>(7月10日付)の もっこりさんのログ勝手に引用して すみませんでした。
あ、私はそのログを無断で 回転寿司「鬼」に「また引用」してしまいました。 すみません。
Jackieさんは「喧嘩を売りにきました」と、いきなりはおっしゃって
いませんよ。そこまでの経緯は、掲示板をよく読めばおわかりになると
思うのですが。
それに少なくとも、ルサマンチンさんのような、威張ったようなぞんざいな
口の利き方は、皆さんなさっていませんよ。
ルサマンチンさんは普通の感覚を持っているのですか?
とてもそうは思えませんね。普通の感覚を持っている人は、初めての人に
そういう話し方はしませんからね。
掲示板といえども、人と人が出会う場所なんですよ。そのことを忘れないで
下さいね。
もう一度繰り返します。こちらのホームページをよくご覧下さい。
あなたが掲示板へ書くという行為も、自己権力の行使です。
私は、免許にも資格にも頼らず(必要な単位はすべてとりましたが、紙切れに変えるのをさぼりました)、ただ生徒に英語力を実現する腕(大工の腕というような意味での腕です)だけで30年近く生活してきましたので、自分の自己権力ははっきりと信じております。それ、権力だろうと指さされるなら、その通りだけど、それで?と申し上げる他はありません。腐れきった日本の英語教育の現状を切開するのに、書くという自己権力を行使しておりますが、それの何が問題でしょうか。
私が提示する論点をつかんだ上で反論するのでなく、「反権力も権力のうち」程度の安全な観念を振りかざすことしかできない者の権力はどんなしろものであるか。なるほど、ルサンチマンと名乗るだけのことはあるとは思う。
「偉大な教祖様に帰依して普通の感覚を失った」状態は、日本の教師たちのことだ。一枚の教員免許、採用試験という制度以外に、あの人たちが教壇という高みに立つ行為の根拠が何かありますか。
この人には是非先生をやっていて欲しいと思った人は、これまでの私の人生の中で、ただ一人、この掲示板で出会った Eliot さんという方だけだった。あんたが教師なんかでなくていいよと思った人間は、掃いて捨てるほどいたのだ。
http://www.asahi-net.or.jp/~ax9y-nis/ooburosi/series/otomichi.htm
学校を出て、そのまま学校へ入っちゃうんだからな、そりゃなかなか普通の感覚を保つのは難しいわ、とある大工が言っていたが、その通りだと思ったことがある。問題がどこにあるかうすうす感じていても、それを言葉にする努力をせず、既成の観念のおくるみにつつまれて保身を続けるのが、既存の権力という「偉大な教祖」に従順な日本の教師というものである。これは腐臭に鈍感な官僚の感覚と何も変わらないのだ。
この掲示板に書いて下さっている人たちは、じかに娑婆にもまれて、じかに娑婆から評価されて生活してきた人たちが多い。それは、英語教育にからめて言えば、生徒に実力が実現しないなら、免許も資格も権力も意味はないとよく知っているということだ。
何が免許か、何が教師か。生徒に力をつけられずに何が専門職か。笑わせるなという感覚こそがまともな感覚である。人はなかなかそれを口にしないが、娑婆の底流にはそれがきちんと流れている。
http://8246.teacup.com/nessy/bbs
> 学校を出て、そのまま学校へ入っちゃうんだからな、そりゃなかなか普通の感覚を保つのは難しいわ、とある大工が言っていたが
私の実家は職人さんをたくさんかかえていたけれど、職人さんは学歴はないけれど、その言葉は「きれる」 結果がすべての世界だからかもしれない。 いくら御託を並べても蘊蓄を垂れても、家が建たなければならない。
栄養士のつくる料理がおうおうにしてまずいのは、数値や栄養価の辻褄あわせだからだ。 栄養学なんぞしらない母のつくる料理がおいしいのは、家族の体調や好みに合わせて作るからだ。
学校の先生になる前に一般の塾や英会話学校で数年間、教育実習する、と言うのはどうだろう。 業界は過当競争の上、少子化の影響も受けて凌ぎを削っている。 おまけに不景気なので、安くて力のつく所があれば親はさっさと子供を他へ行かせる。
自分の技量のせいで担当のクラスの生徒が減る、親からクレームがつく、外国人講師にレッスン法を指示する、学校で落ちこぼれた子供達を救い上げる、など貴重な経験が出来る。
先の投稿の日本語、めちゃめちゃでした...
http://8430.teacup.com/pillbugtwins/bbs
>>例えばaとeの中間音でしたら「「キャベツ」の
「ャ」に近い、ただし/j/の音はいらない。イメージ的
には「ア」の口の縦の開きを保ったまま、「エ」の口の
横の開きをもって発声して・・・」などと指導しています。
/tl/などの連続音は、それ独特の音として指導しています。
私は これを 読んだとき 日本の大学の先生もやるじゃんと感心しました。 自分で キャベツ (apple
のae)
と発音し 口の形を確かめ この方法をつかわして貰おうと 思いました。
> これが柳瀬さんの「英語口」を作るための知識の一端だと思いますが、日本語の「キャベツ」の「ャ」の音は、ae 音とはほど遠く、非常に口の開きの小さい音であると思います。「キャベツ」の元になった cabbage には ae 音がありますが、日本語の「キャベツ」にその音が含まれているとは思えません
>これもいいかげんな知識で、普通の日本人は「ア」も「エ」もことさらに何かを強調するのでなければ、唇に力をいれないで小さな口の開きで発音しています。試しに「亜鉛」と発音してみましたが、「ア」の口の開きも「エ」の口の開きも意識すればわずかに違うのがわかる程度の小さな口の開きであり、日本語で形成された日本人の口の動きにおける「ア」も「エ」もae 音の説明に使うことができないのは明らかです。
そして 根石さんの説明を読んでうなりました。
私は もう すでに 英語のキャベツの aeの 発音の仕方を知っているので 無意識に 口をaeの発音口にしていたのです。
ためしに 日本語で キャベツというと aeというより cut
の 閉じた ア の口の形と発音に近いのです。
生徒にも知り合いにも 日本語でキャベツと 言ってもらいましたが同じです。
英語発音 初心者の 私には口の形が見えなくなっていたのです。
まあ 目の前の 生徒に こんな形だよと 見せれば 英語風の 口のキャベツのaeで わかっては貰えるとおもいますが。
たとえアナウンサーのような 正しい口の形ができていたとしても
ア から エの口の形に持っていくときの 横のひっぱりが日本語の口の動きにはない。口の開きもたりない。
初心にもどろうと思いました。
勉強になりました。
>大阪弁技能検定1級に認定いたします。
Naimaさん Naimaとかいたところで ボタンを押して送信してしまいました。呼び捨てに してしまった。 お許しを。
>大阪弁技能検定1級に認定いたします。
めちゃ嬉しかった。にたにたしながら 眠りにつきました。
ただ 大阪弁には アクセントが あって
こちらのほうは めちゃめちゃや。
大阪の友人には ちゃうちゃうちゃうで。それ と いわれますねん。
大阪弁 ヒアリングマラソン アクセント通信講座 ぼけ突っ込み講座があったら 受講希望です。 よろしゅう。
中庭で 柳瀬さんの コミ二ケーションの話しを読んで
教育 http://ha2.seikyou.ne.jp/home/yanase/education.html
難しくて よくわからなかったのですが
コミニケーションと いったら 大阪人に勝るものはないやろと 思いました.
けれど 私には 上手く説明できないのです。
大阪人の コミニケーションについて あちらで 書いていただけたらと思います。
よろしく お願いいたします。
Jackieさん
>英語発音 初心者の 私には口の形が見えなくなっていたのです。
私も初心忘れるべからず、と自分に言い聞かせたいと思います。 さっき柳瀬さんのコミュニケーションのページを訪ねてみました。 もし英語初級者が学習法やコミュニケーションについてアドバイスを得たいと思ってあのページを訪ねると、オタオタしてしまうかもしれないと思います。
例えば、シャドーイングなどのテクニックですが、一般的になって来たと言うものの、どういうものなのか知っている人はまだまだ少ないと思います。 その説明なしに、いきなりシャドーイングを勧められている事自体、すでに初心者の気持ちを理解していない事になると思いました。
私はこれを読んで、激しく反省した次第です。 最近になって、「どうも小川(本名です)は英語を教えていた事があるらしい」とホームページを見て感づいた人が2〜3いて、英語の勉強法を聞いて来られたのです。 それで、勉強法についてホームページにちょこっと書く事にしたのですが、(根石さん、Eliotさん、Jackieさんとの喧々囂々の中から「パクッた」方法もあります。)そこでパターンプラクティスについても書いたのです。
私達、パターンプラクティスなどは普通に言ってますよね。 大風呂敷で英語論をやる時に、いちち解説などしておれないので、それはそれでかまわないと思います。 でも、それがどういう事なのか、わからない人も普通にいます。 それを「単語を入れ替えて練習」するとちゃんと注を入れておくべきだと思いました。 シンタックスなども非常に難しい言葉です。 私は最初「統語法」とか「構文法」とかに書き直したのですが、これでもチンプンカンプンです。 それでやさしく簡潔な言葉に直そうとしたら、「語順」しか浮かんでこなかったのです。 jargon - 用語/専門語をジーニアスで引くと「しばしばけなして」と注釈があり、古くは「わけのわからない言葉」という意味でつかったともされています。 私達は、英語をはじめたばかりの生徒や英語をやりなおしたいと思っている人達相手に「jargon」を濫用していないだろうか、といつも気をつけるべきだと思いました。 それをやさしい言葉で言うには、その言葉の本当の理解がなくては出来ません。 自分自身の勉強にもなります。
コミュニケーションの基本は、共通に理解できる言語を使う事です。 どうしても専門用語を使う必要がある場合は、さりげなくていねいにわかりやすく説明を加える事です。
先週の事だったか、「鬼」で根石さんが仲間言葉をつかわない様に言われていました。 私がこちらに来た時、日本人婦人会で皆が「インターコンチで総会よね」と話していて、それが何の事かわからず非常な疎外感を感じた事があります。 手許に案内状が届いて、初めてそれが「インターコンチネンタルホテル」の事だと知りました。 これも一種の仲間うちの「隠語」あるいは「専門用語」です。 「インターコンチネンタルホテル」と初めて赴任して来た人達に言う時間がない程忙しい事はないのです。 忙しいのであれば、いっそ「インコチ」とか「イタコ」とか「イコチ」と省略してしまった方が、愛嬌があります。
話がそれましたが、大阪人はその当りのコミュニケーションスキルは抜群です。 「あんたは乞食のお粥か」「どういう事?」「湯ばっかりや」(「ゆ」は大阪では「ゆう」と発音します。「ゆう」は大阪弁では「言う」の意味です) こんな場合「あんたは有言不実行の人や」などとはいいません。 ん、さらに話がそれたな?
