいのではないかと申し上げたことがありました。
多読と音読は別に矛盾するものではなく、音読で多くの本を読めば、それはそのまま多読です。相互に矛盾せず両立可能な方法ですが、初心者の練習方法とし
て、どちらを主軸にすべきかということで言うなら、私は絶対に音読だと思っているわけです。
浜谷さんと私とで、「初心者」についての捉え方が異なっています。私は、初心者という場合、何ひとつ前提にする条件はありません。まったく初めて英語に
触れる人も初心者だと思っています。一方、いくら一流大学を出ていても、英語の読みに英語のイントネーションやリズムが備わっていない人も初心者だと思っ
ています。このどちらにも、「音読」が有効だと思います。「多読」をやる前に「音読」をやるべきだと考えています。
「回転読み」は、同一の文を繰り返し言い続けるわけで、これはまったく語学としての英語をはっきり自覚した方法です。語学以外の場面(生活言語の場面)
では、こんな馬鹿げたおかしなことは、人をからかう時以外はまず誰もやりません。Is that so? Is that so? Is that
so? Is that so? Is that so?
と語学の場面で繰り返しても何もおかしなことはないのですが、生活言語の場面で、「そうなんですか?そうなんですか?そうなんですか?そうなんですか?そ
うなんですか?」と言えば、相手はよほどむかつくと思います。殴られるかもしれません。
449.危惧(2) 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月27日(金)04時31分50秒
「回転読み」は、同一の文に関する多読だと言うこともできますが、しかし、この言い方は、浜谷さんの考えておられる多読とはまるで別のことになってしま
います。浜谷さんの多読は、あくまで多くの本を読むという意味での多読ですし、「回転読み」の多読は、同一の文を繰り返し言い続ける回数が多いという意味
で多読です。「回転読み」のミソは同一の文にとどまって思う存分にやるというところにあります。
また、浜谷さんの言われる意味での「インプット」の機能を持つものは、私の方法では「電圧装置」を使いこなす上での「回転書き」だと思います。これは、
浜谷さんの方法に比べれば「勉強くさい」ものですが、しかし、見た目でなく、心の作業の実質を見れば、ペーパーバックスで知識をインプットするのも、実質
は勉強です。生活言語にまみれて、その言語を獲得するのでないかぎり、ペーパーバックスでやろうが「電圧装置」でやろうが、いずれも「机上」の作業であ
り、勉強です。勉強が勉強であれば、見た目はどちらでも構うことはなく、実質が得られるかどうかだけが問題です。点数ではなく、英語の実質が、です。
私自身は、インプットは「回転読み」でやるのがいいと思っています。多読は、一度「勉強的に」インプットしたものを「保存・熟成・変容」させるのに向い
ていると思っています。
「回転」の質が上がったら、音も文字もイメージも意味も文法も語法的知識も回転の熱でごった煮にしてから、さらによく攪拌すると、音、文字、イメージ、
意味、文法、知識が総合されて、すばやい感覚のようなものが抽出されると思います。この感覚はひとつの総合です。すばやく動く総合というようなものが抽出
される。いったんこれをはっきり取り出すことができると、再び解体されて、音、文字、イメージ、意味、文法、知識のそれぞれに戻ったものは、「回転」以前
と以後では実は違った顔をしていると思います。それぞれが、自分にとって親しい何かに変わっているはずです。
そういう過程を経て、ある程度の英語の基礎を作ってからは、ペーパーバックスの多読(黙読)は非常にいい方法だと考えています。実は、浜谷さんご自身も
まったくこの通りの過程をきちんと踏まえられた方なのであり、多読によるブレイクスルーは、音読を前提としています。浜谷さんご自身が前提をきちんと前提
として踏まえた方なのに、他の方に方法をすすめる場合に、自分のブレイクスルーの時点での方法を奨めてしまうと、ご自身が前提としていたものをすっとばし
てしまう危険があるという危惧を私が抱いたということです。
親しさの度合いというものがあります。女と結婚して、親しんでいるうちに、親しさの度合いが増していき、いつのまにか女が「糠味噌女房」というものに
なっていたりします。使える英語というのは、知識にしろ、音にしろ、文字(スペリング)にしろなんにしろ、「糠味噌女房」のレベルに達したものであろうか
と思います。別の言い方をすれば、「あきあきした」「つくづくもう」というレベルにも達したものです。このレベルに達したものが使える英語です。これは、
英語が作る言語的磁場を欠如する日本の英語について真である、と考えます。
450.外国人青年(1) 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月27日(金)05時40分22秒
ST 様
>外国人青年招致事業(いわゆるAET,ALTの人達がきて授業をサポ
ートしていること)についてはいわゆる黒字減らし(根石先生のお
怒りが聞こえてきそうですが)とは、そこここでささやかれている
ことだ思います。英会話学校も税金の無駄使いというのもうなずけ
ます。しかしある程度の力がついてきたら、また利用の目的がはっ
きりしていれば(例えば、外国人の担当講師に日本的事象<たとえ
ばこたつや書道など>についての説明を自分なりに調べて整理して
持っていき、説明の後に質疑応答したものを自分でテープにとって
おき、直されたものを別の講師にまた試してみる、というのを何か
の体験談で読みました)役に立つこともあるのではないでしょうか?
