オーストラリア珍道中
今日は万歩計をつけてCAPE PATERSONという岬まで歩きました。トータルで2万7千、今までの最高記録です。町で行き先を地元の人に聞いたとき、ついでにヒッチハイクでもした らと言われました。冗談なのか本気なのか、距離が遠いからそういったのか。わたしには分かりませんでしたが。天気は今日は久しぶりによく、楽しんで歩けま した。
道沿いには牛、馬、羊がいっぱい放し飼いにしてあり、何度も写真をとりました。デジカメで撮ってあるので、帰国したら根石先生にネットで 送れるかもしれません。泊めてもらっている友人の家も2年か3年(少し貯金はあるそうですが、)で支払が終わるとか。先週の週末は芝刈りの手伝いをしまし た。中古の芝刈り機を使います。ここオーストラリアでは中古品をとても大切にしているようです。おどろいたのは東芝かどこかの中古テレビ(日本ではとっく にスクラップになっているような、がちゃがちゃチャンネルの代物です。それにSOLD OUTのステッカーが貼ってある。一瞬目を疑いました。これ本当の話です。
今日もひたすら歩きながら回転読みを続けました。道中思ったことを書きます。
わたしはまだ中級の入り口程度の力しかありませんが、回転読みをしていてなかなか素読レベルから抜け切れないまま5回連続の技法グランド なるものをやっていることがまだまだおおいのですが、今日やりながら(今やっている基本英文700選というテキストは2回目か3回目くらいなのですが、) 次の3回目か4回目からは文全体のイメージをつかめてから5回連続で読むようにしようと自分で思いました。練習すれば練習するほどより強固なものにしよう と考えてしまいますがこれでいいんですよね。
次にこれもSVOほど大きい問題ではないかもしれませんが、Air as well as sunlight is, needless to say,
indispensable to our daily life.(700選391番)という文章の A as well as Bという表現でさえAとBの順番で混乱している自分がいることに気付きました。関係代名詞、前置詞句、そのほかいろいろのシンタックスをただひたすらとかしこむことのために回転読み回転書きは絶対必要なものだとあたらめて感じました。
オーストラリア珍道中 パート2
今日も歩きに歩いた日でした。昼ご飯は週1回だけやっているという公民館のようなところで、たったの5ドルで(330円程度か、現在1ド ル65円前後)サンドイッチをたらふく食べさせてもらい、手作りスープをいただき、(ベジタブルスープやかのちゃスープなど3種類から選べる)、デザート にケーキやおかし、それに紅茶までいただきました。
先日に看板THURSDAY,5DOLLARS, SOUP AND SANDWICH12:00とあったので、今日はそれをめざしてまず行きの1万歩を稼いだのですが、入ってみるとお年寄りやからだの不自由な方、知的に障 害のある方などもたくさんおられました。一般にも開放されているらしく参加したのですが、いろんな人との会話も楽しく、子供たちも話しかけてくれ
たり、とても楽しい時をすごしました。
こちらで紅茶を頼むと、ブラックかホワイトかきかれます。パンならブラウンかホワイトか聞かれてもああそうかとなるのですが、紅茶?いったい何のことかと思ったら、ホワイトはクリーム入りということでした。
返りも1万歩歩いたのですが、途中牛が柵を乗り越えてこっちをみていましたので、近づいてそこいらの草をやりました。あと私はオカリナを 吹くのですが、一曲披露すると何と興味をもって聞いてくれていました。それが証拠に曲が終わるときびすをかえして向こうへ入ってしまったのです。またくる よ、と言ってそこをあとにしました。ELIOTさんへ
昨日は非常に興味深く音読への〜読ませていただきました。いつもこのシリーズを楽しみにしているものです。今回はとくにたいへん参考にな りました。こういう先生が一人でも多くいてくださることを祈るのみです。私もELIOTさんのあとに続きたいと思っている一人です。音読回数記録用紙なる ものはぜひどなたかの意見をききたいとずっと考えてきました。一つのモデルが得られてとても感謝しています。今はともだちの家にとめてもらっているので、 普段のようにコンピュータが使えずに難儀していますが、(最初の10人さえブラウザか何かの関係で)今日も音読への道?のところを印刷しようとおもったの ですが、できず、とうとう書き写してしまいました。自分なりにあとは10回ごとの検印欄に生徒の一言感想欄などを設けて早速実践してみようと思ったところ です。ELIOTさん、ありがとうございました!根石先生へ
今日は散歩の往路で、どんでんがえしの13ページの最後から3行を除いて、日本語で回転読みをしました。最初は2分弱だったものが、1分 30秒::くらいで読めるようになり、それを30分間(20回)繰り返し音読しました。音読している最中にも自分なりのイメージで、根石先生のおっしゃる 「イメージ」という言葉についていろいろとダイアグラムを書いたりして考えていました。まだ未完成ですが、今度会っていただけるときにみていただければう れしいです。その中心にはイメージ、左には日本語、右には英語、上には英会話という幻想、下には根石先生のおっしゃっていること、手前には語学としての言 語、奥には生活言語があり、丸いボールの形をしたものがあります。まだまだ改良の余地が自分でもあるとおもっていますので、自分なりにまとめていきたいと 思います。イメージが大切だということで、そのキーワードをもとに第2章の理論編を探したら、なんと大見出しで「もうひとつのイメージ論」という大項目を 見つけ、まだまだ、この本は読み返すべきだなあ、と思った次第です。また読みかえすのに充分あたいする本だとおもいます。いや日本の英語教育関係者に一度 は目をとおしてほしい本だともおもいます。(文部科学省の方はとくに)
書名は
小学館発行 英語どんでんがえしのやっつけ方 根石 吉久+村田 晴彦著 です。
初めてこのページをご覧になった方のためにそのページだけ抜粋させていただきます。
根石先生かってにごめんなさい!
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小学館発行 英語どんでんがえしのやっつけ方 根石 吉久+村田 晴彦著(以下)
日本英語は英語と日本語を行き来するものです。そこを実際に行き来しているのは、実は英語でもなく日本語でもありません。イメージです。
語学をやることの意味は、イメージを鍛えていくことにあると私は考えてきました。コミュニケーションをやかましく言う前に、イメージを鍛えることが大事なのだと言い続けてきました。
国際化を言い、英語をコミュニケーションの道具ととらえてきた人たちの多くは、これまで語学の対象としての言語と生活言語を地続きのも のと考えてきました。それは本当は地続きではありません。英語関係の本は非常に多いのですが、語学の言語と生活言語の違いに意識的な本はほとんど見あたり ません。
この二つの領域は本来まったく別のものであって、ひとまず生活言語から切り離された語学独特の領域というものがあります。
日本人が日本に暮らしながら英語をやる場合は、あくまで語学をやるのであり、語学の英語を生活言語と地続きだととらえないほうがいいの です。ひとまずは語学特有の領域で、意識的に激しく語学をやるべきです。そして、生活言語に渡ったときは、語学を忘れるべきであり、忘れなければなりませ ん。生活言語であるべき場面で、英語を語学の対象にすることは、相手にとって非常に失礼なことです。語学を忘れることができるほどに激しく語学をやるこ と、それをこの本はすすめています。