http://8430.teacup.com/pillbugtwins/bbs
職人のいいところは、コツを一言でつかませられる能力がある事です。
pは無声音の破裂音、上下唇を閉じあわせその間から強く息を吐くが、決して声帯を震わせない事。
と言う説明より、
「口についたビールの泡、あんたどうやってふきとばす?」「プッ!」「な? それや」
「一瞬般若」などは正しく「職人芸」ですわ。
http://8430.teacup.com/pillbugtwins/bbs
まずは、お詫びとご挨拶をさせてください。
確かに下の私の書き込みは、いただけないものでした、言い訳させともらうと
某巨大匿名掲示板に書き込むような気分で、不用意に書き込んでしまった結果でした。
しかし、こちらのような、個人の方が開設しておられる掲示板での言動としては、
まことに不適切なものでした。不快に思われた方々、申し訳ありませんでした。
お詫びいたします。
ただし、ここの常連さん方の主張や、中庭での行動を全面的に納得したわけではありません。
遅れてしまいましたが、ご挨拶を。
ルサマンチンと申します。
英語力は、ほとんど中学レベル、英語は好きではありませんが
事情があって英語学習が必要になり、あちこちの英語学習HPなどを参考にしながら
細々と続けているのが現状です。
あんたら、しろうとさんは、よう知らんかもしれんが、
学問の世界では、英語教育なんてないんじゃ
ヤナセさんにかみつくのもええが、かみつくポイントが
ずれとるのがいたい
>学問の世界では、英語教育なんてないんじゃ
曖昧で、何を言いたいのかわからない文ですが、
英語教育(法)を研究対象にしている学問分野は存在します。
分野としてはあるんじゃが、認められておらんのじゃよ
ためしに、その専門家とやらに、研究内容を聞いてみ
研究と呼べる内容じゃないことが分けるけん
もしあなたが英語科教育法の研究者なら、
分野全体の研究水準が低いことはあなた自身の責任でもあるし、
「しろうとさん」に批判されて、「研究と呼べる内容じゃない」
などと言い訳にもならない言い訳をするのはとても恥ずかしい。
もし隣接分野にいる人なら、英語科教育という、
「しろうとさん」ともっとも密接に結びつく重要な領域を、
鬼っ子のまま放置していたことをきちんと認識し、反省すべきだと思う。
どちらにしても、他人事ではありません。
>けれどTOEICのスコアに関して言えば、英語教師の力量を判定するには
>不適当だと思います。 730点から口答試験を受ける事ができるはず
>ですが、受験が義務付けられていますか? TOEICのスコアはあてに
>なりません。
NaimaさんのおっしゃるようにTOEICのスコアがあてにならないのなら、
TOEICのスコアを根拠にした教師への以下の批判は、意味を失います。
>高校の英語教師の英語力が目標TOEIC730、英語検定準1級との事ですが、
>これが目標だとすると現在2級や純2級程度、TOEIC 500~600程度の
>先生もごく普通におられると言う事です。
TOEICの点数はその人の英語力の一部を反映しているに過ぎないけれども、
高得点者であれば、英語力全般に秀でている可能性が高い、
という推測は成り立つのではないでしょうか。
ちなみに、文部科学省や教育委員会は
TOEICよりTOEFLや英検を重視しているようで、
福岡県の教員採用試験では、英検1級かTOEFL580点以上であれば、
一次試験のうち英語の科目が免除されるそうです。
どうも。
私は「回転読み」というものを提唱しているものですが、やってみませんか。
「回転読み」を試している人たちの練習報告用掲示板もあります。
のぞいてみてください。
http://8430.teacup.com/pillbugtwins/bbs
http://8246.teacup.com/nessy/bbs
どうぞ、気になさらないでください。
>(7月10日付)の もっこりさんのログ勝手に引用して
>すみませんでした。
>あ、私はそのログを無断で 回転寿司「鬼」に「また引用」してしまい
>ました。 すみません
>NaimaさんのおっしゃるようにTOEICのスコアがあてにならないのなら、
TOEICのスコアを根拠にした教師への以下の批判は、意味を失います。
おっしゃるとおりですね。 ぐうの音も出ません。
http://8430.teacup.com/pillbugtwins/bbs
わからん、やっちゃな
教科教育なんぞ、研究するわけないやろ
だから、どうせ批判するなら、そんなもん研究しとる気になって
踏ん反りかえっとる大学の「教科教育」のせんせを批判せえって
ゆうとんの
>だから、どうせ批判するなら、そんなもん研究しとる気になって踏ん反りかえっとる大学の「教科教育」のせんせを批判せえってゆうとんの
広島大学の教科教育の「せんせ」達はふんぞり返っとるのですか? 今、ちょっとサイトをのぞいて来たんですが...
http://8430.teacup.com/pillbugtwins/bbs
ルサマンチン様
ご尊名を間違えまして失礼致しました。
http://8246.teacup.com/nessy/bbs
>教科教育なんぞ、研究するわけないやろ
あなたのような、実践に結びついた研究を軽んじる態度が、
諸悪の根元でしょう。
根石様
>ご尊名を間違えまして失礼致しました。
ルサンチマンが正しかったのですね。間違って覚えていました。
ちなみに正確な意味もわかりません。カッコつけてみただけです。
最初の書き込みは、ココの常連さん方の、柳瀬さんの掲示板の書き込みを見て
古臭い左翼団体の糾弾会のように思えたので、ああなってしまいました。
徒党を組んで、個人を追及しているように見えたのです。
私の大学時代の教授連中を思い出してみても、ひどい連中が多かったのは事実です。
しかし、HPを読んだ限りでは、柳瀬氏はまともな類の人に思えます。
日本の英語教育のひどさを槍玉に挙げるのは良いのですが、そのためにまともな
人にダメージを与えるような行動をとっても、意味がないのではないでしょうか。
あと、これは個人的な体験談に過ぎませんが、私の英語力は、中学レベルですが、
シャドーイングは効果がありました。特に低レベルなりにリスニング力は
向上しました。発音については、効果があったかどうかわかりません。
今は30音トレーニングで、練習中です。
いきなり「喧嘩を売りに来ました」
いきなりじゃない いきなり 言ってない いきなりなんていってない。
私は無礼者か?
流れを読まずに 決めないでくれ。
タイトルは刺激的だった。それに続いたことばば刺激を和らげるににも
じゅうぶんじゃない人が 大多数だとしたら
議論も会話も コミュニケーションもなりたたないのではないか?
ここは ネット 顔がみえない。 それを承知の上で。
あえていう あれくらいが ダメなんだ。
大風呂敷は 言葉は荒いときもあるが 無法地帯ではない。
たしかに オーナーのルールにしたがうべきだが。
許容。 ふさわしい。 管理の元に コントロール。
きっと 削除モノの投稿になって 議論が進んでいかなくなってはこまるのでここで つぶやきます。 あくまで つぶやきです。
これ以上 むこうで これに関する議論を繰り返しても 無駄だ。分かり合えることはないだろう。
大風呂敷 管理者様。
無法者で無礼な私と その発言を 削除せずにいてくださり ありがとう。
でも もし 許容範囲をこえ 発言がここに ふさわしくないと思ったら
削除してください。 あ いきなりは 辞めて。懲りました。
恋人ファンさんも sbさんも Eliotさんも 素読みファンさんもEricさん 浜谷さん 皆さん
私の発言にあきれて このごろ出てきてくれないのか。
だったら 今後ROMに撤退します。
エリオットさんや皆さんの考え知識や経験 実践のほうが
きっと 私の 発言より 皆役に立つから。
ルサマンチン様
糾弾などしてはいないし 徒党を組んでもいません。個人を追及しているわけではなく 質問をし 議論をしようとしているだけ。
日本の英語教育のひどいことは 多い。問題を提示して解決していけないかと模索しているが 槍玉にはあげていない。
手をつないで変えていく道を探し求めているが 多くの学校の先生方は 手をつなごうとも 会話をはじめようともしてくれない。
それから柳瀬さんを槍玉には挙げていない。
でも ルサマンチンさんには そう見えたし思えたのですね。
ひとそれぞれ 捕らえ方が あるものですから これが 相手が見えないネットと いうことで 私も気をつけてかかなければと思いました。
でも こうやって 考えを述べ合うことで また 理解も 生まれる これもネットでの コミュニケーションといえると思います。
ここで 考えをいわずに いたら コミュニケーションははじまらない。
>そのためにまともな人にダメージを与えるような行動をとっても、意味がないのではないでしょうか。
どんなダメージを 彼にあたえましたか? これぐらいで ダメージをうけるのでしょうか?
だとしたら とても やわです。
はじめ 議論がはじまらず 受け流しでした。 謙虚にうけとめてはくださったのですが。 指摘をありがとう。とおっしゃってはくださったのですが。
でも 今 向こうで議論が始まろうとしています。
私は 柳瀬さんは 研究熱心なかただと尊敬しています。
いろんなワークショップに参加され 本もたくさん読んで 論文にまとめて
大学で教鞭をとる。知識も豊富。
でも だからこそ 彼には 変える力があるはず思うのです。
>英会話学校に入学してくる 大学生や 社会人
そこそこの大学にいて 受験をくぐりぬけていても
7段階レベルの 下から2ぐらいから はじめなければならない人が 大多数。 内容的には中学一年後半から二年レベル。一般動詞の質問から練習。
過去 未来 現在形が ごっちゃになっている。S なんてもちろんつけ忘れている。中学一年から二年の英語の教科書を 日本語から英語に訳すのもふうふう。
中学高校の850時間 +受験の英語 塾や自宅学習ふくめ1500時間。
そして大学教養過程での英語の時間。
かなりの時間をついやしているのに なんじゃこりゃ。
その費やした時間を 理科の実験についやしてたら 楽しくためになったかな。ノーベル賞続出か?