何十人もの生徒の中に一人の「外国人青年」を置いても、そこでの生活言語は日本語のままであり、生徒は覚えたままの一つ二つの言い回しを言ってみるだけ
であり、言ったことが通じれば、「ああ、通じた」と日本語で喜んだりするでしょう。これは実は本当に失礼なことであると思っています。言語が生活言語であ
るべき場面で、生活言語を語学の言語にしてしまうことは、実に実に失礼なことです。動物園の檻の中に動物たちを入れて眺めることが、動物たちに対して失礼
なことであると同じ意味で失礼なことです。俺は観光地じゃない、と私に訴えた外国人青年もいました。この種の失礼さ加減に鈍感な人は結構多いのではないか
と思っています。文部省や教育委員会なんぞは鈍感さの最たるものでしょう。
日本の中学生や高校生たちは、英語での思考回路が形成されていない人がほとんどです。思考回路どころか、「音」の問題ひとつとっても、日本の学校英語は
基礎の基礎が駄目ですから、上記の光景になってしまいます。ガイジン慣れのためだけならいいでしょうが、中学生や高校生の英語の力の実質部分に作用するこ
とは、「外国人青年」にはできません。まじめな青年なら、無力感を噛みしめていると思います。金さえもらえれば、と思っている奴はひとまず楽しくやって、
自分の国をなつかしがっているだけのことでしょう。自分の持っている英語が、日本の中学生や高校生の英語の力の実質部分に作用しないことこそが、日本の本
当の現実なのですから、根性のあるやつなら、ここに「なぜ?」という疑問符を置き、この現実から再度スタートしようとするでしょうが、今のところ、そのよ
うな「外国人青年」には出会ったことがありません。
生活言語であるべき場面で、それを語学の言語に変質させることも失礼なことですが、生活言語から語学の言語に渡るべき場面できちんと渡ることをせず、金
だけ受け取って「蛙のつらにしょんべん」であるのならば、これはこれでまた別の意味で失礼な話です。
要するに、日本の金ばらまき役場と日本の学校英語は、これら「外国人青年」によってもナメラレテいるのです。
451.外国人青年(2) 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月27日(金)05時41分10秒
実は、中学や高校の学校の先生役をやっている「外国人青年」に出会う機会は、私は結構あります。この種の人たちがたむろしている酒場に私も出入りするた
めです。どうだい、中学生たちはあんたが話しかけることで英語をしゃべるようになるかいというような質問を私はします。ほとんどの答えは「絶望的だ」とい
うものです。
当然です。浜谷さんの言われる意味での、「インプット」の絶対量がないのですから。それ以前に、学校英語の「音」は通じないのですから。(Eliot
さんの授業を例外とします)
やはり、ここでも、「前提」というものが問題だと思います。
こたつや書道について外国人に説明できるとなれば、これはすでにある一定の語学力を備えた人です。前提となる基礎なり語学力なりをすでに持っている人に
は、外国人青年は役に立ちます。だから、生徒にではなく、英語の先生の役に立ってしまうのです。
しかし、外国人青年が英語の先生の役に立っているだけではしょうがないので、やはり生徒の役に立たなければ、税金の無駄遣いであると思います。文部省の
触れ込みは、あくまで生徒の英語力に役に立たせるために、外国人青年を招いているということになっているはずです。同じ金を使うなら、中学や高校にではな
く、大学に外国人青年を送り込んだ方がずっと学生の役に立つと思っています。大学に行けば、外人がいっぱいいるということが常識化すれば、受験生ももっと
「音」を大事にするようになるでしょう。
あるいは、浜谷さんのようにガイド資格を持っているような方が組合を作ったとして、その組合に税金を使って外国人青年を配置するなどは非常にいいと思い
ます。
あるいはまた、素読舎のように「音とイメージの同致」をテーマとしている私塾の修了生のグループに対して、一人のあるいは複数の外国人青年を配置してく
れるなら、これもまた非常によろしいことです。「電話でレッスン」の生徒さんが、関東、中部、関西、四国などでグループを作り、それぞれのグループに外国
人青年を配置してくれても大いに結構です。
文部省の金の使い方は、方法の実質的な力に対して金を配るのではなく、「方法の実質」の外側で制度的にあるいは法的に決めた条件を満たしている教育機関
に金を配っているだけです。素読舎や「電話でレッスン」の生徒さんたちに金が回って来るときはまだまだ来そうにありません。皆さん、怒りを持ちましょう。
現在の学校が現在の状態のままであるなら、外国人青年の存在は、生徒の役には立たないと言っているわけです。
452.前歯の裏か、歯茎か(t/d/l/n/ch/j) 投稿者:Eliot 投稿日: 7月27日(金)07時30分12秒
根石様
舌先がどこにつくのかという点の結論から言えば、「上の前歯の歯茎」であり、「舌先は前歯に一切触れない」というのが正しいと思います。
J.D.O'ConnorのBetter English Pronunciation(Cambridge University
Press 成美堂からも日本語での注釈付きの版が出ています。この本は英語の発音について非常に役に立つ知識を与えてくれます)の記述は次のようになっ
ています。
/t/and/
The tip of the tongue(not the blade) is firmly against the middle of
the alveolar ridge, not too
near the teeth and not near the hard palate.
/m/and/n/
For /m/ the mouth is blocked by closing the two lips, for /n/ by
pressing the tip of the tongue
against the alveolar ridge, and the sides of the tongue against the
sides of the palate.
/l/
The tongue-tip (and the sides of the tongue-blade which cannot be seen
in the diagram) are in
firm contact with the alveolar ridge, obstructing the centre of the
mouth.
/ch/and/j/ ←本では発音記号が使ってあります。
The tongue-tip touches the back part of the alveolar ridge.
Alveolar ridgeは「歯茎」、hard palateは「硬口蓋」のことであり、O'Connorの説明には一切、upper front
teethは登場しません。それぞれの音の説明には図もついていますが、明らかに舌先は前歯に触れてはいません。
日本語ではタ行とダ行の子音は通常舌先を上の前歯の裏に接触させて発音します。この方法でも一応誤解される心配のない/t/d/は出せます。特に/d/の
方は、前歯の裏でも歯茎でもほとんど同じ音に聞こえますし、大半の日本人の英語話者はこの方法でしか発音していないでしょうから、実用上の問題は皆無で
しょう。ただ、/t/の場合、舌先が歯茎にしっかり接触しないと英語の特徴的な鋭い破裂を伴なう/t/の音は出ません。英語人(これは英語のnative
speakerの意味)が「私は」を wuh-TAH-shee-wuh
のように発音したら、TAHの最初の部分がまるで/t+h/のように聞こえることがありますが、これが「舌先を歯茎にあてる/t/」の響きです。しかし、
多くの言語で/t/d/は日本語の発音と同様、舌先が上の前歯にあたります。フランス語もそうです。フランス人がしゃべる英語の/t/d/は日本人の音に
似ています。
ナ行の子音も舌先は前歯の裏にあたります。
/n/と/l/の発音も舌先が前歯の裏だろうが、歯茎だろうが、実用上何ら障害は生じないと思いますが、私は生徒への説明としては
/t/d/l/n/ch/j/はすべて「舌先は歯茎にあたる」としています。しかし、実際には生徒の多くは前歯の裏に舌先をあてているようです。それを徹
底的に直すというようなことはあまり意味がないと思うので、していません。
464.黙読でも頭の中では英語の音を響かせる・・・。(その1) 投稿者:浜谷 投稿日: 7月27日(金)22時29分08秒
根石さん、今晩は! 大分遅れましたがレスさせて頂きたいと思います。
>浜谷さんと私とで、「初心者」についての捉え方が異なっています。私は、初心者という場合、何ひとつ前提にする条件はありません。まったく初めて
英語に触れる人も初心者だと思っています。一方、いくら一流大学を出ていても、英語の読みに英語のイントネーションやリズムが備わっていない人も初心者だ
と思っています。このどちらにも、「音読」が有効だと思います。「多読」をやる前に「音読」をやるべきだと考えています。
古川さんの掲示板で初心者の定義をお話させていただいた際、「社会に出て英語(英会話)に再挑戦しようとしている人」を私は初心者としましたが、「私が関
心をもっている」初心者と言う意味ですのでよろしくお願いします。勿論、理論的には「初心者の定義という場合」根石さんの仰るようになにひとつ前提としな
いのが正しいと思います。
「社会に出て再挑戦しようとした」40数年前の私は初心者だったと思います。勿論中学、高校時代に最高得点を取り続けていましたからその意味では初心者
ではなかったかもしれません。しかし「使える英語」を考えた場合は「初心者」に過ぎなかったと思います。全く聴き取れなく、喋れなかったからです。
>浜谷さんが初心者の方に奨める方法として、ペーパーバックスの多読(黙読)を提唱しておられ、インプットの方法として多読(黙読)がよいと考えておられ
るのを知り、初心者にはそれよりも音読がいいのではないかと申し上げたことがありました
「ペーパーバックスの多読」を初心者の方にもお奨めしているのは確かですが「多読(黙読)」とは言ってないと思うのですが・・・。大分前なので記憶が薄く
なっています。結論的にいうと、それでもいいと思っています。ただ、「黙読」の場合頭の中では英語の音が響いているように読むことが前提だと言っています
し、私自身いつでも黙読する場合意識的にそういう風に読むことを実行しています。
>私自身は、インプットは「回転読み」でやるのがいいと思っています。多読は、一度「勉強的に」インプットしたものを「保存・熟成・変容」させるのに向い
ていると思っています。
貴著「英語どんでんがえしのやっつけ方」はまだ完全に読了しておりません。ですが、常に職場(比較的フリータイムがあり、読書出来る環境にあります)に常
に携行し、読みやすく、関心をかき立てられるところから読んでいます。大筋では賛同いたしておりますし、根石さんの集中的勉強の仕方の激しさに感動しまし
た。しかし、この段階で私が感じるのは根石さんはSTさんが最近仰ってたようにボトムアップの勉強方法を採られたのではないかと思います。私はやはりST
さんが仰ったようにトップダウンの勉強方法を採ったように思っています。つまり、根石さんは英語を根底から揺り動かしてやっつけられた。私は目的(使える
英語をもににする⇒ガイド試験に受かる)を決めて、その目的を達成するためのベストと考えられる方法(多読で語彙・構文をインプットする)を考案し、それ
に向かって猛進したということです。 私は人それぞれに合った方法で勉強すべきだと考えております。たまたま私が現在関心をもっている対象の方達が前述し
ましたように「英語(英会話)に再挑戦しようとしている」社会人です。(前述しましたように40数年前の私の姿がそこにあるからです)まあ、私が教えられ