絵手紙も上手くなっただろう。 卓球もリレーが楽しめるぐらいになっただろう。 バスケで シュートがきまるようになっただろう。
もっといろんなことに チャレンジできて
人生豊かになっただろう。
貴重な1500時間だぞ。
こんな現実に目をそむけてはいけない。
生徒に膨大な無駄をさせないためにも。
英語力は、ほとんど中学レベル、英語は好きではありませんが
事情があって英語学習が必要になり、あちこちの英語学習HPなどを参考にしながら
細々と続けているのが現状です。
>私は中高時代を通じて、ダメ教師やグータラ教師とのみ
なぜかウマが合い、好んで親しんできましたので、
そういう先生たちが淘汰されるとすれば個人的には悲しいのですが
もっこりさん いい先生だったんですね。
生徒に親しまれる先生は ダメ教師ではないと思います。
生徒に優しいからって 親しまれるわけじゃない。
厳しいからといってきらわれるわけではない。
毎週厳しく単語をテストし
「君立ちのような 態度じゃだめだ」といってた先生が 好かれたりもします。
生徒と友達感覚で つきあったからといい 好かれるわけではありません。
けっこう 生徒は シビアな目をもってますよね。
でもやはり
英語教師としての最低限の英語力 指導力 生徒にやる気を起こさせる力は
やはり 備えていてほしい。いや そうでなくて 教師?
皆役に立つから。 → 皆の役にたつから。
君立ち→ 君達
この掲示板は、過去ログを残すことを前提にしています。
柳瀬さんの「中庭」はどうなのか、今のところ知りません。
皆さんが、「中庭」に書かれた場合、その記事を「大風呂敷」に転写してお
いていただくことは構いませんので、ご利用下さい。
ここの記事量が増えることは遠慮しないでください。村田君という優秀な過
去ログ係も完備している掲示板ですので、OKです。
もちろん書かれたご本人の記事だけにして下さい。
ご本人の記事の転写だけでも、どんな流れの議論が「中庭」で展開されつつ
あるかを推測することはできるだろうと思います。そうすれば、読者の皆さ
んの相互乗り入れが可能になるので、URLも併記していただけたらと思い
ます。私もつい忘れますが、「転写の場合は、元の場所のURLを併記」と
いうことでお願いしたいと思います。同じURLが何度も書かれることはま
るで構いません。その方が初めて読みに来られた人には便利です。
「大風呂敷」とつきあうことで考えたことは、「大風呂敷」の過去ログに残
りますが、他の掲示板で考えたことは残るかどうかわかりません。
自分の考えたことを残し、自分を鍛えていくためにも、私自身はどんな失
敗をした場合でも必ずそれを残していこうと心を決めています。酔っ払って
書くのはまずいのですが、酔っぱらいの失敗も公開する覚悟でやっておりま
す。
また、議論を深めていくためには、過去ログからの引用も大いにしていた
だいて結構です。この場合は、過去ログにつけられた番号を併記してくださ
い。どんな議論の流れの中からの引用からか、読者の皆さんが調べることが
容易になります。
また、ここに書かれる方々に対する希望としては、著作権を放棄していた
だくということがあります。他の掲示板への転写引用を可能なものとしたい
のです。不本意な形での引用が行われる場合も考えられますが、「大風呂敷」
の過去ログがある限り、引用者の意図と照らし合わせることは可能となりま
す。(村田君、責任重大になってきました。と、ビビらせる)
http://8246.teacup.com/nessy/bbs
>恋人ファンさんも sbさんも Eliotさんも 素読みファンさんもEric
さん 浜谷さん 皆さん 私の発言にあきれて このごろ出てきてくれない
のか。
Jackie さん、そんなことありっこないない。
一番嫌疑が濃いのは、俺の酔っぱらい発言だよ。
http://8246.teacup.com/nessy/bbs
>私の英語力は、中学レベルですが、シャドーイングは効果がありました。
シャドーイングはどんな風になさいましたか? 教材のスピードなどもわかれば参考になります。 テキストを見ず、テープを一度か二度聞いただけで、数語遅れで音声を再生するにはものすごい集中力が必要でしたでしょう? 毎回、どれくらいの時間をシャドーイングに費やされていましたか? 音声教材がかなりゆっくりであれば、20〜30分出来ない事はないように思うのですが、教材は何を使われましたか?
http://8430.teacup.com/pillbugtwins/bbs
私は今、大風呂敷の常連みたいなデカイ顔をして場所をとっていますが、実は今年の春あたりまで、この掲示板に手を変え品を変え、時にはハンドルネームも変えて、批判、糾弾、罵詈雑言(?)お説教、おちゃらかし を繰り返していたんですよ。 (^^; けれどいつでも直球が返って来るのです。 小馬鹿にされたり疎まれたりした事は一度もなく、どなたもまともに真摯に受け止めてくれはりました。 で、直接、素読舎へ伺って根石さんにお話を伺う事になり、素読舎のレッスン風景を見せて頂いて、自分でもやってみようと思った次第です。 今は夫の転勤先にいるので電話レッスンを受講する事が叶わず、回転読みと称される激しい音読もドイツ語でやる羽目になっています。
ここの常連さん達は、非常に懐の深い人達です。 一生懸命でもあります。 柳瀬さんもそういう方だと判断したからこそ、懐に飛び込んだと言う事なのです。 最初Jackieさんや私、根石さんも「いきなり」徒党を組んで乗込んだわけではありません。 ましてJackieさんは柳瀬さんを高く評価されているので、いきなり暴言を吐くなどなさるわけがありません。
柳瀬さんは、多分お忙しかったのかもしれませんし、お立場もおありだったのかもしれませんが、こちらの質問に対して直球では答えて下さいませんでした。 今は、しろうとさんもくろうとさんも率直に「腹を割った」議論をしないと、学校の英語教育はにっちもさっちも行かない状況にあります。
英語塾で発音と綴りの関係を指導する方法であるフォニックスを使って生徒に正しい発音を教えても、学校で綴りを教える際に「pictureはピクツレと覚えとき」と言われたとか(20代後半の先生ですから、英語力はおありだと思います)、高校生は夏休みの宿題としてドリルを一杯渡されるのに答えあわせはしないで、やりっぱなしだとか。(それをケアするのは私の様なしろうとさんの塾講師なのです。 かの女は名のある私立の英語科の生徒です。)
柳瀬さんの様な心ある先生が動いて下されば、無名のどしろうとさん達の言う事よりは「権威」という葵の御紋がついているので、皆さん耳を傾けられるでしょうし。
いずれにしろ、少なくとも根石さんは20年以上、葵の御紋をつけた方達に直訴されて来たんだと思います。 でも微動だにしなかった。 私達がうしろから一緒にウンショ、ウンショと押している最中なんですけど、まだ動かない。 いや、ちょっとは動きかけてるのかな?
http://8430.teacup.com/pillbugtwins/bbs
柳瀬さんのご説明では、数語おくれの音声の再生をシャドーイングではないとの事でした。同時に再生する方法なのだそうです。 これを奨励されている同時通訳者の本がアルクから出版されている様なので、帰国したら早速購入してみます。
もし、ルサンチマンさんのシャドーイングが、音声をテープと同時に再生し、しかも文字教材を読みながらするメソッドであれは、これはpaced readingと呼ぶのが正しい様に思います。 また、1センテンスあるいは1フレーズづつをまず聞いてから再生する方法は、reproduction と呼びます。 (reproductionについては、私の知識もあやふやなのですが、日本語にして再生するのと、英語のまま再生するのとふた通りある、と言う人もおり、この2つに別の名前がついているのか、それもあやふやです。 知っておられる方がいれば教えて下さい)
テープと同時に再生するのはヘッドフォンをつける等の工夫をしないと、テープの音声が自分の声でかき消されてしまいます。 数語遅れだとそういう事は起こりにくいのに、「シャドーイングをすると元の音が聞こえにくい」というコメントを過去に読んだり聞いたりした事があり、怪訝に思っていましたが、これで納得行きました。
自分でテープ教材を作り直す手間が大変ですが、意味の切れ目ごとにポーズを入れて録音し直すと初心者の方にも再生しやすいと思います。 これを英語で言ってみるなり、翻訳してみるなり、ディクテーションしてみるなり、いろいろ利用範囲が広がって来ます。 頭から読み下す為の訓練にもなります。
http://8430.teacup.com/pillbugtwins/bbs
>数語遅れだとそういう事は起こりにくいのに、
数語遅れでもそういう事はおこります。 m(__)m
http://8430.teacup.com/pillbugtwins/bbs
だから、研究内容を見てみいって、ゆうとるやろ
研究なんて呼べるしろもんやないやろ
ちょっと、相手してもらったら、これや
ほんとおめでたいことで
さいなら
おい、ないまさん、
あんたどうして、柳瀬さんが心ある人なんて、断言できるんや
どして、柳瀬さんに葵がついとんの?
だから、「どしろうと」って言われるんよ
ますますいよいよあなたが柳瀬さんの身近にいる人だと言う気がして来ました。 それが私の推測が誤解であれなんであれ、あなたの投稿が柳瀬さんを貶めている事にもなりかねません。 もし柳瀬さんをよく御存じであれば、ちゃんと説明して下さるべきでしょう。 「おい」などと言う物言いをされる筋合いはありません。 柳瀬さんのまわし者だと思われてもいいんですか。 柳瀬さんに対して面目ないでしょう。 以後、無視。
http://8430.teacup.com/pillbugtwins/bbs
ほんとに、自分勝手なおばはんやな
自分が一番のガンということに、はよ気づけや
「貶めてる」って、あかんもんはあかんってゆうとるだけやろ
その理由は、研究内容をみてみいっちゅとるやろ
もうちょっと勉強してからもの言ってね、塾のせんせ
今週の金土日、青山学院に行ってみい、英語の専門家が
あつまっとるさかいに
ちなみに、英語教育の者など誰もこんとは思うが
ハンブルクに住んでるので私は行けません。 ごめんね。
http://8430.teacup.com/pillbugtwins/bbs
おばはんは、ハンブルクでドイツ語の勉強でもしとりゃええの
あんたは行かんでもええんよ
ついでに、×××でもええから
さあ、×××は?
>ま、こいつの言う事が正しいのかも知れん、と思えて来ましたわ。 あれ>くらい執拗ないやがらせが来るには、それなりの腹立ちや苛立ちがあるん>でしょ。 私のお調子者加減が招いた事です。 身から出た錆、か
どこが、いやがらせなのかしらん
あなたは何のために研究しているのですか?
「しろうとさん」に卑怯な茶々を入れるためですか?
それは宝の持ち腐れというものです。
斜に構えて偽悪ぶるのは、鬱屈したものを抱えているからですか?