ることは私が経験したことしかないというのが本音ではあります。その点根石さんの方法は全ての方が対象になりますので、私も私の主宰する「英会話学習相談
室」で「映画でリスニング」のレッスンの受講を奨めるなど貴「素読舎」の教え方を間接的に採りいれさせていただいております。
465.黙読でも頭の中では英語の音を響かせる(その2) 投稿者:浜谷 投稿日: 7月27日(金)22時34分23秒
ペーパーバッ>クスで知識をインプットするのも、実質は勉強です。生活言語にまみれて、その言語を獲得するのでないかぎり、ペーパーバックスでやろうが
「電圧装置」でやろうが、いずれも「机上」の作業であり、勉強です。勉強が勉強であれば、見た目はどちらでも構うことはなく、実質が得られるかどうかだけ
が問題です。点数ではなく、英語の実質が、です。
全くそのとおりだと思います。根石さんには古川さんの掲示板以来議論させていただいて、根本的に共通項があるように感じてきました。それは「英語の実質
が、です」と言い切っておられるところです。根石さんは決してTOEICなどのことは一切言われません。私は過去に転職を考えて、ガイドの資格をとりまし
たが、TOEICについては英会話を教える便宜上受けてみようかなと思う程度で他の英語関係HPの開設者の多くがその点数に強い関心を示していることに違
和感を感じています。
「実質的英語⇒使える英語」をかち取ることが大事だと思っています。勿論相談室の来室者には来室期間が相当たった時、進歩の度合いをはかる軽い意味で、受
けてみたら?とサジェストしてあげようと考えています。
>浜谷さんご自身が前提をきちんと前提として踏まえた方なのに、他の方に方法をすすめる場合に、自分のブレイクスルーの時点での方法を奨めてしまうと、ご
自身が前提としていたものをすっとばしてしまう危険があるという危惧を私が抱いたということです。
ご心配いただきかたじけなく存じます。私の指導方針については前述しましたとおりで、ご心配いただいた点についてはかなりクリヤーされたのではないかと考
えていますが、根石さんのように実績がないので本当にクリヤーできるかどうかは今は自信をもって言える段階にないことをご理解のうえもう少しの間、あたた
かく見守ってくださるようお願いします。この4月から始めた、相談室(チラシ等には「サークル」と唱っています。「相談室」では来室してくれません)が半
年経ち1年経つ頃には少しは良い結果をご報告できることと思います。
>親しさの度合いというものがあります。女と結婚して、親しんでいるうちに、親しさの度合いが増していき、いつのまにか女が「糠味噌女房」というものに
なっていたりします。使える英語というのは、知識にしろ、音にしろ、文字(スペリング)にしろなんにしろ、「糠味噌女房」のレベルに達したものであろうか
と思います。
面白い喩えです。さしづめ「女」というのは「単なる英語」で、「糠味噌女房」というのは「使える英語」ということでしょうか?永く、永く付き合っていけ
ば、いやになるほど味がでてくるということでしょうか?根石さんは英語と親しく付き合って全ての点で完成の域に近づけている方だと思います。私は年は上な
のにまだそこまで行っていません。親しさが足りないのかも知れません。仏語や西語に手を出したり、そして最近はヤフーで知り合ったフィリッピンのメル友か
ら同国語を教えて貰ったりと浮気ばかりしているからかも知れません。
466.ヒヤリング読み 投稿者:浜谷 投稿日: 7月28日(土)01時39分38秒
STさん
>今まで自分が持っていたペーパーバックに対する考え方が変わりました!
20〜30%の理解でも読み続けるという方法があったのですね
これをいろんなもので実験してみようと思いました。
Stさん、ありがとうございます。私のヒヤリング力向上のために考案した方法を始めて評価して頂きました。元はと言えば、語彙と構文をインプットする方法
を母体とする学習法(私が40数年前に思いついた方法で今でこそいろんな人が言っていますが・・・)です。たまたまどうせやるなら分厚い本からやってみよ
うと思って読んだのが「Gonewith the
wind」で会話体が一杯入っていたのです。それも南北戦当時の黒人の話言葉も入ってました。当然分るのは20−30%でした。だから全体を理解するのは
あきらめて会話体中心に特化して、読む方法に切り換えました。
リーディングの目的が英会話に上達することにあったからです。勿論、白人の会話体については比較的によく分りました。大体会話体というのは日本の小説でも
そうですが口語体で書かれていることが多いので分り易いのです。現在私の主宰する「英会話学習相談室」でリーディングの素材として Penguin
Readers level 3 などを取り上げてやってますが、元の小説を映画の脚本をにしたものが多くあり、会話体が多く比較的簡単に読めるのです。
>(ペーパーバックヒヤリング読み?(勝手に名付けました、ごめんなさい!、「会話読み」としようかと思ったのですが、根石先生に『喝!』されそうなので
「リスニング読み」もやめて、「ヒヤリング読み」としました。この方がより適切な呼び方かもしれません。
このネーミングはいただきました! 英語で言うと"Reading for hearing practice"と言えばいいのでしょうか?
ただ、{根石先生に『喝!』されそうなので「リスニング読み」もやめて・・・}とあるのはどういういみなのかよく分りませんが・・・。
STさんからご評価いただきました、いわゆる「ヒヤリング読み」について、根石さんはじめこの掲示板ビュウアーのみなさんのご批評を仰ぎたいとおもいま
す。どんなものでも結構ですのでお気軽にお寄せいただきたいと存じます。
なお20−30%云々の原文は下記リンクからご覧になれますので宜しくお願いします。
467.感謝 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月28日(土)02時22分25秒
Eliot 様 ST 様
これまでに「音」に関して教えていただいたことをまとめておきます。
(発音原則)
・ th の前の t,d,l,n は上の歯の裏あるいは歯先に舌の先をもっていき、脱落(あるいは黙音化)させる
(Eliot)
・ t,d,l,n,ch,j は歯茎に舌の先をつける (Eliot)
(発音個々)
・she は、口笛を吹くように口先を丸くすると出る。(根石)
・she は、「(しずかにしてもらうときにいう)シーーーッ」 (ST)
・see は、口の両端を横にひっぱると出る。(子供がイーッだ、とやるときの口の形、根石)
----------------------------------------------------
Eliot 様
ご教示ありがとうございました。
t,d,l,n
は「歯裏」ではなく、あくまで「歯茎」だとのことお教えいただきありがとうございました。自分で気をつけて、t音を含む単語を何度も言ってみたら、t音に
関しては歯裏には触っていないのに気づきました。私の場合、l音を出すと舌先の4分の1から5分の1ほどの面積が歯裏に触ります。d音も歯茎の方で、歯裏
には触っていません。
d音は歯裏でも歯茎でも同じ音が出るとお聞きし、試してみました。あれま、ほんとだ。これは気づきませんでした。ch, j
についても、口を動かしてみると確かに、t、d などと同じ位置でしたが、これまでの私の分類では、舌の位置として t,d,l,n
の仲間に入っていませんでした。これも新知識。
また、Eliot
さんが書かれたものを読んでいるとき、以前歯医者さんに言われたことを思い出しました。私の場合、歯茎がかなり小さくなっていると言われたのでした。軽い
歯周病だが、長く放置してあるので、歯茎が減って小さくなっているということでした。鏡を見てみたら、若い頃あった歯茎の柔らかい部分がほとんどなくなっ
ているのが、目で見てわかりました。見た目では、歯が長くなっていました。元、歯茎にくるまれていた部分(歯の根の方)が見えるようになっていたのです。
歯の裏側でも同じように歯茎が減っているとすれば、このことと、特にl音のとき、舌の先が歯に触っているのと関係あるんじゃないかとも思ったのでした。
t、d、l、nの位置が「歯の裏」だと言っていたのは、もしかして私が年寄りであるからだったのか???いやはや情けない。
若い生徒さんには、「歯茎」と言おうと思います。
年寄りの生徒さんは今はいません(以前はいました)が、歯を見せてもらって、歯の根元が現れているようなら、歯に触ってもいいよと言うことに方針を変更
します。いやはや。 wuh-TAH-shee-wuh についてもやってみましたが、TAH
は確かに鋭い破裂音になり、歯にはまるで触っていませんでした。
これをやっていて、昔、娘がアメリカ人をいじめていたのを思い出しました。ジェリーというやつで、ロンドンで知り合って友達になり、私の家に遊びに来て
いたのでしたが、小学校3年生くらいだった娘は、ジェリーに「鶴」と言えと命じ、ジェリーがどうしても発音できず、true
と言ってしまうのに対し、「違う、鶴だ」と何度も言わせていました。その話が出ると、娘は「いやな子供だねえ」と言います。「ジェリーさんに悪いことをし
た」とも言います。
468.感謝(2) 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月28日(土)02時23分10秒
今回のお話の中で、あれっと思ったことがあります。日本人はタ行とダ行は舌先を歯裏に接触させるとのことでしたが、私の場合は、口蓋の歯茎寄りのところ
に触っています。歯には触りません。何度やってみてもそうです。これは、日本語の発音としては標準(多数派)ではないのでしょうか。
お教えいただいた本はいずれ必ず買おうと思いますが、しばらくは私が質問者になって、口の動かし方を
Eliotさんに質問して答えていただくようなことをしてみたいと思います。後でまとめて、私のホームページに掲載すれば、この掲示板を読みに来られる方
の参考になる文献がひとつできます。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。ST さんが Eliot
さんに質問して答えていただいた場合も、この文献にくわえさせていただきます。
再度、英語の発音ですが、S 音で終わる語に th 音で始まる語が来ると、むちゃくちゃ言いにくいのですが、これは Eliot
さんはどのように処理されておられるでしょうか。
お暇なときで結構ですので、お教えいただきたくお願いいたします。
472.「どかん」 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月28日(土)04時05分57秒
>私の相談室で4月より一日当たり30分という短時間ですがリーデ
ィングタイムを設けており、私がデモリーディングをやっているので
すが、一応の手答えは感じています。
デモリーディングであれば、当然「音読」だと思います。「黙読」のデモリーディングというのは成り立たないので・・・。
「音読」を取り入れてくださったのは正解だと思います。実際のクラスの運営となると、様々な工夫が必要になってくると思いますが・・・。
教室のような形でやるには、数が多ければデモリーディングと生徒の一斉読み、少数なら生徒ひとりずつを相手に音読指導、というのがいいと思っています。
もちろん、一人ずつを相手にした方が、生徒が発音したものをその場で直すということができ、効果があります。
>特に「電圧装置」が非常に骨の折れそうな作業に思えるのです・・
・。私がペーパーバックの多読を奨めている背景には極力勉強スタイ
ルを避けるという狙いが基本にあります。「英語に再挑戦する社会人」
に向く方法だと考えているのですがどうでしょうか?