有益な議論をする気が少しでもあるのなら、
まずはハンドル名でもつけてくださいな。
関西語で失礼な書き込みを続けるあなたの投稿、読んでいて
極めて不愉快です。掲示板荒らし行為は犯罪です。
有益な議論などする気は毛頭ありまへん
ただ、がんばっておられるプロの方々への失礼な物言いに
がまんならんかっただけですが、なにか?
>恋人ファンさんも sbさんも Eliotさんも 素読みファンさんもEric
さん 浜谷さん 皆さん 私の発言にあきれて このごろ出てきてくれない
のか。
柳瀬氏の中庭を紹介していただいて、興味をもって拝見させていただいています。「喧嘩を・・・」の題名が少し刺激的すぎたように私も思います。Jackieさんが永らく探されていたと思われる「英語教育」関係の本格的ホームページということから、相当意気込んでのご発言だったことは想像に難くありません。大風呂敷の雰囲気をそのまま持ち込まれてあちらの雰囲気に合わなかったということではないでしょうか? やはり大学の先生のホームページということで相当硬い格調のようですね。私は根石さん、Jackieさん、Naimaさん、があそこで仰っていることに概ね賛成です。あのホームページ及び中庭は英語教育の夜明けを感じさせるものがあると思います。しかし、本当に薄明かりにしか過ぎないのではないでしょうか? 私は欠陥の多い学校英語教育を受けてきて、やり直そうとしている人達を、近所で主宰する「英会話サークル」などを通じて支援していくことに意を注ぎたいと思っている者です。そのように欠陥の多い学校英語教育を正して行こうと思われている方々にたいする尊敬の念を禁じ得ませんが、私自身はそういうわけで何も言うべきことがないのです。決して「あきれて・・・」なんかではありません。
mailto:t-hamaya@nyc.odn.ne.jp
http://www1.odn.ne.jp/~cet09590/
>>恋人ファンさんも sbさんも Eliotさんも
>>素読みファンさんもEricさん 浜谷さん 皆さん
>>私の発言にあきれて このごろ出てきてくれないのか。
>Jackie さん、そんなことありっこないない。
>一番嫌疑が濃いのは、俺の酔っぱらい発言だよ。
ご両人とも外れです。しばらく本来の職務(学校の仕事と自分の
子供の教育)に専念していただけです。ご心配かけてすみません。
もっとも、ときどき根石さんの酔っ払い発言に驚かされてはいますが。
Eric氏も学校の仕事がなかなか大変で心労も絶えず、掲示板で語らう
余裕がないようです。そのうちまた、音作りの苦労話でも書き込んで
くれるのではないかと思います。
>>恋人ファンさんも sbさんも Eliotさんも
>>素読みファンさんもEricさん 浜谷さん 皆さん
>>私の発言にあきれて このごろ出てきてくれないのか。
>Jackie さん、そんなことありっこないない。
>一番嫌疑が濃いのは、俺の酔っぱらい発言だよ。
ご両人とも外れです。しばらく本来の職務(学校の仕事と自分の
子供の教育)に専念していただけです。ご心配かけてすみません。
もっとも、ときどき根石さんの酔っ払い発言に驚かされてはいますが。
Eric氏も学校の仕事がなかなか大変で心労も絶えず、掲示板で語らう
余裕がないようです。そのうちまた、音作りの苦労話でも書き込んで
くれるのではないかと思います。
自分たちは好き放題だが、人に言われると「不愉快」だとは、
笑止千万
英語教育の専門家たちとやらの研究内容を吟味してみようと
言ってるだけだと思いますが
私は今回の柳瀬さんの「中庭」事件には一切関わっていません。
だから、あなたの
>自分たちは好き放題だが、人に言われると「不愉快」だとは、
>笑止千万
という書き込みは間違っています。
私が不愉快に感じるのはあなたの言葉遣いとただ単に人の発言を
揶揄しているだけのような投稿内容です。
「皆さんへ」を二回投稿してしまいました。ごめんなさい。
それは、それは、失礼いたしました
それだけ言う以上、自分たちの発言内容にも責任をもってくださいね
>ただ、がんばっておられるプロの方々への失礼な物言いに
>がまんならんかっただけですが、なにか?
それは杞憂というものです。
プロは結果がすべてなのですから、
「がんばっているのに失礼」などという情緒的な理由で、
批判を封じるべきではありません。
真の専門家なら、そのような些末なことは気にならないはずです。
あなたはこう書いたでしょう。
>ただ、がんばっておられるプロの方々への失礼な物言いに
>がまんならんかっただけですが、なにか?
他人が失礼な物言いをするのは許せないが、自分は無礼の
したい放題というのはおかしいでしょう。
まったく、有益な議論ですね
語るに落ちたようですね
単なるバカの相手をしてしまったようです。今後は無視します。
荒らしがひどくなったら、素読ファンさんに善処をお願いします。
>語るに落ちたようですね
日本語の使い方を、おわかりになってるのですか?
http://8430.teacup.com/pillbugtwins/bbs
Eliotさん 浜谷さん
お久しぶりです。
あー お二人の声がきけて 安心。
どうやら 私にレッドカードはでていないみたいで ほっ。
Eliotさんの発音講座の続き とても楽しみにしているので
手があいたときに 書いてください。
お願いします。
浜谷さん
>私は欠陥の多い学校英語教育を受けてきて、やり直そうとしている人達を、近所で主宰する「英会話サークル」などを通じて支援していくことに意を注ぎたいと思っている者です。
私も 高校生 大学生 社会人の「英会話」をやろうと思っている人を相手に商売をしてきました。
学校教育がじゅうぶんでないからこそ 塾や英会話教室が成り立つともいえるわけで
「英語教育が皆Eliotさんの授業みたいになったら 英語教室やっていけないやん」 なんで 自分で自分の首をしめるような
マネをしているのだろう? このままでいいやん。
学校の先生も 大学の先生も 予備校も 塾も 英会話学校も うるおうのやから。 けったいなこと やめときー と 心の声もします。
でも 英会話学校で 大金を無駄にしていく生徒
そしてその前に学校で膨大な時間を英語についやしながらも なにもモノにできないことが とてももったいないなー と思うのです。
浜谷さんのHPを拝読してますし また 浜谷さんの英会話サークルが広がっていくことも望んでいます。 ただ ボランティアじゃなくて
きちんと お金はもらうべきだとも思います。
私も無料のセミナーやったことありますが とっても疲れました。
やはり 労働にみあう お金をもらったほうが いいです。
こんばんわ。
大阪弁 好きなんです。
それこそ コミュニケーションの極意がいっぱいつまっていて。
けど 投稿者さんの 大阪弁の使い方は あまり 好かん。
私は しとうない。
大阪弁を 貶めないでください。
ななし投稿者さんは くろうとさん 英語の専門家なのですか?
なぜ 英語教科教育は
研究と呼べる内容ではないのでしょうか?
とても 大事なことだと思います。
中学生 高校生の 英語の先生を 作り出すのはここなのですから
>あなたのような、実践に結びついた研究を軽んじる態度が、
諸悪の根元でしょう。
私も もっこりさんと 思いを同じくします。
>今週の金土日、青山学院に行ってみい、英語の専門家が
あつまっとるさかいに
ちなみに、英語教育の者など誰もこんとは思うが
今度の 英語学会に出席されるのですね。
検索し プログラムを読みました.
英語を研究されている先生方がいっぱいいらっしゃるのですね。
大学教授の名前が並んでいます。
学会だから 英語研究としては意義があるのでしょう。
この先生方は 大学で英語をおしえていらっしゃるわけですが
使える英語にも コミュニケーションにも 英語の血肉化にも
程遠い。
英語の専門家であって 英語教育の専門家ではない。
だから中学生 高校生の英語教育のことなど関係はない?
そうだとしたら閉じられている。
英語って 何なのですか?何のための英語なのですか?
議論の流れを考慮に入れず、誤解を元にした書き込みをしたようです。
ただ、ある掲示板に、他の掲示板の常連さん方が、批判的な内容の書き込みを
続けて行えば、それまでの経過や、書き込みの内容にかかわらず、誤解が生じる
場合もあると思います。特に、価値観や目的を共有していない第三者から見れば、
なおさらです。
ここの皆さんが真剣であることは、良く分かりました。
特に、Jackie さんには余計な気苦労をさせたようです。
申し訳ありませんでした。
どうも私の出過ぎで皆さんに御迷惑おかけしました。 今後は少し投稿を控えさせて頂きます。 投稿者さんの激高ぶりを見ていて、もうすこしあちらの立場もじっくり見てみようと思います。 ただ、投稿者さんの投稿にまいったわけではありません。 私が皆さんと違ってしろうとである事に違いはありません。
大阪弁についてですが、投稿者さんの様な言い方は、普通の堅気な大阪人は致しません。 あれはチンピラの言草ですので。 しかし大阪人間は冷めた人間を嫌います。 ああいう風に突っかかって来られるのは、一生懸命な証拠だと見ました。 鬼にも書きましたが、投稿者さん、ありがとうね。 おばはん、精進しますので、あなたも頑張って下さい。
では
http://8430.teacup.com/pillbugtwins/bbs
>あなたのような、実践に結びついた研究を軽んじる態度が、
諸悪の根元でしょう。
研究になっているかどうか、自分の目で見てごらんなさい。
>この先生方は 大学で英語をおしえていらっしゃるわけですが
使える英語にも コミュニケーションにも 英語の血肉化にも
程遠い。
これらの先生方が、どんな指導をしているか知った上での発言ですね?