英語の実質になるようにインプットすること自体は、どっちのスタイルでやってもしょせんご苦労なことであると思います。私が、方法の基本に素読を据えて
あるのは、徐々に徐々に生徒の意識の深い層にインプットしたものを沈めるためです。これに対して、「電圧装置」は短期間にどかんと力をつけてしまいたい人
向けです。これは素読とは異質なものです。小学館文庫では、読者の対象を社会人にまで広げてありますが、種本となった「英語のやっつけ方」では、読者対象
は大学受験生でした。種本の性質が反映しています。
「電圧装置」は一人で「机上」で行うものです。
「勉強スタイル」になるのを避けるには、「電圧装置」よりも、ペーパーバックスの多読の方がいいと思います。
しかし、これもなかなか理解してもらえないのだなということは、浜谷さんの掲示板を少し読ませていただいた時に感じました。相も変わらず、外人のいる英会
話学校の方がいいと思っている人が多いのでしょう。
私は、逆に思い切って、大人の人に「勉強スタイル」をとらせています。私の地元の生徒さんには、英会話学校にだまされたことのある方が少なからずいま
す。この人たちは、勉強そのものが必要であるとわかっていてくれるので、「勉強スタイル」を続けてくれます。
473.「どかん」(2) 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月28日(土)04時06分35秒
「英語に再挑戦する社会人」を相手に教室の形でやられるには、徐々に意識の深い層に沈める方法も検討してみてください。私の場合は、原理としての素読の
他に、「復習範囲を手放さない」というものがあります。少量ずつ先に進め、大量に復習(を兼ねたテスト)を行うというものです。復習範囲は何度でも蒸し返
します。これで基礎がしっかりしてくれば、自分で多読を始める人も出てくると思っています。長野のBさんという方は、私が何もアドバイスしたわけではない
のに、自分からペーパーバックスを読み始めました。
内部音声を響かせながらの多読(黙読)を楽しめるようになるのに、20〜30パーセントの理解でもいいからやれと言っても、よほど根性のある人(浜谷さ
ん)以外にはなかなか継続は難しかろうと思っています。このごり押しは、難行苦行であり、「電圧装置」よりもはるかにきついと思います。テキストをうまく
選んで、60〜70パーセントの理解度のものを薦めるのが現実的かと思いました。
ただし、ST
さんのように、「20〜30パーセント」の理解でも読んでいいのか! と開眼してくださる人もいますから、浜谷さんの方法は、少数の人には非常に向いてい
ると思います。
いずれにせよ、ブレイクスルーした人は、どこかでごり押しをやっています。このことに関しては、私は生徒さんに、「いつかはどかんとやれ」と言っていま
す。いつどかんとやるかは、生徒さんにまかせています。だから、私の仕事は、どかんとやれるようにするための準備だとも思っています。どかんとやろうとし
て、どかんとやれる人は、必ずそれをやれるだけの前提を持っています。私がやっているのは、その前提となるものを持ってもらうことです。
前提となるものを持っても、どかんとやろうとしない人は、英語には縁のない人かもしれません。
このどかんとやれる時期が来て、しかも条件が許すなら、英語の磁場に身を置き、生活言語まみれで耳と口を鍛えるのもひとつの方法だと思っています。外国
に渡り、英語を身につける場合に、もっとも適する時期は、「どかんとやれる」時期です。
いずれにせよ、私の仕事は、「どかん以前」にあります。これは、中学生や高校生を相手にしていても、社会人の方を相手にしていても同じことです。「どか
ん以後」の人は、私の「電話でレッスン」を手伝って欲しい方です。しかし、「どかん以後」であっても、人に英語力を持たせることは、自分の英語力を作るこ
ととは違った難しさがありますから、短期間生徒になっていただいて、人に英語力を持たせる方法を学んでいただこうとも考えています。現在、塾の先生が二
人、学校の先生が一人、生徒さんにいらっしゃいます。
「どかん以後」の方には、一年ほどの短いレッスンを受けていただいて、その後は「どかん以前」の人に方法を伝えて欲しいと願っています。
475.読み過ごし 投稿者:根石吉久 投稿日: 7月28日(土)04時35分32秒
>20−30%しか理解できないまま読みつづけるというのがいかに
苦痛かはご想像にお任せしますが、そういう本でも最後まで読みつづ
け、(勿論この場合は音読です。)本棚に読んだ記録として並べられ
ていくのを見ていると励みにもなりました。根石さんが仰っている素
読の一種であったような気がしています。
えっ! 「音読」だったんですか。私は、浜谷さんの方法は、内部音声を響かせていても、黙読だとばかり思っていました。どこかでおたずねして、内部音声
を響かせた黙読だとお聞きしたような気がしていたものですから・・・。すみません。読み過ごしておりました。
まあ、両方ともやられたのだと思いますが、ペーパーバックスの場合、(実際に声を出す)「音読」と、(内部音声を響かせる)「黙読」のどちらをたくさん
やられたのでしょうか。
「音読」だとすると、知らない単語に出会っても辞書をひかないとおっしゃっておられたこととぶつかりあうと思うんですが・・・。つまり、知らない単語は
読み(発音)もわからないことが多いのですが、これはどう「音読」なさるのでしょうか。
私はペーパーバックスはひたすら黙読です。知らない単語が出てきたら、字の並びだけにらみ、内部音声としてはなるべく発音しないように留保しています。
どうしても見当をつけて、(内部音声として)発音してしまいたくなります。これがつらいところです。
487.thの前のt/d/l/n 投稿者:Eliot 投稿日: 7月28日(土)11時40分58秒
根石様
>・ th の前の t,d,l,n は上の歯の裏あるいは歯先に舌の先をもっていき、脱落(あるいは黙音化)させる
(Eliot)
「thの前のt,d,l,nは歯茎ではなくて上の前歯の裏あるいは歯先に舌の先をあてて発音する。ただし、tとdは舌先をあてたまま息の流れを絶ち、一瞬
の無音状態を生じさせた後、直ちにthを発音する」
thの前でl/nが脱落したり、無音化するということはありません。舌先のあたる位置が前歯の裏側になるというだけです。また、通常t/d
+thの場合もt/dが脱落(=消滅)するということもありません。I open the door./I opened the
door.が同じに発音されることはなく、edの部分は舌先を前歯の裏にあてたままでの一瞬の無音状態によって表現されます。では、I spend
the money./I spent the money.とか I wrote the letter./I rode the
bus.の中に出て来るspend/spent,
wrote/rodeの発音はそれぞれ同じでしょうか? いえ、無音状態といってもdとtは微妙に違います。これを説明するのはなかなかむずかしいのです
が、しいて言えば、d+thのときのdには舌先を上の前歯の裏にあてた状態のままでもかすかに音があるのです。舌をdの位置にセットして、鼻をつまんで
(これはnの発音をしてしまわないための措置)、舌はしっかりつけたまま、声を一瞬だけ出してみてください。ほんの一瞬、のど、つまり声帯から鼻の方へ