大阪弁もどきは止めたのですね。
>研究になっているかどうか、自分の目で見てごらんなさい。
研究になっていない、と最初に主張されたのはあなたです。
ですから、その証明をあなたがするべきなのです。
久しぶりに声が聞けてうれしいです。
私は酔っ払って書いて、翌日自分で読むと、あちゃあ、ってなことが書いて
あり、実にあたふたしますが、反省してもなかなか反省が役に立たなくて困
っています。
行儀はよくないですが、今後とも「大風呂敷」をごひいきに。
http://8246.teacup.com/nessy/bbs
通りすがりのもの様 投稿者:根石吉久 投稿日:11月14日(木)01時34分18秒
了解です。
私は、いきなりの削除が、納得できなかっただけです。
Jackie さんの文の調子をお読みになればおわかりいただけると思いますが、Jackie
さんは無邪気な方で
す。無邪気というものが、社会では邪気と受け取られることがある事例だったと思っています。
あくまでもたとえ話ですが、入学したばかりの小学校1年生が、職員室の入り口で、「喧嘩売りにきまし
たあ」って言ったとして、いきなり入り口の戸をその子の前で音立てて閉じるべきなのかどうか。「お前な
んかあったのか」とか「なんだよ、いきなり」とか、「おまえなあ」とか、なんか言葉があってしかるべき
だろうと思うのです。
もちろん、Jackie さんは現実の小学校1年生ではありませんから、これはたとえ話です。しかし、
Jackie さんの無邪気さは私には信じられます。毒々しい私などとは正反対の方です。
http://8246.teacup.com/nessy/bbs
Jackieさんの投稿より引用
> 「英語教育が皆Eliotさんの授業みたいになったら 英語教室やっていけないやん」 なんで 自分で自分の首をしめるような
> マネをしているのだろう? このままでいいやん。
> 学校の先生も 大学の先生も 予備校も 塾も 英会話学校も うるおうのやから。 けったいなこと やめときー と 心の声もします。
根石さんと話したり、大風呂敷を見てると、私もJackieさんと同じ
ようなことを思うことがあります。でもJackieさんと同じように、
それは違うよな、と思う私もいます。
特に中学〜高校の間の英語の力はトレーニングの多寡によるところ
が大きいと思うんですが、「どれだけ練習したか・しなかったか」
という話が「頭がいい・悪い」という話にすりかわってしまうとこ
ろが困ったところだと思います。何がそうさせるか、というのは、
期末試験なんかの位置付けとかいろいろあるだろうけれど、とにか
く本人も「俺、頭悪いから」と信じこんじゃう。そこらへんが困った
ことだと思います。
高校の頃、私は英語の成績がよくなかったんで、こういう劣等感もっ
てました。音を作ることが大事だと体感できたのはかなり後になっ
てからです(実は私は学生の頃は素読舎には行ってなかった)。そ
れまでは、ダメ筋のやり方やってたんです。
いまでこそ本屋に行けば「音読」に関する本がたくさんありますが、
私が高校生の頃はそんな本はあんまりなかったし(田舎だったから?)、
教えてくれる人もいなかった。(あ、中学の時の先生で一人、読み
を強調していた先生がいたんだ。でもその先生だけだったなあ。)
義務教育の中学では、英語が好きでも嫌いでも、とにかく英語という
科目をやる。好きな子供はどんどん進んでやっていくことでしょう。
嫌いな子供は、訓練がほとんどない状態で試験を受け、ただ「ああ、
俺は頭が悪いんだ」という劣等感だけ残る。英語と関係ないところで
英語に関しての劣等感が残る。
この倒錯した劣等感は、後から来る子供たちには感じてほしくない、
と思っています。
http://nagano.cool.ne.jp/ha98000/
投稿者という人。
あらかじめ高みから見下す物言い。人を愚弄する書き込み。
ネット社会は、こういう卑しさを引き出しやすい。いびつな心だと思う。
こんな人物が、コミュニケーションついて物申すのかと思うと笑止千万。
まさに語るに落ちるとは、このことだ。くだらん。
>私も 高校生 大学生 社会人の「英会話」をやろうと思っている人を相手に商売をしてきました。学校教育がじゅうぶんでないからこそ 塾や英会話教室が成り立つともいえるわけで 「英語教育が皆Eliotさんの授業みたいになったら 英語教室やっていけないやん」 なんで 自分で自分の首をしめるようなマネをしているのだろう? このままでいいやん。
いやいや、そうじゃないと思いますよ。
学校教育が全部 Eliot さんの授業みたいになったら、それこそ語学論の出番なのです。俺、語学好きになって、語学の力はついたけど、語学って何なんだろう、語学って何をやったことになるのだろうという問題意識がちゃんと出発します。
英語をやって英語のスキルを身につけるだけなら、日本でやるんじゃなくてアメリカでやる方がいい。日本で英語をやることの意味は、語学に対して意識的になれるということだと考えています。語学論は、磁場を欠いた純粋な語学の場所でないと育ちにくいとも思っています。磁場があったんじゃ語学の孤独が浅いものになると言うか・・・。
日本で英語をやるのは絶対に不利だ。その絶対に不利な条件の元にだけ生育するものがあるはずだと思うのです。そうでないなら、みんなアメリカに行って英語をやれ、と一言言えば済むことです。
話がとっぴょうしもないですが、日本にいて英語をやることには、孤児の気持ちがわかるとか、社会から切り離された人(監獄の住人)の気持ちがわかるとか、文盲の人がどんなにもどかしい思いをしているかがわかるとか、そういうことに通じる何かがあるんじゃないかと思っています。そして、これこそが世界理解の核にあるべきものだと思います。それは、日本語の磁場におけるごつごつした不器用な英語だけが育てる何かだと思うのです。
だって、本当に英語のスキルだけのことなら、アメリカに行って英語をやるに限るのです。日本にいて、できるかぎりのスキルをねらうことで穫れるごつごつしたスキルに副産物が生じる。それが、先に言ったような孤独の理解だと考えているのです。ニコニコして仲良しをやるコミュニケーションが流行っていますが、孤独の理解という核を欠いて何のコミュニケーションか、何の世界理解かと思います。アメリカの不遜さをまとったアメリカ帰りの英語なんか糞くらえだと考えています。そんな英語がぺらぺらとコミュニケーションなどと発音するのを聞くだけで吐き気がする。
本当に英語のスキルが欲しいだけの人は、絶対にアメリカ(英語圏)に行くべきです。ただし、帰ってきてでかいつらだけはするな、日本だけで作ったごつごつした英語とその孤心に静かに頭をさげていろ、という留保がつきますが・・・。
このあたりについては、私はいまだうまく言葉にできないものがたくさんあります。
遠い未来のヴィジョンを思い描くことは大切だと思いますが、Jackie さんや私が生きている間に、学校の授業がそのような理想的なものになるとは、私にはとうてい考えられません。日本だけで作ったごつごつした英語に、アメリカ帰りの英語が静かに頭をさげて挨拶することも、とうてい考えられません。
とうてい考えられないので、万が一という言葉を使いますが、万が一、塾をやることや現在のような語学論をやることが不要になる時が来たら、私は喜んで塾も今やっているような語学論もやめます。
語学を行為として考える語学論なんて、まだ日本ではほとんど始まってさえいないのです。塾をやることや語学論をやることが不要になる時とは、塾と学校との間に垣根がない時のことでもあると思っています。塾ですぐれた方法を開発した人は、そのまますぐれた学校の先生でもあるはずです。というより、すぐれた方法がそのまますぐれた方法として勝利できる社会とでも言うべきでしょうか。Eliot
さんの音作りも、私の回転読みも、Jackie さんのパターンプラクティスのドリルも、生徒が適切に選択できる認識を備えた社会(語学論を備えた社会)と言うべきでしょうか。
そこまで進化した社会における語学論は、英語信仰や英語フリークを撃つようなものではなく、ちゃんと語学という行為を語学という行為として扱うことができるものになっているはずです。そうなれば、私が今やっているような攻撃的な語学論は、やめることができるわけです。
しかし、再度現状を見るなら、私が生きている間に攻撃的な語学論をやめる時が来るとはとうてい思えず、やめるときは、老衰によって継続不能になった時くらいだろうと考えています。
http://8246.teacup.com/nessy/bbs
期せずして、Jackie さんが書いた同じところに目が行ったんだな。
だけど、どうも二人とも、Jackie さんが書いたものとうまく噛み合わせて
いないな。
http://8246.teacup.com/nessy/bbs
柳瀬様(1) 投稿者:根石吉久 投稿日:11月14日(木)06時04分25秒
お返事ありがとうございました。
ae 音に関してのものを読ませていただいて、日本人の「調音コーチ」を作るための客観的な知識となるよ
うなものを共同で蓄積していけたらいいのだがと考えました。「台形」という言い方は非常に面白かったで
す。また、「動きの中に置く」ということは、私の「電話でレッスン」を受けてくださっている方にはすぐ
にわかってもらえる言い方なのですが、教室という空間を前提とされる方にはわかりにくい言い方なのだな
と改めて思いました。これに関しては、必要が生じましたら、再び書いてみたいと思います。
シャドウイングについて書くために私が引用したものは、補足的なものだとのことですが、順序として音
読よりシャドウイングを優先すべきというお考えを読んで、やはり、今でも強く疑問に思っています。いわ
ゆる「英語口」ができていない段階で、シャドウイングをやらせても失敗するんじゃないかという疑問が今
も強くあります。
その根拠は、語学においては、音とイメージは当初まるで別々のものだというところにあります。音とイ
メージの統合が比較的自然に起こるのは、生活過程における使用言語(私は当該磁場の生活言語と言ってい
ます)においてであって、語学における言語(外国語)はまるで違う。外国語では、音とイメージ(意味)
は、最初はばらばらに分離している。(音だけがあって、イメージがないという場合も多い)。かなり意識
的に音とイメージを強引に合体させなければ、音とイメージ(意味)はいつまでたっても分離したままで
す。英語をやり始めたばかりの人が、「りんごは apple 、apple はりんご」とぶつぶつと言い続けたりす
るのは、音と意味(イメージ)が分離している証拠です。音と意味が分離していないのであれば、そんな呪
術めいたつぶやきは必要ないはずです。初心者の段階でシャドウイングをやるなら、果たして学習者はいつ
どこでどのようにばらばらのイメージと音とを合体させればいいのかという疑問が強くあります。
初心者は、最初、日本語の単語でイメージを形成し、イメージを独在させ、イメージに日本語の単語を脱
ぎ捨てさせるのだと思うのです。(これをやらずに、イメージが日本語単語を着衣したままの人が多すぎる
ことはひとまず別問題です。)日本語単語を脱ぎ捨てて、独在するようになったイメージを音と合体させる
場合、あるいは逆に調音が済んだ音とイメージと合体させる場合、語学の主体が自分で時間の流れを緩急さ
せることができるかどうかは大事なポイントだと考えています。
磁場を欠いている場所では、厳密には、英単語からそのイメージの核を最初からつかませるということは
できません。どんなに大量にインプットしても、いくらシャドウイングが上手になっても、それだけで意味
と音が合体することはありません。なんらかの媒介物とそれを脱ぎ捨てる意識の行為とが必要です。初心者
にとっては、それは英和辞典の日本語の訳語から得るイメージと、そのイメージを英文の構造に載せて動か
す意識の行為だと思います。そのことによって、日本語の訳語を脱ぎ捨て、イメージだけを動かして読むこ
とができるようになり、イメージを変容させたり、調整することで、本来の英単語のイメージの核を得るこ
ともできるようになります。
私の生徒さんに、高校の英語の先生が二人おられますが、一人の方は非常に発音が上手で、きわめてなめ
らかに読まれます。この方は、ご自分の英語の問題点をはっきりと自覚しておられ、「音が意味と同時に動
かない」あるいは「意味が音と同時に動かない」という問題意識を持っておられます。英語の音が好きで、
歌や音楽から英語に入られたそうです。シャドウイングをやらせれば非常に高いレベルでやれる方だと思う
のですが、音に意味が伴わないか、同時に動かないとはっきりと言われ、私の生徒さんになってくださいま
した。
この現象の根底に、外国語においては、音と意味は当初まったく分離しているという厳然たる事実がある
と思います。根底的な事実と言ってもいいと思います。
音と意味を同致させる(私の造語です)という行為も、「英語口」の形成と同じく、シャドウイングの前
提条件になると考えますがいかがでしょうか。シャドウイングだけで、音と意味が同致するに至ることはな
いと考えています。
http://8246.teacup.com/nessy/bbs
柳瀬様(2)
例えば、マンガを読むとか、本を読むという行為では、読んでいる人の主体が、読みの速度を緩急自在にとることができます。映画ではそうはいかない。映画はあらかじめ決められた展開のスピードに従うしかない。シャドウイングは、この例で言うなら映画だと思います。複製音声のスピードに従うしかない。緩急自在ができない。
音と意味が分離したままの状態で、緩急自在ができないと、イメージと音とを合体させるのに非常に障碍になるのではないかと思います。スピードという点において、シャドウイングは学習者を複製音声の奴隷にしてしまう危険が非常に高い。音読を欠いたシャドウイングは、音と意味のばらばら状態を放置してしまうのではないかという危惧があります。シャドウイングはかなり乱暴なことをやってもいいくらいに基礎ができている人に向いている方法であり、決して初心者には向かないのではないでしょうか。
シャドウイングと音読の前後関係を言うなら、音読が優先されるべきだと考えています。國弘さんもシュリーマンも、いくら音声複製技術が発達しても、音読を先立たせるべきだと言うと思います。緩急自在ができる。立ち止まって考えることができるということが音読の利点です。音読でなら、音が正確に作れて、なめらかさができてきたら、どんどん自分で速めることもできる。最高速度を出してから、意味を呼び込むために、わざと思い切りゆっくり読むこともできる。
私は、シャドウイングは、音作りができており、イメージを独在させることができ、いわゆる多読ができるようになったレベルを確保してから、やるならやるべきであり、やらないならやらないでもいいくらいの位置づけをしています。
あるいはまた、シャドウイングを柱に据えた優秀な教材があれば話は別になるのかもしれません。易から難へ、緩から急へ、非常にうまく教材を配列したものがあり、当該のテキストと別に音と意味を合体させるプログラムがあり、コーチによって「英語口」を作る作業が並行するなら、あるいはうまくいくのかもしれません。そのような教材をご存じでしたら、お教えください。「英語口」を作るコーチは曲がりなりにやれますので、いい教材があれば、少数の弟子にやらせてみたいとも思います。
お返事はお時間のとれるときで結構ですので、よろしくお願いいたします。
http://8246.teacup.com/nessy/bbs
http://141.teacup.com/nakaniwa/bbs
http://8246.teacup.com/nessy/bbs
「中庭」からの転写で、(1)の方の記事は行が乱れてしまいました。
できたら、「中庭」でお読み下さい。
http://8246.teacup.com/nessy/bbs
>>この先生方は 大学で英語をおしえていらっしゃるわけですが
使える英語にも コミュニケーションにも 英語の血肉化にも
程遠い。
言葉のはしょりがありました。先生方の英語力は相当なものでしょう。私など 到底足元にもおよばない。
研究内容もプログラムをみただけて 高尚すぎてめまいもしてきました。
先の文章の意味は 立派な研究をされている先生方なのに 学生の英語力を
使える英語にも コミュニケーションの手段としてでも
そして 英語の基礎力を血肉化させることにも 成功していない。
ということです。
>これらの先生方が、どんな指導をしているか知った上での発言ですね?
もし これらの先生が 英語教員の養成に成功していれば
その恩恵をうけて 中学高校生の英語能力も かわってきているはずなのです。
でも実態は 前にもあげたとおり
>英会話学校に入学してくる 大学生や 社会人
そこそこの大学にいて 受験をくぐりぬけていても
7段階レベルの 下から2ぐらいから はじめなければならない人が 大多数。 内容的には中学一年後半から二年レベル。一般動詞の質問から練習。
過去 未来 現在形が ごっちゃになっている。S なんてもちろんつけ忘れている。中学一年から二年の英語の教科書を 日本語から英語に訳すのもふうふう。
中学高校の850時間 +受験の英語 塾や自宅学習ふくめ1500時間。
そして大学教養課程での英語の時間。
かなりの時間をついやしているのに なんじゃこりゃ。
なのです。
英語の専門家だが 英語教育の専門家ではないから 関係ないとはいえないでしょう?
ななしのごんべえさんはくろうとさんのようなので
英語学会 JALT他 他の学会の位置付けについて
また 英語専門家と英語教育専門についての違いを 説明をしてくださると
ありがたいのですが。
なにせ そちらには 私は とんとしろうとなもので
よろしく お願いします。
>それまでの経過や、書き込みの内容にかかわらず、誤解が生じる
場合もあると思います。特に、価値観や目的を共有していない第三者から見れば、
なおさらです。
以後 気をつけます。
ところで お名前は ルサンチマン さんと ルサマンチンさん
どちらでしょうか?
>義務教育の中学では、英語が好きでも嫌いでも、とにかく英語という
科目をやる。好きな子供はどんどん進んでやっていくことでしょう。
嫌いな子供は、訓練がほとんどない状態で試験を受け、ただ「ああ、
俺は頭が悪いんだ」という劣等感だけ残る。英語と関係ないところで
英語に関しての劣等感が残る。
この倒錯した劣等感は、後から来る子供たちには感じてほしくない、
と思っています。
そうですね。
私も 高校の英語の成績はさんざんで 落ちこぼれていたので
そこのとこの生徒の気持ちは わかりすぎるほどで、、。
でも 英語は 理系にしても文系に進むにしても さけては通れない。
だから高校卒業時に
せめて 中学の範囲の英語を しっかり モノにできていれば
よいのですが 現実は、、、。
大学受験で そうとう難しい長文を読んだりするから 基礎ができているかというと テクニックで よんでいるだけだったりする。
医大生や 英文科の学生が 英会話学校の初級クラスに いたりする。
英検準二級に合格した 私の主婦の生徒さんは
英語を 頭から読み下し理解していく 能力があります。
わしづかみにしていく能力があるのです。まだ 英検ではたかだか準二級なのですが。
英語が 面白い。 もっと読みたい、ききたい 話したいと いうのです。日本語と英語の新聞を比較して読んだら 「日本語も 味があるわねえ。」だそうです。
音読や英作 他で 死なない英語を つかみかけているのです。
(辞めちゃったらまだ死んじゃうから 続けてほしいのですが 老人介護があり 現在お休み中。こんなときこそ 本当は 英語の勉強が気分転換になるかも。)
私は今深い疑念の中にいる。「中嶋洋一さんのDVD・ビデオ」という柳瀬陽介さんの文章を読んで、磁場を欠いた場所における語学の孤立を身上としている私の語学の足元がぐらつくような思いを持ったのだ。
http://ha2.seikyou.ne.jp/home/yanase/nakashima.html
そして、一夜あけて、今それを再び読んで、今度は深い疑念にとらわれてしまった。
この文によれば、中嶋さんの授業に Eliot さん的な意味での「音作り」、私が言う意味での「音づくり」のようなものはない。中嶋さん自身のネイティヴ話者との会話風景は点描されていて、これは中嶋さんが英語磁場での留学経験者、あるいは生活経験者であろうと私に推測させるものだった。しかし、その授業に「音づくり」という要素はない。ビデオを見てみたいものだと思ったが、5万も6万もするようなものをおいそれと買うわけにはいかない。図書館にでもないものか。
「音づくり」が行われない授業で、生徒は闊達な会話を行っているかのようなのだ。最初の私の疑念は、そこにあった。そして、チョムスキーが「生成文法」と言うときの、「生成」に合致するかのような動きを中嶋さんの授業の生徒の中に見ているのではないかという私の柳瀬さんに対する疑念があった。論理的に明言されているのではないが、もしもチョムスキーの「生成」をそこに少しでも二重写しにしているのであれば、それはチョムスキーの「生成」という概念の乱用であるとしか思われないのだが・・・。
中嶋さんは好日的な性格の人だろうと思わせられるところがある。また、綿密な計画性を持って(ストップウォッチを持つ授業!)、一齣の授業に複数の(多数の?)練習を有機的に組み合わせている人だというところまではわかる。また、慣れと習熟を、生徒対生徒の一対一の会話練習で使わせようとしているところは、既存の授業風景からすればまるで新しいこともわかる。外国語でしゃべってみることの面白さを生徒が感じていて、それが授業の活気になっていることもわかる。
それだけでも、これまでの押しつけの英語の授業に慣れてしまった教師には瞠目すべきことだろう。学級崩壊など言われている時代には、生徒が一人残らず生き生きと授業に参加しているだけで、すごいと声をあげる先生が多数いることだろう。その意味に限定するなら、それはすごい授業だと言えるだろう。学校の「授業評価基準的」にすごいのだ。
マッピングとかナンバリングというような、私が理解していない方法も記されていたりするし、ビデオの解説という性質の文から、その実際の風景を想像するしかないという制約の中で、しかし、私の側にはいくつかの推測と疑念が生じてしまっている。
柳瀬さんが、中嶋さんの授業を受けている生徒の中に、チョムスキー的意味での「生成」があるかのように(そうは書かれていないが)、まるで「あるかのように」、あるいは「あることを祈念するかのように」中嶋さんの授業を最大限の賛辞で飾っているというのが、私のもっとも深い疑念である。
確かに、不思議なことだが、ネイティヴ言語という磁場の磁力を浴びる場にいた幼児が、その磁場で少年になったとき、一度も文法を文法として習ったことがないにもかかわらず、話す文に文法が備わっている。しかも、高度に備わっている。わずかな、文法的なずらし(誤用)で、腹をかかえて笑うことができるほどに、文法は自然化され、完全に身体に内在化されている。この内在化、この文法の備わり方が、「生成」ということだと理解している。