「ッグ」という感じの音が聞こえるでしょう。この響きがd+thのdのところで一瞬聞こえるので、d+thとt+thは区別できます。実はこれ以外にもイ
ントネーションの違いや、d/tの前の母音の長さの違いなどがあって、d+thとt+thは区別されるのですが、この説明はかなり複雑になるので今回は触
れません。
d+thでdが完全に脱落することがあるのは and th...の場合です。Send this dictionary and these
magazine to your brother.の中で、Send
thisのdは無音化します。私は生徒たちにはそれを「Sendのdは息を詰めるだけ」と説明します。しかし、and
theseのdは普通の速さの発話では完全に脱落します。つまりan theseと発音すればいいわけです。
488.発音についてエリオット先生と根石先生に質問があります。 投稿者:ST 投稿日: 7月28日(土)12時29分30秒
>d音は歯裏でも歯茎でも同じ音が出るとお聞きし、試してみました。あれま、ほんとだ。これは気づきませんでした。ch, j
についても、口を動かしてみると確かに、t、d などと同じ位置でしたが、これまでの私の分類では、舌の位置として t,d,l,n
の仲間に入っていませんでした。これも新知識。
*これに関しては私は疑問が残ります。根石先生は新知識とおっしゃいますが、私は/t/d/n/l/
は同じでもそれらと/ch/j/ (こちらは綴字表記)は違うと思います。
短期大学時代に発音記号を自分なりに分類してみたのですが、その時に思ったのが、根石先生と同じく/t/d/n/l/
はほとんど(このほとんどというところが味噌ですが、あとで述べます)同じだと思いました。発音記号がよくできているなあと関心したのが、
/tLONGs/(ああ、悔しい!!!発音記号がワープロで書けない!、/LONGs/は/s/を立てに伸ばしたあの記号です)です。なぜ発音記号は音素
なのに2つ文字があるのだろうという所から出てきた素朴な疑問を見事に解決してくれたのでした。
つまり、数学みたいですが、
/tLONGs/=/t/+/LONGs/ つまり、/t/の位置から/LONGs/の位置への移動なのです!
/t/は一瞬の音、一方、/LONGs/は続けて出すことの出来る音ですよね。
だから/t/から/LONGs/へ位置的に瞬間移動していくのでこんな発音記号なのに2文字あるという訳です。たぶんエリオット先生はもちろんのこと、根
石先生もこんなことはご存じのことと思いますが、私は短大時代、つまり英語を習い始めて8年ほど経った時に自分の中では「大発見大事件」だったのです。こ
のことはもちろん無声音に限らずもちろん有声音についても言えます。つまり/d平仮名の「ふ」の最後の二角をのぞいたようなあの記号です!/=
/d/+/その記号/
それにしても発音記号が書けないのは悔しい!!!
あとで述べますと言ったことについてほんの少しだけ書きます。
たとえば同じ発音記号の/l/ひとつとってみてもご存じのように
light L 例えば language list のように最後にこないl
dark L 例えば will drill のように最後にくるl
の2種類があり前者は歯茎につけるが後者は付けないことの方が多いのか付けないのが本当のような気もします。そのあたりの専門的なことはぜひエリオット先
生にお聞きしたいところです。
また、同じ/t/でも次にくる母音によってその舌の位置は違うはずです。このことは日本で「たちつてと」を言ったときでも明らかです。専門ではないので間
違ったことをいうかもしれませんが、「た」より「ち」のほうがより舌の位置が後にきておりほとんと硬口蓋をタッチしているように思います。また、「つ」は
/ts/の英語の音にあたるので/t/の位置から/s/の位置に瞬間移動して最終的には/s/の位置になると思います。また「て」は「と」より舌の位置が
後にきていると思います。
そういうことで必ずしも同じ子音でも次にくる母音によって微妙に位置を変えてくると思います。しかしエリオット先生もおっしゃるようにその辺りは、些末な
事項になるので生徒には教えてはならないかもしれません。でもいろいろとエリオット先生や根石先生にそのあたりのことをいろいろと聞きたいです。よろしく
お願いします。
489.なんと明解な説明でしょう!+エリオット先生に質問 投稿者:ST 投稿日: 7月28日(土)12時57分15秒
>d+thでdが完全に脱落することがあるのは and th...の場合です。Send this dictionary and these
magazine to your brother.の中で、Send
thisのdは無音化します。私は生徒たちにはそれを「Sendのdは息を詰めるだけ」と説明します。しかし、and
theseのdは普通の速さの発話では完全に脱落します。つまりan theseと発音すればいいわけです。
*なんと明解な説明でしょう!感動しました!
>では、I spend the money./I spent the money.とか I wrote the letter./I rode
the bus.の中に出て来る
spend/spent, wrote/rodeの発音はそれぞれ同じでしょうか? いえ、無音状態といってもdと
tは微妙に違います。これを説明するのはなかなかむずかしいのですが、しいて言えば、d+thのときのdには舌先を上の前歯の裏にあてた状態のままでもか
すかに音があるのです。舌をdの位置にセットして、鼻をつまんで(これはnの発音をしてしまわないための措置)、舌はしっかりつけたまま、声を一瞬だけ出
してみてください。ほんの一瞬、のど、つまり声帯から鼻の方へ「ッグ」という感じの音が聞こえるでしょう。この響きがd+thのdのところで一瞬聞こえる
ので、d+thとt+thは区別できます。実はこれ以外にもイントネーションの違いや、d/tの前の母音の長さの違いなどがあって、d+thとt+thは
区別されるのですが、この説明はかなり複雑になるので今回は触れません。
*こちらはちょっと疑問が残ります。例えばeighthの発音ですが、発音記号では/eitシータ/となりますが、実際はそのように発音されることも少な
いと思います。間の/t/が省かれることも多いと思うのですが、実際聞き取り違いを認識するのは私の場合は不可能です。今のところは。間の/t/や/d/
がかすかでも発音されればその個個人聞き取りの能力に応じてききとるということは可能だと思いますが。「この説明はかなり複雑になるので今回は触れませ
ん」とおっしゃる部分をせひエリオット先生にわかりやすく教えていただきたいです。いそぎませんのでよろしくお願いします。
私は発音に関しては好きでそれなりに自信もあるのですが、何せ我流なのでいろいろとおしかりいただきご教示いただければ幸いです。
490.s+th/z+th 投稿者:Eliot 投稿日: 7月28日(土)13時02分32秒
根石様
>再度、英語の発音ですが、S 音で終わる語に th 音で始まる語が来ると、むちゃくちゃ言いにくいのですが、これは Eliot
さんはどのように処理されておられるでしょうか。
Is this the bus?を普通の速さでアメリカ人が発音したら
Iz zis zuh bus?