この文法は、自分で備えようとしなくても備わってしまうものだ。磁場の磁力を浴びて、生活に必要なだけ、感情に必要なだけ、言語に交わり言語を使用しているだけで、勝手に「生成する」。チョムスキーはこの「生成」を見て、「なぜか」という疑問にとりつかれた男なのだ。
私の理解によれば、この意味での「生成」という語を、語学での語法や文法知識への慣れ、理解の瞬間化ということにあてはめることは、根本的に間違っている。語学では、それは、いかなる意味でも勝手に「生成する」ということはない。あえて強引に「生成」という語を使うなら、それは意識的に「強引に生成させる以外にどこにも生じない」ものである。
チョムスキーならば、語学を眺め、「生成」という語に逆立ちさせるだろう。「強成」とか、「逆成」というような語を発明せざるを得ないだろう。
http://8246.teacup.com/nessy/bbs
私が英語がわかってきたとき、文法用語を介在させることなくいくつもの文法事項を理解したことがあった。この語のこの変化がこの語のこの形の変化に結びついて、こんな感じのことを言う文になっているのだというような理解の仕方である。確かにそこで文法用語は使わなかったし、文法の説明を読んだわけではなかったが、そこに文法理解はあったし、文法理解を意味に媒介させることや、媒介物を脱ぎ捨てて、意味的理解を瞬間化させるようなことはあった。この場合の理解も媒介も、媒介物の脱ぎ捨ても、その瞬間化も、生き物が成長するように成長したり、植物がいつのまにか大きくなっているように自然に大きくなるような性質のものでは絶対にない。絶えず、強引な練習や強い文法意識を維持した結果として、いつのまにか理解の幅が広くなっているというようなことはあるにせよ・・・。そこには、文の構造を見破ろうとする、意識的な語学の意識、文法の意識は強く動いているのだ。文法用語を使わなくても、文法そのものは強く意識する。そこが、ネイティヴ言語に備わる文法と根底的にまったく違う。ネイティヴ言語に文法が自然に備わるような具合に、文法が備わるなどということは、磁場を欠いた場所では「絶対にない」と私は今でも強い確信を持っている。語学はどこまでいっても、人工的な意識的な行為なのだ。
活発な会話というが、日本人どうしの中学生の会話の闊達さは、少数のパターンを次々に繰り出す活発さ以外ではないのではないか。限られた範囲を設定し、それに習熟させ、それを自在に繰り出すことなら、学校の授業という場でもできるだろう。もちろんそれはいいことだ。しかし、その繰り出す速さを自然な英語力の「生成」と見てしまうなら、それは根本的に転倒した見方でしかないのである。それは、双葉が本葉になるような本質的な成長ではまるでない。成長や生成ではなく、外在物の内在化、内在化したものの深度を示すにすぎない。自然物では決してない。
現象しているものの活発さではなく、実際に生徒がしゃべっている中身を検証してみて、パターンへの習熟以外のものが現れ、それが放置しても語法的に自己増殖し発展していくものであるのであれば、中嶋さんは神である。自己増殖や自己発展するものを作りうるのは磁場だけであり、磁場はもしかしたら神でさえ作れない。人々の日々の暮らしとその持続以外には作り得ないものだ。決して教室などで作れるものではない。作れるとすれば、精巧につくられた疑似物だけである。中嶋さんの教室で、日本語の磁場で育った中学生が、AETとばりばりの議論(フレーミング?)を繰り広げたというのなら、そこに磁場は生じたと言える。(Jackie
さんの言い方によれば「ちょい磁場」が)。そんなことは起こりっこないのだ。
例えば、一つのパターンの動詞だけをどんどん入れ替えて、パターンを使い倒すほどに使うことはできる。習熟度は高くなる。それが語学というものである。しかし、この入れ替えに知らない動詞を入れることはできない。いつのまにか覚えて、いつのまにか使えるようになっていたということは磁場を欠いた語学では起こらない。教室でも起こらない。このことを根底から理解するためには、「磁場」という観点が不可欠なのだが、いまだ「磁場」という観点を共有することのできる人の数は少ないままだ。
中嶋さんが新しいのは、パターンプラクティスによる習熟を対人化させたというところにあるだろう。一人の具体的な生徒にとって、言葉は擬似的にでも「自分に直接向けられた」ものになる。自分が具体的な相手に「直接向ける」ものになる。この一点において中嶋さんは新しい。そして、AETを相手に話させるのでなく、日本人の生徒同士で話させているところは、私の「ごつごつ英語ごっこ」と共通する。これは、「ごっこ」なのだ。
中嶋さんは、教壇式一方通行の授業をぶち破っている。だからといって、生徒の基本的な思考や感覚が日本語でできた日本人のものであることに変わりはなく、その口から発せられる英語は、授業という仮の場における仮の発言であるという本質は変わらず、生徒の相手の生徒から、英語の磁場の生(なま)の磁力が発せられるということは金輪際起こることはないのである。
生徒の活発さや授業の活気が、そのまま生徒の英語力の「生成」の活発さを語るわけではない。活気のない授業より、活気のある授業は100倍もましなものだが、授業の活気が、英語という言語のシンタックスの生徒への内在化の深度を語るわけでは決してない。
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中嶋さんの授業は、これまでの標準的な授業に比べれば、何倍もましなものであろう。しかし、私は授業の活気が英語力の活気だとは信じることができない。それは、これまでの日本の英語のていたらくには衝撃を与えるだろう。しかし、英会話学校をやり、自分でも講師をやってきた Jackie さんのパターンプラクティスを本質的にどの程度乗り越えたものであるのかというような疑いは私に強くある。
英語の磁場は、飛行機に乗って身を移動させれば簡単に手に入るものだが、これは日本の教室でも一人の机上でも手に入れることができないものだという私の基本的な認識がある。AETがいたところで、生徒の側には、いくつかの挨拶と実質パターンプラクティスの成果の試用があるだけだ。磁場にはそんな試用はない。試用があるとすれば、試用という実用がある。磁場にあるものは本質的には、語学ではないのだ。
中嶋さんの授業を、チョムスキー的な意味での「生成」に重ねることは絶対にできないだろう。もしも、中嶋さんが私に授業を見させてくれるようなことがあれば、是非見させていただきたいものだとも思う。そんな機会は得られるものかどうかわからないので、ひとまずは図書館ででもビデオを探してみるしかないだろう。
柳瀬さんのビデオの解説だけを読んで、私は私がこれまで考えてきたものをそれに対置することを避けることはできないと私は思ったのだった。そして疑念を書かざるをえなかったのである。柳瀬さんのまったくの手放しの賛辞に対置するものとして的が外れていなければ幸いである。
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柳瀬様 投稿者:根石吉久 投稿日:11月14日(木)16時12分34秒
中嶋さんのビデオに関する記事を読ませていただいての感想を「大風呂敷」の方に掲載いたし
ます。こちらの記事が混むことを恐れてのことですので、URLを併記することをお許しくださ
い。
http://sky.iruka.ne.jp/cgi-bin/a4/iruka.cgi?shigeru
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>柳瀬さんのビデオの解説だけを読んで、私は私がこれまで考えてきたもの
をそれに対置することを避けることはできないと私は思ったのだった。
→
柳瀬さんのビデオの解説だけを読んで、私は私がこれまで考えてきたものを
それに対置することを避けることはできないと思ったのだった。
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>英語をやって英語のスキルを身につけるだけなら、日本でやるんじゃなくてアメリカでやる方がいい。
はい、磁場でしか身につけられない感覚と経験 生活言語というものもあり
英語の本場にいくことは よいことですね。異文化を体験することもしかり。そのときでも机上の練習を手放さずに。でないと英語そのものの上達は停滞しますね。
>日本で英語をやることの意味は、語学に対して意識的になれるということだと考えています。語学論は、磁場を欠いた純粋な語学の場所でないと育ちにくいとも思っています。磁場があったんじゃ語学の孤独が浅いものになると言うか・・・。
日本で英語をやるのは絶対に不利だ。その絶対に不利な条件の元にだけ生育するものがあるはずだと思うのです。そうでないなら、みんなアメリカに行って英語をやれ、と一言言えば済むことです。
多分 それは 語学をとおして 音読 素読などの練習を通して 内にむかうこと そのことで 外へ開かれていくこと。
日本語のOVシンクタックス(えーと 私は説明下手なので 根石さん シンクタックスの説明をお願いします。はじめてこちらに来る方のために)
と違う英語のSVOシンクタックスを学ぶことで 何かがかわってくるというか
別の視点から 物事を見る世界が開かれると言うか
そういうことですかねえ。言うならば。
閉じる(内に向く)ことによって 開かれるものがある。
チョムスキーこそ、アメリカの品位である。
この品位は、「中庭」で要請されている品位などとはまるで違うものだ。
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長くアメリカに行く人で、語学的には準備がまだ整っていない人がおられま
したら、アメリカから私の「電話でレッスン」を受けるように薦めててくだ
さいませんか。
私はこれは是非やってみたいと思っているものなのです。
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>閉じる(内に向く)ことによって 開かれるものがある。
語学に則せば、シンタックスの内在化があって、言語を外在させられる。
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「シンタックス」という語の解説についてですが、これはいまだうまく言え
ないで困っています。語順というようなこととは違うのです。
私はこの語を、文の構造という意味でも、文化構造という意味でも使うこと
があります。「構造」としか言いようがないと思っていますが、日本語の構
造も、構造主義やら建築の構造やら、ぐちゃぐちゃなので、シンタックスと
いう語のまま使用しています。いろんな文脈で読者に読んでいただければ、
わかってもらえるんじゃないかという期待を持って、使っています。
興味を持たれた方がおられましたら、この掲示板の過去ログで「シンタック
ス」で検索していただきたく思います。
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とおりすがりの学生様 投稿者:根石吉久 投稿日:11月14日(木)20時29分48秒
>柳瀬さんが問題にしているのは「出入力」の問題ではないでしょうか?「出入力」の経験値が上がることによってその言語自体の処理スピードが上がるということを言いたかったのではないでしょうか?
ここが、どうも理解できないのです。「出入力」の経験値が上がるということは、どういうことなのでしょうか。
>私の考えでは教える順番で大事そうなものからあげていくと
1.聞いて分かるボキャブラリ
2.聞くことの処理スピード
3.大体の発音(聞いてそのままの発音。rlなどの違いを聞き手に識別して
もらう段階)
4.はなせる、使えるボキャブラリ
5.はなすスピード
6.細かい、正しい発音
どうも隔靴掻痒の感がします。わかったようでわからないのです。
「聞いてわかる」というのは、音と意味が一致する(合致する・同致する)というようなことでしょうか。「処理スピード」というのは、複製音声のスピードで意味が生じるようようにするということでしょうか。
もし以上の理解でよろしければ、私がこだわっているのは、どうすれば複製音声のスピードで意味が生じるようにすることができるのか。柳瀬さんに、そのプロセスにあるものを言葉にして欲しいということです。
「方略的能力」という言葉は初めて聞く言葉です。お教え下さい。
>以前保護者さんという方が、「正しい発音が出来たら英語が楽しくなるでしょう」というのはある程度聞く話すが出来る子がさらに楽しくなるものと思います。子どもにとっての一番の良い意味でのショック、インパクトというのは自分の英語で「自身」を、ネイティヴにつたえられた瞬間にあると思います。
これはわかります。しかし、初期に音づくりをやってないと、「通じたあ!」と喜んだ直後に、「通じねえ!」となることはありうるでしょう。喜びが自信喪失になりかねません。それに対しては、「気を強く持て」でしょうか。
>ただ、根石さんがおっしゃる「日本語口からの英語口への変換」が、日本語口に固まった人を対象として考え出されたスキルで、実際それによって成果を上げてらっしゃるのでしたら、言語の処理速度を上げる練習をした後での段階として「個別の練習」として行われても私はその時点で十分成果を挙げられると思います。
「処理速度」ということが、少しわかってきました。
ここに書かれた前後関係に関してはその通りです。そうでなければ、私の「電話でレッスン」も成り立つことはないです。いろいろと試行錯誤されて、ある程度の「処理速度」を得た後の方の「個別の練習」は十分に成果をあげます。
ただ、最初に音づくりをやった方が、圧倒的に有利だとは思うのです。これまでの英語教育にそれが実現していません。これを先駆的に実践した方が、私の掲示板で
Eliot と名乗っておられる方です。これからの英語の授業のあるべき姿を先取りされているのは、例えば中嶋さんに
Eliot さんを対置するなら、中嶋さんではなく、Eliot さんだと私は考えています。
音の質は英語を実際に使う場面だけでなく、初心者から上級者に至るまで、非常に多くの「練習の場面でさえ」必要なものです。音が國弘さんの言葉での「許容範囲」にないと、後々、あらゆる場面で障碍になると思います。練習でさえ、非常なエネルギーの損失になります。二度手間だからです。私の人生もこの二度手間でした。私も学校英語の犠牲者だったのです。私は犠牲者のままでいることが承知できなかったわけです。
>ただ、シャドウイングは普通文字情報がシャドウイングの前に入り、回数を重ねることによって暗唱が出来るようになるので、発音の練習の結果が回転読みで定着し、それが高付加のシャドウイング中に現れるようになると理想的だと思います。二つの練習が生徒の中で一つに融合するのです。
ここにある理解にこそ感謝いたします。
そして、Eliot さんは、ほぼこの理想形を実現された方です。
どうか、以下の記事をお読みください。
http://www.asahi-net.or.jp/~ax9y-nis/ooburosi/series/otomichi.htm
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ありがとうございます。
管理人様の手をわずらわせることがなくて、ほっとしています。
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お子さんはそろそろでしたっけ。奥様は元気にしておられますか。
「子鹿」うまかったです。
お金をきっと払いますので、もう一升送っていただくわけにはいかないで
しょうか。送料と「子鹿」のお値段をお教え下さい。
すぐ下痢するくせに、酒はどうも好きで困ったことです。
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しばらく休憩します。
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東京のKさんという「電話でレッスン」の生徒さんから、数日前、うれしい
メールが届いた。この方は、初心者である。そして、過去に30万だかの金
を英会話学校にふんだくられている。そして、「電話でレッスン」を始めて
くださり、新鮮な喜びを語ってくださった。私が忘れかけている新鮮な喜び
を読むことこそ、私の喜びだ。
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根石せんせい
あのねっ、自分ではしっかり100回は読んでいるつもりでいたのですが、
思うところあって、数えながら読んだら、何と、50回は読んだ
つもりでいた回数くらいでは、実際は20回くらいでしたぁ。
いやぁ、驚いた。なんてこった!!! と思った。
今の倍以上読まないとあかんと言うことなんかと、しっかりめげてしまいました。
ちょっとこれ以上読む元気がなくなって、だからどこかで
元気出す材料を見つけようと思ったんだと思うのですが、
7、8年前に手にいれて結局途中で放り出した英会話のテープを
引っ張り出して聴きましたら、何と、簡単とは言え、
以前には、たまさかの知ってる単語くらいしか聞き取れなかった
英文が前置詞も何もかも以前よりもはっきりと聴き取れるように
なってましたっ。
相変わらずモリーとサムの英語は聴き取り難いのですが、
さすがに(!)英会話用の英語は聴き取り易いこと!
でも以前だったらホンマに聴き取れなかったのは事実です。
書いてある英文を目で追っていてさえもあの早さには
ついていけなかった訳ですよね。それが、それがそれが、
例えばこれまでだったら、何を言ってるかさえの疑問さえ
沸かなかった最後についてたりする”about it”なんてのが
聴き取れたのでございますっ!
しかも耳で聴いてただけで、聴き取れて、
おおっ、今のはもしかしてっ!? と思って書いてあるのを
確認したら本当についていたのです。
うれしかったです。
であるならば、私は今以上には読み込まないでもいいって
ことでしょうか? はたまた、いやいやもっと読み込めば
もっともっと聴き取りが容易になるということなのでしょうか?
そりゃぁ、後者にきまってるか・・・
昨日振り込みをさせていただきました。
12月はいろいろと立て込んでおりますので、
振り込みを忘れるといけないと思っての二ヶ月分です。
一ヶ月分のお小遣いにしないように注意して下さいねっ。
K
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東京・Kさんはイラストレーターです。
先ほど、またメールをいただきました。
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根石せんせい
いつもありがとうございます。
ところで申し訳ないのですが、
この次のレッスン日(18日)ですが、
21:00には家に戻れないことが分かりました。
もし振替日をいただけるのならお願い致したく、
どうぞよろしくお願い致します。
今日は、”一葉、流れに乗る 舟の如く”という
新聞連載のタイトルデザインを和紙の上にしながら
”a Testarossa. Whoa. Ouch. と言い続けましたっ。
それなのに、和紙の上の文字はあくまで和風になるんで、
自分で感心してしまいました。
でも、もしかして、英語の方は
和風になってたかも知れません。
K
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この”一葉、流れに乗る 舟の如く”の文字デザイン(だと思う)を新聞紙上
で見掛けましたら、そのデザインをされた方がKさんです。
何新聞なんだぁ?俺は「毎日」しかとってないけど。
Kさん、ここ見てたら、何か書いてくんない?
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高校の頃からの友達が、DTPなんとかという試験に合格した。
盆に温泉にひきまわしたりして、試験勉強の邪魔しやがると言っていたのだ
が、受かったとたんに感謝状を送ってきた。昔、いっぱい読め、いっぱい書
けと何かのときに言ったのを覚えていたのだろう。
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Mです
DTPエキスパート合格したとお知らせしましたが、落ちた者に向かって大きな声で
顎の筋肉を使って、手で書いてやった方が良いよと言ってはたと気がつきました。
根石に言われた事をやったんだと。まったく良く考えてみれば根石のお陰です。
女房にはうるさがられましたが、温泉に連れていかれて足を引っ張られたと言うのは
取り消しです。驚いてしまいました。お陰で良い成績で合格でき鼻高々です。
金一封ももらい、おまけにこれから給与に千円の手当てを着けてもらえるとのことで
す。
ありがたい事です。では
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私も レッスンでシャドーイングを使います.
新しい課に入る時に まず テープを何度かききます。
そしていくつか英文で質問を与え 答えてもらいます。
その後いきなりシャドーイングをします。
とてもじゃないが生徒は ついていけません。 それでいいのです。
現在どのくらい 聞けているか聞けないかを 各自がが認識することが目的だからです。
そして その課に入り 音読 内容理解 口パクよみ テープといっしょに声をだして読む。
Read&Lookup
(教科書本文一行を 一度読んだ後 顔をあげてテキストを得見ずに繰り返してみる。)
を一行につき本文を一度みて 顔をあげて3から5回ほどくりかえします。繰り返しながらイメージをつかみます。
根石さんの技法グラウンドと回転読みには 程遠い回数ですが、、、
(技法グラウンドと 回転読みの 説明は 根石さんにおまかせするとして)
また 本文を質問形にする 日本語から英語に直す
本文の単語を入れ替えていってみる。
学習した文法と構文をつかった英口文(まず口日本語をみてで日本語から英語に直す。)
そののち 英作文(書く)(これは 二回目のレッスンでやります。)
先に口でやるのは 将来の英会話のため。会話は口でやる英作文だからです。
その他もろもろ
あらゆる角度 教科書 サブテキストを しゃぶりつくします。
そして シャドーイングをします。
レッスンのはじめにいきなりシャドーイングしたときとくらべ
どのくらい聞き取れるようになったかを 確かめるために シャドーイングします。
音読や 内容理解することで 聞けるようになっていますし ある程度ついていくことは可能です。
この時点で生徒ははじめのときと違いかなり シャドーイングができるようになっています。 (おおつ すごいじゃん できるじゃん と生徒が思います。)
で ついていけなかったところ わかりにくかったところを テキストを開いて確認 音読を繰り返します。また シャドーイング。
最後にイメージ確認
目をとじてテープを聞きながら 場景をイメージします。
ここでは なぜか目を閉じることが必要です。 目をとじないと イメージにもっていないのです。
そしてイメージしながらシャドーイング。
これは なかなか 難しい。
根石さんが言う 音とイメージの一致ということは 簡単にはいかない。
英文をシャドーイングしながら イメージするのは やはり簡単にはいかない。
家で 音読繰り返し テープききながし そして 時に テープをシャドーしてみて
それこそ 復習範囲を手放さなく やってから あるとき
イメージしながら シャドーできるようになる。
あるゆる手をつかって 教科書を 使いこなして やっと 基礎の血肉化が可能になってくる。