に聞こえます。同様に Who's there?は
Who's zair?
となるのが普通のようです。つまり、s/z+th⇒s/z+zという変化が生じているわけです。ですが、注意深い発音ではこの場合でも
/th/は/th/のまま発音されます。私は、外国語として英語を話す私たちは面倒でも/th/を発音するよう練習した方がいいと思います。
アメリカ英語以外の英語でも同じ変化が起きるかどうかについては知識がありません。STさんはオーストラリアにいらっしゃるので、現地の人に聞いてみてく
ださい。
491.ST様 投稿者:Eliot 投稿日: 7月28日(土)13時10分50秒
>/d平仮名の「ふ」の最後の二角をのぞいたようなあの記号です!/=/d/+/その記号/
492.続きです 投稿者:Eliot 投稿日: 7月28日(土)13時12分47秒
[d3]はその発音記号のつもりでした。
496.eighth 投稿者:Eliot 投稿日: 7月28日(土)13時30分45秒
eighthはアメリカ英語では[eitθ][eiθ]のいずれにも発音されます。詳しい辞書にはいずれの発音も記載されています。ちなみに、アメリカ発
音の記述が詳しいのは Merriam-Webster's Collegiate Dictionaryという辞典です。
三千円くらいで入手できると思います。この辞典で fifthをひくと、[fiθ,fif(t)θ,fift]という4種類の発音が
示されています。
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先ほどの書き込み中の文を
Send this dictionary and these magazines to your brother.と訂正します。
497.(無題) 投稿者:ST 投稿日: 7月28日(土)13時45分00秒
>>再度、英語の発音ですが、S 音で終わる語に th 音で始まる語が来ると、むちゃくちゃ言いにくいのですが、これは Eliot
さんはどのように処理されておられるでしょうか。
*私はそれほどいいにくさを感じていません。/s/z/と/th/の音は非常に近く下顎の調整でうまく舌をスライドさせることにそれほど苦痛を感じないか
らです。すみません。偉そうに。エリオット先生ご指名なのに気になるので書き込んでしまいました。
>私は、外国語として英語を話す私たちは面倒でも/th/を発音するよう練習した方がいいと思います。
*このエリオットさんの意見に私も賛成です。根石先生と同じですが、ていねいに発音すべきだと思っています。すこしずつ回転させていけば自然と
assmilationやliaisonは身についてくると思うのですが。よく考えてみるとこれが甘いんですよね。どなたでも理解しやすい説明や実践方法
を習得し伝授することが大切ですよね。私もがんばりますので、エリオット先生、根石先生よろしくお願いします。
>アメリカ英語以外の英語でも同じ変化が起きるかどうかについては知識がありません。STさんはオーストラリアにいらっしゃるので、現地の人に聞いてみて
ください。
*チャンスは今、いくらでもあるのでぜひ聞いてみたいと思います。しかし、ここオーストラリアはご存じのように多文化国家、イタリア系の英語、中国系の英
語、その他方言などいろいろな英語を体験しすぎている感じです。でもそれでいいと思っています。要するに通じればよいと思います。根石先生のように発音記
号育ちの英語はその意味で最小公倍数の英語で日本英語の基礎になるものと思います。発音は大切。しかしそれをマニアックにこだわる必要はないと思います。
もちろん教える立場にあり、興味があればどんどん掘り下げていくのはいいことだと思いますが。
500.clear L & dark L 投稿者:Eliot 投稿日: 7月28日(土)15時01分36秒
英語の/l/の発音にはclear lとdark
lと呼ばれる二種類の異音(allophone)があります。これらは舌先を上の前歯のすぐ後ろの歯茎に押し付けて発音するという点では同じなのですが、
clear lの場合は、舌の残りの部分は硬口蓋(歯茎の後方、口の中央部の天井)に向かってせり上がっているのに対し、dark
lでは、舌の残りの部分が口の一番奥の部分でせり上がっています。というと非常にわかりにくいのですが、clear
lは舌先を歯茎に押し付けたまま「イ」を発音し、dark
lは舌先を歯茎に押し付けたまま「ウ」を発音すれば、舌の残りの部分は自動的に正しい位置にセットされて音が出ます。
アメリカ英語では普通、clear lを使わず、すべての位置でdark
lを用います。BBC英語やオーストラリア英語、ニュージーランド英語では、母音の前ではclear lを用い、子音の前と語末ではdark
lを用います。またアイルランド英語やスコットランド英語ではすべての位置でclear lを用います。Dark lの代わりに短母音の[u]を用いて
milkを[miuk]
hillを[hiu](または[miok][hio])のように発音する英語人もいますが、これは標準的な発音とはみなされていません。
英語人の間でもdark lとclear lの使い方が違うのですから、一般の日本人学習者がclear lとdark
lの区別を気にする必要はないと思います。